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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

SoundTrip @London / 伝統と革新が交わる街に生まれた先鋭

IBC 2023の会期も終わり、1週間ほどヨーロッパに滞在して様々な都市の現場を見て回った。帰国前に最後の訪問先として選んだのがイギリスの首都、ロンドン。そのロンドンでも最新設備を誇るという「RavensBourne University」と、ハリウッド・ロンドン間をAvidのクラウドサービスで結び制作を進めるポスプロ「Fulwell’73」へ訪問した。最新のロンドン事情とともにその様子をお伝えしたい。

四半世紀ぶりのロンドン

ロンドンは音楽の発信地としていくつもの歴史を作ってきた。その一方で日本ではあまり知られていないかもしれないが、映画産業も大きな規模を誇り、ハリウッド作品の30%程度はここロンドン郊外のスタジオで作られている。飛行機嫌いのスタンリー・キューブリックは、ほとんどの作品をロンドンだけで制作したという話は有名ではないだろうか。007シリーズ、スター・ウォーズシリーズで有名なパインウッド・スタジオ、ハリー・ポッターシリーズのリーブスデン・スタジオなどがこのロンドン郊外にある。もちろん音楽スタジオはそれ以上に有名だろう。本誌読者であれば、知らないはずはないアビーロード・スタジオはロンドンの中心からすぐの場所にある。ブリティッシュ・ロック、レゲエ、パンクなどロンドンを発信地とした音楽は今でも息づいている。また、ニューヨークと並ぶミュージカルの中心都市でもある。さまざまなエンターテインメントの中心地となるロンドン。筆者個人としてはなんと学生時代以来の訪問。何年ぶりかはあえて明記しないが、四半世紀の年月は時代の変化を大きく感じた。

変化を感じたとはいえ、ここはヨーロッパ。町並みや地下鉄など昔のままの姿で懐かしさを感じるところもある。バスや、タクシーは新型になり、2階建てバスの後ろで出発のベルを鳴らしていた車掌さんを懐かしく思い出したりということも。少しの時間を見つけ、ロンドンの市街を散策することもできた。大英博物館から、コヴェント・ガーデン、トラファルガー広場、ウェストミンスターとロンドンの観光客にとっての中心を散策。昔ながらのロンドンの旧市街と、ここも昔から変わらないトラファルガー広場の観光客の群れ、そしてピカピカにリニューアルされたビッグベン。伝統と革新が交わる街、などとよく言われるが、その様子はこの一角からもよく感じ取れる。東京もそうだが、ロンドンでも世界中からの観光客が戻っている、コロナが終わり日常を取り戻しているのはこちらでも同じようだ。

コヴェントガーデンあたりが、ロンドンの伝統を体現する地域だとしたら、別の日に訪れたテムズ川からの風景はまさしく今のロンドンだった。ロンドンの中心を流れるテムズ川は、海からの荷物を直接ロンドンまで運ぶ重要な交通路であった。海運の港町として発展してきたロンドンではあったが、近代に入りその重要性は徐々に薄れ、街の中心から東に10km程度の場所に、テムズバリアと呼ばれる巨大な堤防が築かれることとなった。これは、北海の海水面上昇によるテムズからの逆流、ロンドンを洪水から守るためでもある。これにより外洋からの船はロンドンまで入ってくることはできなくなり、ロンドン郊外の造船所などはその役目を終えることとなる。一番河口側の巨大なドッグはロンドン・シティー空港となった。新都心が建設され、ロンドンの新しい中心地となっているカナリー・ワーフも元々はその名の通り港の後である。

これらの新しいロンドンを過ぎ、有名なタワーブリッジからがロンドンの旧市街である。まずは、金融の中心であるシティーの高層ビル群があり、その先には巨大な丸屋根が特徴的なセントポール大聖堂。その先にはビッグベンというように、河口側からテムズ川を遡ると、ロンドンの歴史を遡るかのような体験をすることができる。ちなみにこの船旅は観光船ではなく、ロンドン交通局の運営する市民の足であるフェリーを利用している。さすがに地下鉄よりは時間が掛かるが、外の見えない地下鉄と比べると別格の体験ができるおすすめの交通手段である。

最新設備のデジタルメディア大学

それでは、ロンドンで訪問したデジタルメディアとデザインの大学「RavensBourne University」とポストプロダクション「Fulwell’73」に話を移そう。

RavensBourne University、開校は1962年にまで遡るデジタルメディアとデザインの専門大学だ。ロンドンの中心街から東に10km程度、北海の海水面上昇によるテムズからの逆流、ロンドンを洪水から守るために作られたテムズバリアと呼ばれる巨大な堤防にほど近い、ノース・グリニッジという新開発エリアに新校舎を竣工、新しく作られた総合商業施設O2アリーナの目の前に立地している。この2011年に建てられた校舎はデザイン性の高い外観を持っており、その設備はロンドンでも最新の設備を誇る学校となっている。デジタルメディアコースとしては、3学年のコースとなり各学年に60名程度が在籍し、日本からの留学生もいるということだ。

生放送を学ぶための立派なスタジオ、調整室、そしてポストプロダクションの実習室を見せていただいた。スタジオと調整室はそのまま放送ができるのではないかという充実した設備。スタジオに関しては、ポストプロダクションの実習のための収録スタジオとしても機能も併せ持っているということだ。収録された素材はすべてサーバーに保存され、完全にファイルベースでのワークフローを学ぶことができるようになっている。ポストプロダクションの実習室は、数多くの端末がずらりと並び、NLEを1人1台使ったハンズオンでの授業がここで行われている。

📷生放送を実際に学ぶためのスタジオ、調整室は5.1chの構成でCALREC Brio 3bが導入されていた。

この実習室には2部屋のMA室、1部屋のカラーグレーディング室、そしてオーディオの録音スタジオが用意されている。MA室はAvid S6が導入され、最新の環境での作業が行えるようになっている。録音スタジオは広いブースで、バンドの収録なども行える規模の機材が導入されていた。訪問したタイミングが改修中であり、あまりじっくりと見ることはできなかったが、自分たちでできることは講師陣が自分たちで行い、その導入コストを減らして機材予算に回すという涙ぐましい苦労話のほうが記憶に残っている。そして、これらの端末はすべてAvid NEXISへ接続され、生徒それぞれに与えられた自身のストレージエリアで作業を行えるようになっているということだ。


📷実習室には個別のワークスペース。右に編集室やMA室などが並んでいる。

完全なファイルベースを学べる学校と紹介したが、この設備バックボーンを持つ教育機関は世界でも有数のものではないだろうか。学生にこのような最先端の機材を触れさせてトラブルは無いのか?と少し意地悪な質問をしてみたのだが、「私は学生を一切信用していないよ(笑)」だそうだ!このポリシーのもとPCの電源ボタンにすら学生はアクセスできないような仕組みで運用を行い、端末となるPCは定期的にバックアップイメージからリカバリーが行われ、デスクトップなどに置き去りにされたデータは容赦なく消しているということ。そのためのサーバーでの運用であり、まずはそこを理解して実習に臨んでもらっているということだ。

📷(左)Avid S6が導入されたMAルーム。(右)まさしく工事中だったレコーディングスタジオはAvid S3とSSL ASP 8024が備えられている。

ハリウッドとロンドンをAvidクラウドで連携するポスプロ

📷敷地内は撮影できず、残念!

そして、もう一つの訪問先であるFulwell’73は、映画を中心に制作を行うポストプロダクションで、ハリウッドとロンドンの2つの拠点でその活動を行っている。2つの拠点で共同作業を行うために、Avidのクラウドサービスを活用してシームレスな連携を実現し、その制作環境を構築している。Media Centralなどの活用により、スタッフは出社することなく作業をどこからでも行うことができるようになったのは、大きな進歩だという話を聞くことができた。しかしながら、クラウドの仕様コストは、現時点ではオンプレミスで制作環境を構築するコストと比較すると高価であるそうだ。Fulwll’73のようにハリウッドとロンドンという海を跨いだ遠隔地での共同作業をも実現する、クラウドはまさに夢のようなソリューションではあるが、それ相応のコストが発生しており、今後解決すべきクラウドの課題ではないかという。

もちろん、ITテクノロジーなので時間とともに最適なところに落ち着いてくるということが想像されるが、それはもう少し先の未来のようだ。基本はオンプレミスでのシステムで作業を行い、必要性がある部分だけクラウドにするといったハイブリッドな環境構築がポストプロダクションには今後求められていくことだろう。利便性の向上は間違いなくあり、どのレベルでのデータ共有を行うのか、編集の作業環境の共有は必要なのか?など様々な観点からの検証を行うことが重要となる。さらには、まだ見ぬ未来にクラウドのコストがどのように変化するのかの予測も必要となる。現場が必要としてきた様々なことが実現してきたことで、次のステップとも言える議論が、まさに始まっているということを実感できた。


RavensBourne Universityからの帰り道にテムズ川フェリーを利用したのだが、最新の設備から約1時間の船旅でウェストミンスターへと至るロンドンの歴史をさかのぼる旅は、非常に興味深いものであった。歴史と伝統、最新テクノロジーとリベラルな人々、それこそがロンドンの原動力であると実感できたロンドン訪問であった。


 

*ProceedMagazine2023-2024号より追記・転載

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*記事中に掲載されている情報は2024年01月23日時点のものです。