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ROCK ON PRO
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『環境』を持ち歩く時が来た!耳へのいたわりと音へのこだわり、カスタムイヤーモニターの新世界
●カスタムイヤーモニターと補聴器技術の出会い
元々イヤーモニターと呼ばれるものが開発されたのは、アメリカのハードロックバンド『ヴァン・へイレン』のDrumer であるアレックス・ヴァン・へイレンがステージ上でのモニタリングの明瞭感向と疲労に問題を感じ、改善を要求したのがきっかけと言われている。当時Ultimate Ears の創立者であるジェリーハービー氏はアレックス氏の耳の型をとったカスタムモデルを製作、これが音楽用途での最初のカスタムイヤーモニターだ。
その後シュアーがステージ用にバランスドアーマチュア( 以下BA) 搭載のE1、E5 を開発。PSM500、PSM600 などのワイヤレス機器を経ながらイヤーモニター市場はBA 型のモデルが一般化されていく。
まずイヤーモニターとして何故BA 型のドライバーが現在一般化されているのかを須山氏に伺った。氏によると、それは人間の耳の構造に起因しているという。
人間の鼓膜は振動幅が狭いため、仮にダイナミック型ドライバーでシングル& フルレンジを目指すには、低い音を出すために面積を大きく、高い音を出すに薄い構造が求められる。
そのように設計されたドライバーを気圧変化の無い環境下で動かそうとすればドライバー自体が撓んでしまい、本来の性能を得られない。そのため市販のダイナミック型インイヤーモニターをよく見ると、必ず空気抜きの穴が設けられ、気圧による動作規制をさせないようになっている。しかし結果的に、この穴が音漏れや外部雑音侵入の原因となってしまうのだ。
その点BA は、振動板に薄いステンレスを採用し、アーマチュアに直接ピンで接続されており、外からの気圧に対する剛性が高く、駆動力が高いのが特徴で、まさに密閉空間で動作させるためのスピーカーユニットと言えるだろう。BA 型は小型で高出力、筐体への外部雑音侵入も防げるため、イヤーモニターのスタンダードとなっていたのだ。
その当時須山補聴器は須山歯研の補聴器部門として補聴器のカスタムシェルなどを製作。BA の優位性は補聴器の開発においても同じだった。補聴器はモニターと違い、マイクとスピーカーの距離が近いためフィードバックが発生しやすい。そのため耳の完全密閉が可能かつ気圧変化が低い状況でも整合性のあるBA のようなドライバーユニットは補聴器にとっても理想的であり、必然的な出会いだった。
BA 型モデル発売当初こそ耳掛け型の補聴器も使われていたが、補聴器自体のネガティブイメージからもコンパクトな形状が望まれ、現在のインイヤー形状へと徐々に変化していくことになる。92 年頃にSONY からバイノーラル補聴器TE-ST56B という人気のダイナミック型スピーカー搭載補聴器が登場していたた事もあり、iPod が発売された時には須山氏は既に補聴器のパーツ等と組み合わせて一番最初のインイヤーモニターを試作していたという。
●耳へのいたわりこそ、須山氏のこだわり
皆さんは損失した聴覚細胞は決して元に戻らない、という事をご存知だろうか。受容感度の低下は補正は出来ても、年齢とともに高域から徐々に低下をしていく。また工事現場などに長時間働いている方は低域障害が出るなど、外的要因によっても細胞機能低下もしくは欠損が生じる。( 頁下写真参照)
外的要因によって損傷してしまった外有毛細胞の写真
この症状は人間の耳のダイナミックレンジを実現している耳自体の周波数帯別感度調整機能に起因する。まさにコンプ& エクスパンションとも言えるこの機能が壊れてしまうと、例えば小さい音が聞こえなくても、大きい音は煩く感じてしまうなど、単純な帯域別の音量調整だけでは対応出来ないのだ。
これらの前提条件がないまま『音楽、そして大音量に触れる前に、聴覚細胞は戻らない事を知り、まず耳を守ってほしい』と須山氏は語る。
大きい音を瞬間的に聞く分には致命的な影響はないが、長時間の大音量リスニングには多いに影響が伴う。須山歯科技工に40年務めている職員も、器具が定期的に発する音の周波数帯域だけが落ちてしまっているのだ。
そういった点からも須山氏は『補聴器とはマルチバンドの音量調整機ではなく、人間の内耳という感覚機能をシミュレーションする機能』と言う。ステレオ感や前後感などの情報をキャッチしたり、視覚情報との融合など、様々な情報を付加しながら今聞きたい音との切り分けが最新の補聴器では既に行われている。近年では逆相を当ててノイズをキャンセルしたり、マルチマイクでの集音を行っている点などからも、音響機器との親和性が高い分野と言えるだろう。
もしこの技術で音楽用途のインイヤーモニターを作れば、マイクが必要無い分筐体スペースに余裕が出来、もちろんハウリングの心配も無い。当時ポータブルオーディオがブームとなっていたこともあり、補聴器技術を活かした『耳を守り、環境に優しいイヤモニター』の開発が出来ないかと須山氏は考え始めた。
インイヤーモニターであれば、補聴器とは比べられない広帯域のカバーが必要となるが、耳を密閉する事でSN を稼ぎ、モニター音量を稼ぐ事で聴覚への影響を避ける事が出来る。
須山氏は耳型を取って遮蔽するオーダーメイドインイヤーモニターの世界に飛び込むことで、そのクリアな音質以上に耳を守る事へのメリットを感じられたと言う。
オーダーメイドならば音を確実に耳元へ届けられる。スケールの大きい再生音を実現しながらSN を稼ぎ、耳への負担を極力軽くすることが出来るのだ。その探求の果てにFitEar は産声を上げることになる。
●圧倒的な高域再現力に巧みの技が光る!
BA パーツ、コンデンサー、チップ抵抗など( 上写真) を個別に組み合わせてインイヤーモニターを成形していく。自身の耳型にこれらを搭載させながらパーツ形状の工夫による低域の変化やUnit 数自体の変更など、試行錯誤を繰り返す中で須山氏はサウンドを追求していった。インイヤーモニターは構造上、位相に関してはツイーターの口径より狭いため時間差の影響は無視出来るが、高域ユニットの引き回しによる減衰が生じてしまうのが問題だった。
高域周波数帯の拡張と耐久性確保のため高域のユニットを2 基搭載したモデルも試作したが、筐体先端に2 基を置けず結局引き回しによる減衰が出てしまったり、位相干渉が出やすいなどの問題が出てしまう。
現在のラインナップでは、高域ユニットを基本一台とし、コンデンサー調整でクロスオーバーを高域に移動して担当帯域を狭くすると同時にケース内で最も再生条件の良い位置を確保することでこれら問題を改善。ビクター所属のマスタリングエンジニア原田光晴氏の協力のもとサウンド面を調整し、FitEar MH334 / 335DW が世に誕生する。
●リファレンススタジオ環境を持ち運ぶ感覚
カスタムインイヤーならではのもう一つのメリットは遮音性だ。最初はこれまでヘッドフォンをしている時、外部の音がここまで聞こえていたのか、と違いに驚く。音像の精度以上に遮音の心地よさ、従来のカナル以上に鼓膜の近くで鳴る事により、定位間も奥に入り長時間のリスニングにも耐えうる。ミックスにおける可能性も感じられるはずだ。もっと言えば、ルームアコースティックの影響を全く受けないという点では真の『ポータブルスタジオ』と言えるのかもしれない。
ノートPC や小型I/O の発展とともに『環境』を持ち歩く、という従来不可能な発想がFitEar により可能となったのだ。
完全遮蔽のアドバンテージはリスニングだけでなく、制作においても大きなメリットとなる。例えば一つの大きなスタジオで収録をする際にも、外部の音を遮るために爆音ヘッドフォンで作業するなどという苦労も無く、目の前の音だけに集中出来る。外の音と切り分けられる事は代え難いメリットと言えるだろう。
こうした音響特性を通常のイヤーチップを用いて使用するユニバーサルモデルに応用し、より身近なものにしたのがTO GO! 334である。高域再生に最も理想的な条件で高域ユニット専用のポートを設け、これをステム(イヤーチップ取り付け部)の中心を通るよう配置することで2 重構造を設け各ユニットに音の通り道を個別に確保。限られたケースやステム径の中でカスタムMH334 と同様のレシーバー構成と周波数レスポンスを実現している。
このステムを削る加工技術や発想は歯科技工士である父親や補聴器部門の優秀なスタッフらのおかげだと須山氏は語っている。ユニバーサルであってもカスタムに近い遮音性を得るため、年間1 万を超える補聴器用耳栓(イヤーモールド)の製作ノウハウから、耳に無理なく納まりカスタムに迫る遮蔽性が得られる形態を試行錯誤した。まさに須山歯研と須山補聴器の技術があったからこそ成し得た作品というわけだ。
最大30db という次元の違う静寂、ラージモニターのスケールにも及ぶBA 側レシーバー、周囲の騒音に左右されず適正な音量で耳を守ってくれるFitEar はアーティスト/ エンジニア、そしてリスニング用途であっても、音楽に関わる全ての方にお勧めしたい。
耳へのいたわりと音へのこだわり。
あなたもFitEar を手に、どこへでも『環境』を持ち歩こう!!
*記事中に掲載されている情報は2012年11月30日時点のものです。