«投稿
Author

ROCK ON PRO
渋谷:〒150-0041 東京都渋谷区神南1-8-18 クオリア神南フラッツ1F 03-3477-1776 梅田:〒530-0012 大阪府大阪市北区芝田 1-4-14 芝田町ビル 6F 06-6131-3078
Rock oN REAL SOUND Project USER STORY vol.2 ~Mick沢口氏 ノウハウ編~
2002年よりPyramixを愛用し、高品位なサウンドを提供するだけでなく、常に最新のテクノロジーを高い次元でアートへと昇華してきたUNAMASレーベル代表の沢口 “Mick” 真生 氏。近作では9.1chサラウンドでの音楽制作に取り組むだけでなく、ヘッドホンでサラウンドの音場を自然に再現するためのHPLバージョンも発表するなど、何よりもアートを届けたいと願う沢口氏。先日行われたロング・インタビューから、氏がもっとも重視しているレコーディング/マイキングのノウハウを中心にご紹介します。
INDEX
◎「アート」「テクノロジー」「エンジニアリング」の三位一体が描き出すリアル・サウンド!
◎ 現場から探るマイキングのノウハウ 1 – 大賀ホール編
◎ ブースを使わないスタジオ収録 – カブリも音楽だ!
◎ 現場から探るマイキングのノウハウ 2 – 音響ハウス 1ST編
◎「アート」「テクノロジー」「エンジニアリング」の三位一体が描き出すリアル・サウンド
ROP:沢口さんにとってのReal soundというのは、ことばにするとどういったものになるでしょうか。
沢口:音楽に限って言えば、ひとつの作品を作るためのチーム…アーティスト、プロデューサー、エンジニア、アレンジャー…そのチームが同じベクトルで出来ないといいものにならない。商業主義だとそれは難しい。表現としてのメッセージとか、音のオリジナリティとかがなかなか出ない。
ROP:まず、メッセージというか、表現したいものが先にないとダメ、と。
沢口:日本の文化環境だと非常に難しいと思う。なぜぼくがそれをできるかというと、UNAMASレーベルというのはぼくがひとりで全部やってるから。もちろん、実際のレコーディングはUNAMASレーベルのコンセプトに共感して、ボランタリーで参加してくれるひとたちが入ってくれて成立してるんだけど。
ぼくはいつも3つの大きなコンセプトをバランスさせてプロジェクトをやる。第一優先はアート。ふたつめはテクノロジー。三つめはエンジニアリング。この三つの「最先端」をどうやって組み合わせるかということを考えている。
ぼくは「ビンテージ」とか、そういうものでやるっていうのが好きじゃない。機材はいつもカッティング・エッジなものを使う。使い慣れたもので、もう分かりきった音が出ても面白くない。リスクを負っても、カッティングエッジなもので音を作るという、ぼくはそっち系。
アートについても、ぼくはプロデューサー兼だから、誰でも想像するような音楽は作りたくない。クラシックに関して言えば、昔からあって誰でも知ってて、曲名を聴いただけですぐイメージ出来る、っていうのが今までのクラシックの概念だよね?ぼくはそれを壊したい。「え?このスコアからこんな音楽になるんだ!?」っていうのがやりたくて、毎回違うアプローチをしてる。
このアートという部分をどうするか、というのは、言い方が悪いかも知れないけど、商業主義のひとたちとはちょっと別のところで、音楽とかサウンドの本来あったものはどうだったのか、ということを、最新の技術、最新のエンジニアリングで表現したいっていうのがぼくの思い。
そのためには日頃から一番自分たちにあうツールというものをアンテナ張って勉強しておかないといけないし、自分で使ってみて判断もしなきゃならない。ぼくは去年の『The Art Of Fugue』から、デジタルマイクをメインに使い始めたんだけど、いきなりある意味リスキーだよね?クライアントがいる仕事だったら多分誰もやらないよね。それは、ぼくが全部最終的な責任を負えるから出来る。
ROP:単純に「レコーディング・エンジニア」という立場だったら、判断は別のところにありますものね?
沢口:ぼくはよく言うんだけど、「レコーディングというのは覚悟だ」って。それはなにかというと、レコーディングが始まる前に十分に考えて、自分の中で「これだ!」と思えるところまで考えてからレコーディングする。そしたら、レコーディングに行った時にはもう、アーティストが淡々とやるのを聞いてればいい。というのがレコーディング・エンジニアだと言ってるんだけどね。
レコーディングが始まる前までに「これだ!」って思えるあらゆることを自分で決めて現場に臨むというのが、ぼくは覚悟だと思う。よく、あれもこれも色々立てて後から選択しますっていうようなことをよくやるんだけど、そうすると、音楽がよくならない、絶対に。
ROP:沢口さんは1セットしかマイクを設置しない?
沢口:そう。これ(『Dimensions』)は9chだから、マイクは9本しか立ててない。
アンビエンスは大きめに取っておいて、多少いじるということはあるけど、録りの段階で出来上がりのレベルまで想定して組んでるから、ミックスでもフェーダーすらほとんどいじらない。
ROP:レベルはマイクと演奏者の距離で調整してる?
沢口:そうだよ。マイクの位置と、あとは演奏者の配置ね。頭の中でもう最終形のバランスがFixされるまで考えとくのよ、ぼくなんかは。
ROP:ミックスの作業というのは確認程度ということでしょうか。
沢口:そうね。あと、現場ではステレオでしか聴いてないから、本当にこうなってるかなって(笑)
ROP:もし、意図したものになってなかったら。。。
沢口:それはもう自分の覚悟が十分じゃなかったってことだよね。普通のひとはそれが怖いから、いろんなマイクを立てて後で選択しますとか言うんだけど、それをやると、なんか死んじゃうんだよ、音楽が。後々の材料として色々録っておくっていうのはまた別だけどね。
◎ブースを使わないスタジオ収録 – カブリも音楽だ!
ROP:基本的にブースを使わないっていうのがすごく特徴的なコンセプトですが、なぜそうするのでしょう?当然マイキングも難しくなると思いますが、注意点などはありますか?
沢口:ぼくはジャズとクラシックしかやってないから、ほかのはなんとも言えないけど、ジャズに限って言えば…ぼくはアル・シュミットっていうエンジニアが大好きなんですけど、彼が機会あるごとに言ってるのは、ジャズっていうのはミュージシャンがお互いに息を感じられる距離まで寄せて、なるだけセパレートしないで録るのが一番いいってこと。
ぼくもそういうのに共感するし、じゃあ、アル・シュミットが実際どうしてるのかっていうと、彼のマイキングの資料とかは探せばいっぱいあるんですよ、今は。そういうのを注意深く見ると、なるほど、そうしてんのかっていうのがよく分かる。ビデオもいっぱいあるしね。最近作だとポール・マッカートニーがキャピトルで録ったアルバムなんかに映像もたくさん付いてるから、アル・シュミットがドラムどうしてんのか、ピアノどうしてんのか、ベースどうしてんのかとかね。全体の配置はどうしてんのかとかね。もう、見れば分かる訳ですよ。マイキングの資料なんか、いまはたくさん出てるから。要は、それを「あ~、そうなんだ~」とボーっと見るんじゃなくて、彼はどういうサウンドにしたかったのかということを分析しながらマイキングの図を読むっていうことまでできるようになると、なぜそうしてるかということが非常に明確にわかるんだよね。
近作のアル・シュミットでいうと「えー!バック・トゥ・ベーシックだなあ」と思ったのは、ボブ・ディランがシナトラに捧げたアルバム(「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」)を去年出したんだけど、それのマイキングなんかは、もう超シンプルなんですよね。バンド+ブラスなんだけど、キャピトルのスタジオはバンドが真ん中にいて、ブラスだけは離れたブースに入れてる。ブースに入れてるんだけど、ブースのドアは開けていて、ブラスにマイクは立ててないんだよ!バンドに立てたマイクに入ってくるカブリだけで録ってる(編注:正確にはブラスにマイクは立っているが、生かしていない様子)。彼はすごいベーシックなところに戻ってて、「すごい、面白いレコーディングのコンセプトだな」と思ってね。
そういうことに興味を持っていろいろと調べていくと、アル・シュミットのマイキングのコンセプトに共通するものがだんだんわかるようになってきた。だから、ぼくもジャズの場合はミュージシャンが極力近くにいて、自分たちでバランスが取れて、自分たちで阿吽の呼吸でコミュニケーションが取れる環境を作ってあげる、というのが第一だね。それはアートを第一にしてるからなんですよ。
その次に「え?ドラムの横にペット(トランペット)とかいて大丈夫なの!?」と普通のエンジニアだったら考えるじゃないですか。そこは、そういう近場でいかに綺麗なカブリを録るかという方に…カブリを嫌うんじゃなくて、いかに綺麗なカブリを録るか、という方に発想を変えるんですよ。
そして、カブリを綺麗に録るためには、軸外特性のいいマイクを選ぶといいと思いますよ。ぼくが使ってるSanken CO-100Kはそれが綺麗。そういう意味では、御社が代理店してるEarthworksも向いてると思うよ。
ドラムだって、ぼくはジャズの場合はトップの2本だけでほとんどメインの音を録りますので、12本も16本も、ってガバガバ入れてね、あとでミキシングでどっかのチャンネルは位相をひっくり返してどうのこうのとかね、EQしてとかね、…文章読めば「すげえことやってんな」って思うかも知れないけど、ジャズの場合はそこまでやらなくてもいいから。もう、トップの2本の位置さえ決めれば、バランスよく入るんですよ。ジャズのドラマーって上手いからね。自分でバランス取れるから。
ROP:マイクの位置について、一貫したコンセプトはありますか?
沢口:ぼくの場合は、カミさんがやってるジャズ・クラブ UNA MASがあったっていうのが助かったよね。あそこで色んなマイクと色んなマイク位置を試して、この楽器でこうだったらここらへんだとこういう音になる、っていう引き出しをね、あそこで勉強して、スタジオでやるときにそれを反映していくというやり方をしてるんだけど。
基本的にはジャズのドラムだったらここら辺(下部囲み記事参照)にワンポイントで置けば、(演奏者が)プロだったらいい音になるなっていうのがわかるようになってきましたので。基本的にはそこに置いて、多少ドラマーによって大きい小さいがあれば、ちょっと上げるか下げるかくらいは。1、2度は修正に行きますけど。
そうやって試行錯誤した結果だから、(ダイヤフラムの位置が)きれいに揃わないんですよ。理屈で言うひとからはオカシイって言われるんだよね(笑)。だけども、それでジャズらしい音になるんだから、別に理屈に合わなくてもいいな、っていうのがぼくの主義だからさ(笑)。変な音になってなきゃいいや、って思ってる。
基本的にはピアノ・トリオのサウンドをどうするかっていうところで言えば、そういう実験をして、色んなマイクでやって、だいたいのことがわかったものを、スタジオでは「エイヤ!」でやるっていうね。
スタジオに行ってから「ごめん、これやっぱダメだからマイク変えよう」とかね、位置をいろいろ動かしたり、ドラマーに30分も40分も叩いてもらって音を決めるとかっていうようなことは、しない。それは、アートのパワーが落ちちゃうからなんですよ。エンジニア的にはパーフェクトかもしれないけど、アーティストとしてはパワーが落ちちゃうから、なるたけファーストテイクを早く録って、自分たちの感じを最初に聴いてもらうっていうのが、大事だと思う。
それはアル・シュミットもそう言ってる。彼は「ぼくは録る時までにほとんどのことを決めてるから、録るのもサッと録れるし、ミックスダウンなんか1アルバム3時間くらいで終わるよ」って言うんだよね。なんもしないから(笑)。それは、彼がやっぱり考えてるからだと思うんだよね。ぼくもそういうことを見習ってずっとやってるから、スタジオであまりウロウロしないし、いろんなこともしない。
いかがでしたでしょうか。最終的な音場を正確に予測し、徹底的に「録り音」にこだわる沢口氏。その背景には、膨大な手間と時間をかけた実験に裏付けられたマイクやルーム・アコースティックの特性に対する、幅広い理解があるように感じました。そうした努力によって得たノウハウを惜しみなく提供する懐の広さは、若い頃から積極的に関わってきた海外のプロたちからの影響なのだそうです。
REAL SOUND Projectでは、これからもみなさまにカッティング・エッジなノウハウを提供していきます。8月にはDSDをテーマにしたセミナーを予定しています。詳細はまたこちらのサイトで公開しますので、ぜひご参加ください。