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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

夏の球児が魅せる輝きと感動「熱闘甲子園」/ ひと夏限定の特設スタジオが支える当日オンエアシステム

日本の夏の風物詩とも言えるスポーツイベント、全国高校野球選手権大会。通称、夏の甲子園。その結果は、日々のニュースなどでも取り上げられているが、試合の裏側に流れる高校生ならではのドラマ、人間模様などを盛り込んだ独自の内容で野球ファンから高い人気を誇る番組が今回取材をさせていただいた「熱闘甲子園」である。1981年にスタートした歴史ある番組で、スポーツニュースの枠にとらわれない、ドキュメント番組としての側面も併せ持つ。試合当日の夜にその試合を戦った高校球児の取材VTRなどと合わせて放送されるその制作現場はどのようになっているのか?当日のオンエアを支えるシステムと併せてご紹介していきたい。

ひと夏限定の特設スタジオを用意

改めてとなるが「熱闘甲子園」がどのような番組であるのかをまず振り返っていこう。「熱闘甲子園」は、夏の高校野球の試合結果を伝えるスポーツニュースとしての側面と、その試合で活躍した球児たちのバックグラウンド、青春模様、家族との絆などを取り上げるドキュメンタリーという2つの側面を持っている。放送時間は30分、CMについても熱闘甲子園仕様の特別編集版が番組と繋がりを持って使用されている。通常のスポースニュースよりも長い時間をかけて試合を紹介するだけではなく、2022年の番組では「夏跡」というコーナーを設け、その日の敗戦チームのドキュメントをオンエアしている。このドキュメントは、事前取材されたものもあれば、試合後の選手にインタビューを行ったものなどもあり「熱闘甲子園」らしい、人間ドラマにフォーカスした内容となっている。

当日行われた試合のダイジェスト版オンエアであれば、普段のスポースニュースと大差ないということは想像できるが、事前取材を行った各試合における注目選手へのフォーカス、注目選手を中心に捉えた試合内容の編集など、番組内容は独自色の高いものとなっている。そのために、通常の報道とは別に「熱闘甲子園」の番組制作のためだけに、ひと夏限定の特設スタジオが用意されている。朝日放送テレビ(ABC)内のスタジオに仮設で映像編集ブース、音声編集ブース、効果音編集ブース、そして生放送用のスタジオセットが作られているわけだ。事前に準備した素材をどのように使うのか?試合の流れ、結果によって取捨選択を行いながら、その場で変更を重ねてVTRが次々と完成していく。映像の編集が終わったVTRから、ナレーションの収録、効果音の貼り込み、MAと作業は絶え間なく続いていくことになり、そのバックボーンとしてのサーバーシステムも非常に重要な要素となるが、こちらは後ほど細かく触れていきたい。


📷 特設スタジオの入口には今年のゲストである古田敦也氏の現役時代の背番号「27」と熱闘甲子園ロゴが入ったユニフォーム。

📷 普段は公開収録などにも使われる広いスタジオを半分に区切り、手前側を編集などの作業スペースに、奥側にセットを組んで撮影スタジオとして使用している。

当日仕上げのVTRを15~20本

📷 作業スペースにはパーテーションで区切られた映像編集ブースが並ぶ。スペース奥では当日の試合中継が流されており、これを見ながらその日の原稿や構成をその場で決定していく。

各工程を経て、一試合ごとに試合に望む両校の紹介VTR、試合内容のVTR、試合後のインタビューなどのVTRが基本的に作られているのだが、プロ野球などとは異なり1日4試合を行うので、これだけでも最低12本のVTRが作られることになる。最終的に1日に制作されるVTRの本数は15~20本にもなるという。特集などもあると考えるとかなりの作業量であることが想像できるのではないだろうか。しかもそのほとんどが、当日撮影の素材で作ることになる。今年のオンエアは23:10からとなるが、20:00ごろまでの試合が長引く日もあった、その日は最終戦の仕上げまでに残された時間は3時間程度しかなかったこととなる。

まさに神業とも言えるスピード感だが、そうなることも想定してのシステムの構築が奏効したということでもある。両校の紹介VTRは事前にある程度仕込んでおくことが可能ではあるが、これも試合結果を受けてバランス、紹介内容を調整して試合後に最終仕上げを行っている。この部分に関しては事前取材した収録済みの素材が使われるのだが、最後まで編集の調整が行われるためナレーションの台本は試合後にしか完成してこない。いずれにしてもやはり当日仕上げのVTRとなるわけだ。

甲子園ー朝日放送テレビ間を光ファイバーがつなぐ

📷 仮設の音声調整、効果音ブースは壁で囲われた個室になっている。これもスタジオフロアに作れらており、他スタッフとの連携など効率よく行えるように工夫が凝らされている。

試合結果を伝えるVTRは、阪神甲子園球場から朝日放送テレビ本社ビルへ引かれた光ファイバーの回線により、会場に設置されている全カメラの収録が朝日放送テレビ本社側で行われている。この回線はプロ野球などでも使われているものと共通だということだが、2台「熱闘甲子園」の専用カメラもあるということだ。このカメラは「熱闘甲子園」としてのピックアップ選手を追いかける専用のカメラだということで、このカメラがあるからこそ「熱闘甲子園」らしい試合結果の編集が行えることにも繋がる。

その光ファイバーの両端には、RIEDEL MediorNetが用意されIP伝送を行っている。以前にも鈴鹿サーキットで行われたF1グランプリのオンエアシステムの紹介でも触れたRIEDEL社の製品。放送業界において高い信頼性を持って運用されていることがわかる。このMediorNetは複数の映像、音声信号、制御信号をIP伝送することができる。このシステムにより送られてきたカメラ映像は、そのまま局内のサーバーへと収録が行われるシステムになっている。そして、サーバーへ収録されたデータはすぐに編集機でデータを取り出して編集が行えるようになっている。やはりこのスピード感は当日オンエア番組ならではのものではないだろうか。

さらに試合後のインタビューなどについては、コロナ対策もありZoomほかのツールが活用されていた。選手に端末を操作してもらい自撮り的に収録したものもあれば、インタビューで双方向にやり取りをしたものもある。球場内での記者会見とは異なった、選手たちの素顔を見ることができる筆者もお気に入りのVTRで、まさに「熱闘甲子園」らしいパート。それらの素材もテロップを載せたり、音声を整えたりといったことがもちろん行われている。

制作が淀みなく進むサーバー運用

📷 音声の調整・録音には、Avid Pro ToolsとVideo Syncの組み合わせが使われている。Video Syncによって映像の貼替や切替がスムーズになり作業の効率化が図られている。

カメラ映像の収録はサーバーが回り続けている。ここには報道用のサーバー設備が使われているということだ。数年前までは「熱闘甲子園」用に専用のサーバーとインジェストシステムを仮設で構築して番組制作を行っていたが、報道編集側のシステム更新を経てリアルタイムでのインジェストが行えるようになり、その機能は既設の設備で行えるようになっている。スタジオ内に仮設された編集ブースの映像編集機は、このサーバーと繋がり編集を行うことができ、編集されたデータは続いてスタジオ内に仮設されたサーバーを介して次の工程へと渡されていく。サーバーへデータが置かれることで、作業を共有するすべての端末からアクセスすることが可能となり、編集が仕上がったタイミングですぐに効果音の貼り込み、ナレーションの収録など次の作業が始められるようになっているわけだ。

ナレーションの収録は、編集と同時進行でその場でディレクターが書きあげた原稿が使われる。このナレーションの収録は、仮設ブースが設置されたスタジオの副調整室内のナレーションブースが使われている。副調整室内に収録用のPro Toolsが仮設され、これを使ってナレーションの収録が行われることとなる。仮設の音声調整ブース、効果音ブースと合わせて3台のPro Toolsが用意され音声部分の編集を担当している格好だ。音声用のサーバーはこちらも既存の音声用のサーバーが活用されている。ローカルで作業を行い、サーバーへコピーといった手間をなくすため、基本的に映像も音声も作業はすべてサーバー上のデータで直接行っているということだ。

まとめると、利用されているサーバーは基本的に3台。既設されている映像編集用のサーバーと音声編集用のサーバー、これに仮設のデータのやり取り用のサーバーが運用されているという形だ。ちなみに、映像編集は6台のシステムが仮設されていた。スタジオセットでも事前の収録が行われており、生放送でのオンエア部分はできるだけ少なくなるように番組制作が進められている。番組のクオリティーアップ、時間管理などを考えれば当たり前のことではあるが、取材をさせていただいた日の生放送部分は3分ほどであった。さすが、放送局の仕事と思わせる内容であった。

収録、編集用のシステムの概要をここまでご紹介してきた。すでに気づかれているように、ここでは完全にファイルベースでのシステムアップが行われている。最終的に仕上げられたVTRもファイルのまま再生され、送出されている。仮設でのシステム構築ではあるが、既存のシステムを使える部分は十分に活用し、不足する部分を仮設のサーバーでフォローしている。ハイスペックを要求されるサーバーは、既存のシステムで運用実績のあるものを活用しつつ、関係スタッフ間でのデータの共有などのために番組用サーバーを用意するというイメージだろうか。コストを抑えつつ、実用十分なシステムアップが非常にうまく行われていると感じた。

球場の臨場感を伝えるマイクセッティング

そして試合が行われている阪神甲子園球場まで足を伸ばし、球場のどこにマイクが設置されているのかを確認してきたので現場でのセッティングについても見ていきたい。普段よりプロ野球の中継で使われている設備がある阪神甲子園球場。ご存知の通り、夏の甲子園の中継はNHKと朝日放送テレビがそれぞれで行っている。そのため、NHKの独自マイク、朝日放送テレビの独自マイク、共同マイクと3種類のマイクが現場に設置されているのだが、ここでは朝日放送テレビが使用している独自マイクと共同マイクに関して取り上げる。


📷 マイク配置図)写真以外にも銀傘の中のキャットウォークに設置され上空よりアルプスを狙うマイクや、アルプスでフリーに応援席を撮影しているカメラマイク、ブルペン用のマイク、1・3塁ベースを狙ったマイクと試合の臨場感を盛り上げるためのマイクが数多く仕込まれている。高校野球観戦で甲子園球場を訪れた際には、このようなマイクアレンジもチェックしてみるのもまた違った楽しみになるかもしれない。

まずは、プロ野球中継でも使われる常設のマイクから見ていこう。メインのマイクは、銀傘(ぎんさん)と呼ばれる、内野席上部の屋根の内側に設置されている。ここにはSanken CUW-180が設置されており、さらに高校野球のときだけは、銀傘の中となるバックネット側電光掲示板あたりの天井部分に吊られる形でDAP-5100サラウンドマイクが追加で仮設される。サラウンド、イマーシブ音声などに積極的な朝日放送テレビらしいマイクセレクトと言えるだろう。


📷 銀傘のバックネット裏上部に吊られたDPA-5100サラウンドマイク。甲子園球場全体の音を拾うためのメインマイクがこれだ。

そして、バッティング音を集音している球場常設のパラボラマイクも特徴的だ。実際に球場に行ってみるとテレビ中継のような鋭い金属バットの「カキーン」という打球音はなかなか聴こえてこないが、左バッターボックスの背後にあたるフェンス面に集音効果の高いパラボラマイクが設置されており、打球音やキャッチャーミットにボールが収まる音などを拾っており中継音声に臨場感を与えている。テレビ中継がある際にも確認することができるので、機会があったら是非注目してみていただきたい。

銀傘の1塁側、3塁側、それぞれの端にゼンハイザーMKH-416が設置されている。高校野球ではアルプススタンドの応援やブラスバンドが注目されることも多い、応援のブラスバンドを聴くために球場を訪れるファンもいるほどだ。そのために、観戦の邪魔にならないようにネットの上部にブラスバンド席を取り囲む格好でアルプススタンドに数多くのマイクが仮設される。さらに、選手や監督の声を拾うためのベンチに向けたマイクも追加されており、これらのセッティングを俯瞰して見ていくと、将来的なサラウンド、イマーシブでの放送を念頭に入れた実験的な配置となっている部分もあることがわかる。次世代放送への検証も念頭にあるということで、引き続き本誌でもレポートを行っていきたいところだ。


📷 こちらはベンチ上に設置されたマイクで監督や選手の声を拾うために設置されている。内野ネット際は銀傘の外になるため防水対策なども考えられている。

📷 高校野球の醍醐味の一つでもあるブラスバンドの応援。それを拾うためにアルプススタンドのブラスバンド席を取り囲むように防護ネット上部に4本のマイクが設置される。

夏の甲子園が開催される2週間強を運用するための特別スタジオだが、実際の番組としては各県大会のダイジェストである「甲子園への道」が各県大会ベスト8あたりから始まる。ちなみに今年は7月24日からオンエアが開始された。事前取材自体についてはそれよりも前から行われているものも含まれるのであろうが、基本的には各県の代表校が決まってからとなる。そして、8月6日の全国高校野球選手権大会開幕に向けてシステムの仮設が5日ほど前からスタートし、各地から代表校の取材データなどが蓄積されて本番を迎える。まさに眠らない1ヶ月といったところか。

40年以上の歴史ある番組は、そのノウハウの蓄積からも学ぶところが多い。高校球児の輝き、情熱、感動、スポーツニュースとは違う、結果だけではない部分をフォーカスする「熱闘甲子園」。テクノロジーの進化により、多くの情報、エピソード、ドラマがより一層伝えられるようになっていることが取材を通してわかる。早くも、ではあるが来年の放送ではどのような進化を見せるのか、今からの楽しみとなった。


 

*ProceedMagazine2022-2023号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2023年02月01日時点のものです。