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山之下 朝陽
[ROCK ON PRO Product Specialist Team / Assistant]Immersive Audioを用いた芸術音響作品を創作し国内外で発表を行なってきた経験から、音楽表現を支える最先端の技術を広めるべくROCK ON PROへ。メガネは伊達。
劇伴制作のシゴト 東映音楽出版株式会社 本谷氏に訊く
映画の音を構成する要素は大きくDialogue(台詞)、Music(音楽)、Effect(効果音)の3つに分類される。それぞれの要素を録音技師、作曲家や音楽プロデューサー、効果音によるサウンドデザインを行う音響効果、フォーリーといったプロフェッショナルが担当し、1本の映画における音を作り上げる。今回はなかでも劇伴制作に焦点を当て、映画音楽をはじめとした劇伴制作を手がける東映音楽出版株式会社のエンジニア、本谷侑紀氏に制作の流れについて解説いただいた。劇伴制作という仕事はどういったものかという基本的な部分から、劇伴という音楽ならではの制作ポイント、近年の潮流といった内容について制作ワークフローとともにいま一度紐解いていこう。
劇伴制作とひとくちに言っても任される範囲は現場によって様々だ。レコーディングエンジニアとしてのみ参加する場合もあれば、音楽プロデューサーとして方向性を決める段階からダビングまで一貫して制作に関わるケースもある。どの段階から制作に参加するか、というのは基本的に音楽制作の枠組みが決まったタイミングで制作が依頼される。というのも、エンジニアとしての依頼は作曲家からの指名で決まることが多い。本谷氏の場合、東映音楽出版に所属する制作エンジニアとして自社作品か外部作品なのかでも関わり方は変化してくるという。社内外で制作・エンジニアとして依頼がある場合や、自社作品の場合は制作依頼を出す立場に回ることもあるそうだ。
また、既成曲(劇中曲)の有無も制作工程に影響してくる。既成曲が無い作品の場合は、現場に作曲家とともに出向くこともあるが、本格的に始動するのは撮影が終わり、オールラッシュ(映像編集において尺やカットが確定した段階)の後からとなる。シーンの尺が決まっていないことには場面に合わせて作曲することもできない。ただし、現場によってはメインテーマなど一部を編集前に制作し、監督が編集を行う際のイメージを手助けするものとして使用されることもある。
一方で既成曲が多い場合、例えばライブシーンがある作品などではプレスコ(プレスコアリング:先に制作されたセリフや音楽に合わせての撮影)となるため、プロジェクトの脚本段階などと並行して音楽が発注され、プレスコ用に編集された上で撮影時に使用される。ここでの制作はあくまでプレスコ用の音源であり、そこからライブシーンでの歓声などが足されるなどの再編集が行われ実際に使用する音源となるのだ。劇中曲の場合は歌モノも多く、そういった場合は劇伴チームとは別の制作チームが立てられることが多い。
オールラッシュが終わりシーンの尺が決定した段階で、「線引き」と呼ばれる打ち合わせに入る。作曲家、監督やプロデューサーといった制作陣とともにどのシーンに音楽を使用するかを決めていく作業だ。この段階で全体の曲数と、曲調の明暗や盛り上げるポイントといったおおまかな曲の方向性を設計していく。監督が編集段階で音楽を入れたい箇所に仮の楽曲を挿入しているケースもあるとのことだ。映画1本のうち劇伴の占める割合については、もちろん作品にもよるが2時間の実写ドラマの場合大体40~50分尺、曲数にして20~25曲あたりが平均だという。
作品に必要な音楽が決まったところで、作曲家による作曲期間に突入する。期間にして約1〜2ヶ月ほど、その中で数曲ずつを監督・制作陣と確認しながらデモを完成させていく。楽曲チェックは少ない映画でも2~3回は繰り返される。作曲に取り掛かる順番は、まずメインテーマとなる曲を作り、次にそのアレンジバージョンを数パターン、その後作品の時系列順に制作していかれることが多いそうだ。作曲期間もエンジニア的な観点からストリングスの最適なサイズや、生録音かシンセ音源かといった音色の提案・判断などを行っていく。
作曲の工程が完了すると、譜面作成を経てレコーディングにとりかかる。譜面作成は、作曲家が書いた楽譜の清書やパート譜の作成を行う専門職である写譜屋の仕事だ。劇伴のレコーディングは読者もイメージされている通り、ストリングス、ブラス、木管が多い。数日というレコーディング日程で数十曲にわたる楽曲を録り終えるためにも、とにかくスムーズな進行が肝となる。
ここで本谷氏が実際に行なっているレコーディングのテクニックを紹介する。それは2種類の異なる色合いのマイクを立てておくというもの。5.1chや7.1chサラウンド用のオフマイクセットが基本となるのだが、そこにLRをもう2本追加することによってミックス時にLR+サラウンドワイドなど組み合わせの選択肢が広がる。オンマイクに関してもスタジオ定番のNeumann U 67やU 87に加えて最近はリボンマイク Samar Audio Design VL37をよく使うとのこと。限られたレコーディング時間の中でもミックス時の可能性を確保し、より作品に合致した楽曲を仕上げるための工夫だ。また万が一メインのRECが不調だった時のための保険の意味もあるという。
使用するスタジオは予算、編成のサイズ、響きを出したいか抑えたいか、といった観点から作曲家と相談して決めていく。少ない人数でよく響かせたいならあのスタジオ、8型が入るのはこのスタジオといったように様々なスタジオの特徴を把握していることがもちろん前提となる。
コラム 弦の編成の表し方「6型」や「8型」とは何でしょうか?これは弦楽器の編成を表す際に使われる用語です。ストリングスの基本構成は1st Violin、2nd Violin、Viola、Cello、Contrabassの5パート。型の数字は1st Violinの人数を表し、そこからパートの音域が低くなるごとに2人(1プルトとも言う)ずつ減らしていくのが基本のパターンです。例えば8型だと以下のとおり。
1st Violin:8人(4プルト) / 2nd Violin:6人(3プルト) / Viola:4人(2プルト) / Cello:4人(2プルト) / Contrabass:2人(1プルト)
これを別の言い方としてパート順に「86442」と呼ぶこともあります。他にも「弦カル」はカルテット(Violin 2人、Viola 1人、Cello 1人)「ダブカル」はダブルカルテット(カルテットの倍の編成)の意味。さらに、大規模なオーケストラでは木・金管、打楽器を含めた1管、2管という編成も存在します。別のジャンルではドラム、ギター、ベース、キーボードの編成を4リズムと言ったりもしますよね。これらは必要なスタジオの広さの指標として使われる用語でもあります。
レコーディングが終了するとすぐにミックス、トラックダウン(TD)の作業がスタートする。録音素材のノイズリダクションに始まり、EQ、コンプといったミキシングからサラウンドパンニングまで音楽ステムの仕込みを行う工程だ。通常の音楽ミックスと大きく異なるのが、ダイアログやエフェクトが入ることを見越しての音楽ミックスになるということ。本谷氏は、セリフが入り音楽のレベルが下がる場合も想定してリアを活かすといったアプローチを行うこともあるという。また、センターチャンネルのダイアログとどう音楽を共存させるかについては、ハードセンター、ファントムセンター、その中間といったミックスのパターンを持っておき、演出や作家の意図に合わせてどう使い分けるかを考えていくとのことだ。
また、ダイアログや効果のエンジニアから制作したステムを共有してもらい、それらのレベルに合わせたミックスを施すことも近年はあるという。劇伴は作曲、レコーディングの工程を経る以上、ダイアログや効果よりも作業が後ろになるため、他の2部門が先に仕込みを終えていることが多くなる。逆にレコーディングデータを参考として共有することもあるという。ダビング前にデータを共有しあうことでより精度の高い仕込み作業が可能になる。完成したデータは自身でダビング作業まで担う場合と、選曲(ミュージックエディター)にステムを受け渡しダビング作業に持ち込まれる場合に分かれる。
各部門がそれぞれ制作した素材がダビングステージに持ち込まれ、制作の最終的なミックスが行われる。期間として約12日ほどの日程の作業工程を一例として挙げよう。
映画はフィルム時代の慣習から20分弱を1ロールとして本編を区切り、ロールごとにダビングを行うという手順が今でも残っている。前半の仕込み日では実際に各素材が組み合わさってダビングされる際のレベル感を確認し、各自修正作業を行っていく。システムやマシンスペックの向上によりダビングでもマルチトラックのセッションデータをある程度そのまま持ち込めるようになったため、ここで修正が発生した際でもすぐに対応できるようレコーディングの別素材などとスムーズな切り替えが行えるセッションとして下準備を行い臨んでいる。ダビングが完了するとプリントマスターが作成され、晴れて映画の完成だ。
本谷氏によるとまずここ数年の流れとして、ダビングステージ含めスタジオにAvid S6が普及したことにより仕込みとの差異が少なく作業に入ることが可能になったことが大きいそうだ。エンジニアの多くがS6に慣れ始めて作業効率も上がり、Neve DFCのころと比べてミックスセッションからのスムーズな移行と高い再現性が保たれていることが作業における大きな変化となった。
もうひとつがDolby Atmosの登場だ。ポップスの音楽がApple Musicの対応により国内では映画に先行してAtmos化している傾向は、サラウンドが音楽では広まらなかった今までとは違う現象と捉えており、同じく音楽を扱う劇伴エンジニアも音楽エンジニアとノウハウを共有していければという。
また、Dolby Atmosからダウンミックスして作成した5.1chは、初めから5.1chで制作した音源とは同じチャンネル数でも異なる定位やダイナミクス感が得られるため、新たな発見があることも気に入っているポイントだそう。今後、日本映画界においてDolby Atmosが普及するためには、Dolby Atmos Cinemaに対応したスタジオや劇場が増えること、Dolby Atmos= 制作費が高いという業界のイメージが変わることが鍵となると感じられている。本谷氏は早速Dolby Atmosでの制作にも挑戦されている。
日本で劇伴制作に携わるエンジニアの数は増えているとお聞きした。また今回触れることができた職種の他にも、多くのプロフェッショナルが日本映画の音を支えている。映画音響の世界は、新しいテクノロジーの登場とそれを取り入れるスタジオや教育の現場によって、技術はもちろん業界の風習も含めて日々発展しているのだ。そのような中で様々なことに取り組み、もっとできることがあることを皆で知っていきたいという本谷氏の姿勢が強く印象に残っている。
東映音楽出版株式会社
本谷 侑紀 氏84年生まれ。2005年、東映音楽出版・南麻布スタジオルーム入社。2009年「おと・な・り」(監督・熊澤尚人、音楽・安川午朗)で映画劇伴を初担当。以降は主に映画・ドラマの劇伴にレコーディングエンジニア、ポスプロのミュージックエディターとして携わる。近年の主な作品(Rec,Mix&MusicEditorとして参加)に、『シャイロックの子供たち』(本木克英監督、音楽・安川午朗)、『ある閉ざされた雪の山荘で』(飯塚健監督、音楽・海田庄吾)、『リボルバー・リリー(行定勲監督、音楽・半野喜弘)』、『11人の賊軍(白石和彌監督、音楽・松隈ケンタ)』がある。
*ProceedMagazine2024-2025号より転載
*記事中に掲載されている情報は2025年01月09日時点のものです。