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山之下 朝陽
[ROCK ON PRO Product Specialist Team / Assistant]Immersive Audioを用いた芸術音響作品を創作し国内外で発表を行なってきた経験から、音楽表現を支える最先端の技術を広めるべくROCK ON PROへ。メガネは伊達。
日本最大の男祭り、その熱量をコンテンツに込める〜UVERworld KING’S PARADE 男祭り REBORN at Nissan Stadium〜
昨夏、日産スタジアムにて開催された音楽ライブ「UVERworld KING’S PARADE 男祭り REBORN at Nissan Stadium」。この72,000人の観客とともに作り上げた公演を記録した映像作品が全国劇場公開された。男性のみが参加できるという日本最大の「男祭り」、劇場版の音響にはDolby Atmosが採用され、約7万人もの男性観客のみが集ったその熱狂を再現したという本作。音響制作を手がけられたWOWOW 戸田 佳宏氏、VICTOR STUDIO 八反田 亮太氏にお話を伺った。
Rock oN(以下、R):本日はお時間いただきありがとうございます。まず最初に、本作制作の概要についてお聞きしてもよろしいですか?
戸田:今回のDolby Atmos版の制作は、UVERworldさんの男祭りというこれだけの観客が入ってしかも男性だけというこのライブの熱量を表現できないか、追体験を作り出せないかというところからスタートしました。大まかな分担としては、八反田さんがステレオミックスを制作し、それを基に僕がDolby Atmosミックスを制作したという流れです。
R:ステレオとAtmosの制作については、お二人の間でコミュニケーションを取って進められたのでしょうか?
八反田:Dolby Atmosにする段階では、基本的に戸田さんにお任せしていました。戸田さんとはライブ作品をAtmosで制作するのは2度目で、前回の東京ドーム(『UVERworld KING’S PARADE 男祭り FINAL at Tokyo Dome 2019.12.20』)でも一緒に制作をしているので、その経験もあってすり合わせが大きく必要になることはありませんでした。
戸田:このライブ自体のコンセプトでもあるのですが、オーディエンス、演奏の”熱量”というところをステレオ、Atmosともに重要視していました。僕がもともとテレビ番組からミックスを始めているのもあるのかもしれないですが、会場を再現するという作り方に慣れていたので、まず会場をAtmosで再現するところから始めました。そうやって制作するとオーディエンス、会場感が大きいものになっていくので、それを八反田さんに確認していただいて、音楽としてのミックスのクオリティを高めていくという流れですね。逆にCDミックスのような質感に寄りすぎてもライブの熱量が足りなくなっていくので、その境界線を見極めながらの作業になりました。
八反田:作業している時は「もっと熱量を!」というワードが飛び交っていましたね(笑)。
戸田:Atmosミックスではアリーナ前方の位置でライブを見ている感覚をイメージしていました。ライブ会場ではこうだよな、という聴こえ方を再現するという方向ですね。映像作品なのでボーカルに寄る画もあるので、そういった場面でも成立するようなバランスを意識しました。
八反田:ステレオでこれだとドラムが大きすぎるよな、というのもAtmosでは可能なバランスだったりするので、音楽としてのバランスも込みでライブをどう聴かせたいかという理想を突き詰めた部分もあります。
📷1~16がステレオミックス用、17~42がDolby Atmos用に立てられたマイク。色によって高さの階層が分けて記されており、赤がアリーナレベル、青が2Fスタンド、緑がトップ用のマイクとなっている。31~34はバックスクリーン下のスペースに立てられた。
R:収録についてはどういった座組で行われたのでしょうか?
戸田:基本はパッケージ収録用のステレオ前提でライブレコーディングチームがプランニングをされていたので、3Dオーディオ版として足りないところをWOWOWチームで追加しました。事前にステレオのチームとマイク図面の打ち合わせを行い、マイク設置位置を調整しました。録音は音声中継車で録ることができる回線数を20chほど超えてしまったので追加でレコーダーを持ち込みました。ドラムセットが3つあったのもあって、全体で150chくらい使用していますね。そのうちオーディエンスマイクだけでステレオ用で16本、Atmos用でさらに26本立てました。
R:日産スタジアムってかなり広いですよね。回線は信号変換などを行って伝送されたのですか?
戸田:アリーナレベルは、音声中継車までアナログケーブルで引きました。スタンドレベルも端子盤を使って中継車までアナログですね。足りない部分だけOTARI Lightwinderを使ってオプティカルケーブルで引くこともしました。スタジアムはとにかく距離が長いのと、基本的にはサッカーの撮影用に設計された端子盤なので、スタンド席のマイクなどは養生などをして観客の中を通さないといけないのが結構大変でした。
R:ステージのフロントに立っているマイクは観客の方を向いているんですか?
戸田:そうですね。それはステージの端から観客に向けて立てられたマイクです。レスポンスの収録用です。曲中は邪魔にならないように工夫しながらミックスしました。包まれ感には前からのオーディエンスも重要なので。
R:Atmos用に設置したマイクについては、どういった計画で設置されたのでしょうか?
戸田:Atmos用のマイクはステレオ用から足りないところ、スピーカー位置で考えるとサラウンドのサイド、リア、トップなどを埋めていくという考え方で置いていきました。
八反田:キャットウォークに置いたマイクが被りも少なく歓声がよく録れていて、お客さんに包まれる感じ、特に男の一体感を出すのに使えました。イマーシブ用マイクで収録した音源は、ステレオミックスでも使用しています。
R:これだけ広い会場のアンビエンスだと、タイムアライメントが大変ではなかったですか?
戸田:そこはだいぶ調整しましたね。一番最初の作業がPAミックスと時間軸を調整したアンビエンスをミックスし、会場の雰囲気を作っていくことでした。スタジアムは一番距離があるところで100m以上離れているので、単純計算で0.3〜0.5秒音が遅れてマイクに到達します。
R:合わせる時はオーディオファイルをずらしていったのですか?
戸田:オーディエンスマイクの音を前へ(時間軸として)と調整していきました。ぴったり合うと気持ちいいというわけでもないし、単純にマイク距離に合わせればいいというわけでもないので、波形も見つつ、スピーカーとの距離を考えて経験で調整していきました。正解があったら知りたい作業でしたね。
R:空気感、スタジアム感との兼ね合いということですね。MCのシーンではスタジアムの残響感というか、声が広がっていくのを細かく聴き取ることができました。リバーブは後から足されたりしたのですか?
戸田:MCの場面ではリバーブを付け足す処理などは行なっていません。オーディエンスマイクで拾った音のタイムアライメントを調整して、ほぼそのまま会場の響きを使っています。ステージマイクに対してのリバーブは、一部AltiverbのQuadチャンネルを使っています。
R:ライブではMCからスムーズに歌唱に入るシーンも多かったと思いますが、そこの切り替えはどうされたんですか?
戸田:そこが今回の作品の難しいところでした。見る人にもMCからすっと音楽に入ってもらいたいけど、かといって急に空間が狭くなってしまうと没入感が損なわれてしまうので、会場の広さを感じながらも音楽にフォーカスしてもらえるように、MCと楽曲中のボーカルのリバーブではミックスで差をつけるなどで工夫しています。
R:なるほど。アンビエンスの音処理などはされました?
戸田:曲によってアンビ感が強すぎるものはボーカルと被る帯域を抜いたりはしています。前回の東京ドームでは意図しない音を消すこともしたのですが、今回は距離感を持ってマイクを置けたので近い音を消すことは前回ほどなかったです。
R:オブジェクトの移動は使いました?
戸田:ほぼ動かしていないですね。画や人の動きに合わせて移動もしていないです。バンドとしての音楽作品という前提があるので、そこは崩さないように気を付けています。シーケンスの音は少し動かした所があります。画がない音なので、そういうのは散らばらせても意外と違和感がないかなと感じています。
R:イマーシブになるとチャンネル数が増えて作業量が増えるイメージを持たれている方も多いと思うのですが、逆にイマーシブになることで楽になる部分などはあったりしますか?
戸田:空間の解像度が上がって聴いてもらいたい音が出しやすくなりますね。2chにまとめる必要が無いので。
八反田:確かにそういう意味ではステレオと方向性の違うものとしてAtmosは作っていますね。ステレオとは違うアプローチでの音の分離のさせ方ができますし、Atmosを使えば面や広い空間で鳴らす表現もできます。東京ドームの時もそういうトライはしましたが、今回はより挑戦しました。ドームは閉じた空間で残響も多いので、今回は広く開けたスタジアムとしての音作りを心がけています。
R:被りが減る分、EQワークは楽になりますよね。
戸田:空間を拡げていくと音が抜けてきますね。逆に拡がりよりも固まりが求められる場合は、コンプをかけたりもします。
R:イマーシブミックスのコンプって難しくないですか?ハードコンプになると空間や位相が歪む感じが出ますよね。
戸田:すぐにピークを突いてしまうDolby Atmosでどう音圧を稼ぐかはポイントですよね。今回はサイドチェイン用のAUXバスを使って、モノラル成分をトリガーにオブジェクト全体で同じ動きのコンプをかける工夫をしています。オーディエンスのオブジェクトを一括で叩くコンプなどですね。ベッドのトラックにはNugen Audio ISL2も使っています。
R:スピーカー本数よりマイク本数の方が多いので、間を埋めるポジションも使いつつになると思いますが、パンニングの際はファンタム定位も積極的に使われましたか?
戸田:位相干渉が出てくるのであまりファンタム定位は使わずにいきました。基本の考え方はチャンネルベースの位置に近いパンニングになっていると思います。ダビングステージで聴いた時に、スピーカー位置の関係でどうしても後ろに音が溜まってしまうので、マイクによってはスピーカー・スナップ(近傍のスピーカーにパンニングポジションを定位させる機能)を入れて音が溢れすぎないようにスッキリさせました。
R:丁度ダビングの話が出ましたが、ダビングステージでは正面がスクリーンバックのスピーカーになっていたりとDolby Atmos Homeの環境で仕込んできたものと鳴り方が変わると思うのですが、そこは意識されましたか?
戸田:スクリーンバックというよりは、サラウンドスピーカーの角度とXカーブの影響で変わるなという印象です。東京ドームの時はXカーブをすごく意識して、全体にEQをかけたんですけど、今回違う挑戦として、オーディエンスでなるべくオブジェクトを使う手法にしてみました。とにかく高さ方向のあるものやワイドスピーカーを使いたいものはオブジェクトにしていったら、ダビングステージでもイメージに近い鳴り方をしてくれました。もちろん部屋の広さとスピーカーの位置が違うので、仕込みの時から定位を変えてバランスをとりました。
R:ダビングはスピーカー位置が全部高いですからね。
戸田:全体の定位が上がっていってしまうので、そうするとまとまりも出てこないんですよね。なのでトップに配置していた音をどんどん下げていきました。トップの位置もシネマでは完全に天井ですから、そこから鳴るとまた違和感になってしまう。スタジアムは天井が空いているので、本来観客がいない高い位置からオーディエンスが聴こえてしまうのは不自然になってしまうと考えました。
R:これだけオーディエンスがあると、オブジェクトの数が足りなくなりませんでした?
戸田:そうですね、当時の社内のシステムではオブジェクトが最大54しか使えなかったので工夫しました。サラウンドはベッドでも7chあるので、スピーカー位置の音はベッドでいいかなと。どうしても真後ろに置きたい音などにオブジェクトを使いました。楽器系もオブジェクトにするものはステムにまとめています。
R:シネマ環境のオブジェクトでは、サラウンドがアレイで鳴るかピンポイントで鳴るかという違いが特に大きいですよね。
戸田:はい。なのでオーディエンスがピンポイントで鳴るようにオブジェクトで仕込みました。ベッドを使用しアレイから音を出力すると環境によりますが、8本くらいのスピーカーが鳴ります。オーディエンスの鳴り方をオブジェクトで制御できたことで空間を作るための微調整がやりやすかったです。ただ、観客のレスポンスはベッドを使用してアレイから流すことで、他の音を含めた全体の繋がりが良くなるという発見がありました。
R:最後に、音楽ライブコンテンツとしてDolby Atmosを制作してみてどう感じていますか?
八反田:誤解を恐れずに言えば、2chがライブを“記録“として残すことに対してDolby Atmosは“体験“として残せることにとても可能性を感じています。今回は会場の再現に重きを置きましたが、逆にライブのオーディエンスとしては味わえない体験を表現することも面白そうです。
戸田:Dolby Atmosでは、音楽的に表現できる空間が広くなることで、一度に配置できる音数が増えます。こういう表現手法があることでアーティストの方のインスピレーションに繋がり、新たな制作手法が生まれると嬉しく思います。またライブ作品では、取り扱いの難しいオーディエンスも含めて、会場感を損なわずに音楽を伝えられるというのがDolby Atmos含めイマーシブオーディオの良さなのかなと考えています。
一度きりのライブのあの空間、そして体験を再び作り出すという、ライブコンテンツフォーマットとしてのDolby Atmosのパワーを本作からは強く感じた。72,000人の男性のみという特殊なライブ会場。その熱量をコンテンツに込めるという取り組みは、様々な工夫により作品にしっかりと結実していた。やはり会場の空気感=熱量を捉えるためには、多数のアンビエントマイクによる空間のキャプチャーが重要であり、これは事前のマイクプランから始まることだということを改めて考えさせられた。イマーシブオーディオの制作数も徐々に増えている昨今、制作現場ではプロジェクト毎に実験と挑戦が積み上げられている。過渡期にあるイマーシブコンテンツ制作の潮流の中、自らの表現手法、明日の定石も同じように蓄積されているようだ。
UVERworld KING’S PARADE 男祭り REBORN at Nissan Stadium
出演:UVERworld
製作:Sony Music Labels Inc.
配給:WOWOW
©Sony Music Labels Inc.
*ProceedMagazine2024号より転載
*記事中に掲載されている情報は2024年08月23日時点のものです。