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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

TOHOスタジオ株式会社 ポストプロダクションセンター2 様 / アジア最大規模のS6を擁したダビングステージ

長年に渡り数々の名作を生み出してきた東宝スタジオ。その中でも歴史あるポストプロダクションセンター 2 に設けられた国内最大規模のダビングステージ2 で、アジア地域で最大規模の構成となる Avid S6 へのコンソール更新が行われた。竣工からまだ間がない今、ブラッシュアップされたそのシステムの内容についてお伝えしていく。

72フェーダー、デュアルヘッド構成のAvid S6

歴史あるダビングステージで、これまで長年使用されて きた AMS Neve DFC2 から Avid S6 へと更新が行われた。今回導入 の Avid S6 は国内はもちろん、アジア地域で見ても最大規模の構成 での導入となる。その構成は横幅14フレームと巨大なもので、そこに72フェーダー、デュアルヘッド構成でモジュールが収まる。フェーダー数に関しては従来のDFC2と同数を確保し、さすが、映画のダビングコンソールといえるフェーダー数を持つ迫力のサイズとなっている。そして今回はサラウンド作業がメインとなるということでジョイスティックモジュールも導入された。Avid S6となったことで、レイアウト機能やスピルフェーダー機能などを活用し、従来以上のワークフローに対する柔軟性を確保している。

改めて確認をしたのだが、東宝スタジオが現在の世田谷区砧に誕生したのは、今から90年前の1932年。今回Avid S6を導入することとなったポストプロダクションセンター2は、以前は東宝サウンドスタジオ、さらにその前は東宝ダビングのダビングビルと呼ばれていた1957年に完成された建物である。60年以上の時を、まさに日本映画の歴史とともに歩んできたダビングステージ。「七人の侍」の黒澤明監督の作品や、ゴジラシリーズ、「シン・ウルトラマン」に至る多岐にわたる映画が作られていたと思うと非常に感慨深いものがある。内装は何度も改装を行っているということで完成当初の面影は無いとのことだが、以前はフィルムダビング(実際にフィルム上映を行いながらの劇伴録音)も行われていたということで、スクリーン前のひな壇はまさにその名残である。スクリーンを背にオーケストラが並び、指揮者が上映される映像を見ながら指揮棒を振る、そんな光景がここにはあったということだ。

潤沢に用意されたチャンネル数

システムもAvid S6となったことでブラッシュアップされている。従来は4台の再生用(プレイアウト)のPro Tools(セリフ用、音楽用、効果音用2台)がMADIでDFC 2と繋がれミックスされていたが、今回の更新でミキシングエンジンとしてAvid Pro Tools HDX3システムを2式導入、それぞれに192chのI/Oを持ち、相互にMADIで接続されたシステムとなっている。やはり、Avid S6をコンソールとして運用すると考えた際には、ミキシングエンジンとしてPro Toolsを選択するというのが一般的、Avid S6の製品自体のコンセプトにも則ったシステムアップとなる。また、ミキシングエンジンとして導入されたPro Toolsと既存のPro ToolsすべてのI/Oを今回の更新に併せてAvid MTRXへと統一している。メンテナンス性、障害時の入替のたやすさなどを勘案し、すべてのオーディオ・インターフェースがMTRXへ統一された。それぞれのAvid MTRXはMADIで接続され、ユーティリティーとして1系統ずつがパッチへと取り出されている。これにより、Pro Tools内部でのIn The Boxミキシングを行う際にも、MADIのパッチをつなぎ替えるだけでシステム変更が出来るようになっている。

改めてシステム全体を信号の流れに沿ってご紹介していきたい。まず、再生用のPro Toolsが4台、それぞれPro Tools HDX2仕様となる。映画ダビングでは、セリフ用(ダイアログ:Dialogue)、音楽用(ミュージック:Music)、効果音用(エフェクト:Effect)それぞれの再生用にシステムが準備される。これは、それぞれ個別に仕込んできたものを別々に出力できるということだけではなく、修正などが入った際にもそれぞれ個別にパラレルでの作業を行うことができるというメリットもある。効果音は、多数のトラックを使うことが多いため2台のPro Toolsが用意されている。サウンド・エフェクト、フォーリーと分けて使ったりすることも多いとのことだ。音楽用以外のセリフ、効果音用の3台のPro Toolsは同一の仕様となっている。Avid Pro Tools HDXカードから、4本のDIgiLinkケーブルでAvid MTRXへと接続され、それぞれに128chの出力を確保している。この128chの出力は、2本のMADIケーブルでミキサーへと送られる。

そんなに多くのチャンネルが必要なのか、と考える方もいるかもしれないが、サラウンド作業ということもあり、ある程度まとめたステムでの出力を行うことも多い。そうなると、5.1chのステム換算としては、21ステムということになる。同じ種類のサウンドをある程度まとめた中間素材となるステム。例えばドラムステムであれば、音楽ミックスで言うところのドラムをまとめたドラムマスタートラックをイメージしてもらえるとわかりやすいだろう。また、映画の作業でステムを多用するケースとしてはパンニングがある。あらかじめパンニングで移動をするサウンドを、モノラルではなくステムで出力することで事前に仕込んでおくことができるということだ。こうすることで、ミキシングコンソールではボリュームの調整をするだけで作業を先に進めることができる。


📷 本文で解説したスタジオのシステムを簡易に図としたものとなる。非常に多くの音声チャンネルを取り扱うことができるシステムであるが、その接続は想像よりもシンプルに仕上がっているということが見て取れる。各MTRX間のMADI回線は、すべてパッチベイを経由しているため、接続を変更してシステムの構成を簡単に変更することができる。図中にすべてを記載できたわけではないのだが、各MTRXはMADI及びAESがユーティリティー接続用としてパッチ盤へと出力されている回線を持っている。そのため持ち込み機器への対応などもMTRXのパッチを駆使することで柔軟に行うことができるように設計されている。

データをアナログという線形の無限数に戻す

話を戻して先程の紹介から漏れた音楽用のPro Toolsのシステムをご紹介しよう。このPro ToolsはHDXカードから2本のDigiLinkケーブルでMTRXに接続され、64chの出力を確保している。音楽用のPro Toolsシステムだけは、Avid MTRXに32ch分のDAカードを装着している。ここから出力された32chのアナログ信号は、RME M-32ADへ接続されている。そしてRMEでADされMADIに変換された信号がその後のミキサーへ接続されることとなる。


📷 ユーティリティー用のRME M-32 AD/DAがこちら。32chのAnalog-MADI / MADI-Analogのコンバーターである。システムのデジタル化が進んではいるが、まだまだ外部エフェクターなどアナログでの接続はゼロにはならない。DAWごとの持ち込みでアナログ出力を受けるといったケースもあるだろう。

なぜ、一度アナログに戻しているのかというと、デジタルからの「縁を切る」ということが目的だ。音楽は96kHzで仕込まれることが多い。しかし、映画のダビングのフォーマットは48kHzであることが基本である。これは最終のフォーマットが48kHzであることも関係しているが、システム的にもMADIをバックボーンとしているために96kHzにすると、やり取りできるチャンネル数が半減してしまうということも要因にある。こういったことから生じるサンプルレートの不整合を解消するために、一旦アナログで出力をして改めてシステムに則ったサンプルレートのデジタル信号とする、ということが行われている。PC上でファイルとして変換してしまえばいいのではないかとも考えられるが、アナログに戻すという一見面倒とも言える行為を行うことによるメリットは、音質といういちばん大切なものに関わるのである。

デジタルデータ上で単純に半分間引くのではなく、アナログという線形の無限数にすることで、96kHzで収録されてきた情報量を余すこと無く48Khzへと変換する。結果は限りなくイコールかもしれないが、音質へのこだわりはこういった微細な差異を埋めることの積み重ねなのではないだろうか。音楽のチャンネル数は96kHzでDA/ADの回路を経由する場合には32ch、48kHzであれば、そのままMADIケーブルで64chがミキサーへと送り出せるようにシステム設計が行われている。

膨大なチャンネル数をマネジメントする

再生用Pro Toolsは、セリフ・音楽用のミキサーPro Tools、効果用のPro Toolsそれぞれのオーディオ・インターフェースとして用意されているAvid MTRXへと接続される。ミキサーPro ToolsはいずれもHDX 3仕様で、6本のDIgiLinkケーブルで192chの回線が確保されている。セリフ128ch+音楽64ch=192chこちらは問題ないのだが、「効果音1:128ch」+「効果音2:128ch」=256ch、こちらに関しては再生機側ですべてのチャンネルを使われると信号を受け取り切れないということが起こってしまう。Pro Toolsシステムとしての上限があるため仕方のないところなのだが、合計が192chとなるように再生側で調整を行い、Avid MTRXの入力マトリクスで受け取るチャンネルを選択する必要がある。それぞれのミキサーPro Toolsはその内部でミキシングを行うさらにまとまったステムをそれぞれ2本のMADIケーブルで128chを出力する。

ミキサーから出力された信号は、最終のレコーダーとなる録音用Pro Toolsで収録される。このPro Toolsは HDX 2仕様で128chの入出力となる。ここでもセリフ・音楽用ミキサーPro Toolsからの128ch、効果用ミキサーPro Toolsからの128chの合計256chのうち、128chを収録するということになる。それならば、それぞれのミキサーPro ToolsからMADIケーブル1本、64chずつという想定もあるが、それではセリフ・音楽が30ch、効果音が90chといったパターンに対応できない。そのためにこのような接続となっている。


📷 セリフ(ダイアログ)用のデスク。作業のスタイルに併せて移動可能な仕組みとなっている。Pro Toolsの操作画面はIHSEのKVMエクステンダーが用いられ、パッチで操作デスクの入替えが可能なようになっている。

📷 音楽用のデスク。こちらのデスクもセリフ用と同様に、作業に併せて操作するPro Toolsを変更したり、位置を移動したりすることができる。

収録機の次に接続されるのはモニターコントローラーである。収録したミックスを聴くのか、ステムを聴くのか、モニターソース切り替えやボリュームコントロールを行っているのがこちらも今回新規導入となっったTACsystem VMC-102IPである。従来のVMC-102からDante対応となり「IP」という文字が加わっている。従来のVMC-102はMADI2系統が用意されていたが、IPとなったことでDante1系統、MADI 1系統へと変更されている。今回はMADIでの運用となるため64chの信号がVMC-102IPへと接続されている。その中で選択可能な最大数のステムをプリセットとしてモニターソースに設定している。5.1chであれば10ステム、7.1chであれば8ステムといった具合だ。ここでボリューム調整された信号はスピーカー駆動系のB-Chainへと送られる。

ここから先の系統は既存のシステムをそのまま使っているが、この部分もご紹介しておこう。VMC-102IPからのMADI信号は一度Avid MTRXへと戻り、DAされアナログ信号として出力される。B-Chainの入口であるRME ADI-8 QSでデジタル(MADI)へと変換され、モニタープロセッサーとして導入されているTrinnovへ。ここでレベル、EQ、ディレイなどの補正 / 調整が行われる。その先はDAコンバーターであるRME M-16DAでアナログに戻され、それぞれのスピーカーを駆動するパワーアンプへと送られている。もうひと部屋のダビングステージでもTrinnovが導入されているということもあり、同一の補正用のプロセッサー製品を使用するということで、サウンドキャラクターの統一を図っているということだ。


📷 左手前にモニターコントロール用のVMC-102IP、そして、サラウンド作業の効率を上げるS6ジョイスティックモジュールが収まる。デュアルヘッド構成のためマスタータッチモジュールが2つあるのが特徴的だ。コンソールの奥には、サラウンドメーターである8連のVUメーターDKtechnologies MSD-600が設置されている。

📷 コンソールを背面から見たところ、S6の後ろ姿もスッキリとした格好だ。また、ダビングステージならではとなるディフューズサラウンドのスピーカーが壁面に取り付けてあるのも確認できる。両サイドの壁面に4本、背後の壁面に4本のサラウンドスピーカーが設置されている。背後の壁面の黒い窓が映写窓でここからプロジェクターでの投影を行なっている。


📷 今回更新された「ダビングステージ2」がある歴史あるポストプロダクションセンター2。過去の東宝映画作品の中でもその姿を見ることができる。この3階建ての建物の3階まですべての空間を吹き抜けにした天井高の高いダビングステージがこの中にある。

今回更新されたシステム部分を詳細にご紹介してきたが、映画のダビングシステムがどのようなものなのかイメージいただけただろうか。チャンネル数の少ない作品や、ワンマンオペレートに近い作品などでは、ミキサー用のPro Toolsがスキップされ、再生用のPro Toolsから録音用のPro Toolsへと直接接続されるといった運用も考えられる。もちろんシステムとしては、そういった運用も見越してすべてのAvid MTRX間のMADIはパッチ盤に上げてある。それ以外にも持ち込み機器や、外部エフェクトの接続用にRME M-32AD / M-32DAをそれぞれ1台ずつユーティリティー用としてスタンバイしてある。AVid MTRXの持つAES/EBUの入出力と合わせて、様々な運用に対応可能だ。

今後、実際に更新されたシステムを運用してみてのご感想やAvid S6での映画ダビングの作業、そういったワークフローに関わる部分について現場のスタッフ皆さんのご意見も是非お聞かせいただきたいと考えている。伝統あるステージに導入された最新のミキシングシステムからどのような作品が生み出されていくのか、またレポートさせていただきたい。


 

*ProceedMagazine2022-2023号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2022年12月28日時点のものです。