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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

BFE @Mainz / 顧客の理想を形にする仕事、インテグレーターのあるべき姿。

ドイツを代表するシステムインテグレーターであるBFE社。第1ドイツテレビであるARD、第2ドイツテレビとなるZDFといったドイツの主要放送局でのシステムインテグレートはもちろんのこと、自社工場を構えてワンオフでの製品生産まで行っている。事業としてはインテグレーターの枠組みを大きく超える存在となるBFE、同社が拠点を構えるマインツ本社へ伺った。

ドイツ公共放送の中核、マインツ

ドイツ中部、ラインラント=プファルツ州の州都でもある歴史ある街マインツに本社を構えるBFE。マインツはフランクフルトの隣町であり、実際のところフランクフルト空港から郊外電車で西へ30分程度のところにあるライン川沿いの街である。また、世界遺産でもあるライン渓谷中流上部をめぐるライン川下りはマインツを出港地としている。ローマ時代の遺跡があったり、中世ドイツの宗教的な中心地であったりと多くの歴史の中心地でもある。第二次大戦で壊滅的な被害を受けたこともあり街並みは近代的なものが多いが、伝統的な様式で作られた街の中心となるマインツ大聖堂はロマネスク様式の大聖堂としてヨーロッパでも有数のものである。

このマインツになぜBFEがあるのか。これにはこの街にZDFというドイツ最大の放送局があるからという非常に明快な理由がある。ここで少しドイツの放送事情を説明しておこう。ドイツは日本で言うところのNHKにあたる放送局が複数存在している。公共放送として国民全員から受信料を徴収し、それを財源に放送を行うという形態のものである。その1つ目が、第1ドイツテレビを運営するドイツ公共放送連盟(ARD)と呼ばれるドイツ各地に9つあるテレビ局のネットワーク。ARDは共同で放送する4チャンネルの放送と、地域ごとの独自の放送チャンネルを持つ。本誌でも取り上げているSWRはこのARDの中の1局である。もうひとつが第2ドイツテレビの頭文字を取ったZDFである。ZDFはドイツ全域をカバーして3つのチャンネルを放送しており、このZDFの本部がマインツにある。

面白いのが、ARDとZDFはそれぞれが独立した放送局ではあるが、同じドイツの公共放送として共同で運用するチャンネルが4つもあるということことだ。全国に向けた公共放送のチャンネル数は、ADRが4チャンネル,ZDFが3チャンネル、ADRとZDFの共同制作が4チャンネル。そのほかに各地域ごとの放送がADRの9つの放送局それぞれにあるということになる。すべてまとめるとかなりのチャンネル数である。視聴シェアの割合もこれらの公共放送が51%を締め、その他の商用放送と拮抗している。このように公共放送のシェアが高い国というのはかなり珍しいのではないだろうか。ちなみに受信料は18.36EUR。執筆時点のレートでは2900円程度となる。

複数メーカー製品を一括制御するKSC

各州ごとに設けられたARDの放送局に比べると、ZDFは全国区でありその規模は巨大なものである。その放送局とともにインテグレーターとして成長を遂げてきたBFE、どのようなところからこの会社は大きな飛躍を遂げたのだろうか?そのキーとなるのが「KSC system」と呼ばれるアプリケーション。放送局の設備にはさまざまな制御関係の信号があり、それらがスタジオシステムの根幹を握るものとして信号のルーティングや、チャンネルの切り替えなど、さまざまな場所で活用されている。KSCはさまざまな機器の組み合わせで構築されるそれらの制御を一括でコントロールしてしまおうというもの。当初は、GPIOやシリアルコントロール(RS-232,RS422)などを総合的にコントロールできる製品として登場。時代の進歩とともにIPベースでのコントロールにも対応し、現在でも顧客の要望に応えてKSCでコントロールできる機器は着実に増えている。

テキストで説明をするとだとシンプルだが、外部制御を受け付ける機器であればKSCを使うことですべてを一括でコントロールできるということだ。映像のルーターでも、音声信号の切り替えも、Cueランプや、トークバックなどもすべてを一括で制御できるまさに夢の製品。複数の製品を1つのボタンで一括制御させることができるようになっている。これらの機能はハードウェアのボタンにアサインし利用することができるようになっており、KSC用のパネルはBFEのオリジナル製品だ。

📷何でも切り替えられるKSC、物理パネルの種類も多彩だ。写真はSWRで導入されていた実際の製品で、ラックマウントタイプのものから単体で動作するものまで様々なラインナップを持つ。KVMの切り替え、回線の切り替え、エマージェンシー時のサブシステムへの切り替えなど、何でも一つのパネル上で行うことができる。

ZDFのシステムを構築するにあたり、伴って生じるさまざまな接続や制御の問題点をこのソフトウェアで解決してきている。まさに、現場の要望から生まれたソリューションである。このKSCシステムをZDF専用のカスタム製品として終わらせるのではなく、汎用性を持たせて次のビジネスに繋げているのがBFEの着眼点の優れたところ。放送局、ポストプロダクションに向けてシステムの開発が行われたものではあるが、IPベースでのコントロールを受け付ける製品なら何でもということで、G&DやIHSEのKVMの制御も可能としている。これと音声映像のルーティングの切り替えを総合的にコントロールすることで、街中にある監視カメラの映像を日々確認するマインツ警察などにも導入実績があるそうだ。ほかにもフランクフルト空港の案内表示板の制御など、放送とは全く関係のない分野での導入も進んでいるということだ。複数のメーカーの製品を一括でコントロールしたい。そんな要望のあるところにはこのKSC Systemが導入される可能性がある。ゼロからカスタム設計で作るよりもコスト的にもメリットが高く、既存ルーターやKVMを使い回すことができるこのKSC System。日本国内の放送局にとっても救世主となりうる存在なのではないだろうか。

理想にフィットするワンオフ製品

📷広々とした加工場。木工、金属加工の組み立てと、必要なものは何でも作れる設備が揃っている。左下は組み立て中の製品で、このフレームにテレビ・モニターが設置され床おきのモニタースタンドとなるそうだ。

BFEの成長を支えるKSCシステム。それ以外にも顧客の要望に合わせて、家具などの製作も行っている。スタジオ家具は汎用の製品ではなく機器類を実装したりと特別な要望が多い。これに確実に応えるため、BFEでは自社内ですべて手作りで家具を生産している。顧客の要望を自分たちで隅から隅まで形にする。そのような理想的な環境を構築しているわけだ。実際のところ、BFEの工場にはシステムインテグレーターの拠点とは思えない工作機械がずらりと並んでいる。このモノづくりという分野も拡大を続けており、中継車の設計改造やセットアップなども手掛けるようになっているということだ。顧客の理想を形にする仕事。まさにシステムインテグレーターにおけるひとつの究極であると感じた。

日本国内でこれらの仕事は、専門分野を含んでいるということもあって複数の会社で分業するケースが多い。BFEはどれくらいの規模の会社なのかを聞いてみると、150名程度だという。工場で自社製品であるコントロールパネルを製造しているスタッフ、木工加工をして家具を作るスタッフ、そういった人数を合わせての150名である。この人員規模で全国ネットの放送局ZDFを筆頭にさまざまな分野へ進出し、その納入を一手に担っているのは効率的なオペレーションの成せる技と言えそうだ。

また、社内をぐるりと案内いただいたのだが、エントランスのすぐ脇には広い社員食堂があり、ここでさまざまな仕事を行う社員同士がコミュニケーションを行い、業務をスムーズに進めているということ、スタッフ間のコミュニケーションを何よりも大切にしているということがうかがえる一幕である。このコミュニケーションを大切にする文化はBFEに限ったことではなく、ヨーロッパ最大の放送機器展示会であるIBCの会場を歩いていても感じるところ。機材の展示よりもカフェスペースや飲食の提供などを行い、人と人との関係があった上で機器の販売やサービスを提供するというビジネススタイルが根付いていることが感じられる。

ニーズを叶える工場セクション

少し脱線してしまったが、BFEのバックボーンとなる工場についてを見ていきたい。最初に見せてもらったのが、KSCシステムのコントロールパネルを製造する部門。パーツごとにある程度アッセンブリされたモジュールを手作業で一つ一つ組み立て、動作チェックを行い、梱包する。その一連の作業を手際よく行っていた。日本国内でも共通となるが、多品種小ロット生産の現場においては、どこも同じように一人のスタッフが一貫して生産を行っており高い技術力を持つ職人の世界を見ることができる。

次に木工加工場。大型の工作機械が並び、切り出しから加工、整形、仕上げまでを一貫で行う設備が整っていた。KSCシステムにより成長を遂げた会社という説明からだと、IT関連のソフトウェア企業のようなイメージを受けるかもしれないが、このようなモノづくりの現場を併せ持っているというところが非常に興味深い。この木工加工場の隣には金属加工場もある。プレスやカッター旋盤とほとんどの大型工作機械が揃っている。アルミであればほとんどの製品がここだけで作れるという規模だ。金属加工でフレームを作り、木工加工で机などの天板を作る。ユーザーのニーズに合わせてどのようなものでも作ってしまえる工場が社内にある。これは、クライアントのさまざまな要望に対して提案を行う立場のシステムインテグレーターとしては頼もしい限りである。よほどのものでない限りスタジオに収まる家具類はここで作ることができるだろう。

続いてキッティングのスペース。システムインテグレーターということで、事前にシステムを組み上げての動作検証やテスト運用などを行う。その場所も工場の一角にしっかりと設けられている。広い工場の一角ということもあり、十分に余裕のあるスペースが取られているのが本当に羨ましい。広い空間で余裕を持って事前の組立作業などが行われている。その先では中継車の組み上げが行われていた。もちろん車体は別の所で作ってくるということだが、車に積まれる機器の組み込み、設定、調整はBFEが行っている。見せていただいたタイミングでは、編集室が3室と簡易ナレーションブースが2室というかなり大型の車が作られていた。車体以外の中身はすべてBFEで作っているということだ。機器類だけでなく、家具類まで作れる強みがまさにここでも感じられる。限られたスペース、提携のものでは収まらない場所への特注家具の製作、そこで使われる機器類システムの設計、キッティング、もちろんKSCシステムを使った総合的な制御システムと、ワンストップでシステムの構築が行われている。

📷車庫で組み立てられていたのがこちらの中継車。中継車と言っても移動編集室である。この中に3部屋の編集室と、2部屋のナレーションブースが設置される。もちろんここでもKSCによるシステムの切り替え、画面の切り替えなどが行えるシステムが導入されている。車内にはサーバーラックもあり、インジェスト、編集用のストレージも社内で完結するシステムアップとなっていた。


BFE本社の向かいは広大な緑が拡がっており、その向こうにはZDFの巨大な建物が見える。立地としては街外れということになるが、十分な広さを持った工場を作るにはこの場所が良かったのだろう。今回お話を伺ったCEOも、本社に併設されている工場こそがBFEの発展に大きな意味を持っていると語っていた。システムインテグレーターの会社を立ち上げた人物ということもあり、モノを作ることが本当に好きなのだろう。当初は予想もしていない分野へも導入が進んでいるKSCシステムを軸として、ユーザーのニーズに確実な回答を提供する工場の存在。インテグレーターという事業におけるひとつの理想形がここにあった。


 

*ProceedMagazine2023-2024号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2024年01月11日時点のものです。