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ROCK ON PRO
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ラウドネスメーターの選び方
ラウドネスメーターの選び方
1.はじめに
昨年のInterBEE2010の音響シンポジウムは、ズバリ「ラウドネス」に関するセミナーでしたが、その際の来場者数は400人を超えたと聞きました。昨今のラウドネスメーター運用に関する意識が高い事が垣間見える状況でした。
今、ポストプロダクションでは来年より運用されるデジタル放送時代にマッチした新しい納品形態に対してサウンドエンジニアの興味が最も高いのは、まさに「ラウドネスメーター運用」でしょう。ポスプロ以外のシチュエーションでもラウドネスメーターの運用は「音量を揃える」意味ではとても有効です。ラウドネスメーターの導入は、世代や性別、環境によっても異なる「聞こえ方」を提供する側がある程度揃えられるツールとして期待できます。
それぞれの仕事によってラウドネスメーターを活用するワークフローは異なると思いますが、最終的にこれによって「放送」されるコンテンツの音量は視聴者がそれぞれの環境で設定したボリュームで揃った音量になるわけですが、ではどうやってラウドネスメーターを使用していくのか?また、メーターはどのジャンル・ポジションにどういう物があると良いのか?について、私がデモで試した事を例に挙げて一考察していきたいと思います。
2.なぜ、ラウドネスメーター運用は決まったか?
私が事務局を務めるサラウンドCM研究会では、2011年4月の第31回よりラウドネスメーター運用に関するテーマを数回に渡り開催してきました。他にもJPPAさんやメーターを扱うメーカー各社で結成されたJ-LMAなどの働きかけによるセミナーなど各所で、参加者が満員となる状況だったと聞いています。では何故、ラウドネスメーターを運用しての完パケ納品が決まったのか?
これまで民間放送連盟の搬入基準よると、昨年7月の改訂版[テレビCM素材搬入基準]【暫定版】の音声記録方式には《CM本編の音声レベルは「0VUレベル(-20dBFS)」を厳守してください。》とあります。その下のカッコ書き内に今年発布されたT032の事にも記述があります。これが1年以上前ですから、決して急に決まった話では無い事は皆さんもおわかりでしょう。
皆さんはご家庭でオンエアを見ていて、リモコンを手元に置いていますか?それともどこか遠くの場所に置いていて殆ど触る事が無いでしょうか?恐らく殆どの方が「手元に置いている」とお答えになるでしょう。サウンドトラックを作っている皆さんも自分の事に置き換えて考えてみると、リモコンは必須のツールだと思います。
そしてリモコンで何をしますか?私はCMや番組を作っていながら、凡そ音量ボリュームの上げ下げやチャンネルをランダムに変える落ち着きの無い行動に出る事が殆どです。なぜそんなに落ち着いてテレビを見ないのか?色々な事がありますが、大きな理由は番組プログラムからテレビCMに変わった瞬間や番宣になると、それまで落ち着いていたボリュームでは大きすぎたり小さすぎたりといった事があるからです。そこでITU-Rは、そんな音量差を是正するようにITU-R,1770-2を策定。世界中で音量差を作らないように各国の基準作りが行われ、日本もT032よってラウドネスメーター導入に至りました。
これは放送されている音の聞こえ方を、揃えよう!という動きそのものです。
”受益者は視聴者に!”というモットーの元、仕事をしながら時間を削ってこのモットーに則り有効な手段を講じてきた人達がたくさんいます。そしてこれは“対岸の火事”のような、他人が決めた事ではなくサウンドエンジニアのポリシーとして知っておくべき基準であり、放送作品を納品する会社にとって制作意図を踏襲したサウンドトラックとなるのです。
つまり、仕事の受注につながる必要事項と言う事ですね。ここでラウドネスメーターに求められる大切な要素は、他と比べても「揃っている」音である事を明確に知らせてくれる機能です。これによって、如何なるワークフローにおいてもサウンドトラックを構成する「音」の情報を知る事が出来ます。
3.ラウドネスメーターは何を測る上で注意を払うべきか?
ITU-R。1770-2では、ターゲットラウドネス値(-24LKFS)を目指して作る必要がありますが、エンジニアとしてはこれまでのVUメーターのようにリアルタイムに反応するのがその数値と思いがちです。しかし
そうではありません。
それぞれの立ち位置でラウドネスメーターに求める物は違ってくると思いますが、これまでのVUメーターやPPMと違いラウドネスメーターは操作する事が必要なメーターです。このメーターには、K-Weightingという重み付けがすべてのメーターに入っています(Fig-2)
簡単に言うとメーターを通った際、Mixしたサウンドトラックにこの周波数特性をかける事で高域にエネルギーが集約しているようにします。Fig-1で挙げた聴感特性の逆カーブのようなものです。
では、ラウドネスメーターを使用するワークフローをCMを手掛けるポスプロを例に挙げた時どうなるでしょうか?例えばCM制作では、作品尺が短いからこそMix後に測定するという方法でも作業時間にかかる負担はあまり影響しません。人間の聴覚特性に人声が「大きく聞こえ続けている」と、人は「うるさい」と感じます。この「大きく聞こえ続けている」ようにしない事がターゲットレベルを目指してMixする一つの手法と言えます。
RTAなど素材の周波数特性を確認する事で、Fig-2のカーブによるメーターへの負荷は減らす事が出来ます。CMのこれまでのワークフローを大きく変える必要はなく、これまで同様にVUメーターを超えないレベルを参考に作る事でターゲットレベルを目指す事は可能でしょう。ただし、もう一つの手法として大きいMixを作ってしまった場合にどうしたらよいか?という時、ターゲットレベルになるまでMixを下げるしかありません。これはバランスが変わってしまう事もあり得ますし、サウンドトラックを作る上でのポリシーを再現できませんのでお勧めしません。
あとは「この素材は大きい」という事が一目で分かるインジケーターがあるなど、何かしら警告してくれるとMix時にリアルタイムに対応できるかもしれません。音声ファイルを測るメーターなどであるように、ハードウェアタイプも時間軸を指定できるともっと簡単に測れるのかもしれません。
これとは別にドラマやドキュメンタリーといった長い尺の番組を手掛ける場合、Mixを途中で止める場合があります。この場合、T032には規定化されていませんがEBUで提唱されているラウドネスメーターに実装されているモメンタリーメーターを参考にMixを作るとターゲット値を超える事は少なくなるでしょう。ドラマなど長尺の場合、Mix後に改めて測るという工程は時間をこれまで以上に費やす必要があり敬遠されがちです。
そこで私の先輩が提案していたのは、Mixを続けていてターゲットレベルを超えそうな場合、警告ランプや音で知らせてくれると良いという話でした。こういうケースでは時間をこれまでのワークフロー以上にかけない機能が求められます。
しかし最近、素材としてスタジオにやってくる音楽や効果音は音源そのものがデジタルデータ上目一杯データを使い切った素材としてフルビットの素材があります。それらは放送に則したレベルで扱う必要があり、どうしても下げてMixすることは避けられません。放送の基準レベルと音楽のパッケージレベル基準の乖離が大きな原因ですが、音楽番組として作業する際にも同様な基準レベルの精査が必要です。ポスプロでは音楽素材そのものを加工する作業と言えば、EQ・Compを使う事がポピュラーかもしれませんが、基準レベルにするだけで十分だと思います。
そこで提案ですが、メーカー各位様には素材のMixされた基準レベルを自動的に測れるメーターも作れませんでしょうか?これは無理そうですが・・・、あったら嬉しい機能です。何せ今やスタジオや放送、デジタル映画やWebといったコンテンツが氾濫する時代にスタジオリファレンスレベルを知らないエンジニアも育ってきていますから、今作る物がどの基準に則しているのかを知る事は重要です。
4.サウンドトラックはどう変わる!?
さて、サブタイトルにもありますがグローバルなオンエアレベルによって変わってくる事、すなわちラウドネスメーターを活用して作られるサウンドトラックはどのように作られるようになるのでしょうか?そもそもグローバルなオンエアレベルとは一体どういう事でしょう?
ここから先はビジネスビジョンを持って考えると、良いと思いますが例えばヨーロッパの映像コンテストやアカデミーへの応募なども世界中が同じ聴感レベルで統一された聞こえ方で表現出来るようになります。まさにグローバルスタンダードの音量感という事です。完パケがVTRやMXFなどの納品物である場合を前提に、以前デモ機をお借りしました。ポストプロダクションのエンジニアは、Plug-Inやアウトボードによる外的要素でVUメーターを揃えていくだけでなくフェーダーワークの重要性が問われていく事になりそうです。
参考までに、実験としてProToolsのフェイズスコープにあるDNメーターを無限大時間にし、L/Aeqを全チャンネル測ります。-24LFSに対して-28dBFSで作ると、おおよそー24dBに近付けられる事が分かってきました。(必ずしもその範囲内ではありませんが…)L/Aeqなど等価騒音を測定する機材でターゲットレベルを目指す練習が出来そうですが、正確な値は測定できませんのであくまで実験程度にしてください。それと併用してVUメーターを極力超えないNaや台詞トラックを整音します。そこから先は既存のMixフローと同様ですが、音楽や効果音を綺麗に混ぜ合わせて行くようにMixします。Mix後にお借りしたラウドネスメーターで実測した際、手法的には何ら変わることなく既存のVUメーターを見るだけでターゲット値に0.3LK大きい程度に作れる事が分かりました。これは0.3dB程度下げればターゲットレベルに至るという事です。どう作られるか?というと、良い素材の音はそのまま扱う事が出来、良い素材を録音する事が、必要だと感じました。Mixに至るまで、収録時のマイクアレンジや収録レベルなどこだわりを持ってやった事が反映されます。また、Mix時のモニターレベルをこれまでより6dBc程度上げてMixしてみました。そうする事で以前より豊かなダイナミックレンジを作る事が出来、現在の放送ではそのまま再現される事が分かりました。また、アナログ放送時では物理的に出来なかった可聴周波数帯域を使いきる事も可能です。
ここで分かった事は、EQやDynの使い方が変わる可能性がある事、フェーダーワークが従来以上に必要である事、モニターレベルの統一性を持たせる事など、よりミキサーの意思が反映されるようになる事です。
5.どう選ぶ?ラウドネスメーター
実験やデモなどをしてきて分かる事は、ロングタームラウドネス値はどの機種でも基本的に差が出ないという事です。では、どのようにチョイスする方が良いのかを検討してみましょう。
色々なサウンドの成分や倍音要素、周波数特性にピーク成分の量、エネルギーの量やヒストグラムなどの情報がたくさん見られる物があります。先ほどまでのMixを前提としたワークフローでメーターを選ぶ際、自分たちのスタジオでどういったものが欲しいのかを良く検討し選ぶ方が良いでしょう。デモ依頼などして試してみる事も良いですね。
メーターによってはマルチエフェクターでありながらラウドネスメーターも見られる物、アップミックス機能も付加されている物、ダイヤログに特化した測定が出来る物などもありますから、実際にMixする現場では多機能なモデルが良いのかシンプルにターゲットレベルが見られるものだけでも良いのかを検討してください。また会社によってはVTRに記録されている音を測定したい場合もあるでしょう。その際は、シンプルなものと同時に測定データをハードコピーできる物などは便利ですね。
また使用方法として、放送以外のたくさんのコンテンツを並べて記録しなければいけない際などにターゲットレベルをその作品に応じて設定し、たくさんのコンテンツのラウドネス値を揃えることにも使用できます。
その他、ラウドネスコントロール(簡単に言うと、ラウドネスメーターターゲット値を超える、または大きく下回る場合にその機能が設定したターゲット値に合わせこんでくれる)機能があるものもあります。ミキサーにとってはMixした意図から外れてしまう可能性もあり、クライアントやプロデューサーにとってはスタジオで聴いたMixとバランスが違って聞こえてしまう事もあります。
しかし有効になるところも当然あります。例えば投稿主体のWebコンテンツのレベルを揃えてくれる事や、博物館や展示館で使うなど、作り手のポリシーが関わらないコンテンツソースには有効であると考えられます。他にも映像モニター系のメーカーさん達もラウドネスメーターを実装したマルチ波形モニターを出していますので、ぜひデモをお願いしてみてください。ご自分のスタジオに合ったメーターを探す事が出来るはずです。問い合わせはJ-LMAまで。
6.まとめ
これまでの大きく聞こえるプログラムは、VUメーター上で電圧値として抑え込んで「0VU」で納品され、そのままオンエアされた場合には聴感レベルが大きくなる手法をエンジニアが追求してきた結果です。現段階のラウドネスメーターが完璧に人の持つ聴感特性と合致しているかと言えばそうではありませんが、近い特性を持っているという意味で「音量差」を無くすツールになっています。
しかし、あくまで数値を目標にサウンドトラックを作って行く場合、さまざまな手法を用いてターゲットレベルは合っていても聴感的に大きく聴かせる手法が生まれる可能性も否定できません。CMや番宣になると大きく聞こえるなど、音量差を感じるプログラムばかり見せられている視聴者にとってTVCMそのものを見ることを敬遠されてしまうのは当然です。そういった隠し技や抜け道探しをすることで、また現在のようになってしまう事は悲しい事です。
これまで述べてきたように、新しい番組交換における音声の規定はデジタル時代の「テレビを見る人に優しい」音声トラックづくりが可能になり、リモコン操作に囚われてきた視聴者を「放送」において解放する事にもなります。それはつまり、サウンドエンジニアの社会貢献でもあると言えるでしょう。未曾有の大地震で未だデジタル放送になっていない被災地の方々にとっては自由にテレビも見られない時期に、音の聞こえ方の大小があっては気持ち良い訳がありません。
そしてラウドネスメーターの導入。
我々の「仕事」が社会の中で視聴者と密接にかかわりを持ち、より良い番組・広告・情報提供をしていけるよう努める事が求められる時代になったのです。
新基準の実施時期までそう長い時間はありませんから、サウンドエンジニアとして新たなチャレンジをしていきませんか?今後のサウンドトラック作りで、よりリッチなサウンドトラックを提供できるように。
喜多 真一
サウンドエンジニア / サウンドデザイナー
ソニーPCL株式会社
デジタルポストプロダクション部所属。
1990年から、サウンドエンジニアとしてのキャリアをスタート。1991年、4月イマジカ東京ビデオセンターに移り、6年間、アシスタント業務からミキサーエンジニアになるまでの間在籍。ドキュメンタリー、ドラマ、CMから、小劇場の芝居物のパッケージまで多岐に渡り手掛ける。1997年秋、ソニーPCLへ移りビデオパッケージ、ドラマ、PV,CMを手掛け現在に至る。昨年の「上海万博日本産業館『宴』」上映作品のMIXを手がけるなど幅広く活躍。サラウンド作品は、K-1ジャパンシリーズ・ミュージカル「天使は瞳を閉じて」など。
*記事中に掲載されている情報は2012年03月21日時点のものです。