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ROCK ON PRO
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REAL SOUND Project ~User’s Voice~ Mick 沢口氏 vol.1
2002年よりPyramixを愛用し、高品位なサウンドを提供するだけでなく、常に最新のテクノロジーを高い次元でアートへと昇華してきたUNAMASレーベル代表の沢口 ”Mick” 真生 氏。国内でもいち早くHorusが導入された自宅スタジオで、独占ロング・インタビューを敢行!Pyramix導入の決め手、自宅システム解説から、実際の編集作業やエンジニアリングについてのお考えまでをご紹介します。
INDEX
◎レコーディングは覚悟だ!沢口節全開で開陳されるノウハウ!!
1.クラシックの編集で圧倒的な利便性を誇るクロスフェード・エディター
2.何を聞いても「何もしない(笑)」…その裏にある揺るぎない哲学
3.レコーディングが始まった時には、ミックスはすでに終わっている!?
4.一貫生産主義だから可能なシンプルなマスタリング
5.どんなときも次への準備を怠らない姿勢に感服
◎「表現」と「高音質」を求めた結果はPyramix
1.DAWが実現した自主レーベルの夢
2.新しい表現への挑戦 -サラウンドで音楽をやる!
3.Pyramix高品質の秘密?ソフト・クロックとは!?
◎UNAMASサウンドを生み出すPyramixシステム
1.UNAMASサウンドを生み出す3つのPyramixシステム
2.アナログの名機はそれだけでアート – Pyramixを信じるもうひとつの理由
◎レコーディングは覚悟だ!沢口節全開でそのノウハウを開陳
1.クラシックの編集で圧倒的な利便性を誇るクロスフェード・エディター
ROCK ON PRO(以下、ROP):沢口さんといえば「フェーダーに触れずにミックスする」という伝説もあるくらい、レコーディング後の作業が少ない方として有名です。しかし、最近作のクラシック作品では編集を行っているということで、どのような編集をされているのかお伺い出来ますか。
沢口”Mick”真生氏(以下、沢口):Pyramixはクロスフェード・エディターの機能がすごく充実してる。それは、ヨーロッパのクラシック・レーベル(フィリップス・クラシックス)のリクエストが反映されてるからだと思うんだけど。1サンプル単位くらいまで細かく編集出来る。一音だけ差し替えたい、ってリクエストもアーティストからは出るんだよ。で、フェードエディターを開くと、切る前と切った後の(差し替える前のクリップと後の)クリップがこういう風に(画像参照)出てくるのよ。ここが充実してるのはPyramixとSequoiaくらいだね。
ROP:Sequoiaはこの機能を売りにしてますよね。
沢口:Mergingって会社は控えめなのか、ギャアギャア言わないんだよね(笑)。わざわざ言わないんだけど、実は最初から出来てることが実に多い。PyramixといえばDSDというイメージが先行してますけど、それ以前のDAWとしての基本的な要素が本当に充実してる。フェードエディターもその特徴のひとつだし、キホンのキである音がいいっていうところが素晴らしい。Mergingの連中は「そんなこと当たり前だろ」って言って、わざわざ宣伝しないんだけど。
沢口:じゃあ、実際に編集したトラックをお見せしましょうか…見て!これだけ編集してるんだよ!OKテイクでもこれくらい編集してるけど、これでもクラシックでは少ない方。2Lのモートンなんかは、クラシックだと2~3千ポイントも編集するって言ってたよ(笑)。だから、クラシックのセッション・レコーディングって、下手すると一小節単位くらいで録音するって話だったよ。
今、このカット点でフェード・エディターを立ち上げると、これが前のクリップで、ここから後ろのクリップが来てるよね。ここで何ができるかというと、ひとつはタイミングをミリsec単位で調整できる。それから、ぼくはそこまで追い込んで使わないけど、出るとこと入るとこのカーブを個別に調整出来るんだよ。ここにパラメーターがいっぱいあって、前後のレベルをどれくらい変えるか、カーブをどうする、その長さをどうする、どこからやる、全体でどれくらいずらすか、と非常に細かいところまで出来るんですよ。フェードの形はつまんで変えられる。デフォルトだと1:1でやることになってる。ぼくはほとんどタイミングしかいじらないけど(笑)。
ROP:フェード・テクニックのコツのようなものはあるのでしょうか。
沢口:それはぼくでは分からないから、アレンジャーの土屋くん(土屋 洋一 氏)に来てもらって、スコアを見ながら編集していく。80%くらい出来たところでアーティスト・アプルーブっていって、アーティストのひとに来てもらって全体を聴いてもらう。アーティストはアーティストで、スコアとは違う意見がある。ここでまた微調整が入る。最後の余韻の長さとかね(笑)。
ROP:ぼくがアシスタントをやってた時に大変だったのは、クリック管理されてないトラックだと「出来た!」っていったところからワンポイント変えるってなると、後ろが全部繋がった状態で動かさなきゃいけなかったりする点でした。
沢口:そう!編集点の前後でグループを組み直して、また外して、ってことをやらなきゃいけないから、ファイナル・アプルーブで色々出ると大変なんだよね。ぼくなんか間違っちゃうからさ、いっぱいあると(笑)。効率よくやるやり方はないね。でも、これはぼくがやってんじゃないのよ。アレンジャーとやってんの。ぼくはもう、オペレートに徹してる。
2.何を聞いても「何もしない(笑)」…その裏にある揺るぎない哲学
ROP:ミックスについてお伺いします。よく使うプラグインはありますか?
沢口:ほぼ使わないよ。トゥルーピークの赤防止用に-0.5くらいに設定したバス・リミッターは挿すけど、プラグインで音を作るってことはない。ぼくは基本的に使い倒すタイプじゃないからね。だからPyramixで十分なのよ(笑)。
ROP:まさかの消極的な意見(笑)
沢口:IRCAMのものが入るようになって、リバーブだけは使えるようになったけど、サクサクいろんなものを使いたい人にとってはちょっとね。いまは他社のプラグインはプリセットがいっぱい入ってるでしょ?ぼくがメインで使ってるリバーブは、このTCのReverb 4000ってやつ。
ROP:どういうタイミングで使うんですか?
沢口:クラシックではまったく使わない。ジャズで管楽器がいるときとか。
ROP:ジャズの時は結構ミックスはしますか?
沢口:いや、しない(断言)。
ROP:パンニングは…
沢口:パンニングもあらかじめ決めてるから、もうそのまま。スタジオではプリからI/F経由で直接DAWで録ってる。コンソールはモニターにしか使ってない。だから、録りの時にゲインも決めちゃうから、ミックスの時にはほぼツライチ。トランペットにちょっとリバーブつけるくらい。あと、ぼくは絶対アンビエンスを立てるんだけど、それはちょっと大きめに録ってるから、ほどよきレベルに調整するくらい。
ぼくの場合、ドラムはほとんどトップの2本で録っちゃうから、それはもう振り切っちゃえばそれで終わりじゃん。スネアはCとRの真ん中くらい。それはトップで鳴ってる音を聴いてそれに合わせるだけだから、なんも難しくないよね。Kickは基本的に真ん中。それだけだよね。ピアノについては編成によるけど、ピアノ・トリオだったら振り切り。ぼくはピアノをお客さん目線で定位するから、左が高い方で右が低い方なの。
ROP:サラウンドの時は?
沢口:ぼくの場合はマイクとスピーカーは基本的に1対1。だから、各マイクは100%各スピーカーの位置。もう録りの段階でサラウンド全体のサウンド・イメージを決めてるから。アンビエンスはちょっと大きめに録っておいて、バンドのミックスでいい空気感が出るところに調整しますけどね。
ROP:EQやコンプは…
沢口:しない。まあ、トランペットなんかは録りの時に赤防止のためのコンプはしますよ。PreSonusのADL 900を使ってるから、それのコンプを使う。ブラスにはそれがいいかなと思って。Drawmerもプリとコンプ両方使いますよ。チャンネルストリップとして。プリのあとにコンプ通って、というようなことはしなくて、もうチャンネルストリップ自身で完結しちゃう。音響ハウスのひとがよく「沢口さん、度胸ありますね~」って言うんだけど、「え?そうなの?」って感じ(笑)。
3.レコーディングが始まった時には、ミックスはすでに終わっている!?
ROP:ドラムの録りにコンプをかけないっていうのが…叩いてもらって決める感じですか?
沢口:叩いてもらうっていうか、ぼくテストってしないの。マイク立てたらバンドがリハで音出しするじゃない。それ聴いてだいたい決めたら、はい録りましょうって言う。
ROP:本番で少し強くなったりしませんか?
沢口:そこはもう読んで(笑)。ピーク行っちゃうこともあるけど、多少のピークじゃ歪まないからね。ぼくはよく言うんだけど、「録音は覚悟だ」って。スタジオに入る前までにミュージシャンの配置はどうして、どういうサウンドにトータルでしたいか考えて、ミュージシャンの配置を決めて、マイキングを決めて、機材を決めてれば、もう出てくる音がだいたいわかるわけよ、ジャズとかクラシックはね。レコーディングが始まる前に十分に考えて、自分の中で「これだ!」と思えるところまで考えてからレコーディングする。そしたら、レコーディングに行った時にはもう、アーティストが淡々とやるのを聴いてればいい。というのがレコーディング・エンジニアだと思ってるんだけどね、ぼくは。
ROP:一番最初に出すソースはなんでしょう?いきなり全体をポンと出すのでしょうか。
沢口:そう。
ROP:そうか、もう録りの段階で決めてるから。まずベースの音を決めて、みたいなことは…
沢口:あ~、しない(笑)。パンと出して違和感がなければOK。あとはちょっと微調整で。
ROP:オートメーションを書かれることはあるのですか?
沢口:ない。音響ハウスの大竹さんに教わったんだけど、「ここだけ上げたい」ってところの前後で切って、クロスフェードかけて、そこだけ上げてやると同じことが出来るのよ。
ROP:クリップ・ゲインってことですね。
沢口:それの方がCPUに余計な負荷を掛けないし、もしもバグった時に…まあPyramixはほとんどバグらないけど。どっかでグチャグチャになっちゃったとかの心配もないじゃない。だから、もし必要な時にはそうやってるの、ぼくは。
4.一貫生産主義だから可能なシンプルなマスタリング
ROP:沢口さんは「マスタリング」という作業自体は意識して行っていますか?
沢口:ぼくがいまやってるジャズとクラシックに限って言えば、マスタリングっていう作業は、アルバムの順番を並べるとか、変なトゥルー・ピークが出ないように防止するとかっていう意味でのマスタリングはもちろんしないとアルバムにならないからしますよ。でも、ぼくの場合は一貫生産主義というか、いろんなスタジオでやってるわけでもないし、いろんなエンジニアが曲に関わってるわけでもないから、世に言う「マスタリング」っぽいことはしてないかな。
ROP:以前はxrcdも制作されていましたが、ハイサンプリングで制作されたマスターをCDフォーマットに落とす際にどのような作業をされていたのでしょう。
沢口:xrcdの時は小鉄さん(小鉄 徹 氏)に頼んでましたよ。ビクターの名人に。ビクターのスタジオにぼくがマスターを持って行って、CDにハマるのにいいように、というのはお願いしてたね。あのひとも本当のプロだから、非常にオープン・マインドで、何をやったかって全部教えてくれるんだよね。あれで勉強になりましたよ。
ROP:具体的にはどういうことをされてたんでしょうか。
沢口:そこは小鉄さんのノウハウですから…そこに来たマスターを聴いて、そのためにはどうするかっていうノウハウなんじゃないの?ある帯域をちょっと上げるとか、、、。ハイレゾがまだない時代だったから、CDになった時に一番かっこよくなるためにはどうするか、っていうノウハウは長年蓄積されてたみたいですけどね。UNAMASのレコーディングをxrcdにしてもらうときに、3パターン作ってくれたんですよ。何もしていないもの、薄化粧のもの、コテコテに色付けしたもの、とね。ぼくは思わず、何もしてないものが一番いいって言っちゃったんだけど、そしたら小鉄さんが「確かにこれはいいですけど、xrcdにしたときに音が薄くなると思いますので、薄化粧したものにしましょう」って言ってくれて。そういう、クライアントに対してもちゃんと意見を言えるっていうところが、本当のプロだなって思いましたよ。
ROP:アナログ・テープに落とすのに何か特別なことはされていますか?
沢口:何にもしてない。テープの方で振り切れないレベルをいっぺん探して決めれば、あとは何もしない。
ROP:ダイナミック・レンジを搾ったりもされない?
沢口:歪まないでほどよきところはどこかな、っていろんなやつ(音源)で聴いて、いまはぼくのシステムなら-12dBで送り出せば大丈夫だなっていうのが決まった。たまたまマスターフェーダーを何もいじらないでその値になってた(笑)。だから何もしてない(笑)
5.どんなときも次への準備を怠らない姿勢に感服
ROP:Pyramix10で追加された3Dパンナーは使用されてますか?
沢口:使ってますよ。Pyramixのは使いやすくなった。世界で10人くらいのひとにβ版配ってフィードバックを反映してるから、よく練り上げられてる。ぼくは各チャンネルに各マイクを当ててるだけだけど(笑)。ポスプロのひとたちは使い込めるだろうね。主にヨーロッパだけど、大きな映画のスタジオにはPyramixが入ってるからね。イギリスだとパインウッドっていう老舗のスタジオに入ってる。フランスもそうだし。
ROP:トップに6トラックありますが、こちらは?
沢口:これは将来Atmosの7.2.1chミックスをしようとした時のために入れてあるだけ。いまはレベルを下げてハイト・レイヤーに入れてある。もし、将来Atmosミックスで出すっていったら、バスのレイアウトをAtmosに変えて…サイドにスピーカー立てないといけないけど(笑)。ぼくはAuroの方が音楽向きだと思う。Atmosはサウンド・デザイナー向き。拡張性はAtmosの方が高いけどね。なんでも出来るよ。
◎「表現」と「高音質」を求めた結果はPyramix
1.DAWが実現した自主レーベルの夢
ROP:沢口さんがPyramixを導入して、ご自身のレーベルを立ち上げるまでの経緯を伺えますか?
沢口:1971年にNHKに技術として入局したのがその年ですね。NHKは4年くらいは地方局という各県の局に行って「放送の基本を勉強してきなさい」という期間があるんだけど、それが終わってから最終的に自分でどういうことをやりたいのかということを決めて、それぞれの方向に行くんですよ。ぼくは勉強はしなかったけど、昔からオーディオは好きだったから、音声制作やりたいなと思って。渋谷の放送センターに制作技術センターという番組の部門があるんですけど、そこの音声を希望して。まあ、そこに配属になってからずっと定年までそこにいたの。定年してからはPioneerのオーディオ関係の顧問をやりましたけど、定年前から「もう宮仕えはいいから、自分で好きなことをやりたいな」と思ってて。ゆくゆくはこういうシステムを組んで自分のレーベルを作りたいな、と思ってたの。
ぼくが定年したのが2005年なんだけど、2000年くらいからいろいろと考え初めて…。ぼくはNHKにDAWというテープレスのシステムを入れたのは早かったんですよ。AMSのAudiofileというのが当時あって。でも、当時のコンピューターの能力の問題で8トラックが限界だった。2トラックのマスタリング用か、4トラックか、多くて8トラックっていうのがその当時のDAWの状況だったんですよ。今みたいにPro Toolsで平気で何十トラックもサクサクやってるって時代じゃなかったから。8トラックくらいのAudiofileっていうのをポスプロに入れたんですけど、やっぱりテープの制作方法と違って圧倒的に自由なんだよね。例えば、巨大なコンソールとマルチトラックのテープとかを持って、自分でレーベル作るっていうのはなかなか大変じゃない。だけども、「そうか、コンピューターで、DAWを使ってやるんだったらひとりでも出来るんじゃないかな」とその頃思って。で、いろいろ情報を集め始めてね。Pyramixは2002年に初めて入れたんですけど、当初は48kHzのサンプリングレートで始めて、96kHzに行って。で、今は192kHz/24bitっていうところでずっと制作をしてるんです。
新しい表現への挑戦 – サラウンドで音楽をやる!
渋谷にいた時代からぼくは2chの世界っていうのには、まあ、辟易してた。限界があるな、と。自分たちがやっててね。ぼくがやり始めた1970年代の後半というのはオーディオ・ドラマはまだモノラルが主流で、ステレオのオーディオ・ドラマというのは年に一作くらいしかできなかった。それはシステムもそうだし、作品もなかった。年に一作、60分のステレオのドラマを作るのに3ヶ月くらいかけてた時代。ぼくはスタジオを作るのにもすごい興味があったから、そういう制作にふさわしいスタジオも作ろうと思って、オーディオ・ドラマ専用のスタジオを作ったんです。それで、毎週1本レギュラーのドラマがステレオで作れるようになった。インフラが整ったから。
それで誰でも毎週ステレオのオーディオ・ドラマがやれるようになった。で、やってると、ぼく自身がステレオの中だけでイメージを作るということにすぐに限界を感じた。それで、何かないかと思って探したんですよ。で、サラウンドっていう新しい世界をやりたいと思ったから、そういう勉強も自分でずっとして来ましたし、制作するときにもステレオ命じゃなくて、サラウンドの音楽っていう表現もしたいと思ってた。当時のPyramixはすでにサラウンドに対応していて、そういう製品もあったから、DAWで、個人のレーベルで、CDじゃなくてハイクオリティなもので、サラウンドという新しい表現が出来るというところをポイントにして、UNA MASレーベルというものを作って、今に至ったというところだね。
ROP:その当時サラウンドが出来るDAWというのはPyramixだけだったんですか?
沢口:あるにはあったんだけど、バスを構成しなきゃいけなかったり、いろいろと面倒臭かった。Pyramixは当時からサラウンドのパンナーが最初からあって、そのまま何もしないでも使えるという状態だった。ぼくが将来的にレーベルを作りたいと思って勉強していた時期に4つくらいの候補があったんですよ。もちろん、いろいろな機種を聴き比べましたけど、16トラック以上の録音が出来て、なおかつサラウンドにも対応しているというところで絞って行くと、当時では4メーカーくらいだった。Fairlight、Pro Tools、Pyramix、Sadie、くらいがぼくのニーズに合致するDAWだった。
Pyramix高品質の秘密?ソフト・クロックとは!?
沢口:情報を集めるのにはAESの仲間、ヨーロッパのひとやアメリカのひとにも頼りましたよ。すると、ヨーロッパの連中が「お前どういうタイプの音楽をやりたいんだ」って言う。当時はクラシックやるなんて思ってなくて、ジャズしか念頭になかったから「ぼくはたぶんジャズ、アコースティック系でハイクオリティなものをやりたいんだ」というと、「じゃあ、ぼくらが勧めるのはPyramixだね」ということだった。その当時、実はアメリカの連中も先に挙げたのとまったく同じ候補を比較してた。Ocean Wayのスタジオでパラでバンド録音して、エンジニアが聴き比べをする、っていうことをやってたんだよね。それはブラインドでやるテストなんだけど、音がいいってことではダントツでPyramixだったんだよ。それで、ぼくもその4機種をこっちでいろいろと聴かせてもらって。そしたら、やっぱりダントツに音がよかったんですよ。それでぼくはPyramixにした。当時はバージョン5でした。いま使用しているこれがバージョン10。
ぼくがその音の秘密だと思ってるのが、内部マスタークロック。ぼくは勝手に「ソフト・クロック」と呼んでるけど(笑)。これが微動だにしない。
ROP:それはMassCoreの恩恵でしょうか。
沢口:いや、Pyramixの設計思想自体がそうなんだよ。CPUがマスター・クロックを持ってるんだけど、そこに色んな信号が入って来るじゃない?それをズレないようにソフトウェア上で全部合わせて行くっていうアルゴリズムなんですよ。そうすると全然ブレない。一般的にはマスター・クロック・ジェネレーターを使って、「どこのメーカーのがいい」とか、「このジャンルにはこのクロックがいい」とか、賑やかしくやってるじゃない?それは、実際には何が変わってるかというと、ジッターとマスターの周波数がドリフトしてるんですよ。例えば、192kHzって言ってても実際には191.99986とか、そういう周波数になってるのよ。しかも、時間とともにドリフトして(ずれて)いく。それは発振器の精度というのが温度特性によって変わるから。なおかつ、ジッターのタイミングも揺れる。つまり、本当はデータがシンクしてない。メーカーによってその揺れの度合いが違うから、音が変わる。もちろん、音作りにそういうものを使うのはアリだと思うけど、そういうハード・マスターというのは純技術的に言うと安定してないということなのよ。それに対してソフト・クロックというのは、何が来ても自分の中でバチっとやってるから、まったく安定してるんですよ。ぼくは、それがPyramixが音がいいひとつの理由だと思うんだよね。ほら、今はぴったり192kHzでしょ?外部マスターを使うとここが微妙にズレる。物理的なクロックはどうしても変動する。なおかつ、ジッター、これがクセモノだから!ジッターがあると絶対音が変わる。これもソフト・クロックにはまったくない。
これが音がいい理由のひとつ。もう一個は、いまはもう当たり前になったけど、Pyramixは最初からアルゴリズムに浮動小数点法を採用してるんだよね。これがあることで、ミックスバスでの内部飽和もないし、データの欠落も起こらない。サミング・アンプとか流行ったじゃない。あれはDAWの内部でミックスすると飽和しちゃうっていうんで、レンジの広いアナログに出して戻す、というやり方だったわけだよね。
ROP:15年近くPyramixを使用している沢口さんですが、導入当初のバージョン5から音質はよくなってるという印象はありますか?
沢口:どんどんよくなってるね。特にバージョン8からバージョン10…ぼくは9は飛ばして10にポンとあげたんだけどね…その時に彼らは、この部屋にもあるHorusというAoIP技術を導入したんですよ。これによって格段に音はよくなったね。あとは、音声処理が専用DSPカードであるMykerinosからMassCoreに変わってからも音が非常によくなりましたね。処理スピードも速くなったし。DSPより価格も安くなったし(笑)。
◎UNAMASサウンドを生み出すPyramixシステム
UNAMASサウンドを生み出す3つのPyramixシステム
沢口:いまはPyramixを3台持ってます。一台はスタジオ用で、Horusと組み合わせている。もう一台はNativeで、MacBook Proで動かしてます。大賀ホールで録音する時などのモバイル用として使っていて、動作は全然問題ない。Boot Campの性能がよいのかな。CPUの消費量も少ない。制約はありますけど、Native内で制作出来るひとはこの組み合わせで十分行けますよ。最後は、カミさんがやってるジャズクラブのUNA MASに置いてあって、ライブを録ろうと思えばいつでも録れるようになってる。
ROP:レコーディングはNativeでやってるんですね?
沢口:外でやる時はね。それでは危ないな、と思った時はフルセット持って行きますよ。
ROP:ご自宅のシステムはミックス専用なのでしょうか。
沢口:そうだよ。Windows 7 Proの64bit、2002年のシャーシをそのまま使ってる。中のボードとかは新しくしてるけど。なぜかというと、ベイが3つあるっていうのが、ぼくにとって使いやすいんだ。今のは1ベイしかない。2.5インチのやつは6つ入るけど、3.5インチの方がなんとなく安心なんだ、大きいから(笑)。
ROP:気分の問題(笑)。
沢口:そう(笑)。HorusとはLAN一本でつながってて、HorusはAESとMADI、ADとモニター用のDAが入ってる。Horusは8chなんだけど、9.1は10ch。足りない2ch分はどうしてるかというと、フロントのヘッドホン・ジャックから取ってる(笑)。もう一枚カードが買えるお金があればいいけど(笑)。
ROP:沢口さんのシステムはDSD対応ではありませんが、なにか理由があるのでしょうか。
沢口:DSDはミックス/編集のために必ず途中でAD/DAか、DXDが要る。ぼくの鉄則は、デジタル・ドメインはフォーマットのコンバートを絶対にしてはいけないということ。コンバートは音を確実に悪くする。それをするんだったら、もう「DSDで録る本来の意味はないな」と思うからやらない。
ROP:でも、これまでの沢口さんの制作手法だと、マイクとスピーカーが1対1で、フェーダーもほとんどいじらないわけですから、DSDを使用してもよいのではないですか?
沢口:実は、クラシックはすごい細かく編集するんですよ。一発で5分なんて録らない。そういう制作手法なんだよね。最初にやった時(『Four Seasons』)に「10分くらいバーっと出来るよね?」って、ジャズと同じ調子で言ったら、「沢口さん、何を言ってるんですか!?」って(笑)。
アナログの名機はそれだけでアート – Pyramixを信じるもうひとつの理由
ROP:ADは何に使ってらっしゃるのでしょうか。
沢口:いまはAVアンプのサラウンド・アウトが繋がってて、要はテレビ見るのに使ってる(笑)。映画とかの音声を一回Pyramixに取り込んでモニターしてんだ。あと、愛用してるTCのリバーブが96kHzまでしか対応してないから、このリバーブとはアナログでやりとりしてる。
ROP:あれ?AD/DAしてる…?笑
沢口:まあ、リバーブくらいはいいかと思って(笑)。それと、ステューダーとのやり取りにも使ってるね。最近2トラックファンがいて、UNA MASのマスターで作ってくれっていうんだよ。完成した2chミックスをアナログ・テープに落としてる。柳井さんにいっぺんオーバーホールしてもらって、40kHzまでフラットだよ。
ROP:沢口さんのメインはデジタルだという認識ですが、アナログ・テープの音については実際どのように感じてますか?
沢口:そりゃもう、アナログの…ほどよく収まりがいい、っていう音だね。ただ、デジタル・マスターの方が自分の作品としては100%という認識。ぼくは頭の中のリファレンスは192kHz/24bitの9.1chになってるから。デジタル・マスターが釣り上げたばかりのイカの刺身だとしたら、2トラはスルメだよね。磁気テープの味っていうのは、好きな人にはいいよね。あそこにNagraもあるけど、アナログの名機っていうのはそれだけでちゃんとアートしてるからね。
ROP:Mergingの社長はもともとNagraの方ですね。
沢口:そう。だから、ぼくはPyramixを選ぶ時には会社の成り立ちも聞いたんだよ。そしたら、Nagra、Studer、EMTにいたひとたちがスピンアウトして、デジタル時代の新しいものを作りたいと言って作った会社だっていうんだよね。ぼくはそこを信用したのよ。
DAWというのは1980年代の後半くらいから雨後の筍のように、それこそ50メーカーくらいバーっと出たんだよ。そのほとんどがコンピューターのプログラムをやってたひとが作ってるんだよ。そうすると、本人たちは音のことが分からない。音が録れて、波形出てればそれでいい、みたいな。音の善し悪しが判断出来ないし、それから、GUIがすごく悪かった。音を録るためにはどこにどんな表示があればいいか分かってないから、すごく押し付けがましく感じて使いにくいんだよ。まあ、だんだん淘汰されたんだけど。
それがPyramixを選んだ理由のひとつ。ずっとアナログの名機を作ってきたひとたちが、デジタル時代の機材を作ったんだな、ということで素直に信用出来たんですよ。
常に新しい表現方法を模索しながら、原点である音に対するこだわりを持ち続けてきた沢口氏。そんな氏のニーズにマッチするDAWとして選ばれたPyramix。「何よりもまずDAWとしての基本的な要素が本当に充実してる」という氏のことばが印象的でした。
次回はレコーディングの話題を中心に取り上げます。UNAMASサウンドの核とも言えるマイキング・コンセプトや、ジャズ、クラシック録音それぞれの実際のセッティグ図などとともにご紹介します。ぜひ、お楽しみに!