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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス 竹芝メディアスタジオ様 / 〜五反田から竹芝への大規模移転、時代の区切りをいま目の当たりに〜

日本を代表するポストプロダクションであるIMAGICAエンタテインメントメディアサービス。その中でも古い歴史を持つ五反田の東京映像センターをクローズし、竹芝メディアスタジオへその機能を移転した。1951年より前身である東洋現像所 五反田工場としてスタートしてから70年余りの歴史に幕を閉じ、新しい竹芝の地でのスタートとなっている。特に映画の関係者にとっては、聖地ともいえる「五反田のイマジカ」。その施設と設備が竹芝でどのように構築されたのか、弊社で導入のお手伝いをしたMAを中心にお伝えしたい。

五反田から竹芝の新拠点へ

様々な映像関連サービスを提供する株式会社IMAGICA GROUP。その中の株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービスの本拠地とも言える五反田の東京映像センターの設備を新拠点となる竹芝メディアスタジオへ移転させることとなった。五反田の地では、前身の東洋現像所時代より日本の映画制作における中心地としてフィルムを主軸としたサービスが展開されており、その試写室はまさに日本映画のリファレンスとも言われてきた。

昨今のフィルムでの撮影需要の動向により、五反田ではすでにフィルム関連のポストプロダクションサービスを行っていなかったが、2部屋の試写室は初号上映の場として日々活躍してきた。移転にあたっても試写室の設備を作るということで物件の選定には大きな苦労があったということだ。やはり試写室を作るとなると、十分な天井高を確保できる建屋が必要であり、それ以外の編集、ダビング、MAなどの設備もとなると、移転先を探すだけで数年がかりのプロジェクトになったということだ。移転先が決まってからは、非常にスピード感を持って話しが進んだのだが、まさにコロナ禍に突入したタイミングからの移転作業開始となり、多くの苦労がここにはあったそうだ。

5.1chからDolby Atmos Homeまで、高まるニーズ

📷 3F:MA:303

本記事で中心的にお伝えする303と呼ばれるMA室は、4部屋設けられたMA室のうちの1つでDolby Atmos Homeの再生環境を備えた部屋となる。ほぼ同等のサイズの305は、将来的にDolby Atmosの導入が行えるように準備がなされた5.1chの部屋。304、306は、303や305と比べると少し小さいサイズだが、この2部屋も5.1chサラウンドを備えた部屋となっている。五反田時代も仕込み専用の部屋も含めると4部屋が実際にはあったが、お客様をお招きできる部屋は2部屋しかなかったそうだ。竹芝では304、306は基本的には仕込み作業を行う部屋としているが、お客様をお招きしても問題のない設備となるよう設計されている。また、五反田時代に来客対応ができる5.1chサラウンドの部屋は1室の体制であったが、竹芝では全室5.1chサラウンド対応としたことでかなり柔軟な運用を可能としている。


📷 303室の機器が収まった3本のラック。MacProが4台。それぞれの動機を取るためのSync X、そしてAudio I/OはMTRXが設置されている。Pro Toolsは3Setが導入されているがMTRXは1台とし、MTRXの内部で全てがルーティングされたシンプルなシステム構成となっている。奥のラックにはスピーカーを駆動するためのLab.Gruppen Cシリーズのアンプが収まる。

今回Dolby Atmos仕様の部屋が1室、5.1ch仕様の部屋が3室と、サラウンド仕様の部屋を増強した形になっている。ここには、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスとしてサラウンド作品の受注が増加しているという背景がある。放送向けの作品はステレオ中心ではあるが、それ以外にストリーミング向けの作品を手掛ける機会が増えているということ。昨今、ストリーミング各社が製作するオリジナルコンテンツは、5.1ch以上のフォーマットでの制作がほとんどであり、5.1chサラウンドの需要は高い状況が続いているとのこと。実際に303の部屋の稼働は半数程度が5.1ch作品になっているそうだ。お話を聞いた時点ではまだDolby Atmosの作品制作は行っていないということだったが、近い将来に予定されているとのことなので、この部屋からDolby Atmos作品が誕生する日は遠くない。前述の通り、同等の広さを持った305室には天井にスピーカー設置の準備までが行われているため、Dolby Atmosの需要動向次第では2部屋に設備を増強することが容易に行える。303にはDolby Atmos Homeのマスタリングを行うことができるDolby HT-RMU(Home Theater – Rendereing and Mastering Unit)が導入されている。これにより、仕上げまでしっかりとした環境で行うことができる設備となっている。

また、竹芝メディアスタジオでは、予算の関係でダビングステージに入れない場合や、映画のプリミックス作業を受注することもあるそうだ。通常のMA設備よりも広く設計したことにより、五反田の時に比べて劇場との差異を軽減できている。試写室との連携も同じ建屋内で完結できるため、直し作業後の確認などもスムースに行うことができるのは一つメリットと言えるだろう。MA室で仕上げた作品を試写室でチェックし、直しがあればまたMA室に戻る、そんな連携での作業も可能となっている。サラウンド作業についてで見ると、MAとダビングではスクリーンバックのスピーカー、サラウンド側スピーカーのデフューズ・サラウンドという点で再生環境に大きな違いがあるが、これをその環境が備わった試写室との運用連携で解消している。同じ建屋内で効率的にリソースを活用している格好だ。


📷 ナレーション収録からアフレコへの対応も考えられた、大きな容積が確保されたブース。アフレコ時には横並びで4名が入れるように設計が行われている。余裕のある空間なので、カメラを入れての収録など様々な用途での活用も可能だ。

音と純粋に向き合う、隠されたスピーカー

303室のスピーカーにはプロセラ社のモデルを採用、ローボックスと組み合わせて3wayの仕様での導入となっている。このスピーカーは移転に際して新しく導入したものだ。五反田で使っていたMusik RL900Aに慣れたお客様にどのように受け入れられるか、当初不安な部分もあったということだが非常に好評を得られているとのこと。写真を見ていただければわかるように、スピーカーは全てサランネットの裏に設置されておりその姿は普段は見えない。そのため、スピーカーは何を使っているのか?という問い合わせを作業後に受けることが多いということだ。これは「いい音だったので何を使っているのかが知りたい」という評価を裏付ける好意的な質問と言えるだろう。


📷 フロントバッフルに埋め込まれたスピーカーはProcella Audio P8と同社のSubWoofer P15SIの組み合わせての3Way構成。この組み合わせで、5ch全て同一のモデルで平面のサラウンドが設置されている。LFE ch用にはProcella Audio P15が2本、L、Rchそれぞれの外側に設置されている。Dolby Atmos用の天井スピーカーはProcella Audio P8が4本設置されている。写真では分かりづらいが、しっかりとセンターに軸を向けてアングルを付けて天井に埋め込まれている。

なお、スピーカーを隠したのは、スピーカーと向き合って音を聴くのではなく、そこで鳴っている音を純粋に聴いてほしいという思いから、あえて見えないようにしているとのことだ。サラウンドサイドなどでスピーカーがサランネットに隠されている環境はよく目にするが、フロント面も全て隠されているというのは新鮮さを感じる。大型のスピーカーは確かにその存在感が大きい。隠すことで音に集中してもらうという発想は今後も各所で取り上げられそうな印象を受けた。

プロセラに組み合わされるアンプは、Lab.Gruppenが採用されている。LAKEプロセッサーによるスピーカーチューニングが行えるということもあるが、サウンドのキャラクターがシャープで立ち上がりの良いサウンドだということもMAの作業には向いているということだ。やはり、余裕を持ってスピーカーを駆動するということを考え、アンプは出力的に一回り大きな容量のモデルを選定したということだ。

シンプルさと柔軟性を両立させるS6 + MTRX

📷 32Fader仕様のAvid S6カスタム。机面に対してアームレストがフラットに収まるようにカスタムデザインのデスクが用意されている。PC DisplayはAdder DDXにより、どの画面からも任意のPCを操作することができるように設計されている。

コンソールは、Avid S6が採用されている。これまではSSL Avantが使われていたが、移転に際しAvid S6の導入となった。2マン〜3マン体制での作業が多いということで、レイアウト機能、スピル・フェーダー機能といったフェーダーの並び替えにおいてAvid S6が持つ高いカスタマイズ性に注目していただき導入となった。複数のDAWをまたいで制御が行えるAvid S6は、ハリウッドで鍛え上げられた複数のエンジニアが並んで作業をするということに対して、様々な機能を持って応えてくれる。フェーダーのみの列を作ったり、必要とされる部分に機器を備えカスタマイズされた仕様となっている。このような盤面の構成の柔軟性もAvid S6がモジュール構造だからこそ実現する美点。必要なモジュールを必要な箇所に設置してセットアップができるようになっている。

また、3人目のエンジニア用にAvid Artist Mixも用意されている。Avid S6での作業も可能だが、独立したコントローラーで自由に作業を行いたい際には、Artist Mixも使えるという作業に柔軟性を持たせるための導入となっている。Dolby Atmos用のJoystickは、好きな場所に持ってきて操作ができるように独立したボックスに納められた、ステレオ作業の際には卓の後ろに隠しておけるコンパクトなサイズのものだ。


📷 コンソール左側のアシスタントデスクには、ヘッドフォンモニター用のtc.electronics BMC-2、Grace Design m908のコントローラーVTRリモコンなどが並ぶ。ダバーを操作したり、Dolby Atmos RMUを操作したりといった作業はこちらのデスクで行うことが多い。

📷 コンソールの左側は、3人目のエンジニアが来た際にAvid S6と切り離して作業ができるよう、Avid Artist Mixが設置されている。併せて個別でのヘッドフォンモニターができるようにtc.electonics BMC-2がここにも用意されている。

システムのバックボーンはAvid MTRXが受け持っている。3台のPro Toolsが常設されているが、1台のAvid MTRXでそのシステムは完結している。モニターコントロール部分は、全MA室のシステムを極力統一したいということもありGrace Designのm908が導入された。Avid MTRXはDAWシステム間のシグナル・ルーティングを受け持ち、最終段のモニターコントロールはGrace Design m908という流れだ。機器の収まったマシンルームの写真をご覧いただければ感じられる通り、複数のDAWが含まれるシステムでありながらも、非常にシンプルかつコンパクトにそれらがまとまっていることがご理解いただけるだろう。

VTRは、HDCAM SR 2台がMA用として設置されている。納品物としてVTRを求められるケースはかなり減ってきているということだが、まだアーカイブ、バックアップとしてテープが欲しいと言われることも多いということだ。2台のVTRはVikixのVideo Routerで信号が切り替えられるようになっており、全てのMA室から共用で利用できるように設計されている。

集約された機能がメリットを生む

ここ、竹芝メディアスタジオには大規模なサーバーシステムが導入され、MA室からもそのサーバーへ接続できるようになっている。基本的に持ち込まれるデータが多いということもあり、サーバー上での作業は行わず編集、試写室、QCとのデータの受け渡しで活用しているとのことだ。なお、編集〜MA〜QCというポスプロ作業一式での作業を受ける作品が多いため、サーバーを介してのデータの受け渡しはかなり頻繁に行われている。五反田時代は建屋が別棟だったこともあり、ワンストップで作業を請け負っていたとしても、編集にはお客様が立ち会うがMAはお任せ、というケースが多かったが、竹芝に来てからは、フロアを移動するだけということもあり、MAにもお客様が立ち会われる機会が増えているということ。これは移転で機能が集約されたことによって出現したメリットの一つだとのこと。

これらのシステムは、かなり多くの部分が五反田からの移設で賄われている。アウトボード類、VTR、DAW用のPCなど移設対象の機器は多岐にわたったのだが、昨今の事情もありつつ、移転に際して非常に苦労の多かったのが「稼働を損なうことなく移設をどのように進めるか」であったという。そのため、スタジオ自体のダウンタイムを最低限に留めつつ新社屋への移転を行うために段階的な引っ越しが行われた。全ての機器を新設で賄うことができれば良いのだが、なかなかそのようなわけにはいかない。竹芝で五反田の機材以外の部分を仕上げ、五反田のシステムから竹芝へ機材を移動し、動作確認を行って即時に稼働させる。そのような段取りが部屋ごとに組まれたそうだ。

竹芝メディアスタジオ-フロアガイド

7フロアに広がる、大規模なポスプロ設備。カラーグレーディング&編集、スクリーンを使ったカラーグレーディング、オフライン編集、メディアサーバー室など様々な設備が一つのビルの中に整っている。広々としたロビーや多くのミーティングスペースなども設けられており先進的な印象を与える空間も多いが、その中でもサウンドに関連する設備をダイジェストでご紹介したい。


●1F:第1試写室 / 第2試写室


📷 1F:第1試写室

📷 1F:第2試写室

100席という中規模なシネコンスクリーンクラスの座席数を備えた第1試写室。4K DLPのプロジェクターと、35mmのフィルム上映が可能な設備を備える。スクリーンはスコープサイズで横幅8.4m。第2試写室は、Dolby Cinema (Dolby Vision + Dolby Atmos)の再生に対応した設備を備えた試写室。Dolby Cinema対応のカラーグレーディング室としても活用される、ハイスペックな試写室である。音響面もDolby Atmosへの対応とともにDTS:Xへも対応。最先端のテクノロジーが導入された51席の試写室である。


●3F:ダビング


📷 3F:ダビング

📷 3F:ダビング

映画館で上映されるコンテンツのミキシングに対応したスクリーンと、デフューズサラウンド仕様のダビングルーム。主には劇場予告編のミキシングが行われている。スピーカーとアンプは試写室と同じメーカーの製品に揃えられ、サウンドキャラクターの差異が最低限になるように設計が行われている。同規模の設備が2室用意されている。


●3F:MA


📷 3F:MA

4室が設けられているMA。全ての部屋が5.1chサラウンド対応である(うち1部屋はDolby Atmos Home対応)。ネットワークでの社内サーバーへの接続により、各編集室、試写室とのデータの連携もスムーズになっている。部屋ごとの設備を出来得る限り統一することで、エンジニアの機器操作に対する負担を軽くするとともに、部屋ごとのサウンドキャラクターの統一を図っている。


●6F:QC


📷 6F:QC

作品が完成したあとのマスターデータのチェックを行う設備である。ハーディングチェックなどにとどまらず、映像の影の有無、カット、編集のミス、音声のノイズ、音量のばらつきなど、機械では判断できないような部分までも要望に応じてチェックが行われる。Dolby Atmos / 4K HDRに対応した部屋が2部屋、5.1ch対応の部屋が3部屋。合計5室のQCルームがある。

様々な苦労が、裏にはあった五反田から竹芝への大規模な移転。そしてそれに伴い行われた様々なチャレンジ。新しいシステム、部屋、音環境、まさにこれから新しい時代がスタートすることを感じさせる大規模な移転である。これから映画の聖地となっていくであろう試写室、Dolby Atmosをはじめ最新メディアに対応したMA、一つの時代の区切りをいま目の当たりにしている、そう感じさせるものであった。


 

*ProceedMagazine2022号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2022年08月25日時点のものです。