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イマーシブ表現は新たなステージに。Spat Revolution UltimateにWFS(波面合成)アドオンが登場

2017年のリリース以来、プロダクション、ライブサウンド問わず、イマーシブ・オーディオ・プロセッサーとして独自のポジションを確立しているSpat Revolution Ultimateが、WFS(波面合成)による仮想の音源配置に対応しました。WFSは従来のパンニング方式に比べて、特に大きな会場で、より多くのオーディエンスに優れた定位感を提供できると言われています。この記事では、WFSの基本的な考え方をおさらいした上でそのメリットを確認し、またアルゼンチンで行われた大規模フェスティバルでの導入事例も紹介していきます。

FLUX:: / IRCAM Spat Revolution

Spat Revolution Ultimate
¥297,000(税込)

WFS Add-on option for Spat Revolution Ultimate
¥74,800(税込)


音楽制作やポストプロダクションでは各種DAWと連動させてDolby Atomsなどあらゆるフォーマットに対応したイマーシブ作品の制作に、ライブサウンドではデジタル・コンソールからリモート・コントロール、ライブ会場を取り囲むように配置されたPAスピーカーへの出力をリアルタイムで生成するプロセッサーとして、さまざまなアプリケーションに対応する最も多機能で柔軟性の高い、ソフトウェア・ベースのイマーシブ・オーディオ・プロセッサー。

WFS(波面合成)とは?

WFS(Wave Field Synthesis)は、直線上に並べたラウドスピーカーのアレイを用いた音響再生技術で、従来の技術(ステレオ、5.1chサラウンドなど)の限界を取り払う可能性がある技術です。サラウンド・システムは、ステレオの原理に基づいており、一般的に「スイートスポット」と呼ばれる複数のスピーカーに囲まれた中心部の非常に小さなエリアでのみ音響的な錯覚を起こさせ、音がどの方向からやってくるのかを感じさせます。一方、WFSは、リスニングエリアの広い範囲にわたって、与えられたソースの真の物理的特性を再現することを目的としています。この原理は「媒質(=空気)を伝わる音波の伝搬は、波面に沿って配置されたすべての二次的音源を加えることで定式化できる」というもので、Huyghensの原理(1678年)に基づいています。

WFSを実現するためには、あるサウンドのシーンにおいて音源をオブジェクトとして捉え、そのオブジェクトの数量分の位置情報を把握できていることが前提となります。例えば、動画・音声データにおける圧縮方式の標準規格のひとつであるMPEG-4では、WFS再生と互換性のあるオブジェクトベースのサウンドシーン記述が可能になっています。

現実には、図版で見られるように音源が発する波面と同じようにスピーカーを配置することはあまりにも現実的ではありません。そこで、直線上にラウドスピーカーを配置し、各スピーカーから出力される音量とタイミングをコントロールすることで、仮想に配置された音源からの波面を人工的に生成します。

このように音源をスピーカーの向こう側に”配置”することによって、その部屋や会場にいるリスナーは、音源の位置から音が放出されていると認識します。一人のリスナーが部屋の中を歩き回ったとしても、音源は常にそこにいるように感じられるのです。


📷 「媒質(=空気)を伝わる音波の伝搬は、波面に沿って配置されたすべての二次的音源を加えることで定式化できる」という物理的特性をそのままに、波面に沿って二次的音源を配置した際のレイアウトが左図となりますが、このように音源が発する波面と同じようにスピーカーを配置することはあまりにも現実的ではありません。そこで、右図のように直線上に配置したスピーカーから出力される音量とタイミングをコントロールすることで、複数の音源の波面を同時に合成していくのが「WFS(波面合成)」となります。

なぜライブサウンドでWFSが有効なのか?

📷 Alcons Audio LR7による5本のリニアアレイと設置準備の様子

d&b Soundscapeなどラウドスピーカーのメーカーが提供する立体音響プロセッサーにもWFSの方式をベースとしているものが数多くあります。

これまでのサラウンドコンテンツ制作はチャンネルベースで行われ、規定に基づいたスピーカー配置(5.1や7.1など)で、音響的にも調整されたスタジオで素晴らしいサウンドの制作が行われます。しかし、この作品を別の部屋や同じように定義されたラウドスピーカーがない環境で再生すると、チャンネルベースのソリューションは根本的な問題に直面することになります。音色の完全性が失われ、作品全体のリミックスが必要となるわけです。ツアーカンパニーやライブイベントで、チャンネルベースの5.1や7.1のコンテンツを多くのオーディエンスに均等に届けるのは非常に難しいことだと言えるでしょう。

従来のサラウンドとWFSの違いにも記載しましたが、チャンネルベースまたは従来のステレオパンニングから派生したパンニング方式では、複数のスピーカーに囲まれた中心の狭いエリアでのみ、制作者が意図した定位感を感じることができます。例えば、ライブ会場に5.1chの規定通りにラウドスピーカーを配置できたとしても、Ls chのすぐ近くのリスナーにとっては非常に音量感にばらつきのあるサウンドシーンとしてしか認知できません。

WFSを用いた会場の「より多くのオーディエンスに優れた定位感を提供する」というメリット以外に、WFSでは必ずしも会場を円周上に取り囲んでスピーカーを配置する必要が無いという大きなメリットもあります。常に会場の形状、そしてコストの制約を考慮しなければならないライブ会場でのイマーシブ音響のシステムとしては非常に有利な方式と言えます。


📷 イースペック株式会社主催の機材展2022において、国内では初のSpat RevolutionのWFS Optionを使った本格的なデモでの一コマ。サンパール荒川大ホールに常設されている照明用バトンに、小型のラインアレイAlconsAudio LR7を5組均等間隔に吊り、あたかもステージ上に演奏者がいるかのような音場を実現していた。

Spat Revolutionで行うWFS再生

📷 Spat Revolutionでオーケストラの編成をWFSアレイの向こう側に仮想配置。

コンパクトで軽量なラインアレイであれば、照明用のバトンへ直線上に5アレイを吊ることも可能かもしれません。Spat RevolutionでWFS再生を行うためには最小で5本以上の同じ特性を持ったラウドスピーカーを均等間隔で配置する必要があります。スピーカーの数が増え、スピーカーとスピーカーの間隔が小さくなればなるほど、定位感の再現性が高まります。

Spat Revolutionでは配置するスピーカーの周波数特性や放射特性を定義する項目がありません。だからこそポイントソースであってもラインアレイであってもスピーカーに制約が無いという大きなメリットがあるのですが、そのスピーカーの放射角度によって最適な配置も変わってきますし、聴こえ方にも影響します。指向角度を考慮してSpat Revolution内で設定を行い、実際に設置を行った後に微調整が可能な6つのパラメーターが備わっているので、最後のチューニングは音を聴きながら行うのが現実的でしょう。

そのひとつとなるGain Scalingというパラメーターでは、すべてのソースに対して計算されたゲインをスケーリングすることができます。これは例えばフロントフィルなどリスナーに近いWFS直線アレイ配置の場合に有効で、この割合を減らすとラウドスピーカー・ラインの近くに座っている観客のために、1オブジェクトのソースをアレイ全体から、より多くのラウドスピーカーを使って鳴らすことができます。

Spat Revolutionで構成できるWFSアレイは1本だけではありません。会場を取り囲むように4方向に配置すれば、オブジェクトの可動範囲が前後左右の全方位に広がります。またWFSアレイを上下に並行に増やしていくことも可能で、縦方向の定位表現を加えることも可能です。このように映像や演目と音がシンクロナイズするような、かなり大規模なサウンドシステムのデザインにも対応できることがわかります。


📷 会場を取り囲む4つのWFSアレイ。

VendimiaでのSPAT WFS Option

アルゼンチンのメンドーサで開催される収穫祭「Vendimia」は、ブドウ栽培の業界おいて世界で最も重要なイベントのひとつです。2022年はパンデミック後で初の開催とあって、音楽やエンターテインメントにも大きな期待が寄せられていました。

Vendimiaフェスティバルのサウンドシステム設計を担当し、地元アルゼンチンでシステム・インテグレーションとサウンドシステムのレンタル会社Wanzo Produccionesを経営するSebastian Wanzo氏に今回の会場でのシステム設計について伺うことができました。

Wanzo Producciones / Sebastian Wanzo 氏
Wanzo Producciones


「今年のフェスティバルのサウンドデザイナーとして、様々なステージでのオーディオビジュアル効果をサポートし、臨場感を提供するためにイマーシブ・オーディオプロセッシング・システムの導入を提案しました。」とSebastian Wanzo氏は語ります。

この会場でイマーシブ・オーディオ・プロセッシングを実際に行なっていたのが、リリースされたばかりのWFSアドオン・オプションを備えたSPAT Revolution Ultimateです。Vasco HegoburuとWanzo Productionsが提供する4台のAvid Venue S6LコンソールとMerino Productionsが提供するClair Brothersのシステムに介在し、Vendimiaフェスティバル全体のイマーシブ・システムの核となり、プロセシングを行なっていました。

「横幅が80mを超えるステージで、フロントフィルより前にはスピーカーを配置することができないため、Clair Brothersのスピーカーで6.1chのシステムを定義し、設置しました。」

システムのルーティングとコンフィギュレーションはハイブリッド的なセットアップで、1台のS6Lはオーケストラ専用でステレオミックス用、もう1台のS6Lは全てのエフェクトとエフェクトのオートメーション、そして全てのサウンドタワーにイマーシブのフィードを供給していました。3台目のS6Lはオーケストラのモニター卓として、4台目のS6Lは配信用のミックスに使われました。

「2019年にISSP (Immersive Sound System Panning)ソフトウェアを開発したアルゼンチンのIanina CanalisとDB Technologiesのスピーカーでライブサウンドにおけるイマーシブサウンドを体験した時に、我々の業界の未来がこの方向に進んでいることを実感しました。パンデミック以前は、空港やスタジアムのオープニングセレモニーなど、従来のマルチチャンネル・オーディオ・システムで多くの作品を制作していましたが、パンデミックの最中には、ストリーミングによるショーや、観客の少ないライブショーが増えたため、SPAT Revolutionなどのイマーシブ・オーディオ・プロセッサーの経験値を高めていくことになりました。そして次第に、SPAT Revolutionの無限の可能性を確信するようになったのです。」

フェスティバルにおけるシステム設計は、異なるジャンルの音楽が演奏されること、広い面積をカバーするためにスピーカー・クラスタ間の距離が大きく、クラスタより客席側にはスピーカーの設置が不可能なため、Wanzo氏と彼のチームにとってはとても大きな挑戦でした。

「SPAT Revolutionが提供する様々なパンニング方式を試してきましたが、最終的にライブで最も使用したのはWFS(波面合成)でした。我々は、このWFSオプションのベータテスター・チームに早くから参加しており、Vendimiaフェスティバルのようにクラスター間の距離が離れた会場でも、非常にうまく機能することがわかっていました。また、SPAT Revolutionの芸術的な表現の可能性をより深く理解することで、このフェスティバルでは印象的で一貫した結果を得ることができました。」


Vendimiaフェスティバルのシステムでは、4台のS6Lがそれぞれ異なる役割を担当しており、サウンドデザインとイマーシブシステムにおけるWanzo氏の経験により、全てが相互に補完しあい、連動するシステムを作り上げました。

「システム提案の段階では、Spat Revolutionで9.1.4chのシステムを使った一連のデモンストレーションを行い、プロデューサー、ミュージシャン、技術関係者に実際に音を聴いてもらい、意見をもらう機会を設けました。全ての関係者から好意的な反応をもらい、Vendimiaフェスティバルの大規模なシステムの準備に着手しました。SPAT RevolutionをAvid S6Lサーフェスでコントロールできることが、ここでは非常に重要だったのです。」

Wanzo氏のイマーシブオーディオによるサウンドデザインの独創的なアプローチとVendimiaのセットアップについて、ライブサウンドの未来とライブ・プロダクションにおけるイマーシブオーディオの優位性についてもこうコメントしています。

「厳密に技術的な観点から言うと、カバレージとオーバーラップを得る最良の選択は、より多くのスピーカーシステムを使用することです。これにより、スピーカーのサイズを小さくして、システムのヘッドルームを大きくすることができ、従来のステレオでのミキシングのように、ソースを意図する場所に定位させるために、周波数スペクトラムの中で各ソースにイコライザーを多用する必要がなくなります。」

「ライブサウンドにおけるイマーシブの創造的な可能性は無限であり、これまでにないサウンドスケープの再現と創造が現実のものになっています。これは新しい道のりの始まりであり、Vendimiaフェスティバルにおけるイマーシブ・オーディオ・システムはこのイベントの傑出した演出の一つになったと考えています。」

「このプロジェクトを支えてくれたすべての人たち、特にずっとサポートしてくれたFLUX:: Immersiveチームのスタッフには本当に感謝しています。今後も素晴らしいプロジェクトが待っていますし、SPAT Revolutionは進化を遂げながら、間違いなく私たちのメインツールとして使われ続けるでしょう。」


この記事では主に波面合成を実現するSpat Revolution WFS Optionについて紹介してきましたが、ここ日本で最初にSpat Revolutionが導入されたのは、DAW内では編集が非常に困難だった22.2 chサラウンドに対応したコンテンツの制作がきっかけでした。入出力ともアンビソニックス、バイノーラル、5.1、7.1、Dolby Atomosなど、事実上あらゆるサラウンド・フォーマットに対応できるSpat Revolutionは、制作/ライブの垣根を越えて今後の活用が期待されます。


 

*ProceedMagazine2022-2023号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2023年01月18日時点のものです。