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2025/01/09
劇伴制作のシゴト 東映音楽出版株式会社 本谷氏に訊く
映画の音を構成する要素は大きくDialogue(台詞)、Music(音楽)、Effect(効果音)の3つに分類される。それぞれの要素を録音技師、作曲家や音楽プロデューサー、効果音によるサウンドデザインを行う音響効果、フォーリーといったプロフェッショナルが担当し、1本の映画における音を作り上げる。今回はなかでも劇伴制作に焦点を当て、映画音楽をはじめとした劇伴制作を手がける東映音楽出版株式会社のエンジニア、本谷侑紀氏に制作の流れについて解説いただいた。劇伴制作という仕事はどういったものかという基本的な部分から、劇伴という音楽ならではの制作ポイント、近年の潮流といった内容について制作ワークフローとともにいま一度紐解いていこう。
1:制作依頼
劇伴制作とひとくちに言っても任される範囲は現場によって様々だ。レコーディングエンジニアとしてのみ参加する場合もあれば、音楽プロデューサーとして方向性を決める段階からダビングまで一貫して制作に関わるケースもある。どの段階から制作に参加するか、というのは基本的に音楽制作の枠組みが決まったタイミングで制作が依頼される。というのも、エンジニアとしての依頼は作曲家からの指名で決まることが多い。本谷氏の場合、東映音楽出版に所属する制作エンジニアとして自社作品か外部作品なのかでも関わり方は変化してくるという。社内外で制作・エンジニアとして依頼がある場合や、自社作品の場合は制作依頼を出す立場に回ることもあるそうだ。
また、既成曲(劇中曲)の有無も制作工程に影響してくる。既成曲が無い作品の場合は、現場に作曲家とともに出向くこともあるが、本格的に始動するのは撮影が終わり、オールラッシュ(映像編集において尺やカットが確定した段階)の後からとなる。シーンの尺が決まっていないことには場面に合わせて作曲することもできない。ただし、現場によってはメインテーマなど一部を編集前に制作し、監督が編集を行う際のイメージを手助けするものとして使用されることもある。
一方で既成曲が多い場合、例えばライブシーンがある作品などではプレスコ(プレスコアリング:先に制作されたセリフや音楽に合わせての撮影)となるため、プロジェクトの脚本段階などと並行して音楽が発注され、プレスコ用に編集された上で撮影時に使用される。ここでの制作はあくまでプレスコ用の音源であり、そこからライブシーンでの歓声などが足されるなどの再編集が行われ実際に使用する音源となるのだ。劇中曲の場合は歌モノも多く、そういった場合は劇伴チームとは別の制作チームが立てられることが多い。
2:劇伴プランの設計
オールラッシュが終わりシーンの尺が決定した段階で、「線引き」と呼ばれる打ち合わせに入る。作曲家、監督やプロデューサーといった制作陣とともにどのシーンに音楽を使用するかを決めていく作業だ。この段階で全体の曲数と、曲調の明暗や盛り上げるポイントといったおおまかな曲の方向性を設計していく。監督が編集段階で音楽を入れたい箇所に仮の楽曲を挿入しているケースもあるとのことだ。映画1本のうち劇伴の占める割合については、もちろん作品にもよるが2時間の実写ドラマの場合大体40~50分尺、曲数にして20~25曲あたりが平均だという。
3:作曲
作品に必要な音楽が決まったところで、作曲家による作曲期間に突入する。期間にして約1〜2ヶ月ほど、その中で数曲ずつを監督・制作陣と確認しながらデモを完成させていく。楽曲チェックは少ない映画でも2~3回は繰り返される。作曲に取り掛かる順番は、まずメインテーマとなる曲を作り、次にそのアレンジバージョンを数パターン、その後作品の時系列順に制作していかれることが多いそうだ。作曲期間もエンジニア的な観点からストリングスの最適なサイズや、生録音かシンセ音源かといった音色の提案・判断などを行っていく。
4:レコーディング
作曲の工程が完了すると、譜面作成を経てレコーディングにとりかかる。譜面作成は、作曲家が書いた楽譜の清書やパート譜の作成を行う専門職である写譜屋の仕事だ。劇伴のレコーディングは読者もイメージされている通り、ストリングス、ブラス、木管が多い。数日というレコーディング日程で数十曲にわたる楽曲を録り終えるためにも、とにかくスムーズな進行が肝となる。
ここで本谷氏が実際に行なっているレコーディングのテクニックを紹介する。それは2種類の異なる色合いのマイクを立てておくというもの。5.1chや7.1chサラウンド用のオフマイクセットが基本となるのだが、そこにLRをもう2本追加することによってミックス時にLR+サラウンドワイドなど組み合わせの選択肢が広がる。オンマイクに関してもスタジオ定番のNeumann U 67やU 87に加えて最近はリボンマイク Samar Audio Design VL37をよく使うとのこと。限られたレコーディング時間の中でもミックス時の可能性を確保し、より作品に合致した楽曲を仕上げるための工夫だ。また万が一メインのRECが不調だった時のための保険の意味もあるという。
使用するスタジオは予算、編成のサイズ、響きを出したいか抑えたいか、といった観点から作曲家と相談して決めていく。少ない人数でよく響かせたいならあのスタジオ、8型が入るのはこのスタジオといったように様々なスタジオの特徴を把握していることがもちろん前提となる。
コラム 弦の編成の表し方
「6型」や「8型」とは何でしょうか?これは弦楽器の編成を表す際に使われる用語です。ストリングスの基本構成は1st Violin、2nd Violin、Viola、Cello、Contrabassの5パート。型の数字は1st Violinの人数を表し、そこからパートの音域が低くなるごとに2人(1プルトとも言う)ずつ減らしていくのが基本のパターンです。例えば8型だと以下のとおり。
1st Violin:8人(4プルト) / 2nd Violin:6人(3プルト) / Viola:4人(2プルト) / Cello:4人(2プルト) / Contrabass:2人(1プルト)
これを別の言い方としてパート順に「86442」と呼ぶこともあります。他にも「弦カル」はカルテット(Violin 2人、Viola 1人、Cello 1人)「ダブカル」はダブルカルテット(カルテットの倍の編成)の意味。さらに、大規模なオーケストラでは木・金管、打楽器を含めた1管、2管という編成も存在します。別のジャンルではドラム、ギター、ベース、キーボードの編成を4リズムと言ったりもしますよね。これらは必要なスタジオの広さの指標として使われる用語でもあります。
5:トラックダウン
レコーディングが終了するとすぐにミックス、トラックダウン(TD)の作業がスタートする。録音素材のノイズリダクションに始まり、EQ、コンプといったミキシングからサラウンドパンニングまで音楽ステムの仕込みを行う工程だ。通常の音楽ミックスと大きく異なるのが、ダイアログやエフェクトが入ることを見越しての音楽ミックスになるということ。本谷氏は、セリフが入り音楽のレベルが下がる場合も想定してリアを活かすといったアプローチを行うこともあるという。また、センターチャンネルのダイアログとどう音楽を共存させるかについては、ハードセンター、ファントムセンター、その中間といったミックスのパターンを持っておき、演出や作家の意図に合わせてどう使い分けるかを考えていくとのことだ。
また、ダイアログや効果のエンジニアから制作したステムを共有してもらい、それらのレベルに合わせたミックスを施すことも近年はあるという。劇伴は作曲、レコーディングの工程を経る以上、ダイアログや効果よりも作業が後ろになるため、他の2部門が先に仕込みを終えていることが多くなる。逆にレコーディングデータを参考として共有することもあるという。ダビング前にデータを共有しあうことでより精度の高い仕込み作業が可能になる。完成したデータは自身でダビング作業まで担う場合と、選曲(ミュージックエディター)にステムを受け渡しダビング作業に持ち込まれる場合に分かれる。
6:ダビング
各部門がそれぞれ制作した素材がダビングステージに持ち込まれ、制作の最終的なミックスが行われる。期間として約12日ほどの日程の作業工程を一例として挙げよう。
映画はフィルム時代の慣習から20分弱を1ロールとして本編を区切り、ロールごとにダビングを行うという手順が今でも残っている。前半の仕込み日では実際に各素材が組み合わさってダビングされる際のレベル感を確認し、各自修正作業を行っていく。システムやマシンスペックの向上によりダビングでもマルチトラックのセッションデータをある程度そのまま持ち込めるようになったため、ここで修正が発生した際でもすぐに対応できるようレコーディングの別素材などとスムーズな切り替えが行えるセッションとして下準備を行い臨んでいる。ダビングが完了するとプリントマスターが作成され、晴れて映画の完成だ。
7:近年の劇伴制作の潮流
本谷氏によるとまずここ数年の流れとして、ダビングステージ含めスタジオにAvid S6が普及したことにより仕込みとの差異が少なく作業に入ることが可能になったことが大きいそうだ。エンジニアの多くがS6に慣れ始めて作業効率も上がり、Neve DFCのころと比べてミックスセッションからのスムーズな移行と高い再現性が保たれていることが作業における大きな変化となった。
もうひとつがDolby Atmosの登場だ。ポップスの音楽がApple Musicの対応により国内では映画に先行してAtmos化している傾向は、サラウンドが音楽では広まらなかった今までとは違う現象と捉えており、同じく音楽を扱う劇伴エンジニアも音楽エンジニアとノウハウを共有していければという。
また、Dolby Atmosからダウンミックスして作成した5.1chは、初めから5.1chで制作した音源とは同じチャンネル数でも異なる定位やダイナミクス感が得られるため、新たな発見があることも気に入っているポイントだそう。今後、日本映画界においてDolby Atmosが普及するためには、Dolby Atmos Cinemaに対応したスタジオや劇場が増えること、Dolby Atmos= 制作費が高いという業界のイメージが変わることが鍵となると感じられている。本谷氏は早速Dolby Atmosでの制作にも挑戦されている。
📷東映音楽出版が構えるポスプロスタジオ、Studio”Room”。VoやGtを中心としたレコーディング環境と劇伴制作のTD環境を併せ持つフレキシブルなスタジオだ。今年6月に改修が行われ、7.1.4chのDolby Atmos Homeに対応となった。リアサラウンドにはADAM Audio S2V、ハイトには同じくADAM AudioのA7Xを採用。既存の配線も有効活用し、特注のSP設置金具によって既存のスタジオ環境の中にハイトスピーカーが増設された。モニターコントローラーはGRACE design m908を使用。サラウンドのころから導入していたm908のDante接続により、Dolby Atmos化という回線数の増加にも難なく対応することができた。
日本で劇伴制作に携わるエンジニアの数は増えているとお聞きした。また今回触れることができた職種の他にも、多くのプロフェッショナルが日本映画の音を支えている。映画音響の世界は、新しいテクノロジーの登場とそれを取り入れるスタジオや教育の現場によって、技術はもちろん業界の風習も含めて日々発展しているのだ。そのような中で様々なことに取り組み、もっとできることがあることを皆で知っていきたいという本谷氏の姿勢が強く印象に残っている。
東映音楽出版株式会社
本谷 侑紀 氏
84年生まれ。2005年、東映音楽出版・南麻布スタジオルーム入社。2009年「おと・な・り」(監督・熊澤尚人、音楽・安川午朗)で映画劇伴を初担当。以降は主に映画・ドラマの劇伴にレコーディングエンジニア、ポスプロのミュージックエディターとして携わる。近年の主な作品(Rec,Mix&MusicEditorとして参加)に、『シャイロックの子供たち』(本木克英監督、音楽・安川午朗)、『ある閉ざされた雪の山荘で』(飯塚健監督、音楽・海田庄吾)、『リボルバー・リリー(行定勲監督、音楽・半野喜弘)』、『11人の賊軍(白石和彌監督、音楽・松隈ケンタ)』がある。
*ProceedMagazine2024-2025号より転載
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2024/12/09
株式会社角川大映スタジオ様 / 最新かつ最大規模のDolby Atmos Cinemaダビングステージ
『静かなる決闘』『大怪獣ガメラ』『Shall we ダンス?』といったヒット作が生みだされ、近年では高精細ディスプレイを使用したバーチャルプロダクション事業も手がける角川大映スタジオ。国内で唯一、自社に美術部を持つことでも有名な同スタジオだが、意外にもダビングステージの誕生は2011年と比較的最近のこと。このダビングステージにオープンから13年を経てついに大規模な改修が施された。待望のDolby Atmos Cinemaへの対応をはじめ、生まれ変わった本スタジオに込められた優れたノウハウを紐解いていきたい。
待望のDolby Atmos Cinema対応
今回の角川大映スタジオダビングステージ改修においてもっともエポックメイキングな点といえば、何よりもDolby Atmos Cinemaへの対応ということになるだろう。国内では、東映デジタルセンター、グロービジョンに続く3部屋目のDolby Atmos対応ダビングステージの誕生になるが、デュアルヘッド72フェーダーのS6を備えた角川大映スタジオは現時点で最新かつ最大規模のDolby Atmosダビングステージということになる。Dolby Atmosへの対応にあたって新たに天井へのスピーカー設置が必要になるため、遮音壁の内側、スクリーン裏のフロントバッフルを除き、ほぼすべての内装意匠を解体してイチからの工事が実施されているほか、フロントLCRを除くすべてのスピーカー+サブウーファーもDolby社のレギュレーションに基づいて新規導入されるなど、まさに生まれ変わったと言って過言ではない大規模な改修となっている。
📷天井と壁面にずらりと並んだサラウンドスピーカー。「Dolby Atmos Theatrical Studio Certification Program Requirements」に基づいて、サイドが左右壁面に7本ずつ、ハイトが天井左右に7本ずつ、リアが背後壁面6本の合計34本のサラウンドに加え、サラウンド用サブウーファー4本が使用されている。
同じDolby Atmosといっても、家庭での視聴を前提とするDolby Atmos Homeと、映画館での視聴を前提とした制作となるDolby Atmos Cinemaでは、Dolby社のレギュレーションを満たすために求められるスピーカーシステムがまったく異なっている。ベッドチャンネルに対して1対1の関係でスピーカーを配置するDolby Atmos Homeに対して、Dolby Atmos Cinemaでは映画館と同様にディフューズ・サラウンドを使用することで面によるサラウンド環境の再生を行うということになる。家庭よりもはるかに広い映画館においては、視聴する位置による音響体験の差を極力なくすことが求められ、作品の音響制作に関わる最終段であるダビングステージでは、その環境を再現することが必須というわけだ。
📷ダビングステージのフロント、透過スクリーンの裏に設置されたLCRは既存のJBL 5742+サブウーファーJBL 4642Aを残している。LCR用のアンプはステージ裏に別途ラッキングされているのだが、今回の更新に伴い、スピーカーケーブルも試写室と同じBELDENに更新されている。
必要なスピーカーの本数はDolby社の「Dolby Atmos Theatrical Studio Certification Program Requirements」という文書に記されており、部屋の横幅と前後の奥行きに応じて、リアサラウンドとサイドおよびハイトスピーカーの本数が細かく指定されている。今回の角川大映スタジオの場合、サイドが左右壁面に7本ずつ、ハイトが天井左右に7本ずつ、リアが背後壁面6本の合計34本のサラウンドに加え、サラウンド用サブウーファー4本が使用されることとなった。ベース・マネージメント用に設置されたこれらのサブウーファーは天井の四隅から少し内側に入ったあたりに設置された。
既存流用となるフロントのJBL 5742に合わせ、サラウンドスピーカーもすべてJBLで揃えられている。基本的にはJBL 9310が採用されているが、カバーエリアの関係でハイトの一部にはJBL AM5212/00が使用されることになった。カバーエリアやスピーカーの設置角度に関してもDolby社の厳密な規定が存在しているのだが、このレギュレーションで興味深いのは、すべてのスピーカーをミキシングポイントとなる1点に向けるのではなく、一部のサラウンドスピーカーはCMA(Critical Mix Area)と呼ばれるミキシング作業をおこなうエリアの四隅または辺縁に向けるよう指定されている点だろう。このあたりも、シネマ制作ならではの仕様と言えるのではないだろうか。
もうひとつ、Dolby Atmos HomeとDolby Atmos Cinemaの大きな違いをあげるのであれば、ソフトウェア・レンダラーが異なっていることだ。シネマ・レンダラーでは、Cinema roomという、ディフューズ・サラウンドを構成するためのスピーカー・アレイ設定ウィンドウのほか、 レンダラー内部でベースマネジメントを行う機能が搭載されている。シネマ・レンダラーは市販されておらず、手に入れるにはそのダビングステージがDolby社の認定を受けなければならない。ベースマネジメントを除くEQ / Delayといった電気的な補正はBSS BLU-806。角川大映スタジオにとって使い慣れたAudio Architectを使用している。シネマ制作においては、Dolby Atmosだけではなく、従来の5.1や7.1サラウンド制作も当然存在する。そうしたフォーマットの違いごとにプリセットを作成し、作業内容に応じて切り替えて使用する形だ。
📷サラウンドスピーカーは一新され、JBL 9310が新規導入された。 写真上で確認できるように、カバーエリアの関係で天井スピーカーのうち6本だけはJBL AM5212/00となっている。
後に詳述するが、今回の角川大映スタジオのシステム構成はMTRX IIとDanteをフル活用した非常にシンプルなものになっている。A-Chainのすべての音声信号はMTRX IIからDante信号として1本のLANケーブルで出力され、ネットワークスイッチを介してB-Chainの入口となる2台のBLU-806に接続されている。ここで電気的な補正(スピーカーマネジメント)を施された音声は再度Danteネットワークへデジタルのまま送られ、RME M-32 DA Pro II-DでDA処理がおこなわれ ている(Dante 対応モデルは国内非取扱)。DAコンバーターは複数の機種を試したうえで、RMEが選ばれている。DAまでの経路において可能な限りフォーマット変換を避けシンプルなシグナルフローとすることで、個々のサウンドの解像度・明瞭度を向上させたいという想いが反映されたシステム構築となる。
DAされた音声は、Crown IT5000HDとDCi 8|600 DAからなるパワーアンプ群に送られる。フロントLCRとすべてのサブウーファーがIT5000HD、サラウンドスピーカーがDCi 8|600 DAという受け持ちだ。 ちなみにそれぞれ、IT5000HDはAES、DCi 8|600 DAはDanteでも接続されており、M-32 DA Pro II-Dをバイパスした信号を受け取ることが可能。万一、DAまでの経路に不具合があった場合にリダンダントとして機能させることが可能になっている。
📷マシンルームの様子。ダクトの下に見えているのが映写機NEC NC2000C。システムからの映像出しは作業に応じてEX Pro ToolsのVideo Trackと、Media ComposerとのSatellite Linkが併用されている。
国内初導入のPost Moduleを含むデュアルヘッドPro Tools S6
📷CMA全景。KVMはIHSE Dracoを使用したマトリクス方式となっており、どの席からどのマシンでも操作可能だ。
もうひとつの大きな変更点は、AMS Neve DFC GeminiからAvid S6への音声卓の更新だ。素材の仕込み段階からすでに作業の中心となっているPro Toolsとの親和性の高さに加えて、今回の改修におけるテーマのひとつであるクリーンで解像度の高いより現代的なサウ ンドを目指すという方向性が大きな決め手になったようだ。そのS6は、国内のシネマ制作ではスタンダードとなりつつあるデュアルヘッ ド、72フェーダー、5ノブという仕様。日本音響エンジニアリング製作の特注デスクによって設置されている。そして、Dolby Atmos対応ということで、これも国内では多数の導入がある移動可能な特注ボックスに収められたJoystick Moduleを備え、さらに、国内初の導入となったPost Moduleが採用されている。
📷特注デスクに収められた72フェーダーのAvid S6。Master Moduleは盤面の中央に置かれている。一見シングルヘッドに見えるが、左側の離れた位置にふたつめのMaster Moduleが設置されている。
デュアルヘッドは1つのシステムにMaster Moduleが2基ある仕様(システムIDはMaster Moduleに紐づいているため、ライセンスとしては2つのシステムを1箇所で使用しているという形)。S6で1つのMaster Moduleが掴めるのは64フェーダーまでのため、72フェーダーという大規模な盤面を実現するにはデュアルヘッドの採用は必須となる。しかし、それよりも重要なのはデュアルヘッドを採用することで、S6の盤面を完全に2つの異なるエリアに分割することができるということだ。映画制作のダビングにおいてはひとつのシーンで同時に様々な音が鳴るため、セリフ、効果音、音楽のように、それぞれ各グループを担当する2〜3人のミキサーが同時に音声卓で作業をするということが一般的。デュアルヘッドを採用しておけば、どちらのMaster Moduleがどこまでのモジュール列を掴むのかがあらかじめ確定されるため、機能的にも視覚的にも各ミキサーが作業するフェーダーを明確に切り分けることができる。
2つのMaster Moduleの内の1つめは72フェーダーを構成する9モジュールを4:5に分割する位置、つまりサーフェスの中央に設置されているが、角川大映スタジオの大きな特徴は、2つめのMaster Moduleが72フェーダーから約1人分の作業スペースを隔てて離れた位置に設置されていることだ。センターのマスターフェーダーを挟んで左側には、セリフのミキサーが、右側には効果音のミキサーがという想定で構成が組まれている。
📷スタジオエンジニア席には2台目のMaster ModuleやMOM、Clarity Mなどのユーティリティ関連機器が置かれている。
この、2つめのMaster Module付近はスタジオエンジニアの作業スペースとして想定されており、ここに国内初の採用となるS6 / S4 Post Moduleが並べて配置されている。このPost Moduleだが、その名称とは異なり、いわゆる国内で言うところのポストプロダクションというよりは映画ダビングに特化した機能を持ったモジュールだ。 モジュールにはトグル切り替えが可能なパドルが並んでおり、これでダバーへ流し込まれる各ステムの再生 / 録音をワンタッチで切り替えることができる。また、S6システムにPost Moduleが含まれていると専用のメーターを表示することができるのだが、このメーターではメインのアウトプットに加えて、 各プレイアウトからの出力を一覧で監視することができる。ちなみに、Post Moduleの前方に設置されたDisplay Moduleはデスクに直接挿さっているのではなく、イギリスのスタジオ家具メーカーであるSoundz Fishyが製作しているS6 Lowered Displayというアタッチメントを使用してデスクに埋め込まれている。デスクはその他モジュールが埋め込まれた部分と同サイズで製作されているので、例えばMaster ModuleとPost Moduleの位置を入れ替えるようなことも可能になっている。
📷左)Master Moduleの左下にあるのが国内初導入となったPost Module。DFCに搭載されていたパドル式のRec / Play切り替え機能を提供するほか、各Macからのアウトプットを監視できる専用メーターをS6に追加する。右)デスク同様、日本音響エンジニアリング製作の特注ボックスに収められたJoy Stick Module。CMAを移動しながら試聴できるよう、ケーブルも延長されている。
MTRX IIが実現したSimple is Bestな機器構成
今回のダビングステージ改修にあたっては、システム設計においても解像度の向上がひとつのテーマとなっている。そのための手法として検討されたのが、システムをシンプルにすることでシグナル・パスを最短化するというものだ。
AMS Neve DFC GeminiやEuphonix System 5といったDSPコンソールからAvid S6への更新においては、大きく分けてふたつの方針が考えられる。まずは、ミキサー用のPro Toolsシステムを導入し、S6を従来のコンソールと同じくミキサーとして使用する方法だ。プレイアウト用の各Pro Toolsからの信号はいったんミキサーを担うPro Tools MTRXに集約され、これに接続されたPro ToolsをS6で操作することでDSPコンソールを使用していた時と同じ、再生機→ミキサー→録音機、というワークフローを再現できるだけでなく、必要に応じてPro Tools内でのインボックス・ミキシングも活用することができるが、当然システム規模は大きくなり、その分信号経路も複雑になる。
角川大映スタジオが採用したのはもうひとつの方針、各プレイアウトPro Toolsが1台のMTRX IIを介しダイレクトにDubber Pro Toolsに接続される構成だ。システムの構成をシンプルにすることで 、音声信号は異なる機器間での受け渡しや、それに伴うフォーマット変換によるロスを最小限に抑えながら、最短経路のみを通ってB-Chainまで到達することができる。
📷左)マシンルームに設置されたラック群。画像内左から2架がプレイアウトPro Tools関連、一番右がB-Chain関連のラックとなっており、その間にはMedia Composerやパッチ盤がラッキングされている。中)B-Chain関連ラック。そのサウンドが高く評価され採用されたRME DA 32 Pro II-D、スピーカーマネジメントを担うBLU-806のほか、Dante信号をヘッドホン出力用にDAするTASCAM ML-32D、ユーティリティとしてMADI-AESコンバーターADI-6432やRME DA/AD 32 Pro II-Dなどがあり、足元にはサラウンドスピーカー用のパワーアンプ類が設置されている。右)Dubber / EX Pro Toolsシステム(右)とRMUのラック(左)。左下にMTRX IIが2台見えるが、2台目は予備機として導入されており、本線はすべて1台目のMTRX IIに接続されている。
ダビングステージに限らず音声を扱うスタジオの機器構成にあたっては、いくらシグナル・フローをシンプルにしたいといっても、Pro Toolsからの信号だけを出せればよいわけではなく、ハードウェア・エフェクターや持ち込み機材などの外部機器との接続、メーターやヘッドホンへの出力などの様々な回線が本線の音声信号系統に加えて必要となる。そうした多数のデジタル信号を同時に扱うことを可能にしているのがPro Tools MTRX IIだ。初代MTRXではDanteがオプション扱いだったため、ダビングステージのような大規模なシステムを初代MTRXで実現しようとした場合は、オプションカード・スロットをほかの拡張カードと取り合いになってしまうという課題があった。どうしても2台のMTRXが必要になってしまう。MTRX IIでは初代でオプション扱いだったDante I/O(256ch)とSPQ機能が本体に標準搭載されたことで、7基のDigilink I/O CardでPro Tools接続したとしても、その上でMADI 3系統(本体1系統、オプションカード2系統)とDante 256chという豊富な数の回線を外部とやり取りすることができたというわけだ。
角川大映スタジオでは、プレイアウトとしてDialogue、Music、SE-1、SE-2、EX、そしてレコーダーとしてDubberが1台からなる合計6台のPro Toolsシステムが運用されている。すべてMac Proによるシステムで、EXがHDX2仕様、その他はすべてHDX3仕様となっており、HDXカードからDigiLinkケーブルで1台のMTRX IIに直接接続されている。DialogueとDubberがHDX2枚分(128ch)、Music・SE-1・SE-2がHDX1枚分(64ch)ずつ、MTRX IIのオプションスロットに換装された7枚のDigilink I/O Cardにつながっており、EXはMTRX II本体の2基のDigiLink ポートに接続されている。MTRX IIの残り1基のオプションスロットにはMADIカードがインストールされており、オンボードのMADIポートと合わせて、RME製 MADI-AD / DA / AESコンバーターを介してアナログ / デジタルのパッチに上がり、アウトボード、持ち込み機器の接続用のトランク回線として使用されている。DanteはB-Chainへの送り出しのほか、TASCAM ML-32Dを介してメーター送りなどの回線として使用されている。
MTRX IIのもうひとつの特徴が、国内では2023年秋頃からリリースされているThunderbolt 3モジュールだ。オプションカード・スロットとは別に用意されたスロットに換装することで、Mac-MTRX II間で256chの信号をやり取りすることが可能になる。Thunderboltと聞くと思わず「MTRX ⅡがNative環境でも使える!」という発想になりそうだが、今回のシステム設計においては、RMUの接続をPro Toolsが接続されているMTRX Ⅱへダイレクトに接続することができるということになり、RMU用のAudio I/Fが不要になる。つまり、RMUを含めたすべてのPCがダイレクトに1台のMTRX IIに接続することができる、ということになる。
RMU含め7台のPCからの640chの信号と、ユーティリティーのDante、MADIの320chという信号を1台で取り扱っていることとなる。すべてをこのMTRX IIに集約することで、非常にシンプルなシステム構築となっていることがおわかりいただけるだろう。
各Mac Proには、持ち込み機材用の入出力やヘッドホンアウトを確保するためのI/Oも接続されているが、ダビング作業における音声信号の本線としては、5台のプレイアウトと1台のDubber、そしてRMUという7台のMacが1台のMTRX IIに集約されており、そして、 このMTRX IIからDante1回線ですべてのアウトプットがB-Chainへと出力されている。スペックとして理解はしていたが、実際に現場で動いているところを目の当たりにすると、MTRX IIの柔軟性と拡張性の高さに改めて驚かされる。
同期を制する者は音を制する!?
📷DXD-16 から出力された10MHzクロックはDCD-24でWordとしてリジェネレートされ各機器へ。10MHzクロックはすべてのSync XがDXD-16からダイレクトに受けている。
今回のダビングステージ改修にあたって、角川大映スタジオがこだわったもうひとつの点が同期系統の刷新だ。このダビングステージでは、24fpsだけではなく23.97fpsなどの様々なフレームレートを持った動画素材を扱う機会があり、音声ファイルにしてもダイアログは48kHz、音楽は96kHzなど複数のサンプリング周波数の素材を同時に扱う場面は多い。こうした状況となる中、多数の機器へ異なるフォーマットの同期信号を1箇所で管理できるようなグランドマスターが求められていた。
そこで採用されたのが、Brainstorm DXD-16。国内では放送局への導入が多い機材だが、ハウスシンクのマスターとしてだけではなく、GPSクロックを受けてのPTP出力が可能ということから中継現場で採用されるケースも多い。受けのMTRX II、出しのDXD-16とでも言うべきか、音声システムにおけるMTRX IIと同様、DXD-16もあまりにも多機能・高機能であるため、その特色を簡潔に解説することは難しい。GPSクロック、PTP v1/v2、10MHz、Video Reference、WC、マスターにもスレーブにもなれるなど、およそクロックに求められる機能はすべて備えていると言っても過言ではない。
実は今回の改修における機材選定にあたっては、B-Chainの音質に大きな影響を与えるDAコンバーターはもちろんだが、マスタークロックの試聴デモも実施されている。国内で入手できるほとんどのマスタークロックを試聴した結果、DXD-16が選ばれたというわけだ。ワークフローの効率化と解像度の向上を高い次元で両立したいという強い熱意を感じるエピソードではないだろうか。国内で入手できるPTP対応機器の場合、GPSシグナルが必須という機器が多く、自身で同期信号を生成するジェネレーターとしての機能を持たないものが多いのだが、DXD-16は自分自身がマスタージェネレーターとなることが可能で、角川大映スタジオではその精度をさらに上げるために内部の発信機をOCXOにグレードアップするオプションを追加している。
角川大映スタジオのダビングステージではこのDXD-16のインターナルOCXOをマスターとして、10MHz、1080p/24fps・NTSC/29.97fpsのVideo Reference、48kHz AES、96kHz WCの全信号を同時に出力しており、DanteネットワークのPTPマスターとしての機能も担っている。
このダビングステージで特徴的なのは、音質の向上を意図して10MHz信号が大きく活用されているところだろう。DXD-16は16個の各出力から同時に異なるフォーマットの同期信号を出力できるのだが、そのうちの半数である8系統を10MHzに割いている。1つはパッチに上がっており、もう1系統はBrainstorm DCD-24に接続、システムへのWCはここで再生成して分配されている。そして、残る6系統はすべてAvid Sync Xにダイレクトに接続され、各Pro Toolsシステムの同期を取っている。SYNC HDからSync Xへの進化において、この10MHz信号への対応は非常に大きなポイントだ。10MHzでPro Toolsシステムの同期を取るというのは、システム設計の段階で今回角川大映スタジオが大きなポイントとしていたところだ。
居住性にもこだわった「和モダン」な内装
📷フロント側から見たダビングステージ全景。明るく柔らかな印象を湛えた仕上がりになっているのがお分かりいただけるだろう。もちろん、試写時には照明を落とし、映画館と同様に部屋を暗くすることが可能だ。
📷組子細工が取り入れられた室内照明。結果的に反射面を減らすことにもつながり、音響特性にも一役買っているという。
今回の改修にあたっては、Dolby Atmos Cinema対応や音の解像度向上といったサウンド面だけではなく、居住性の高さも追求されている。内装工事と音響施工を担当したのは日本音響エンジニアリング。 ダビングステージというと、黒やチャコールといった暗い配色の部屋をイメージすることが多いと思うが、生まれ変わった角川大映スタジオのダビングステージは非常に明るく開放的な雰囲気に仕上げられている。作品によっては1、2週間こもるということも珍しくないということで、長期間にわたる作業になっても気が滅入ることのない居心地のよい空間にしたかったのだという。「和モダン」をコンセプトにデザインされた部屋の壁面には日本伝統の組子細工を取り入れた照明が配されており、暖かな色合いは訪れる者をやさしく迎え入れてくれるようだ。壁面に灯りがあることで圧迫感のない開放的な空間を演出するとともに、日本音響エンジニアリングによれば、組子構造が透過面となることで結果的に音響的な寄与もあったそうだ。
Avid S6の設置は特注デスクによるもので、こちらも日本音響エンジニアリングによる製作。フェーダー面とデスク面が同じ高さになるようにS6が埋め込まれている形で、すでに述べた通り2つめのMater Moduleが離れたアシスタント席に設置されているのが特徴だ。この特注デスクは木材のもともとの色合いを生かしたナチュラルなカラーで、従来のイメージと比べるとかなり明るい印象を受ける。こうしたところにも、明るくあたたかな空間にしたいという強い想いを感じる。
📷左)特注デスクに据え付けられたメーター台。VUメーターと並ぶのはいまだに愛用者の多いDK Technologies。 右)床面やデスク天板は明るい配色であるだけでなく、天然の木目を生かした意匠が心に安らぎを与える。
角川大映スタジオには以前のダビングステージと建築面で同じ構造の試写室があるのだが、試写室には客席があるため、以前のダビングステージに比べて少し響きがデッドになっており、音の明瞭度やサラウンドの解像度という点でダビングステージよりも優れているように感じていたという。今回の改修にあたって、この響きの部分を合わせたいというのも音響における角川大映スタジオの希望だったようだ。
今回はDolby Atmosへの対応ということで、従来は存在しなかった天井へのスピーカー取り付けが必要であり、加えてDolby Atmosに最適な音響空間にするためにスクリーンを含むフロント部分以外は遮音層の内側はほぼすべて解体、吸音層もイチからやり直しということで工事の規模は大きかったが、却って音響的な要望には応えやすかったようだ。明瞭度を向上させつつも必要以上にデッドにならないよう、低域のコントロールに腐心したということで、壁面内部の吸音層の一部にAGSを使用するなどの処置が施されている。壁の内部にAGSが使用されている例は珍しいのではないだろうか。
📷株式会社角川大映スタジオ ポストプロダクション 技術課 竹田直樹 氏(左)、同じく山口慎太郎 氏(右)。システム設計においては主に竹田氏が主導し、現場での使いやすさや内装デザインなどは山口氏が担当された。
文字通り最新のテクノロジーをフル活用しシンプルな機器構成で大規模なシステムを実現しているマシンルームとは裏腹に、居住性を重視した和モダンな内装となった角川大映スタジオダビングステージ。待望の国内3部屋目となるDolby Atmos Cinema対応も果たした本スタジオで、これからどのような作品が生み出されるかが楽しみだ。それだけでなく、Dolby Atmos Cinema制作のためのダビングステージが増えるということは、国内におけるDolby Atmos作品の制作を加速させるという意味も持つ。今回の改修が国内のコンテンツ産業全体へ与えるインパクトの大きさも期待大だ。
📷ダビングステージがあるポストプロダクション棟。手前の建物1Fの食堂では、新旧ガメラを見ながら食事ができる。
*ProceedMagazine2024-2025号より転載
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2023/12/28
maruni studio様 / studio m-one 9.2.6chイマーシブ構築、マルニビル改装工事の舞台裏
取材協力:株式会社エム・ティー・アール
ライブの映像コンテンツやMVをはじめ、CM、企業VP(=Video Package)など、音楽系を中心に幅広いポストプロダクション業務を手がけるマルニスタジオ。長年に渡りレコーディングスタジオとポスプロの両方を運営していた関係で、音楽系の映像コンテンツが全体の6割程度を占めるという。今年3月にリニューアルオープンされた同社所有のマルニビルは、その目玉として地下一階にDolby Atmos対応のサウンドスタジオ「studio m-one」を構えた。Musikelectronic Geithainの同軸スピーカーで統一された9.2.6ch構成のイマーシブサラウンド環境は見た目としても圧巻だが、商用スタジオとしても利用する多くの方にとって快適な環境となるよう、様々な工夫が取り入れられているという。
スケルトンから行ったリニューアル
目黒区青葉台、目黒川に程近い住宅街の一角に佇む自社所有のマルニビルは、およそ30年に渡りこの地でレコーディングスタジオとして運営されてきた。また、青葉台には当初からポスプロ業務をメインとしているもう一つの拠点が今も存在している。そして2020年3月、突然訪れたコロナ禍が世の中の動きを止めてしまったのと同様に、コンテンツ制作もしばらくの間停滞期を迎えることになる。そこで持ち上がったのが、両拠点をポストプロダクション業務に統一するというプロジェクトだ。その後社内協議を経て、自社ビルであることのメリットを活かし、全フロアを一度スケルトンにして再構築する改装工事実施を決断。2022年6月より工事がスタートし、数々の難局を乗り越えながら今年3月リニューアルオープンの運びとなった。
今回の改装工事の舞台裏はどのようなものだったのだろうか。スタジオマネージャー兼MAミキサーの横田智昭氏、MAミキサーの沖圭太氏にお話を伺ったところ、これからイマーシブ対応のスタジオを作りたいと考えている方にとって参考になるであろう、理想的なスタジオ構築へのヒントが見えてきた。
株式会社丸二商会
MARUNI STUDIO
Studio Manager
Chief Sound Engineer
横田智昭 氏
株式会社 丸二商会
MARUNI STUDIO
Sound Engineer
沖 圭太 氏
ROCK ON PRO(以下R):今回のスタジオリニューアルの最初のきっかけは何だったのでしょう。
横田: 率直な話、コロナ禍に突入してレコーディングの業務、スタジオで音を録るという仕事は停滞していた一方で、そういった中でもポスプロ業務の方は順調に稼働していました。そこで、このタイミングでポスプロ業務と拠点を統一しリニューアルしようという提案が社内から挙がったんです。
R:その後、具体的な計画や機材選定が始まったのではないかと思いますが、どのように進めていったのでしょう。
横田: このビルは自社ビルで、さらに吹き抜けがあり広く空間がとれる利点があったのですが、スケルトンまでできるという予算を確保できたのが一番大きかったですね。それが実現したからこそ、スタッフ全員で自由に考えられました。タスクの洗い出しというよりは、「自由にできるからこそ、どうレイアウトしていくのか?」というのを決めていくのが大変でした。あれこれ詰め込みすぎると予算が追いつかなくなったりして。
沖:この段階から冨岡さん(株式会社エム・ティー・アール 冨岡 成一郎氏)に相談でしたね。私はマルニと冨岡さんをつなぐ連絡担当だったのですが、無茶を言ってもレスポンスよく対応してくださいました。あと、実はスケルトンの話が出てくる前に、地下一階ではなく二階でやろうという話もありました。しかし検討していくと天井高も取れないし…ど〜にもならん!と(笑)。商業的に成り立たない、というのが分かったからこそ、思い切って「スケルトンからやろう!」という方向をみんなで向くことができたのは大きかったです。
R:では、リニューアル時にDolby Atmos対応というのは当初からお考えだったということですね。
横田: それは最初から考えていました。ポスプロのスタジオに転向するならAtmos対応にしたいと。
リニューアルが解決したポイント
📷著名な建築家によってデザインされたというこのマルニビルは、コンクリート打ちっぱなしの内壁のクールさと、階段などに見られるアール(曲面)の造形が生み出す人間的な温かみの対比がなんとも美しく印象的だ。
R:この新たなスタジオで解決された、以前からの課題はありましたか?
横田: MA室の場合、クライアントの方が大勢いらっしゃることがあります。中には、当然別の仕事も対応しながら立ち会われるということもありますが、コントロールルームの中ではそれを遠慮がちにされているのもこちらとしては心苦しかったんです。そこで、隣の前室にテレビとソファを用意して、そちらでもコントロールルームと同じ環境の音と画を流すことができるようにしました。クライアントの皆さんが別件対応を前室でしていても、コントロールルームの中で制作がどう進行をしているのかをすぐに確認できるという環境にしています。
また、コントロールルーム内とは別の場所で冷静に画音をチェックできるスペースができたというのは、従来の雑多になりがちな作業環境からすると改善されたポイントです。これは、他のMA室にもなかなか無い部分ではないかと思っています。あとは、極力スタジオ内のモノを減らす、ということですね。見ていただいて分かる通りかなり少ないと思います。音響面も含めてダイレクトな音を重視したいというのはずっと思っていて、卓上のものもなるべく小さくしました。
R:そうですよね、シンプルで洗練された印象を受けました。
📷前室にはDolby Atmos対応のサウンドバーSonos Beamを配置し、テレビのeARC出力からオーディオチャンネルを受けることでシンプルな配線を実現している。
📷優先的に導入したというTorinnov Audio D-MON、そしてDolby Atmos対応AVアンプDENON AVC-X6700Hなどが配置されたラック。
沖:機材的な話で言うと、最初の段階から決まっていたものとしてTorinnov Audio D-MON の導入がありました。これまでのMA室は15年くらい使っているのですが、経年変化もあり音を調整したいタイミングも出てきました。その調整幅が少ないというのはスタジオを長く使っていく上で、言わば足かせになってしまう、というのをすごく感じていたので、スタジオを作って今後も長く使っていけるようにしたかったんです。もちろんアコースティックな部分での調整を追い込むのも大事ですが、プラスして電気的に調整できる「伸びしろみたいなものを取っておきたい!」ということもあって、コストは高くついても「そこだけは譲らない!」というのはありまして、何も考えずに最初に予算に組み込みました(笑)。
R:もちろん出音の改善の意味もあるかと思うのですが、長く使っていく上でメンテナンス性をもたせる意味で導入されたのですね。
沖:当初はそうでしたが、結果的にAtmosの調整にもすごく良い効果が出ていますよ。
17本のMusikが表現する9.2.6ch
R:最初の段階から導入を決めていたものは他にもあるのでしょうか。
横田: 見ての通り、ムジークですね。この901のフロントのLCRは元々レコーディングで使っていたものなんです。これが、レコーディング用途であったとはいえ、私たちも当然よく聴き込んでいて素直にいいなと思わせるサウンドでした。そこで「せっかくあるこの901を活かして全てを組めないか?しかも9.2.6chという形で…」と冨岡さんにも相談させていただいて。そこもこだわりと言えばこだわりです。
R:では、慣れ親しんでいたスピーカーでイマーシブの作業も違和感も無く進められたと。
横田: そうですね。ただ、17本もあると…スゴいんだな、と(笑)。なかなか暴れん坊の子達なんですが、Torinnovが上手くまとめてくれています。
R:今回、9.2.6ch構成にされたのはどういった理由でしょう。
横田: それは僕がここを作る以前に、外部のスタジオで取り組んでいた作品が影響していて、そこでは9.2.4chで作業を行なっていました。その時にワイドスピーカーの利点について使用前と使用後を比較した時に、新しいスタジオを作るのであれば、トップを4chとするか6chとするかはさておき、平面9chはマストだな、と。中間定位が作業上すごく判断しやすい。そこを7.1.4chと比較するとやはり定位がボケる部分が出てくるんですね。結果的に7.1.4chで聴かれている環境があったとしても、制作環境としてはこの部分が物理的に分かると作業がスムーズになってくるというのがありました。
📷Topの6chにはmusikelectronic geithain RL906を採用。スケルトンからの改装により3.1mという余裕ある天井高が確保された。
R:トップスピーカーはどのように活用されていますか?
横田: トップ6chに関しては、トップの真ん中にスピーカーを置くというのは、正直最初は「要るのかな?」とも思っていたんですが、ついこの間、その効果を実感できる機会がありました。Atmosの作業を行なっていた時に雷を落とすシーンがあったんです。部屋の中でのプロジェクションマッピングになっていて、長方形の箱の中でどこからともなくワーッと雷が落ちるシーン。それを音楽の曲中の間奏に入れたかったんです。上方向の定位は分かりづらいものですが、その時の雷の音の定位が非常に分かりやすかったんです、トップの真ん中があることによってすごくやりやすさを感じました。そうしたものを作る上で定位をきちんと確認できるっていうのは良かったなと最近になって実感しています。
R:今回AVID S1を選択されたのはどのような理由からでしょう。
沖:MAという作業柄、フェーダーを頻繁に使う訳ではないので、8chもあれば十分なんです。あとは、卓ごと動かせるようにしたかったというのと、反射音の影響を極力減らすため、スタジオ内のあらゆるものをできるだけコンパクトにしました。S3じゃなくS1というのもそこからです。
横田: やはり、スイートスポットで聴かなければ分からないじゃないですか。中には卓前に座ることに抵抗があるというクライアントの方も意外と多くいらっしゃいます。だったら卓側を動かしてしまって、そこにソファや小さなテーブル、飲み物などを置いて落ち着ける環境にしてしまえば、ど真ん中で聴いていただけるかなと思いました。
📷マシンルームからのケーブルを減らすため、必要最低限かつコンパクトな機器類で構成された特注のデスク。中央にはAVID S1が埋め込まれている。
R:フロアプランに関して、他にも案はありましたか?
横田: リアやサイドのスピーカーをどのように配置できるかというところをしっかり検討して、これはすごく上手くいったと思います。サラウンドサークルのことだけを考えるとクライアントの邪魔になってしまうことがありがちです。それを、しっかりイマーシブ環境にとっての正確な配置を考えつつ、クライアントも快適に過ごせるということを、僕らの意見だけではなく営業サイドの意見も豊富に取り入れてこだわって考えました。
沖:この部屋はあえてMA室とは呼んでいません。コンセプト段階で「MA室を作るのか?」それとも「レコーディングの人もMAの人も使える部屋を作るのか?」という議論がありました。前室のスペースもいっぱいまで使って、3列ディフューズのいわゆるMA室的な部屋を作ろう、というアイデアと、ITU-Rのサラウンドサークルにできるだけ準拠した完璧な真円状に配置しようというアイデアがありまして、そこで色々話し合って揉んでいく中で今の形に落ち着きました。レコーディングの方もMAの方も皆が使える部屋となったので、より広い用途に対応できるという意味合いでもあえてMA室とはせず「studio m-one」としています。
📷将来的なシステム拡張にも柔軟に対応できるAVID MTRX。B-Chainの信号はモニターコントローラーのGrace Design m908を経由し、Torinnov Audio D-MONへと接続されている。
レコーディングとMAを融和するイマーシブ
R:現場の方々から見てDolby Atmos以外の規格も含めてイマーシブ需要の高まりというのは感じますか?
横田: 確かにエンドユーザー的には広がってきているかな、という感覚はあります。そこから「スタジオを使ってもらうようにするにはどうするか?」っていうのがもう一つのテーマであったりもするので、私たちがどうやって携わっていくかというのは毎日考えていることではあります。音楽作品については、いくつかのアーティストがだんだん作り始めているような状況なんですが、これもやってみて思うのは、ノウハウがものすごく大事な部分でもあるし、発注する側からしてもある意味「未知」ではある状態です。「面白そうだけど、どういうふうにすればいいの?」とか、「どういう風にやるの?」とか、「時間はどれだけかかるの?」といった部分がまだまだ分かりづらい状況だと思います。
R:手探りなところは聴き手もそうですよね。
横田: だからこそ、私たちはいいスタジオを作らせてもらったので、これをどう活用していくか、イマーシブのニーズにどう参入していけばいいのかというのは常日頃から営業陣とも話し合っています。そこで、先日取り組んでみたのが企業系のVPコンテンツで、このstudio m-oneでAtmosを体験していただいたのをきっかけにお声がけをいただいて、VPをAtmos化するということを実験的にやらせていただきました。
他にも企画段階から携わって、「カメラアングルこういうのはどうですか?」とか「背景にこれがあるとこういう音が足せるので、こんな空間ができますよ」とか、「こういう動きで…」「俯瞰から撮ると…」とかカメラマンさんとも打ち合わせをさせていただいて、それに対して僕らが効果音をつけて制作してみたというケースもあります。クライアントは、さまざまな企業のコンテンツを受注する制作会社なのですが「どういう風に世に出していいかっていうのはちょっとまだ悩むけれども、できたコンテンツとしてはすごく面白い」という評価で、受注の段階でAtmosの表現もできると提案してみようかという流れも生まれてきているようです。そうなると、これまでAtmosとは無縁と思われた企業の方にも、商品だったり、システムだったり、それが例えば「空間」を表現することでその価値観が高まりそうな商品にはAtmosのような規格がとても効果的だ、と知っていただける機会も増えてきそうです。
R:制作はもちろん、営業面でも広がりを見せそうですよね。
横田: 先ほどの話もありましたが、あえてMA室とは呼んでいません。これまで、サラウンド制作はどちらかというとMAやダビングの世界の話で、言ったら我々には親しみがある分野でした。そこに空間オーディオが出てきてレコーディングの方が一気にAtmosへ取り組む機運が高まると、レコーディングの人たちとMA的なやり方を話すようになってきたんです。そういう時に、我々が今までやってきたサラウンドの話が活きてくる。これまではレコーディングとMAの間に垣根のようなものが感じられていたんですが、空間オーディオのスタートによってその境目が混ざってきた感覚です、これからもっとそうなっていくと思います。studio m-oneもせっかく作るなら、そのどちらにとっても垣根がないスタジオにしたかったというのが最初の展望です。Atmosへの関心にかかわらず、どのような方にでも使ってもらえるような部屋にしたいですね。
📷中央のデスクを移動させ、椅子とサイドテーブルを置くと極上のイマーシブ試聴環境へと早変わりする。この工夫により、クライアントがスタジオ中央のスイートスポットでリラックスして試聴してもらえるようになったという。「卓前で聴いてもらうのが難しいのであれば、卓ごと動かせばいい」、そうした逆転の発想から生まれたまさにクライアントファーストな配慮である。実際にこの場でライブの音源を試聴させていただいたが、非常に解像度の高いMusikサウンド、そしてTorinnov Audio D-MONによる調整の効果も相まって、良い意味でスピーカーの存在が消え、壁の向こう側に広大な空間が広がっているかのように感じられた。
●Speaker System
Dolby Atmos Home 9.2.6ch
L/C/R:musikelectronic geithain | RL901K
Wide/Side/Rear:musikelectronic geithain | RL940
Top:musikelectronic geithain | RL906
Sub:musikelectronic geithain | BASIS 14K×2
スタジオ設立30周年を迎える節目に、ポスプロ業務への一本化という新たな変革へと踏み出したマルニスタジオ。スケルトンからの改装は自由度が高い反面、決めるべきことも増えるため数々の議論が行われてきた。その際に、技術スタッフの意見はもちろん、営業陣の意見にもしっかりと耳を傾けることで、クオリティの高い制作環境を担保しつつ、クライアントを含めた利用する全ての人にとって居心地の良い空間デザインが実現された。あえてMA室と呼んでいないことからも伝わってくる、制作現場における様々な垣根を取り払い、人との対話を重視しながらより良い作品を作っていこうという姿勢には個人的に深い感銘を受けた。このstudio m-oneから、また一つ新たなムーブメントが拡がっていくのではないかという確かな予感を抱かずにはいられなかった。
*ProceedMagazine2023-2024号より転載
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2023/12/26
株式会社三和映材社 様 / MAルーム『A2』〜大阪の老舗ポスプロが、これからの10年を見据えてMAルームをリニューアル〜
Text by Mixer
CMや企業VPといった広告案件を数多く手がける大阪の老舗ポスト・プロダクション、株式会社三和映材社が本社ビル内にあるMAルーム『A2』をリニューアルした。長らく使用されてきたヤマハ DM2000はAvid S4に入れ替えられ、モニター・スピーカーはGenelec The Ones 8331Aに更新。システム的にはシンプルながら、8331AとPro Tools | MTRXはAESで接続されるなど、音質 / 使い勝手の両面で妥協のないMAルームに仕上げられている。今回のリニューアルのコンセプトと新機材の選定ポイントについて、株式会社三和映材社 ポストプロダクション部所属のサウンド・エンジニア、筒井靖氏に話を訊いた。
大阪の老舗ポスプロ:三和映材社
大阪・梅田から徒歩圏内、新御堂筋沿いにスタジオを構える三和映材社は、1971年(昭和46年)に設立された老舗のポストプロダクションだ。映画の街:京都で、撮影機材のレンタル会社として創業した同社は、間もなくビデオ機材や照明機器のレンタル業務も手がけるようになり、1980年代にはポストプロダクション事業もスタート。同社ポストプロダクション部所属の筒井靖氏によれば、1985年の本社ビル新設を機に、ポストプロダクション事業を本格化させるようになったという。
「本社ビルは、1階が機材レンタル、3階が撮影スタジオ、5階が映像編集室、6 階が映像編集室とMA ルーム、7階がレコーディング・スタジオという構成になっていて、撮影から映像編集、MA、さらには音楽制作に至るまで、映像コンテンツの制作がワン・ストップで完遂できてしまうのが大きな特色となっています。手がけている仕事は、CMや企業さんのPRが8〜9割を占めています。製品紹介や会社紹介のビデオですね。CMと言っても、昔はテレビがほとんどだったのですが、最近はWebが多くなっています。最近は自分たちで映像編集されるお客様も増えてきたので、MA やカラコレ、合成、フィニッシングだけを弊社に依頼されるパターンも増えていますね」
📷株式会社三和映材社 ポストプロダクション部 サウンド・エンジニア 筒井 靖 氏
本社ビル内の施設は、映像編集室が3部屋(Autodesk Flame ×2、Adobe Premiere Pro ×1)、MAルームが2部屋、レコーディング・スタジオが1部屋という構成で、その他に別館にもボーカル・ダビングなどに使用できるコンパクトなスタジオが用意されているとのこと。2部屋あるMAルームは、フラッグシップの『A1』が5.1chサラウンドに対応、今回リニューアルが実施された『A2』はステレオの部屋で、どちらも1985年、ビルが竣工したときに開設されたという。
「音響設計は、日東紡さん、現在の日本音響エンジニアリングさんにお願いしました。ルーム・アコースティックは基本開設時のままで、その後は痛んだファブリックを張り替えたくらいですね。機材に関しては、『A1』はAMEK AngelaとStuderの24トラック・マルチの組み合わせでスタートし、1993年に卓を7階のレコーディング・スタジオで使用していたSSL 4000Eに入れ替えました。現在の卓は2006年に導入したSSL C300で、かなり年季が入っていますが、今年に入ってからフル・メンテナンスしたので今のところ快調に動いています。
一方の『A2』は、当初は選曲効果の仕込みで使うような部屋だったので、最初はシグマのコンパクト・ミキサーが入っていたくらいでした。その後、『A1』に4000Eを入れたタイミングで、現在のDAWの先駆け的なシステムであるSSL Scenariaを導入し、本格的なMAルームとして運用し始めたんです。Scenariaは、関西一号機のような感じでしたが、映像もノンリニアで再生できる革新的なシステムでしたね。Avid Pro Toolsを導入したのは2006年のことで、『A1』と『A2』に同時に導入しました。『A2』のメイン・コンソールは引き続きScenariaで、Pro Toolsはエディターとして使うという感じでした。映像は、ソニーのDSR-DR1000というディスク・レコーダーを9pinでロックして再生するようになったのですが、あれはワーク上げしながら再生できる画期的なマシンでした。その後、いい加減Scenariaも限界がきたので、2010年にヤマハ DM2000に更新した経緯です。」
S4は使い慣れたARGOSY製デスクに収納
📷もともとはDM2000用として設置されていたARGOSY製のスタジオ・デスクをサイド・パネルを取り外すことで使用。今回導入したAvid S4がきれいに収められた。
そして今年5月、三和映材社はMAルーム『A2』のリニューアルを実施。Pro Tools周りを刷新し、オーディオ・インターフェースとしてAvid Pro Tools | MTRXを新たに導入、長らく使われてきたDM2000はAvid S4に更新された。筒井氏によれば、約2年ほど前にリニューアルの計画が持ち上がったという。
「一番のきっかけは、Pro Tools周りとDM2000の老朽化ですね。弊社の仕事は修正 / 改訂が多いので、どちらの部屋でも作業ができるように、Pro ToolsやOSのバージョンをある程度揃えるようにしているんです。しかし以前『A2』に入っていたMac Proがかなり古く、それが足枷になってPro Toolsをバージョン・アップできないという状態になっていたんですよ。せっかくPro Toolsは進化しているのに、互換性を考慮してバージョン・アップせず、その恩恵を享受しないというのはどうなんだろうと。それでDM2000もところどころ不具合が出ていたこともあり、約2年前からリニューアルを検討し始めました」
DM2000に替わる『A2』の新しいコントロール・センターとして選定されたのが、16フェーダーのS4だ。S4は、CSM×2、MTM×1、MAM×1というコンフィギュレーションとなっている。
「作業の中心となるPro Toolsが最も快適に使えるコンソールということを考え、最終的にS4を選定しました。DM2000やC300のようなスタンドアローン・コンソールには、何か“担保されている安心感”があって良いのですが(笑)、最近はPro Toolsがメインになっていましたので、もはやコンソールにこだわることもないのかなと。一時期はコンソールをミックス・バッファー的に使っていたこともあるのですが、次第にアウトボードすら使わなくなり、完全にPro Toolsミックスになっていましたからね。
ただ、唯一心配だったのがコミュニケーション機能とモニター・セクションだったんです。以前、ICON D-Controlシステムで作られたセッションを貰ったときに、モニターを作るためのバスがずらっと並んでいたことがあって、そういった部分までPro Toolsで作らなければならないのはややこしいなと(笑)。しかしPro Tools | MTRXの登場によって、コミュニケーションとモニター・コントロールというコンソールの重要な機能をPro Toolsとは切り離して実現できるようになり、これだったらコントロール・サーフェスでもいいかなと思ったんです。Pro Toolsで行うのは純粋な音づくりだけで、環境づくりはPro Tools | MTRXがやってくれる。今回のシステムを構築する上では、Pro Tools | MTRXの存在が大きかったですね。
コントロール・サーフェスを導入するにあたり、S6やS1という選択肢もあったのですが、最終的にS4を導入することにしました。Dolby AtmosスタジオであればS6がマストだと思うのですが、ここはステレオの部屋ですし、機能的にそこまでは必要ありません。ただ、この部屋にはクライアントさんもいらっしゃるので、ホーム・スタジオのような見栄えはどうだろうと思い(笑)、S1ではなくS4を選定しました」
📷長らく使われてきたDM2000はAvid S4に更新
S4は、ARGOSY製のスタジオ・デスクに上手く収められている。このデスクは以前、DM2000用を収納して使用していたものとのことで、サイド・パネルを取り外すことで、きれいにS4が収まったという。
「予算の問題もありましたし、S4を設置するデスクをどうするか、ずっと悩んでいたんです。しかしあるときふと、DM2000のデスクにS4が収まるかもしれないと思って。実際、板を1枚抜いて、少しズラすだけできれいに収まりました。奥行きや高さは微妙に合わなかったのですが、そういった問題はコーナンで買ってきた板を敷き詰めることでクリアして(笑)。このARGOSYのデスクは、手前のパーム・レストが大きくて作業がしやすく、とても気に入っています。Macのキーボードも余裕を持って置くことができますしね。
S4の構成に関しては、8フェーダーだと頻繁に切り替えなければならないので、最低16フェーダーというのは最初から考えていたことです。ディスプレイ・モジュールは付けようか悩んだのですが、あれを入れるとPro Toolsのディスプレイを傍に置かなければなりませんし、最終的には無しとしました。各モジュールの配置は、16本のフェーダーに関しては分散させずに集約し、右側がトランスポート・コントロール、左側がフェーダーという隣の部屋のC300のレイアウトを踏襲しています」
📷システムの環境構築に大きく貢献したというAvid Pro Tools | MTRX。
『A2』のPro Toolsは1台で、Intel Xeonを積んだMac ProにHDXカードを1枚装着したシステム。オーディオ・インターフェースとなるPro Tools | MTRXも、ADカードとDAカードが1枚ずつのミニマムな構成で、MADIカードやSPQカードなどは装着していないという。
「音響補正はGenelecの『GLM』でやっているので、SPQカードが入っていない初代のPro Tools | MTRXがちょうど良いスペックでした。VMC-102のようなモニター・コントローラーを導入しなかったのは、ここはステレオのスタジオなので、複雑なモニター・マトリクスが必要ないからです。その代わり今回、カフをスタジオイクイプメント製の新しいものに入れ替えました。映像はPro Toolsのビデオ・トラックで再生し、Blackmagic Design DeckLink 4K Extremeで出力しています。Pro Toolsの現行バージョンは、いろいろなビデオ・フォーマットを再生できるので、ビデオ・トラックでもまったく不自由はありません。2面あるディスプレイは、単にミラーリングしているだけで、右側でアシスタントが編集したものを、左側のぼくがバランスを取るという役割分担になっています。それと今回、ROCK ON PROさんからのご提案でUmbrella CompanyのThe Fader Controlを導入したのですが、これが入力段にあるだけでコンソールのように録音できるので助かっています。録りのレベルも柔軟に調整することができますし、とても気に入っている機材です」
📷S4の脇に備えられたのはUmbrella Company / The Fader Controlだ。
8331AとPro Tools | MTRXをデジタルで接続
今回のリニューアルでは、ニア・フィールド・スピーカーも更新。長らく使用されてきたGenelec 8030AがThe Ones 8331Aにリプレースされた。筒井氏によれば、8331AとPro Tools | MTRXは、AESでデジタル接続されているという。
「ニア・フィールド・スピーカーは、以前はヤマハ NS-10Mを使用していたのですが、2006年にScenariaを使うのを止めたタイミングでGenelecに入れ替えました。Genelecのスピーカーは、聴き心地の良さと、スタジオ・モニターとしての分かりやすさの両方を兼ね備えているところが気に入っています。
今回、The Onesシリーズを導入したのは、別館のレコーディング・スタジオで8331A を使用していて、何度かこの部屋で試聴してみたところ、もの凄く良かったからです。なのでスピーカーに関しては、スタジオのリニューアルを検討し始めたときから、絶対に8331Aにしようと考えていました。8331Aは、8030Aよりも定位がさらにしっかりして、音の粒立ちが良くなったような気がしますね。それと同軸設計のスピーカーではあるのですが、サービス・エリアの狭さを感じないところも良いなと思っています。同軸スピーカー特有の、サービス・エリアを外れた途端に音がもやっとしてしまう感じがないというか。もちろん『GLM』も使用していて、あの機能を使うと“しっかり調整されている”という安心感がありますね(笑)。『GLM』は、左右同一のEQか個別のEQが選べますが、両方試してみたんですけど、今は左右同一のEQで使っています。
今回、8331AとPro Tools | MTRXをデジタルで接続したのは、余計なものを挟まずにピュアな音にこだわりたかったからです。隣の部屋も、C300からヤマハ DME24Nを経由して、Genelecにデジタルで接続しているのですが、その方が安定している印象があります」
今年5月にリニューアル工事が完了したという新生『A2』。完成翌日からフル稼働しているとのことで、その仕上がりにはとても満足しているという。
「皆さんのおかげで、イメージどおりのスタジオが実現できたと大変満足しています。でも、まだ改善の余地が残っていると思うので、さらに使いやすいスタジオになるように、細かい部分を追い込んでいきたいですね。新しいS4に関しては、HUIモードのDM2000とは違ってPro Toolsに直接触れているような感触があります。画面上のフェーダーがそのまま物理フェーダーになったような感覚というか。それとアシスタントがナレーションのノイズを切りながら、こちらではEQを触ったり、2マンでのパラレル作業がとてもやりやすくなりました。今回は思い切ることができませんでしたが、イマーシブ・オーディオにも興味があるので、今後チャンスがあれば挑戦してみたいと思っています。」
*ProceedMagazine2023-2024号より転載
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2023/08/04
現場目線から見えてきたダビングステージでのAvid S6 / TOHOスタジオ株式会社 ダビングステージ2
📷今回お話をお伺いしたTOHOスタジオ株式会社ポスト・プロダクション部の皆様。実際にAvid S6での実作業を行われた方にお集まりいただきお話をお伺いした。左上:両角 佳代子氏、右上:早川 文人氏、左下:下總 裕氏、右下:岩城 弘和氏
2022年9月にAvid S6をダビングステージに導入した東宝スタジオ。リニューアルされてから本記事執筆までの7ヶ月で16本の作品のダビングを行ったという。本誌前号ではそのシステムのご紹介を行ったが、実際にダビングの現場におけるAvid S6の使用感や、ワークフローにどのような変化が起こったかなど、現場目線から見えてくるAvid S6導入の効果を伺った。
システムに配されたPro Tools 7台
まずは、NEVE DFCコンソールからAvid S6へと更新されたことによるワークフローの変化からご紹介していきたい。前号でも触れているが、Avid S6へと更新を行うことで、NEVE DFCが担っていたミキシングコンソールとしてのミキシングエンジンは無くなった。それを代替するためにミキサー専用のPro Toolsを2台導入し、その機能を受け持たせるというシステム設計を行っている。プレイアウトのPro Toolsが4台。ミキサーエンジンとしてのPro Toolsが2台、ダバー / レコーダーとしてのPro Toolsが1台という7台構成でのシステムとなっている。
システムとして見れば煩雑になったとも感じられる部分ではあるが、もともとPro Toolsのオペレートに習熟した技師の方が多いということ、またMA室にAvid S6、そしてシグナルルーティングのコアとして稼働しているAvid MTRXが導入済みであったこともあり、現場スタッフの皆さんもそれほど大きな混乱もなくこのシステムを受け入れることができたということだ。外部からの技師の方々も国内の他のダビングステージでAvid S6での作業を経験したことのある方が多かったということでシステムの移行は想定よりもスムーズだったという。
📷スタジオのシステムを簡易に図としたものとなる。非常に多くの音声チャンネルを取り扱うことができるシステムであるが、その接続は想像よりもシンプルに仕上がっているということが見て取れる。各MTRX間のMADI回線は、すべてパッチベイを経由しているため、接続を変更してシステムの構成を簡単に変更することができる。図中にすべてを記載できたわけではないのだが、各MTRXはMADI及びAESがユーティリティー接続用としてパッチ盤へと出力されている回線を持っている。そのため持ち込み機器への対応などもMTRXのパッチを駆使することで柔軟に行うことができるように設計されている。
このシステムを見た方は、なぜ、ミキサーPTが必要なのか?という疑問を持たれるかもしれない。シンプルにステムをダバーで収録するだけであればプレイアウト用のPro Tools内部でステムミックスを行えば良い。しかし、コンソールありきでミキシングを行ってきた経験のある方からすれば、ステムミックスを行うのはあくまでもコンソールであり、プレイアウト用のPro Toolsは音声編集、再生を担当するという考え方が根強い。仕込みが終わり、ダビングステージで他の音源とともにバランスを取る際に、改めてまっさらなフェーダー(0dB位置)でのミックスを行いたいということである。実際にミキシングを行うという目線で考えれば頷けるのではないだろうか。
もちろん実際の作業で、Pro Toolsに慣れ親しんだ方はミキサー用Pro Toolsを使用しないというケースもあったとのこと。ダイアログ、音楽はダイレクトに、効果はミキサーを通してなどというハイブリッドなケースもあり、どのような要望にも応えられる柔軟性を持ったシステムに仕上がっていることが実際の作業でも実証されている。もちろん、東宝スタジオのもう一つのダビングステージにはNEVE DFCがあるので、究極的にはNEVE DFCとAvid S6の選択もお客様のニーズに合わせて行える環境が整っている。
コンソール依存ではないオートメーション管理
実際にAvid S6での作業を行ってみて感じたメリットとしては、オートメーションデータの在り処が挙げられる。このオートメーションデータが、すべてPro Toolsのデータとして存在することによるメリットが非常に大きいということをお話いただいた。
これまで、リテイク(修正作業)や完パケ後のM&Eステム制作作業などを、ダビングステージを使わずに行うことができるようになったということを挙げていただいた。もちろん、リテイク後の確認はダビングで行う必要があるが、Pro Tooleにすべてのオートメーションデータがあるので、Pro Tools単品でのミックスが可能になった。これは、NEVE DFCを使ってミックスを行っていた際には行うことができない作業である。ミキサー用Pro Toolsを使っていたとしても、そのミキシング・オートメーションデータはPro Toolsのセッションファイルとして管理される。そのため、他のPro Toolsへとセッションインポートを行うことでミキシングの状況の再現が可能となる。一方、NEVE DFCでは当たり前だがNEVE DFC内にオートメーションデータがあり、その再現にはNEVE DFCが必須となるからだ。
このメリットは、特に後作業で発生する各種ステムデータの書き出しなどをダビングステージを使用しなくても行えるということにつながる。これにより、今後ダビングステージ自体の稼働も上げることができるのではないか?とのお話をいただくことができた。
システム更新によるメリットは、このような派生作業にまでも影響を与えている。Avid S6はそれ自体がミキシングエンジンを持たないため、コンソールではなくコントローラーだ、などと揶揄されることもあるが、コントローラーだからこそのメリットというものも確実にあるということを改めて確認することができた。
オフラインバウンスを活用する
これは、極端な例なのかもしれないが、オフラインバウンスでのステムデータの書き出しも実現している。ミキサーPro Toolsをバイパスするシステムアップであれば、オフラインバウンスで書き出したデータをダバーに貼り込むというワークフローも現実のものとして成立する。これによる作業時間の短縮などのメリットももちろんある。決まったステムからオフラインバウンスでダバーに渡していくことで、バス数の制限から開放されるといったワークフローも今後視野に入ってくるのではないだろうか。現状ではダバーへ最大128chの回線が確保されている。今後の多チャンネル化などの流れの中ではこのような柔軟な発想での運用も現実のものとなってくるのかもしれない。
このお話を伺っていた際に印象的だったのが、オフラインバウンスで作業をするとどうもダビングをしているという感覚が希薄になってしまうというコメントだ。確かに、というところではあるが、ついにダビングにもオフラインの時代がやってくるのだろうか、省力化・効率化という現代の流れの中で「オフラインバウンスでのダビング」というのものが視野に入ってくることを考えると、筆者も少し寂しい気持ちになってしまうのは嘘ではない。
システムがAvid Pro ToolsとAvid MTRXで完結しているために、作業の事前準備の時間は明らかに短くなっているとのことだ。具体的には、別の場所で仕込んできたPro ToolsセッションのアウトプットをNEVE DFCのバスに合わせて変更するという手間がなくなったのが大きいとのこと。Avid S6であれば、途中にAvid MTRXが存在するので、そこでなんとでも調整できる。事前に出力をするバス数を打ち合わせておけば、Pro Tools側での煩雑なアウトプットマッピングの変更を行うことなくダビング作業に入ることができる。ダビング作業に慣れていない方が来た場合でも、すぐに作業に入ることができるシンプルさがある。準備作業の時間短縮、完パケ後作業を別場所で、などとワークフローにおいても様々なメリットを得ることができている。
Avid S6ならではの使いこなし
📷前号でもご紹介したTOHOスタジオ ダビング2。Avid S6を中心としたシステムが構築されている。コンソールの周りには、プレイアウトのPro Toolsを操作するための端末が配置されている。マシンルームはMacPro 2019とAvid MTRXの構成に統一され、同一性を持ったシステムがずらりと並ぶ。メンテナンス性も考えてできる限り差異をなくした構成を取っているのがわかる。
東宝スタジオでは、国内最大規模となるAvid S6 / 72Fader Dual Head仕様を導入したが、物理的なフェーダー数は充分だろうか?これまでのNEVE DFCではレイヤー切り替えにより操作するフェーダーを切り替えていたが、Avid S6ではレイアウト機能など様々な機能が搭載されている。これらをどのように使いこなしているのだろうか?実際のオペレーションに関してのお話も伺ってみた。
物理フェーダー数に関しては、充分な数が用意されていると感じているそうだ。Pro Toolsのここ最近の新機能であるフォルダートラックと、Avid S6のフェーダースピル機能を活用する方が多いという。フェーダースピル機能とは、フォルダートラックにまとめられた個別のフェーダーをフォルダートラック・フェーダーの右、もしくは左に展開することができる機能である。バスマスターでもあるフォルダートラックのフェーダーを手元に並べ、フェーダースピル機能を使って個別のトラックのバランスの微調整を行う。まさにAvid S6ならではの使いこなしを早速活用していただいている。
オペレートに関して、NEVE DFCからの移行で一番多く質問されるのがオートメーションの各モードの動作。やはりメーカーが異なるということもあり、オートメーションモードの名称に差異がある。具体的には「Latchってどんな動作するんだっけ?」というような質問である。これは、回数を重ねてAvid S6を使っていけば解決する問題ではあるが、NEVE DFCと2種類の異なるコンソールを運用する東宝スタジオならではの悩みとも言えるだろう。また、コンソールとしてのEQ、COMPの操作という部分に関しては、Pro Tools上のプラグインを活用するシステムとなるため、自ずとノブではなくマウスに手が伸びるとのこと。正面を向いてしっかりと音を聴いて作業できる環境、ということを考えるとコンソール上のノブでの操作が有利だが、やはりプラグインの画面が表示されると慣れ親しんだマウスとキーボードで操作することの方が今のところは自然ということだろう。
唯一無二から正確な再現性へ
そして、いちばん気にかかる部分かもしれない音質に関して、Avid S6の導入に合わせて更新されたAvid MTRXと、NEVE DFCとの差異についてお話を聞いてみたところ、やはり、音質に関して違いがあることは確かだ、とのコメントをいただいている。確かにメーカーも異なるし、機器としても違うものなので同列に語ることは難しいかもしれないが、味のあるNEVEに対して、クリアで忠実な再現性を持ったAvid MTRXといったニュアンスを感じているとのこと。NEVEはどこまで行ってもNEVEであり、やはり唯一無二のキャラクターを持っているということに改めて気付かされているということだ。一方、Avid MTRXについては、忠実性、レスポンスなどNEVEでは感じられなかったサウンドを聴くことができるとのこと。
Avid MTRXの持つ正確な再現性は、効果音のタイミングに対して今まで以上にシビアになったりと、これまで気にならなかったところが気になる、という事象となって出現してきているということ。これはさらに作品を磨き上げることとができる音質を手に入れたということでもあり、非常にやりがいを感じる部分でもあるとのことだ。既にMA室でも導入の実績のあるAvid MTRXだが、ダビングステージの音響環境ではさらにその傾向を顕著に聴き取ることができる。これにより、今後の作品の仕上がりがどのように変化するのか楽しみな部分でもある。
音質に関しては、今後マスタークロックや電源などにもこだわっていきたいとのコメントをいただいている。これは、Avid S6が非常に安定して稼働しているということの裏返しでもある。システムのセットアップに必要な時間も短縮され、システム自体の安定度も高い。そういったことから、さらに高い水準での探求を考える余地が見えてきているということとだろう。安定稼働させることで精一杯であれば、音質云々以前にシステムを動作させることで疲弊してしまうというのは想像に難くない。このようなコメントをいただけるということは、システムとしての安定度に関しても高い水準で運用いただいているということが伺い知れる。
こうなってくると、あまり話題に上ることも多くなかったPro Toolsのミキサーエンジンの持つHEATなども活用してみては面白いのではないか?と考えてしまう。テレビのように厳密なレベル管理は行われていない映画。(これは悪い意味で管理されていないということではなく、芸術作品であるがゆえに管理を行っていないということである。)パラメーターによりレベル差が生じるHEATはテレビ向けのポストプロダクションでは使い勝手に難がある機能であったが、映画であれば多少のレベルの変動は許容できるはずである。お話をまとめていてふと、こんな想像もよぎっていった。
●ROCK ON PRO 導入事例
TOHOスタジオ株式会社 ポストプロダクションセンター2 様 / アジア最大規模のS6を擁したダビングステージ
https://pro.miroc.co.jp/works/toho-proceed2022-23/
システムの更新を行いNEVEが懐かしいというお客様も確かにいるが、新しいシステムで安定度高く作業を行うことができるメリットは大きく、好評をいただいているということだ。もう一つのダビングステージには、NEVE DFCがあるということもあり、お客様には幅広い選択肢でのワークフローを提案できる環境が整備されている。これはスタジオにとって大きなメリットであり、今後も継続していきたい部分でもあるということ。
とはいえ、Avid S6によるワークフローの改善、省力化、安定度に対する魅力も大きく、NEVE DFCとAvid S6のHybridコンソールシステムは組めないのか?などという質問も出てきている。ハリウッドでは、このようなシステムアップも現実のものとして稼働している。東宝スタジオのどのように使いたいのかというワークフローを色々と相談をしながら、今後のベストなシステムアップのお手伝いを行えればと考えている。今後の日本映画のポストプロダクションシステムを占うファシリティー。Avid S6へ移行することで獲得した多くのメリットをどのようにこれからのシステムアップに活かしていけるのか?これが今後のテーマになっていくのではないだろうか。
*ProceedMagazine2023号より転載
Broadcast
2023/08/03
Waves Live SuperRack〜あらゆるミキシング・コンソールにアドオン可能なプラグイン・エフェクト・ラック
Dante、MADI、アナログ、AES/EBU…どんな入出力のコンソールにも接続可能で、最大128ch(64chステレオ)のトラックに大量のWavesプラグインをニアゼロ・レイテンシーで走らせることができる、ライブサウンドとブロードキャスト・コンソールのための最先端のプラグイン・エフェクト・ラック。それが「SuperRack SoundGrid」です。
プロセッシングをおこなう専用サーバー本体は2Uのハーフラック・サイズ。1Uまたは2Uハーフラックの専用Windows PCはマルチタッチ・ディスプレイに対応しており、プラグインのパラメータをすばやく直感的に操作することが可能です。
システム内の伝送はWavesが開発したレイヤー2のAoIP規格であるSoundGrid。汎用のネットワークハブを介してLANケーブルのみでシステム全体を接続します。
スタジオ・ミキシングやレコーディングはもちろん、省スペースなシステムでパワフルなデジタルエフェクト処理、冗長性、ニアゼロ・レイテンシーを実現するSuperRack SoundGridは、限られた機材で最高の結果を求められるライブサウンドや中継の現場などにはまさにうってつけのソリューションと言えるでしょう。
◎主な特徴
0.8msのネットワーク・レイテンシー
最大4台のアクティブDSPサーバーをサポートし、プラグインの処理能力をさらに向上
最大4台のリダンダントDSPサーバーをサポートし、冗長性を確保
複数のプラグインを同時に表示・プラグインの表示サイズの変更
マルチタッチ対応のグラフィック・インターフェイス
ワークスペースを最大4台のタッチディスプレイに表示
SoundGrid I/Oをネットワーク上でシェアすることで、大規模なシステムにも対応
Waves mRecallアプリ:保存したスナップショットを、Wi-fi経由でスマートフォン、タブレットから呼び出し可能
個別デモのご用命はROCK ON PRO営業担当、または、contactバナーからお気軽にお申し込みください。
番組や収録のマルチトラック音源をお持ち込みいただければ、Waves SuperRackシステムを使ったミックスを体験頂けます。
◎システム構成例1
図はSuperRack SoundGridを使用したシステムの基本的な構成。例としてMADI I/Oを持ったコンソールを記載しているが、アナログやAES/EBUなどの入出力を持ったコンソールにも対応可能だ。
中列にあるMADI-SoundGridインターフェイスを介して信号をSoundGridに変換、左上の専用PCでプラグインをコントロールし、左下の専用サーバーで実際のプロセスをおこなう。
アナログコンソールやデジタルコンソールと使用したい場合は、中列のSoundGridインターフェイスを、IOCなどのアナログ・AES/EBU入出力を備えたモデルに変更すればよい。
◎システム構成例2
YAMAHA、DiGiCo、Avid Venueなど、オプションカードとしてSoundGridインターフェイスが存在しているコンソールであれば、コンソールから直接ネットワーク・ハブに接続することでシステムをよりシンプルにすることも可能だ。
SuperRackシステムの構成と選択肢
図は前述「システム構成例」からコンソールを省いたSuperRackシステム部分の概念図。ユーザーの選択肢としては、大きく3ヶ所ということになる。
左下のオーディオ入出力部については、SuperRackを接続したいコンソールの仕様によって自ずと決まってくる。SoundGridオプションカードをラインナップしているモデルであれば該当のオプションカード、そうでなければ対応するI/Oを持ったDiGiGridデバイスといった感じだ。
DiGiGrid IOCやCalrec Hydra2のように複数の種類のI/Oを持ったインターフェイスを使用すれば、デジタルコンソールとアナログコンソールで同時にSuperRack SoundGridを使用するといった構成も可能になる。
左上のWindows PCは基本的にプラグインを操作するUI部分のため、求めるマシンパワーに応じて、1UハーフラックのAxis Scopeか2UハーフラックのAxis Protonから選択すればよい。
同時に使用したいWavesプラグインやタッチディスプレイの数、レコーディング用のDAWホストを兼ねるか否かなどが選定の基準になるのではないだろうか。
右上のSoundGrid DSP Serverが、実際にWavesプラグインのプロセッシングをおこなう部分となる。複数の選択肢があるが、ここも同時プロセスの量やリダンダントの有無によって決まってくる部分だろう。
その他、KVMやLANケーブルが別途必要になる。特にケーブルはCat6対応のものが必要である点には留意されたい。
参考価格と比較表
*表はCalrec用の構成例、コンソールに応じてI/Oを選択
**プラグインライセンスは別途購入が必要
渋谷Lush Hubにて個別デモンストレーション受付中!
ROCK ON PROでは、このSuperRackシステムの個別デモンストレーションを渋谷区神南のイベントスペースLUSH HUBで予約制にて受付中です。
LUSH HUBについての詳細はこちら>>
番組や収録のマルチトラック音源をお持ち込みいただければ、Waves SuperRackシステムを使ったミックスを体験頂けます。
デモご予約のご希望は、弊社営業担当、またはcontactバナーからお気軽にお問い合わせください。
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2022/12/28
TOHOスタジオ株式会社 ポストプロダクションセンター2 様 / アジア最大規模のS6を擁したダビングステージ
長年に渡り数々の名作を生み出してきた東宝スタジオ。その中でも歴史あるポストプロダクションセンター 2 に設けられた国内最大規模のダビングステージ2 で、アジア地域で最大規模の構成となる Avid S6 へのコンソール更新が行われた。竣工からまだ間がない今、ブラッシュアップされたそのシステムの内容についてお伝えしていく。
72フェーダー、デュアルヘッド構成のAvid S6
歴史あるダビングステージで、これまで長年使用されて きた AMS Neve DFC2 から Avid S6 へと更新が行われた。今回導入 の Avid S6 は国内はもちろん、アジア地域で見ても最大規模の構成 での導入となる。その構成は横幅14フレームと巨大なもので、そこに72フェーダー、デュアルヘッド構成でモジュールが収まる。フェーダー数に関しては従来のDFC2と同数を確保し、さすが、映画のダビングコンソールといえるフェーダー数を持つ迫力のサイズとなっている。そして今回はサラウンド作業がメインとなるということでジョイスティックモジュールも導入された。Avid S6となったことで、レイアウト機能やスピルフェーダー機能などを活用し、従来以上のワークフローに対する柔軟性を確保している。
改めて確認をしたのだが、東宝スタジオが現在の世田谷区砧に誕生したのは、今から90年前の1932年。今回Avid S6を導入することとなったポストプロダクションセンター2は、以前は東宝サウンドスタジオ、さらにその前は東宝ダビングのダビングビルと呼ばれていた1957年に完成された建物である。60年以上の時を、まさに日本映画の歴史とともに歩んできたダビングステージ。「七人の侍」の黒澤明監督の作品や、ゴジラシリーズ、「シン・ウルトラマン」に至る多岐にわたる映画が作られていたと思うと非常に感慨深いものがある。内装は何度も改装を行っているということで完成当初の面影は無いとのことだが、以前はフィルムダビング(実際にフィルム上映を行いながらの劇伴録音)も行われていたということで、スクリーン前のひな壇はまさにその名残である。スクリーンを背にオーケストラが並び、指揮者が上映される映像を見ながら指揮棒を振る、そんな光景がここにはあったということだ。
潤沢に用意されたチャンネル数
システムもAvid S6となったことでブラッシュアップされている。従来は4台の再生用(プレイアウト)のPro Tools(セリフ用、音楽用、効果音用2台)がMADIでDFC 2と繋がれミックスされていたが、今回の更新でミキシングエンジンとしてAvid Pro Tools HDX3システムを2式導入、それぞれに192chのI/Oを持ち、相互にMADIで接続されたシステムとなっている。やはり、Avid S6をコンソールとして運用すると考えた際には、ミキシングエンジンとしてPro Toolsを選択するというのが一般的、Avid S6の製品自体のコンセプトにも則ったシステムアップとなる。また、ミキシングエンジンとして導入されたPro Toolsと既存のPro ToolsすべてのI/Oを今回の更新に併せてAvid MTRXへと統一している。メンテナンス性、障害時の入替のたやすさなどを勘案し、すべてのオーディオ・インターフェースがMTRXへ統一された。それぞれのAvid MTRXはMADIで接続され、ユーティリティーとして1系統ずつがパッチへと取り出されている。これにより、Pro Tools内部でのIn The Boxミキシングを行う際にも、MADIのパッチをつなぎ替えるだけでシステム変更が出来るようになっている。
改めてシステム全体を信号の流れに沿ってご紹介していきたい。まず、再生用のPro Toolsが4台、それぞれPro Tools HDX2仕様となる。映画ダビングでは、セリフ用(ダイアログ:Dialogue)、音楽用(ミュージック:Music)、効果音用(エフェクト:Effect)それぞれの再生用にシステムが準備される。これは、それぞれ個別に仕込んできたものを別々に出力できるということだけではなく、修正などが入った際にもそれぞれ個別にパラレルでの作業を行うことができるというメリットもある。効果音は、多数のトラックを使うことが多いため2台のPro Toolsが用意されている。サウンド・エフェクト、フォーリーと分けて使ったりすることも多いとのことだ。音楽用以外のセリフ、効果音用の3台のPro Toolsは同一の仕様となっている。Avid Pro Tools HDXカードから、4本のDIgiLinkケーブルでAvid MTRXへと接続され、それぞれに128chの出力を確保している。この128chの出力は、2本のMADIケーブルでミキサーへと送られる。
そんなに多くのチャンネルが必要なのか、と考える方もいるかもしれないが、サラウンド作業ということもあり、ある程度まとめたステムでの出力を行うことも多い。そうなると、5.1chのステム換算としては、21ステムということになる。同じ種類のサウンドをある程度まとめた中間素材となるステム。例えばドラムステムであれば、音楽ミックスで言うところのドラムをまとめたドラムマスタートラックをイメージしてもらえるとわかりやすいだろう。また、映画の作業でステムを多用するケースとしてはパンニングがある。あらかじめパンニングで移動をするサウンドを、モノラルではなくステムで出力することで事前に仕込んでおくことができるということだ。こうすることで、ミキシングコンソールではボリュームの調整をするだけで作業を先に進めることができる。
📷 本文で解説したスタジオのシステムを簡易に図としたものとなる。非常に多くの音声チャンネルを取り扱うことができるシステムであるが、その接続は想像よりもシンプルに仕上がっているということが見て取れる。各MTRX間のMADI回線は、すべてパッチベイを経由しているため、接続を変更してシステムの構成を簡単に変更することができる。図中にすべてを記載できたわけではないのだが、各MTRXはMADI及びAESがユーティリティー接続用としてパッチ盤へと出力されている回線を持っている。そのため持ち込み機器への対応などもMTRXのパッチを駆使することで柔軟に行うことができるように設計されている。
データをアナログという線形の無限数に戻す
話を戻して先程の紹介から漏れた音楽用のPro Toolsのシステムをご紹介しよう。このPro ToolsはHDXカードから2本のDigiLinkケーブルでMTRXに接続され、64chの出力を確保している。音楽用のPro Toolsシステムだけは、Avid MTRXに32ch分のDAカードを装着している。ここから出力された32chのアナログ信号は、RME M-32ADへ接続されている。そしてRMEでADされMADIに変換された信号がその後のミキサーへ接続されることとなる。
📷 ユーティリティー用のRME M-32 AD/DAがこちら。32chのAnalog-MADI / MADI-Analogのコンバーターである。システムのデジタル化が進んではいるが、まだまだ外部エフェクターなどアナログでの接続はゼロにはならない。DAWごとの持ち込みでアナログ出力を受けるといったケースもあるだろう。
なぜ、一度アナログに戻しているのかというと、デジタルからの「縁を切る」ということが目的だ。音楽は96kHzで仕込まれることが多い。しかし、映画のダビングのフォーマットは48kHzであることが基本である。これは最終のフォーマットが48kHzであることも関係しているが、システム的にもMADIをバックボーンとしているために96kHzにすると、やり取りできるチャンネル数が半減してしまうということも要因にある。こういったことから生じるサンプルレートの不整合を解消するために、一旦アナログで出力をして改めてシステムに則ったサンプルレートのデジタル信号とする、ということが行われている。PC上でファイルとして変換してしまえばいいのではないかとも考えられるが、アナログに戻すという一見面倒とも言える行為を行うことによるメリットは、音質といういちばん大切なものに関わるのである。
デジタルデータ上で単純に半分間引くのではなく、アナログという線形の無限数にすることで、96kHzで収録されてきた情報量を余すこと無く48Khzへと変換する。結果は限りなくイコールかもしれないが、音質へのこだわりはこういった微細な差異を埋めることの積み重ねなのではないだろうか。音楽のチャンネル数は96kHzでDA/ADの回路を経由する場合には32ch、48kHzであれば、そのままMADIケーブルで64chがミキサーへと送り出せるようにシステム設計が行われている。
膨大なチャンネル数をマネジメントする
再生用Pro Toolsは、セリフ・音楽用のミキサーPro Tools、効果用のPro Toolsそれぞれのオーディオ・インターフェースとして用意されているAvid MTRXへと接続される。ミキサーPro ToolsはいずれもHDX 3仕様で、6本のDIgiLinkケーブルで192chの回線が確保されている。セリフ128ch+音楽64ch=192chこちらは問題ないのだが、「効果音1:128ch」+「効果音2:128ch」=256ch、こちらに関しては再生機側ですべてのチャンネルを使われると信号を受け取り切れないということが起こってしまう。Pro Toolsシステムとしての上限があるため仕方のないところなのだが、合計が192chとなるように再生側で調整を行い、Avid MTRXの入力マトリクスで受け取るチャンネルを選択する必要がある。それぞれのミキサーPro Toolsはその内部でミキシングを行うさらにまとまったステムをそれぞれ2本のMADIケーブルで128chを出力する。
ミキサーから出力された信号は、最終のレコーダーとなる録音用Pro Toolsで収録される。このPro Toolsは HDX 2仕様で128chの入出力となる。ここでもセリフ・音楽用ミキサーPro Toolsからの128ch、効果用ミキサーPro Toolsからの128chの合計256chのうち、128chを収録するということになる。それならば、それぞれのミキサーPro ToolsからMADIケーブル1本、64chずつという想定もあるが、それではセリフ・音楽が30ch、効果音が90chといったパターンに対応できない。そのためにこのような接続となっている。
📷 セリフ(ダイアログ)用のデスク。作業のスタイルに併せて移動可能な仕組みとなっている。Pro Toolsの操作画面はIHSEのKVMエクステンダーが用いられ、パッチで操作デスクの入替えが可能なようになっている。
📷 音楽用のデスク。こちらのデスクもセリフ用と同様に、作業に併せて操作するPro Toolsを変更したり、位置を移動したりすることができる。
収録機の次に接続されるのはモニターコントローラーである。収録したミックスを聴くのか、ステムを聴くのか、モニターソース切り替えやボリュームコントロールを行っているのがこちらも今回新規導入となっったTACsystem VMC-102IPである。従来のVMC-102からDante対応となり「IP」という文字が加わっている。従来のVMC-102はMADI2系統が用意されていたが、IPとなったことでDante1系統、MADI 1系統へと変更されている。今回はMADIでの運用となるため64chの信号がVMC-102IPへと接続されている。その中で選択可能な最大数のステムをプリセットとしてモニターソースに設定している。5.1chであれば10ステム、7.1chであれば8ステムといった具合だ。ここでボリューム調整された信号はスピーカー駆動系のB-Chainへと送られる。
ここから先の系統は既存のシステムをそのまま使っているが、この部分もご紹介しておこう。VMC-102IPからのMADI信号は一度Avid MTRXへと戻り、DAされアナログ信号として出力される。B-Chainの入口であるRME ADI-8 QSでデジタル(MADI)へと変換され、モニタープロセッサーとして導入されているTrinnovへ。ここでレベル、EQ、ディレイなどの補正 / 調整が行われる。その先はDAコンバーターであるRME M-16DAでアナログに戻され、それぞれのスピーカーを駆動するパワーアンプへと送られている。もうひと部屋のダビングステージでもTrinnovが導入されているということもあり、同一の補正用のプロセッサー製品を使用するということで、サウンドキャラクターの統一を図っているということだ。
📷 左手前にモニターコントロール用のVMC-102IP、そして、サラウンド作業の効率を上げるS6ジョイスティックモジュールが収まる。デュアルヘッド構成のためマスタータッチモジュールが2つあるのが特徴的だ。コンソールの奥には、サラウンドメーターである8連のVUメーターDKtechnologies MSD-600が設置されている。
📷 コンソールを背面から見たところ、S6の後ろ姿もスッキリとした格好だ。また、ダビングステージならではとなるディフューズサラウンドのスピーカーが壁面に取り付けてあるのも確認できる。両サイドの壁面に4本、背後の壁面に4本のサラウンドスピーカーが設置されている。背後の壁面の黒い窓が映写窓でここからプロジェクターでの投影を行なっている。
📷 今回更新された「ダビングステージ2」がある歴史あるポストプロダクションセンター2。過去の東宝映画作品の中でもその姿を見ることができる。この3階建ての建物の3階まですべての空間を吹き抜けにした天井高の高いダビングステージがこの中にある。
今回更新されたシステム部分を詳細にご紹介してきたが、映画のダビングシステムがどのようなものなのかイメージいただけただろうか。チャンネル数の少ない作品や、ワンマンオペレートに近い作品などでは、ミキサー用のPro Toolsがスキップされ、再生用のPro Toolsから録音用のPro Toolsへと直接接続されるといった運用も考えられる。もちろんシステムとしては、そういった運用も見越してすべてのAvid MTRX間のMADIはパッチ盤に上げてある。それ以外にも持ち込み機器や、外部エフェクトの接続用にRME M-32AD / M-32DAをそれぞれ1台ずつユーティリティー用としてスタンバイしてある。AVid MTRXの持つAES/EBUの入出力と合わせて、様々な運用に対応可能だ。
今後、実際に更新されたシステムを運用してみてのご感想やAvid S6での映画ダビングの作業、そういったワークフローに関わる部分について現場のスタッフ皆さんのご意見も是非お聞かせいただきたいと考えている。伝統あるステージに導入された最新のミキシングシステムからどのような作品が生み出されていくのか、またレポートさせていただきたい。
*ProceedMagazine2022-2023号より転載
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2022/08/25
株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス 竹芝メディアスタジオ様 / 〜五反田から竹芝への大規模移転、時代の区切りをいま目の当たりに〜
日本を代表するポストプロダクションであるIMAGICAエンタテインメントメディアサービス。その中でも古い歴史を持つ五反田の東京映像センターをクローズし、竹芝メディアスタジオへその機能を移転した。1951年より前身である東洋現像所 五反田工場としてスタートしてから70年余りの歴史に幕を閉じ、新しい竹芝の地でのスタートとなっている。特に映画の関係者にとっては、聖地ともいえる「五反田のイマジカ」。その施設と設備が竹芝でどのように構築されたのか、弊社で導入のお手伝いをしたMAを中心にお伝えしたい。
五反田から竹芝の新拠点へ
様々な映像関連サービスを提供する株式会社IMAGICA GROUP。その中の株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービスの本拠地とも言える五反田の東京映像センターの設備を新拠点となる竹芝メディアスタジオへ移転させることとなった。五反田の地では、前身の東洋現像所時代より日本の映画制作における中心地としてフィルムを主軸としたサービスが展開されており、その試写室はまさに日本映画のリファレンスとも言われてきた。
昨今のフィルムでの撮影需要の動向により、五反田ではすでにフィルム関連のポストプロダクションサービスを行っていなかったが、2部屋の試写室は初号上映の場として日々活躍してきた。移転にあたっても試写室の設備を作るということで物件の選定には大きな苦労があったということだ。やはり試写室を作るとなると、十分な天井高を確保できる建屋が必要であり、それ以外の編集、ダビング、MAなどの設備もとなると、移転先を探すだけで数年がかりのプロジェクトになったということだ。移転先が決まってからは、非常にスピード感を持って話しが進んだのだが、まさにコロナ禍に突入したタイミングからの移転作業開始となり、多くの苦労がここにはあったそうだ。
5.1chからDolby Atmos Homeまで、高まるニーズ
📷 3F:MA:303
本記事で中心的にお伝えする303と呼ばれるMA室は、4部屋設けられたMA室のうちの1つでDolby Atmos Homeの再生環境を備えた部屋となる。ほぼ同等のサイズの305は、将来的にDolby Atmosの導入が行えるように準備がなされた5.1chの部屋。304、306は、303や305と比べると少し小さいサイズだが、この2部屋も5.1chサラウンドを備えた部屋となっている。五反田時代も仕込み専用の部屋も含めると4部屋が実際にはあったが、お客様をお招きできる部屋は2部屋しかなかったそうだ。竹芝では304、306は基本的には仕込み作業を行う部屋としているが、お客様をお招きしても問題のない設備となるよう設計されている。また、五反田時代に来客対応ができる5.1chサラウンドの部屋は1室の体制であったが、竹芝では全室5.1chサラウンド対応としたことでかなり柔軟な運用を可能としている。
📷 303室の機器が収まった3本のラック。MacProが4台。それぞれの動機を取るためのSync X、そしてAudio I/OはMTRXが設置されている。Pro Toolsは3Setが導入されているがMTRXは1台とし、MTRXの内部で全てがルーティングされたシンプルなシステム構成となっている。奥のラックにはスピーカーを駆動するためのLab.Gruppen Cシリーズのアンプが収まる。
今回Dolby Atmos仕様の部屋が1室、5.1ch仕様の部屋が3室と、サラウンド仕様の部屋を増強した形になっている。ここには、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスとしてサラウンド作品の受注が増加しているという背景がある。放送向けの作品はステレオ中心ではあるが、それ以外にストリーミング向けの作品を手掛ける機会が増えているということ。昨今、ストリーミング各社が製作するオリジナルコンテンツは、5.1ch以上のフォーマットでの制作がほとんどであり、5.1chサラウンドの需要は高い状況が続いているとのこと。実際に303の部屋の稼働は半数程度が5.1ch作品になっているそうだ。お話を聞いた時点ではまだDolby Atmosの作品制作は行っていないということだったが、近い将来に予定されているとのことなので、この部屋からDolby Atmos作品が誕生する日は遠くない。前述の通り、同等の広さを持った305室には天井にスピーカー設置の準備までが行われているため、Dolby Atmosの需要動向次第では2部屋に設備を増強することが容易に行える。303にはDolby Atmos Homeのマスタリングを行うことができるDolby HT-RMU(Home Theater - Rendereing and Mastering Unit)が導入されている。これにより、仕上げまでしっかりとした環境で行うことができる設備となっている。
また、竹芝メディアスタジオでは、予算の関係でダビングステージに入れない場合や、映画のプリミックス作業を受注することもあるそうだ。通常のMA設備よりも広く設計したことにより、五反田の時に比べて劇場との差異を軽減できている。試写室との連携も同じ建屋内で完結できるため、直し作業後の確認などもスムースに行うことができるのは一つメリットと言えるだろう。MA室で仕上げた作品を試写室でチェックし、直しがあればまたMA室に戻る、そんな連携での作業も可能となっている。サラウンド作業についてで見ると、MAとダビングではスクリーンバックのスピーカー、サラウンド側スピーカーのデフューズ・サラウンドという点で再生環境に大きな違いがあるが、これをその環境が備わった試写室との運用連携で解消している。同じ建屋内で効率的にリソースを活用している格好だ。
📷 ナレーション収録からアフレコへの対応も考えられた、大きな容積が確保されたブース。アフレコ時には横並びで4名が入れるように設計が行われている。余裕のある空間なので、カメラを入れての収録など様々な用途での活用も可能だ。
音と純粋に向き合う、隠されたスピーカー
303室のスピーカーにはプロセラ社のモデルを採用、ローボックスと組み合わせて3wayの仕様での導入となっている。このスピーカーは移転に際して新しく導入したものだ。五反田で使っていたMusik RL900Aに慣れたお客様にどのように受け入れられるか、当初不安な部分もあったということだが非常に好評を得られているとのこと。写真を見ていただければわかるように、スピーカーは全てサランネットの裏に設置されておりその姿は普段は見えない。そのため、スピーカーは何を使っているのか?という問い合わせを作業後に受けることが多いということだ。これは「いい音だったので何を使っているのかが知りたい」という評価を裏付ける好意的な質問と言えるだろう。
📷 フロントバッフルに埋め込まれたスピーカーはProcella Audio P8と同社のSubWoofer P15SIの組み合わせての3Way構成。この組み合わせで、5ch全て同一のモデルで平面のサラウンドが設置されている。LFE ch用にはProcella Audio P15が2本、L、Rchそれぞれの外側に設置されている。Dolby Atmos用の天井スピーカーはProcella Audio P8が4本設置されている。写真では分かりづらいが、しっかりとセンターに軸を向けてアングルを付けて天井に埋め込まれている。
なお、スピーカーを隠したのは、スピーカーと向き合って音を聴くのではなく、そこで鳴っている音を純粋に聴いてほしいという思いから、あえて見えないようにしているとのことだ。サラウンドサイドなどでスピーカーがサランネットに隠されている環境はよく目にするが、フロント面も全て隠されているというのは新鮮さを感じる。大型のスピーカーは確かにその存在感が大きい。隠すことで音に集中してもらうという発想は今後も各所で取り上げられそうな印象を受けた。
プロセラに組み合わされるアンプは、Lab.Gruppenが採用されている。LAKEプロセッサーによるスピーカーチューニングが行えるということもあるが、サウンドのキャラクターがシャープで立ち上がりの良いサウンドだということもMAの作業には向いているということだ。やはり、余裕を持ってスピーカーを駆動するということを考え、アンプは出力的に一回り大きな容量のモデルを選定したということだ。
シンプルさと柔軟性を両立させるS6 + MTRX
📷 32Fader仕様のAvid S6カスタム。机面に対してアームレストがフラットに収まるようにカスタムデザインのデスクが用意されている。PC DisplayはAdder DDXにより、どの画面からも任意のPCを操作することができるように設計されている。
コンソールは、Avid S6が採用されている。これまではSSL Avantが使われていたが、移転に際しAvid S6の導入となった。2マン〜3マン体制での作業が多いということで、レイアウト機能、スピル・フェーダー機能といったフェーダーの並び替えにおいてAvid S6が持つ高いカスタマイズ性に注目していただき導入となった。複数のDAWをまたいで制御が行えるAvid S6は、ハリウッドで鍛え上げられた複数のエンジニアが並んで作業をするということに対して、様々な機能を持って応えてくれる。フェーダーのみの列を作ったり、必要とされる部分に機器を備えカスタマイズされた仕様となっている。このような盤面の構成の柔軟性もAvid S6がモジュール構造だからこそ実現する美点。必要なモジュールを必要な箇所に設置してセットアップができるようになっている。
また、3人目のエンジニア用にAvid Artist Mixも用意されている。Avid S6での作業も可能だが、独立したコントローラーで自由に作業を行いたい際には、Artist Mixも使えるという作業に柔軟性を持たせるための導入となっている。Dolby Atmos用のJoystickは、好きな場所に持ってきて操作ができるように独立したボックスに納められた、ステレオ作業の際には卓の後ろに隠しておけるコンパクトなサイズのものだ。
📷 コンソール左側のアシスタントデスクには、ヘッドフォンモニター用のtc.electronics BMC-2、Grace Design m908のコントローラーVTRリモコンなどが並ぶ。ダバーを操作したり、Dolby Atmos RMUを操作したりといった作業はこちらのデスクで行うことが多い。
📷 コンソールの左側は、3人目のエンジニアが来た際にAvid S6と切り離して作業ができるよう、Avid Artist Mixが設置されている。併せて個別でのヘッドフォンモニターができるようにtc.electonics BMC-2がここにも用意されている。
システムのバックボーンはAvid MTRXが受け持っている。3台のPro Toolsが常設されているが、1台のAvid MTRXでそのシステムは完結している。モニターコントロール部分は、全MA室のシステムを極力統一したいということもありGrace Designのm908が導入された。Avid MTRXはDAWシステム間のシグナル・ルーティングを受け持ち、最終段のモニターコントロールはGrace Design m908という流れだ。機器の収まったマシンルームの写真をご覧いただければ感じられる通り、複数のDAWが含まれるシステムでありながらも、非常にシンプルかつコンパクトにそれらがまとまっていることがご理解いただけるだろう。
VTRは、HDCAM SR 2台がMA用として設置されている。納品物としてVTRを求められるケースはかなり減ってきているということだが、まだアーカイブ、バックアップとしてテープが欲しいと言われることも多いということだ。2台のVTRはVikixのVideo Routerで信号が切り替えられるようになっており、全てのMA室から共用で利用できるように設計されている。
集約された機能がメリットを生む
ここ、竹芝メディアスタジオには大規模なサーバーシステムが導入され、MA室からもそのサーバーへ接続できるようになっている。基本的に持ち込まれるデータが多いということもあり、サーバー上での作業は行わず編集、試写室、QCとのデータの受け渡しで活用しているとのことだ。なお、編集〜MA〜QCというポスプロ作業一式での作業を受ける作品が多いため、サーバーを介してのデータの受け渡しはかなり頻繁に行われている。五反田時代は建屋が別棟だったこともあり、ワンストップで作業を請け負っていたとしても、編集にはお客様が立ち会うがMAはお任せ、というケースが多かったが、竹芝に来てからは、フロアを移動するだけということもあり、MAにもお客様が立ち会われる機会が増えているということ。これは移転で機能が集約されたことによって出現したメリットの一つだとのこと。
これらのシステムは、かなり多くの部分が五反田からの移設で賄われている。アウトボード類、VTR、DAW用のPCなど移設対象の機器は多岐にわたったのだが、昨今の事情もありつつ、移転に際して非常に苦労の多かったのが「稼働を損なうことなく移設をどのように進めるか」であったという。そのため、スタジオ自体のダウンタイムを最低限に留めつつ新社屋への移転を行うために段階的な引っ越しが行われた。全ての機器を新設で賄うことができれば良いのだが、なかなかそのようなわけにはいかない。竹芝で五反田の機材以外の部分を仕上げ、五反田のシステムから竹芝へ機材を移動し、動作確認を行って即時に稼働させる。そのような段取りが部屋ごとに組まれたそうだ。
竹芝メディアスタジオ-フロアガイド
7フロアに広がる、大規模なポスプロ設備。カラーグレーディング&編集、スクリーンを使ったカラーグレーディング、オフライン編集、メディアサーバー室など様々な設備が一つのビルの中に整っている。広々としたロビーや多くのミーティングスペースなども設けられており先進的な印象を与える空間も多いが、その中でもサウンドに関連する設備をダイジェストでご紹介したい。
●1F:第1試写室 / 第2試写室
📷 1F:第1試写室
📷 1F:第2試写室
100席という中規模なシネコンスクリーンクラスの座席数を備えた第1試写室。4K DLPのプロジェクターと、35mmのフィルム上映が可能な設備を備える。スクリーンはスコープサイズで横幅8.4m。第2試写室は、Dolby Cinema (Dolby Vision + Dolby Atmos)の再生に対応した設備を備えた試写室。Dolby Cinema対応のカラーグレーディング室としても活用される、ハイスペックな試写室である。音響面もDolby Atmosへの対応とともにDTS:Xへも対応。最先端のテクノロジーが導入された51席の試写室である。
●3F:ダビング
📷 3F:ダビング
📷 3F:ダビング
映画館で上映されるコンテンツのミキシングに対応したスクリーンと、デフューズサラウンド仕様のダビングルーム。主には劇場予告編のミキシングが行われている。スピーカーとアンプは試写室と同じメーカーの製品に揃えられ、サウンドキャラクターの差異が最低限になるように設計が行われている。同規模の設備が2室用意されている。
●3F:MA
📷 3F:MA
4室が設けられているMA。全ての部屋が5.1chサラウンド対応である(うち1部屋はDolby Atmos Home対応)。ネットワークでの社内サーバーへの接続により、各編集室、試写室とのデータの連携もスムーズになっている。部屋ごとの設備を出来得る限り統一することで、エンジニアの機器操作に対する負担を軽くするとともに、部屋ごとのサウンドキャラクターの統一を図っている。
●6F:QC
📷 6F:QC
作品が完成したあとのマスターデータのチェックを行う設備である。ハーディングチェックなどにとどまらず、映像の影の有無、カット、編集のミス、音声のノイズ、音量のばらつきなど、機械では判断できないような部分までも要望に応じてチェックが行われる。Dolby Atmos / 4K HDRに対応した部屋が2部屋、5.1ch対応の部屋が3部屋。合計5室のQCルームがある。
様々な苦労が、裏にはあった五反田から竹芝への大規模な移転。そしてそれに伴い行われた様々なチャレンジ。新しいシステム、部屋、音環境、まさにこれから新しい時代がスタートすることを感じさせる大規模な移転である。これから映画の聖地となっていくであろう試写室、Dolby Atmosをはじめ最新メディアに対応したMA、一つの時代の区切りをいま目の当たりにしている、そう感じさせるものであった。
*ProceedMagazine2022号より転載
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2022/08/19
株式会社東京サウンド・プロダクション様 / 〜Avid S4 最大サイズの24フェーダーを誰もが扱いやすく〜
半世紀を超える歴史を持ち、企画・制作・撮影・編集・MA・効果選曲等と、映像に関わるすべてを「ワンストップ」で提供できる総合プロダクションとしての地位を築いている「東京サウンド・プロダクション(TSP)」。2019年の機材更新にあたりFairlight EVOに代えて、同社初の大型コントロールサーフェスとなるAvid S4を導入した『MA-405』について、同社ビデオセンター MA課 テクニカル・マネージャー / ミキシングエンジニアの大形省一氏と同 チーフミキシングエンジニアの川﨑徹氏にお話を伺った。
積極的に取り入れられるテクノロジー
テレビ朝日グループの一員である株式会社東京サウンド・プロダクション(以下、「TSP」)は、1963年に放送局における「音響効果集団」からスタートしている。今や、映像に関わるすべてをワンストップで提供できる総合プロダクションとなった同社だが、2017年には同じグループ企業である株式会社ビデオ・パック・ニッポンと合併し、放送技術に関わる分野、コンテンツ制作、販売という分野にも事業活動を広げている。テレビ朝日系列のものだけでも、地上波、BS、CS、YouTubeなどのコンテンツ制作を請け負っており、また、他局の番組制作や企業PV、自社制作コンテンツなど、さまざまなクライアントからの期待にまさに「ワンストップ」で応え続けている。
TSPのもうひとつの大きな特徴は、最新のテクノロジー / ソリューションに果敢にチャレンジし、それらを積極的に取り入れていこうという強い気概であるという。西麻布・六本木周辺に3拠点を構える同社だが、すべての拠点にAvid NEXISもしくはISISが導入されてネットワークサーバーで繋がっており、どの拠点のどのスタジオからでも任意のデータにアクセスできるだけの環境を整えているとのこと。拠点間を跨いでの制作であっても、データを入れたHDDを持ち歩くようなことはまずないようだ。最近も、コロナ禍という状況の中でクライアントの安全とスムーズな制作を両立するべく、異なるスタジオ間で遅延なくCue出しや収録が可能になるようなシステムを開発中とのこと。若手の層が厚いピラミッド型のスタッフ構成も、こうした姿勢を推進している様子だ。
そんなTSPの旗艦スタジオとも言える『MA-405』には、2021年の更新を機にAvid S4が導入されている。同社初となる大型コントロール・サーフェスの導入に至った経緯と、約半年間の使用感などを伺った。
コンソールミックスからDAWミックスへ
株式会社東京サウンド・プロダクション ビデオセンター MA課 テクニカル・マネージャー / ミキシングエンジニア 大形省一氏
株式会社東京サウンド・プロダクション ビデオセンター MA課 チーフミキシングエンジニア 川﨑徹氏
RockoN(以下、R):『MA-405』は以前はFairlight EVOを使用していたというお話でしたが、これまでのMA機材の変遷を伺えますか?
川﨑:『MA-405』はビデオ・パック・ニッポンの方で運営していたスタジオだったんですが、移設時点ではFairlight EVOのシステムで動いてました。メインのツールとしてはFairlightの稼働率が高く、Pro Toolsはサブ機という状態が長かったです。『MA-405』に関しては一体型のEVOだったので話が別ですが、基本的にはDAW + コンソールというシステムがメインでした。
R:3拠点で9部屋とのことですが、ほかの部屋でコンソールはどんなものをお使いなのでしょうか。
川﨑:SSLが中心で、C300、C200、 現在はC10HDが一番多いです。また、Avid S5 Fusionが入っているMA室も2部屋あります。
大形:Fairlightもまだあるので使えるといえば使えるのですが、現在はメインDAWはすべてPro Toolsです。
川﨑:2017年の合併くらいのタイミングから、「極力Pro Toolsに移行しましょう」という方針で。5年くらいかけて移行しまして、いまはもうほぼPro Toolsです。
R:Pro Tools + SSL というシステムが多いのでしょうか?引き続きミックスはSSLで?
川﨑:ミックスはPro Toolsの中でやってしまうことが多いですね。コンソールはHUI コントローラーとしての側面が大きいです。FairlightとPro Toolsを両方使っていたという状況もありまして、FairlightのみのEVOのようなシステムですと2台をうまく使うことが難しい部分が出てきました。FairlightとPro Tools両方を使う上で、DAWはDAW、コンソールはコンソールで、と切り分けて使うようなシステムで今まではやってきました。
テープ時代の終わりとPro Toolsへの移行
R:おふたりはFairlight歴は長かったんでしょうか?
大形:はい。Fairlightはやっぱり映像系のワークには強かったですね。今でこそ納品物がデータになってきていますが、昔は絶対テープでしたので。テープ・コントロールはやはりFairlightが強かった。Pro Toolsも9pinコントロールはありますけど、Fairlightの操作性に比べると若干劣るところがあったのは否めないですね。
川﨑:ただ、移行に関してはそれほど難しくなかったと思います。序盤こそ、編集の感じが違うとか手癖でうまく動かないとかありましたけど、同じDAW同士、似た点を見つけたりしながらうまく移行できたと思います。
R:合併前からEVOが稼働していた『MA-405』ですが、今回 Avid S4に更新したきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
川﨑:EVO自体はまだまだ稼働できたんですが、サポートが終了すること、『MA-405』以外の部屋がPro Tools + SSLのためこの部屋だけが孤立してしまうのを避けたかった、というところが大きいです。合併前のTSPからいた者などはすでにPro Toolsに完全に移行していたので、そういう人たちが使いづらいという状況になってしまうので。
R:入れ替えに当たっては色々と候補を上げて悩まれたのでしょうか?最初からAvidのサーフェスを念頭に置いていましたか?
川﨑:ほかのMAの部屋はSSL C10HD + Pro Toolsが多いので、合わせて同じようなシステムにするという案もありましたが、部屋のサイズ感やシステムを鑑みて、SSLとはまた別のものを導入する余地があるのではないかということが話に挙がりました。『MA-405』は当社のスタジオの中でも上ふたつに当たる大きな部屋なんです。そのため、フラッグシップとしてメインを張れるスタジオにしたい、という気持ちがありました。当社として新しいソリューションにチャレンジするという意味でも、ほかの部屋と同じコンソールではなく、大型コントロールサーフェスの導入に踏み切ってもよいのではないか、という意見が多く上がっていたんです。
📷 MA-405はTSPの持つMAスタジオの中でも「上ふたつ」に入る大きさを持ったメインのスタジオ。今回の更新でFairlight メインDAWもFairlightからPro Toolsへ完全移行した形だ。
使用感にこだわった構成
R:『MA-405』のAvid S4は24フェーダー / 5 フィートという、S4としては最大のサイズです。やはり、あの規模のフェーダーやコントローラーは必要ですか?
川崎:はい。ドラマとか映画のコンテンツでは、複数人が横並びでフェーダーを握ります。その時に小さいものをいくつも並べるよりは、コンソールと同じサイズのもの1台で作業ができるようにした方がよいという判断です。また、Avid S4はモジュール構成ということもあり、24フェーダー(チャンネルストリップ・モジュール x3)あれば、どこかのモジュールに不具合があっても位置を入れ替えれるだけで作業が続行できるというメリットも考えてこの構成になりました。
R:Avid S4はディスプレイモジュールにも対応していますが、今回導入されなかったのは理由がありますか?
川崎:興味はあったのですが、DAWの作業画面を正面に出したかったのでディスプレイモジュールは省きました。マスターモジュールが右に寄っているのも同じ理由です。もちろんマスターモジュールでも操作することはありますが、慣れ親しんだワークフローとしてはキーボードでの操作がメインになりますので。
R:デスクは川崎さん設計・日本音響制作の特注品ですよね。
川崎:そうですね、細かなところですが右手のスペースに半円状の出っ張りを作って、キーボードとマウスを置けるようにしてもらいました。フェーダーの手前にキーボードを置けるスペースはほしいんですが、そこがあまり長いとミックスをする時に手が浮いてしまうということもあるので。デスクの高さについては、私自身が体格のいい方なので、女性や小柄なスタッフに聞き取りしつつ調整しました。ぼくの好みが入っちゃってるとは思うんですけど(笑)、今までのEVOやほかの部屋のC10HDとあまり変わらないようにしてもらいました。
📷 特注デスクに乗せられたAvid S4。メンテナンス性などを考慮して、埋め込みではなくデスク上に置くという選択がなされている。ブランク部分にはTritech製のモニターコントローラーが埋め込まれていて、YAMAHA MRX7-Dのを制御している。これも、外部のミキサーが一目でわかるような物理的なスイッチを配したいという配慮からの選択となっている。
R:Pro Tools システムは、メインがHDX x2 + HD I/O、サブがHDX x1 HD I/Oとなっています。映像再生には何を使用されているのでしょうか。
大形:Non-Lethal Applications Video Sync 5 Proです。
川崎:Video SatelliteでMedia Composerを走らせて、というのも考えたんですけれど、現状、MAワークで4K素材はあまり扱わないのでそこまでやるのは時期尚早かな、と。動作の安定性やTCカウンターのことを考えてVideo Syncにしました。
大形:キャラは絶対に乗せなきゃならないので、そうするとやはりVideo Syncの使い勝手がいいんです。Vidoe Slave 4 Proの頃から便利に使っていましたが、バージョンアップとシステムの更新もあって、以前はたまにあったフレームの飛び込みなどもまったくなくなりスムーズに使用できています。
R:工事完了が2021年9月ですが、これまでS4を使用されて使い勝手はいかがですか?
川崎:ほかの部屋はコンソールとPro Toolsの組み合わせということで、どうしても卓のセッティングをして、DAWのセッティングをして、という2アクションになっちゃうんです。その点、Pro Tools + S4だとセッションを開くだけでセッティングが完了するのは便利です。その分、ミキサーとアシスタントの準備作業もスムーズにいきますし、拠点間を跨いで作業する時もデータひとつですべて完結するので、正直、ほかのスタジオも同じようにしてほしいと希望が上がるくらいですね(笑)あとは、レイアウトの変更などが気軽に行えるというところが、些細なことのようですが作業の中でのストレスがなくなってとてもいいです。
大形:フェーダーが、S5 FusionやPro Tools | S3と比べても滑らかでいいです。ぼくのようなアナログ世代にはエンコーダーも便利ですね。プラグインの操作が直感的にできる。若い人だと、数字で入力しちゃうという人もいるんですけど(笑)、ナレ録りの時などすぐに反応しなきゃいけない時にはエンコーダーが便利です。
川崎:頻繁に使うわけではないんですが、思いつきで手が伸びるところに物理的なスイッチがあるというのは大きいですね。
R:『MA-405』はステレオメインのお部屋ですが、更新にあたってDolby Atmosなどのイマーシブへの対応などは話にあがりましたでしょうか。
川崎:やっぱり話には出ましたね。ただ、今回のS4が大型サーフェスの初めての導入ということもあってシンプルなシステムでいきたいということと、できるだけ稼働を止める期間を短くしたいというのもあって、今回はそちらを優先することになりました。
大形:イマーシブ自体は社内で常に議題にあがります。私たちとしても、そうした先進的な技術にチャレンジしていきたいという思いもあります。タイミングを見計らって、天井高やその他の要素も含めて万全の準備をした上で、ぜひ取り組みたいですね。
📷 建物内の各アナブースとスタジオはDanteで繋がっている。ふたつ以上のアナブースを跨いだ掛け合い収録なども可能だ。
今回取材した『MA-405』は同社の旗艦MAスタジオということもあり、Avid S4だけでなく、その他の機器も「誰が使っても使いやすいように」「外部のミキサーにもわかりやすいように」という配慮が細部に至るまでなされていることが非常に印象的だった。放送業界に深く根ざし、質実剛健でありながらも最新のテクノロジーを積極的に取り入れていこうという若々しい意欲に溢れた同社の
今後の動向に要注目だ。
*ProceedMagazine2022号より転載
Media
2022/07/14
Avid Media Composer ver.2022.7リリース情報
日本時間 2022年7月8日未明、Avid Media Composer バージョン2022.7がリリースされました。有効なサブスクリプション・ライセンスおよび年間プラン付永続ライセンス・ユーザーは、MyAvidよりダウンロードして使用することが可能です。
Avid Media Composer 2022.7は主に機能改善を目的としてリリースされたバージョンです。
修正されたバグについては、Avid Download Centerから入手可能です。
では、Media Composer 2022.7の新機能について見ていきましょう。
Media Composer 2022.7の新機能
1. グループまたはマルチグループのサブクリップに対するマッチフレームの改善
グループまたはマルチグループクリップのサブクリップからマッチフレームをすると、以前のバージョンでは、元のグループクリップまたはマルチグループクリップがロードされていましたが、このバージョンからはサブクリップがロードされるようになりました。
2. 複数のディスプレイ構成に対応するカスタムワークスペースの追加
使用するディスプレイ数が異なる場合でも、様々なワークスペースを作成し、保存することができます。つまりMedia Composerは接続している複数のディスプレイ数に基づいてウィンドウやツールの位置を記憶することができるようになりました。
現在のディスプレイ構成と一致しないワークスペースに切り替えると、」「New monitor configuration」ウィンドウで、「Your workspaces were set up for a different number of monitors. Now that the number of monitors has changed, would you like to duplicate workspaces for the new configuration?」と表示されます。
「Yes」をクリックすると、新しいモディスプレイ構成に一致する既存のワークスペースが複製されます。「No」を選択すると、モニタ設定に一致しない状態で、現在のワークスペースのままになります。この場合、ウィンドウが正しく見えなくなることもあります。
3. Adobe PremireとDaVinci Resolveの新しいキーボードマッピングオプション
Media Composerの最新バージョンには、Adobe PremireとDaVinci Resolveのキーボードマッピングがデフォルトの設定として追加されます。
新しいキーボード設定がUser設定で見えない場合には、設定ファイルのユーザー設定からユーザー設定の更新をしてください。
4. Titler+のアンカーポイントでのテキスト揃え
Titler +でテキストの位置揃えを変更すると、アンカーポイントの位置を基準にしてテキストレイヤーがシフトするようになりました。
たとえば、テキストの位置揃えを「左揃え」に設定すると、アンカーポイントはレイヤーの左に配置されます(境界ボックスで示されます)。 位置揃え(左、中央、右)を切り替えると、テキストはそれに応じてこの同じアンカーポイントを中心にシフトします。
5. タイムラインメニューに「セグメントツールにフィラーを選択」が追加
「セグメントツールでフィラーを選択」オプションは、通常、タイムライン設定ウィンドウからアクセスできましたが、タイムラインメニューからもアクセスできるようになり、キーボードショートカットとしてマッピングできるようになりました。
6. ネストされたクリップのタイムラインクリップノートの表示
一番上のクリップにタイムラインクリップノートが含まれていないが、その下にネストされたセグメントにノードが含まれている場合、そのノートは一番上のセグメントにも表示されます。
7. デザイン性を向上させた新しい On/Off アイコン
このリリースでは、プロパティのオンとオフを切り替えるために使用される「enabler」が、より一貫したサイズと新しい見た目になりました。これより、より使いやすいインターフェース、そしてオンとオフとが把握し易くなりました。
Media Composerのご購入のご相談、ご質問などはcontactボタンからお気軽にお問い合わせください。
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2021/08/12
株式会社富士巧芸社 FK Studio様 / 〜機能美を追求した質実剛健なシステム設計〜
赤坂駅と赤坂見附駅のちょうど中程にあるビル。ガラス張りのエレベーターから赤坂の街を眺めつつ最上階まで昇ると、この春オープンしたばかりのFK Studioがある。テレビ・放送業界への人材派遣業務を主な事業とする株式会社富士巧芸社が新設し、映像/音響/CG制作で知られるクリエイター集団 株式会社ラフトがプロデュースしたこのスタジオは編集室2部屋、MA室1部屋で構成されており、「誰もが気持ちよく仕事ができること」を目指してシンプルかつ十分なシステムと超高速なネットワーク設備を備えている。現在の番組制作に求められる機能を質実剛健に追求したこのFK Studioを紹介したい。
富士巧芸社の成り立ちからFK Studio開設まで
株式会社 富士巧芸社
代表取締役 内宮 健 氏
株式会社富士巧芸社(以下、「富士巧芸社」)は、テレビ・放送業界への人材派遣業務を主な事業とする企業だ。映像編集やMA業務に関わる制作技術系スタッフが約60名、ADなどの制作に関わるスタッフが約100名、その他にも配信業務・データ放送運用・マスター室の運用などの非制作業務に関わるスタッフなど、現在約300名におよぶテレビ放送の専門スタッフを抱えている。
富士巧芸社のルーツは昭和34年創業の同名の企業にある。かつて四ツ谷にあったその富士巧芸社はテロップやフリップを中心とした美術系制作物を放送局に納めており、内宮氏は同社の社員としてテレビ局への営業を担当していたそうだ。2000年代に入り、テロップなどの制作物の需要が減少したことでかつての富士巧芸社はのれんを降ろすことになったが、「テレビからテロップがなくなることはない。これからは編集機でテロップを打ち込む時代になる」と考えた内宮氏は編集機オペレーターの派遣事業を開始する。その際に、愛着のある「富士巧芸社」という社名だけを譲り受けたというのが、現在の富士巧芸社の成り立ちである。かつての富士巧芸社と現在の富士巧芸社は別々の法人だが、放送業界におけるその長い歴史と実績は内宮氏を通して脈々と受け継がれている。
富士巧芸社がはじめて自社で編集室を持ったのは5年前。同社の派遣オペレーター第一号であり、現在はポストプロダクションチーム チーフマネージャーの洲脇氏の提言によるものだという。「リニア編集が主流だった時代には、編集室を作るには大きな投資が必要でした。しかし、パソコンを使ったノンリニア編集がメインになったことで機材購入にかかる費用は大きく下がりました。当社は派遣業ということで人材は十分に在籍していましたので、これなら自社で編集業務も請け負えるのではないかと考えたんです」(洲脇氏)。
株式会社 ラフト
代表取締役 クリエイティブ・ディレクター
薗部 健 氏
こうして、MAを除くフィニッシングまで行える同社初の自社編集室が銀座にあるマンションの一室に作られた。「4~5年して、ある程度需要があることがわかってきました。銀座では狭い部屋を5人で回してたので、もう少し広くしてあげたいと思ったのもあって」(内宮氏)と、今回のFK Studio設立への計画が動き出したそうだ。「それならMA室も必要だよね、という話になったのですが、当社はMA室に関する知識はまったくなかった。そこで、以前からお付き合いのあったラフトさんに相談しまして「薗部さん、お願いします!」ということに(笑)」(内宮氏)。
このような経緯でFK Studioは株式会社ラフト(以下、「ラフト」)がプロデュース、同社代表取締役・クリエイティブディレクターである薗部氏がフルスケルトンの状態から設計することになった。最上階のフロアをフルスケルトンから作り直すというのは、天井高が確保でき、設計の自由度が高いというメリットもあるが、今回は飲食店からの転用であったため、空調や水回りをすべてやり直す必要があったり、消防法の関係で不燃認定を受けている素材を使用する必要があったりしたそうだ。スタジオでよく見るジャージクロスは難燃認定のため吸音材に使用せず、壁も天井もすべて不燃材を用いている。飲食店からの転用が意外な課題をもたらしていたようだ。
機能美にあふれ、誰もが仕事をしやすい環境
「お客様を迎える場所なので、内装などの見た目にはこだわりたかった」(内宮氏)というFK Studioは、実に洗練された暖かみを感じさせる空間になっている。エレベーターの扉が開くとそこは明るく開放的なロビーになっており、ここはそのまま各スタジオへの動線となっている。あざやかなオレンジ色の椅子が目を引くが、躯体の柱と色を合わせた漆色のテーブルがシックな雰囲気を演出し、ツヤ出し木製パネルの壁がそれらをつなげて、明るいながらも全体的に落ち着いた雰囲気をたたえた内装だ。このように印象的なスペースとなったのは、薗部氏の"機能美”へのこだわりにありそうだ。「見た目が美しくてもハリボテのようなものじゃダメ。ヘビーデューティでありながら美しい…作品を生み出す場所は、そうした"機能美"を備えていることが大切だと思ってます。天井のレールは垂直に、吸音板もスクウェアに、きっちり取り付けてもらいました」(薗部氏)。
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明るい色づかいながら、落ち着いた雰囲気のロビー。
こうしたコンセプトは居住性のみならず、スタジオ機能の面にも行き届いている。「編集オペレーターやエンジニアなどの社内スタッフはもちろん、来てくれるお客様にとっても、全員がすごしやすい…仕事がしやすい環境を作るのが一番だと考えていました。ひとが集まるところには自然に仕事が生まれる」(洲脇氏)とのコメントが印象的で、まさにスタジオ全体が内実をともなった美しさに溢れた空間になっているのだと強く感じさせる。
"ヘビーデューティ"なスタジオ設備
FK Studioの機材構成は一見シンプルだが、現代の番組制作をスムーズに行うための必要かつ十分な機能が備わっており、まさに"機能美"ということばがぴったりな仕様となっている。機材構成をメインで担当したのは、編集室が富士巧芸社 洲脇氏、MA室がラフト 音響クリエイターの髙橋氏だ。
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編集室 Edit 1。ディスプレイはすべて4K HDR対応。
2部屋ある編集室は、機材面ではまったく同じ構成となっている。メインとなるMac Proと、テロップ制作などを行うためのサブ機であるMac miniの2式構成、NLEはすべてAdobe Premier Proだ。「この規模のポスプロであれば、お客様もほぼPremierで作業している」(洲脇氏)というのが選定の理由だ。この2式のNLEを中心に、映像波形モニター、音声モニター用のステレオスピーカーとラック型のミキサー、そしてクライアント用の映像モニターといたってシンプルな構成となっている。しかし、ディスプレイはすべて4K対応、Mac Proは16コアプロセッサ・96GBメモリに加えGPUがRadeon Pro W5700X x 2に増設されたパワフルな仕様。さらに、ローカルストレージとして8TBの高速SSDレイドが導入され、4Kワークフローでもストレスのない制作が可能となっている。
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館内共用機器ラックには12Gルーターやネットワーク機器などを収容。各部屋からの信号は、館内のどのディスプレイにでも出力することができる。
FK Studioの大きな特徴のひとつに、現代的なネットワーク設備が挙げられる。共有ストレージにはSynologyのNASが導入され、すべてのスタジオ内ネットワークはひとつのルーターに接続されている。そのため、ひとつの編集室で書き出した素材をもうひとつの編集室やMA室と瞬時に共有することが可能だ。さらにいえば、ひとつの映像信号をFK Studio内のどのモニターにも出力できるため、ゲストの人数が多い時などはロビーで試写をすることも可能となっている。ちなみに、ラフトでも同じNASを使用しており、どちらのNASも2社が相互にアクセス可能な状態になっているという。「クラウドに近い環境。こうしたパートナーを増やしていけば、番組データの交換なども簡単になるかもしれませんね」(薗部氏)とのことだ。
社内ネットワークはルーターやケーブルも含めてすべて12G対応、インターネットは下り最大2Gbpsの通信速度を誇るNURO Biz。速度的なストレスは皆無の制作環境に仕上がっている。「今まではローカルのデバイスがボトルネックになるケースが多かった。ここ(FK Studio)はローカルデバイスのスペックがかなりいいので、逆にネットワークがボトルネックにならないように注意した」(薗部氏)ということだが、さらに、2Gbpsのインターネット帯域を「ゲスト用と社内用にルーターを分けている。そのため、ゲストが増えても館内ネットワークの速度には影響がない」(薗部氏)という徹底ぶり。まさに、"ヘビーデューティ"という表現がしっくりくる。「編集室にお客様が立ち合わないケースは増えています。完成品をチェックで送る時でも、ネットワークのスピードが高いので助かっている」(洲脇氏)とのことだ。
番組制作にとっての"普遍性"を示したMA室
📷
Pro Tools | S3を採用したことで、大きなゆとりを確保したMA室の作業デスク。台本の位置などを柔軟に運用できるのがメリットだ。メーター類や操作系も、見やすく手の届く範囲にまとめられており、作業に集中できる環境が整えられている。
NAルームが併設されたMA室はステレオ仕様、Pro ToolsシステムはHDXカード1枚、HD I/O、Sync HD、Pro Tools | S3という仕様の1式のみ、そして、Mac miniによるMedia Composerワークステーションという、こちらもシンプルな構成。「最高スペックを視野に入れたシステムを組むと、どうしても甘い部分が出てきてしまう。ならば最初から割り切ってステレオとかにした方がいい。そのかわり、4K HDR対応だし、Mac Proもスペックを整えたもの(8コアIntel Xeon W CPU/96GBメモリ/1TB SSD + BMD DeckLink Studio 4Kビデオカード)。モニターもSonyの業務用にして、TB3HDDレイドも入れてます」(薗部氏)という通り、MA制作に必要な機能に的をしぼることで、近年重視されるようになってきたスペックの部分をしっかりとフォローした"基礎体力"の高いシステムになっている。
I/OはHD I/O、コントロールサーフェスはPro Tools | S3だ。今回のスタジオ設計においては、大型コンソールを入れることははじめから考えていなかったという。「複数のパラメーターを同時に操作したい場合はコンソールが必要ですが、ワークのスタイルを大型コンソールに合わせるよりも、原稿を置く位置など作業スペースのレイアウトをその都度変えられたりといったことの方が重要かな、と。」(髙橋氏)ということが理由のようだ。I/Oについては「ぼくひとりで使うなら、どんなに複雑でも面白いものを作ればいいのでPro Tools | MTRXも考えましたが、誰が来ても見れば使えるというところを重視した結果、HD I/Oという選択になりました」(髙橋氏)という。モニターコントローラーはGrace Design m905が選ばれており、音質はもちろんのこと、その使いやすさが選定の大きな理由となっている。
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MA室併設のナレーションブース。圧迫感がなく居住性の高いスペース。
「音の入り口と出口にはリソースを割きたかった」(髙橋氏)ということで、マイクとスピーカーは奇をてらわずも最高峰のものが選ばれている。スピーカーはメインがGenelec 8341A、スモールスピーカーとしてFocal Shape 40が選ばれている。NA用マイクはNeumann U87 Ai、マイクプリはMillenia HV-3Cだ。8341Aは近年ポスプロスタジオでの導入事例が増えているGenelec社の同軸モデルのひとつ。以前、ラフトで代替機として借りた際にそのクオリティが気に入り、今回の選定に至ったという。この機種についての印象を髙橋氏に伺うと、「鳴りと定位感のよさから、番組をやるにあたって聴きやすいという点が気に入っています。以前のGenelecと比べると、最近のモデルはより解像度を重視しているように感じます。」(髙橋氏)という答えが返ってきた。こちらにはGLMを使用したチューニングが施されている。スモールについては「今時のよくある小さめのモニタースピーカーって、どうしても低音を出そうとしているように感じるんです。そもそも、スモールスピーカーを使うというのはテレビの条件に近づけるという意図があったのに、(最近のスピーカーだと)スモールに切り替えると余計に音がこもっちゃってよくわからない、ということが多かったんです。その点、Shapeシリーズはそうしたこもりとかを感じずに、使いやすいな、と感じています。」(髙橋氏)とMA向きな一面をShape 40に見出しているようだ。
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MAスタンダードの地位を獲得した感のあるGenelec Oneシリーズ。FK Studioでは8341Aが採用されている。解像度の高さだけでなく、鳴りと定位感の良さが好評だ。自前の補正システムGLMも人気の理由だろう。
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独自素材を積極的に開発し、引き締まった音像と定位感のよさに定評のあるFocal Shape 40。髙橋氏は自宅でもShapeシリーズを使用しているとのことで、大きな信頼を寄せている。
ビデオ再生はPro Toolsのビデオトラックだけでなく、Media Composer、Video Slave 4 Proでの再生も可能。スタジオ内のネットワークが高速なため、「編集室からNASにProResで書き出してもらったものをMedia Composerにリンクして再生することが多いです。」(髙橋氏)とのこと。ちなみに、ビデオI/OにはAvid DNxIVが採用されている。オーディオプラグインはWAVES Diamond、iZotope RX Post Production Suite、Nugen Audio Loudness Toolkit 2と、MAワークのスタンダードが並ぶ。特にRXについては「RXなしでは最近のMAは成り立たない」(髙橋氏)と、大きな信頼を寄せる。プラグインに関してもこうしたスタンダードなラインナップに集約することで、FK Studioで制作したセッションがほかのスタジオで開けないといったことを未然に防いでいる。まさに、「誰にとっても気持ちよく仕事ができる環境」作りを徹底しているように思えた。ラウドネス関連ではNugen Audioのほかに、テープ戻し用としてCLARITY M STEREOとFourbit LM-06も設置されている。はじめからあえて的をしぼることで実現された一縷の隙もないシステムは、現代の番組MAにとってひとつの"普遍性"を示していると言えるのではないだろうか。
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m905本体、Mac mini、DNxIV。普段は触らない機器もビシッと美しく設置されているところに、薗部氏の透徹した美学が垣間見える。
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Clarity M Stereoとm905リモコン。必要なボタンがハードとして存在していることは、スムースなMAワークには欠かせない要素だ。手軽に位置を動かせるコンパクトさも、スタジオのコンセプトにマッチしている。
細部まで徹底的にシビアな視線で設計されていながら、訪れる者には明るさと落ち着きを兼ね備えた居心地のよい空間となっているFK Studio。「仕上がりはイメージ以上。ラフトさんのお力添えなしにはここまでのものは作れませんでした。」という内宮氏。これからの展望をたずねると「これを機に、2号、3号とスタジオを増やして行けたらいいですね。」と答えてくださった。FK Studioから生まれた番組を観られる日が、今から待ち遠しい限りだ。
(前列左より)株式会社 富士巧芸社 代表取締役 内宮 健 氏、株式会社 ラフト 代表取締役 / クリエイティブ・ディレクター 薗部 健 氏 (後列左より)ROCK ON PRO 沢口耕太、株式会社 富士巧芸社 映像グループ ポストプロダクションチーム チーフマネージャー 洲脇 陽平 氏、株式会社ラフト 音響クリエイター 髙橋 友樹 氏、ROCK ON PRO 岡田詞朗
*ProceedMagazine2021号より転載
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2020/12/18
低負荷、低遅延の秀逸Lo-FiフィルターMcDSP FutzBox 〜Massive Pack Bundleプラグイン紹介!〜
Waves MercuryやiZotope Music Production Suiteをラインナップし、驚異的なクオリティと効率的なワークフローを最大94万円というかつてないValueで提供する、ROCK ON PRO ORIGINAL MASSIVE PACK BUNDLE!このバンドルに含まれるプラグインをピックアップして、その魅力をお伝えいたします!
数量限定のROCK ON PRO ORIGINAL MASSIVE PACK BUNDLE、詳細はこちらからご確認ください!!
通算七回目となる本記事では、独自のSIM(シンセティック・インパルス・モデル)を使用したフィルター系エフェクトプラグイン、McDSP FutzBoxのご紹介です。
過去の記事はこちら
第一回:手持ちの音源から無限のバリエーションを生み出す〜Le Sound AudioTexture
第二回:DAWの機能を「拡張」する NUGEN Producer
第三回:アナログライクなモジュールでサウンドメイク McDSP 6060 Ultimate Module Collection HD
第四回:Eventide Generate で眠れる”カオス”を解き放て!
第五回:最高に普通なEQプラグイン、それこそがクオリティーの証明 SONNOX Oxford EQ
第六回:そのプラグイン、ワザモノにつき Sonnox Oxford SuprEsser
低負荷、低遅延の秘密はMcDSP独自のSIM(シンセティック・インパルス・モデル)にアリ!
McDSP FutzBoxは、ラジオや電話、テレビなど、電化製品の内臓スピーカーを通した音を簡単に再現できるプラグインです。こうした、いわゆる"ラジオボイス"風なサウンドを作る際、よくEQで高域と低域を切って再現したりしますが、このFutzBoxはそうした一般的な処理も行える他、独自のSIM(シンセティック・インパルス・モデル)という技術を採用しています。これにより、コンボリューション(畳み込み)を用いた同様の別のプラグインと比較しても、バリエーションに富んだフィルターサウンドを超低負荷、超低遅延で作り出すことができるのです。
「音の再現性」という意味ではコンボリューションには一歩及びませんが、DSPやCPUに対する負荷の少なさでは圧倒的にこちらの方が有利です。
即戦力のプリセットに加え、様々な電化製品のモデルが大量に用意されており、それらは待ち時間なく即座に切り替え可能なため、時間に追われたポスト・プロダクション現場でも活躍すること間違いなし!さらに、その後段にはMcDSPの定評あるフィルター、EQはもちろん、ディストーション、ノイズ・ジェネレータ、ゲートも実装されているので、すぐに理想のサウンドを実現することができます。
製品の詳細はこちら>>
開発者のColin McDowellさんによる紹介動画もチェック
このMcDSP FutzBoxの他、iZotope Post Production Suite 5や、NLA Video Slave 4 Pro 、LeSound AudioTextureなど人気プラグインが最大94万円のバリューで手に入るMassive Pack Bundleをぜひチェックしてください。
ROCK ON PRO OROGINAL Massive Pack Bundle
ご不明点はこちらのコンタクトフォームよりお気軽にお問い合わせください。
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2020/09/01
株式会社松竹映像センター 様 / AVID S6 Dual Head + 4 MTRXシステムで進化した 変幻自在のDubbing Stage
株式会社松竹映像センターは、2015年にお台場へ移転をしてから早くも5年。移転前の大船時代より使い続けてきたEuphonix System 5から、映画の本場ハリウッドでも採用が進むAVID S6を中核としたシステムへと更新を行った。今回更新のテーマを大きくまとめると、「音質」と「作業効率」両者を最大限に両立しつつ様々なワークアラウンドに対応できるようにする、ということ。その実現に向けた機器の選定からシステムアップまでお手伝いをさせていただいた。
音質、効率、柔軟性、三拍子揃ったシステムを目指して
システムの中心となるのは、AVID S6とAVID MTRX。Playout4台(*1)、Mixer2台、Dubber1台のPro Toolsと、従来のシステムから引き継がれたMixer3台とDubber1台のNuendo、これらが4台のMTRXに接続され、それぞれの繋ぎ変えにより様々なシステムを構成可能なようにシステムアップが行われている。従来のSystem5が担っていたConsoleのCenter Sectionは、MTRXのMonitor Profileがその機能を引き継いでいる。
以前の記事で松竹映像センターのご紹介を行っているが、大船からお台場へ移転の際に設計されたAnalog SRCとNuendoをMixing Engineとしたシステムは、ワークアラウンドの選択肢の一つとして今回の更新でもそのまま残されている。Analog SRCとは、Digital接続で問題となるサンプルレート、フレームレートの相違による問題の解決と、音質向上を狙ったMixing Engineの96kHz動作を行わせるために、Playout DAWとMixing Engineの間をあえてAnalogで接続するシステムをそのように呼んでいる。Playoutの素材として持ち込まれたデータの大半は48kHz。DAW内でサンプルレート変換を行っても良いのだが、一旦アナログにDAしてから96kHz動作のMixing Engineへと信号を導いたほうがサウンドとして良い結果が得られた。実際に音を聴きながら機器選定を行った結果として、2015年の移設の際に導入させていただいたシステムがこのAnalog SRCとなる。
このAnalog SRCは、サンプルレートの違いを吸収するとともにフレームレートの0.01%の吸収にも役立っている。できる限りデジタル上でのデータの改変は行わない、というのがこのシステムの根底に流れるポリシーとなっている。「デジタルの利便性と音質をいかに両立させるか」というのが、前回の更新の大きなテーマだった。今回の更新ではそこに「作業効率」という新たなテーマが加わった格好だ。
2020年
2015年
(*1)ダビングステージということでPlayout用に、D=Dialog(セリフ)、M=Music(音楽)、E=Effect(効果音)、F=Foley(効果音)のそれぞれに計4台のPro Tools HDXシステムが用意され、Eは128ch、D,M,Fは64chの出力が用意されている。これらはMADIによりMixer用のPro Toolsへと送られる
「現場の音」を届けたい
全てのシステムをシンプルにデジタルで直結することによりピュアなサウンドが保たれるのではないか?信号の経路を最短にすることでシンプルで効率の良いシステムが構築できるのではないか?そういったことが各方面より検討され、ハリウッドなどで活用されるシステムなども、松竹映像センターの吉田様に実際にハリウッド現地の視察を行っていただき、もたらされた情報とともに進められた。同時に、ハリウッドのスタイルでは、PlayoutのPro Toolsの内部である程度のSTEM MIXが行われ、Dubberの内部でFinal Mixが行われる。まさにIn The Boxのスタイルが良くみられる。しかし国内のダビングステージではMixing Consoleが健在であり、In The BoxでのMixingではなく、ConsoleでのMixingを求める声も大きい。
そこで、今回の更新では、AVID S6をSurfaceにMixng Engineとして機能するPro Toolsを2式増設することとなった。なぜ2式のPro ToolsにしたかというとInputのチャンネル数に余裕をもたせるためである。Pro ToolsはHDX card1枚に付き64chのIN/OUTという物理的な制約が存在する。現状最大構成となるHDX3で192chが上限ということになる。ステレオミックスであれば192chのInputは十分に思えるかもしれないが、5.1chを基本とする映画ダビングでは192chというのは、32 stemに当たる。これを4台のPlayoutに分配するとたったの8 stemとなる。設計段階でギリギリのスペックとするのではなく、余裕をもたせたい。その考え方から2台のPro ToolsをMixing Engineとして準備した。AVID S6が同時に8台のDAWをコントロールできるという機能性の高さにも助けられている。
最終段のレコーダーに当たるDubberは、従来のNuendoに加え、Pro Toolsが整備された。Dubberへの回線はAnaSRCを介しての接続と、デジタルダイレクトでの接続が両方選べるように設計されている。Analog SRCの場合には、FInal Mixは一旦DAされ他Analog信号がADされてDubberへと接続される。この接続には松竹映像センター様がお台場移転時に実現した一つの理想形。モニタリングを行っているスピーカーから出力されている信号を聞いて、エンジニアはその良し悪しを判断している。そのサウンドを残すことが、スタジオとしての命題である、という考え方だ。通常のシステムでは、レコーダーに収録された音を最終的に聞くことにより判断を行っている。しかし、レコーディングを行うということは、デジタルにおいても何かしらの変質をはらむ行為となるため、あえてシグナルパスは増えることになるが、ミキシング中に聞いている音との差異を最低限にするための一つの手法としてこの様な選択肢を持っている。
もう一方のデジタルダイレクトでの接続は、出来る限りそのままの信号を残すというデジタル・ドメインの理想形を形にしている。デジタルレコーダーから出力された音声は、デジタルのままピュアにレコーダーまで接続される。現代のデジタル・オーディオのシステムに於いて最後までアナログに戻さずに、劣化の少ないデジタルのまま、シグナルを処理するという理想形の一つだ。
このダビングステージは、サウンドのクオリティーを追い求める飽くなき探究を、実際にシグナルパスの変更により適材適所に選択できる国内有数のシステムとなっている。作品に合わせ、その作業の内容に合わせ、柔軟に変化できるシステムであり、現場の音をどうしたら理想に近いクオリティーで届けられるか、という飽くなき探究の結果が、理想のサウンドに合わせて選べるシグナルパスとして結実している。
アシスタント・デスクは1面増え、全5面のPC DISPLAYが設置されミキサー&レコーダーのコントロールを一括して操作することができる。
Play Out機を操作するカートは、Dual Displayへと改造され操作性が向上している。ユーザーからのリクエストの多かったポイントだ。
Column:AD/DAどちらが音質に効果的?
ADコンバーターと、DAコンバーター。どちらが音質に対して与える影響が大きいのだろうか?もちろん、どちらも”コンバート”=”変換”を行う以上、何かしらのロスをはらむ行為となる。各機種を徹底して聴き比べた結果、Master Clockによる影響が同一だとすれば、ADコンバーターの音色差は、それぞれが持つプライスほどの差を感じなかった。一方のDAコンバーターは、同一のMaster Clockを供給したとしてもその音質差は大きく、メーカーごとの個性が確実に出るということがわかった。ちなみに、Master Clockを供給せずにインターナルで動作させた場合にはADコンバーターも差が大きく出ることを付記しておく。
ADコンバーターの動作原理は、線形波形を時間軸でスライスし(標本化)、その波形の大小を量子化することでPCMのデータを取り出している。標本化する時間間隔が標本化周波数=サンプリングレートであり、48kHzであれば、1秒を48,000等分するということである。そこでスライスされたデータは大小を基に量子化され、デジタルデータとして出力される。その際、WAVデータでは最大値をフルビットとし、無信号との間を24bitであれば16,777,216段階に分割。どの段階が一番近いかということで近似値をデータとして出力している。かなり細かく説明を書いてしまったが、線から点へ間引く作業を行っているとも言える。この間引く間隔がMaster Clockであり、その正確性がデータにダイレクトに反映する部分でもある、この部分が同一であれば、量子化する仕組みはどの機器もほぼ同一のデルタ・シグマ・モジュレーターを採用しているため、差が生まれにくいのだと考えられる。
もう一方のDAコンバーターは、間引かれて点になっているデータを、線形に変換するという作業を行っている。ここではオーバーサンプリングと呼ばれる技術が使われ、点と点の間を補完することで線形に変換している。この”補完”の部分は、ADコンバーターでも使われているデルタ・シグマ・モジュレーターが一般的には使われているが、DAコンバーターの場合には、複数の方式(何倍のオーバーサンプリングなのか、1Bit or マルチBit回路)があり、さらに線形の情報として取り出したあとにラインレベルまで増幅するアナログアンプが存在する。これらの違いにより、機器間の差が大きく出る傾向のようだ。
外的要因=Master Clockにより、その精度が画一化されるADコンバーターと、メーカーの設計による部分の大きいDAコンバーター。感覚的にはADの方が、とも思いがちだが、実際に色々と試してみるとDAの方が顕著な差があるということとなる。この結果は、あくまでもMaster Clockが存在するという前提のもとでの結果だということになる。Internal Clockであれば、その機器の持つClockの精度という、また別の音質に影響を与える要因が生じるということは忘れないでほしい。
“これまでの利便性を活かす”ソリューション
実際のシグナルフローのお話は、後ほどしっかりとさせていただくとして、AVID S6をみてみたい。これまでEuphonix System 5が導入されていたダビングステージ。写真を見ていただきたいのだが、特注で作ったSystem5用のデスクをそのまま流用している。8フェーダーごとにモジュール構成になっていたSystem 5を作業に合わせて、左右を入れ替えて使用していた。今回の改修では、デスクはそのまま、System 5で行っていたようなモジュールの入れ替えにより、サーフェースの変更にも対応する仕組みをこれまで通りに実現している。
これを実現したのが、イギリスのFrozen Fish Designというメーカーがリリースする「Euphonix Hybrid Backet」という製品。AVID S6のモジュールを、Euphonix System 5のモジュールとそっくりそのままのサイズのシャーシに収めてしまうというアイデア製品だ。もともとは、System 5とAVID S6が同居したHybrid Consoleを、というアイデアからの製品である。余談だが、AMS NEVE DFCのモジュールと同じサイズにAVID S6のモジュールを収める製品も同社はリリースしている。このFrozen Fish Design社製品の導入により、従来通りフェーダーを必要な箇所に自由自在に配置できるコンソールを実現している。
もう一つAVID S6としてのトピックは、Dual Head構成となっているということ。通常は1台のMaster Touch Module=MTMがコンソール全体の制御を受け持つのだが、松竹映像センターのAVID S6はサイズも大きく2台のMTMが必要となった(1台のMTMでの上限は64フェーダー)。物理的な問題もそうだが、数多くのDAWを並行して操作するというダビングのシステムにおいて、MTMが2つあることのメリットは大きい。複数のエンジニアがコンソールに向かい作業を行うため、左右で別々の操作・作業を並走することができるDual Head Systemは作業効率に対して大きなメリットをもたらす。基本的には、左手側がD/M、右手側がE/Fのエンジニアが担当することが多いとのことだが、場合によってフェーダー数を増減したり、操作するDAWを入れ替えたりということが、すべてのDAWを同一のネットワーク上に存在させているため簡単に行える。AVID S6の持つ強力なレイアウト機能、スピルゾーン機能などと組み合わせることで、柔軟な運用を実現できるシステムとなっている。
様々なニーズに対応できるS6×MTRXシステムの柔軟性
様々なワークアラウンドが組めるように設計されている、松竹映像センターのダビングステージ。そのワークアラウンドのいくつかをご紹介したい。
●Direct Dubber
一番シンプルなシステムパターンとしては、MixerとなるDAWを介さずにMTRXの内部でSTEM MIXを行うというパターン。PlayoutのPro Tools HDXから出力された信号はHD MADIを通じでMADIとして出力される。この信号はMTRX #1号機もしくはMTRX #2号機を通じてMTRX #3号機へ送られる。4台のPlayout Pro Toolsでは、内部で数本のSTEMにミックスされたチャンネルが出力される。これらのSTEMは、最終的にMTRX #3号機でミックスされ、Dubberへと送られる。この際のサンプルレートは基本的に48kHz。シンプルなワークアラウンドで完結させるフローとなる。MTRX #3号機のミックスのフェーダーはDADmanアプリケーションを通じAVID S6のフェーダーで微調整が行えるというのは、特筆すべき事項である。これにより、これまでEuphonix System 5に委ねていたFinalミックスの作成作業をMTRXの内部で行うことができる。このシグナルフローはハリウッドでよく見られるものとほぼ同等である。
●PT mixer w/Analog SRC
次に、MTRX #1 / #2号機に接続されている、Pro Tools Mixerを使用するパターン。この場合はPlayout内部でミックスを行わず、それぞれの素材がある程度の種類に分けられた複数のSTEMとして出力される。そしてMixer Pro Tools内部でミキシングが行われる。再生機としてのPro Toolsと、MixerとしてのPro Toolsが別々に存在しているというパターン。Pro Tools MixerはまさにSystem5などのハードウェア・コンソールで行っていた機能を代行するものであり、プラグインプロセスなどにより、その機能を拡張するものとして導入が行われている。このパターンでの内部プロセスは48kHzであり、Analog SRCの回路を経由してDubberの直前まですべてがdigitalでダイレクトに接続されている。
●PT mixer w/Analog SRC@96k
Playout Pro ToolsからMTRX #1/#2号機との接続の間にAnalog SRCを挟んだパターン。これにより、Mixer部分はPlayoutの素材のサンプルレートに関わらず96kHzでの動作が可能となる。ミックスを行うプロセスのサンプルレートはやはり音質に対して影響のある部分。ワークアラウンドとしては複雑にはなるが、それでもクオリティーにおいてはプラスに働く要素となりえる。これまでの松竹映像センターのダビングステージで行われていた作業のスタイルをMTRXとPro Toolsを用いてブラッシュアップしたパターンとも言える。48kHzでのマスター素材を収録するDubberの前には、やはりAnalog SRCが存在しているため、サンプルレート変換をPC内部で行うなどの作業は必要ない。まさに、音質と効率の両者を追い求めたシステムアップとなっている。
●Nuendo mixer w/Analog SRC@96k
もちろん、これまで使用されてきたNuendo Mixerも残されている。これによりMixer Engine部分をPro Toolsにするのか、Nuendoにするのかという贅沢な選択も可能となっている。Nuendoの場合には、これまでのシステムと同様に基本的に96kHzの動作でのシステムアップとなっているが、バックボーンとなるシグナルはすべてCoax-MADIに統一されており、パッチ盤での差し替えでいかようにでもシステムを組み変えることができるようになっている。柔軟性と、ダビングステージを使用するお客様のニーズに合わせて変幻自在にその形を変えることができるシステムだ。
マスターセクションとしてのMTRX
MTRXのコントロールアプリ"DADmam"は4台を一括で操作できる。手元には、ハードウェアコントローラーMOMが置かれ、アシスタントは手を伸ばすことなくボリュームコントロールが行える。
今回のシステムアップにおいてMTRX #3号機は、まさにハードウェア・コンソールのマスターセクションを代替するものとしてDADman上での設計が行われている。モニターセクションとして、スピーカーボリュームの調整、視聴ソースの切り替えはもちろん、強力なCue Mixの機能を活用し、Assistant DeskへのHead phone送りのソースの切り替え、MTRX #1/#2号機から送られてくる信号のサミングなど、様々な機能を使いシステムアップが行われている。Avid S6のセンターセクションであるMTMからのコントロールと同時に、Assistant DeskにはDAD MOMが用意され、スタジオスタッフが手元でのボリューム調整が行えるように設計されている。
また、Playout用Pro Toolsのコントロールに使われるカートは、Dual Displayにブラッシュアップされた。やはりスタジオを利用するお客様からの要望が多いポイントであったということで、今回の更新に併せて変更された部分となる。このカートへのDisplay出力の仕組みは、これまで通りSDIへ信号を変換しVideo Patchで自由に組み替えができるシステムとしている。もちろんKVM Matrixシステムが導入できればよいのだが、PCの台数、Displayの台数を考えるとかなり大規模なシステムとなってしまうため、コストを抑えつつ、必要十分な機能を果たすということで、こちらのSDI延長システムを継続してご利用いただいている。
ぎっしりAVID MTRXのオプションスロットに設置されたMADI / Digi Link Module。96kHz稼働時にも十分なチャンネル数を確保できるようになっている。
今回の更新では、Dubbing Stageという環境での様々なニーズに応えるべく、かなり大規模なブラッシュアップが図られた。Dual HeadのAvid S6による操作性、機能性の向上。そして、MTRXの導入によるワークアラウンドの多様化など、そのポイントは実に多岐に渡っている。実際に作業を行った後にお話を伺うことができたのだが、習熟を進めている中であるという部分を差し引いたとしても、システムの柔軟性、利便性の向上はしっかりと感じられているとのこと。
デジタルの利便性へすべての信頼を置いてしまうことに疑問を持ち、制作過程における音質というポイントを思い起こしながら、音質と作業効率という反比例をもしてしまうような2つの要素を高度な次元で両立させたこのDubbing Stage。これから行う様々な作業の中で、今後どのようなワークアラウンドが行われていくのか?どのような選択基準でそれが選ばれたのか?実作業におけるシステム活用の様子にも大きな興味が持たれるところだ。
写真左より、株式会社松竹映像センター ポストプロダクション部 ダビング・MA所属の田中俊 氏、深井康之 氏、吉田優貴 氏、清野守 氏、久保田貫幹 氏、石原美里 氏、ROCK ON PRO 嶋田直登、前田洋介
*ProceedMagazine2020号より転載
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2020/08/05
株式会社IMAGICA SDI Studio 様 / 国内外のニーズを両立させる、グローバルスタジオの最先端
長い歴史と高いクオリティを背景に、映像コンテンツのポストプロダクション事業におけるリーディング・カンパニーである株式会社IMAGICA Lab.と、欧米・アジアに数多くの拠点を持ち、メディア・ローカライズ事業をグローバルに展開するSDI Media Group, Inc.。ともにIMAGICA GROUPの一員であるふたつの企業による共同設立という形で株式会社IMAGICA SDI Studioが誕生した。映像コンテンツの日本語へのローカライズと、アニメーション作品の音響制作を主に手掛ける同社の拠点として、2020年2月に旧築地市場付近にオープンした同名のスタジオは、国内外からの様々な要求に応えるために、高品位な機器設備の導入だけでなく、欧米と日本のスタンダードを両立したスタジオ設計を目指したという。本記事では今後ますます起こり得るだろうグローバルな規模でのコンテンツ制作を可能にしたこのスタジオの魅力を紹介していきたい。
国内外双方の要望に応えるポストプロダクション
株式会社IMAGICA Lab.(以下、IMAGICA Lab.)と言えば、名実ともにポストプロダクション業界を代表する企業だ。国内最大規模のポストプロダクション事業を展開する企業であり、その歴史は戦前にまで遡ることができる。国内開催の五輪や万博といった歴史的な事業との関わり、独自技術の開発など、ポストプロダクション業界への貢献は計り知れない。一方、2015年にIMAGICA GROUPに参画したSDI Media Group, Inc.(以下、SDI)は、ロサンゼルスに本拠を置き、欧米とアジアに150を超えるレコーディングルームを持った世界的なローカライズ事業者。グローバルなコンテンツのダビングとサブタイトリングをサービスとして提供している。
そして、業界のリーディングカンパニーであるこの2社が2019年に共同設立したのが株式会社IMAGICA SDI Studioとなるのだが、この2社のコラボレーションの開始は同じグループ企業となった2015年に遡る。当初はIMAGICA Lab.が国内のクライアントから請け負った日本語コンテンツの多言語字幕吹替版の制作事業を中心に行っており、日本語吹替版の制作はIMAGICA Lab.内のMA室を改修したスタジオで2017年から実施されていたという。日本語吹替版制作事業が順調に拡大する中で、海外コンテンツの日本語ローカライズに対する需要の高まりを受け、国内外双方の要望に応えるために両者の共同出資によるグループ内企業を設立。そして、同企業の所有するスタジオとしてのIMAGICA SDI Studioのオープンが決まったということである。
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IMAGICA SDI Studioの主な事業は、映像コンテンツの日本語吹き替え版の制作と、アニメーション作品の音響制作ということになるのだが、こちらのスタジオを拠点とした業務にとどまらず、翻訳者や声優のキャスティングから納品物の制作に至るまでを一手に引き受けることができる総合的なプロダクションとなっている。クライアントからすれば、IMAGICA Lab.とSDIの実績を背景とした豊富なノウハウと厳密なクオリティ管理の下に、プロジェクト全体をワンストップで依頼できるというわけだ。まさに時代に即応した現代ポストプロダクションの申し子とも言うべき企業が誕生したと言えるだろう。
海外仕様と日本のメソッドを融合
国内では類例のない広さを持つ102レコーディングブース。台本が見やすいようになるべく明るい部屋を目指したという。マイクはNeumann U 87 Ai。
「IMAGICA Lab.とSDIの両社で作ったスタジオということで、国内のお客様から求められる仕様と海外のお客様から求められる仕様を両方組み合わせて、両方のお客様に応えられるような設備の組み合わせを作ったというところが、一番特徴的かと考えています」と、株式会社IMAGICA SDI Studio 代表取締役社長 野津 仁 氏より伺えた。この国内外両方の顧客ニーズへ応えるために、仕様決定についてはSDI側からのリクエストも仔細に反映されている。当然、それぞれの国ごとに建築事情も違えばワークフローのスタンダードも異なっており、両立するための工夫がスタジオ全体の微に入り細に入り凝らされているが、その中でもこの両者の融合がもっとも顕著に現れているのが集合録り向けの部屋となる102ではないだろうか。
101を除く4部屋にはレコーディングブースが併設されているのだが、この102では国内でよく用いられている"集合録り"を行うための設備が整えられた。天井高:約3m/床面積:約40㎡という広々としたブースは最大25人程度を収容できるキャパシティを備えており、集合録り向けとはいえこれほど広いブースは国内でも珍しい。そこには、演者への快適な居住性の確保という観点はもちろん、海外に数多くの拠点を持つSDIの意向も強く反映されているという。ADRが主流となっている海外の制作現場では、ミキシング時に加工がしやすいクリーンな録り音を求める傾向が強い。リバーブ感も含めた各セリフの味付けは、レコーディング後の処理で追加するものという発想のようだ。そのため、天井高を確保することでブース内での反響を抑制し、可能な限り響きの少ない声を収録することを目指している。今回の音響設計は株式会社SONAの手によるものだが、狙い通り反響の少ない一つ一つの音が聴きやすく、かつS/Nもよい環境に仕上がったようだ。
同じようにブース内での反響を抑制するためにすべてのブースをプロジェクター+スクリーンにしたいとSDIからの要望もあったという。台本を持って収録にのぞむことになる日本のアフレコワークではスクリーンを使用すると部屋が暗くなり過ぎるため、残念ながらこちらは見送りとしたようだが、より反響を抑えるためにブースとコントロールルーム間のガラスを塞ぐことが出来るようにするなど、サウンドへの要望を実現するための工夫は随所に凝らされている。この102のブースは海外のクライアントが求めるサウンドと、日本で行われてきたワークフローとの両立が垣間見える、非常に興味深いスペースとなっている。
101 / 3mの天井高による理想的なDolby Atmos環境
それではスタジオの仕様を見ていきたい。全5部屋あるダビングスタジオのうち、101スタジオだけはレコーディング・ブースを持たないミキシング専用の部屋となっている。そして、この部屋がIMAGICA GROUP初のDolby Atmos対応ミキシング・ルームとなった。これまでもIMAGICA GROUPにはDolby Atmosに対応したプレビュールームなどはあったが、Dolby Atmos Home環境で制作が行えるスタジオはこちらが初めてとなる。
レイアウトはミッドレイヤーに7本、トップには4本のGenelec S360、サブウーファーは7380A 2本を使用した7.1.4ch構成。約3mに及ぶ天井高は、Dolby Atmosなどのイマーシブモニター環境としては理想的だ。この部屋は前述のように7.1.4 Dolby Atmosの構成をとるが、4本のトップレイヤーと、7本のミッドレイヤーとの間に十分な距離を取れないとミキシング作業に支障を来すということで、計画当初から3mの天井高を確保することが視野に入れられていたという。そこにモニタースピーカーとして採用された11本のGenelec S360が、最大出力118dB SPLというパワーで広い部屋の隅々まで音を届けている。
トップレイヤーを取り付けている位置は部屋全体からさらに浮いた構造になっており、音響的な「縁切り」がしっかりと行われている。
DAWは、メイン用と音響効果用に2式のPro Tools HDXシステムが導入された。メイン側のI/OはPro Tools | MTRX、効果用のI/Oは従来モデルのHD I/Oが採用されている。Pro Tools | MTRXはAD/DAに加え、Dolby Atmos RMUと信号をやり取りするためのDanteオプションカードと、ルームチューニング機能を提供するSPQオプションカードが追加された仕様だ。Dolby Atmos Home Mastering制作に必須となるDolby RMUは、昨年DolbyよりアナウンスされたばかりのMac mini構成。Mac miniはDante I/O カードとともにSonnet xMac mini Serverにビルトインされ、1UのコンパクトなサイズでDolby Atmosに必要な128chを処理する。限られたスペースに多数の機材をラッキングしなければならないMAスタジオにとっては、そのコンパクトさは価格も含めて魅力的な構成と言えるだろう。
コントロールサーフェスは、メインに16フェーダー構成のAvid S4、効果用にAvid S3を採用。S4はフラッグシップであるS6 M40に搭載された機能のほとんどを使用することが可能だが、今回はディスプレイモジュールなしとし、3Dパンニング対応のパンナーモジュールが追加されている。S4とS6 M10とのもっとも大きな違いのひとつがディスプレイモジュールへの対応だが、そのディスプレイモジュールを省いたのはこの部屋の映像モニターがスクリーン+プロジェクターであることと関係している。せっかく大型スクリーンで視聴できる環境を整えたのだから、その手前にカラフルなディスプレイモジュールを設置することは望ましくない、という判断だ。
パワフルな機能だけでなくコンパクトさも魅力Avid S4。様々な位置でミックスを確認できるよう、パンナーモジュールは特注ボックスに収納され本体の外に設置されている。
パンナーモジュールは特注専用ボックスと延長ケーブルを使用して、サーフェス本体から離れた位置でもパンニングを行うことができるようになっている。モニターコントローラーは、発売直後の導入となったGRACE DESIGN m908。名機m906の後継機として、Atmos対応を果たした同社の新たなフラッグシップ・モデルだ。IMAGICA Lab.では2部屋ある5.1ch対応MAスタジオの片方にm906が採用されていたのだが、その使い勝手が非常によいということで、こちらでは後継となるm908が全部屋に導入されている。
プラグイン関連に目を向けると、基本的に全部屋共通でWAVES Diamond、NUGEN AUDIO Loudness Tool Kit、iZotope RX7、AUDIO EASE各種、Video Slave 4 Proなど、ポストプロダクション業務でのデファクト・スタンダードが余すところなく導入されている。個人的には、その中にSound Toys Bundleが含まれているところが興味深いと感じた。MAというと、不要なノイズを除去するなど、ついついサウンドを"きれいに"する方向にばかり注目してしまうが、Sound Toysのように積極的に歪ませることが得意なプロダクトも導入されている点は、サウンドに対するこだわりを感じさせる部分ではないだろうか。
102~105 / 国内屈指の規模となる収録ブース群
102コントロールルーム
そして、102~105は収録ブースを備えた部屋となっている。前述の通り102はいわゆる"集合録り"向けの部屋で、天井高:約3m/床面積:約40㎡という広々としたブースは最大25人程度を収容できるキャパシティを備えている。103~105は個別録り向けの部屋となっているが、それでも面積:約17~19㎡ x 高さ:約3mとなっており、一般的なスタジオと比べると大きなスペースを確保している。こちらでも微に入り細に入り不要な反響が発生しない工夫が凝らされており、クリーンな録り音を狙った仕様は102と同様だ。
102レコーディングブース
103レコーディングブース
機材面については、集合録り向けの102のみ収録機材が多いことを除いて、これら4部屋は基本的に同様の構成となっている。IMAGICA Lab.での実績を踏まえたオーセンティックな構成でありながら、課題となっていた部分を解決するためのモデル変更や最新モデルへのアップグレードなどが実施され、よりブラッシュアップされた仕様となっている。モニター環境は、配信系の映像コンテンツでは主流となっている5.1サラウンド構成を採用。モニタースピーカーには、国内出荷直後のGenelec 8351B(サブウーファーは7370A x2)が選ばれている。
そして、DAWは101と同様にPro Tools HDXシステム+Pro Tools | MTRXだが、102~105はHDXカードが1枚、MTRXのオプションカード構成も収録のない101とは異なったものとしている。コントロールサーフェイスにはAvid S3を採用。IMAGICA Lab.ではArtist | Mixを使用していたそうだが、フェーダーのクオリティ向上などを目的にS3が選ばれた格好だ。S3にはパンニング機能を追加できないため、パンナーとしてJL Cooper Eclipse PXが導入されている。102~105は5.1サラウンド仕様ではあるが、将来的な拡張性を考慮し、Dolby Atmos対応の本モデルが採用された。
Pro ToolsのホストマシンとなるMac Proは、101・102が旧モデル(いわゆる"黒Mac Pro")、103~105は発売されたばかりの新型Mac Proとなっている。最新のCPUに加え動画再生にも対応できるようメモリを増設、ホストマシンがワークフローのボトルネックとなることはほぼないのではないだろうか。モニターコントローラーも101と同じ、GRACE DESIGN m908が採用されている。ここにはPro Toolsからのアウトだけでなく、Mac Pro本体のオーディオアウトと、収録のバックアップ機として導入されているZoom F6が繋がっている。Pro Tools起動前に音声を確認したり、収録中に万一Pro Toolsが落ちた場合のブースとの音声のやり取りに使用するためだ。
ミキシング専用の部屋である101とは異なり、レコーディング作業もある102~105にはアナログコンソールが導入されているが、Avid S3と同じデスクの上にならべる必要があるため、そのサウンドクオリティとコンパクトさからSSL X-Deskが採用されている。HAはRupert Neve Design Portico 511とAD Gear KZ-912、Portico 511と同じシャーシにはダイナミクスとしてSSL E Dynamics Moduleもマウントされている。
全会一致で可決!?全部屋に導入されたGenelecスピーカー
IMAGICA SDI Studioのスピーカー構成は101がGenelec S360+7380Aの7.1.4 Dolby Atmos、その他の部屋(102~105)は8351B+7370Aによる5.1 サラウンド仕様となっており、全部屋がGenelec製品で統一されている(101はステレオ用モニターとしてADAM AUDIO S2Vも設置)。前述の通り、設立当時はIMAGICA GROUP内でDolby Atmos対応のMAルームが存在していなかったため、それに応じるように吹き替え事業で需要のあるDolby Atmos対応ミキシングルームが作られた格好だ。その他の部屋も、近年の吹き替え作業での高い需要を鑑みて5.1サラウンド仕様となっている。特に配信系の映像コンテンツでは、現在はステレオよりも5.1サラウンドの方が主流と言ってよいようだ。
導入されたモデルについては、機材選定の段階で検討会を実施した際、ミキサーからの評価が非常に高かった2機種が選ばれている。ちなみに、この時の検討会では国内で試聴できるほとんどすべてのモニタースピーカーを一挙に聴き比べたという。S360については、「音が飛んでくる」「部屋のどこで聴いても音像が変わらない」「帯域のバランスがいい」など、参加したミキサーからの評判が非常に高く、ほぼ全会一致で導入が決定された。およそ3m x 35㎡という広い部屋をカバーするだけの、高い最大出力も魅力だったとのこと。当初は全部屋S360でもいいのではないか!?という程に評判がよかったようだが、101以外の部屋に設置するにはさすがにサイズが大きすぎるということもあり、8351Aが検討されたという経緯だ。その後8351Aについては、ちょうど導入時期にモデルチェンジがあり、8351Aから8351Bへとブラッシュアップされることが発表され、101を除く全部屋は8351Bで統一されることとなった。
S360
7380A
8351B
8351BはGenelecの中でも比較的新しい"One シリーズ"という同軸スピーカーのラインナップに属しているモデルだ。スピーカーを同軸モデルにすることに関してはSDIの担当者も非常に強く推していたそうで、「実際に音を出してみて、彼があれだけこだわった理由もわかるな、と思いました」(丸橋氏)というほど、位相感やサウンドのまとまりにはアドバンテージがあるという。同軸ではないS360との差異も違和感にはならず、却って差別化に繋がっているようで、それぞれのスタジオ環境に応じた的確なセレクトとなったようだ。
GLM+MTRX SPQカードによる音場補正
全部屋のモニタースピーカーにGenelec製品が導入されているため、音場補正はGLM(Genelec Loudspeaker Management)をメインとして行われている。同じく全部屋のPro Tools | MTRXにSPQオプションカードが換装されており、追加の補正を同時に施している。「基本的にはGLMで音作りをするという考え方で、SPQについてはそれプラスアルファ、必要な匙加減の部分を任せる、というような形です。」(池田氏)SPQカードは128のEQチャンネルと最大1,024のフィルターを使用した、非常に精密なチューニングを可能にしてくれる。IMAGICA SDI Studioの場合は、101が唯一スクリーン+プロジェクターという構成で、センタースピーカーがスクリーンの裏側に設置されている。そのため、スクリーン使用時はこのスピーカーだけ高域が僅かに減衰する。こうした部分の微調整を行うために、Pro Tools | MTRX のSPQカードによる追加の処理が施されているということだ。GLMとSPQのそれぞれの強みを活かし、クオリティと運用性の高さを両立していることが窺える。
高い操作性でイマーシブモニタリングにも対応するm908
今回、文字通り発売直後のタイミングで全部屋に導入されたモニターコントローラー GRACE DESIGN m908。そもそも、Dolby Atmosのスピーカー構成に対応できるモニターコントローラーの選択肢が、現状ではほとんど存在しないということも一因だが、現場のエンジニア諸氏が前モデルとなるm906の利便性を高く評価していたことが今回の採用に非常に大きく影響したようだ。
m908の必要十分な大きさのリモートコントローラーは、7.1.4構成時にもトップのスピーカーまで個別にソロ/ミュート用のボタンが存在するなど、作業に必要な操作がワンタッチで行えるように考えられたデザインとなっている。加えて、イン/アウトもコントローラー単体で自由に組めるためカスタマイズ性も高く、説明書を読まずに触ったとしてもセットアップができてしまうと評されるほどのユーザーインターフェイスを併せ持つ。また、m908はオプションカードの追加によって入力の構成を変更することが可能な柔軟性も魅力だ。アナログ信号を入力するためのADカードのほか、DigiLinkカード、Danteカードがあり、スタジオの機器構成に応じて最適な仕様を取ることができる。実際にこちらでもDolby Atmos対応の101とその他の部屋とでは異なるカード構成となっており、多様なスタジオのスタイルに合わせることができている。
これだけの規模のスタジオ新設、それも音関係の部屋のみで作るというのはIMAGICA GROUPの中でも過去にほぼ例がないことだったという。しかも、グローバルなコンテンツ制作への対応に先鞭をつけることが求められる一方で、足元となる国内からのニーズとも両立を計るというミッションがあったわけだから、その完成までの道程にあったクリアすべき課題は推し量るにも余りある。そうしてこれを実現するために2年、3年と行ってきた数々の試行錯誤は、いままさに実を結んだと言えるだろう。国内外のクライアントに最上のクオリティで応えることができる、IMAGICA SDI Studioという新たな拠点がいまスタートを切った。
当日取材に応じてくれた皆様。画像前列向かって右より、株式会社IMAGICA SDI Studio 代表取締役 野津 仁 氏、同社 オペレーション・マネージャー 遠山 正 氏、同社 ミキシング・エンジニア 丸橋 亮介 氏、同社 チーフ・プロデューサー 浦郷 洋 氏、後列向かって右より、株式会社フォトロン 鎌倉氏、ROCK ON PRO 岡田、株式会社ソナ 池田氏、同社 佐藤氏、ROCK ON PRO 沢口、株式会社アンブレラカンパニー 奥野氏
*ProceedMagazine2020号より転載
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2020/04/17
Mac mini RMU〜コンパクトな構成でDolby Atmos ミキシングを実現
ホームシアター向けDolby Atmos(Dolby Atmos Home)マスターファイルを作成することが出来るHT-RMUシステムをMac miniで構成。劇場映画のBlu-RayリリースやVOD向けのDolby Atmos制作には必須のDolby Atmos HT-RMUシステムは、Dolby社の認証が下りている特定の機器構成でなければ構築することが出来ない。従来、認証が下りていたのは専用にカスタマイズされたWindows機やMac Proといった大型のマシンのみであったが、ついにMac miniを使用した構成の検証が完了し、正式に認可が下りた。
Pro Toolsシステムとの音声信号のやりとりにDanteを使用する構成と、MADIを使用する構成から選択することが可能で、どちらも非常にコンパクトなシステムで、フルチャンネルのDolby Atmos レンダリング/マスタリングを実現可能となっており、サイズ的にも費用的にも従来よりかなりコンパクトになった。
HT-RMUの概要についてはこちらをご覧ください>>
◎主な特徴
Dolby Atmosのマスター・ファイルである「.atmos」ファイルの作成
.atmosファイルから、家庭向けコンテンツ用の各フォーマットに合わせた納品マスターの作成
「.atmos」「Dolby Atmos Print Master」「BWAV」を相互に変換
Dolby Atmos環境でのモニタリング
Dolby Atmosに対応するDAWとの連携
DAWとの接続はDanteまたはMADIから選択可能
◎対応する主なソリューション
Dolby Atmos に対応したBlu-ray作品のミキシング〜マスタリング
Dolby Atmos に対応したデジタル配信コンテンツのミキシング〜マスタリング
Dolby Atmos 映画作品のBlu-ray版制作のためのリミキシング〜リマスタリング
Dolby Atmos 映画作品のデジタル配信版制作のためのリミキシング〜リマスタリング
Dolby Atmos 映画作品のためのプリミキシング
構成例1:Dante
※図はクリックで拡大
RMUとPro Toolsシステムとの接続にDanteを使用する構成。拡張カードを換装したPro Tools | MTRXやFocusrite製品などの、Dante I/Fを持ったI/Oと組み合わせて使用することになる。この構成ではLTCの伝送にDanteを1回線使用してしまうため、扱えるオーディオが実質127chに制限されてしまうのが難点だが、シンプルなワイヤリング、ソフトウェア上でのシグナル制御など、Danteならではの利点も備えている。しかし、最大の魅力はなんと言ってもRMU自体が1U ラックサイズに納ってしまう点ではないだろうか。
構成例2:MADI
※図はクリックで拡大
こちらはMADI接続を使用する構成。歴史があり、安定した動作が期待できるMADIは多チャンネル伝送の分野では今でも高い信頼を得ている。この構成の場合、MADIまたはアナログの端子を使用してLTCを伝送するため、128chをフルにオーディオに割り当てることが出来るのも魅力だ。また、この構成の場合はMADI I/FをボックスタイプとPCIeカードから選択することが出来る。
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2019/12/26
株式会社角川大映スタジオ様 / Dolby Atmos導入、いままでのジャンルを越えた制作へ
1933年に開所した日本映画多摩川撮影所から始まり、80年以上の歴史をもつ角川大映スタジオ。そのサウンドを担っているポスプロ棟の中にはDubbing Stage、MA/ADR、Foley、サウンド編集室というスペースが存在している。今回の改修ではMA/ADRのDolby Atmos化、サウンド編集室のサウンドクオリティの向上を図る改修工事のお手伝いをさせていただいた。製品版の導入としては国内初であるDolby Atmos Processer HT-RMU/J(MAC)や、Pro Tools | MTRXの機能を最大限に活かしたシステムアップなど機材面でも注目すべき改修工事となった。
映画、ドラマ、DVD、OTT作品など幅広い作業に対応したスタジオ
今回の改修のスタートだが、実はサウンド編集室の増設とサウンドクオリティ向上のための内装工事というものだった。当初はサウンド編集室をDolby Atmos対応の仕込みができるよう7.1.4chにスピーカーを増設しようというプランがあった。しかし、それだけではその後のマスタリングの工程が社内で行うことができずに、他のスタジオでの作業となってしまう。そして、サウンド編集室の天井高が十分ではないこともあり、理想に近い音環境の構築が困難であるということもあった。それならば、マスタリングまでできる環境としてMA/ADRを改修してしまうのはどうだろうか、と一気に話が進んだということだ。逆にサウンド編集室のDolby Atmos対応に関しては見送られ、MA/ADRで仕込みからマスタリングまでを行うというワークフローとなった。このような経緯でスタートした今回の導入計画その全貌をご紹介していきたい。
メインコンソールとなるAvid S6とその下部に納められたアウトボード類
今回の導入の話の前に、こちらのMA/ADRのスタジオがどのようなスタジオなのかというところを少しご説明させていただきたい。こちらのスタジオは映画、ドラマ、DVDミックス等やアフレコ、ナレーション収録からCMの歌録りなど幅広い作業に対応したスタジオとなっている。昨年メインコンソールをAvid D-ControlからAVID S6+MTRXの構成にアップデートした。Pro ToolsはMain、SE、EXと呼ばれる3台が用意され、映像出力用にWindows仕様のMediaComposerが1台用意されている。サラウンドスピーカーはGENELECで構築、LCRは8250A、サラウンドは8240Aとなっている。DME24とGLMネットワークによりキャリブレーションされ、AVID S6の導入と同じタイミングで5.1chから7.1chへと更新が行われた。今回の改修ではさらにスピーカーをDolby Atmos準拠の7.1.4chへ増設し、Dolby Atmos Processer HT-RMU/J(MAC)を導入。さらにはMTRXオプションカードを増設することによって、シンプルかつ円滑にAtmos制作ができる環境へとアップデートされた。
国内初導入となるDolby Atmos Processer HT-RMU/J(MAC)
今回行われた改修の大きなトピックとなるのが、国内としては初めての導入となるDolby Atmos Processer HT-RMU/J(MAC)の存在だろう。Dolby Atmos Processer HT-RMU/J(MAC)とは「Dolby Atmos Home」制作、マスタリングのためのターンキー・システムである。HT-RMUとは"HomeTheater-Rendering and Mastering Unit"の略で、Dolby Atmos Homeのマスタリングを行うマシンということである。2017年に取り扱いを始めた当初はWindows版しかなかったが、現在ではMac OSでのシステムアップも可能となっている。さらにSoftware Version 3.2からMac miniでの構築が可能となり、導入のしやすさは格段に上がった。コストはMac miniにすることにより抑えられ、Mac mini版のHT-RMUは税別100万円という価格になっている。Windows版、MacPro版は税別200万円であったので、半分のコストで導入することができるようになったわけだ。
HT-RMU/J(MAC)の場合はDanteでDAWと音のやり取りを行う。今回のケースではMTRXの”128Channel IP Audio Dante Card”と接続するだけでProToolsとの信号のやりとりはOKというシンプルな接続となっている。HT-RMU/J(MAC)のハードウェア構成としては、Mac Pro or Mac mini、 Sonnet /xMac Pro Server(III-D、III-Rでも可、Mac miniの場合はxMac mini Server)、Focusrite / RedNet PCIeR、Audinate / ADP-DAI-AU-2X0(タイムコード信号をDanteに変換しRMUに送る役割)、外部ストレージとなる。今回導入となった構成としてはMacPro、Echo Express III-Rという組み合わせとなった。3式のProTools のそれぞれがMac Proとなっており横並びで3台ラッキングされているのだが、その横に1台分の空きがあり、今回導入のHT-RMUのMacをそこへラッキングするためxMac Pro ServerではなくIII-Rの方が都合がよかったというわけだ。
HT-RMUのMacにインストールされたDolby Atmos Rendererアプリケーションにてレンダリング、マスタリングを行うのだが、同一ネットワーク内の別のMacからもそのRendererをコントロールできるRenderer Remoteというアプリケーションが用意されている。今回はHT-RMU含む4台のMacを新しくネットワーク構築している。3台あるProTools のMacすべてにRenderer Remoteがインストールされ、どのMacからもRendererをコントロールできる。また、オブジェクトのメタデータについても3台すべてのPro Toolsから送ることができるようになっている。
DigiLink I/Oカード、Danteカードの増設によりシンプルなシステムを可能にしたMTRX
もう一点今回の改修で大きな鍵をにぎっているのはPro Tools | MTRXだ。新規に導入いただいたオプションカードは”128 Channel IP Audio Dante Card”1枚、 "DigiLink I/O Card"3枚の合計4枚となっている。”128 Channel IP Audio Dante Card”は今回のRMU導入の大きな手助けをしてくれた。128chの送受信を要求するHT-RMUとのやりとりがこのカードを入れるだけで済んでしまう。多チャンネルを扱う際にシンプルに多くのチャンネル数をハンドリングできるAoIP / Danteはかなり利便性に富む。
中央に見える4台並んだMacProの左3台がPro Toolsシステム、一番右のマシンとその上のシャーシの組み合わせにDolby Atmos Rendererをインストール。右ラックの最上段にはAvid MTRXの姿が確認できる。
また"DigiLink I/O Card"を3枚導入することにより、3つあるProTools間での音のやりとりがとてもシンプルでなおかつ多chとなった。導入前はHD I/O とMTRXがAESで信号のやりとりをしていたが、DigiLink I/O Cardの導入により各ProToolsが直接MTRXと接続される形となる。これまで、16chのやりとりであったものが、Main 160ch、SE 64ch、EX 32chと多チャンネルのやりとりができるようになった。SE、EXからMainにダビングするのはもちろんだが、HT-RMUからのRerenderer OUTを3つのProToolsどれでも録音できるようになっている。シグナルルーティングの組み替えはDADmanから操作でき、作業に合わせたプリセットを読み込むことで瞬時の切り替えも可能。このあたりのシグナルルーティングの柔軟性はMTRXならではといったところだろう。
今回の改修によりDanteカード1枚、DigiLinkカード3枚が追加され、ADカード1枚、DAカード2枚、AESカード1枚、と8スロットすべてを使用する形になっている。MTRXを核としたスタジオセットアップは、最近ではデフォルトになりつつあるが今回の構成はとても参考になる部分があるのではないだろうか。
サウンドクオリティ向上を図ったサウンド編集室
今回3部屋に増設となったサウンド編集室、ラックにはYAMAHA MMP1が格納される。後方に備えられたスピーカーの写真は7.1ch対応となっているサウンド編集室1だ。
サウンド編集室の更新も併せてご紹介したい。まず一番大きなポイントは2部屋だったものを3部屋に増設したということだ。もともとの2部屋は防音パネルを貼っていただけの部屋だったため外からの騒音が気になったとのこと。今回の工事では空調を天井隠蔽型に変更し、マシンスペースを分け二重扉を設置した。これにより気になっていた外部からの騒音もシャットアウトされた。また機材についても見直され、もともとはYAMAHA / DM1000が使用されていたが代わりにYAMAHA / MMP1が導入された。3部屋とも機材が統一され使用感に変化がないよう配慮されている。Pro Tools HDXのシステム(I/O はHD I/O 8x8x8)にモニターコントローラ兼モニタープロセッサーとしてYAMAHA / MMP1、スピーカーはGENELECという構成だ。ちなみに、YAMAHA / MMP1はiPadの専用アプリケーションにてコントロールを行なっている。サウンド編集室1は7.1chに対応し、2と3は5.1chなのだが7.1chに後から増設できるよう通線等はされ、将来における拡張性を確保している。
HT-RMUの導入から取材時点ではまだ1ヶ月も経っていないのだが、Atmos制作環境があることによっていままでになかったジャンルの仕事が増えたとのお話を伺えた。これから導入が進むことが予測されるDolby Atmosの制作環境だが、それをいち早く導入したことによるメリットはとても大きいようだ。今後は幅をさらに広げて、Atmos環境を活かしたさまざまな作品を手がけていきたいという。また、今回の導入で感じたことはHT-RMUの導入が身近になってきたということだ。実際、今回の改修では当初サウンド編集室の増設というお話だったが、最終的にはMA/ADRのAtmos化を実現、追加機材の少なさが鍵となったと言える。Dolby Atmos制作環境のご相談をいただく機会は格段に多くなっているが、リニューアルした角川大映スタジオのMA/ADRは、今後のDolby Atmos制作スタジオのケーススタディとして参考にすべき好例となるのではないだろうか。
(左)株式会社 角川大映スタジオ 営業部 ポストプロダクション技術課 課長 竹田 直樹 氏、(右)株式会社 角川大映スタジオ 営業部 ポストプロダクション技術課 サウンドエンジニア 小西 真之 氏
*ProceedMagazine2019-2020号より転載
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2019/08/09
株式会社NHKテクノロジーズ 様 / Avid S6 x API 1608-II、次世代を見据えたハイブリッドシステム
1984年の設立以来、放送技術および情報システム・IT分野の専門家として、公共放送NHKの一翼を担ってきたNHKテクノロジーズ。その多様な業務の中で、音声ポストプロダクションの中核を担うスタジオであるMA-601が3世代目となる更新を行なった。長年使用されたSSL Avantのサポート終了にともなうスタジオ更新で、MAとトラックダウンを両立させるためにAvid S6とAPI 1608-IIの次世代を見据えたハイブリッドシステムへと進化を遂げている。その導入された機器の多くが日本初導入のもの。今回採用されたシステムの全容をご紹介していきたい。
1:フィジカルコンソール部とレイアウト
今回の更新で最大の特徴となるのはAvid S6と両側に配置された国内初導入となるAPI 1608-II、デジタルとアナログのハイブリットシステムである。中央のS6はPCディスプレイを正面に置けるようにProducer Deskが配置されたが、手前部分はブランクではなく16ch Faderが据えられた。3式あるPro ToolsのうちMain、Subの両システムはS6から制御されトータルリコールシステムを形成しており、情報系番組ではS6を中心としてMA作業を行う。従来よりPro Toolsを使用されていることもあり、24ch Faderのうち右サイド8ch分のみ5Knob構成のチャンネルストリップが用意された。ディスプレイモジュールには、Pro Toolsのトラックを表示するほか、DEMUX回線を表示させる用途にも使用している。一方、音楽のような、アナログコンソールならではの音質を求められる番組の際には1608-IIを中心としてトラックダウンが行える設計となっている。API 1608-IIへはほぼ全てのIN・OUTがこのスタジオの核であるMTRXシステムへと立ち上げられ、Pro Toolsと信号のやりとりが行われるため、APIが持つ音色を損なうことなく、収録・トラックダウン作業を可能とした。
また、スタジオ内の各コンピューター端末はIHSE Draco Tera Compact 480でKVMマトリクスシステムを構成しており、ミキサー席やどの席でも離席せずに各PC端末を操作できる仕組み。このDracoシリーズのKVMシステムは更新前のスタジオでも使用しておりS6が対応している製品でもある。今回のスタジオ更新に併せてKVMシステムがS6に連動するよう設計しなおされた格好だ。例えばワークステーションの切り替えでミキサー席のモニターディスプレイが連動、といったように作業効率はより向上するだろう。このKVM連動は、ミキサー席のモニターディスプレイだけではなくメインTVも連動させている。通常MAやトラックダウンのほか、スタジオを利用した講習会なども視野に入れているそうだ。
2:MTRX4台を駆使したシグナルルーター
今回のシステムの最大の要でコアとなるのがMTRX4台で構築されたシグナルルーティングである。それぞれがAD、DA、モニターコントロール、MADIルーター、と役割を担っており、すべてのソースが各々のMTRXで内部ルーティングされている。その総チャンネル数はIN/OUT合わせて1500を優に超える。そのスタジオのコアとなる4台のMTRXを制御しているDADmanアプリケーションは、システム管理用として用意されたWindows PCへインストールされており、Pro Toolsシステムと切り離されているのも特徴である。
Pro Toolsシステムへの負荷を減らすことも理由として上げられるが、一番のポイントはS6がMTRXをインターフェイスとした「デジタルコンソール」として扱われることであるという。そのため、管理用Windows PCは、BIOS設定で電源通電時に自動で起動できるHPのELITEDESKシリーズを採用した。S6単体ではコントローラーとして扱われがちだが、MTRXに加えてそれ専用のPCを一緒にシステムアップすることでSystem 5のような「デジタルコンソール」と同等のシステムとして扱うことが可能となった。
チャンネル数は1500を超える規模だが、大まかな信号の流れは極力シンプルになるよう設計されている。AD/DAカードを増設した2台のMTRXがルーターMTRXへMADIで128chをルーティング、ルーターMTRXからモニターMTRXへルーティング、といった形だ。もちろん、メーター類やSDIのMUX/DEMUXなどもあるが、回線の半数はMADIが占めている。そのMADI回線の半数が既存流用されている128ch IN/OUTのPro Tools 2式である。なお、96kHz/24bitのハイレゾにも対応できるようにMADIは32chでのルーティングとした。MTRXの特徴でもあるDigiLinkポートに関しては今回のシステムではMTRX4台のうち、新設されたプリプロ用のPro Tools1台のみの使用にとどめている。
NHKテクノロジーズでは現在、MA-601のほかに2部屋のMA室が稼働しており、どちらも1部屋につきHD MADI をインターフェイスとしたPro Toolsシステムがで2システム稼働している。そのため、MA-601では既存のI/Fの活用とともに、ほかのスタジオのIOとの互換性も考えられ、Main Pro ToolsとSub Pro ToolsはHD MADIでの運用となっている、なお、今回のシステム更新にともない両システムともHD MADI 2台の128ch入出力システムへ整備された。そして、今回プリプロとして新設されたPro Toolsは、文字通り整音作業や編集作業ができるように整備され、従来から使用しているKVMマトリクスで、どの席からでも操作ができるように設計されている。
MAスタジオと隣接するオンライン編集室と共用となるマシンルーム。奥手黒いラック部分がオンライン編集分となり、手前のベージュのラックがオーディオ側となる。一番右手にMainDAW/SubDAWのPro Tooolsが収まっている。その隣にはMA室用の映像機器を集約、HDコンテンツはもちろん4Kにも対応した機器が収められている。
「立ち」でのアニメ台詞収録にも対応できる録音ブースでは、その広さを活かしてコントロールルームとは別の作業が可能なスペースを配置した。KVMシステムによりPC端末の操作系統、そしてスピーカーおよびヘッドホンでモニターできる環境が整備された。整音などのプリプロ作業はコントロールルーム内でヘッドホンをしながら編集をするスタイルがよく見られるが、その際にもう一方のDAWで別ソースをスピーカーから試聴しているケースが大半。ヘッドホンをしての作業とはいえ、細かなリップノイズなどの編集作業時にストレスがかかっていた。これを、部屋を分離して、スピーカーで音を鳴らせる設計に変えることで、編集時のストレスを大幅に軽減できるシステムとした。もちろん音声はMTRXからアサインされており、プリプロシステムだけではなく、Main、SubそれぞれのPro Toolsシステムのステレオ音声が、手元でソース選択できるように設計できたのも、MTRXでシステムを構築しているからこその利点である。
3:音質を最大限に生かしたモニターシステム
モニター系統を集約させたMTRXでは、その音質を最大限に活かすため常に96kHzで稼働させている。ハイレゾ対応のために48kHzと96kHzのプロジェクトをどちらも扱えるように、ルーターMTRXとモニターMTRXの間にRME MADI Bridgeを経由したDirectout Technologies MADI.9648が用意されており、プロジェクト次第でMADI.9648を使用するか否かをRME MADI Bridgeで切り替える仕組みとしているのだが、DADmanの設定自体はプリセットファイルが1つのみで管理されている。これは48kHzと96kHzの切り替え作業を最小限にするため、MTRX本体の48kHz/96kHzの周波数設定のみですぐに使用できるようにするためだ。
そのため、前述にもあるようMADIルーティングは全て32chごとにスプリットされたパッチとなっており、96kHzに対応できるように設計されている。通常、Pro ToolsとHD MADIを使用したシステムで、96kHzと48kHzを切り替えるケースではMADI スプリットの設定を戻し忘れるなどのオペレーションミスを起こしやすい。また、DADmanのプリセットを96kHzと48kHzでそれぞれ用意するとなると、ルーティングの変更点やチャンネル数の違いなどそれぞれの相違点を覚える必要も出てくる。チャンネル数は犠牲になるが、MTRXでデジタルルーティングしているチャンネル数は膨大であり目に見えない分だけ煩雑になりやすいため、よりシンプルなワークフローにすることで、ミキサーはMA作業に集中できる環境が得られたわけだ。
写真左がDADmanのコントロール画面、4台のMTRXは赤・緑・青・黄にマトリクスを塗り分けられて管理され、こちらの画面から一括した制御が行えるようになっている。 写真右の中央に見える数字が並んだ機材がDirectoutのMADI Bridge。これを切り替えることでその下に収められたMADI 9648を使用するか否かを選択するようになっている。
4:こだわったスピーカーと96KHz駆動のモニターMTRX
GENELEC 8351Aは昇降式のスタンドに設置され、OceanWayとの重なりを回避することができる仕様。その調整もリモコン式となっているほか、リスニングポイントよりも上がらないよう高さもプリセットが組まれている。
API 1608-IIと同じく国内初導入となったOceanWay Audio HR 3.5。
スタジオのこだわりはモニター部分の随所にも見られる。メインスピーカーとして選択されたのはOceanWay Audio HR3.5。各チャンネルごとにそれぞれチューニングされた専用アンプへデジタルで96kHz接続されている。こちらは国内初導入となるスピーカーで、特許出願中という独自のTri-Amped デュアルハイブリッドウェーブガイドシステムを搭載しており、水平方向へ100度、垂直方向に40度という非常に広い指向性を持っているため、スタジオ内のスイートスポットを広く設けることができる。「レコーディング時のプレイバックでバンドメンバー全員がいい音でリスニングをしたい」という思想のもと設計されたこのスピーカーは、自社で音楽スタジオを持つOceanWay Studioならではの設計である。この広範囲に及ぶスイートスポットは左右方向だけではなく、スタジオ前後方向にかけても有効で、クライアントスペースの音質はミキサー席での音質と驚くほど遜色がない。また、HR3.5用にTrinnov MCプロセッサも用意されており、使用の有無が選択できる。
ステレオスピーカーのレイアウトも更新前のポジションから変更された。2世代目のスタジオを設計した当時はシアター向けのコンテンツ制作が多かったため、リスニングポイントからL/Rの開き角が45°のスピーカー配置だったが、現在は情報系番組や音楽番組などの幅広いコンテンツへの対応のため、この度の更新工事でリニングポイントからL/Rの開き角が60°のITU-R のレイアウトへ変更されている。また、メインモニターもプロジェクターから65型4K有機ELへ更新されたため、いままでスタジオ後方の天井に配置されていたプロジェクターのスペースが撤去された。その分だけ天井高を上げられ、結果として高音の伸びにつながり、ルームアコースティックが向上されている。壁面内部の吸音材とコンソール両脇の壁に設置された拡散壁とが絶妙なバランスで調整されたことと、明るい色が採用されたガラスクロスとともにコントロールルームの居住性も格段と上げられている。
旧来設置されていたプロジェクターを撤去して、音響的にも有利にスペースが広げられた。
サラウンドスピーカーにはGenelec 8351と7360が採用され、こちらもデジタル接続されている。こちらのシリーズは音場補正機能に優れたGLMに対応しておりトータルコントロールがされている。その5.1chスピーカーの配置にも検討が重ねられており、フロント3ch分はラージスピーカーやテレビモニタに被らないように、スタンドを電動昇降式にする工夫がなされている。そのほか、2系統のスモールスピーカーはYamaha NS-10M StudioとGenelec 1031のパッシブとパワードが用意されている。これらのスピーカーは既存のものだが、スピーカーの持ち込みにも対応するためにパッシブとパワードが用意されているとのこと。些細なことだが細やかな配慮がされているのもポイントだ。
前述の通り、モニター回線すべてを司るMTRXユニットが96kHzで駆動しているのも特長であるが、モニターMTRXにはSPQカードがインストールされ、Genelec以外の各モニターアウトは音響調整で測定した各スピーカーの特性に合わせたEQ処理と、全モニターアウトに対してのディレイ調整も行われている。これらのモニター制御は全てMTRXで行なっており、かつS6上で行えるようにS6ソフトキーへアサインされているのも特徴である。ソースセレクトは3台のPro Toolsをはじめとするソース26パターン、スピーカーセレクトはメインスピーカーをはじめとするが6パターンが設定されている。それらのセレクトは全てS6のソフトキーへアサインされ、ホームポジションを移動することなく選択可能だ。
スピーカーおよびソースのセレクトはS6のソフトキーにアサインされ手元で切替が可能となっている。
また、MTRXシステムにはDADのMOMもPoEで接続されており、ディレクター席など、ミキサー席以外のポジションでもボリュームコントロールとスピーカーセレクトを可能にしている。MOMはあくまでも予備的な発想であるが、どのデスクでも音質の変化が極めて少ない設計だからこそ、どのポジションでも活用が見込まれる。
5:Video Hubでコントロールされた映像システムと4Kシステム
スタジオの全景、後方のクライアント席には吸音にも配慮された特注のソファが用意されるほか、詳細が確認しやすいよう大型の液晶モニターも備えられた。
特筆すべき点は、音声だけではない。今回の更新で、映像機器も4Kに対応したシステムに統一された。同フロアにあるオンライン編集室のストレージに接続することで、別フロアのPD編集室から編集・MAまでのワンストップサービスに対応すべく、65型メインモニターディスプレイはもちろんのこと、ディレクター席やブースに設けられたモニターディスプレイすべてが4Kに対応したディスプレイに更新された。65型メインモニターは有機ELのディスプレイとなっているが、クライアント席横の49型モニターは液晶ディスプレイのものを採用しており、液晶と有機ELの違いも同じスタジオ内で見比べることができるのも注目すべき点だ。
また、個々のモニターにはそれぞれ外部タイムコードカウンターが用意されている。通常、テロップが画面下部に入れられたコンテンツの場合、タイムコード表示は画面上部に配置されることになるが、これはナレーション録音の際にナレーターの視線が、原稿とタイムコード表示の間で視線移動が大きくなりストレスとなってしまう。このため、ブースではディスプレイとは別にタイムコードカウンターを画面下部に設け、視線移動のストレスを解消している。また、メインディスプレイ上部に設置されたタイムコードカウンターは、試写時には消灯できるようにスイッチが設けられているのもポイントである。
ディレクター席には手元で映像が確認できるよう、モニターが埋め込まれている。特徴的なのはその上部に赤く光るタイムコード表示。こちらがスタジオ正面のモニター、ナレブースのモニター下部にも設けられた。
ディレクター席のテーブルに埋め込まれた4Kディスプレイにも理由がある。ディレクター席にディスプレイを配置する際はデスク上にスタンドに立てて配置されることが多いが、こちらのスタジオではタイムコードカウンターとともにテーブルに埋め込まれている。これは、モニターディスプレイを不用意に動かされてしまうことを回避するためである。不用意にディスプレイを動かすと、場合によってはミキサー席へ不要な音の反射が発生してしまう。それを避けるために、モニターディスプレイをテーブルに埋め込む方法が採用された。既存のVideo Satellite用AVID Media Composer は2018.11へバージョンアップ、ローカルストレージのSSD化、ビデオインターフェイスの4K対応がなされ、こちらも4K対応されている。同フロアのオンライン編集室とは、10G接続されたDELL EMC Isilonを介して4Kデータの受け渡しが行われる。
いたる箇所で語りつくせないほどの工夫が凝らされたハイブリッドシステム。数あるデジタルコンソールのなかで、S6が選ばれた理由の一つにコスト面もあったという。限られた予算枠のなか、コンソールにかかるコストを下げることで国内初導入となるAPI 1608-IIやOceanWay Audio HR3.5など音に関わる機材により予算を配分することができている。この隅々まで考え抜かれたスタジオで今後どのようなコンテンツが制作されるのか、次世代ハイブリッドシステムが生み出していく作品の登場を楽しみに待ちたい。
写真左よりROCK ON PRO君塚、株式会社NHKテクノロジーズ 番組技術センター 音声部 副部長 青山真之 氏、音声部 専任エンジニア 山口 朗史 氏、ビジネス開発部 副部長 黒沼 和正 氏、ROCK ON PRO赤尾
*ProceedMagazine2019号より転載
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2019/08/01
株式会社テクノマックス様 / 統合された環境が生み出すMAワークフロー
テレビ東京グループの株式会社テクノマックスは、ポストプロダクション部門を担当するビデオセンターのすべての施設を旧テレビ東京近く(東京・神谷町)に移転した。その新たなMA施設にはAvid S6、MTRX、NEXISといった最先端のソリューションが導入され、システムは大きく刷新された。ワークフローに大きく変化を与えたこの導入事例を紹介させていただきたい。
今回更新されたMA3室。黄色のラインが壁面にあるMA-Cは5.1ch対応、赤色ラインのMA-Aおよび青色ラインのMA-Bとも共通した機材仕様となり、各部屋で同じクオリティのワークを可能とする意図が伺える。
1:柔軟なルーティングを受け止めるAvid MTRX
オーディオ関連機器のマシンルーム、3室共通の機材が整然とラックマウントされている。
今回の移転工事ではMA-A、B、Cの全3室と2式のProToolsシステムを設備したAudio Work室、そしてMA専用サーバーの導入工事をROCK ON PROで担当した。旧ビデオセンターで課題となっていた設置機材の違いによるMA室間の音響差をすべて解消できるよう、基本設計は3室とも統一されたものとなっている。部屋の基本レイアウト、設置機材を統一することでドラマ、バラエティ、番宣、スポーツと番組ジャンルに縛られず、各部屋で同じクオリティのワークを可能にする、というかねてからの目的を実現し、また効率的な制作リソース確保も可能とした。
MA室にはProTools HDXシステムが、Main DAWと音効用のSub DAWとして2台設けられており、今回のシステムの心臓部であるAvid MTRX1台に対してDigiLinkケーブルでそれぞれが接続されている。MTRXがMain/Sub両方のメインのI/Oを兼ねており、Main DAW側からもSub DAWの入出力ルーティングの設定が可能であるため、音効やアシスタントエンジニアをつけた2人体制のMA作業にも難なく対応することができる。MTRXのコンフィギュレーションは、AD/DAが各8ch、ベースユニットにオプションでAESカードを増設し合計32chのAES/EBU、そして映像の入出力が可能なSDIカードを拡張し、SDI 2IN/2OUT (各Audio 16ch)の構成となっている。
アナブースマイクやスピーカーなどのアナログ系統、メーター機器などデジタル入出力への対応をこのMTRX1台でまかなっている。また従来システムからの大きなアップデート項目としてVTRデッキとはSDI回線での入出力に対応した。更に MTRX ルーティングに内蔵された音声エンベデット / デエンベデットを使用することで、VTRデッキへの入出力数の制限から解放され、機器構成がシンプルになった。更新後は最大16chのオーディオ伝送が可能となりSDI規格の最大値を利用できるようになった。あらゆる入力ソースはMTRXに集約され、Main DAW上のDADmanアプリケーションによって柔軟なルーティング設定が可能となっている。コントロールルーム内のSPだけでなく、バックアップレコーダー、メーター類、さらにブース内に設けられたカフボックスに対しても後述するAvid S6との連携により、イージーな操作でルーティング設定やモニターセレクトなどが可能となっている。
2:3室すべてにAvid S6 M40を導入し環境を統一
今回の更新ではMA室3室すべてにAvid S6を導入し環境を統一した。モジュール構成は24フェーダー5ノブとした。旧ビデオセンターではYAMAHA DM2000をProToolsコントロ ーラーとして使用していたが、移転に際し新たなコントローラーとして、ProToolsと完全互換の取れるS6を選定、コントロール解像度、転送速度が向上した。また、実機を前にして使用感や利便性などの実フローを想定した検討を行い、S6をはじめメーター類、キューランプなどの設置場所にこだわった日本音響エンジニアリングの特注卓が導入された。エンジニアがコンソール前の席に着いた際のフェーダーやノブへのアクセスのしやすさ、ディスプレイやメーター類の視認性など、MA室にS6を設置したあとも細部に至るまで調整を繰り返し、非常に作業性の高いシステムが出来上がった。
Mac上ではDADmanアプリケーションとの連携によりモニターソースやアウトプット先の設定はS6のマスターモジュール上のスイッチやタッチパネルからワンタッチで操作可能になっているほか、ディスプレイモジュールにはレベルメーターとProToolsのオーディオトラックの波形を同時に表示することが可能。Protoolsの音声のみならず、VTRデッキなどMTRXの各インプットソースも表示可能となる。S6とMTRXを組み合わせて導入したことで信号の一括管理だけでなく操作性の向上が実現できた。また、短期間での移転工期でスムーズにDM2000からS6へ移行できたのはProToolsと完全互換が成せるS6だからこそであった。
今回の更新コンセプトを意識しラージスピーカーはPSI Audio A-25M、そしてスモールには同社のA-14Mが3室に共通して導入された。数日間に渡る音響調整により、各部屋の鳴りも同一となるように調整している。そして3室のうち「MA-C」は5.1ch対応となった。このMA-CにはGenelec 8340を5台、サブウーハーに7360APMを導入し5.1chサラウンド環境を構築している。Genelec GLMシステムによるアライメントにも対応しているため、音響設定も柔軟に調整が可能。またLCRのスピーカーはバッフル面に埋め込みジャージクロスで覆っているため、他の部屋と見た目の違いが少なく圧迫感のないスマートなデザインとなっている。もちろん、この5.1ch環境も通常の使用と同様にAvid MTRXやS6システム内にルーティングが組み込まれており、自由なモニタリング設定が行える。ラージSP、スモールSP、5.1chSPのモニターセレクトさらにはダウンミックス、モノラル化が容易に可能となっている。サラウンドパンナーはあえてS6のシャーシ内には組み込まず利便性を向上させた。
ラージ・PSI Audio A-25Mおよびスモール・A-14M。写真からは見てとれないのだが、ラージ上のジャージクロス裏にはサラウンド用途にGenelec 8340が埋め込まれている。
また、MA-CではアナブースもMA-A / Bの2室と比べて大きく設計されており、同時に4名の収録が可能。実況・解説・ゲストといった多人数での収録が必要なスポーツ番組などにも対応している。MTRXによる自由度の高いルーテイング機能とS6による容易な操作性があったからこそ実現した柔軟なシステムといえるだろう。
3:Avid NEXIS E4サーバーによる映像と音声のリアルタイム共有
映像編集およびオーディオ編集用のNEXIS E4がラックされている。
今回の移転工事においてもう一つの核となったのがAvid NEXIS E4サーバーの導入である。ワークスペースの全体容量は40TB(2TバイトHDDx20台+2台の予備HDD)となっており日々大容量のデータを扱う環境にも十分対応している(OSシステムはSSD200Gバイトx2台のリダンダント環境)。各MA室のMain DAW、Sub DAWからAvid NEXIS E4サーバーへは10Gbit Ethernetの高速回線によってアクセスが可能となっている。そのため単純なデータコピーだけではなく、VTRデッキからの映像起こし作業やMA作業についてもサーバーへのダイレクトリード/ライトが可能となったため、サーバー上のデータをローカルストレージへ移すことなくそのまま作業が行える環境となった。
従来の設備ではローカルドライブで作業を行い共有サーバーでデータを保管していたため、作業の前と後で数ギガバイトあるプロジェクトデータの「読み出し」「書き戻し」作業に機材とスタッフが拘束されていた。スピードが求められる現場での容量の大きいデータコピー作業はそれだけで時間のロスになってしまいスムーズなワークフローの妨げとなってしまう。今回のAvid NEXIS E4導入によりその手間は緩和されワークフローも大きく変化することになった。サーバー上ではミキサー別、番組別といったワークスペースを組むことができ、各PCのマネージャーソフトからダブルクリックでマウント、アンマウントが可能。更新コンセプトである3室の仕様統一もそうだが、この点も部屋を選ばずにワークを進められることに大きく貢献している。
また、サーバールームとは離れたAudio Work室に設置した管理用PCからは、SafariやChromeなどのインターネットブラウザによってNEXISマネージメントコンソールにアクセスしてシステム全体の設定を行うことができる。管理画面のGUIは非常にシンプルで視認性が良いため、専門性の高いネットワークの知識がなくともアクセス帯域やワークグループの容量、そのほか必要な管理項目が設定可能、またシステムエラーが発生した際にも一目でわかるようになっている。そのため、日々膨大なデータを扱う中で専門のスタッフがいなくてもフレキシブルな設定変更に対応できることとなった。サーバーの運用にはネットワークの専門性を求められるというイメージを持つかもしれないが、このNEXISサーバーにおいてはその様な印象は完全に払拭されたといえる。
4:クオリティを高めるための要素
そのほかにも今回の移転工事では様々なこだわりを持って機材の導入が行われた。MA室へ入って真っ先に目に入るのはモニターディスプレイの多さではないだろうか。ミキサー用のPro Tools画面からアシスタント、音効、ディレクター、クライアント、ブース内、正面のメインモニターTVまで1室に最大15台が導入されているのだが、エンジニア、クライアント席からの視認性が得られるよう配慮して設置されている。ディスプレイの多さは音響的に気になるところだが、各部屋の音響調整の時に考慮して調整が施されている。
すべてのモニターの映像入力はBlackmagicDesign社のSmartVideoHub20x20で自由に切り替えが可能。入力ソースは編集設備のSDI RouterでアサインされるVTRデッキやMAマシンルームの各機器の映像を作業に合わせて選択する。また、同社のリモートコントローラーVideohub Smart Controlのマクロ機能で、すべてのモニターを用途に合わせて一斉に切り替えることも可能なため設定に手間取ることが無い。SDIでの信号切り替え、モニター直前でのHDMI変換、モニターの機種選択で映像の遅延量にも気を遣った。
メインのビデオI/OはBlackmagicDesign UltraStudio 4K Extremeをセレクト。Non lethal application社のVideoSlaveを導入することでProTools単体では不可能だったタイムコードオーバーレイが可能となった。各種メーター機器も豊富でVUメーターにはYAMAKI製のAES / EBU 8ch仕様を導入。ラウドネスメーターにはASTRODESIGN AM-3805/3807-Aを導入し、別途用意したMac Mini上のリモートソフトと連動することでPCモニター上にもメーターが表示できる設計となっている。さらにMA設備の主幹電源部には電研精機研究所のノイズカットトランスNCT-F5を導入し安定化を実現、スピーカーの機器ノイズをカットしている。実際のフローでは見えにくい部分にもこだわりクオリティの高いワークを目指していることが伺いとれる部分だ。
写真左からYAMAKIのVUメーターとASTRODESIGN AM-3805。中央が同じくASTRODESIGNの AM-3807-A。そして右の写真が主幹電源部に導入された電研精機研究所のノイズカットトランスとなる。
5:MAワークに近い環境を実現したAudioWork
今回、映像の起こし、整音、データ整理などを行うAudio Work室のAudioWork-Aはシステム構成を一新。MTRXを導入することでシステムの中枢を各MA室と統一している。あくまでMAの本ワーク前の準備を担う設備であるため、S6こそないもののメーター類やプラグインもほぼ同等のものを設置し、MA室と近いワークフローで作業することができる。モニターコントローラーにはMA室のDADmanアプリケーションと完全互換のとれるDigitalAudioDenmark MOMを導入して手元でのモニターセレクトを実現した。VTRデッキとの回線も通っているため、MTRXやBlackmagic Design UltraStudio4Kを駆使して、起こし・戻しの作業までできる環境となった。もちろんこのAudioWork-AおよびBもNEXISサーバーへアクセスができ、MA室と互換の取れるプラグインが設備されており、本MAへスムーズな移行が可能となっている。
今回の移転では、通常の業務を極力止めずに新ビデオセンターへ業務移行できるよう、スケジュールについても綿密に打ち合わせをした。限られた時間の中で滞りなく業務移行ができたのは、Avid S6やNEXISがシームレスな連携を前提に設計されたプロダクトであり、かつユーザーにとって扱いやすい製品である証だと言えるだろう。効率的なワークフローと新たなクオリティを実現したスタジオは、統合されたMAワーク環境の最先端を示していると言えるのではないだろうか。
株式会社テクノマックス
ビデオセンター
〒105-0001 東京都港区虎ノ門4丁目3−9 住友新虎ノ門ビル 4階
TEL 03-3432-1200(代表)FAX 03-3432-1275
(写真前列左手より)株式会社テクノマックス 営業本部 副本部長 小島 壯介氏、放送技術本部 編集技術部 主事 大矢 研二 氏、放送技術本部 編集技術部 専任部長 伊東 謙二 氏、放送技術本部 編集技術部 主事 武田 明賢 氏、放送技術本部 編集技術部 高橋 知世 氏、放送技術本部 編集技術部 主事 大前 智浩 氏
(写真後列右手より)ROCK ON PRO 君塚隆志、丹治信子、赤尾真由美、草野博行
*ProceedMagazine2019号より転載
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2018/12/18
株式会社松竹映像センター 様 / S6・4 Pro Tools・Dual MTRX・MMP1、最新機器が織りなす完成度
2015年、大船にあった映画関連のポストプロダクション施設と、高輪にあったそれ以外のポストプロダクション施設をお台場に移転させて、新しいスタートを切った松竹映像センター。今回はその中でも高輪から移設したMA室のシステムについて更新を行った。移転から早くも3年、統合したことによって生まれたシナジーはすでに芽吹いており、様々な作業での設備の共用、有効活用が始まっている。そのような中でのシステム更新はどのようなものとなったのか?一つづつ見ていきたい。
1:ハリウッドで確認したIn The Box Mixingの流れ
更新の前後を同じアングルで撮影したものである。左が2018年の更新後、右が2015年時点での状況となる。AVID S6のコンパクトさ、特に奥行方向が際立つ。
この部屋はAudio Suiteと呼ばれ、テレビ向け番組のMAから、劇場での予告など様々な作品の作業が行われている。7.1chのサラウンドシステムが構築され、幅広い作業に対応できるよう設計された部屋である。これまでは国内唯一となるAVID D-ControlのDual Headシステムが導入され、ツーマン体制での作業を可能としたスタジオとなっていた。今回の更新ではその作業スタイルを更に拡張し、柔軟かつ、効率の高い作業が行えるよう様々な部分がブラッシュアップされている。
ICON D-Controlの後継機種としては、AVID S6以外の選択肢が登場することはなかった。やはり、Pro Toolsの専用コントローラーとしてのICON D-Controlの優れた操作性を実感しているユーザーとして、いまさらコンソール+DAWという環境へは戻れないというのが本音だろう。そして、ハリウッドでも進むDAWのIn The Box Mixingの流れ、リコール性・作業の柔軟性、そういったことを考えればDAWの内部で完結するシステムというものは理にかなっている。ポストプロダクション向けのコンソールがDigital化したいま、実際にAudio SignalをSummingしているのが、Digital Consoleの内部Mixer上なのか、DAW内部のMixerなのかという違いしか無い。どちらにせよデジタル処理であり、その処理の差異による音質ということになる。しかし、これはデジタル・ドメインでの話であり、日進月歩のSoftware BaseのDAWの優位性はHardware BaseのDigital Consoleとは進化のスピードが違うといえるだろう。とはいえ、Pro Toolsもご承知の通りFPGAとDSPをベースとしたPro Tools HDXというハードウェアベースのシステムである。それまでのTDMシステムからの世代交代により、音質の評価が一気に高まり、世界的にもDAWのIn The Box Mixingで音質的にも問題ないとう流れが生まれたのは間違いない。
また、この更新にあたりハリウッド地区のスタジオ視察にも行き、最新の環境、ワークフローを実感してきていただいている。AVID S6を使った大規模な映画向けのダビングステージなどを目の当たりにし、そのワークフローを見ることでDAW + Controlerという環境でこだわり抜いた作品作りが実際に行われているということを体感していただいた。Digital Consoleがなくとも十分な制作環境が構築できる。これは、AVID S6の提供する優れた操作性、Pro Tools HDXでブラッシュアップされた音質、そして、システムのコアとなるAVID MTRXが揃ったからこそ実現できたソリューションである。
2:11feetのシャーシに収まるS6 48フェーダー
前置きが長くなってしまったが、今回の更新に関して全体像を見ていきたい。ControlerはAVID S6 M40 48フェーダー仕様である。国内でも最大規模の11feetのシャーシに収まり、これまでのICON D-Control 32Fader + Dual Headとほぼ同じサイズに収まっている。最後までS6もDual Headにするかどうか悩まれたところではあるが、AVID S6のLayout機能を使うことで同等のことが、更に柔軟に設計できるということでSingle Headの構成となっている。ノブに関しては、手の届く範囲にあれば十分という判断から5-Knob。JoyStickはセンターポジションで使うことを想定して専用のケースを用意して外部に取り出している。左右には、作業用のProducer Deskを設け、ツーマンでの作業性に配慮が行われている。デスクをカスタムで専用のものを準備しようか?という話も出ていたのだが、これまでのICONとほぼ同一サイズということで左右に余裕が無いためシンプルに純正のLegを活用することとなった。
以前のICON D-Control時代の写真と見比べてもらいたいのだが、左右の幅はほぼ同一ながら、非常にスッキリとした収まりになっているのがわかる。やはり、高さが低く抑えられていることと、奥行きが30cmほど短くなったことが大きく影響しているようだ。フットプリントとしては奥行きの30cm程度なのだが、驚くほどスッキリとした感覚だ。Ergonomics DesginにこだわったAVID S6らしいしつらえになっているのではないかと感じられる。
3:4台体制のPro ToolsとデュアルMTRX
今回の更新は、このAVID S6が目に見える部分での最大の更新となっているが、実はDAW周りも非常に大きく手が入れられている。これまでのシステムをおさらいすると、Main / Sub 2台のPro Tools HDXシステムと、Media Composerを使ったVideo Satelliteの3台のPCを駆使して作業が行われていた。今回の更新では、そこにさらに2台のPro Toolsが加えられ、ダビング仕様のシステムアップが行われている。DAWとしては、Main / Sub-A / Sub-B / Dubberという4台体制に。AVID MTRXをセンターコアとしてそれぞれが、32chずつの信号がやり取り出来るようにシステムアップが行われている。ある程度の規模までのダビング作業であればこなせるシステムであり、各DAW内部でのStem Outを唯一64hの入出力を持つDubberで受けるというシステムアップになっている。大規模なダビング用のシステムは、大きな空間を持つダビングステージを同社内に持つため、それよりも少し規模の小さな作品やハリウッドスタイルでのドラマの仕上げ作業など様々な使い勝手を考えてのシステムアップとなっている。
今回は限られた予算の中で、既存製品の流用を多く考えながらシステムの組み換えが行われていった。それまで、2台のDAWにはそれぞれ2台づつのAVID HD I/Oが使われていた。その4台のHD I/Oを有効活用しつつ、AVID MTRXを加えて4台分のI/Oを捻出しようというのが今回のプランとなる。Main / Sub-Aに関しては、AVID MTRXとDigiLinkにより直結。これにより32chのチャンネル数を確保している。Sub-Bは余剰となったHD I/O2台からのAES接続。Dubberは、64chを確保するためにAVID MTRXをDubber専用にもう一台導入し、2台のMTRXはそれぞれMADIで接続されている。ユーティリティー用のAD/DAとしては、Directout technologiesのANDIAMO 2.XTを準備。メーターアウトなどはここからのAnalogもしくはAES/EBU OUTを活用している。
4:16系統のMonitor Source、MTRXの柔軟さ
このように、構築されたシステムの中核はMain / Sub-AがDigiLink接続されたAVID MTRX。これをDADman経由でAVID S6のMonitor Sectionよりコントロールしている。柔軟なモニターセクションの構築は、優れたユーザビリティーを生み出している。これまでであれば、Sourceに選択できる回線数の制限、ダウンミックスの制約など何かしらの限界が生じるものだが、AVID MTRXを使った構成では、一切の制約のない状況で、思いつくかぎりの設定が可能となる。これは、MTRXに入力されている信号の全てが、Monitor Sourceとして設定可能であり、出力のすべてがSpeaker Outもしくは、Cue Outとしての設定が可能なためである。これにより、各Pro ToolsのOutを7.1ch Surroundで設定しつつ、VTRの戻りを5.1chで、さらにCDなどの外部機器の入力を立ち上げることが可能。実際に16系統のMonitor Sourceを設定している。ダウンミックスも柔軟性が高く、7.1ch to 5.1chはもちろん、Stereo / Monoといったダウンミックスも自由に係数をかけて設定することが可能となっている。
スピーカー棚下部に設けられたラックスペース。ここにDubber以外の回線が集約されている。
個別に入出力の設定が可能なCue Outに関しては、X-Mon互換のコントロールを持つS6のMonitor SectionでA,B,C,Dの4系統が設定可能となる。ここでは、アシスタント用の手元スピーカーの入力切替、Machine Roomに設置されたVTRへの戻しの回線の選択、そして本来のCueの役目であるBoothへのHPモニター回線の選択と、フルにその機能を活用している。ちなみにだが、Machine Roomへの音戻しの回線は、今回の更新でMTRXにSDI optionを追加しているので、これまでのAES経由での回線ではなく、SDI EmbeddedのAudioを直接戻せるように変更が行われている。Video Frameに埋め込まれた状態で音戻しが行えるために、同期精度によらない正確な戻しが実現できている。
5:AdderでPC KVMのマトリクス化を実現
今回の更新により、PCが5台となったためその切替のためにAdder DDXシステムが導入された。これは、低コストでPC KVMのマトリクス化を実現する製品。キーボードのショートカットから操作を行いたいPCを選択することの出来るKVMマトリクスシステムだ。IPベースのシステムであり、切替のスピードも早く最低限のPC Displayで柔軟な操作を行うことのできるシステムとして導入いただいた。大規模なシステムに向く製品ではないが、小規模なシステムであれば、従来のKVM Matirxシステムに比べて低予算で導入可能な優れた製品である。PCの台数が増えたことによるKVM関連のトラブルを危惧されていたが、目立った不具合もなく快適にお使いいただいている部分である。
KVM MatrixであるAdderの選択画面。キーボードショットカットでこの画面をすぐに呼び出せる。
MTRXの設定しているDADman。回線のマトリクスパッチ、モニターコントロール設定、まさにこの設定がスタジオのコアとなる。
もちろん、今回の更新でもスタジオとしていちばん重要な音質部分に関してもブラッシュアップが図られている。その中心は、やはりAVID MTRXによるAD/DAの部分が大きい。Boothのマイクの立ち上げ、スピーカーへの接続回線はAVID MTRXのAD/DAへとブラッシュアップが行われている。これにより、はっきりとしたサウンド変化を感じ取られているようだ。解像度の高さ、空気感、音質という面では非の打ち所のないブラッシュアップされたサウンドは「やはり間違いなくいい」とのコメント。MTRXの音質に関しては、どのユーザーからもネガティブな意見を貰ったことはない。クリアで解像度の高いそのサウンドは、癖のないどのような現場にも受け入れられる高いクオリティーを持っていることを改めて実感した。
それ以外にも、音質にこだわった更新の箇所としてYamaha MMP1の導入があげられる。Boothとのコミュニケーションは、既存のCuf Systemを流用しているのだが、音質に影響のあるCufのOn/Offの連動機能をYamaha MMP1のプロセッサーに預けている。これにより、これまでAnalogで行われていたMicのOn/OffがDigital領域での制御に変更となっている。非常に細かい部分ではあるが、アナログ回路部分を最小限にピュアにADコンバーターまで送り届け、制御をデジタル信号になってから行っているということだ。
MTRXとともに収められたYamaha MMP1
更新されたMic Pre、Shelford Channel
同時にMic Pre AmpもRupert Neve DesignのShelford Channelを2台導入いただいている。これまでにも、Mic Preを更新したいというご相談を何度となく受けていたのだが、ICON D-Controlからのリモートが効かなくなるということもあり、AVID Preを使っていただいていた。今回は念願かなってのMic Pre導入となる。この選定にも、5機種ほどの候補を聴き比べていただきその中からチョイスしている。基礎体力的なサウンドの太さと、破綻のないサウンドバリエーションを提供するShelford Channelは様々な作品を扱うこのスタジオにはピッタリマッチしたとのことだ。特にSILKボタンはお気に入りでBLUE/RED/Normalすべてのモードが、それぞれに魅力的なサウンドキャラクターを持っており、収録するサウンドをより望んだ音質に近づけることができるようになったとのことだ。Textureのパラメーターとともにこれからの録音に活躍させたいとコメントいただいている。もともと導入されていたSSL X-RackにインストールされたEQ / DYNモジュール、NEVE 33609との組み合わせで、様々なサウンドバリエーションを得ることが出来るようになっている。
Yamaha MMP1はCufのコントロール以外にもいくつかの便利な機能がある。その一つがTB Micの制御。TB Micに対してのEQ / Compの処理を行うことで、聞き取りやすいコミュニュケーション環境を提供している。少しの工夫ではあるが、Yamaha MMP1の持つChannel Stripを活用してこれを実現している。プロセッシングパワーのある機器が数多く導入されているため、柔軟かつクオリティーの高い制作環境が整った。
6:ミックスバランスに配慮したスクリーン導入
この更新が行われる前に、Audio Suiteにはスクリーンが導入されている。これは劇場公開作品の仕上げ時に出来る限り近い環境での作業が行えるようにとの配慮からである。単純に画面サイズの違いにより、ミックスバランスに差異が生じることは既知の事実である。このような一歩一歩の更新の集大成として今回のシステムのブラッシュアップがある。小規模なダビング作業から、TV向けのミキシングまで、柔軟に対応のできるオールマイティーなスタジオとして、大規模なダビングステージと、ADR収録用のスタジオを併設する松竹映像センターとして明確な使い分けを行い、どのような作業の依頼が来ても対応できるファシリティーを揃えることに成功している。
今回の更新によりダビングスタイルの作業にも対応したことで、更に対応できる仕事の幅は広がっている。サウンドのクオリティーにも十分に配慮され、今後どのような作業に使われていくのか?次々と新しい作業にチャレンジが続けられることだろう。
株式会社 松竹映像センター ポストプロダクション部 ダビング MA グループ長 吉田 優貴 氏
*ProceedMagazine2018-2019号より転載
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2018/06/13
Pro Tools | S6 + Pro Tools | MTRX ~ミキシングを再定義する革新的コンソール・ソリューション~
DAWの進化とともに、今ではほとんどすべての作業はPro Toolsの内部ミックスで完結するようになりました。Pro Tools | S6は豊富なビジュアル・フィードバックと高いカスタマイズ性・拡張性により、Pro Toolsが持つ多くの機能へより素早く確実にアクセスすることを可能にします。Avid最新のI/OでもあるPro Tools | MTRXに備わるモニターコントロールセクションはPro Tools | S6からコントロールすることが可能。高品位なサウンドをPro Toolsシステムに提供するだけでなく、Pro Tools | S6システムを最新のミキシング・ソリューションへと昇華します。
◎主な特徴
・圧倒的に豊富なビジュアルフィードバックにより、必要な情報を素早く確実に把握。
・モジュール方式のハードウェアは必要十分な規模での導入と、導入後の拡張に柔軟に対応。
・タッチスリーンを採用したセンターセクションで、多くの機能を素早くコントロール。
・Pro Tools | MTRXとの連携により、モノ、ステレオからマルチチャンネル・モニタリングまでを完璧にコントロール。
・最大8までのEucon対応アプリケーションを同時にコントロール。大規模セッションでも効率的にオペレートが可能。
◎システム構成例1
Pro Tools | S6 + Pro Tools | MTRXのもっともシンプルな構成。Pro Tools | MTRXは筐体にMADIポートを備えるほか、必要に応じてオプションカードを追加すれば様々な信号のハブとしてまさにコンソールとしての役割を担うことが可能です。
◎システム構成例2
最大8つまでのEUCON対応DAW/アプリケーションと同時に接続可能なPro Tools | S6のポテンシャルを活用すれば、複数のPro Toolsシステムを1枚のサーフェースでコントロールすることが可能です。フェーダーひとつから、どのシステムのどのチャンネルをアサインするかを選択出来るため、各DAWでS6のエリアを分担して作業することも可能です。
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2018/06/10
Pro Tools | Ultimate + HD MADI ~多チャンネル伝送を実現したコンパクトシステム~
多数のチャンネルを扱うことの多いポストプロダクション業務。5.1chサラウンドが標準となり、Dolby Atmosや22.2chなどのイマーシブサラウンドが浸透していくことで、MA作業で必要とされるチャンネル数はさらに増加していくと考えられます。Pro ToolsシステムのI/OにPro Tools | HD MADIを選べば、わずか1Uの筐体でHDXカード1枚の上限である64ch分の信号を外部とやりとりすることが可能になります。96kHz時も48kHz時と同様、64chを伝送することが出来ることも大きな利点です。
◎主な特徴
・わずか1ラック・スペースのインターフェースと2本のケーブルを介して、最大64のオーディオ・ストリームをPro Tools | HDシステムと他のMADIデバイス間で送受信できます。
・すべての入出力を超高品質でサンプルレート変換できます。セッションを変換したり、外部MADIデバイスをダウンサンプリングしたりする面倒な作業は不要です。
・別のフォーマット・コンバーターを用意することなく、オプティカル接続と同軸接続の両方で、さらに多様なMADIデバイスをレコーディングのセットアップに追加できます。
・出力に対してサンプル・レート変換を使用する際、専用のBNCワード・クロックおよびXLR AES/EBU接続を介して外部クロックと同期することで、ジッターを最小限に抑えます。
◎システム構成
Pro Tools | HD MADIの構成は、HDXカード1枚に対してI/O 1台という極めてシンプルなもの。MADI対応の音声卓となら直接接続が可能なほか、音声卓との間にMADIコンバーターを導入すれば、Pro Toolsと様々なデバイスを多チャンネルで接続することが可能となります。
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2018/05/23
株式会社タノシナル様 / 多様なスペースが連携するタノシナルな空間
2012年創業のタノシナル。その社名「タノシナル」は関西弁で「楽しくなる」という意味。TV局など制作の第一線で働いていたスタッフが起業した会社だ。「世界にタノシナルことを発信し続ける」という企業理念を掲げ、近年大きな飛躍を遂げている。そのタノシナルが「生きた時間と空間を可視化する」というコンセプトのもとに昨年オープンしたのが、新オフィスとカフェやショップなどが併設された複合施設「CASICA」。ROCK ON PROではこちらに新設されたMAスタジオのお手伝いをさせてもらったのだが、ここからどんな「タノシナルこと」を生み出そうとしているのか?興味深い新たな業態について様々な角度から伺った。
◎多様なスペースを持つCASICA
現在、タノシナルはコンテンツ制作とイベント制作を主に手掛けるかたわら、同じ建物内でCASICAの運営も行っている。映像やWebなどの制作は、受け手との距離感を縮めることが難しい。そこで、「実際に行かないと体験出来ない空間」を作りたかったというのだ。新木場という立地に材木倉庫をリノベートした空間として誕生した「CASICA」、その存在は何を可視化しているのだろうか?まずは1階部分を見ていきたい。
「生きた時間と空間を可視化する」そのコンセプトに基づいたショップには、古いものと新しいものが区別なく並んでいる。古いものの良さを押しつけるわけでもなく、新しいものの魅力を伝えるだけでもない。それを見た人の感性に委ねる、そんな空気が感じられる。材木倉庫を改造したショップには天井高のある空間を活かして商品が並べられている。やはり高さのある空間というのは、平面では語りきれない広がりをもたらしていると感じる。
「CIRCUS」の鈴木善雄氏のディレクションによるこの空間に入ると、難しく考えるのではなく「何でも良いんだな」とホッとする感情が湧いてくる。カフェのメニューは、身体からの声に耳を傾け、薬膳やアーユルヴェーダの考えをベースに、食や飲み物を通して身体の求めることを可視化。心身の調和を日常から整え、朗らかで心地よい毎日が送れる「食」、をテーマにしている。
そしてショップに設けられたギャラリースペースだが、元々材木倉庫だった建物ということもあり、吹き抜けの空間(木材の昇降用クレーンがあった場所)を利用し、間口は狭いけれど中に入ると天井高13メートルという異空間を演出。取材で伺った際は多治見の焼き物が飾られていたのだが、オープン当初は古いトランクケースの塔(!)がそびえていたとのこと。現在はCASICAで企画をしていろいろと展示を行っているが、今後は個展などの開催も視野に入れているとのことだ。
さらにCASICAの1Fには木工所までもがある。空間デザインを行なった鈴木善雄氏が代表を務める「焚火工藝集団」の職人たちを中心に、シェアオフィス的に活用をしているということだ。古道具・古家具のリペアであったり、新しいものづくりであったり、ここでも新しい、古いにとらわれない制作が行われている。
◎タノシナルな情報発信
2階には、タノシナルのオフィスがある。冒頭にも記したようにタノシナルは、TV番組の制作に関わっていたスタッフが起業した会社。番組制作も行いつつ、さらにそのノウハウを生かした企業向け映像制作、イベントの制作も行ってきた。その中でも、大成功を納めたのが「品川やきいもテラス」と銘打ったイベント。品川シーズンテラスに全国各地の焼き芋を集め、焼き方、芋の種類それぞれにこだわった数々の焼き芋を楽しめるイベントとして開催された。都心で焼き芋のイベントをやってもそれほど人は集まらないと考えていたが、なんと1週間で3万人が来場!!「真冬に屋外で焼き芋食べたら美味しいよね〜」そんなアイデアに共感して集まったのが3万人と考えると、焼き芋のパワーを感じずにはいられない。写真を見ても来場者の笑顔がはじけているのが分かる。寒空の下で熱々のこだわりの焼き芋を食べる、いつの時代になっても変わらない普遍的な暖かい幸せがそこにはある。ちなみに2018年の第2回は4万3千人が集まったそうだ。
この様に「タノシナル」はやきいもテラスのように楽しさを持ったカルチャーを発信するのが非常に得意。情報の発信力というか、やはりTVに関わるスタッフの見せ方のうまさ、展開力、行動力、そういったバックグラウンドが非常に生きていると感じる。イベント制作を行い、それをWebなどで自己発信を行う。そういった一連の活動が、高いクオリティーとスピード感を持って行われているということだろう。
◎MA/撮影スタジオ新設、ワンストップ制作を実現
もちろん現在もTVの番組制作を請け負っていて、企画、制作、編集を行っている。これまで、MAだけは外部のポストプロダクションを利用していたのだが、「CASICA」への移転にともない完全に社内ワンストップでの制作を行いたい、ということになり、MAスタジオ、そして撮影スタジオがCASICA内に新設されることになる。MAスタジオを作るという意見は社内ではすぐにOKが出て具体的にスタートを切った。しかし、編集のノウハウは十分にあったが、MAは外注作業であったため、そのノウハウは社内にはない。そこでROCK ON PROとの共同作業の中から過不足の無いシステムアップを行なったというのが当初の経緯。なお、MA新設となったきっかけの一つとしては、近年MA作業を行うための機器の価格が安くなったことが大きいという。年間で外注として支払うMA作業費は、自社でスタジオを持てば2年程度でリクープできるのではないか、というチャレンジも込められているとのことだ。
また、MA室を作る上で音の環境にはこだわった。港、そして倉庫が多いこの地域、近くの幹線道路では24時間ひっきりなしに大型トラックが行き交う。リノベート前の建物の壁はコンクリートパネル一枚、天井も同様にコンクリートパネル一枚。倉庫という最低限の雨露がしのげることを目的とした建物であり、お世辞にも、壁が厚く、躯体構造がしっかりしている、というわけではなかった。今回の新設では、そこに浮床・浮天井構造でしっかりと遮音を行い、またMA室自体の位置も建物の中央に近い場所に設定して外部からの音の飛び込みを遮断している。
もう一つ音に関する大切なポイントは、他のMA室と遜色のないモニタリング環境を整えるということ。やはり、他のMA室での作業に慣れているスタッフから、サウンドのクオリティーにがっかりしないように音質を保ちたい、との声が上がった。そこで、モニターコントローラーにはGrace Designのm905、モニタースピーカーにはADAM S3V とFocal Solo6 Be という組合せ。DAW はPro Tools HDXを中心としたシステムであるが、その出力段はこだわりを持ったシステムとしてサウンドクオリティーを高めている。限られた予算を要所へ重点的に投入することで、最も大切なクオリティーを手に入れたお手本のような環境ではないだろうか。
社内制作のMA作業はもちろんだが、外部のお客様からのMA作業受注や、スタジオ貸出も行っている。外部エンジニアの方にも違和感なく作業を行なっていただけているということだ。やはり音への対処をしっかりと行ったことで、サウンド面でも使いやすいスタジオになっている、ということだろう。サウンド以外でも評価されているポイントが、併設されたCASICAカフェで美味しい食事を冷めることなく楽しむことができる、ということ。やはり、カフェ併設となっている点は、このスタジオにとって非常に大きなアピールポイントであり、長時間の作業が当たり前だからこそ、そのホスピタリティーは心に沁み入る。同じフロアの撮影スタジオは、キッチンスタジオを備えた白壁の空間。撮影がない時間には会議室としても活用するなど、多用途なスペースである。こちらも外部に貸出をしているということなので、興味のある方は問い合わせてみてはいかがだろうか?
今回は機材のみではなく、そのスペースや業態をどう活かして音響制作と連携しているのかという事例を追ったが、そこには垣根のないクリエイティブが存在していたと言えるのかもしれない。日々「タノシナル」なことを生み出しているという同社では、毎月全体での会議が行われ社員からのアイデアを集めているそうだ。そのアイデアも会議で賛同を得られると、早い場合では1ヶ月程度で形になるという。このスピード感が次々と業務を加速させ、2012年に6人で立ち上げたタノシナルはすでに40名以上のスタッフ規模になっている。TV番組・イベントなどの制作をしているスタッフ、そしてスタジオのエンジニア、ショップスタッフ、カフェスタッフ、そういった様々なスタッフが一緒になって「タノシナル」ことを考える。企画とその成長が非常に良い循環となり、シナジーを生み成長している、そんな空気が感じられる取材となった。
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2017/11/14
株式会社Zaxx 様 / GZ-TOKYO ROPPONGI
「いまスタジオを新規で作るのであればDolby ATMOS対応は必ず行うべきだ」という強い意志で設計された株式会社Zaxx / GZ-TOKYO ROPPONGI AS 207をレポートする。同社を率いる舘 英広 氏は中京テレビ放送株式会社の音声技術出身。その現場で培った音に対するこだわり、そしてその鋭い感覚によってこのスタジオは計画された。
◎「これからのオーディオはこれしかない!!」
きっかけは、名古屋にDolby ATMOS対応の映画館が出来た際に、そこで作品を見た瞬間にまで遡るという。テレビ業界を歩んできた舘氏は国内でのサラウンド黎明期より、その技術に対しての造詣が深く、またいち早く自身でもその環境でのミキシングを行っていたというバックグラウンドを持つ。名古屋地区で一番最初にサラウンド環境のあるMAスタジオを持ったのが株式会社Zaxxであり、それをプランニングしたのが舘氏である。地場の放送局がまだ何処もサラウンドの環境を持っていない中でサラウンド対応のMAスタジオを作る。そのような先進性に富んだ感覚が今回のスタジオにも感じられる。
舘氏がDolby ATMOSの作品を映画館で見た際に感じたのは「これからのオーディオはこれしかない!!」というほどの強いインパクトであったという。これまでの平面サラウンドの枠を飛び出した上空からのサウンド、そしてオブジェクトにより劇場中を自由に飛び回るサウンド。次にスタジオを作るのであれば、Dolby ATMOS対応しかないと感じたということ。そしてその思いを実際に形にしたのが、今回のGZ-TOKYO ROPPONGI AS 207だ。仕事があるのか?無いのか?という消極的な選択ではなく、良いものであるのならばそれを作れる環境を用意しよう。そうすればそこから生まれる仕事は絶対にある。仕事が無いのであれば、仕事を作ればいい。それも経営者としての自身の仕事だという。
とはいえ、突然映画のダビングステージを作るという飛躍はなく、従来の作業も快適に行なえ、その上でDolby ATMOSの作業も行うことができる環境を整備するという、今回のGZ-TOKYO ROPPONGIのコンセプトへとその思いは昇華している。
スタジオのシステムをご紹介する前にスタジオに入ってすぐのロビーに少し触れたい。受付があって、打合せ用のスペースがあって、というのが一般的だがGZ-TOKYO ROPPONGIはソファーとバーカウンターがあり、4Kの大型TVでは最新の作品が流れている。新しいアイデアを出すためのスペースとしてその空間が作られているという印象を受けた。また、編集室、MA室の扉はひとつづつが別々のカラーで塗られ、全7室が揃うと一つの虹となるようにレインボーカラーの7色が配置されている。床にもその色が入っており非常にスタイリッシュな仕上りだ。編集室はあえて既存のビルの窓を潰さずに、必要であれば自然光が入るようになっているのも特徴的。もちろん通常は遮光されており色味が分からなくといったことはないが、必要とあれば開放感あふれる空間へと変えることもできる。スペースの居住性にも配慮した意志が感じられる部分だ。
◎9.1.4chのATMOSシステム
前述のようにMAスタジオを作るのであればDOLBY ATMOSは外せない、というコンセプトを持って完成した今回のGZ-TOKYO ROPPONGI AS 207。こちらに導入されたシステムは、Dolby ATMOS Homeに準拠した9.1.4chのシステムとなっている。部屋に対して最大限のスピーカーを設置しDolby ATMOSの良さを引き出そうというシステムだ。一般的な7.1chのサラウンドシステムに、サイドL,Rが追加され、一番間隔の空くフロントスピーカーとサラウンドスピーカーの間を埋める。実際に音を聴くと、フロントとリアのつながりが非常に良くなっていることに気づく。そして、トップには4chのスピーカー。Dolby ATMOS Homeの最大数が確保されている。スケルトンで4mという極端に高さがある物件ではないが、それでもトップスピーカーをしっかりと設置出来るという良いお手本のような仕上がり。天井平面からしっかりとオフセットされ、真下に入って頭をぶつける心配もない。防音、遮音のために床も上がり、天井も下がる環境の中でこの位置関係を成立させることが出来るというのは、今後Dolby ATMOS対応のスタジオを作りたいという方には朗報ではないだろうか。こちらは、音響施工を担当された日本音響エンジニアリング株式会社のノウハウが光る部分だ。
スピーカーの選定に関しては舘氏のこだわりがある。中京テレビの音声時代から愛用しているというGenelecが今回のスタジオでも候補から外れることはなかった。今回Stereo用のラージに導入された1037B等の1000番台を長く使用してきた中、舘氏にとって初めての8000番台となる8040(平面9ch)、8030(Top 4ch)をDolby ATMOS用に導入したということ。従来のラインナップに比べてサウンドのキャラクターは大きく変わっていないが、高域が少しシャープになったという印象を持っているということだ。
Dolby ATMOS導入スタジオには必ずと言っていいほど設置されているDolby RMUがこのスタジオにはない。これはDolbyの提供するSoftware Rendererの性能が上がり、マスタリング以外の作業のうちほぼ9割方の作業が行えるようになったという背景がある。Home向けであれば仕込みからミキシングまでSoftware Rendererで作業を行うことが出来る。Cinema環境向けであったとしても、この環境でオブジェクトの移動感などを確認することももちろん可能だ。仕上がった作品をRMUを持つスタジオでマスタリングすれば、Dolby ATMOSのマスターデータが完成するということになる。RMUの導入コストと、その作業が行われる頻度などを考え、また本スタジオへMAエンジニアの派遣も行うBeBlue Tokyo Studio 0にRMUがある、というのも大きな理由になったのではないだろうか。なお、本スタジオのシステム導入時点でリリースされていなかったということもあり、Pro ToolsはVer.12.8ではなく12.7.1がインストールされている。Avidが次のステップを見せている段階ではあったが、堅実に従来のワークフローを導入している。
◎DAD + ANDIAMO + VMC、充実のI/F
AS 207のPro ToolsシステムはPro Tools HDX1、Audio InterfaceはDAD DX32が直接Digilinkで接続されている。そして、そのフロントエンドにAD/DAコンバーターとしてDirectout ANDIAMOが加わる。SYNC HDと合わせてもたった3Uというコンパクトなサイズに、32chのAD/DA、3系統のMADI、16chのAESと充実のインターフェースを備えたシステムだ。ただし、充実といっても9.1.4chのスピーカーアウトだけで14chを使ってしまう。またVUも10連ということで、こちらも10ch。さすがはDolby ATMOSといった多チャンネルサラウンドとなっており、その接続も頭を悩ましてやりくりをした部分でもある。ちなみに、MacProはSoftware Rendererを利用する際の負荷に1台で耐えられるようにカスタムオーダーでスペックアップを行っている。
Dolby ATMOSの9.1.4chのモニターコントロールはTACsystem VMC-102で行っている。柔軟なモニターセクションと、国内の事情を熟知したコミュニケーションシステムとの連携はやはり一日の長がある。コミュニケーションにはIconicのカスタムI/Fを通じてTB BoxとCuf Boxが接続されている。この部分も事前に接続試験を入念に行い、コストを押さえたカスタムI/Fで必要機能を実現できるのか、株式会社アイコニック 河村氏と検証を行なった部分でもある。なお、今回の導入工事は河村氏の取りまとめで進行した。河村氏は冒頭でも述べた名古屋地区で初めての5.1chサラウンドを備えたMA studioや中京テレビのMA室からと舘氏とも長い付き合い。その要望の実現もアイデアに富んだシステムアップとなった。
◎前後する机で出現する快適な作業空間
Dolby ATMOSのシステムを備えたAS 207だが、やはり普段はステレオ作業も多いことが予想される。サラウンドサークルを最大に確保したセンターのリスニングポジションでは、後方のお客様スペースが圧迫されてしまう。そのためStereoの作業時には、机がコンソールごと前に30cmほど移動する仕掛けが作られた。左右にレールを設け、キャスターで移動するのだが、それほど大きな力をかけずに、簡単に移動することが出来る。机にはMac Proを始めとした機器類のほとんどが実装されているにもかかわらず、これだけ簡単に動く工夫には非常に驚かされる。これにより、Stereo時にはミキサー席後方に十分なスペースが確保され、快適な作業環境が出現する。そしてDolby ATMOSでの作業時には部屋の広さを最大限に活かした、音響空間が確保されるということになる。
◎S6と独立したサラウンドパンナー
コンソールについて、今回のスタジオ設計における初期段階で検討されていたのはAvid S6ではなかったのだが、中京テレビに新設されたMA室のお披露目の際に、導入されたAvid S6を見て新しい部屋ならこのシステムが必要だと直感的に感じたということ。DAWのオペレートは舘氏自身では行わないということだが、音声技術出身ということから現場でのミキシングなど音に触れる作業はいまでも行っている。その機材に対する感性からAvid S6がセレクトされたということは、販売する我々にとっても嬉しい出来事であった。その後検討を重ね、最終的にはフェーダー数16ch、5ノブのS6-M10が導入されている。ディスプレイ・モジュールに関しては、いろいろと検討があったがVUの設置位置との兼ね合い、リスニング環境を優先しての判断となっている。写真からもVU、そしてPC Dispalyの位置関係がよく練られているのが感じられるのではないだろうか。
そして、S6の導入のメリットの一つであるのが高性能なサラウンドパンナーオプションの存在。フレームに組み込むのではなく、個別にした箱に仕込んで好きな位置で操作出来るようにしている。やはりサラウンドパンニングはスイートスポットで行いたい。しかし、ステレオ作業を考えるとフレームの中央に埋め込んでしまっては作業性が損なわれる。その回答がこちらの独立させたサラウンドパンナーということになる。机と合わせ、部屋としての使い勝手にこだわった部分と言えるのではないだろうか。
◎動画再生エンジンにはVideo Slaveを採用
動画の再生エンジンには、ROCK ON PROで2017年1月よりデリバリーを開始したNon-Leathal Application社のVideo Slaveを導入していただいた。Pro ToolsのVideo Track以上に幅広いVideo Fileに対応し、Timecodeキャラのオーバーレイ機能、ADR向けのVisual Cue機能などMA作業に必要とされる様々な機能を持つ同期再生のソリューションだ。4K Fileへの対応など将来的な拡張性もこのアプリケーションの魅力の一つとなっている。VTRから起こしたキャラ付きのMovieデータであればPro ToolsのVideo Trackで、今後増えることが予想されるノンリニアからの直接のデータであればVideo Slaveで、と多様なケースにも対応できるスタンバイがなされている。
◎ニーズに合わせた大小2つのブース
ナレーションブースは大小2つの部屋が用意されている。MA室自体もはっきりとサイズに差を付けて、顧客の幅広いニーズに対応できるようにしている。これはシステムを構築する機材の価格は下がってきているので、ニーズに合わせた広さを持った部屋を準備することが大切という考え方から。大きい方のブースには、壁面にTVがかけられ、アフレコ作業にも対応できるようにセットアップが行われている。逆に小さい方の部屋は、ナレーション専用。隣合わせに2名が最大人数というはっきりとした差別化が図られている。ただし、運用の柔軟性を確保するために2部屋あるMA室からは両方のブースが使用できるようなしくみが作られており、メリハリを付けつつ運用の柔軟性を最大化するという発想が実現されている部分だ。
音声の収録にもこだわりが詰まっている。マイクプリはAD Gear製のKZ-912がブース内に用意され、MA室からのリモートでゲインの調整が行われる。マイクの直近でゲインを稼ぐことで音質を確保する、というこの理にかなった方法は、高価なリモートマイクプリでしか利便性との両立が図れないが、ここが音質にとっていちばん大切な部分ということで妥協なくこのシステムが導入されている。Pro Toolsへの入力前にはSSL X-Deskが置かれ、ここで入力のゲイン調整が行えるようになっている。そしてアナログコンソールで全てを賄うのではなく、ミキシングの部分は機能性に富んだAvid S6で、となる。収録などの音質に直結する部分はこだわりのアナログ機器で固める、というまさに適材適所のハイブリッドなシステムアップが行われている。このX-Deskという選択は、これまでもコンソールは歴代SSLが使われてきたというバックグラウンドからも自然なセレクトと言える。
◎AS 207と共通した機材構成のAS 208
そしてもう一部屋となるAS 208は部屋自体がコンパクトに設計されStereo作業専用となっているが、そのシステム自体はAS 207と全く同じシステムが導入されている。もちろん、コンソールはスペースに合わせてAvid S3が導入されているが、システムのコアはPro Tools HDXにDAD DX32が接続され、Directout AndiamoがAD/DAとしてあり、モニターコントローラーはTAC system VMC-102とAS 207と共通の構成となる。しかも両スタジオとも内部のMatrixなどは全く同一のプリセットが書き込まれている。片方の部屋でトラブルが発生した場合には、単純に交換を行うことで復旧ができるようにシステムの二重化が図られている。放送の現場感覚がよく現れた堅実性の高いシステム構成である。
Dolby ATMOS対応のスタジオをオフィスビルに、というだけでも国内では大きなトピックであると感じるが、様々な工夫と長年の経験に裏付けられた造詣が随所に光るスタジオである。システム設計を行われた株式会社アイコニック河村氏、音響施工を行われた日本音響エンジニアリング株式会社、そして、快く取材をお受けいただきそのスタジオに対する熱い思いをお話いただいた株式会社Zaxx 代表取締役の舘 英広氏に改めて御礼を申し上げてレポートのくくりとさせていただきたい。
写真手前右側が「Zaxx」代表取締役の舘英広氏、左側が同スタジオで音響オペレーターを務める「ビー・ブルー」の中村和教氏、奥右側からROCK ON PRO前田洋介、「アイコニック」の河村聡氏、ビー・ブルー」の川崎玲文氏
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2017/11/14
株式会社タムコ様 / System Tが可能にした音声中継車の未来形
株式会社タムコは以前より稼働中の音声中継車「R-3」「R-4」に加え、新たに「R-1」を新設した。長年にわたる構想の末に満を持して完成した音声中継車「R-1」は、最新鋭の技術が詰め込まれた音声中継車となった。音声中継車の中心核であるコンソールにはSSLの新型デジタルコンソールであるSystem Tが据えられ、信号経路のほとんどをDanteで構築。これが日本1号機となるSystem Tを始め、システムのありとあらゆるポイントが革新的なシステムと言える「R-1」をご紹介したい。
◎96kHzへのニーズに応える中継車を
まずは、今回新たに製造された「R-1」のスペックをご紹介しよう。96kHz 128ch収録可能な音声中継車である「R-1」のコンソール「System T」は2クライアント対応の64フェーダーフレーム・3タッチスクリーンと、1クライアント対応の16リモートフェーダー・1タッチスクリーンPCの計80フェーダーで構成されている。Stage RackはMicPre 64chインプット・Lineアウト16chを基本セットとしたラックが3式用意され、最大で192ch インプット・48ch アウトプットに対応可能だ。そのほか、SSL Local I/Oとして、アナログ56ch(Mic)IN・24ch OUT、AES/EBU 128 I/O(96kHz時)MADI 7 I/O ポートなど、多彩な規格に対しても柔軟に対応できる。
音声中継車を造るという構想はあったものの、なかなか条件に見合うコンソールが見つからず、機材の選定には相当苦労されたようだ。その条件のうちの一つが、ハイ・サンプル・レートでの運用だったという。現在、「R-3」が96kHzに対応しているが、システム的制限でチャンネル数が半分になってしまうという。近年の動向として、放送業務でもマルチ収録が増えているそうで、その中でも96kHzへのニーズも多いという。96kHz対応という意味では「R-3」も対応しているが、システム上の制限があり収録可能なチャンネル数が半減してしまう。その点「R-1」は接続をAES67伝送信号に準拠しているDante HCを採用しており、プロジェクトが96kHzになったとしても収録チャンネル数は128chを確保できる。
新しい音声中継車を計画するにあたってクライアントである民放各局の意見を集めたが、すべての希望にしっかり答えるとなると当時はそれだけのコンソールが市場になかったという。そんな折、IBC 2015にて発表されたSSL System Tの高い拡張性と柔軟性、そして何より音質の良さが決定打となり、System Tが採用されたそうだ。
◎Danteが拡げるSystem Tの可能性
長年に渡った構想の決定打になったSystem T。今回導入されたコンソールが国内では1号機となる。条件の一つであった「ハイ・サンプル・レートながらもマルチ・チャンネル収録が行える」という条件はSystem Tにおいてコンソールに関わるコンポーネントの通信にDanteが採用されたからではないだろうか。
2015年のIBCにて発表されたSystem Tは次世代のブロードキャストオーディオプロダクションシステムで、コントロールインターフェイスからエンジンまですべてがゼロから新規開発されたプラグシップモデルだ。エンジンは、これまでのブロードキャストコンソールであるCシリーズコンソールで採用されていたCenturi Coreとは異なり、64bit 浮動小数点処理のTempestが採用されている。すべてをゼロから設計しているゆえに、Cシリーズの後継機種という位置付けではなく、新たなフラグシップのシリーズとなる。それは音声中継車を造るにあたり一番の条件であった音質にも現れているそうで、SSLサウンドをしっかりと継承しつつ、さらに音質がはるかに向上しているとのことだ。
さらに、System Tはコンソールに関わるコンポーネントがすべてDanteで接続されている。SSL社はMADI フォーマットを規定する際に参画した1社で、これまでMADI関連の製品も多く販売してきた。しかし、MADIは48kHzでの伝送はBNCケーブル1本で64ch扱えるものの、96kHzになればその数は半減してしまう。その点、Danteは規格上Etherケーブル1本で最大512双方向(48kHz)のオーディオチャンネルを扱える。実際に扱えるチャンネル数は接続されるハードウェアにもよるが、規格上はMADIの8倍にも及ぶ。
System Tに採用されているDanteプロトコルは、冗長性にも長けている。Dante機器は1つのハードウェアをPrimaryとSecondaryの二重ネットワークで接続・構成が可能で、万が一Primaryネットワークの通信が遮断されても、瞬時にSecondaryネットワークに切り替えることが可能だ。この冗長性が、昨今のSR市場や音響設備において非常に重宝されている理由の一つでもある。前記の通り、System Tはコンポーネントの全てがDanteで接続されているが、エンジン自体も二重化されており、冗長化を図っている。音声中継車「R-1」においてもDanteは二重化されている。運転席の後方に配置されているラックにはSystem TのエンジンやNetwork I/Oらがラックマウントされているが、その最上部にPrimary、Secondaryと分けてSwitch HUBへと接続されている。さらにケーブルもPrimaryとSecondaryとで色分けされているので、メンテナンス時にも重宝するだろう。
サーフェイスはフロントに64ch、リアに16chの計80フェーダーが用意されている。同一ネットワークに接続されて個別に動作したり同一システムとして動作させることも可能だ。プロジェクトが大きくなれば大きくなるほど扱うチャンネルが増えるが、2マン・オペレートはもちろん、一人はバンド、一人はボーカル、一人はオーディエンスといった、3マン・オペレートで各自がフェーダを握ることも可能だ。タッチスクリーンを基本とした輝度の高いディスプレイは、非常に視認性が高い。タッチスクリーンはタムコとしても初の導入だそうが、その操作性は良いという。マスターセクションにはあまりボタンを多く配置せず、シンプルな設計ながらも、チャンネルストリップ部分には必要なハードウェアスイッチを備えており、必要なボタンにはすぐにアクセスできるように設計されている。なお、コンソールのチャンネルアサインなどのセッティングもこのタッチパネル上から行うので、1箇所で操作が可能だ。チャンネルストリップとセッティングを別々の画面を見ながら操作、という煩わしさからも解放されている。
◎カスタマイズ自由なチャンネル拡張と冗長性
3ブロックからなるStage Rackには、SSL Network I/O Stageboxes SB i16とSB 8.8が計5台ラックマウントされており、1式につきAnalog 64 In/16 outを有している。上段にはラックマウントされたxMac ProServerとMac用のUPSが、下段にはNetwork I/O用のUPSとスライダックがそれぞれマウントされている。
冒頭に「R-1」のスペックをざっとご紹介したが、これはあくまでも「標準仕様」でのチャンネル数だ。Danteネットワークは、機材の追加などの変更が容易。それはもちろんSysytem Tでも例外ではなく、現在車載されている機材の他にも、臨時で入出力を増やしたい場合や異なる音色のHAが欲しい場合は、車載されているDAD TechnologyのAX32のようにDanteに対応したオーディオインターフェイスを接続すれば入出力数を増やすことも可能となる。
逆にチャンネル数が少ないプロジェクトの場合はStage Rackを1式のみ接続する、といった選択も可能だ。今回の「R-1」と同時に「R-2」という別の音声中継車も作成されており、そちらにはSSLのL300というSRコンソールが導入されているそうだ。L300 もSystem T 同様にDante ネットワークでの使用となるため、「R-1」で使用しないStage Rackは「R-2」でStage Rackとして使用したり、既存の音声中継車「R-3」のコンソールAurusに装着されたDanteカードを介してStage Rackを使用することも可能。このように「R-1」のためだけのStage Rackではなく、他の車両のStage Rackとしても活用が想定されている。さらには、音声中継車とは切り離して単独でYAMAHAなどのDante対応SRコンソールと接続したり、単独でのHAとして稼働も想定されているそうだ。フレキシブルに対応できる発想が可能なのはDanteならではだろう。
◎安定した収録システム
車載されているDAWのAvid Pro Tools HDは、HDX2とHD MADI 2台で構成されている。なお、MacProはSonnet TechnologyのxMac Pro Serverにマウントされている。System Tに接続されたNetwork I/O MADI BridgeでDanteからMADIに変換された信号がHD MADIに入力される仕組みとなる。ストレージは3.5インチHDDを採用しており、xMac ProServerのPCIユニットからSonnet Tempo SATAカードを経由してHDDシャーシへアクセスしている。HDDシャーシはフロントからHDDの抜き差しが可能だ。収録が終わったらすぐにHDDを取り出すことができる。
Stage Rack にもマウント可能な MacPro には Nuendo と Dante カードがインストールされており、Pro Tools と同じインプットを Dante 上でパラレルにアサインしてサブ機として収録が可能だ。また、Focusrite RedNetのようなDanteポートを持つ機器をインターフェイスとしたPro Toolsを持ち込めば、こちらもバックアップとして収録をすることも容易にできる。
◎車載された固定スピーカー
「R-1」は車両の長さが9m・幅約2.5mとミドルサイズに収まっている。しかし、コントロールルーム内は非常に広い印象を受ける。コントロールルームは奥行き3.6m、幅2.32m、高さ2mと外寸から比べると非常に広くスペースが取られている。完全カスタマイズの車両はボディがスチール製だが、ミキサー席から後方の壁面はあえて遮音壁を薄くして、低音が少し抜けるように設計されているそうだ。実際、コントロールルームで扉を閉めた時の圧迫感は低く、長時間作業でも苦にならなそうだ。
また「R-1」では常設スピーカーもマウントされた。「R-3」「R-4」では様々なクライアントが好みのスピーカーを設置できるよう対応するため、常設スピーカーは設置されてこなかった。今回常設されたMusikelectronic Geithain RL933K1は同軸3Wayモニタスピーカーだ。常設を選んだ理由としては「R-1の音色」を狙った設置ということだそうだ。もちろん、従来のようにクライアント持ち込みのスピーカーにも対応すべく、スピーカー設置スペースとしてスライド式のスペースも確保されている。その他にも外からアクセス可能なユーティリティースペースが設けられていた。ここにはStage Rack接続用のマルチケーブルなどを収納することができるので、そのまま配線作業が続けられる。こういった細部にも配慮された設計になっている。
既に稼働が始まっているという「R-1」、ユーザーからもそのサウンドは好評を得ているということだ。System Tの操作性と柔軟性、そして冗長性、安定性の確保、さらには他の中継車との運用も見据えた「R-1」は今後の中継車のベンチマークとも言えるべきものとなったのではないだろうか。ハイサンプルにも対応した将来性も豊かな「R-1」は今後も活躍を続けていくに違いない。
*ProceedMagazine2017-2018号より転載
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2017/11/14
株式会社メディア・シティ様 / Avid S6でセンターポジションオペレーションを実現する
適度なライブ感を持ち、高い天井高による優れた音響環境を持ち合わせるMedia City Ginza East。そのシステムがFiarlight ConstellationからAvid S6へと更新された。そのコンセプト、そしてスタジオとしての魅力に迫っていきたい。
◎天井高がもたらす飽和感のないサウンド
このスタジオの特長は何といっても、高い天井。そして、国内のスタジオではあまり見ることの無い正面のハードバッフル。この組み合わせによる適度なライブ感を持った音響環境となっている。高い天井高は、空間容積に直結し、余裕のある響き、そして反射音の低減など様々なメリットをもたらす。そして、レンガにより作られたハードバッフル。一部分であればレンガ等の素材を使用したスタジオを見ることはあるが、正面の壁全面がレンガというこのスタジオコンセプトには驚かされる。天井高の高さもあり実現できたこの仕様。適度な、心地よい響きをスタジオにもたらしている。
天井高のもたらすメリットはサラウンド作業の際に一番顕著に感じるということだ。5.1chのシステムが組まれたこの部屋で、天井高のおかげもあり、サウンドが飽和すること無く気持ちよくミキシングを行うことが出来るという。まさに空間容積に余裕があるからこそのメリットだ。
◎真っ先に選択肢に挙がったAvid S6
今回の更新では、その音響的な魅力には手を加えず、スタジオのオープン当時に導入されたFairlight ConstellationからAvid S6への更新が行われた。やはり更新にあたり、Pro ToolsというDAWは選択肢から外れることはなく、統合型の作業効率の良いプロダクトとして真っ先に選択肢に挙がったのは、やはりAvid S6。元々は、Avid System5を導入候補の筆頭としていたということだが、更新の時期にディスコンになり、その機能を受け継いだAvid S6を試したところ、System5の操作感を受け継ぎ、Pro Toolsをダイレクトにコントロールできるこのプロダクトが正常進化したモデルであると感じセレクトされている。作業の中心はDAW内部へと確実にシフトをしている今、Avid S6以外の候補が選ばれることはなかったということだ。
そして選ばれたAvid S6のサイズは非常にコンパクトなS6-M40-16Fader仕様。もっとフェーダーが必要ではないかとも考えたが、Avid S6の強力なレイアウト機能などを使いこなすことにより、常にセンターポジションで作業を行いたいということからも、あえてフェーダー数を減らしている。もちろん、もっとフェーダーが欲しいという意見も出たが、今回の更新は16フェーダーという決着を見ている。実際に作業を行うと、フェーダー数に関する不満が出ることはほとんど無く、むしろコンソールをコンパクトにすることで、作業スペースとなる両サイドのデスク面が大きく取れるなど、ほかのメリットも見えてきたそうだ。サラウンド・ミキシングにも対応したこの部屋、やはりセンターポジションで作業を行うということが第一のメリットだが、CM作業の多いこのスタジオにとっては作業スペースに余裕を持てたこともプラスとなっている。
Pro ToolsのシステムはHDX1、Media Composerを利用したVideo Satelliteのシステムが組まれている。サブのシステムはなく、1台のPro Toolsで全てをまかなっているという。InterfaceはHD I/Oが1台とSync HDというシンプルな構成。サラウンドモニター対応のシステムを1台のI/Oでまかなうためにはその設計にもストレスが掛かるが、シンプルに構成することでそれを回避している。Video SatelliteのシステムはVideo InterfaceにBlackmagic DesignのUltra Studioが組み合わされ、4Kに対応したシステムアップとなっている。メインのTVも4K化が済んでいるので、4K作業にも対応可能だ。
◎各スタジオで統一されたサウンド
システム上での音質的なポイントは、モニターコントローラーにセレクトをしたGrace Design m906。AVIDではS6の標準的なモニターコントローラーとしてICON時代より引き続きXMONを販売しているが、導入にあたりこの部分を好みの製品に変えたいということでGrace Design m906をセレクトしたということだ。複雑なモニターセレクトなどは必要ないのでシンプルに音質重視で設計されたこの機種は、スタジオの音のクオリティーに貢献しているという。このセレクトはMedia Cityのもう一つの拠点である品川スタジオと同じサウンドクオリティーを担保するという意味からも重要な機材の一つとなっている。メインモニターはバッフルに埋め込まれたGenelec 1037Bが目を引くが、普段の作業はニアフィールドのADAM A7Xで行うことが多いということ。このスピーカーはバランス良く低域から高域までストレートに再生することが出来るので、重宝している製品ということ。ただし、少し低域が強いのでそのあたりは補正をして使っているというこだわりも教えていただいた。音の出方の気に入った製品をチューニングして利用するという、エンジニアのこだわりが感じられるセレクト。サラウンド用にはGenelecの8030が用意されている。
Media City Ginza Eastのもう一部屋のMAも同時にシステム更新が行われ、Pro Tools周りのシステムは同一、コンソールをArtist Mix2台の16Faderとフェーダー数を揃えたシステムが導入されている。サウンドの統一を図るためにモニターコントローラーにはGrace Design m904、SpeakerはADAM A7Xとこちらも一貫したセレクト。ステレオ作業であればどちらの部屋でも、ほぼ同じ環境(流石にコントローラー部分はS6とArtist MIXで同じとは言えないが)サウンドクオリティーで作業を行うことが出来るよう工夫されている。
Media City MAグループ グループ長 清田 政男 氏
今後は、Dolby ATMOS、8Kなど新しい技術に対して積極的にチャレンジをして行きたいと熱くお話をさせていただいたの印象的であった。最後とはなるが、取材でお話をお伺いしたMedia City MAグループ グループ長の清田氏、そして、システム・インテグレーションを行われた株式会社MTRの富岡氏への感謝を持ってReportを終わらせていただく。
*ProceedMagazine2017-2018号より転載
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2017/11/14
有限会社ガリレオクラブ様 / Yamaha MMP1が司り、Danteが全てをつなぐ
・STUDIO-A
大阪で1991年に創業した有限会社ガリレオクラブ。MA専門のポストプロダクションとしてこれまでにも様々な新しいチャレンジを行なってきた同社が、3部屋のMAのシステムを一新した。いち早くサラウンドへ取り組んだり、大阪で最初にFairlightでのMAを始めたりとチャレンジを続ける同社。2006年に現在の扇町に移転をしてから初の大規模更新となった今回。更新システムはYamaha Nuageという選択となった。そのお話を同社、石川氏と飯田氏にお話を伺った。
◎Nuendoシステムを支える環境
導入当時はDAW界のポルシェなどという呼び声も聞こえたFairlightを長く使ってきたガリレオクラブ、同社が何故FairlightからSteinberg NuendoとYamaha Nuageという組み合わせに移行したのだろうか?まず挙げられたのはサポートの側面。やはり業務で使用するシステムであるため、大阪に拠点を構えすぐにメンテナンスの体制が取れるYamahaは選択肢の一つとなった。またSteinberg Nuendoに古くから携わるYamaha 山本氏が在阪していることも大きな理由となったのではないだろうか。専用ハードウェアでの構成となるFairlightがタイムリーなサポートを求められるのはなおさらで、拠点の有無は大きな要素となったようだ。
また、飯田氏は個人的にCubaseのユーザーであり、Nuendoに対しての抵抗感がまったくなく、むしろ良い部分を知っていたというのも大きなポイント。7.1ch対応のサラウンド制作も行っている同社としてはトラック数の制約なく作業ができるNuendoの魅力は大きい。いち早く22.2chやDOLBY ATMOS、AURO等のフォーマットへの対応を果たすなど、今後の作業の発展次第では安心感のある機能を持っているのもNuendoの魅力である。
そして、Windows環境でも安定運用できるというのも導入の理由となっている。Cubaseから派生したNuendoの歴史を紐解いても、やはり開発の軸足がWindowsにあることは確か。カスタマイズ性の高いPCを使用することにより快適な作業が期待できる。そして何より大阪には、Steinberg PartnerのDAW専用PCメーカーOM Factoryがあるのも心強い。PCの構成の自由度が高いということはそれだけ相性問題などに出会う確率も高くなる。その部分を担保した専門性の高いメーカーが近くにあるということで、安心してWindowsでNuendoという環境が成立できる。実際今回の導入されたNuendoは全てがOM Factory製のカスタムPCでの導入となっている。
・記事冒頭のSTUDIO-Aに付設されるBOOTH-A
◎Danteがすべての部屋をつなぐ
もちろん、Fairlightから他のDAWへの更新を考えた際にPro Toolsが候補に上がったのは間違いない。国内でも多くのポストプロダクションがPro Toolsを使用しているのは事実である。Avid S6 + Pro Tools、そして旧来のコンソール+DAWというアイデアも候補に上がったということだが、やはりトータル・リコールの出来る一体型のシステムであるFairlight Constellationを使っていた同社にとって、コンソール+DAWの環境は魅力的ではあるものの効率面を考えると候補から脱落。Avid S6 + Pro Toolsはシステムの手堅さ、他のスタジオとの互換性などメリットは十分に感じたが採用には至らなかった。その理由はここからご紹介するシステムアップ面にある。
今回、ガリレオクラブの3部屋のMA更新とともに、3部屋あるSoundDesign(仕込み)も更新された。そして、以前から構想としてあった全てのスタジオの音声回線を繋いでおきたいというトータルでの目的もあった。そこで目を付けたのが、NuageシステムのフロントエンドとなるNuage I/Oが採用するDanteだ。AoIPとしてすでにPAの現場などで普及しているDanteは手堅いシステムであり、失敗の許されない現場で使われているということからも信頼性の高い機材であるといえる。今回3室のMAと3室のSoundDesignは全てが共通のDante Networkへと接続が行われている。
ご覧いただきたいのだが、MA室に関してはPCからの回線、Nuage I/Oからの回線、そして、モニターコントロール用のYamaha MMP1全てが同一のDante Networkへと接続されている。Sound EditはPCからのDanteとI/Oを兼ねるYamaha O1V96にオプションとして追加されたDante-MY16-AUD2が接続される。これにより、どこからでも自由に制約なく信号の受け渡しが可能となっている。このシステムが組めるということがNuage導入の最後の決め手となったのは間違いない。その背景には、次にご紹介するYamaha MMP1の存在が大きい。
◎シグナルを司るYamaha MMP1
Nuageシステムはコントローラーとしてという側面だけでなく、「Nuendoをエンジンとしたコンソールを作りたい」というYamahaの思想が色濃く反映されたシステム。この考えもコンソール+DAWも候補として挙がっていたガリレオクラブの考えと一致する部分だ。しかし、従来のNuageシステムは、モニターコントロールに関してはNuendoのソフトウェアに統合されたControl Room機能を活用するということでのシステムアップが推奨されていた。やはり、外部にハードウェアでモニターコントローラーを持たせ、トークバック、カフコントロールなどのコミュニケーションと合わせて制御できるソリューションが望まれていた。その要望を受けてYamahaが従来はDME64Nが担っていたようなプロセッシングを、現代のスタジオに合わせより特化した機能を搭載して登場させたのが、MMP1だ。
それでは、Yamaha MMP1を詳しく見ていきたい。Yamahaがこれまでに培ったDMEシリーズ、MTXシリーズ等のシグナルプロセッサー。その技術を用いて、Nuageのモニターセクションにジャストフィットする製品として作られたのがこちらのMMP1。特徴的なのはその入力部分。基本の入力をDanteとして、Analogは8in / 8out、AES/EBU 16in / 16out と最低限。Danteのネットワーク上に接続して利用することを前提とし、最低限のEXT INPUTと、スピーカー接続用のOUTに絞った非常にコンセプトの明快な製品に仕上がっている。内部はDME譲りの柔軟なシグナルフローに加えて、モニターセクションが自由自在に構築できるようになっている。取材時点ではNuageとの融合の実態を全て確認することはできなかったが、NuageのMMP1コントロール対応については2017年冬にアップデートのリリースを予定しており、トータルでのインテグレートが期待できる製品といえる。
この製品の登場により、Nuageは単体でのコンソールとしての機能を手に入れることとなる。そして、前述の通り16in / 10outの自由にアサイン可能なGPIを持つことにより、カフコントロール、トークバックなどのコミュニケーション機能をMMP1の内部で完結することが可能となる。ここでもDanteの持つシグナルルーティングの柔軟性が生きる部分である。マイク入力は、一旦Nuage I/OによりDanteの1回線となれば、まずMMP1に送り込みカフの制御を受けた上で、PCのDante Acceleratorへと接続され、DAWへと入力される。全てがNetwork上での出来事であり、シンプルなEthernet回線の中でそのシグナルルーティングは行われる。
ガリレオクラブの思い描く次世代のスタジオのあり方。全てのスタジオの音声がネットワークを介して自由に接続されるという未来が、MMP1の登場により一気に現実のものとなった。もちろんDante I/Oを多数用意して、一旦Analogにした後にシグナルプロセッシングを行い、またDanteへと戻すということも出来るが、システム規模は非常に大きくなってしまう。MMP1の様に基本的に全てをDante Network上で信号の受け渡しの出来る製品は、まさに今回のキーデバイスと言えるだろう。
・STUDIO-B
◎従来の作業効率を失わない工夫
Nuageを中心にNuendoをメインDAWとしてシステムアップをされたガリレオクラブだが、効果用にPro Toolsの用意もある。NuageはPro Toolsに切り替えたとしても、その操作は行える。Nuageの持つ操作の柔軟性、そういった点からも便利に使えているということだ。
実際にこのシステムを見たお客様からは、デスクについて褒められることが多いという。カスタムで作られ、サイドテーブルと一台となるデザインの机。その細部には細かいこだわりが多くある。まず、Nuageの設置についてはフェーダー面とフラットになるように設計されている。従来設置のFairlight Constellationは角度の付いた面にフェーダーがあったため、その操作感との統一も考えてNuageは後ろを少し持ち上げて設定、Constellationと合わせるために7度の角度が付けられている。また、コンパクトになったことを感じさせないように、サイドテーブルを大きくした。これによりディレクタースペースが大きくなり好評いただいている部分ということだ。
また、Nuage I/Oの音質に関しても高い評価をしているということだ。Pro Toolsは以前より候補として外せない存在であり、その評価は常に行なっていたということ。それでも、メインのDAWとして導入が行われなかったのは、以前の192 I/Oの音質が満足できるものではなかったからだということだ。当時使用していたFairlightの音質は高く、さすがは専用設計のDAW界のポルシェと言ったところ。今回Nuage I/Oをテストしたところ、そのFairlightの音質とほぼ同等だという結論が出ている。もちろん、Avid HD I/Oが音質向上しているということは知っているが、それ以上にNuage I/Oの音質は優れているという判断が導入の際にはあったということだ。
・STUDIO-C
◎Yamaha MMP1
Yamaha Nuageの登場から早くも3年以上が過ぎようとしている。YamahaのNuageリリース時のコンセプトであるNuendoをミキシングエンジンとしたコンソール。これを実現するピースとして登場が待ち望まれていたハードウェアでのモニターセクション、それがこのMMP1である。こう書いてしまうとNuageでしか使えないように聞こえてしまうが、そうではない汎用性を持ちつつもNuageとの深いインテグレートを実現した機器ということだ。
MMP1の詳細を見てみたい。その入出力はAnalog IN/OUT 8ch、AES/EBU 16ch、そしてDante 64chとなる。そして内部には8chのChannel Stripとフレキシブルな40 x 32のMonitor Matrix、32 x 32のSpeaker Matrixがあり、32chのOutputに対してEQ/Dlyといったスピーカーマネージメント用のプロセッサー、そして全てのチャンネルを跨いだBass Managementが備わっている。
もちろんモニターセクションなので、これらの機能を外部からコントロールすることで、ソースの切替、スピーカーセットの切替、ボリュームコントロールなどを行うことができる。Nuageであれば、Nuage Masterからのコントロールが可能である。そのコントロール信号は、Danteの回線に重畳させることが可能なので別途コントロール用の信号線を準備する必要はない。Nuage以外のシステムとへのインテグレーション時もDanteでシステムアップを行っていればそのネットワーク経由でのコントロールが可能である。
スピーカーマネージメント部分は、定評あるYamaha DME譲り。8band EQとDelayが備わる。プロセッサーパワーの関係から残念ながらFIRの採用は見送られたものの、DSPの世代としては最新の物が使われているため音質に関してもブラッシュアップされているということだ。位相に関してシビアなベースマネジメント用のフィルターにはFIRが備えられているのは特筆すべき点ではないだろうか。
そして、Yamahaの製品らしく非常に豊富なGPIを備えているのがMMP1の特徴の一つ。内部のプロセッシングほぼすべてのファンクションのコントロールが可能な柔軟なGPIを持っている。Yamahaのコンセプトとしては、このGPIを活用してCough ControlもMMP1に担わせるように設計が行われている。そのためにInputにChannel Stripが用意されており、ここへMicの回線をアサインしCoughのON/OFFに合わせてMuteを制御、それによりCoughの制御を実現できる。このGPI信号に合わせてBTなどを総合制御することでCough Control unitなどの機能をMMP1が実現する。
今後Danteベースのシステムアップが増えると、MMP1はそのシステムのスピーカーマネージメントシステムとして脚光を浴びることだろう。32chものスピーカーマネージメントを行うことが可能なパワフルな製品。そう考えるとコストパフォーマンスも抜群に高く、すでにこの製品を中核としたシステムアップも行われている。AoIPを活用したプロダクション・スタジオシステムのラストピースが誕生したと言えるだろう。
国内でも先行してDante Networkを活用したスタジオのシステム構築を行われたガリレオクラブの皆様、そしてシステム設計を行われた日豊株式会社の池谷氏、株式会社ヤマハ・ミュージック・ジャパンの山本氏、豊浦氏のチャレンジに敬意を表しこのReportを締めくくらせていただきたい。
*ProceedMagazine2017-2018号より転載
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2017/05/23
株式会社バスク様 / 随所に光る経験に裏付けられた創意工夫
フジサンケイグループの1社として、テレビドラマと映画を専門にするポストプロダクション「VASC」(バスク)様のAvid S6導入をご紹介したい。映画を専門とするダビングステージを持つポスプロと異なり、MA室の延長線上で映画整音とドラマという長尺の番組に特化した独自のスタイル。これまでのシステムから今回どのようにしてAvid S6の導入となったのか?システムの歴史も含めて紐解いてみたい。
◎その運用にフィットしたEuphonixという選択
バスク様のMA室のシステムはEuphonix CS2000とFairlight MXFの組合せでスタートしている。長尺の番組を扱うということで、そのチャンネル数は多い。それを柔軟にハンドリングできる大規模マトリクスをもったCS2000はバスク様にとってベストな選択であったということだ。DAWのFairlight MXFも、当時は高度な編集機能を持った業務機として揺るぎない地位を築いていた製品だ。
Euphonix CS2000はアナログ回路で設計されたチャンネルストリップをデジタル制御のマトリクスで柔軟に内部接続をすることで、運用の柔軟性をもたせたこの時代には非常に画期的なコンソール。YAMAHAのO2Rが登場し、デジタルコンソールの利便性が認められていたところに、ラージコンソールと同等のアナログ回路と、デジタルコンソールの利便性を融合させた機器として登場した先進性に溢れたコンソールである。
その後、MA室を増設する際に導入したのがAMEKのデジタルコンソール。このときにもDAWはFairlightが採用されている。さらに3室目のMA室を2003年にOPENしている。このとき採用されたのはEuphonixのMaxAirで、DAWには同じくFairlightが採用されている。そして2005年にはCS2000の更新があり、Euphonix System-5が選択された。CS2000の利便性を更に拡張し、チャンネルストリップ部分もデジタル化したコンソール。デジタル技術も進化し、デジタルながら「空気感を再現できるコンソール」として高い音質評価を得たハイエンド製品だ。System5は映画の本場であるハリウッドでも評価を得ており、今でも数多くのダビングステージで使われている製品の一つでもある。
現在メインで使われているPro Toolsの導入は2008年まで待つこととなる。やはりFairlightと比較して、当時のPro Toolsは今ほどの使い勝手を持ち得ていなかった。バスク様は2007年の湾岸スタジオ開設当初よりポスプロ管理として業務を行っている。DAW機器の選定をするに辺り、自社ミキサー卓をAMEK~D-controlへ更新し、そこでAvidへ多くのフィードバックを伝えた結果、Fairlightを使用していた自社が満足出来る使い勝手へと進化していく事が確認出来たのでAvid Pro Toolsを導入、引き続き自社にも導入するに至った。
AMEKが導入されている部屋のシステムは、Digidesign D-Controlを経て2015年にEuphonix System-5へと更新が行われている。現在稼働している汐留に移転する前は、2式のSystem-5で運用を行なっていたということだ。このようにシステムの変遷を振り返ってみると、常にEuphonixのコンソールが1台は稼働しているという環境である。Euphonixの魅力についてお話を伺うと、その運用の柔軟性が真っ先に思いつくということだ。長尺のテレビドラマ、映画が作業の中心となると、1作品ごとに求められる作業スタイルが変化をする。それに柔軟に対応できるシステムとしてEuphonixの製品はジャストフィットしたということだろう。
MA1
MA1 System5
MA2 2列目に埋め込まれたCM408
MA2
◎System-5とD-Controlを受け継いだS6へ
そして、今回の汐留への移転を期に2室としていたMA室を再び3室体制へと拡張している。System-5が生産完了となり、その後継として開発が進んでいたAvid S6を選択したのは、これまでの経緯を考えると必然に感じられる。しかし、Avid S6はSystem-5の大きな魅力であったマトリクスエンジン「eMIX」にあたる部分を持っていない。Pro Tools自体が柔軟なシグナルルーティングが可能だといっても、複数システムを並走させる映画の作業では、最終のステムミックスを行うためのミキサーは必須である。そのような大規模なシステムを必要とする場合は、これまで通り移設したSystem-5を活用し、規模の小さな作業を効率的に行うために一回り小さな3室目を計画、Avid S6を導入となっている。
MA3
System-5の部屋には、3台のPro ToolsがHybrid Systemと呼ばれるEuConによる接続でリモートが出来るようになっている。コンソールとの信号のやり取りには、Avid HD MADIが使われているということだ。非常に特徴的な、前後に分割されたSystem-5はセンターポジションでミキサーも、効果音のスタッフも作業が行えるように工夫された結果だ。このような柔軟な設置が行えるのはEuphonix System-5の魅力のひとつ。コンソールが8chごとのモジュール構造となっているからこそ実現できているポイントだ。
新設のAvid S6のシステムは、24フェーダー仕様。フレームは最大40フェーダーまで拡張できるものを採用し、将来的な拡張性も確保されている。現場で作業されるスタッフの多くが、以前同社に導入されていたDigidesign D-Controlのオペレート経験があるため、導入は非常にスムーズであったということ。System-5とD-Control、両者の後継として開発されたAvid S6。その両者を知るユーザーの目に、S6は正常進化の製品として受け入れられているということだ。System-5の持つ柔軟なオペレートと、D-Controlの持つ高いPro Toolsとのインテグレート。それぞれが持っていた美点がS6にしっかりと受け継がれている。
MA3に導入されたS6
◎デスクからストレージまで、考え抜かれた作業効率
Avid S6の収められたデスクは、使い勝手にこだわったカスタム設計。System-5の設置を見ても、バスク様は長時間の作業を前提として、少しでも快適な環境を構築したいという高い意識がこのような部分からも強く感じられる。どれだけよく出来た機器も、人が触れる部分が使い勝手にマッチしていないとストレスを感じることとなる。特に長時間の作業ではそれが顕著であり、作品の仕上がりにも影響することを良く知っているからこそ、このような部分にしっかりとコストを掛けているのだと感じた。
また、モニターコントローラーにはGrace Design m904が採用されている。クオリティに直結するモニター環境の要となるこの部分にこだわりの製品をチョイスしている。そして、スピーカーにはDynaudio Air-6が採用されている。これまでのSystem-5の部屋で使われている同社のAir-20との共通性を確保する選択だ。映画関係のスタジオで好まれるDynaudioはラージモニターの鳴りを感じることが出来る稀有な存在。DSPによるコントロールを持ったフラッグシップであるこのAirシリーズが生産完了となったことを惜しむユーザーは多い、このラインナップの復活に期待したいところだ。
録音用のブースは2部屋有り、3室のMA室からそれぞれで使用できるように設計されている。新設のAvid S6の設置されたMA3にはMic PreとしてAMEK 9098 DMAが用意されている。AMEKのコンソールを使われていた同社の歴史が伺える部分ではないだろうか。
Grace Design m904が採用された
MicPreにはAMEK 9098 DMA
バスク様は、編集室とMA室の共有ストレージとして大規模なAvid ISISシステムを導入されている。総容量384TB、12筐体の大規模なISISがMA室の各Pro Toolsに接続されている。通常の作業では、全てのデータがISIS上に置かれ、ローカルのストレージで作業を行うということは無いということだ。Videoの再生システムとしては、Avid Media Composerが導入され、Pro ToolsとVideo Satellite systemが構築されている。編集との高度な連携により、作業の効率を高めているということだ。
マシンルーム
全体を通じて感じられる、利便性と音質、非常に重要な2つのファクターに対しての高いこだわり。テレビドラマと、映画という2つの軸に対してぶれることなく行われた使い勝手のブラッシュアップ。歴史あるスタジオならではの経験に裏付けられた創意工夫が随所に感じられるシステムである。一見何気なく整然と設置されているように見えるが、一つ一つにこだわりが織り交ぜられた、優れた作業環境であるといえる。最後になるが、お話を伺った株式会社バスク 執行役員 音声技術センター長 小林祐二氏、そして、このシステムの構築を行われた株式会社エム・ティー・アール 冨岡成一郎氏にこの場を借りて御礼と感謝を申し上げたい。
・写真左から、株式会社エム・ティー・アール 冨岡 成一郎 氏、株式会社バスク 亀山 貴之 氏、蜂谷 博 氏、佐藤 真美 氏、執行役員 音声技術センター長 小林 祐二 氏、株式会社メディア・インテグレーション ROCK ON PRO事業部 岡田 詞朗、前田 洋介
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2016/11/14
株式会社サウンズ・ユー
大阪福島区にある在阪の老舗MA・音楽制作スタジオ「株式会社サウンズ・ユー」。本社スタジオでのMA作業、音楽制作のほか、IMAGICAウェストや各放送局でのMA業務に多数のエンジニアを派遣するという技術協力も行っている。その本社には3部屋のスタジオがあり、すべてPro Tools|HDでの運用、サラウンドに対応したスタジオが完備されている。今回は、そのうちの1部屋を全面改修し、残り2部屋については最新のバージョン12へPro Toolsの更新を行うこととなった。
時代のニーズに合わせたスタイルを追求
今回の新設スタジオは、従来のミキサーベースのスタイルから大きく変貌を遂げている。ファイルベースの作業が増加しつつある今のニーズに合わせるように、大型コンソール主体のスタイルからPC/DAWをメインとしたシンプルなワークステーションへと移行。その中核には『Pro Tools S3』が鎮座する。そのコンセプトは、大型の機器を極力排除し音響環境を最善の状態にし、機器としてのミキサーがスタジオの主役ではなく、エンジニア自身が中心となり、作品を作り上げているといった構図を意識している。作業のためのデスクは特注であり、お客様の書いた手書きのラフスケッチから理想を追い求め制作された物。そのサイズ感、形状など細部に渡るこだわりが詰まっている。
いわゆるサウンドデザイナーとしてのスタイルが理想形として透けて見える。今回改装したこのMA室はコントロールルームはゆったりとしたスペースが確保され、作品に携わる全関係者が一同に介せるほどの広さだ。これは、システムのコンパクト化によりマシンルームが排除された事によるメリット。これにより、クライアントが同席する際にも、遮る物のない優れたコミュニケーション環境が得られる。もちろん、ハイクオリティなモニタリングをキープできる絶妙な距離感など、様々なファクターも実現している。
コアオペレーションを『VMC-102』に集約
ラージモニターにはMusikのフラッグシップモデル『RL901K』を採用。シンプルなスタジオのルックスに大きなインパクトを加えている。スピーカー背面への回り込みを排除する独自のカーディオイド処理により、素直で耳馴染みの良いワンランク上のモニター環境を実現した。また、このカーディオイド特性より、ディレクター席、クライアント席での視聴環境の向上に対しても一役買っている。
モニターコントロールは、VMC-102とDirectout Technologies ANDIAMO.2の組み合わせで、マシンルームからの外線とスタジオ内の機器すべてを集約し、集中的にコントールを可能としている。モニター機能はもちろんの事、VMC-102には基本のコミュニケーション機能と制御をフルに活用し、カフ、トークバック等のコミュニケーション関係も全て制御している。これをVMC-102の設定で実現し、カフシステムの専用コントローラーを不要としている。カスタマイズ可能なタッチパネルには、モニターセレクト機能の他、強制カフON/OFF、CUE OUTを活用したマシンルームへの連絡線への確立など、そのアイデアを特注品の様に作りこんでいる。これらの機能を実現するために必要であった、制御系の機器、既存の製品のカスタマイズなどはROCK ON PRO umedaのスタッフが実現している。
コンパクトながら音質、使い勝手に徹底定期にこだわったシステムアップ。必要な部分への限られた予算の投入が行われた、見るべきところの多いシステムである。ポストプロダクションとして必要とされる機能を、選りすぐり限りなくコンパクトにシステムを収めている。そして、音質・機能ともに充実した環境ができあがっていることをご報告したい。
株式会社サウンズ・ユー 勝瑞 純一 氏 / 大橋 光樹 氏
*ProceedMagazine2016-2017号より転載
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2016/07/13
ROCK ON PRO導入事例/株式会社イクシード 様 〜長期的視点からのAVID S6導入〜
外苑前からほど近い立地の株式会社イクシード様は株式会社ビジョンユニバース様とのコラボレーションにより、CMを中心にVPなどを制作しているポストプロダクションだ。今回、SSL Avant+からAVID S6への更新を行なった。その事例をご紹介していきたい。
◎S6でIn the Boxの環境へ最適化
イクシード様は2000年創立、映像編集からMAまでのポストプロダクションワークフローを提供する会社だ。創業当時はAVIDの編集システムをメインにAutodesk、そしてMAのシステムをマイセン通り沿いに1部屋用意して業務にあたっていた。その後、現在のビジョンユニバースが所有するビルへ移転し、2部屋のAutodesk Suite、1部屋のAVID DS Suite、2部屋のAVID Media Composer Suite という全5部屋と、ビジョンユニバースと共同で運営する2部屋のMAというラインナップとなっている。代表取締役の中野氏自身がAVID DSのオペレータでもあったということでAVIDのソリューションに対しての造詣が大変深い。MAはFairlight MFX3とSSL Avant+を組合せたシステムアップであったが、導入からの年数と周りのポストプロダクションの情勢から4年前にAVID Pro Toolsへと移行を行なっている。編集のソリューションがAVID中心ということもあり、いち早くVideo Satellite SystemによるVideo Playback Systemを導入していただいている。
今回はSSLラージコンソールからの更新、やはりコンソールではなくコントローラーとなるということに対して様々な意見の交換が行われた。その中でポイントとなったのは、維持費、そして将来性というファクター、更にはPro Toolsとの親和性というのも重要視されたポイントだ。導入から10年以上が経過していたSSL Avant+は、やはり故障した際のメンテナンス費、今後のパーツ供給に対する不安などがあった。登場して日の浅いAVID S6ではあるが、すでに世界中で1000台以上の出荷が行われている非常に大きな成功を収めたソリューション。初期不良などの歩留まりはファーストリリースでは見られたものの、リビジョンアップにより現在ではノーメンテナンスと言って良い状況まで改善され、安定度の高いシステムとなっている。やはり、好調なセールスはユーザーからの多大なフィードバックを生み、製品のブラッシュアップに大きな効果を生んでいることが実感できる。もちろんSSL Avant+からの順当なリプレイスといえばSSL C300ということになるが、コスト的な面がネックとなった。更にPro Toolsの導入からコンソールミックスを行う機会は激減し、Pro Toolsの内部ミックスがフローとして定着していたことで、Pro Toolsをこれまで以上に上手く扱える製品が良いということもあった。
◎VCA Spillを活用してコンソールライクなフローを実現
メインエンジニアの山崎氏は、Fairlightユーザーであり、コンソールミックスを現場で行ってきたエンジニア。Pro Toolsの内部ミックスをArtist Mixで行なっていたが、やはり少なからずストレスを感じていたとのこと。AVID S6の導入からは、VCA Master FaderをセンターにSpill Zoneで呼出し、SSLコンソールと同じようなスタイルでのミキシングに回帰したという話が印象的。AVID S6はPro Toolsをエンジンとしたコンソールという見方も出来る製品。そのコンセプトの通り、まさに「コンソール」として使っていただいている。波形が表示されたりと、これまでのコンソールにはなかった、多くのフィードバックを持ち、快適な環境へと進化することができているとコメントを頂いている。更にVCA Spill機能により、個別のフェーダーへのアクセスも用意なのもお気に入りの機能ということだ。Pro Toolsの持つ多彩な機能を、ユーザーのスタイルに合わせ様々な使い方を可能としているのも、この製品の魅力ではないだろうか。
ナレーションブースは2名での収録に対応、余裕のある空間が魅力だ。
普段利用する収録用のアウトボードは手元のラックに集約している。ICONIC KZ912、NECE 33609,TUBE-TECH LCA-2Bが収まる
◎強力なシグナル・マトリクス機能でDAD AX32へ回線を集約
次に、システムアップのポイントを見てみたい。AVID S6への更新に併せて周辺機器を一新されている。従来、SSLのマスターセクションとカスタムで作られたモニター切替ボックスの持つ複雑なルーティングは、DAD AX32とTAC system VMC-102の組み合わせによりその機能を再現している。AX32、VMC-102ともに今後のバージョンアップによる含みを持った状態での導入ではあるが、AVID S6のバージョンアップなど今後の機能追加によって更なるシステムの充実が期待できるラインナップの導入となっている。基本的にスタジオの全ての回線はDAD AX32に集約している。この製品の持つ強力なシグナル・マトリクス機能をフルに活用しルーティングを行なっている。デジタル領域でのXY matrixであるため、分配機能を活用しADA,DDAレスのシステムアップを実現している。
TAC SYSTEM VMC-102は、ご要望いただいたアシスタントデスクからのモニターコントロールを実現するという側面も併せ持っている。これまではカスタムのモニターボックスがSSLの後段に組み込まれていたが、その役目を併せ持った製品として導入いただいている。設置場所が自由なVMC-102はモニターコントロールリモートとしての機能を実現してくれた。現状ではVMC内部のDSPによりモニターコントロールの実際のシグナル処理を行なっているが、将来的にはDAD AX32のコントロール機能によりDAD側へその機能を移すことを視野に入れての導入となっている。AVID S6とDADの連携、そしてDADとVMC-102の連携、この3機種が協調して動作するようになればミキサーはAVID S6のセンターセクションからのモニターコントロール、アシスタントはVMC-102からのコントロールということが実現されることとなる。積極的なバージョンアップが予定されている機器を中心とした導入により、将来性の高いシステムとなっている。
◎SDI EmbededのAudio Outで完全にロックしたLayback
また、こだわって導入を行なったのがDAD AX32のオプションとして用意されているSDI OUTの機能。DAD AX32はminidigilink portを持っているのでPro Tools HDXから直接Audio Interfaceとしての接続が可能だ。余談ではあるが、先日AVIDから公式にサポートが発表され、AVIDお墨付きのInterfaceとなったのも大きなニュースだ。話を元に戻すが、Digilinkにより接続されたAudio Interfaceから直接SDI EmbededのAudio Outが出来るのはPro Toolsシステムにとっても大きなニュース。これまでVTRへのLaybackはAESで接続するのが定番であったが、Pro Toolsから直接の出力を実現したということで理論的にはフレーム内での揺れのない完全にロックしたLaybackが実現されることとなる。SDIというフレームを基準としたデータの中に、Digital Audio データを並べることができるのでフレームエッジが完全に一致したデータをVTRへ返すことを可能としている。これは、今後のポストプロダクション・システムにとって大きなトピックとなるだろう。どうしても防ぎきれなかったフレーム内での数サンプルのズレを完全に一致させることが出来るようになるということになる、これはエンジニアの山崎氏が大いにこだわったポイントだ。
またスピーカーマネージメントシステムとしてPeavey MediaMatrix Nionを導入していただいている。モニター補正を96kHzで行うことの出来るこのプロセッサーはサウンドの純度を保ったまま補正が行えるほか、イコライザー・ディレイとして活用いただいている。本来はもっといろいろなことが行えるプロセッサーなので、こちらも将来のシステム拡張に含みを持たせた更新であると言える。アミューズメントパークなどの設備としての導入が目立つ本製品だが、その音質の高さはもっと導入が進んでもいいと感じさせられる機器だ。
イクシード様は、今後のバージョンアップに大きな含みを残し、まさに未来において進化できるシステムを導入されている。デジタルならではと言えるこの最新の機器を組み合わせた構成。それを従来のデジタルコンソールのスタイルで利用されているというのが、AVID S6の懐の深さを物語っていると感じている。ユーザーのスタイルに合わせどのようにでも活用できるのが、AVID S6の大きな魅力の一つだと改めて再認識させられる。今回導入いただいた機材の進化とともに、どのようにワークスタイルが進化してゆくのか?非常に楽しみな事例となっている。改めて、株式会社イクシードの皆様、システム工事を担当されたレアルソニード様への感謝を申し上げて結びとしたい。
左より、ROCK ON PRO 町田幸紀、株式会社イクシード 田中 嵩樹 氏、株式会社イクシード 代表取締役 中野 真佳 氏、株式会社ビジョンユニバース エンジニア 山崎 博司 氏、ROCK ON PRO 前田洋介
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2016/07/01
株式会社イノセンス 様 / 作業効率を追い求めた結果 〜AVID S6導入事例〜
北陸、金沢に本社を置く株式会社イノセンス。試写室を四国・松山にも置き、この2つの拠点で制作から撮影〜編集〜MAとワンストップでのマルチメディア・サービスを提供している。地元のCM制作、起業PRのVPなど様々なコンテンツの制作を行われている会社である。作業量はかなり多く、リコール性、作業効率というものが求められる現場である。
◎旧システムとの互換を確保する
今回導入となったAVID S6だが、そのストーリーはPro Toolsシステムの検討から始まった。それまではFairlight QDCとConstelationを使用していたが、そのサポート終了・システムの老朽化に伴い、AVID Pro Toolsへの更新を検討されていた。しかし、単純にシステムの入替えというわけにはいかない。業務におけるかなりのウェイトを占めるのがこれまでに制作したコンテンツの改定作業となるからだ。そうなると、それまでのFairlightとのデータの互換性の無いPro Toolsへの更新は、単純に入れ替えるという訳にはいかない。まず、第一段階としてPro Toolsのシステムを仮設し、使用頻度の高いデータから順にデータコピーを行うこととなる。これは、シンプルにAESで2台のDAWを繋ぎ、同期をとってのコピー作業。すでにFairlightが提供していたMXF exchangeは手に入らず、Fairlight QDC独自フォーマットのファイルをファイルベースでコンバートすることは難しくなっていたからだ。
◎完全ファイルベースのフローにS6が合致
当初は1年程度の期間を設けFairlightのデータを移植したところで、全体的なシステムの更新を行う予定ではあったが、Pro Tools導入から半年程度たったところでConstelationの調子がどうにも悪くなってしまった。その為、計画を前倒ししてAVID S6の導入に踏み切った。AVID S6に関しては、Pro Tools導入後に次のメインシステムとなるコンソールの選定候補として実機を金沢まで持ち込みデモを行なっている。実際にその操作性を体感していただき、作業効率も求めるイノセンス様のワークフローともしっかり合致した。DAWをエンジンとするコンソールということで言えば、Fairlight Constelationと同じコンセプトではあるが、デジタルコンソールの模倣にとどまらず、更に踏み込んだ提案が数多く搭載されたAVID S6はイノセンス様の目線からも新鮮に映るポイントは多かったという。
リコール性能の高さは言うまでもなく、Display Moduleに表示される波形、自由にコンソール上のフェーダーにアサインすることの出来るレイアウト機能など、レコーダーとコンソールという従来の概念を更新することの出来るAVID S6。作業効率を第一として検討を行なっていたイノセンス様のワークフローにしっかりとマッチしたと言える。
余談ではあるが、イノセンス様のMAは完全ファイルベースでのフローとなっている。すでにVTRでの素材搬入はほぼ無く(年に1回程度)、松山支社のコンテンツMAも一手に引き受けているためにファイルでのデータのやり取りが普通のフローとして日々行われている。
◎S6のファンクションが実現したコンパクトシステム
導入いただいたのはPro Tools HDX1、映像再生用にVideo Satellite SystemとしてAVID Media Composer、AVID S6-M40-16-5-DPというのがメインのシステムだ。AVID S6は16フェーダー5ノブというコンパクトなシステム。これまでのConstelationが24Faderということで不安はあったものの、レイアウト機能、Spill機能などを駆使することでコンパクトなシステムでも同等以上の使い勝手を得ることが出来ると判断されての導入となっている。Pro Tools HDXシステムも、サラウンド作業は無く、ステレオ作業のみということで、DSPパワー的に問題ないと判断をした。Video Satellite Systemの導入は前述のとおり、完全にファイルベースでの素材の受け渡しが前提となっているために、受入可能なファイルフォーマットの多いMedia Composerの導入は必須であった。また、キャラの表示もMedia Composerであれば問題なく行えるというのもポイントであった。Video InterfaceにはAVID DNxIOを入れさせていただき、将来の4Kフローへの準備も行なっている。
◎VMC-102+ANDIAMOに集約、パッチベイも僅か3面に
次にシステムのディテールに目を向ける。モニターコントローラーはTAC systemのVMC-102を選択、VMC-102とTritech AGS-VMC、そしてDirectout Technologies ANDIAMO.XTの組合せで、コミュニケーション、モニター関係を集約している。回線の切替、TBのSummingなどをVMC-102で、スタジオ回線のマトリクス、信号分岐などをDirectout ANDIAMOで実現している。スタジオ機材ほぼ全てをANDIAMOへ集約することで非常にシンプルなシステムアップを実現している。ちなみに、AndiamoからPro Toolsへの接続はAESでの16chとなっている。
VMC-102とANDIAMO.XTの組合せでシステムのコアを構築したことでパッチベイがアナログ2面、ビデオ1面と非常にコンパクトに纏めることが出来た。エマージェンシー対応を考えた最低限のパッチが物理的に立ち上がっている。物理接点数を減らす、システム工事費の低減など、様々なメリットがこのシステムアップにより実現している。工事に関しても、既存のConstelationの解体撤去からS6の設置、調整まで4日間というスピード工事。5日目には動作確認、6日目にはトレーニングと、1週間を切るスケジュールでのシステム更新工事であった。もちろんこれは、システム設計、工事を担当していただいたレアルソニード様の力によるところも大きい。更にAVID S6とVMC-102,ANDIAMOの組合せというコンパクトなシステムだからこそということも出来る。
エンジニアの口出様は、AVID S6の魅力的なソフトキーをカスタマイズし、使いたいキーをフロントに持ってきたりと、作業効率を求めかなり使い込んで頂いている。このソフトキー機能は、EuConの恩恵により、Pro Toolsのほぼ全ての機能を網羅し、ショートカットにないような機能でもアサインが可能となっている。キーボード+マウスでの編集からS6+マウスでの編集になっているということが伺えるエピソードである。
東京、大阪に次ぐS6の導入事例となったイノセンス様、地方の活力を感じるとともにワンストップでのワークフローを確立していることで、一歩進んだトータルワークフローを現実のものとして形にされている。今後もバージョンアップにより進化してゆくAVID S6とともに、効率的なワークフローを確立することだろう。改めて、株式会社イノセンスの皆様、システム工事を担当されたレアルソニード様への感謝を申し上げて結びとしたい。
左より、アシスタントミキサー 水口慎也氏、同社取締役/プロデューサー 直野雅哉氏、チーフミキサー 口出洋徳氏
*ProceedMagazine2016Summer号より転載
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2015/05/01
株式会社松竹映像センター / 総合ポストプロダクションが加速させるワークフローの最新Style
松竹と聞いてまず思い浮かべるのはなんだろうか?京都太秦の映画村だろうか?それとも歌舞伎座だろうか?それとも「男はつらいよ」「釣りバカ日誌」?今年が120週年という松竹、その存在自体が日本の娯楽史とも言える。その歴史の中には、数多の名作、名演が残されている。古くは、小津安二郎監督、野村芳太郎監督等、日本映画史に残る会社であり、歌舞伎を現代に伝える会社でもある。
その中で、松竹映像センターの歴史を遡ると大船にあった松竹撮影所にそのルーツが有る。撮影所のポストプロダクション部門が独立した神奈川メディアセンターを母体とし、パッケージメディアの制作、CSの衛星劇場、派生のポストプロダクション作業の増加に伴い成長をしている。2015年1月にお披露目を行い稼働を開始した松竹映像センターの新拠点。元々は、大船の映画関係作業を中心としたダビングステージ、高輪台の映像編集とMAを行っていたポスト・プロダクション、そして銀座の事務所機能という3拠点に分かれていたシステムを統合し、ワンストップでの制作環境を提供する目的で作られた最新の設備だ。事務所機能、映像編集、MAスタジオは7Fに、旧大船にあった映画音声のファシリティーは天井高の取れる1Fに配置されている。ゆとりある空間で、快適なクリエイティブ作業を行ってもらいたいというコンセプトのもとに開放的な空間がそれぞれの設備には広がっている。更には、松竹の持つ豊富なコンテンツの資産を活かすためのMAM(Media Asset Management)を新設、映像編集、映画音声関連のファシリティーの強化など多岐にわたるシステム強化が行われている。
それぞれの部屋ごとに、単純な移設にとどまらない様々なブラッシュアップが行われており、統合されたワンストップでの制作環境が誕生している。トータルのデザインは乃木坂ノソニースタジオ等日本にも馴染みの深いピーター・グルナイセン氏の手によるもの。アメリカ「MIX magazine」の2015年度世界優秀新スタジオ18選に日本のスタジオとしては唯一選ばれ、海外からの注目も高いことがわかる。ROCK ON PROは今回の移転に伴い、全面的にオーディオ関連設備のお手伝いをさせていただいた。歴史と伝統、そして最新のソリューションへの飽くなき追求を行う現場のスタッフの皆さんと日々議論を戦わせながら完成した、次世代を担う最新の設備をご紹介していきたい。
1:ダビングステージ
System5を中核とした96kHz対応のFilm Dubbing System
大船にあったAVID system 5コンソールを移設した映画本編仕上げ用の空間。常設となる5台のPro Tools HDXからはそれぞれ64ch@96kHzの出力が可能。InterfaceにはHD MADIが接続されSSL Alpha Link SX MADIによりDAされアナログでミキシングシステムへと接続が行われている。ミキシングシステムは96kHzでの動作でダビングに耐えうるチャンネル数の入力を確保する、ということを念頭にシステムが構築されている。この入力段にはミキサーシステムとしてのNuendoが準備されている。Nuendoは負荷分散という意味もあり3台のHP Z440にインストールされた。そのI/Oには、RME HDSPe MADI FXがそれぞれに2セットずつ設置されている。このHDSPe MADI FXは1セットあたり3系統のMADIの入力を持つため、192ch@48kHz、96ch@96kHzというスペックだ。都合1台のNuendoで192ch@96kHzのI/Oを備えているということになる。この3台のNuendoはEuConでSystem5からのコントロールが行える。System5のミキシングエンジンを最終ステムミキサーとして、その前段でのステムミックスを受け持つこととなる。EuConでのNuendoの統合はフェーダーコントロールだけではなくEQ,COMPといったコンソールとしての基本機能が遜色の無いレベルで統合される。もちろん、Pro Toolsも同一のネットワークに存在するために作業形態にあわせて、EuConでコントロールするPCは自由に切替が可能だ。
徹底した比較試聴で選ばれた音質に対するこだわりの機材
最終段のレコーダーもNuendoがチョイスされ、コンソールとはアナログで接続されている。通常であればSRCを使ってサンプルギャップを埋めてしまうことも多いのだが、その音質変化を嫌い全ての接続段でDA/ADを行いアナログによる接続をとっている。完全な線形を保つアナログを介し、デジタル・ドメインでの不要な処理を回避するこのシステムアップは、音楽のマスタリングスタジオで音声を一旦アナログで処理をするというその手法と共通する音質に対するこだわりを見ることが出来る。大規模なシステムであるために各パートでの音質の差異を最低限に押さえる必要があるが、シグナルフロー上のD/Aコンバーターに関しては全てSSL Alpha Link SX MADI、A/DコンバーターはDirect Out Technologies ANDIAMO.2に統一をするというこだわりにより構築が行われている。
Room EQの統一によるReference環境としてのStage
1Fの全ての部屋に共通となるが、Room EQとしてReal Sound Lab社のAPEQ-8 proが導入されているのも特徴の一つ。共通のRoom EQ機器を採用することで、音色差を極力減らしたいという意向の現れでもある。同一のアルゴリズムにより導かれ、同一のエンジンにより処理されフラットバランスを導くことによる共通性を求めている。このAPEQ-8 proは音響パワーという独特な数値を元にその補正を行っている。音響パワーとは『単位時間あたりの面を通過する疎密波の仕事量』ということになるのだが、それによって導かれる効果は、平均化されたデータにより導かれたターゲットに基づいて補正を行っているために想定点を中心に広い範囲で最適な補正の効果を得られるというメリットを持っている。これは広い空間を持つダビングステージでの効用が大きく、もちろん、物理的なスイートスポットは有るものの効果の及ぶ範囲が広いために複数人でのミキシング作業を行うダビングステージでは最適な補正技術であると言える。そしてスピーカーマネージメントにはPeavey Media Matrix Nionを採用している。このモデルは十分なプロセッシングパワーを持つDSPを搭載している。今回のシステムではモニター段にあたるB chainのデジタル機器はサウンドの純度を保つために96kHzでの設定を行っているが、このNionは96kHzでの設定においても十分なプロセッシングパワーを提供している。実際に内部では前段のプロセッサーで生じたレベルの微調整、EQ,Delay,CrossOver,Distributionを行っている。また、プリセットの切り替えにより7.1ch/5.1chの切替もここで行うようなシステムアップだ。
映画館との差をなくすための様々な工夫
スクリーン裏のスピーカーシステムはJBL 5732 3-Wayをフルバッフル仕様でLCRに設置。SWは4645Cを2本、左右に設置している。この選定は制作段階でのリファレンスとするべき関係各社の試写室のシステムを総合的に判断している。これらのLCRとSWのアンプはスピーカーレベルでの引き回しを最低限にするために、バッフル裏に設置が行われ、ここはLab.Gruppen C88:4が採用されている。機材選定に際しては消費電力量と、発熱量が検討されたが、1台2Uのスペースで8800W/4chの出力を持つこのモデルはこの位置への設置には最適であった。接続はHF,MFにそれぞれ1ch、LFはBTLで4400Wを当てている。2台のSWへの接続もBTLとしているが1台で賄えているのが4chモデルのメリットと言えるだろう。ここへは都合4台のC88:4が専用の変圧トランスを介し120V供給で設置されている。サラウンドスピーカーにはJBL AC18/95が採用された。このモデルは、余裕の500Wとという定格と、90度という広い指向角を持ち、最近のシネコン等新しい上演館で採用が多く見られるモデルだ。シネマカーブをNionに任せることでこのような自由なスピーカーセレクトを実現している。
スクリーンはもちろんサウンドスクリーン、有効寸法で横幅7mというサイズが確保されている。大船のスタジオと比較して縦横ともに2mほど部屋は小さくなっているが、スクリーンサイズは妥協をせずに同等のサイズをキープしている。映画はシネスコ(シネマスコープ)サイズを最大として左右を袖幕で詰めてビスタ、スタンダードへとサイズ変更を行うのが一般的。そういったことから、シネスコでの最大幅を十分に取ることが重要となる。幅7mのシネスコとすることで縦寸法を約3m確保することに成功している。
どのような要望にも答えられる柔軟なシステム
ダビングは、作業を行う『組』により環境がガラリと変わる。堅実なバックボーンと、柔軟性を併せ持ったシステムアップということで、随所に余裕をもたせた回線の設計が行われている。再生機であるPro Toolsと同列には、持ち込み機器用の64chの入力をアナログ、AES/EBU、MADIとどのような機器を持ち込まれても接続できる用に準備が行われている。ダビングステージ側にもアナログ、AES共に24chのトランク回線が有りDolby,DTSなどのフィルム用の仕上げにも対応できる準備が行われている。
柔軟性は、作業環境の主体となるコンソールにも及ぶ。モジュール構造のSystem5ということを最大限に活かし、あえて固定をせずに、作業スタイルに合わせて自由に並び変えが行えるよう、特注の専用デスクを作成した。モジュールを取り外した隙間にはPCのDisplayを固定できるような仕組みも取られている。大船のスタジオでも特注のコンソールデスクを使用していたが、そのコンセプトを更に拡張したデスクとなっている。
どこでも作業ができるフレキシブルな設計
Pro Toolsの操作はこのコンソールに組み込まれるディスプレイと、Ergotron製のカートが受け持つ。カートには、SDIで延長されたPC Display、Ethernetで延長されたUSBが組み込まれ、モニタリング用のAES、電源と合わせてたった4本のケーブルで成立している。このPC Display用のSDIとUSB延長用のEthernetはマシンルーム側でパッチ出来るようになっており、好きな端末で操作を行うことが可能となっている。このシステムはダビングで完結しているわけではなく、後ほど紹介をするADR,Sound Design各室でも操作が可能となっている。ダビング中にまとまった直しを行いたい際など、そのままの環境を別の部屋から操作が行えるようになっている。
ミキサーとしてのNuendoはコンソール脇のアシスタントデスクに集約されている。4画面が用意されたこの部分だが、Adder CSS4-USBを組み込むことで1セットのKeyboardとMouseで操作できるようにセットアップされている。4画面には通常ミキシングエンジンのNuendo3台とRecorderのNuendoが表示されている。更に裏にはSystem5の設定用のeMixも映るよう接続が行われている。Nuendoはカートに送られる回線と同一の延長システムを利用しているので、組み換えも自在に行うことが出来る。
同期のコアユニットはVikinXを採用
その足元にはこのダビングステージのコアとなるシステムが収められている。全てのシステムはLTCで同期をとっており、そのMasterとなる機器のセレクターがここにある。後述するが、リファレンスの異なったそれぞれの機器間をアナログでつないでいるために、実はこのLTCシンクが理にかなった方法だという一面も有る。それ以外にもFilm同期用の機器、プロジェクターへの入力信号の切替器、緊急用のスピーカー用アンプの一括電源が用意されている。
外部エフェクターは全てミキシングエンジンに96kHzドメインで直結されている。System6000、Eventide H8000、CEDAR DNS3000、YAMAHA SPX2000が用意されており、全てのエフェクターはデジタルでの接続というのもこだわりのポイント。サウンドの純度を最大限に保ち、高品位なデジタルデータそのままに処理を行おうというコンセプトだ。ここにはアナログ、デジタルそれぞれのメリット・デメリットをしっかりと理解し、使い分ける独自のフィロソフィーを感じる。
こだわりのマスタークロックは5機種がスタンバイ
そして、このスタジオのこだわりを反映させたポイントはさらに続く。音質の肝となるMaster Clockを複数用意しているのもその特徴と言えるだろう。基本としてはAudio&Design Syncroginius HD-PRO+がノンパッチでの接続となるが、それ以外にもAntelope OCX-V、TASCAM CG-1800、Rosendahl Nanosync HD、Aardbvark AardSyncがある。中でもTASCAM CG-1800は複数台有り、サンプルレート違いのDAWへのリクロッカー、Pull Up/Pull Downへの対応などでの活用を想定している。近年、映画の基本である24fpsからTV向けである23.976fpsが多く用いられるようになっている。劇場側も23.976fpsの受入がDCP対応により完了しているため、その後のTVでの放送などを見越して当初より23.976fpsで制作されることも多くなってきている。このように24fpsと23.976fpsの混在した中での作業をスムーズに行うため、同一のリファレンスからDAW内部でPull Up/Pull Downをするのではなく、リファレンス自体をPull Up/Pull Downしたものに対して同期を行うということで、このシステムを成立させている。つまり絶対的なスピードのキャリブレーションを取ったところでLTCによるポジション指定を行うことでシステムとしての成立をさせているということ。なぜ一般的な手法ではなくこのような手法をとっているかといえば24fpsで仕上げた作品を23.976fpsのマスターに仕上げるといったシチュエーションを想像して欲しい。音質変化を極力減らした環境を作ろうとすれば、このような手法になるということだ。
今後を見越した4Kプロジェクターの導入
プロジェクターは4K対応のモデルを導入し、今後の高画質化にも対応できるシステムとなっている。4K対応のプロジェクターもあるが忘れてはならないのが、大船から移設した映写機。ダビングステージから映写機がなくなっている今、フィルムでのダビングが可能なこのスタジオの価値は計り知れないものがあると思う。シネコーダーも最低限ではあるが移設をしているためにシネテープによる仕上げも可能となっている。この1Fにはフィルム編集室も用意され、スタインベックも移設が行われている。デジタル全盛の今だからこそ、このようなフィルムの技術をしっかりと残していってほしいと思う。
2:ADR
あまり聞き慣れない言葉かも知れないがADRとはAutomated Dialogue Replacement、もしくはAdditional dialogue recordingの略となる。日本風に言えばアフレコである。こちらも広い空間を持つスタジオとなっており、48chという十分な回線数が準備されている。先ずはコントロールルーム側から見て行きたい。
共通化されたRoomEQで音質差を最低限に押さえる
コントロールルームはダビングステージと同様にReal Sound Lab APEQ-8 proにより補正されたサラウンドシステムが導入されている。映画のスタジオらしくウォールマウントでのデフューズサラウンド仕様でスピーカーが設置されているが、ITUに変更も出来るように壁面にはコンセントが用意されている。その際のAPEQ-8の補正データもすでに準備が行われているのでプリセットを切り替えるだけでシステム変更も可能となっている。
こだわりの96kHzシステムが生み出す高音質
この部屋もシンプルなシステムながら、メインのシステムは96kHzでの動作を基本としている。Recorderとのクロックの縁を切るためにアナログを介在したダビングと同一の思想に基づいたシステムが構築されている。中心にはYAMAHA O1V96 VCMを採用、このデジタルの入出力をフルに活用し、やはりD/Aコンバーター部分にはSSL Alpha link MADI SXを用いり、ダビングとの整合性を可能な限り取っている。マイクプリはRME OctaMicとQuadMic。COMPにはオリジナルのUrei 1176と1178が用意されている。回線数自体は十分にあるので、追加でMicPreを持ち込めば更に収録チャンネル数を増やすことが可能というわけだ。
様々な用途に対応する大空間スタジオ
スタジオ側は、天井の高い広い空間が確保されている。適度な吸音によりデッドすぎず、ライブすぎない程よいバランスに仕上がっている。床の中央部分だけがタイルカーペットとなっているのは、この部分を剥がすことで浮床のコンクリートが直接露出できるようになっているためだ。これは、足音などの収録を想定して、簡易的なFoleyの収録も念頭に設計されていることによる。機材的には、マイクスタンドを新調しTriad-Orbit社のスタンドを採用している。このスタンドはワンタッチロックで操作性に優れていると定評のブランド。しっかりとした作りなので、重量のあるマイクでも問題なく設置することが出来る。また、高さもあるので最大3m近いところまでリフトアップすることも可能。もう一つ、音質へのこだわりでEnhanced AudioのM600というマイクホルダーを導入した。今回はNeuman u87用に導入をしていただいたが、もちろん径さえ合えば他のマイクにも利用可能だ。点で固定することで共振を排除するという従来のマイクサスペンションとは、一線を画した思想により開発された製品である。
3:Sound Design
Sound Designは共通の設備が3室準備されている。モニターシステムはADRと同様にSSLでD/AコンバートされたものをAPEQ-8 proで補正を行っている。清水氏はこのSound Designこそモニター環境が大切だと考えており、設計もそのコンセプトに基づき行われている。この部屋で仕込まれたトラックを仕上げのダビングステージでモニターした際に、どれだけ違和感、差異を感じない環境とするか、このポイントにこだわり機材の選定設計が行われている。部屋のサイズ、容積共に大きく異る部屋ではあるが、Real Sound Lab APEQ-8 proの効果もあり非常に近いモニター環境が構築できている。
徹底した比較試聴でセレクトされたスピーカーシステム
そのコンセプトを支える機材はもちろんスピーカーであるが、この部屋へ導入するスピーカーは現在国内に輸入が行われているほぼ全てのモデルが試されている。Genelec,Focal,ADAMといったモニター・スピーカーメーカーからSR用途のNEXOなどに至るまで比較試聴が行われたのだが、その手法も大船のダビングステージにそれらのスピーカーを持込み、スクリーンバックのスピーカーとニアフィールドで切り替えても違和感のないモデルを選び出すという徹底した比較だ。その中で選定されたのがADRでも採用が行われているYAMAHA MSP3である。しかし、この小型のスピーカーだけではどうしてもスクリーンバックのJBL程の低域の量感を感じることは出来ない。ここで同じくYAMAHA SW10と組合せてLCRの3chをベースマネージメントすることにより、そのコンセプトが実現するよう解決している。意外と言うとYAMAHAさんに怒られてしまいそうだが、MSP3の低域のROLL OFFとSW10の高域のROLL OFFが自然なクロスオーバーとなり全く違和感を感じない。そして、SW10は3ch分のベースマネージメントが出来るというのも大きなポイント。2.1chのモニターを考えたモデルは多いがそれらはもちろん入力は2chしか無い。そうなるとLCRの3chをベースマネージメントしようとするば最低でも2台必要となる、それ以外に0.1ch用のSub Wooferも必要なために部屋がSub Wooferだらけということはあまり望ましくない。このような理由からMSP3 + SW10というシステムが導入された、是非ともこの組合せはお試しいただきたいと思う。
作業用のPCはPro Toolsが用意されている。常設のシステムとマシンルームのシステムはパッチにより切替が可能。1Fに有るDAWであれば、どのPCも操作が可能である。音声回線も全てのバックボーンはMADIで構成されているのでこちらもBNC PATCHにより任意の部屋でモニタリングが可能となっている。
4:Audio Suite
こちらは高輪台からの移設、珍しいAVID ICON D-ControlのDual MAINシステムが導入されている。それぞれに接続された2台のPro Toolsと映像再生用のVideo SatelliteがSatellite Linkで同期されている。それぞれのPro Toolsは16chがたすき掛けに接続されているので、片方が不調の際には、すぐにスイッチしてそのまま作業が続行できるようなシステムアップがなされている。このメインのシステム部分には大きく手を加えずに、再生環境のブラッシュアップを目指した更新が行われている。
85dBの余裕をもって鳴らしきるADAMの迫力
この部屋の特徴は何といってもスピーカー。2ch用の既存のADAM S5X-Hが目立つが、今回の移設に合わせサラウンド作業用に7.1ch仕様でADAM S3X-Hが導入された。S3X-Hの導入により、十分な低域までのフルレンジで量感あるサラウンド再生をベースマネージメント無しで実現している。そして、スピーカーに余裕があるのでリファレンスレベルを85dBsplに設定した際にもフルビットまで破綻のない余裕ある再生を実現している。
音質のこだわりはDAコンバーターにある
その音質を裏で支えるのがPro ToolsのメインアウトにセットアップされたRME ADI-8 DS。再生音質に対して音質影響の大きいD/Aコンバーターを聴き比べ、最適と思われるADI-8 DSを選定していただいた。色付けが少なく、解像度の高い印象とコメントを頂いたこの機種はモニタリングには最適といえるだろう。そして、スピーカーマネージメントシステムも音質にこだわり、Peavey Media Matrix Nionをセレクトしている。1Fダビングと同様にAudio Suiteでも96kHzでの動作を行わせている。5.1ch/7.1chの切替はもちろん、ベースマネージメントのON/OFF、X-CurveのON/OFFといった機能をプログラムしている。
柔軟な運用を可能とする多用途設計のブース
また、高輪台と比較して広くなったブースにもこだわり、机に座ってのナレーションだけではなく反対の壁を向けばアテレコもできるようなシステムアップとしている。コミュニケーションシステムを追加し、通常のCufとCue Boxのデュアルシステムとした。マイクの回線にも手を加え、今まで本線に利用されていなかったApogee Rosetta 800をマイクの入力段へと接続変更を行っている。これもRMEと同様に聴き比べを行った結果であり、担当の吉田氏のこだわりが見える部分である。
5:MAM / 映像ソリューション / Film Edit
MAM
あまり聞きなれない言葉かも知れないがMAM=Media Asset Manegimentである。ここでは、松竹の持つ膨大な過去作品アーカイブのMedia Assetを行っている。AVID Interplay MAMがそのマネージメントツールとして利用されており、映像1フレーム単位でのメタデータの書込が可能となっている。「男はつらいよ」を例に取ればこのフレームからこのフレームまでが帝釈天のシーンで寅さんが登場しているといったことを記録し、これを後から検索することが出来るようにする仕組みだ。まずは、過去の人気作品から作業をスタートし、今後は、新作も順次メタデータの入力を行っていきたいとのこと。そのデータストレージはEMC Isilonが採用されている。このサーバーはスケールアウト型NASと言われる種類の製品で、内部のデータを消去することなくサーバー筐体の追加で容量を拡張できるという大きなメリットを持つサーバーだ。
映像ソリューション
他にも、編集室が3室、AVID編集室が3部屋、FCPを備えたノンリニア室が4室、インジェストルーム、プレビュールーム、QCルームと多様な設備が備えられている。映画はもちろん、そこから派生するパッケージメディア、配信メディアなどにも対応できる設備が整えられた、まさにOne Stopで作業を完結することのできる総合ポストプロダクションとなっている。編集用のサーバーシステムにはAVID ISIS5500が導入され、徐々にではあるが活用が始まっているとのこと。将来のファイルベースでのワークフローへの準備もすでに終わっているということになる。
Film Edit
更に1FにはFilm編集室も有り、なんとスタインベックが!! フィルム編集を行うスタジオでよく見ることが出来たこの機械も、一気に進行したDCP化の中でその姿を消している状況。Film映写機を備えたダビングステージと共に、これからも活用されることに期待をしたい一台。Filmを使用して映画を取るという伝統、技術は継承してもらいたいと切に願うところだ。
会社自体が日本映画の歴史そのものとも言える松竹。そのポストプロダクション部門は、これからの様々な形態のメディアへ対応すべく劇的な進化を遂げた。Filmから、最先端のアーカイブのMAMまでデジタルとアナログ両方に精通したスタッフが揃う松竹映像センター。今まで高輪台と大船という離れた地にあった2つのソリューションが融合し、今後のワークフローの加速が期待される。なお、松竹作品だけではなく、外部からのお客様も受け入れを行っているということだ。まさにOne Stopでの作業を実現するファシリティーが揃ったこのスタジオ、今後どのような作品がここから生まれるのか楽しみでならない。
株式会社松竹映像センター エンジニア 吉田優貴 氏
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2014/11/13
Sound Design のベース DOLBY ATMOS 普及の鍵となるスタジオが完成 〜 beBlue AOYAMA 〜
東京・青山という都内屈指の立地に世界各国で導入が進む Dolby Atmosへ対応したMAスタジオが誕生した。THX pm3認証も得た環境でCPU ベースのレンダリングエンジンによるDolby Atmos 環境とホームシアター用RMUを使用したリマスタリング環境を実現可能としたシステムは、将来へも布石した先進のスタジオと言える。今回の導入事例では数々のアイデアが詰め込まれたシステムの詳細に迫りたい。
01 プロジェクトを推し進めた DOLBY ATMOS というキーワード
有限会社ビー・ブルー様は名古屋に本拠地を持つ、主に映像作品のサウンドデザイン(選曲・音楽制作も含む)を行っている会社である。物語の始まりは「東京にスタジオを作りたい」という構想を、THX pm3認証に沿ったプランニングで数多くのスタジオ構築に実績がある染谷 和孝 氏に語ったところから始まる。東京には2chのMA スタジオも5.1chのMA スタジオも多数存在する。新しくスタジオを作るとなると同じようなコンセプトのスタジオを作っていたのでは成り立たない。そこでしっかりとした個性を持ったスタジオを作るには明確に差別化されたコンセプトが必要となる。
その答えを見つけるターニングポイントとなったのが東映株式会社でのDolby Atmos対応のダビングステージを視察した際のこと、Dolby Atmosというキーワードの実際を見る事によってこれまでの計画は一つの方向に向かって急激に走り出していくことになる。元々のコンセプトとしてTHX pm3の認証とシーリングスピーカーは導入したい考えであったが、そのシーリングがDolby Atmosに出会って大きな化学反応を起こし、今回のコンセプトに「小規模スタジオでのDolby Atmos」という一つの目標が出来たとも言える。しかし、まだその時点では「Local Renderer」の正式リリースの声は聞けず、結果的にはリリースを想定しての船出となった。また、その新しいチャレンジと言えるDolby Atmosのシステムアップだが、やはり予算との擦り合わせは大きな課題となる。果たしてDolby Atmosの導入コストの規模感はどうなるのか、ベースとなる音響を整えた環境は構築できるのか、新しいコンセプトとの折り合いは有限会社ビー・ブルー様にとってもこだわりを持って臨む新たな試みとなった。
02 DOLBY ATMOS 導入を推し進めた Local Renderer
前述のように当初はDolby Atmosの構想はなく、7.1chの整えられたレギュレーションに基づいたMAとしてコンセプトを考えていたとのことである。5.1chであればしっかりと調整が行き届いた設備もあるが、7.1chとなると整った環境を探す事も難しい。その一方で、Blu-rayやゲームコンテンツなどは既に7.1chがベーシックとなっており、7.1chの設備をきちんと整える事は充分な意味を持つ。また、MAと言えば48kHzがデフォルトとなりデジタルでシステムが組まれていることも多いため、ハイレゾ(96kHz以上)への対応も差別化を図る上で重要なコンセプトとなっていた。この7.1chとハイレゾ制作というベーシックプランにDolby Atmos対応が加わってスタジオのプランは試行錯誤を繰り返して行くことになる。
そして2014年春、ついにLocal Rendererの大まかな情報を得ることが出来た。それまでのDolby Atmos制作環境はシネマ用のダビングステージ向けシステムしか用意されていなかったが、このLocal Renderer の登場により中小規模のスタジオでも視聴環境が整備できればDolby Atmosの導入が可能となる。つまり、この発表によって初めてDolby Atmos作品の事前作業(プリミックス)への希望が明らかになり、スタジオ構築の方向性も定まっていく。例えば、完成後の設備追加では環境整備(音響調整)が難しいDolby Atmosフォーマットのスピーカー配置など、そのプランニングが一気に現在の完成形へと固まっていった。ちなみにLocal RendererとはDolby社が提供するPro Tools用プラグインで、Dolby AtmosのレンダリングをCUPベースで行うことができ、ダビングステージに持ち込む効果音等のサウンドデザインをニアフィールドDolby Atmosモニター環境で行うことができる製品である。
しかしながら、この2014年春の時点の情報では、Dolby社のLocal Rendererに関しては技術発表の段階であり、明確なリリース時期や本当にリリースが果たされるのかも不透明な状況。その中でもスピーカー配置などハードウェア的な準備がなければDolby Atmosの導入も難しくなってしまうため、アコースティックデザイナーである株式会社ソナの中原氏による緻密な音響設計が行われ、先行して設備を準備しLocal Rendererの登場を待つということとなった。
結果的にこのLocal Rendererの発表タイミングはbeBlue様にとって「非常にラッキーだった」と代表の青木氏も強調されていた。シーリング(天井)のスピーカーに関しては躯体の補強など様々な追加要素が必要となり、既存スタジオにシーリングを追加するハードルは高いと言える。これが設計段階からシーリングを見込んでプランニングが出来たのもLocal Rendererの開発が有限会社ビー・ブルー様にとって絶妙のタイミングで行われたからに他ならない。もしその開発が半年遅かったらDolby Atmos用のスピーカー構成にはなっていなかった可能性もあったとのこと。このほかにもDolby Atmos ホーム用のRMU(Rendering and Mastering Unit)の提供が開始したのもまさにスタジオの工事期間中。このRMUは シネマ用のプリントマスターから、ホームシアター用にDolby Atmos ミックスをリマスタリングするDolby Atmos ホームにとってのまさに心臓部、そのアジアでの1号機がこのスタジオに導入されている。このスタジオのプランニング、工事の進行と共にキープロダクトが発表されていくという非常なラッキーを携えてスタジオは完成していくこととなった。
03 DOLBY ATMOS と THX pm3 がもたらす コンセプトの軸
「ファイナルミックスの完成度は、8割以上がプリミックスの出来次第だと思っている」と染谷氏は語る。このスタジオではDolby Atmosの事前作業とプリミックスを行ってもらい、ダビングステージで完成度の高いファイナルを作ってもらいたいという思いがあるとのこと。この設備を活用してプリミックスをじっくりと行ってもらいたいというのが大きなコンセプトの一つである。この実現にはLocal Rendererの存在は非常に大きなものとなった。CPUベースのレンダリングエンジンでDolby Atmosの環境を実現することを可能とするこのシステムは、コスト的にも規模感としてもコンセプトにフィットした。
そして、もう一つのコンセプトはDolby Atmos ホーム用のRMUの登場によりもたらされた。今後コンテンツの増加が予想されるDolby Atmos ホーム用のコンテンツ制作拠点として存在することも意義が大きい。さらに今後はBlu-ray用のオーサリング、リマスター等の作業も見込んでいる。もちろん現時点ではDolby Atmosの仕事だけでスタジオのスケジュールが埋まるとは考えてはおらず、MONOから7.1chの仕事まで全部がしっかりと行えるよう細かな設計されている。Dolby Atmosに特化したスタジオではなく、車のギアのように切り替えることでモードが変わり全てに対応できる環境というのが目的としてあった。その点をこのstudio 0(ゼロ)ではDolby AtmosとTHX pm3いうコンセプトの軸を与えることで差別化、機能性の明確化を行っている。
Dolby Atmosに関してまさにBlu-ray Discの発売が始まり大きな局面に差し掛かっているが、ここで非常に大切な作業が生まれる。染谷氏はSONY PCL時代に「なぜCDにはマスタリングがあるのにDVDにはないのか?」ということを提唱した。DVDこそコーディング(非可逆の圧縮)が行われそのサウンドが変質する可能性はCDなどよりも圧倒的に高い。エンジニアにとってスタジオで作った音とパッケージに収録される音の変化は自身で確認を行うべきなのに、なぜDVDにはマスタリングが無いのかが不思議で仕方が無かったとのこと。SONY PCLでは自身の携わった作品のエンコードまで責任をもって作業を行うことが出来る設備とワークフローを確立してきた。DVDに必須コーデックとして採用されたDolby DIGITALに代表される非可逆圧縮での音質や音量の変化が、どのような特性や仕組みで生じているかをつかむ必要があった。マスタリングの必要性は圧縮によるものだけではなく、映画作品の民生用パッケージ化では音響処理を施した大空間施設での再生を目的とした音声信号を、家庭に設置されたホームシアターに最適な状態にマスタリングする目的もある。
そしてDolby Atmosでも同じことが言える。シネマ用のDCPに収録されるDolby Atmos音声と民生用に提供されるDolby Atmos ホームではコーデックや収録再生の仕組みに違いがあり、マスタリングの重要性はこれまでの5.1chや7.1ch以上に大きい。Blu-rayではDolby Atmos音声収録のために可逆圧縮であるDolby TrueHDや非可逆圧縮であるDolby Digital Plusを選択することが可能であり、それらのコーデックに用意された様々なパラメータは適切に設定する必要がある。さらに映画用Dolby Atmosもまた多くのスピーカーを設備し音響処理を施した大空間施設での再生を目的としているため、ニアフィールドモニターが基本となるDolby Atmosホーム環境での再生音場確認及びマスタリングは、コンテンツ配給のワークフローになくてはならない。そしてもっとも重要なことは、Dolby Atmosホームのマスターファイルを作成する工程であるということ。このマスターファイルが後工程のエンコード処理における素材ファイルとなる。Dolby Atmos ホームの詳細は、別途本号で特集をしているのでそちらを是非とも参考いただきたい。
04 DAW をミキシングエンジンとする NUAGE のメリット
新たなコンセプトへのチャレンジということもあり、今回導入のシステムについても特色がある。まずはスタジオの全景でも存在感のあるYAMAHA NUAGEだがこの点はプロダクトの可能性にかけた導入、国内の製品であるアドバンテージを活かして、メーカーには多くの要望に前向きに取り組んでもらったという。その結果、特筆すべきPro Tools 2式とのリレーションなどのほか、今回のスタジオのコンセプトとして必須となる機能の数々が実現している。
また、このセレクトではコストメリットも得られる。今や1000万円のコンソールやコントローラーも高価に感じてしまうが、そのような中での選択は非常にコストを重視した。もちろん多くの予算があれば、大好きなSSL等の大型コンソールの選択となるはずだが、何を選択しどんな機能を満たしていくのか?という部分を重視して考え抜かれている。今回の導入で必須機能となったのは7.1chに対応したマルチチャンネルのモニターコントロール。大型コンソールであればもちろん実現可能だが、それに変わるコンソールは何があるのかを考えると選択肢が殆ど無い。そのような現状の中で浮上したのがDAWをミキシングエンジンとして取り扱うYAMAHA NUAGE。この製品であればNuendoが今後も拡張することで対応フォーマットは順次追加され、もちろん現時点で7.1chへの対応は言うまでもない。更にモニター補正として導入されているDME64との連携により実現されている機能も多い。Atmos対応のモニターシステムとの連動を考えた結論がNUAGE導入であった。そのNUAGEエンジンが実際に何を行っているのかというと、Pro Tools2台とMedia Composerで構成されるStellite Linkからの信号を受け、NUAGE I/Oを利用した、ダイレクトモニタリング機能により出力している。もちろんNuendoのユーザーがスタジオを使う場合には、DAWとしても利用可能なシステムアップとなっている。
もう一つ、B-Chainにコストを掛けるという点もコンセプトに基づく。スタジオの音響をしっかりとした設備にという重要なコンセプトを実現するためにB-Chainの充実は必須となる。DAWなどは後からの更新も可能だが、スピーカーへと導かれるB-Chian部分は音響設計と密接に結びつくため後からの変更が難しい部分だ。具体的には補正用に3台のDME64とMini-YGDAIシリーズのMY8-LAKEカードを使用している。ここもYAMAHA製品を使用しNUAGEを含めたトータルでのシステムアップにつながっている部分。今回のシステムでYAMAHA製品が中核となっているのはメーカーとしての対応力にプランニングを進める上での大きな可能性を感じたことが大きなファクター、NUAGEの最新バージョンには染谷氏のアイデアも数多く含まれているとのことだ。
05 Pro Tools 用の HUI コントローラーという 新たな NUAGE 像
これまでの作業の中でも特にゲームの仕事はイン・ザ・ボックスのミックスを要求されることが多く、特に近年は作品のほぼ100%がそのとおりとなっている。以前は、コンソールミックスに対する慣れがあり、イン・ザ・ボックスのミックスが上手く出来ない時期もあったとのこと。その時に試みたのがMackie Controlだけでのミックス。この作業をひたすら行いコンソールでもイン・ザ・ボックスでも優れたミックスを行えることを目指して研鑽を重ねた時期もあったとのこと。C300時代にはHUIモードが登場しコンソール側でも同様の作業を行うことが可能となった。イン・ザ・ボックスでもコンソールミックスでもクライアントのオファーに柔軟に対応できるような準備を行っていた。そのような経緯もあり、NUAGEでのHUIミックスには大きな違和感はなく、スタンドアローンのコンソールではないことのデメリットはほとんど感じないとのことだ。すでにコンソールとコントローラーの境界線が希薄になっているということを感じる一幕である。もちろんラージコンソールの優位性は誰よりも熟知している。マスターセクションのつくり、感触の良さ、豊富なマトリクス、人間工学に則った優れた設計。優れたメリットがあることは認めるが、残念ながらイン・ザ・ボックスでのミックスがクライアントから求められる現場においては、NUAGEのようなHUIミックスなどを考慮するべきだとの意見をいただいた。
発想の転換によりNUAGEの魅力は大きく広がる。Nuendo専用という意識を外して優れたHUIコントローラーとすると、また違った魅力が見えてくる。Pro Toolsをコントロールすることの出来るNuendoという柔軟性に富んだミキシングエンジンを持つコントローラー。そのような捉え方をすればPro Toolsユーザーにとってもメリットが大きい、新しいコントローラーとしてのNUAGE像が見えるのではないか。エンジニアがコントローラーとして求めるのは、ほとんどがフェーダーである。もちろん、プラグインのコントロールやセンドのアサインなど欲を言えば切りが無い。しかし、最も使用するのはどの機能なのかを考えればHUIでも対応ができるという発想に至るのではないだろうか。限られた予算を有効活用するための非常にシンプルな切り分けがここにはある。
06 THX pm3
室内音響に関してはTHX pm3の認証を得ている。従来の日本のTHX pm3スタジオにはインストールされていないシーリングチャンネルやLw,Rw等のAtmosに特徴的なスピーカーの配置に関しても、設計段階からTHX、Dolby、SONAによる詳細なディスカッションが行われており、最終的には3社にとっても妥協のないスピーカーレイアウトがstdio 0(ゼロ)では実現されている。最終的にはそれら全てのスピーカーを含んだモニター調整がTHXのスタッフにより実施されており、優秀な成績でTHX pm3の認証を得ている。特筆すべきは、ベースマネージメント無しで、全チャンネル20Hz〜20kHzの広帯域再生を可能とし、更にTHX pm3の承認を実現しているという点。基本的にはベースマネージメントの使用が前提となるTHX pm3規格をそれ無しで取得できるほど、室内音響的に低域の制御ができているということだ。音楽系のミキサーに敬遠されがちなベースマネージメントが無いということで、是非とも音楽ミックスでもこの部屋を活用してもらいたいとのことだ。筆者もこの部屋で行われた音楽用のDolby Atmosミックスを是非とも聴いてみたいところだ。
◎染谷氏とサラウンドテクノロジーの歩み
染谷 和孝 氏
有限会社 ビー・ブルー
サウンドデザイナー/ミキシングエンジニア
1963年東京生まれ。東京工学院専門学校卒業後、(株)ビクター青山スタジオ、(株)IMAGICA、(株)イメージスタジオ109、ソニーPCL株式会社を経て、2007年(株)ダイマジックのスタジオ設立に参加。2014年より有限会社 ビー・ブルーに所属を移し、サウンドデザイナー/リレコーディングミキサーとして活動中。2006年よりAES(オーディオ・エンジニアリング・ソサエティー)「Audio for Games部門」のバイスチェアーを務める。また、2014年9月よりAES日本支部監事を担当。
染谷氏がサラウンドに触れたのは30年以上も前のこと。アナログハイビジョン時代に「銀河の魚」のサウンドデザインとサラウンドミックスを担当したときに遡る。それをきっかけにInterBEEの国際シンポジウムなどにも参加するようになる。そこで元NHK制作技術センター長の沢口氏との大きな出会いもあり、それが全てのスタートになったとのこと。
サラウンドには黎明期から関わりがあるが、一貫してその根底には「サウンドデザイン」という概念があり、その発展の礎となっている。「サウンドデザイン」との出会いは、ProSound誌に掲載されていたSkywalker Soundの記事だとのこと。当時はInterBEEにSkywalker Soundからエンジニアが参加しており、様々なきっかけから徐々に交流が始まり、Skywalker Soundへの訪問など研鑽を積み重ねてはいたが、なかなかサラウンドの部屋を作ることは出来なかった。
次の契機となったのは1999年にロスで行われたSurround 2000というイベント、ここではTHX pm3と出会うことになる。このイベントはまさにSONY PCL の改装を決定する時期に重なっていた、当初はステレオの部屋を作るという方針であったが、このイベントと前後してサラウンドの部屋を作る計画が進行、スタジオのコンセプトを詰めるために自費で2週間サンフランシスコに行き、THX社とSkywalker Soundを見学して回った。そこで体験したサウンドは「音の消え際が聞こえる」と表現されるほどの繊細さ。今まで聞こえなかった音が聞こえるという体験することとなる。
その当時はまだITU-Rなどを始めとする様々なサラウンド再生基準が取り上げられ、その優位性が語られている段階であったが、その中から明確なレギュレーションに守られたTHX pm3選択した。信頼性の高い音響特性を持ったスタジオを構築し、アジア初のTHX pm3スタジオとなった。その後も染谷氏はTHX pm3の認証を得た世界標準の音響特性を持ったスタジオを数多く創り上げている。
Dolby Atmos採用に踏み切った染谷氏のポリシーの中には「真のブルーオーシャンを目指さなければいけない」ということが有る。真のブルーオーシャンを構築するためには、クローズドに全てを秘密にしてはならないと考えているというのも非常に新鮮なコメントとして聞こえた。現代を生き抜くためにはこのスタジオで得た知識・情報を開示し、それを共有する仲間が増える事が最も大切な要素。新しいことを始める為の仲間探しが今まさに始まったところだとコメントを頂いている。もう一つ「マイノリティーからマジョリティーへ」という言葉も頂いた。このスタジオ、そしてDolby Atmosが共に羽ばたくためにはマジョリティーになることは大切なこと。マイノリティーのままではなく、普及も進んで行かなければ意味がなくなってしまう。次に続くスタジオ・エンジニアの存在はなくてはならないもの、エンジニアリングのテクニックに関しても同様に隠すのではなく伝えることで、業界全体が豊かになるのであれば、その方が重要な事だとの考えも伺えた。
インタビューを終えて感じるのは、明確なコンセプトのもと、限られた予算を必要な部分に十分にかけた染谷氏のこだわりと考えが非常にわかりやすくスタジオに存在していたこと。また、最新の機材ソリューションの結晶のようなシステムとなっているが、突飛な存在とはならずに違和感なくそのシステムへ入っていける間口の広さも感じる。Dolby Atmos対応だからといってステレオやモノラルの作業のことを切り捨てずに「ギアチェンジ」出来るというコンセプトがしっかりと息づいているように感じた。染谷氏のコンセプトを受け、東映株式会社に続き国内2例目となるDolby Atmosの室内音響を設計された株式会社ソナ、アジア初となるDolby Atmos ホームシステムを設計した株式会社レアルソニード、そして機材のバージョンアップ等様々なソリューション面でのバックアップを行ったヤマハ株式会社、各社の持つ技術が非常に高いレベルで結実している。今後このスタジオから創りだされる作品に、早く出会いたいと強く感じた取材であった。