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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

株式会社WOWOW様 / 現用の各3Dオーディオフォーマットに準拠した空間

2018年冬に完成したWOWOW様の試写室「オムニクロス」。当初よりDolby AtmosとAuro-3D®そして、DTS:Xの各フォーマットに完全対応した環境が構築されていたが、さらなる追加工事を行い22.2chサラウンド完全準拠のモニター環境を完成させた。当初からの構想にあった現在運用が行われている各3Dオーディオフォーマットに準拠したモニターシステムがついに完全な形として姿を現した。

最新のソリューションを携えた新たな空間

「新 4K8K 衛星放送」における4K放送開局に向け、同社辰巳放送センターのC館の建て替えが行われた。旧C館にあった試写室は、冒頭にも述べたように各種3D オーディオフォーマットへの対応、そして比較試聴が行える空間となり、4K完全対応の最新のソリューションを携えたまったく新しいものへと変革を遂げている。映画向けのフォーマットとして成長しているDolby AtmosとAuro-3D®の両方に対応した設備は、ハリウッドなどの映画制作向けダビングステージで見ることはできるが、ここではさらにDTS:Xそして22.2chの対応をしている設備へとリニューアルされている。

水平角度、仰角それぞれのスピーカ推奨位置に完全に準拠したモニター環境を備えたこの部屋は、世界でも非常に貴重な存在である。写真を見ていただければ分かる通り、天井のスピーカーに関しては移動させることが困難なため、それぞれのスピーカー推奨位置に合わせて固定されている。たとえば、Auro-3D® / 22.2chサラウンド用は、スイートスポットからの仰角30°、Dolby Atmos用は仰角45°に設置といった具合。水平方向に関してもしっかりと角度を測定し、理想的な位置へ設置が行われている。正三角形を理想とするステレオから、ITU-R BS.775-1準拠の5.1chサラウンド、それを拡張したDolby Atmos / Auro-3D®それぞれのスピーカー推奨位置にしっかりと準拠するように考えられたスピーカーの配置だ。最終的に設置されたスピーカは、サブウーファーも合わせるとなんと33本にもなる。水平位置には11本、天井に17本、ボトムにあたる床レベルに3本、サブウーファーは2本という配置となる。

そして、この部屋で制作作業も行えるようにAvid S6を中心とした音声のプロダクションシステムが導入されている。Dolby Atmos Renderer、Auro-3D® Authoring Tools、AURO-MATIC PRO、DTS:X Creater Suite、Flux Spat Revolutionをはじめとする現時点で最新のツールがインストールされているのもその特徴のひとつである。それらを駆使しての研究・制作の場として、また最高の環境での試写・視聴の場としても、様々な用途に対応できるように工夫が凝らされた。プロダクションレベルでの仕上がりの差異を確認できるというのは、作り手として制作ノウハウを獲得する上での重要なポイントだ。仕上がりの確認はもちろんではあるが、制作過程においてのワークフローも併せて学ぶことができる環境でもある。

ベストを見つける最高の比較環境

試写室「オムニクロス」・正面に設置されたスピーカー

それでは、なぜこのような環境を構築する必要があったのだろうか。現在メジャーなフォーマットであるDolby AtmosとAuro-3D®。それぞれに特徴があり、それぞれを相互に変換したらどのように聞こえるのか?コンテンツの種類によってベストな3Dオーディオフォーマットは?単純に比較をするといっても、できるだけイコールな環境で比較をしなければならない。それらを総合的に実現するのが、この試写室ということになる。ハリウッドのダビングステージはあくまでも映画向けの制作環境であり、ホーム・オーディオ向けの環境とはやはり差異がある。サラウンドが、ウォール・サラウンドなのか、ディスクリート・サラウンドなのかという根本的な違いも大きい。ホーム・オーディオ向けの環境として、フルディスクリートのスピーカーシステムで、ここまでの設備を備えた環境は、世界的に見ても貴重な存在である。

また、有料放送事業者にとってベストクオリティのエンターテインメント・メディアを作るということは非常に重要視されている。WOWOWでは「新鮮な驚きと感動を提供し続ける」ことを命題に掲げており、これを技術という側面から見れば「最新のソリューションに挑戦し、その中からベストを見つける」ということが必須になるわけだ。Audioの技術として何がベストなのか?ひとつのものを見るだけではなく、複数の視点からベストなものを探る、そのためには最高の環境で比較ができなければならない。さらには互換性の担保が重要で、Atmosのスピーカ推奨位置で作ったコンテンツが、Auro-3D®のスピーカ推奨位置で聴いたときに印象が大きく異なることは避けなければならない。同一の空間で比較を行える、さらには切り替えながら制作するということは、比較試聴してベストな方法を検討したり、どのフォーマットで聴いても制作意図が伝わる互換性を検討したりとするために重要なポイントである。つまり、この考えを実現するために、この試写室「オムニクロス」は非常に重要な設備となる。


試写室「オムニクロス」 左上方に設置されたスピーカー

その繊細な違いを、しっかりと確認するためにMaster ClockにはAntelope Audio Trinity、DAコンバーターにはAVID MTRX、SpeakerはMusik Electronic Gaithin(LCRはRL901K、それ以外はRL940、BotomとBCはRL906)と、高いクオリティーを持った製品がチョイスされている。192kHz、96kHzといったハイサンプリングレートにも対応し、各種3Dオーディオフォーマットを再生するためにMacProは12-Coreの最高スペックのモデルが導入された。Dolby Atmos Rendererや、Auro-3D® Encorder/Decorder、DTS:X Encorderなどを動作させても余裕をあるスペックとなっている。さらにインスタントに各種3Dオーディオフォーマットの変換を行うためにFlux Spat Revolutionも導入されている。フル・オブジェクトでのミキシングを実現するこのアプリケーション。Dolby Atmos 7.1.4chの出力をインスタントにAuro-3D® 13.1のスピーカー推奨位置で鳴らすということも実現可能である。もちろんその逆や、他の様々なオーディオフォーマットに対しての出力もできる。さらには、オーディオフォーマットの簡易的な変換ということだけではなく、このソフトウェアを使ってのミキシングを行うことで、各オーディオフォーマットでの視聴も行えるように設計されている。

今回のシステム構築にあたり、一番頭を悩ませたのが各オーディオフォーマットに対してのモニターコントローラーセクションの切り替えだ。この部分に関しては、AVID MTRXのモニターコントロール機能を活用してシステム構築を行っている。オープン当初に作成したモニターセクションは、ソース、スピーカーセット、FoldDown3個のボタンの組み合わせでそれらの切り替えを実現していた。今回の更新にあたっては、さらに操作をシンプルにできないか?というリクエストをいただき、Pro Toolsからの出力を整えるという前提に合わせて、いちから再設計を行った。やはり試写室という環境から、技術者が立ち会わずに作品を視聴するというケースもあるとのこと。この複雑なシステムをいかにシンプルにして営業系のスタッフが試写を行えるか?電源のON/OFFやシステムの自動的な切り替えはヒビノアークス様が担当し、AMXを活用してタブレットから用途に合わせたセッティングをGUIを使ったボタンより呼び出せるカスタマイズがなされた。その結果、できるだけ音声の切り替えも手数を減らしたシンプルな操作で間違いのないオペレーションが行えるようになっている。


導入された24FaderのAVID S6

株式会社WOWOW 技術ICT局技術企画部 シニアエキスパート 入交 英雄 氏
4K60Pを稼働させるプロダクトを

AVID ProTools / Media Composer / NEXIS などが納まる映写室のラック

4K対応の試写室ということで、プロジェクターをはじめとする各機器は4K60P対応の製品がセレクトされている。Videoの再生装置としては、AVID Media Composerが導入されPro ToolsのシステムとはVideo Satelliteで接続が行われている。4K60Pの映像出力のため、AVID DNxIQが設置されプロジェクターとはHDMIにより接続が行われている。4K60Pの広帯域なデータ転送速度を必要とするデータストレージにはAVID NEXIS PROが選ばれている。帯域を確保するために、Pro Tools、Media Composerともに10GbEで接続され、400MB/sの速度が担保されている。これにより、非圧縮以外のほとんどの4K60Pのファイルコーデックへの対応を可能としている。

すべてAVIDのシステムを選択することで、安定した運用を目指しているのはもちろんだが、AVID NEXISの持つ帯域保証の機能もこのようなハイエンドの環境を支える助けとなっている。この帯域保証とは、クライアントに対して設定した帯域を保証するという機能。一般的なサーバーであれば、負荷が大きくなった際にはイーサネットのルールに従いベストエフォートでの帯域となるのが普通であるが、AVID NEXISは専用のクライアント・アプリケーションと通信を行わせることでその広帯域を保証するソリューションとなっている。

このMedia ComposerのインストールされたPCはFlux Spat Revolutionを使った作業時には、Flux Spat Revolutionの専用PCとしても動作できるようにシステムアップが行われている。Pro Toolsの接続されたMTRXから出力された2系統のMADI信号をRME MADIFace XTが受け取り、Flux Spat Revolutionが処理をして、再度MADIを経由してMTRXへと信号が戻り、そのモニターコントロールセクションによりコントロールが行われる。スピーカー数も多く、処理負荷も高くなることが予測されるFlux Spat Revolutionは、別PCでの信号処理を前提とした運用が可能なシステムとなる。もうひとつ、こちらのPCへはMAGIX SEQUOIAもインストールされている。ドイツ生まれのクラシック制作・録音ツールとして評価を受けるこちらのソフトウェア、ハイサンプルレート、各種3Dオーディオフォーマットにも対応しておりこちらもこだわりのひとつと言えるだろう。

各3Dオーディオフォーマット対応の核心、モニターセクション設計

それでは、このシステムを設計する上で核心となる、モニターセクションの設計に関して少し解説を行いたい。文字だけではどうしても伝え切れないので、各図版を御覧いただきながら読み進めていただきたいところだ。まずは、Pro Toolsからの出力を整理するところから話を始めよう。これは今回の更新までに入交氏がトライしてきた様々な制作のノウハウの結晶とも言えるものである。各3Dオーディオフォーマットの共通部分を抽出し、統一されたアウトプットフォーマットとして並べる。言葉ではたったの一言であるが、実際に制作を行ってきたからこその、実に理論整然としたチャンネルの並びである。

入力と対になるのが33本のスピーカーへの出力。さきほどのPro ToolsからMTRXへInputされたシグナルは、各オーディオフォーマットに合わせてルーティングが組まれ、MTRX出力から物理スピーカーへと接続される。こちらを行うためには、AVID MTRXにプリセットされているスピーカーセットでは対応することができず、Custom Groupと呼ばれるユーザー任意のスピーカーセットを使ってそのアサインを行った。

こちらの表でRoleとなっている列がCustom Groupである。Custom GroupはAVID MTRXの内部バスとして捉えていただければ理解が早いのではないだろうか。今回のセットアップでは、物理スピーカーアウトプットとCustom Groupのバスを1対1の関係として、固定をすることで設定をシンプルにすることに成功した。アウトプットを固定するのか?インプットを固定するのか?ここはどちらが良いのか両方のセットアップを作成してみたのだが、このあとの話に出るFoldDownの活用を考えると、アウトプットを固定するという方法を取らなければ設計が行えないということが分かり、このような設計となっている。

MTRXのモニターセクションは、インプットソースを選択する際に物理入力とCustom GroupのRoleの組み合わせを設定することができる。これにより、Custom Groupへ流れ込むチャンネルを同時に切り替えるが可能となる。この機能を利用して入力された信号を任意の出力へとルーティングの変更を行っているわけだ。

一般的にはダウンミックスを視聴するために活用されるFoldDownだが、AVID MTRXのこの機能はアップミックスを行うことも可能だ。それをフルに活用し、スイートスポットを広げるためにデフューズ接続を多用したPreviewモードを構築している。特にDolby Atmos時にスクリーン上下のスピーカーを均等に鳴らすことで、スクリーンバックのような効果を出すことに成功している。それ以外にも、Auro-3D®のプレビューモードでは頭上のVOGチャンネルをDolby Atmos配置の上空4本で均等に鳴らすことで、頭上からのサウンドのフォローエリアを広げている。このような自由なシグナルマトリクスを構成できるということは、AVID MTRXのモニターセクションの持つ美点。ほかにプロセッサーを用意せずにここまでのことが行えるのはやはり驚異的と言えるだろう。


このように、スピーカーを増やすことでさらに多様なオーディオフォーマットの確認ができるようにするとともに、操作性に関してはさらにシンプルにするという一見して相反する目的が達成された。追加更新前の状況でも世界的に見て稀有な視聴環境を有していたこの試写室が、さらに機能を向上させて当初の構想を完全な形として完成を見ている。ここでの成果は、WOWOWのコンテンツに間違いなくフィードバックされていくことであろう。さらに、昨今ICTへの取り組みも積極的な同社。様々な形、コンテンツで我々に「新鮮な驚きと感動」を届けてくれることであろう。


(中左)株式会社WOWOW 技術ICT局技術企画部 シニアエキスパート 入交 英雄 氏 / (中右)株式会社WOWOW 技術ICT局制作技術部 エンジニア 栗原 里実 氏
(右端)ROCK ON PRO 岡田 詞朗 / (左端)ROCK ON PRO 前田 洋介


*ProceedMagazine2019-2020号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2020年01月09日時点のものです。