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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

SOUNDTRIP 2023 / GOLD-DIGGERS / LAにおけるSONY 360 VMEサービス測定スタジオ

サービス開始時点で世界に3拠点用意されたSONY 360 VME(Virtual Mixing Enviroment)の測定スタジオ。東京 / MIL Studio、NY / The Hit Factory、そしてLAにおける拠点がこのGOLD-DIGGERSだ。 ここではLAのスタジオを実際に訪問し、GOLD-DIGGERSがどのようなスタジオで、イマーシブ制作に対してどのような考えを持っていて、また、VMEというエポックメイキングなサービスをどのように捉えているのか、様々なお話を聞くことができたのでご紹介していきたい。


●メディア・インテグレーション 360VMEサービス概要ページ
●メディア・インテグレーション 360VME測定サービスご案内ページ
●ソニー社:360VME解説ページ


再生された7部屋のレコーディングスタジオ

📷1920年代に建てられた当時の雰囲気を残す外観。この黄色い看板もビキニバー時代のものがそのまま残されているということだ。

まずは、GOLD-DIGGERSがどのようなスタジオなのかをご紹介したい。East Hollywoodにあるこのスタジオは、ホテル、バー、ライブハウスが併設された珍しい営業形態のスタジオである。望むならば日中レコーディングを行い、新曲を夜にライブハウスで披露、そのままホテルに宿泊、といったこともできてしまう他に類を見ないスタイルだ。このスタジオがあるのはロサンゼルスを東西に貫くサンタモニカ・ブルーバード沿いの1920年代に建てられたという歴史ある建物なのだが、遡るとここで営業していたビキニバーとその上階のホテルがそのスタートとなるそうだ。そして、そのバーの後ろにあった若いミュージシャンが多く利用していたというリハーサルスタジオが、現在のレコーディングスタジオの原型となっている。

ただし、若いミュージシャンと言ってもここはロサンゼルス。デビュー前のThe Doors、Jimi Hendrix、Slayer、Hollerwood Rose(Guns’n Rosesの前身)などが利用していた場所だったという。残念ながら1990年台にはほとんど廃墟のようになっていたそうだが、これらの設備に目をつけ、手直しを行い最新の設備を持った7部屋のレコーディングスタジオと、ライブバー、そしてブティック・ホテルという現在の営業スタイルに再生させている。歴史のある場所、建物、そういったものを大切に次の時代にあった施設へと生まれ変わらせていく。アメリカらしい伝統の引き継ぎ方を感じさせるスタジオだ。ちなみに、サンタモニカ・ブルーバードに向かって掲げられている看板は、オープン当初のビキニバーのものがそのまま使われているそうだ。

📷1Fにあるライブスペースのバーカウンター、これも歴史を感じさせる重厚さ。ライブスペースのステージも照明器具も球体状のシャンデリアと洒落た作り。

360RA & Atmosコンパチブル


📷後方を振り返ると上から、Atmos用、360RA用、水平面、ボトムと4層のスピーカーが配置されているのが分かる。

GOLD-DIGGERSは7部屋のレコーディングスタジオを持つが、そのうち2部屋がイマーシブ対応となっている。今回じっくりと見させていただいたStudio 6はSONY 360 Reality Audio 5.0.5 + 4BとDolby Atmos 9.1.4両対応のスピーカーシステムを持つ。写真からもわかるように天井にSONY 360 Reality Audio用の5chのスピーカー(仰角30度)と、Dolby Atmos対応の4chのスピーカー(仰角45度)がそれぞれ独立して用意されている。この仰角の違いは音響表現にかなりの違いをもたらす。特にリアルレコーディングした音源を再現しようとした際に、音場のつながりなどに大きな影響がある。また、下方向にあたるボトムスピーカーを4ch導入しているのも特徴的。前方向だけではなく、全天周の表現ができる360 Reality Audioをしっかりとスピーカーで再現するためには、ボトムスピーカーが後方にもあったほうが効果的ということだ。確かに真下に音像を配置した際に、ボトムスピーカーで後方に配置したものがないとイヤーレベルで後方のソースが鳴ってしまう。下方向のものはしっかりとボトムスピーカーからだけ鳴らしたい、ということを考えれば理にかなったスピーカー設置である。

この部屋では、音楽作品の制作はもちろんだが、East Hollywoodという土地柄から映画のサウンドトラックの仕事も多いという。中でもイマーシブ制作への需要は高く、こちらのStudio 6は人気の高い部屋だということだ。また、写真を見ると黄色い光が強く差し込んでいることがわかる。得てして外部とは遮断された穴蔵のような空間になりがちな制作スタジオだが、こちらでは屋根から光を導くミラートンネルが用意されていて、外光をスタジオにいながら浴びることができる仕掛けがあった。晴天率の高いロサンゼルスらしいギミックだ。


📷元々ボーカルブースであった部屋をマシンルームとして使用している。フロントのL,C,Rch以外はパッシブのスピーカーとなるためアンプもこちらに収められていた。

ヘッドホンで高い精度でのプリミックスを

肝心の360 VMEの話を聞いてみると、これは本当にエキサイティングな出来事だと興奮気味に話していただいた。コマーシャルベースのスタジオということもあり、自分たちのスタジオのファシリティー、そのサウンドを持ち帰ってもらうことができるこの360VMEは革命的な出来事だという。前にも述べたようにイマーシブ制作の需要は高く、部屋が埋まってしまっているために受けられない仕事もあるということだが、360VMEサービスを使えば他の部屋でもヘッドホンでかなり高い精度でのプリミックスを行うことができる。作業の最後に一日だけスピーカーの設置されたStudio 6で作品を仕上げ、完成させるといったこともできそうだ。音楽にとって高い可能性を持つイマーシブフォーマットでの制作を停滞させることなく、逆にアクセラレートすることもできる素晴らしい技術だと表現していた。


📷今回スタジオをご案内いただいたチーフエンジニアのEd McEntee氏と筆者。

イマーシブの持つ表現力、空間の広がりは全く新しいもので、2つの大きな可能性を感じている。一つは、従来の録音というサイエンスが追い求めている空間をそのままキャプチャーして再現(「リプロデュース」という言葉を使っていたのが印象的であった)するもの。音響においてのキャンバスが、やっと実世界と同等の広がりを持ったことで実現できる高い精度でのリプロデュース。これは、今後さらに高いレベルでの制作物が登場するのではないかという期待とともに、自身もそんなチャレンジを行ってみたいと熱く語っていただいた。

もう一つは、新しい4π空間というキャンバスに対して新しいアートを誕生させるアーティストが出現してくるのではないかという期待。GOLD-DIGGERSはサイズの異なるスタジオを複数用意することで、予算の大小に関わらずアーティストを受け入れることができるようになっている。新進気鋭の才能あふれるアーティストの受け入れも積極的に行っており、その中から新しい音楽が生まれてくることに期待しているということだ。過去のメジャータイトルのイマーシブでのリミックスも多く行われているが、やはり思い出とともにあるステレオミックスの感覚を捨てられないでいる作品も多い。もちろん、イマーシブに触れるきっかけとしてリミックスという手法は素晴らしいが、その魅力を100%伝えられているかというとそうではなく、もっと素晴らしいものが生み出される可能性を秘めていると感じているそうだ。

STUDIO DIGEST !!

📷チーフのEd氏が一番のお気に入りだというStudio2。ビンテージのNeve8014が鎮座する。MicPreは最初の8chがNeve 33102、次の8chは1073という仕様。センターセクションには2254Eが2ch分埋め込まれている。その上にはBrentAvirilがMicPreとしてノックアウトしたことで有名になったラインアンプ1272が並ぶ。Neve好きにはたまらない仕様にカスタムされている。別スタジオのStudio1にはAPI 2448 32chがある。

📷もう一つのイマーシブ・ミキシング・ルームであるStudio 9(7,8は欠番)。こちらはPMC6をL,C,Rchに9.1.4ch仕様の部屋となる。

📷収録のためのSoundStage。楽器庫かと思うほどの充実したビンテージアンプ、機材のコレクションを備え、すべてのスタジオの共用ブースとしてコントロールできるように設計されている。

📷マイクコレクションの一部、こちらにはAKG D12がズラリ。マイクのコレクションは新旧問わずに評価の高いモデルが取り揃えられている。

📷こちらもビンテージのAKG C12A。Telefunkenと並び銘機となるAKG C12の後継機、C414シリーズとの端境期に生産されていた製品。そのサウンドはC12の型番通りの音が出る。



360 VMEサービスで、イマーシブ作品を作る敷居はぐっと低くなる。GOLD-DIGGERSのStudio 6をヘッドホンとともに持って帰ってもらうことで、イマーシブ制作のホームスタジオとしての価値も高まる。制作のペースも上がることが予想できる。サービスインが待ちきれないということが本当に強く感じられた。今後は、東京のMIL Studio、NewYorkのThe Hit Factory、そしてLAのGOLD-DIGGERS。このスタートラインに立っている3つのスタジオでも連携してノウハウを積み重ね、360 VMEをイマーシブ音楽制作の起爆剤にしていきたい。


 

*ProceedMagazine2023号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2023年09月11日時点のものです。