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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

SWR @Mainz / ドイツ公共放送局で進むオートメーションフロー

SWR=Südwestrundfunkをそのまま日本語に訳すと南西ドイツ放送局、ドイツ国内で第1ドイツテレビとして全国ネットを構成するドイツ公共放送連盟(ARD)の系列局の一つとなる公共放送局である。シュトゥットガルトに本局を構える放送局だが、今回取材にお伺いしたマインツ、そしてバーデン=バーデンにも放送局を構える。これは、SDR(本部シュトゥットガルト)とSWR(本部バーデン=バーデン)が統合され、現在のSWRとなったためである。番組自体は、シュトゥットガルト、バーデン=バーデン、マインツの3拠点からの放送が行われ、それぞれの拠点間は複数の回線で結ばれている。今回は旧SWR時代より放送エリアの北部地域の中心とされていた規模を持つ放送局であるマインツへ赴き、ドイツの公共放送局SWRのスタジオ設備を拝見した。

ドイツにおける公共放送

ドイツの公共放送は、日本におけるNHKのように受信料を各世帯から徴収しその運営を行っている。日本との大きな違いは、その公共放送局が複数存在するという部分と、少ないながらもCMの放送があり放送局として1割程度の収入を広告収入から得ているという部分である。ドイツでは放送受信料の支払いは義務である。そのため、テレビ所有の有無に関わらず世帯ごとの受信料の徴収が行われ、その受信料は予め決められた割合により各放送局へ分配されることとなっている。

今回取材を行ったSWRはドイツの第1チャンネルにあたるADRを構成する9局の一つ。各地方ごとに設けられた9つの放送局は、共同で第1チャンネルARDの放送と、各局独自の地域放送を行っている。第1チャンネルといっても実際には共同で総合、娯楽、教育、ニュースと4つのチャンネルを運営。それ以外に地域向けのチャンネルと第2チャンネルであるZDFとの共同運営チャンネルの制作を行っている。これらのチャンネルはそれぞれ幹事局があり、SWRはZDFとの共同チャンネルとなるARTE(文化・教養)チャンネルの幹事局となっている。それ以外にも地域のラジオ放送も行っており、SWRであれば10チャンネル(内FM6波)のラジオ放送を行っている。ARDを構成する中の1局とはいえ、かなりの規模の放送局であることがおわかりいただけるのではないだろうか?キー局とまではいかないまでも、それに準ずる規模の放送局となる。

余談ではあるが、ドイツの放送局はABCモデルと呼ばれる大改革の途上である。インターネットの普及に伴う視聴環境の変化、公共放送のあり方、IT化による予算削減などの課題に取り組んでいる。現状で公共放送としてテレビ20チャンネル、ラジオ70チャンネル以上が提供されているが、これは法律で放送が義務付けられており、各放送局は予算が足りなくなったとしても放送を行う義務を持っているということでもある。これをインターネットを伝送路とした放送など柔軟な対応を進め、時代にあったメディアとしての情報発信、公共放送のあり方が模索されているところである。やはりどれだけインターネットなど情報ソースが増えたとしても、公共放送の持つ客観性、公平性、正確性など、プロのマスメディアとしての意義、存在価値は残るものと考えている。ただし、従来どおりの量が必要かどうかというところは世界中で議論が行われているところではないだろうか。

高度に自動化されたスタジオ

それでは、SWRマインツ放送局のスタジオを紹介していこう。このスタジオは、LEDパネルによる背景を備え、高度に自動化が行われた最新のスタジオであるということだ。照明機器はすべてリモートコントロール可能。天井のレール(バトンではない!)上を自在に動き回り、パンタグラフアームの先の照明は、上下、首振りなどがすべてモータライズされ遠隔操作が可能となっている。それらはプリセットが組まれており、演者の立ち位置に合わせてプリセットを呼び出すだけの仕組み。スタジオの床には細かくバミリがなされ、例えば20番の立ち位置であれば照明プリセットの20番を呼び出す、といったように新しいオペレーターが入ったとしてもすぐに使えるように工夫されている。カメラも手動オペレートの物が大半ではあるが、壁面にはこれらのプリセットに合わせて動作するPTZも準備されていた。

高度に自動化されているため、スタジオに入るスタッフの人数は最小限。番組の規模次第でコントロールルーム側の人数も変わってくるが、4〜5名で行うことが多いとのこと。スイッチング、場面転換が多い番組の場合には、2つ目の調整室も併用しデュアルオペレートでの運用が行われているということだ。スイッチャー、テロッパー、VE、照明が最低限必要なスタッフとなり、それに運用スタッフがいれば最低限のオンエアはできるようになっているということ。これらもオペレーションが定型化されれば、プリセットチェンジなどで自動化していくのが現在の流れだということだ。

KSCで集中制御するシステム

📷メインスタジオの副調整室(サブ・コントロールルーム)。映像と音声は壁で仕切られ、別の部屋になっている。ビデオ・スイッチャーはSONYが採用され、インカムはREIDEL。写真の前列には、スイッチャーとテロッパー。写真の外、後列にVE席が用意されていた。すべてのシステム切り替えはBFE製のKSCシステムが採用されている。このシステムでオーディオ、ビデオすべてのルーティング、非常用のシステムへの切り替えが行われている。

別記事でも紹介しているBFE社のKSCシステムがここでも使われており、モニター表示の切り替えなどに使われている。このシステムであれば、照明、カメラ、VEスイッチなどを総合的に制御できる。メインのビデオスイッチャーであるSONY製品が不具合となった場合には、このKSCがバックアップシステムとしてビデオルータを直接制御するシステムアップが組まれていた。ビデオスイッチャー自体を二重化するといった大規模な仕組みではなく、ビデオ回線のルーティングを行っているMiranda社のビデオルーターをKSCで制御するということである。このビデオルーターをスイッチャーのごとく使ってしまおうという発想だ。オーディオも、ビデオも、すべてが一度ルーターに入っているのがシステムアップにおけるポイント。外部制御可能なルーターにさえ一度入れてしまえばKSCで制御可能である。

オーディオに関してはLawoのコンソールが導入されていたが、その前段にはStagetech Nexusエンジンがシグナルルーターとして導入されている。この二段構えのシステムをKSCシステムでの制御と組み合わせて障害回避するシステムアップとなっている。また、5.1chのスピーカーが準備されていたが、残念ながらそれほど制作の機会は無いようである。これは、日本と同じくサラウンド制作の番組が少なくなっているということでもある。発想はシンプルに、コストを絞りつつ十分な機能を持たせることを実現しているように感じられた。

📷音声副調整室のコンソールにはLawoがインストールされていた。メインスピーカーはGenelecで5.1chの構成だ。マシンルームにはStagetec NEXUSエンジンが導入されている。これがLawoの手前にインストールされており、システム全体のオーディオルーターとして導入されている。LawoがNGとなった際には、手前のNEXUSでルーティングを切り替えるという仕組みだ。

最小人数で運営されるバーチャルスタジオ

📷フルオートメーションのカメラ、照明のシステムが導入されたバーチャルスタジオ。SWRマインツ放送局では、この部屋から毎日3回15分枠のニュースが放送されているということだ。完全グリーンバックでそこにスタジオがデジタル合成される。3台のカメラは位置の移動も含めすべてが自動化されている。隣の映像サブでは、合成結果を確認しながらスイッチングが行えるようになっている。

もう一つのスタジオも見せていただいたのだが、こちらはデイリーのニュース専用のスタジオとなっている。グリーンバックでの合成を使ったバーチャルスタジオとなり、先に見せていただいたスタジオよりもさらに自動化が進められていた。カメラが特徴的で、メインとなる3台のカメラはすべてプログラムにより自動化されている。レールの上を左右に移動するもの、天井から吊るされ上下するものと、カメラマンがいなくとも稼働できるセットとなっている。もちろん、何かのときのために1台は手動で動かせるものが準備されていたが、普段は使っていないということだ。照明もすべてリモートで調整できるものとなっており、今でもバトンをおろして照明の調整を行っている日本との差を痛感するところである。

この自動化が進められた結果、スタジオ内のスタッフは基本1名(!)、ニュースキャスターも1名ということもありスタジオ内は2名しかいない、ということになる。そのスタッフ1名となるVEがスタジオ外周部のスペースに座り、基本的にはカメラの映像を調整しているということだ。バーチャルスタジオということで、その後はデジタル合成処理が行われ映像が作られる。音声も基本的には1人配置されることになっているということ。やはりサブで放送をするスタッフは、監視という目的もあり人は減らせないようだ。自動化が進んだとしても最後まで人間がその役割を担う部分もあるということだ。

このサブは作りが少し変わっていて、ビデオとオーディオが反対を向いてセッティングされている。その前に見せていただいた部屋は、オーディオが別の部屋となっていたが、ここでは同室でそれぞれ別の向きに座るような形。やはりニュースということで即座にコミュニケーションが取れるように同室であることの方が、プライオリティーが高位という判断で同室としたそうだ。その中でもそれぞれが独立した作業を行うということを考えると、この並びはひとつの答えなのかもしれない。

DJデスクに埋め込まれたフェーダー

📷ブースのデスクに用意されたフェーダーを使い、DJがまさにワンマンオペレートでプログラムを進行させている。

次はラジオスタジオ。ここでは放送の手法という部分で日本国内との差を痛感した。先にも述べたようにSWRは10チャンネル(内FM6波)のラジオ放送を行っている。これはすごいボリュームである。3つの拠点があると言えど、このマインツで3チャンネル程度は受け持たないとチャンネル数との整合性が取れない。見せていただいた建屋には4つのラジオスタジオがあった。それぞれブースの大小はあるもののほとんどが同じ作りとなっている。

そこで伺った制作スタイルが驚きの連続であった。サブには基本的に2名。エンジニアとプロデューサーが入り、ブースにDJが入る。ゲストがいなければ、基本的にはこの3名でオンエアを行っているということだ。ここまででも限界まで省力化していることが窺える。ブースに入ると、DJデスクにフェーダーが埋め込まれている。なんとSWRでは、DJが曲の再生、ボリュームの調整などを喋りながら1人で行っているということだ。曲の再生に関しては予めスタンバイさせておき、フェーダースタートでの再生ができるようになっているということ。ゲストがいた場合には、それぞれのマイクがDJの手元のフェーダーに立ち上がるようになっていて、バランスが取れるようになっているということだ。サブに控えるエンジニアはトータルのバランスの調整というよりは、ほとんど監視に近いような業務になっているという。

サブに置かれたコンソールのフェーダー部分はパラでDJのデスク上にも置かれ、どちらからでもコントロールできるようなセッティングになっているということ。ブース側に再生機器なども置かれ、DJが手元で操作できるようになっている。もちろんサブ側にも置かれているが、基本はすべてDJが行っているということ。DJが自分のマイクのボリュームを手元で調整できるため、日本でよく見られるカフボックスは無い。また、デスクはすべて昇降式になっていて、SWRのDJの多くが椅子に座らず、立ってオンエアに臨んでいるということだ。実際にオンエアしている部屋もあったのだが、お話の通りで立って手元のフェーダーを操作しながらオンエアを行っていた。この昇降式のデスクはBFEによるカスタムの製品だということ。さまざまな違いに驚かされることばかりのラジオスタジオ。サブの方は日本のラジオ局とは大きな差を感じることはなかったのだが、ブースに入ってからそのオンエアのワークフローに驚きの連続であった。


📷コントロールルームにもミキサーはあるが、ここではほとんどフェーダーを触らないとのこと。

SWRの心臓部は

他にも、インジェストルームを見せていただいたのだが、各地から送られてくる映像はすべてインジェストされ、ファイルベースで管理されているということ。カメラで収録されてきたもの、バーデン=バーデンなど別の拠点からの映像、それらはすべてここでインジェストされサーバーに保存されている。インジェストルームには、博物館レベルのVTRも含め、ありとあらゆるデッキがずらりと並んでいたのが印象に残っている。公共放送ということもあり、どのような素材が必要になったとしても、現行のワークフローに組み込むことができる準備が行われている。現在は、基本的にXDCAMもしくはSxSが主流。それ以外にLiveUなどのインターネット回線越しに送られてくるものもあるということ。ここでも、BFEのKSCシステムが、信号回線のルーティングを一括で制御するコントロールパネルとして活躍していた。


📷文中にもあるインジェスト用のデスク。これと同様の仕様のデスクが6台用意されている。

また、6卓準備されているインジェスト用のデスクはすべてが昇降式。長時間の作業の多いインジェストのスタッフの負担を軽減するために、好きな体勢で作業ができるよう工夫がされていた。なお、ここでインジェストされたものは別の建屋にあるポストプロダクションへ送られ、そこで編集が行われるということ。60式のAdobe Premierが使われているということだ。オーディオ・ポストに関しては2部屋のMAルームがAvid Pro Toolsで運用されていて、来年にはAvid S6への更新が予定されているという。

最後にメンテナンスルームを紹介したい。常駐のメンテナンススタッフが常駐するこの部屋は、SWRの心臓部であると紹介された。マスターではなく、なぜここが心臓なのかというと、シュトゥットガルト、バーデン=バーデン、そのほか各支局との回線の監視機能を持っているからである。IPベースでの伝送により繋がっている各地との回線。それをこのメンテナンスルームで常に監視し不具合のチェックを行っている。レイテンシー、パケットエラーといった基本的なところを常に監視しているスタッフが居るということは、運用を行う側にとっては心強い限りということだ。機器不具合のメンテナンスとともに、バックボーンのメンテナンスも行っているというイメージだろうか。IPベースでの伝送が導入されることにより、常時監視を行うことが容易になる。これにより業務としては項目が増えるが、不具合を未然に防ぐということに繋がっていると感じる。


筆者にとっては初めてとなる、海外での放送局の実際を見る機会であった。日本と使用している機器に大きな違いは感じられなかったが、そのシステムアップや運用方法、省力化、自動化への取り組みなどさまざまな部分で大きな違いを感じることとなった。ここドイツでも公共放送のあり方が議論されている中、様々な努力が行われているということを肌で感じることができた。世界一合理主義な国民性と言われるドイツ。我々も見習う部分が多くあるのではないだろうか。


 

*ProceedMagazine2023-2024号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2024年01月09日時点のものです。