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Vienna Synchron Stage / 最先端を超えた、伝統と現代テクノロジーの融合。

シネマサウンドがまさに生み出される現場、スコアリングステージとして世界でも屈指の規模とクオリティを誇るVienna Synchron Stage。音楽が生活の一部、文化ともなり作品やプロダクトが育まれているオーストリア・ウィーンの地において、どのような環境が整えられているのだろうか。併せてお届けする、Vienna Synchron StageのエンジニアであるBernd Mazagg 氏、また今回の訪問をアテンドしていただいたLEWITT社 CEOのRoman Perchon 氏のインタビューを通じてみると、ウィーンが持つクリエイティブに対するアティチュードや空気が感じられてくる。


(Text by  伊部友博(MiM Media))

伝統と最先端が折り重なる瞬間

「美しく青きドナウ」、19世紀のウィーンで活躍したヨハン・シュトラウス2世が書き残したワルツは、今でもオーストリア国民の琴線に触れるメロディで深く愛されているという。そのドナウ川が東西に横切り、かつてバルト海とイタリアを結んだ街道との交点という要衝にウィーンは位置している。ご存知の通り、オーストリア=ハンガリー帝国の首都であり音楽の都として栄え、20世紀の初頭にはすでに200万人の人口を抱える世界屈指の都市となっていた。

現在も同等の人口を抱え、23の行政区で構成されるウィーン市街は地下鉄と路面電車がくまなく走りながらも、シュテファン大聖堂などの伝統的な建造物が数多く残され、いまもその街並みとともにある。ヨーロッパの都市はいずれもそうだが、市街地を見回すとまるで中世にタイムスリップしたような感覚とそれに折り重なる現代のテクノロジーが交錯する、一種の浮遊感のような不思議さが唯一無二の魅力ではないだろうか。

このような歴史と伝統をいまに活かしていく文化は、音楽の都ウィーンにおける音響の分野についても同様である。今回訪問したVienna Synchron Stageは、歴史的なランドマークとなる建造物として保護されていた「Synchron halle」を受け継いだ施設だが、最新鋭の設備を整えたまさしく「いま」の映画音楽を支えるスコアリングステージとなっている。

世界的タイトルを支えるステージ

📷Vienna Synchron Stage / STAGE A

オーケストラとシンセで壮大な世界観を作り出し、数多くの映画音楽をリリースしてきたハンス・ジマー。第一人者と言って過言ではないハンス・ジマーもこのVienna Synchron Stageのクライアントである。公式なオープン直後には、ロン・ハワード(「ダ・ヴィンチ・コード」、「アポロ13」など)の「インフェルノ」、ピーター・モーガン(「クイーン」など)のNetflix作品「ザ・クラウン」がこのSynchron Stageでレコーディングされている。スタート段階から世界的なタイトルで使用されることからも、ステージが持つその実力は折り紙つきで制作サイドの信頼と期待がうかがいとれるだろう。STAGE Aのクラシカルな見た目とは裏腹に、そのファシリティが最新タイトルをしっかり支えることができることの証左と言えるのではないだろうか。

ハウス・イン・ハウス構造

📷施設外観、竣工当時より特殊なハウス・イン・ハウス構造を採っている。

このVienna Synchron Stageはその源流を辿ると、戦前1939年の”Synchron halle”に遡る。戦争という暗い影の中での誕生となったわけだが、国の威信がかけられた建造物だけあって、その建設当初から画期的な構造を持っていた。外部からノイズをできる限り防ぎたいのは今も昔も同じであり、ここでは竣工当時の特別な設計基礎で建物を分離し、ホールへの空気の流入までも遮断するハウス・イン・ハウス構造が用いられている。つまり、レコーディングにまつわる施設が建物の中にさらに建てられている格好となり、録音で使用されるスペースはオフィスなどと完全に分離されている構造だ。壁と壁の間は最大で10フィートの空間が設けられているそうで、これだけの広大なスペースでありながら遮音に対する建物自体のまさしく基礎体力が違う。


📷竣工当時のVienna Synchron Stage / STAGE A

このノイズに対するケアは現在の空調にも及んでいる。通常であれば換気は煙突効果に伴ってスペースの上方に向けて流れていくが、ノイズの原因ともなりうるために逆転の発想で天井から空気をゆっくり押し流して排気しているそうだ。暖房・換気・空調を担う統合システムが地下に設けられ、STAGE Aほかの各部屋や楽器保管室とつながっており、温度・湿度を一定に保つだけでなく無騒音で稼働する。このシステムは非常に大きな体積の空気を処理しており、すべての空気が1時間に2-3回入れ替わるほどの能力持っているとのこと。この空調システムのおかげでコロナ禍においても営業を続けることができたほどだそうだ。

歴史の中に息づく最新ファシリティ

そして、この”Synchron halle”は戦後もスコアリングステージとして稼働しながら、歴史的建造物の認定を受け、オーストリア放送協会(ORF)のもとで運営されていたのだが、時を経た2013年にVienna Symphonic Library GmbHが施設を購入し改修計画がスタートする。2015年の公式オープンに至るまで2年の歳月をかけて行われた改修は、建物自体の基礎体力は活かしながらもゼロベースで新設されていったそうだ。


📷Vienna Synchron Stage / CONTROL A

まず、Synchron Stageの中枢とも言えるのがCONTROL Aである。STAGE Aの最奥に窓が見えるのがわかるだろうか、中空2Fに設けられたこの窓の向こうがCONTROL Aとなっており、そこからはSTAGE Aの全体が見渡せる。後方のゲストエリアも含めると115平米もの広さを持ち、近代的ながらも木材をふんだんに使った室内には最大で25名ほどが収容できるそうで、設計段階から大規模なプロジェクトをあらかじめ想定していたこともうかがいとれる。コントロールルームの上部には音響調整用の反射板や吸音板が張り巡らされているが、これはこの部屋のために測定を行い製作されたワンオフのもの。デザインにも配慮されており存在感を感じさせないのだが、実際にはこの部屋がより大きな部屋に感じられるような効果を生み出しているという。

メインコンソールのSSL Duality 96chは扇形に据えられ、その上には500シリーズのNeve 88RLB、BAE 312A、AEA RPQ500、Meris 440がずらりと並べられている。スピーカーはラージにADAM S6Xがサラウンドで設置されるほか、ミッドフィールドにADAM S3H、ハイトにADAM S2V、LFEにADAM Sub15を用意、最大で9.1ch(Auro3D)のセットアップとなる。このコントロールルームと各ステージ・ブースとの回線となるレコーディング・チェーンはすべてアナログで、サウンドエンジニアが必要とする「色」を残した形でミックスが行えるように設計されているそうだ。これ以降はDanteで接続されており、クライアントの要望次第では96kHzのみならず192kHzのサンプリングレートで制作が進められることもあるという。


📷Vienna Synchron Stage / CONTROL B

CONTROL BはSTAGE Aを挟んだ反対側に位置している。CONTROL Aと連携することもありながら小規模なSTAGEでの収録やアイソレートブースでの収録などを主に行っているそうだが、SSL Duality 48chとDolby Atmos 7.1.4で構成されたADAMのスピーカー群を見るとその規模感は補完的な意味合いを超えたものとなっている。そのほかにもプロデューサー向け、コンポーザー向け、エディター向けのラウンジがプリプロ用に用意されるだけでなく、ここに200を超える楽器のストレージ、もちろんオフィスとしての機能も加わり、2,000平米ものスペースは余すところなく有効に振り分けられている。

創り出すということだけへ集中する空間

そしてVienna Synchron Stageの顔となるのがメインのスコアリングステージであるSTAGE Aである。こちらは最大130名を収容する540平米の広さをもち、天井高は最大で12m、他に類を見ない音響特性を生み出す源となっている。前述のハウス・イン・ハウス構造やエアフローの特別なシステムなどでノイズレベルも16 dBAと非常に低く、外界と隔絶されたクリエイティブな空間は創り出すということだけへの集中を促される。

訪問当日にデッカツリーでセッティングされたメインツリーにはNEUMANN M 150 Tube、Sennheiser MKH 8020、LEWITT LCT 1040、といったマイクが設置されていた。映画音楽においては、非常に静かなニュアンスのストリングス録音を行うことも多々ある。しかもそのストリングスを2層、3層と重ねていくため、「ノイズがない」ということ自体が重要なファクターとなってくるそうだ。その結果のマイクセレクトが前述となっており、いわゆるヴィンテージマイクが用いられていないのもこの点からだという。

特に、LEWITT LCT 1040についてはFETとチューブを選択できるため、大編成でのOmniから、小規模な編成であればカーディオイドにしてチューブとFET混ぜていくなど、録音するオーケストラの規模によってキャラクターを合わせていけることが魅力。チューブ、FETのどちらかだけではなくミックスできる点にソースに対する対応力を感じるそうだ。そして、リモートでコントロールルームから設定を変更することもできる。こうした利便性も、伝統的な印象のSynchron Stageで、イメージに反してヴィンテージが使用されていないひとつの理由だ。

📷写真左上より、STAGE B、ISO BOOTH、INSTRUMENT STORAGE、下段はCOMPOSER’S LOUNGE、EDITOR’S LOUNGE、PRODUCER’S LOUNGEと並ぶ。

●Vienna Instruments 
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に所属していた経歴を持つチェロ奏者Herb Tucmandlにより、2000年に設立されたVIENNA SYMPHONIC LIBRARY社。大容量オーケストラ・ライブラリの先駆けとなり、オーケストラを知るプロならではの設計思想とリアリティのあるサウンドが評価され、Vienna Instruments音源シリーズは2005年から約19年にわたる超ロングセラーを記録。2017年には、Vienna Synchron Stageで収録されたサウンドを処理する高性能エンジン「VIENNA SYNCHRON PLAYER」を開発し、交響楽や室内楽、合唱団などのオーケストラ音源を中心に数多くの製品をラインナップしている。各楽器のシートポジションで録音されたサウンドは、Vienna Synchron Stageの音像が再現された仕上がりになっているだけでなく、同社がステージを全面改修して目指した理想のオーケストラサウンドを手に入れることができる。


ここまでVienna Synchron Stageの施設としての概要を見てきた。歴史的建造物として保護されるような建物に現代最新の設備が収められ、前世代のテクノロジーの付加価値と現代の技術が溶け合うことで、言わば「最先端を超えた」施設になっている。記事内でご紹介したVienna Synchron Stageのホームページにはさらに詳細なファシリティの紹介がなされており、見るだけでも探検しているような感覚で、最先端を超えたという意味合いも一層感じていただけるだろう。続いては、このVienna Synchron Stageでエンジニアを務めるBernd Mazagg 氏のインタビューをお届けする。


『 オーディエンスのために最高のクオリティで感動を生み出す 』
〜Vienna Synchron Stage / Bernd Mazagg

📷Vienna Synchron Stage / Bernd Mazagg 氏

ウィーンの歴史あるランドマークともなっていたシンクロハレを受け継ぎながらも、最先端の設備を導入して現代的なスコアリングステージへと変貌を遂げたVienna Synchron Stage。21世紀となったいまでも最新シネマサウンドを数多く生み出すこの場所で、サウンドエンジニアリングを手がけるBernd Mazagg 氏にお話を伺うことができた。

Q:このSynchron Stageは2013年に引き継いでから、2年の計画期間を経て全面改修されたそうですが、どのような改修がなされたのでしょうか。

Vienna Synchron Stageは、音源ソフトウェアメーカーとしても知られているVienna Symphonic Library GmbHの一部門となっています。同社は音源の開発に14年間携わった後の新たな挑戦としてスコアリング・ステージを作ることにしたんです。そして、現在のSynchron Stageとなっているホール6をオーストリアの放送局ORFから購入し、2013年から計画をスタートさせ、2015年の初めに実際の改修を開始しました。このプロジェクトは建築の世界で著名なWalters-Storyk Design Group (WSDG)と建築家のSchneider+Schumacherとのコラボレーションになっており、私たちはプロジェクトに深く携わることができました。

Q:長い歴史を持つステージですが、音響的な改修もあったのでしょうか。

そうですね、例えばSTAGE Aは音響的に私がこれまで聴いた中でも最高と言える部屋のひとつです。ただし、70年代から80年代にかけてのようですが、誰かがコンクリートの床を持ち込んだり、壁の音響パネルを布に張り替えたり、あちこちに小さな損傷が見つかったんです。私たちは幸運にも建設当時の作業日誌を見つけることができ、この施設を建設する際に何を達成しようとしていたのかを理解することができました。そして、WSDGの協力を得ながらコンクリートの床を撤去し、大きな音響要素である木製の床を導入し、「プロらしくない」音響要素を取り除いて、より良い中域の周波数特性を持ったオリジナルの音響を取り戻すことができたんです。

CONTROL Aがある場所は、以前は小さなレコーディング・ステージで、初期のころはフォーリー・ステージでした。つまりここは、コントロールルームとするためにゼロから作られた部屋で、ここでもWSDGは音響面で素晴らしい仕事をしてくれました。96チャンネルのSSL Duality、ADAMのスピーカー(S6xとSub15で5.1ch、S3H、S2VとSub15で5.1.4chのセットアップ)、NeveやBAEといった数多くの500プリアンプモジュール、3式のPro Toolsも最新鋭のものを導入しています。また、ウッドがふんだんに使われ、素敵な照明もあり、この部屋で仕事をするのは最高の気分なんです!

CONTROL Bも完全な新設です。実はこのエリアを建設するために5つの部屋を取り壊さなければなりませんでした。CONTROL Bは、48チャンネルのSSL Dualityを中心に、ADAM(S5H、S3H、S2VとSub15)のDolby Atmos認証を受けたセットアップとなっていて、小規模なレコーディングやミックスに使用します。すぐそばのISO BOOTHはCONTROL Bに直接接続されていて、ボーカルブースとして使うだけでなく、ハープをオーケストラからアイソレートするために使ったりもします。STAGE Bもゼロから設計されており、CONTROL Bを使用したレコーディングや、ピアノ、パーカッション用の大きなアイソレートブースとして使用しています。

これらの部屋はすべてアナログで接続されており、指揮者とミュージシャンの間のレイテンシーを考慮しています。建物内にはDanteネットワークが張り巡らされていて、8kmのアナログケーブルと36kmのネットワークケーブルが引き込まれているんです。また、ビデオマトリックスで制御されるアナログビデオシステムも導入されました。


📷CONTROL Aのコンソールに並んだ500シリーズ

Q:こちらでのでの録音はやはり映画音楽が多いのでしょうか?

ほとんどの場合、映画音楽やストリーミングサービスの作品についての録音です。主なクライアントはMarvel、Netflix、Disney+、Apple TVなどで、ルーカスフィルムの「The Acolyte」、マーベルの「Loki 2」、「ロード・オブ・ザ・リング」のメインテーマと聖歌隊も録音させていただきました。ゲーム作品についてもVRの「Asgard’s Wrath 2」や「スター・ウォーズ ジェダイ:サバイバー」など数多くのゲーム作品も録音しています。ということで、質問にお答えするとなると95%が映画やゲームのスコアリングで、5%がその他のレコーディングといったところでしょうか。

Q:オリジナルのスコアリング・ステージにはフィルム・オルガンもありますよね。

この施設は2009年にランドマーク保護の建造物に指定されていますが、その主な理由はオリジナルのスコアリングステージに収められている世界で唯一のシネマ・オルガンにあります。残念なことに、警察が取り壊しを中止させる前にすべてのケーブルとリレーはすでに取り外されていたので動くことはなく、改修には莫大な費用がかかるのですが、私たちはなんとか使えるようにならないかと考えています。昔は演出に深みを出すためにオーケストラと一緒にとても低い音を出すのに使われていました。あと、シネマFXとしても使われていたんです。乗馬、電話、ホーン、ドラムセット、雷など、ありとあらゆるFXでこのLenkwilのオルガンを使い録音するのはとても楽しかったでしょうね。


📷世界で唯一となるLenkwilのフィルムオルガン

Q:そのような伝統的なファシリティがある中で、現代の録音機材や技術はどのように映っているのでしょう。

損失よりも利益の方が大きいと思います。ヒスやノイズは減ったし、録音スピードも昔よりずっと速くなりました。録音を再開する前に必ずテープを巻き戻したり、トラック数の制限についてを考えてもそうです。確かに、アナログ・テープを使うと暖かい音がしますが、良いコンバーターを使えばそれに近づけるのではないでしょうか。コンバーターの前に本当に良いアナログの経路があることがとても重要です。優れたマイク、優れたプリアンプ、信号が変換される前の優れたアナログ機器。これはあくまで私の意見ですが。

Q:中でもこの広大なステージを収録するには優れたマイクが数多く必要となりそうですね。

通常のセッションでは最大70本のマイクを使いますが、大規模なセッションになると90本にもなります。メインマイク(LCR)はNeumannのM 150で、セクションごとのマイキングにはM 49、U 67、U 87、KM 184を使いますが、MKH 800やMKH 8000シリーズといったSennheiserのマイクもたくさん使います。ブラス用にはAEA44、Royer SF2、Coles 4038のようなリボンマイク。それから、いわゆるワイドとしてよく使っているのがLEWITTのLCT 1040で、真空管とFETの中間のような音を作れるのが気に入っています、リモートでスイートスポットのセッティングを聴いたりできるのも素晴らしいですよね。LCT 540 Sは非常に用途の広いマイクで、私はチェロ、ティンパニ、ピアノ、そして多くの打楽器に使用しています、ノイジーになりすぎることなく多くのゲインを得ることができるんです。

📷訪問時にセットされていたSTAGE Aのメインツリー、またLEWITT LCT 1040のリモートコントローラーはCONTROL Aに設置。

Q:あなたにとっての理想的なオーケストラ・サウンドについて教えてください。

オーケストラの音がみずみずしく、それでいてサウンドの上部やセクション間に空気感があるのが好きです。定位の良さと奥行きは私にとってとても重要なんです。でも一番大事なのは、エモーショナルで魂に響くようなサウンドであること。これを実現するためには、オーケストラの適切なバランスを見つけなければなりません。ただ、これには大変な時間が必要となるので、私たちがウィーン交響楽団という自分たちのオーケストラを持てているということは非常に幸せなことです。ミュージシャンたちとは長い間一緒にいて、演奏を聴いたり感じたりすることができています。オーケストラのバランスを整えることは、エンジニアにとって最も重要な仕事です。確かにマイクのセットアップが優れていることも重要ですが、オーケストラではそのバランスが最も重要でしょう。

Q:ありがとうございます。最後になりますが、ウィーンから産み出される音楽や製品に込められたスピリットとはどのようなものでしょう。

「音楽がすべて」ということです。たとえ、その背景が非常に技術的であったとしても、重要なのは音楽を創造すること自体なんです。私たちが録音しているときには、誰も技術的な細かいことを考えてはいません。私たちの目標は誰もが音楽に100%集中できるようにすることです。それはサンプルの制作でも同じです。音楽家は作曲や楽器の演奏に集中すればよく、バックグラウンドで起こっている複雑なことは考えなくていいんです。すべてはオーディエンスのために最高のクオリティで感動を生み出す、これを第一にしています。

『 ”Make yourself heard” すべてのクリエイティブなマインドを現実に 』
〜LEWITT GmbH CEO Roman Perchon

📷LEWITT GmbH CEO Roman Perchon 氏

ウィーン工科大学で学んだのちにAKGでそのキャリアを積み、マイクにはまだまだ進化の余地があると2009年にLEWITT GmbHを立ち上げたRoman Perchon 氏。2014年の日本上陸時にもインタビューを行っているが、10年という時間の中でそのラインナップも増え、ユーザーからの支持、そしてポジションも確立されたいま、どのようなビジョンで次のステップを見ているのか、ウィーン・LEWITT社にてお話しを伺うことができた。

Q:LEWITTを取り巻く環境に多くの変化があった中で、現在のビジョンと10年前のビジョンの変化や違いをどう感じますか?

そうですね。とても多くのことが起こりました。もし、私たちのビジョンについて何が変わったかと聞かれたら、私たちはまだ同じ価値観と同じビジョンを持っていると思います。設立当初から”Make yourself heard”というスローガンを掲げていたのですが、今でもこのスローガンを大切にしています。

私たちのビジョンはクリエイティブなマインドを持つすべての人たちが、卓越したサウンドで自分自身を表現できるようにすること。そして、私たちがどのようにサポートできるかというと、優れた製品、クオリティを向上させる製品、ワークフローを簡単にする製品、アーティストやユーザーが本当にやりたいことをするためのスペースと時間を提供する製品を提供することです。曲を演奏するとかレコーディングするとか、やりたいことを実現するための本当に良いツールを「すべてのクリエイティブな人々」に提供したいんです。それは昔から変わっていません。だから、そういう意味では同じです。大きく変わったのは、私たちが成長したことで、このビジョンにより近づいたことです。

Q:確かにこの10年で新たなユーザー層が出てきていますよね。

そうですよね。YouTubeやPodcastをやっている人がたくさん増えました。そして、ストリームや自分のホームスタジオを持っている人も増えました。そして、今まで通りプロのスタジオやテレビ局ももちろんあります。だからこそ、ビジョンを考えるときは「すべての」クリエイティブな人々と言いたいんです。

Q:そして、新しい技術やサステナビリティなど環境自体も変わってきています。

持続可能性はとても重要です。ここで働くすべての人たちもお客様も持続可能性に関心を持っているでしょう。私たちは日用品ブランドではありません。私たちの製品は、基本的に生産された時点で環境にかなりのインパクトを与えることになります。私たちのゴールは、品質がよく、長期間にわたって優れた性能を発揮する製品を提供することです。長く使える製品を作ることで、生産時に環境に与える負荷や環境フットプリントを最小限に抑えられるようにしています。

他にも、製品を設計する際には材料についての検討を行って配慮したり、パッケージについてもそうです。例えば、LCT 1040のようなハイエンド製品では内装にクッションとなるフォームインレイを使用しますが、ほかの製品ではその代わりに紙パルプを使用する場合もあります。また、LCT 440 PURE – VIDA editionは、NGO「Rainforest of the Austrians(オーストリアの熱帯雨林)」とのプロジェクトで、収益の一部をコスタリカの森林保護のために寄付しています。これからも、このようなウィンウィンとなる連携を探していきたいですね。

Q:技術面としてはイマーシブのフォーマットが登場してきました。

私たちが音楽を聴く方法について、たくさんの進歩が起こっているのを見るのは本当に素晴らしいことですよね。非常に専門化された形ではなく、すべてのクリエイティブなマインドが現実になるような興味深いアイデアがあるかもしれません。私たちができることがあるかどうかを見つけること、議論を重ねることが必要です。


📷ウィーン、LEWITTオフィス内にはイマーシブのセットも

Q:LEWITTの祖業はマイクメーカーですが、オーディオ・インターフェイスやヘッドホンなど製品ラインが拡がってきていますよね。

まず、私たちは非常にグローバルな組織を確立して多くの市場に進出しています。そして高度な知識や技術も持っています。ならば、それをある製品カテゴリーだけに適用するのではなく、他のどのような製品が潜在的なユーザーにとって必要なのかということに用いたいと考えたんです。クリエイティブな心を持っていて、できるだけ効率的で自然な方法で自分自身を表現したいのであれば、どこでどんな製品が必要だろうか、どうやってワークフローやクオリティを向上させることができるのか。そう考えるとユーザーはマイクだけを使うわけではありませんので、オーディオ・インターフェースも提供するというのはとても自然なステップだったんです。

そしてもちろん、こういったクリエイティブな人々はヘッドフォンも使いますよね?スピーカーや他の製品も使います。それから、当然ビジネス上の考慮もあります。顧客グループの規模は?これを開発する技術はあるのか?そのような製品を開発するために、どれくらいの投資が必要なのか?もちろん、こうしたことも考慮しなければなりません。でも、私たちが本当に興味があるのは、自分自身を表現したいクリエイティブなマインドのためのエコシステムを構築することなんです。

Q:次の質問ですが、将来のマイク制作において何か特別な言葉やキーワード、技術やアイデアはありますか?

私たちがいまとても注目しているのはAI、ニューラル・ネットワークです。私たちの製品には次々とソフトウェアを採用していますので、製品の在り方も大きく変わっていくでしょう。その変化の中でも、私たちは受動的な傍観者ではなく、むしろ積極的なプレーヤーでありたいのです。AIはとても興味深い研究分野ですし、私たちはすでにこの技術を用いています。もちろん、将来のプロジェクトにも応用するつもりです。


📷ヨーロッパらしく1人あたりのスペースが広く取られた開放的なLEWITTオフィス

Q:LEWITTは比較的新しい会社でありながら、主要なマイクメーカーの一角となりました。その成長要因はどのようなものだったのでしょう。

まず、私たちは常に大きなインパクトを与えたいと考えていました。小さなブランドのままでは実現できないことであることは明白だったので、私たちはグローバルブランドになりたかったんです。この点について創業当時の私はとても幸運で、ビジネス面でも製造面でもサポートしてくれるパートナーに出会えました。そして、クリエイティブで知識豊富なチームを組むこともできました。その人々と、高度な技術力、それを正しく応用するアイデアによって、エンドユーザーに対して他社が提供できないような価値の提供を実現してきました。

もう一つは、市場やユーザーのニーズをよく理解することです。私たちは業界とのつながりが深いので、ツアー・アーティストやスタジオと緊密に連絡を取り合っています。このようなコミュニティに対して、彼らが既成概念にとらわれない発想ができるような時間と場所を確保すれば、あとは互いに会話が生まれて、たいていはたくさんのアイデアを発見することができます。

ただし、私たちにとって実は一番大変なのは、できることには限りがあるということです。人数、投資、時間、リソースは限られていますよね?たくさんのアイデアを得るのはいいことですが、もうひとつとても重要なプロセスは、それらをフィルタリングして本当に有望なものに集中することです。


📷ゆるやかな時間を感じさせるウィーンの街並み。下の写真はウィーン楽友協会、この大ホールは通称「黄金のホール」と呼ばれ、音楽の都ウィーンの中心的存在となっている。

Q:最後にお伺いしますが、ウィーンという場所はあなたの人生やビジネスにどのような影響を与えたでしょうか?

まず、ウィーンは私の故郷です。オーストリアとウィーンには、多くのマイクブランドが生まれてきたようにオーディオ・エンジニアリングの長い歴史があります。それに、ウィーンは夢を追うにもとてもいい場所だと思います。大都会の長所もありますけど、迷子になるほど大きくはないから疲れませんしね(笑)。

創業当時からそのビジョンは全くぶれていない。クリエイティブなマインドを現実にするための必要なツールを提供するという実にシンプルなもので、私心ではなく大義すら感じさせる。そのための既成概念にとらわれない新分野へのチャレンジも次々と行われている。このことがまたその先のシナジーを生んでいくのだろう、次の10年後にLEWITTがどのような姿で活躍しているか期待していきたい。


Vienna Synchron Stageを中心に見てきたが、ウィーンという街が持つ音楽の伝統や脈々と受け継がれた素養とでもいうべきようなもの、つまりカルチャーとして存在している「感覚」がごくごく自然に生活する人々からプロフェッショナルまで深く根付いていることがよく感じられたのではないだろうか。これは音楽のみならずクリエイターがモノを創る、表現を行うということに対するリスペクトの姿勢が現れているようでもあり、それが醸成されていった長い年月そのものがこのウィーンという街には息づいている、それを確かに感じさせられる訪問となった。

●Vienna Synchron Stage / HP 
Synchron Stageの公式ホームページがこちら。Facilityタブの画面をクリックすると施設内の各部屋の詳細を見ることができる。


 

*ProceedMagazine2024-2025号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2025年01月30日時点のものです。