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前田 洋介

前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

RIEDEL / ARTIST and MediorNet 〜Fomula 1を支える、AoIP/VoIPがもたらす革新〜

インカムの世界的なトップメーカーであるRIEDEL。ユーザーの要望に応える形で多機能、そして高い信頼性を備えた製品を多数リリースしている。その成り立ちをひも解くと、最初は無線機のレンタルから事業をスタートしているという。ここでいう無線機とはトランシーバーを想像してもらえればいいだろう。トランシーバーは近距離であれば免許が必要なく利用できるが、距離が長くなると公共の電波を利用するための免許や許可が必要となる。これらを代行しつつ機器を貸し出すというサービスはひとつの事業として各国に存在している。

RIEDELがそのユーザーのニーズに応えながら様々なサービスを展開していく中で生まれたのが、ユーザーの要望する機能を実現するために作った様々な機器。この経緯を踏まえると、機能的には明確な現場目線のビジョンにより設計され、レンタルを前提とした高頻度の使用に耐えうる高い信頼性を持った製品を開発しているといえるだろう。今回は鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリへ足を運び、シビアな現場でのRIEDELの信頼性はもとより中継制作スタイルをも一新させたその革新性に迫る。

世界のビッグイベントを支える

前述のようにRIEDELはトランシーバーのレンタル業として1987年にドイツ東部ケルンの近郊、ウッパータールという街で創業している。トランシーバーに関しては1981年よりMotorolaの代理店であり、これは現在でも続いている事業のひとつである。それと同じ年にRIEDELにとって初のオリジナルプロダクトである無線機とインカムを接続するインターフェースユニット、RiFaceが登場している。当初より放送業界向けにレンタル事業を展開していたということもあり、その流れからオーストリアの放送局のリクエストを受けてオリジナルの製品の製造をスタートしたそうだ。いま存在しない機械は自分たちで作ってしまおうという積極的な姿勢は今でも変わらず、展示会などでも常にフレッシュな展開を行なっている。

その中で大きな転機となったのが、1993年のFomula 1への機材供給だ。現在どのように進化を遂げているかはこの後に詳しくご紹介するので割愛するが、20年以上前からコミュニケーションシステムの提供を行っている実績は世界的にも認められ、WRC=World Rally ChampionshipやDTM=ドイツ・ツーリングカー選手権など大きな大会へのコミュニケーションシステムのレンタルを展開している。

さらには1994年の国際スポーツ大会での採用である。ノルディック複合団体で阿部雅司・河野孝典・荻原健司選手が金メダルを獲得、スキージャンプ団体では原田雅彦選手が失速し惜しくも銀メダルになったシーンが印象的なあの大会だ。この大会をきっかけに、様々な国際的スポーツ大会においてもインカムシステムの構築を担うようになった。大規模な世界大会を成功させるためには、スタッフのコミュニケーションツールとしてインカムが重要なのは説明するまでもないだろう。

それまでのレンタルで蓄積された無線技術、そしてインカムのノウハウが活かされた結果、現在ではFIFA World Cup、UEFA Euro、Eurovision Song Contest、残念ながら今年限りで終了してしまったRed Bull Air Raceなどビッグイベントでの採用につながっている。また、EXPO 2000ハノーバーでは、会場全体の無線のシステム設計を行うまでになっている。この時にはなんと3000ch以上の無線をハンドリングし、各パビリオンのインカムから、セキュリティー、ステージイベントまですべての管理運営を行なっている。そして映像と音声の伝送には光ファイバーが用いられているが、ここが現在のRIEDELの製品の強みであり、他社の追従を許さない部分だ。

その信号すべてがMediorNetの1本の光ファイバーで

そして、2009年にRIEDELのフラッグシッププロダクトであるMediorNetが誕生する。このMediorNetへ通じるストーリーは非常に明確だ。トランシーバーのレンタルから始まり、トランシーバーとインカムの相互接続を行う機器をリリース。その後、数多くの大規模なスポーツや各種イベントへの機材の提供から、理想のインカム、パーティーラインの構築ノウハウを獲得。そして、映像と音声の伝送。これらの集大成がこのMediorNetとなる。

インカム由来の製品とは思えない非常に多機能な製品である。例えばMN-Compact PROという製品では3G-SDI、Analog Audio、AES3、MADI、RS232/422、GPI、SyncRefarence、音声ネットワークのRockNet、MediorNet接続用の光ファイバーと、これだけの端子が搭載されている。そして、これらの信号すべてがMediorNetの1本の光ファイバーで伝送できるシステムである。


MN-Compact PRO

機能を挙げ出したらきりがないが、10年前から現在技術的な話題の中心となるAoIP / VoIPを束ね、さらには制御系の信号までも含んだネットワークを独自に作り上げていたのが、このRIEDELというメーカーなのである。現在は80Gbpsの帯域伝送ができ、この帯域幅であれば48本のHD-SDI信号の伝送が可能である。それ以外に1GbEの回線では、100以上の回線数を持つインカムネットワークの構築が可能、これらが一つのシステムで成立してしまうというのがMediorNetの持つ大きな魅力である。

会場すべての映像と音声を集約して伝送

ピットウォール、こちらでドライバーはもとより各スタッフとの通信も行なっている。

ここからは、今回取材したFomula 1 Suzuka Grand Prixの話題に移りたい。現在RIEDELはFomula 1のほぼすべてのチームのインカム回線と、オフィシャルの車載カメラ映像回線、そして会場内のレース・オフィサー(審判)向けのインカム、中継用カメラ回線、この大会運営に必要なすべてのコミュニケーション回線をハンドリングしている。これらのシステムは鈴鹿サーキットに常設されている設備ではなく、すべて仮設で設営し解体して次のサーキットへ持ち込むということを行っているそうだ。その実際を見る限りではそれが仮設であるとはとても思えないクオリティ、さすがは世界トップレベルのモータースポーツである。これらのシステムはすべてレンタルであり、広い会場中に光ファイバーの回線を引き回すところからRIEDELの仕事は始まっているという。F1サーカスという言葉があるが、RIEDELもそのサーカスの一員であるということだ。


ピットウォールを這うように続くケーブル、これを毎レースごとに敷設するそうだ

ピットウォールに敷設された光ファイバー

それではF1でRIEDELの機器がどのように使われているか見ていこう。まずはF1マシンからだが、ピットとドライバーを無線で結ぶインカム、その無線にはなんと車載カメラの映像が一緒に伝送されているそうだ。車載カメラとその送信機はRIEDELのカスタムの製品で、エンジンの回転数や燃料残量、アクセルペダル、ブレーキペダルの操作といった車体の各種データも同じ回線で行なっているということだ。MediorNetの技術を持つRIEDELならではのノウハウで、映像も音声もシリアルデータも伝送したいものはすべてひとつの機器で送れるシステムとなっている。


Bolero用のアンテナは全チームで共有して使用するが、マトリクスインカムのため混線はしない


このアンテナで2000chをハンドリングしている

このようにして無線で送られた信号は、広いコースの中の1箇所に設置されたアンテナで送受信を行っている。クレーンのブームの先に設置されたアンテナは全部で5本。デジタル送信が送受信各2本と、バックアップのためのアナログ送受信が1本という内訳。1.8GHzの帯域を利用し、キャパシティーとしては2000chのハンドリングが可能なシステムが構築されている。レースごとに利用チャンネル数は増減するということだが、今回の大会では約1400chが使われているということ。受信された信号は、クレーンの下のテントに送られ、そこからピットに設置されたセンターへと光ファイバーで送られてくる。センターへはコース各所の中継カメラ、固定カメラ映像、アナウンサーブースからの音声なども送られてくる。要するに、会場すべての映像と音声がここに集約されているということだ。ここから、審判席や各チームのピット、さらには国際中継回線、変わったところではチームの開発拠点へと必要な回線が配られている。文字にしてしまうとシンプルだが、実際にそのシステムを目の当たりにするとそのスケールの巨大さに衝撃を受ける。


インカムシステムのマネジメント

ボタンごとにインカムの呼び出し先が割り振られている

インカムのシステムは、各チーム6ch程度のパーティーライン回線を使用しているということだ。ドライバーごとに担当スタッフが分かれているので、各チームに大きく2つのグループラインが組まれており、受信機はスタッフ一人ごとに専用設定された端末を利用している。各ピットの入口付近には、大量の無線機がヘッドセットとともに整然と置かれている。無線機はまさにいま世代交代が行われているところということで、これまでメインで使われていたMotorola製のTetraがまだまだ多いが、徐々にRIEDELのオリジナル製品であるBoleroに入れ替えが進んでいるというとこだ。

Tetraは基本的に1台でひとつのチャンネルだが、Boleroであれば1台で6chのハンドリングが可能。チームリーダーなど2回線以上を必要とするスタッフは、Tetraの場合2台も3台も腰にぶら下げている姿を確認することができる。これがBoleroであれば1台で済むというのは、やはり世界中を飛び回るスタッフにとっては少しでも負担が減る嬉しいテクノロジーの更新といえるだろう。なお、2台のTetraを持つスタッフのヘッドセットには2つの送信ボタンがあり、どちらのチャンネルに送信をするのかをそのボタンで選択することができる。また、それぞれ個別のスタッフに携帯電話のように連絡を取りたい際には、Tetraで個別のレシーバーに振り分けられた番号をプッシュすることで通信が行える。通常は、パーティーラインで運用をしているが、一歩踏み込んだ使い方ももちろん可能となっている。


Bolero

インカムのパーティーラインの設計はチームごとに異ったパターンがあるということだ。ドライバーの回線、ピットクルーの回線、監督などマネジメントスタッフの回線、それらをドライバーごとに別々の回線を用意しているチームもあれば、ある程度のスタッフ間で2名のドライバーの回線が共有されているチームなど様々だということ。もちろん、これらの回線にはレース・オフィシャルの回線が加えられている。このような回線のマネージメントを、すべてRIEDELが担当をしているということになる。

アンテナの紹介部分で触れたアナログ波は、セーフティーカーとレスキュー、レース・オフィシャルのみのバックアップとして設計されているということだ。やはりこれだけの膨大なチャンネル数をアナログ波でバックアップを組むことは難しく、必要最低限な部分だけをフォローする設計になっている。もちろん、特定のチームだけバックアップをつくるということは、不公平を生じる原因になるというのも要因ではないかと考えられる。


BBCのアナウンサー、腰下にはBoleroのベルトパックが見える

これらのインカム回線でのやり取りは、TV中継などでもTEAM RADIOとして我々も耳にすることができる。その中継回線への信号の受け渡しも、やはりRIEDELのArtist Networkを介してということになる。もちろん、各チームの回線はすべてレース・オフィサーが聞くことができるようになっているのは言うまでもない。そして、すべての回線は録音・記録が行われ不正行為が行われていないかの証拠として保存される。

TV中継のワイヤレス・システムも音声・映像ともにRIEDELのサポートでフォローされている。会場で紹介をしてもらったBBC RadioのアナウンサーもBoleroを使っている。実際のスタジオスタッフはロンドンに待機しており、完全にリモートプロダクションでの制作がおこなわれているということ。会場には我々が見る限りでは3名(アナウンサー、カメラマン、ディレクター)のみ。Boleroに接続されたマイクでインタビューを行い、その音声はそのままロンドンのスタジオへと届けられることとなる。ラジオ放送であれば、それこそアナウンサー1人とBolero1台があれば完結する。なお、テレビ制作はFOMの下でドイツのRTL Televisionが行っており、ケルンのスタジオでリモートプロダクションでの制作が行われているとのことだ。Boleroはインカムの双方向回線の一部をオンエア用の回線とすることが可能なシステム。音質に自身のあるRIEDELのシステムならではの美点である。

レース会場を中心に世界中がひとつのシステムに
ラックに組み込まれたMediorNetとArtist、F1サーカスの中枢だ

取材の最後に実際のArtist Network、Mediornet Networkが収納されるラックを見せてもらうことができた。通常は立ち入ることのできないセキュリティーゾーンにあり、専用の発電機から供給される電源によって稼働するレース運営のセンターコアにあたるシステムだ。多数のArtistが各チームのパーティーラインを確立し、MediorNetがリモートプロダクションを行う本国スタジオへと接続、とまさにシステムの中核部分。映像回線に関してはすべてをそのまま送るのは帯域の問題なども発生するため、一旦中継ブースを経由したものが送られてきているということ。そして、それらすべてを記録するサーバーが二重化され24時間体制で稼働をしている。このサーバーは審判記録にもなるということで、各ブースに設置されたカメラ画像も記録されている。F1はレギュレーションで車の整備を行うことができる時間が厳しく制限されている。こういった不正行為の監視にもRIEDELが一役買っているということになる。

このラックシステムから各回線は、RIEDELの子会社であるRIEDEL Networkが管理するInternet回線を通じてRIEDEL本社、中継を行っている放送局(ドイツ)、各チームの開発拠点などへ送られている。RIEDEL本社では、全チームのテレメトリーなどのデータのバックアップ記録がリアルタイムで行われている。まさに、レース会場を中心に世界中がひとつのシステムとして動いている。

このように、レース運営のバックボーンとなるシステムをほぼすべてに渡りフォローするRIEDEL。これは毎年すべてレンタルでシステムが構築されているということだ。RIEDELのF1担当スタッフは、シーズン中はほとんど家に帰ることもできずにF1チームとともにサーキットを移動する生活をしているということ。レースのある1週間前には、まず光ファイバーなどの回線の先行敷設を行い、チームトラックなどと一緒に届く機材を接続する。週を連続して開催されるレースでは、一旦次のレース会場に乗込みケーブルを敷設、週末は前レースの現場に戻りバラシから搬出までを行い、次のレース会場に機材とともに移動をする、というハードなスケジュールになる。ほとんどのスタッフはRIEDELの社員であり、みんなMotorSportsが好きなスタッフが集まっているという。全体を統括するスタッフ、各チームの専属としてフォローをするスタッフ、30名程度のチームが動いているということだ。2月の公式テストから11月末までの長いシーズンを乗切り、2ヶ月間のバケーションを取るという生活をしているそうだが、本当に好きでなければできない仕事ではないだろうか。

●MediorNet

RIEDELのフラッグシップ・ソリューションであるMediorNet。ユーザーの利用規模に応じて、筐体の選択が可能なNetworkベースのソリューション。そのNetworkの魅力はなんといっても様々な種類のデータの伝送が可能だということに尽きる。最新のソリューションでは80Gbpsの帯域伝送で、双方向に48本のHD-SDI、MADI、数え切れないインカム用のオーディオ、GigaBitEthernetなどの伝送が可能となる。Audio/Video/Dataの区別はなく、機器間での双方向通信を実現する。同社のインカムシステムArtist、Boleroの上位のシステムとして、それらの回線を含んでさらに様々な種類のデータの伝送を実現するソリューションである。Opticalベースのテクノロジーであり、遠距離の通信も得意とするところである。


●Bolero

次世代を担う、RIEDELのワイヤレス・コミュニケーション・ソリューション。アンテナ自体がマネージメント機能を持ち、各種の設定が可能となっている。Boleroのベルトパックは6チャンネルのハンドリングができ、ヘッドセットなしでも利用できるようにマイクとスピーカーもビルトインされている。ベルトパックとアンテナのみで構築可能なStandaloneモードと、Artistシリーズのインカムシステムに組み込んでのIntegratedモードの2種類の利用方法により、ユーザーの規模に合わせた柔軟なインカムシステムとなる。最大ベルトパック50台、アンテナ100台までの拡張が可能。アンテナへの回線の接続は、AES67が使われておりPoEによる電源供給での動作もできる。


現場のニーズに合わせた製品の展開をバックボーンに、最先端のソリューションを提供し続けるRIEDEL。ビッグイベントを支えるその仕事は、インカムからスタートしたとは思えないほど会場の隅々まであらゆる形で存在している。ちなみに、F1の入場ゲートなどのセキュリティーシステムも数年前まではRIEDELの提供であったということだ。このような大規模なスポーツ大会をはじめ、昨今ではeSportやコンサートなど多岐にわたるサポートを行い、世界最高峰の現場から生まれるニーズにより製品が開発される。いま、最新技術として注目を集めるVoIP/AoIP規格SMPTE ST-2110だが”One of Them”と言えるのはこのメーカーくらいではないだろうか。ありとあらゆる種類の回線と信号を扱うことができるRIEDEL、彼らにとってはST-2110も”One of Them”なのである。



*ProceedMagazine2019-2020号より転載

*記事中に掲載されている情報は2019年12月12日時点のものです。