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Author
澤口 耕太
広範な知識で国内セールスから海外折衝、Web構築まで業務の垣根を軽々と超えるフットワークを発揮。ドラマーらしからぬ類まれなタイム感で毎朝のROCK ON PROを翻弄することもしばしば。実はもう40代。
鹿児島-東京-和歌山がつながる、多拠点連続配信 〜鹿児島ジャズフェスティバルの挑戦!〜
予定調和を拒み、瞬間の閃きに命を賭ける…ジャズという音楽が持つこのリアルを伝えたいという思いで2017年にはじまった「鹿児島ジャズフェスティバル」。毎年順調に来場者数を伸ばしてきたこのイベントも、2020年からのコロナ禍の影響で例年通りの開催を断念せざるを得なかった。「それでもできることはあるはず」という実行委員長 松本氏が取った選択は、異例とも言える多拠点連続配信!ひとつのYouTube ページで鹿児島・東京・和歌山と配信元を切り替えながら連続配信を実施し、全国的に移動が制限された中で大型音楽イベントを成功させた「鹿児島ジャズフェスティバル2020オンライン」の挑戦を取材した。
●鹿児島ジャズフェスティバル鹿児島ジャズフェスティバル 公式HP
鹿児島ジャズフェスティバル2020オンライン 1st Day
鹿児島ジャズフェスティバル2020オンライン 2nd Day
ピアニスト松本 圭使 氏が主体となって2017年より実施されていている鹿児島ジャズフェスティバル(通称:かごジャズ)は、ジャズという音楽の最大の特徴でもある”その時・その瞬間に生まれる音楽”という魅力を凝縮した形で届けたいという想いから生まれたジャズフェスティバル。そのため、ジャズシーンの第一線で活躍するアーティストたちを招聘しながらも、すでにマーケットされたグループ単位ではなく個人単位での出演をオファーしていることが最大の特徴だ。
各アーティストは期間中いくつかのステージに出演するが、その際の組み合わせも実行委員が考案し、毎回異なるメンバーによる演奏となるよう工夫がされている。オーディエンスはさまざまな組み合わせの演奏を楽しむことができ、アーティスト同士の出会いの場としても機能しているが、こうした手法を取る最大の目的はジャズミュージシャンの普段の活動をより身近に体験してほしい、ということにある。
海外からの招聘アーティストについても、みずからのグループによる出演だけでなく、国内のアーティストと共演してもらうステージを構成するなど、クラブギグに近いコンセプトのプログラムはまさに「毎晩違うハコに行って、毎晩違うメンバーと演奏する」というジャズミュージシャンの基本的な生活により近いものと言えるだろう。初年度は16,000人、2018年が31,000人、2019年が67,000人と動員も倍々で増加しており2020年も3月までは例年通り実施する予定だったが、コロナ禍とそれに伴う緊急事態宣言の影響により、2020年度はYouTube Liveを使用したオンラインでの開催となった。
ROCK ON PRO(以下、R):本日はお忙しい中にありがとうございます。はじめに、鹿児島ジャズフェスティバル全体のコンセプトをお聞かせいただけますでしょうか。
松本:鹿児島ジャズフェスティバルは「リアルなジャズを濃縮したようなフェスをやりたい」という思いで2017年に立ち上げました。そのため、グループとしてすでに出来上がったサウンドを聴いてもらうのではなく、ステージ上で「はじめまして」「で、(曲は)何やります?」というところからお客さんに観ていただいく形でやっています。その方が、アーティストを身近に感じてもらえるんじゃないかと思って。
R:実際に、本当に「はじめまして」の組み合わせもありましたね。
松本:はい。アーティスト同士の出会いの場としても機能させたいという気持ちもあります。それまで共演したことがなかった人たちが、鹿児島ジャズフェスティバルをきっかけに共演しはじめたという例もいくつかあります。
R:動員規模も年々大きくなっていった中で、新型コロナウイルスの影響はどの時点からあったのでしょうか。
松本:2020年も、3月までは例年通り実施する予定でした。概要の冊子を作ったり、協賛していただくみなさまを招いてのパーティなども実施していたのですが、新型コロナウイルスの影響が大きくなったことで、例年通りの形での実施はするべきではないと判断しました。ぼく自身もアルコールスプレーを持ち歩いていて「スプレー男」とか呼ばれるくらい(笑)感染には気をつけていましたし、少なくとも鹿児島県内では感染に対する危機感は当初から非常に高かったこともあります。
R:2020年度はすべてYouTube Liveによるオンラインでの実施となりました。こうした形での開催、そもそも、開催するという決断に至った経緯をお伺いできますでしょうか。
松本:5月頃には中止も考えたのですが、当時、多くの音楽イベントが配信という形で行われているのを見て、「こうした形ならやれるんじゃないか」と思ったんです。ライブを観たくても観れないというストレスを自分自身も感じる中、鹿児島ジャズフェスティバルなら、たとえ配信になってもジャズの本質を大事にした形でみなさんに楽しんでもらえるフェスができるんじゃないかと思いまして「よし、やるぞ!」と(笑)。そこから、どうやったら面白いものにできるかということを考えていった結果、「さまざまなアーティストがさまざまな組み合わせで出演する」という、これまでの鹿児島ジャズフェスティバルの形を踏襲した上で実施するのがよいのではないかということになりました。すると、まず会場は鹿児島と東京の2箇所が必要だということになります。
R:鹿児島と東京にいるアーティストがリアルタイムでセッションするのをライブ配信する、という珍しいステージもありました。
松本:ひとつのYouTube Liveのページで2会場が切り替わりながら配信するというだけでもほとんど前例がなかったように思いますが、さらにSYNCROOMを使ったコラボステージを組み合わせたらもっと面白いことができるんじゃないかと思って。当時、ぼくは夜な夜なSYNCROOMを使って遊んでたんですが(笑)、これを使ったら離れた会場でのコラボ演奏もいけるんじゃないか、と。それで「東京ステージ」「鹿児島ステージ」「つながるステージ」という3つを柱にしたプログラムを組むことにしました。
R:配信元を切り替えながら連続配信するという点、そして、2会場間でセッションしている様子を配信するという点がユニークだったと感じています。これはどのように行なっていたのでしょうか。
松本:鹿児島ステージは鹿児島、東京ステージは東京から配信していました。つながるステージは和歌山のティースペック橋本さんのところから配信しました。ですので、3つの拠点からのストリームをひとつのページで配信していた形になります。
R:これらを実現するための機材や運用のシステムはどなたが設計されたのでしょうか。
松本:機材については各会場の方々にお任せしました。連続配信しながら2会場を切り替える方法については、ぼくが思いつきで実験していた方法を使用しています。例えば、鹿児島会場のバックアップストリームに東京会場からの映像を流し、時間が来たら鹿児島会場のメインストリームを落とすんです。すると、バックアップに流れている東京会場からの映像に切り替わる、というかなり危なっかしいやり方です(笑)。技術屋さんなら絶対に採用しない方法ですね(笑)。本番中はずっと電話でやりとりしながら、各会場の配信ストリームを流したり止めたりしてました。
野井倉:当時はライブ配信の技術というものが方法論として確立していなかったので、トライ&エラーを繰り返しながら段階的に組み立てていきました。東京会場からのストリームをいったん鹿児島に送ってもらって、配信元を鹿児島1本にするというやり方も最初に試しました。ただ、東京からも同じチャンネルに配信できるなら、それがいいんじゃないか、と。であれば、つながるステージに関しては橋本さんという遠隔セッションに関するプロフェッショナルの方がいらっしゃるのだから、そこできれいにまとめてもらって和歌山から配信するのがいいだろうということになりました。
松本:つながるステージに関しては、8月に実験的に一度やってみたんです。その時は、東京からの信号をいったん鹿児島に送ってもらって鹿児島が配信元になる形でした。実際にやってみると、東京からの信号を受けて、鹿児島側にディレイを入れて、その上でリップシンクを取って…結構しんどいね!ってことになって(笑)。そんな時に、友人のギタリストで今回東京会場のディレクターもお願いした松原慶史さんから、ティースペック橋本さんを紹介してもらったんです。
橋本:ちょうど中間地点ですし(笑)
松本:ライブ配信については、ぼくも野井倉さんも、コロナ禍がはじまった頃からぞれぞれ個人的にその可能性を探っていた状況でした。先述の松原さんが以前からYouTube配信を積極的におこなっていたので、彼からたくさんのことを教えてもらいました。バックアップストリームを使って配信元を切り替えるという方法も、彼に夜な夜な付き合ってもらって(笑)
野井倉:前例もほとんどなかったので、6月くらいから私と松本さんで毎週さまざまな設定を実際に試しながら、映像と音声のクオリティを追い込んでいきましたね。
R:各会場ではどのようなシステムで配信をおこなっていたのでしょう。
野井倉:私のところ(鹿児島会場となったCAPARVOホール)はライブハウスなので、ステージに関しては通常のPA/SRシステムです。卓の2MixをPro Toolsに入れてリアルタイムでマスタリングしたものをOBSから配信しました。つながるステージではPro Toolsを挟むとレイテンシーが増えるので、配信用には卓のアウトを直接SYNCROOMで橋本さんのところへ送っています。鹿児島ステージの時はモニターには通常のころがしを使いましたが、つながるステージではキューボックスを入れてイヤーモニターしてもらいましたね。
松本:配信システムはDelquiが所有しているものを使用しました。マシンはMacbook Pro 16″ i9 8コア メモリ64GB で、ハードウェアエンコーダーを使用するのがミソです。
R:東京会場は、鹿児島との大きな違いはレコーディングに近い環境を構築したことにあると思います。
吉川:東京会場は、ぼくが普段マスタリングで使用している機材などをすべて持ち込んでの配信でした。RCA 44-BXとかU 49、U 47とか持って行ったんで、いわゆる配信ではあまり見ない構成だったかも知れません。モニターも、転がしを使わずにヘッドホンでモニターしてもらいました。デジタルでの処理は一切おこなわず、卓のアウトをすべてアウトボードでマスタリングして、それをスイッチャーに入れてました。遅延はOBSで合わせてましたね。
R:デジタルを使用しなかったのは遅延を回避するためでしょうか。
吉川:というか、どのプラグインが何ms遅れるとか、そこまで詳しくは把握してなかったのと、ソフトを使っちゃうと、本番中に予期せず止まったりしたら怖いなと思って。アナログで完結させようと思ったんです。
R:つながるステージの時はどうでしたでしょうか。
吉川:つながるステージでは、SYNCROOMを使うためにPro Tools HDXシステムを使用しました。それまでSYNCROOMを使った経験があまりなかったので、使い慣れているHDXでキューなどを作りたかったんです。Blue Cats PatchWorksを使って、Pro ToolsにSYNCROOMをプラグインとして立ち上げてました。
R:映像はどのようになっていたのでしょうか。
松本:鹿児島ステージでは2台のスイッチャーを連結して、11台のカメラを使用しました。
野井倉:カメラは機種を合わせることができなかったので、色味を合わるのが大変でした。
松本:カメラはカメラマンさんに持ち寄ってもらったので、機種を揃えられなかったんです。東京はBlackmgic Design Pocket Cinema Camera 4Kを11台揃えていたので、鹿児島の映像関係の方々は「負けるもんか!」と燃えてましたね(笑)
R:スイッチャーは何を使用されましたか?
野井倉:Roland V-60HDです。鹿児島ジャズフェスティバル自体が以前からRolandにサポートを受けている関係で、スイッチャーなどの一部の映像関係機器はRolandからお借りしました。カメラとPro ToolsのアウトをV-60HDに入れて、V-60HDのアウトをOBSに入れているという流れです。
吉川:東京は、映像関係はBlackmagic Designで揃えました。
R:つながるステージはどのような構成で配信していたのでしょうか。
橋本:鹿児島と東京からZOOMを受けるためのPCが各1台、計2台あり、SYNCROOMのためのPCが1台、ミキサーとしてWAVES LV-1、こちらだけOBSではなくWirecastでした。Wirecastの手前でZOOMの出力をATEM Mini Proに入れて、鹿児島か東京かを選ぶ、と。リップシンクはWirecast側でやってます。今回は、私のところでは音作りのようなことはしませんでした。当日は鹿児島と東京からまとまった音が来てたので、バランスだけこちらでフィックスしてそのままふたつを混ぜて送り出すと。もちろん、トータルのレベル管理とかはしてましたけど、リハーサルの段階でレベルはほとんどフィックスしてます。送り出しのレベルを「もう少し上がりますか、下がりますか」みたいな感じで確認しながら、本番中にどうしてもと感じた時だけ数dB触るか触らないかくらいの感じでミックスしてました。
R:SYNCROOMを使用する上でポイントとなるようなものはあるのでしょうか。
橋本:SYNCROOMはP to P接続なんです。今回は3箇所だったので、鹿児島-東京、鹿児島-和歌山、和歌山-東京、と、それぞれ別々の回線でつながっていました。そういう仕組みなので、音質も遅延もそれぞれの環境によって変わってくるんですね。すると、いま自分が聴いている2会場の音が本来のタイミングかどうかはわからないんですよ。鹿児島と東京から私のところに来ている音のタイミングがずれていても、鹿児島-東京間では合ってる可能性があるわけです。そうしたところもリハーサルの際に確認して、明らかにずれている時はこちらでディレイを調整します。
R:LV-1はSoundGrid Serverを使用した低遅延のプロセッシングが特徴ですが、今回は2系統のステレオを1系統にミックスしただけだったのでしょうか。
橋本:今回はそうでした。普段はわんさかプラグインを使いますよ(笑)。160ms分くらい使いますね。ZOOMだと私のとこには映像が300msくらい遅れてくるんです。だから、もっとプラグインを使っても大丈夫なんですが(笑)。
R:配信ソフトは普段からWirecastなのでしょうか。
橋本:そうです。私のところは多点配信が多いんです。それも、YouTube、Facebook、オリジナルサイト、などバラバラなんですよ。どこかひとつに不具合があった時、OBSだと全員止める必要があるんです。それが、Wirecastだとひとつずつ出したり止めたりできるんです。各信号ごとに解像度も変えられますし。Wirecastである理由はその一点だけです。少なくとも、私がWirecastを使い始めた当時のOBSではそれができなかったんですよ。
鹿児島ステージ鹿児島ステージのオペレーション責任者は、鹿児島ジャズフェスティバル実行委員 でもありサウンドエンジニアでもある SRPlanning 代表取締役 野井倉 博史 氏が 担った。会場となった CAPARVO HALL は同じく野井倉氏が代表取締役を務め る有限会社 SR Factory が経営するライブハウスのため、マイクやモニタースピー カーなどのステージ周辺機器は常設の PA システムを使用している。普段のライ ブと同じ環境で演奏できたことは、アーティストからも好評だったようだ。
インタビューでも触れられている通り、FOH のメインアウトを別室にある Pro Tools HDX システムに入力し、配信のための整音 / マスタリングをリアルタイ ムにおこないながらの配信となった。FOH ミキサーは Roland M-5000。音作りはミキサーで行い、Pro Tools で は段階的に複数のプラグインを使用して YouTube Live に適した音に整えてい く。SYNCROOM を使用しておこなったつながるステージではレイテンシー の増加を抑えるために Pro Tools システムを通さず、M-5000 の2系統目のモニターアウトを直接 SYNCROOM に入力した。Pro Tools のアウトはビデオスイッチャー Roland V-60HD に送られ、ここでカメラの信号と同期を取ったあとで配信用 MacBook Pro に流し込まれる。MacBook Pro は松本 氏が所属する株式会社 delqui が所 有しているものを使用し、OBS から配信をおこなった。8 コア CPU、64GB メモ リを搭載したハイパワーマシンだが、CPU への負担を最小限にするためにハード ウェア・エンコード機能を使用したという。
和歌山:つながるステージ鹿児島・東京の各会場にいるアーティスト同士がリモートセッションする様子をライブ配信したつながるステージ。このプログラムは和歌山にある有限会社 ティースペックのスタジオから配信され、システム設計とオペレーションは同社 代表取締役でライブPAエンジニア・遠隔セッションエンジニアでもある橋本 敏邦 氏が担った。氏は以前から遠隔セッションを業務として請け負っており、つながるセッションではそうした氏の豊富なノウハウと磐石なシステムがいかんなく生かされたと言えるだろう。このリモートセッションはオーディオ部分をYAMAHA SYNCROOM、映像はZOOMミーティングを使用することで実現している。SYNCROOMはPtoP接続となるため、リアルタイムセッションのために鹿児島-東京をつなぎ、配信用には別途、鹿児島と東京がそれぞれ和歌山と個別に接続した。
各会場からの音声はSYNCROOM用PCからDanteでWAVES LV-1に入れられ、そこでミックスされる。映像付きの遠隔セッションの場合、映像が音声に対して300msほど遅れて到達するため、大量のプラグインを使用しても遅延が問題になるケースはほとんどない。そのため、普段の配信業務ではLV-1で音作りをおこなうそうだが、今回は各会場からすでに処理が施された音声を受けていたため、レベル合わせと映像と同期させるためのディレイを入れるにとどまっている。ビデオスイッチャーはATEM Mini Pro、映像も各会場でスイッチングが施された信号が送られ、鹿児島にいる松本氏と連絡を取りながら和歌山で2会場からの映像をスイッチングしていた。
映像と音声はそれぞれ配信PCに送られるが、配信用アプリケーションにはWirecastが使用され、映像と音声の同期はWirecastで取る形を取った。有限会社 ティースペックではLive device事業部として業務用機器の開発・販売もおこなっており、橋本氏の配信システムではPCはすべてLive deviceオリジナルのものが使用されている。
東京ステージ東京ステージのオペレーション責任者はSTUDIO Dede オーナーでレコーディング/マスタリングエンジニアの吉川 昭仁 氏。同スタジオはジャズミュージシャンなら知らぬ者などいない、国内でも最高峰のレコーディング/マスタリングスタジオのひとつだ。
そのため、東京ステージのシステムは鹿児島ステージとは打って変わって、スタジオレコーディングのような構成が特徴的。マイクはU-47、U-49、44-BXなどが並び、アーティストのモニターはヘッドホンを使用している。東京ステージの会場には外部のレンタルスペースが使用されたため、STUDIO Dedeの機材をそのまま持ち込んだ格好だ。デジタルドメインでの不意のトラブルを避けるため、アウトボードも多数持ち込まれ、東京ステージ単独での配信にはデジタル処理は一切おこなわれていない。対して、つながるステージ配信時にはモニターミックスを作るためにPro Tools HDXシステムを使用した。プラグインチェイナーであるBlue Cat PatchWorksを介して、VST連携モードのSYNCROOMにオーディオを入力するためだけに使用され、プロセッシングやトリートメントは東京ステージと同様アナログドメインで施している。
もともと実行委員会がある鹿児島会場に対して東京会場は人手が少なく、カメラマンを除くすべての作業をたった3人の人員で受け持っていたという。配信用のミックスはもちろん、キューミックスや映像のスイッチングまで、オペレーション関連は吉川氏がひとりで請け負った。
R:音質向上のために施した工夫などはありましたか?
野井倉:6月くらいから配信をやっていて思ったのが、ダイナミクスレンジが広い状態で送っちゃうと非常に聴きづらくなるんです。アーカイブになったものを聴く分にはまだいいんですけど、リアルタイムで聴く時には、卓のアウトをそのまま送っただけだとMCが聞こえないとか、曲によってはピークが叩かれて全体的にレベルが落ちちゃうとかがあって。マスタリングして出さなきゃダメだね、って結論に達したのが6月〜7月だったんですね。そこから本番の9月までの間に、レベル管理や実際にYouTubeで聴いた時の傾向も含めて、配信用の整音プリセットをPro Toolsで作っていきました。
R:EQやリミッターを使用しているのでしょうか?
野井倉:インプット段でEQを使ってますが、80Hz以下は結構切ってますし、上の方は逆に4kHzくらいからちょっと伸ばし気味にしてます。レコーディングだと8kHz〜10kHzを上げるとエアー感として残ってくるんですけど、配信だとまったく残らないです(笑)。なので、わりと下の方から持ち上げてたりしますね。そのあとはマスターのアウトプット段で掛けてます。補正用のEQが一発、その後がWAVESのCLA MixDown、L2、SSL G-Master Buss Compressorが掛かっている状態です。ミキサーで既に処理が掛かってますので、Pro Toolsでは1回でガツンと掛けるのではなく3段階に分けてちょっとずつなめしていく感じです。
R:東京側はいかがでしたでしょう。
吉川:主要楽器のマイクプリにNeveとAmpexを使ったことと、マスタリング用途として、レベルを上げるものと止めるものというのを使った程度ですかね。LA-2やSSLバスコンプ、LavryのソフトサチュレーターやMTPリミッターなど、普段マスタリングでやってることの初段と最終段をやったって感じです。全部ハードウェアで、プラグインは一切使いませんでした。
R:つながるステージはどうでしたでしょうか。
橋本:インターネット回線を通してくると、どうしてもS/Nが悪くなるんです。なので、各会場からSYNCROOMに送っていただくレベルをちょうどいいところにしてもらえるようにお願いしていました。普段だと必ずノイズサプレッサーを入れるんですが、今回は各会場でしっかり作られた音が来ていたのでなるべく触らず、そのまま混ぜて出した感じです。
R:ここは苦労したとか、やってみたら思ったようにいかなかった、といったポイントがあれば伺えますか。
野井倉:回線速度ですね。本番中にルーター再起動までかけました。鹿児島はやっぱり東京とくらべるとインフラが弱い。とにかく回線が安定しない。リハーサルの時はよかったけど、本番の時間帯には安定しなかった。そうした影響が極端に出ましたね。
松本:そういう意味では、配信元を分けたのは結果的によかったです。
野井倉:結局、フィナーレのつながるステージは構成を変えましたよね?
松本:もともとはリズムセクションは鹿児島のメンバーが乗って、フロントは東京からという予定だったのですが、鹿児島のSYNCROOMが調子悪くなったんです。リズムセクションが途中で落ちたらまずいということで、吉川さんが機転を利かせて東京会場に残っていた米木(康志 b)さんと福森(康 ds)くんをステージに上げてくれて。彼らには初見で演奏してもらうことになりましたが、それでことなきを得たということが起こっていました。吉川マジックでした(笑)
吉川:ちょっと大変だったのは、その時に「東京にもドラムとベース乗せよう」なんて言っちゃったものの、キューボックスを人数分しか用意してなかったんですよね。あれは焦りました。結局、ぼくのモニターを延長しまくってステージに送ったんですけど、その結果、フィナーレの時は遠くで鳴ってるドラムとボーカルの口元を頼りにスイッチングしてました。
R:東京会場はネットワークは安定していたのでしょうか。
吉川:東京の会場はNURO光が入っていたんです。それが理由で選んだというのもあったんですが、前日に会場入りしてみたらIP v6じゃなくて。そこを変更しなければならなかったということがありました。
松本:東京ステージは会場がDedeさんではなく外部に借りたので、仕込みなどもすべて前日にやってもらうことになってしまって。
吉川:鹿児島ステージと東京ステージが切り替わるタイミングで、なぜかぼくの携帯が切れちゃったりとか。でも、こんなのは全然マシで、ほかの仕事で大きな企業のイベントをやった時なんかは会場が漏電してシステム全体が4回落ちましたからね。かごジャズのトラブルはトラブルではなくて、本番中に「こんなことやりたい!」っていうのをやってしまったがためという、ある意味すごくジャズっぽいイベントで面白かったです。
R:和歌山はいかがだったでしょう?
橋本:私、実はかごジャズがスイッチャーのデビューだったんですよ。それまでの遠隔セッションはZOOMのギャラリービューを出していただけで、音だけはこっちでミックスするというスタイルでやってたんです。つながるセッションの配信を和歌山からやることが決まった時に「できれば全画面でスイッチングを…」ということで。「スイッチング、実は本番でやったことないんですけど」って言いましたら「大丈夫ですよ。2系統の切り替えだけですから!」なんて言われて(笑)。でも、それって実は○か×かの世界じゃないですか(笑)
松本:いや、完璧でしたよ(笑)。ぼくが譜面を見ながらキューを出してたんですけど、途中で「この譜面なんか変だな」と思ってよく見たら、全然違う曲の譜面見てたんです(笑)。でも、橋本さんは完璧にやってくださいました。
橋本:あとは、映像ですね。鹿児島と東京の映像が私の想像をはるかに超えるクオリティだったので「ちょっと待って!」と(笑)。つながるステージはZOOMからの映像なので、なんとかしようということでBlackmagic Design ATEM Streaming Bridgeを候補にしてたんですよ。でも、出荷開始時期が間に合わなかった。そこで、ZOOMで高画質配信ができる方法を探ろうということで、前日になってFull HDで送るモードを見つけたんですよ(笑)。
R:ATEM Streaming Bridgeは、発表されたその日にご注文いただいてました。残念ながら鹿児島ジャズフェスティバルが終了してからのお届けとなってしまいましたが、その後お使いいただく機会はありましたでしょうか。
松本:ZOOMよりは確実にきれいな映像でつながりますよ。
R:こうしたネットワーク系のソリューションというものは、今後もっと需要が高まりそうです。
橋本:そうですね。実際、ZOOMなんてもう普通に使われてますからね。
野井倉:地方は特にそうで、東京からゲストが来れなくなったとしてもイベント自体が中止になることはありません。すると、配信で出演してもらおう、って話になるものが結構多いんですね。東京では、そういう配信向けのスタジオが増えていることはありがたいですね。回線も含めて照明からなにからすべて揃っていて、とりあえずPCを持っていけばすぐ配信できる。それを現地でMCとかと混ぜて。トークショーなどは、今はこういう形が多いですよ。
R:鹿児島ジャズフェスティバル2021の展望について伺えますでしょうか。
松本:結論から言うと、まだなんとも言えないというのが正直なところです。アーティスト自身が運営するイベントということで、これまでにも新しい可能性を提示してこれたと考えています。そのため、何もしないという選択肢はないと思っています。ただ、屋外での開催に戻るのか、またライブ配信になるのかといったところはまだ何も決まっていないという段階です。
R:リアルと配信を同時にやるという可能性は…
松本:できちゃいますよね(笑)。ライブ配信をおこなったことで、「これを観て鹿児島に行きたくなった」というご意見が一番多かったのですが、次に多かったのが「配信だから観ることができた」というご意見でした。ですので、リアルライブと配信を同時におこなうことも考えてはいます。
野井倉:2019年まではサテライトを含めて4~5会場でやってましたね。実はコロナ以前に一度あがった意見として、夜しかライブをしないサテライトステージに昼間はメインステージの映像を出すというものがありました。鹿児島ジャズフェスティバル2020を経た今なら、こうしたことはもう簡単にできちゃいますね。
松本:実際、以前は映像をリアルタイムにスイッチングして配信して、というソリューションは非常に高価でした。それが、ここ1年ほどで一気に手元まで降りてきた感覚はあります。そうした部分で、鹿児島ジャズフェスティバルのようなイベントにも、映像を使った可能性というものが広く開かれていると感じています。なにかしら面白いアイデアを見つけていこうかなと思っています。
橋本:本人が感染しなくても、濃厚接触者となって来場できなくなるというケースもあると思います。そうした場合は遠隔で参加してもらうというのはありですね。
松本:実は、遠隔出演は昨年8月に経験させていただいてました(ライスパワージャム・ハ!2020)。地方を拠点に活動している身としては、こうした技術はありがたいですね。音楽を楽しむ方法のひとつとして、今後も残っていくんじゃないかと思います。
R:今年も鹿児島ジャズフェスティバルを楽しみにしています!みなさま、本日はありがとうございました!
一同:ありがとうございました!
ライブ配信が現在ほど浸透していなかった2020年夏の時点で、手探りで作り上げた手法によって大型音楽フェスティバルを成功させた『鹿児島ジャズフェスティバル 2020 オンライン』。成功の背景にあったのは、「ジャズという音楽の魅力を多くのひとに伝えたい」という一貫した情熱だったことが伝わってくるインタビューだった。どのような形であれ、2021年もすばらしい音楽を届けてくれるであろう鹿児島ジャズフェスティバルから、今後も目が離せない。
鹿児島ジャズフェスティバル 公式HP
鹿児島ジャズフェスティバル2020オンライン 1st Day
鹿児島ジャズフェスティバル2020オンライン 2nd Day
*ProceedMagazine2021号より転載
*記事中に掲載されている情報は2021年08月18日時点のものです。