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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

IBC2026速報①|「MXL」が概念から実装へ 〜ソフトウェア定義制作の共通言語を各社が製品搭載へ〜

    文:前田洋介(ROCK ON PRO)/本稿はWeb上の一次情報(各社公式リリース、EBU・IBC公式)および業界メディアの報道をもとに構成した速報です。現地取材に基づくものではないため、展示内容・仕様については各社の公式発表をあわせてご確認ください。
今年のIBCで一番よく目にした4文字

2026年9月11日から14日までアムステルダムRAIで開催されたIBC2026。閉幕後に各社のリリースと会期中の報道を追いかけていくと、一つのキーワードが放送インフラ系のブースを横断して繰り返し登場していたことに気付く。「MXL」だ。

Media eXchange Layer、略してMXL。昨年までは「EBUが提唱しているDMF(Dynamic Media Facility)構想の一部」という、どちらかといえば概念レベルの話題であった。ところが今年は、Grass Valley、Lawo、Nevion/Sony、Solid State Logic、Calrecといった主要メーカーが揃って「MXL対応」を自社製品の看板として掲げ、複数のマルチベンダーショーケースで実際に動作している模様が伝えられている。さらに9月13日の授賞式では、今年4部門制に刷新されたIBC Innovation AwardsのContent Creation部門をMXLそのものが受賞した。ST2110の「敷設」がひと段落した放送業界において、次の共通言語がMXLであることが、今年のIBCではっきりと示されたのではないだろうか。

本稿では、まず「MXLとは何か」を簡単に整理したうえで、IBC2026でMXL対応を表明したメーカーと、その実製品を紹介していきたい。

MXLとは何か : ST2110との関係

MXLを一言で説明するなら、「ソフトウェア同士がメディアをやり取りするための共通の受け渡し層」である。

ST2110は、映像・音声・メタデータをIPネットワークで運ぶための規格だ。カメラからスイッチャーへ、スイッチャーから送出系へと、機器と機器の間をつなぐ。一方でMXLが対象とするのは、同じサーバー、あるいは同じクラスターの中で動作しているソフトウェア(マイクロサービス)同士のやり取りである。たとえばコモディティサーバー上で、あるコンテナが映像処理を、別のコンテナが音声ミキシングを、また別のコンテナがグラフィックスを担当しているとき、それぞれの間でフレームをどう受け渡すのか。ここをST2110のパケット化・デパケット化で毎回やっていたのでは、CPU負荷もレイテンシーも無駄が大きい。MXLはこの区間を、共有メモリを使った「ゼロコピー」の受け渡しに置き換える。ST2110を置き換えるものではなく、ST2110で運ばれてきたメディアがサーバーの中に入った後の話、と捉えると理解しやすい。

このMXLを含む全体像がEBUのDMF(Dynamic Media Facility)構想である。放送設備を専用ハードウェアの集合体ではなく、コモディティなIT基盤の上で動くソフトウェアの集合体として捉え直し、必要なときに必要な処理をデプロイし、終わったら解放する。クラウドネイティブな考え方を放送設備に持ち込むものだ。MXLはこのDMFのなかで「メディア交換層」を担う、いわばDMFの心臓部にあたる。

開発体制も特徴的で、EBUとNABA(北米放送協会)が主導し、Linux Foundationがオープンソースとしてホストしている。特定メーカーの持ち物ではない、という点が各社の参加を後押ししている模様だ。仕様のv1.0.0は2026年3月4日に「Ready for Production」として公開されており、今年のIBCは、その正式版が公開されて初めての大型展示会ということになる。

EBU tech.ebu.ch MXL v1.0.0公開のアナウンス画面、またはDMFアーキテクチャ図

展示ブースでの運用状況

MXLが概念で終わらなかったことを示す材料として、会期中に複数のマルチベンダーデモが実施されていた模様だ。報道から確認できた主なものを挙げておく。

Qvest主導のDMFショーケース(10.C24)は、Intel、Matrox Video、Netgear、Ross Video、Riedel、Skyline、TAG、Telos Alliance、Techex、Telestream、Wavelet Beamの11社が参加し、EBU DMFアーキテクチャの動作リファレンス実装として、MXLベースの処理・オーケストレーション・監視・ライフサイクル管理を共有基盤上で実演したとのこと。「業界最大のマルチベンダーDMFショーケース」と謳われている。

EBUブース(10.D21)では、NVIDIAの協力によるDMF-MXLのコンテナ型メディア処理デモに加え、AMWAと合同のJT-DMF「Ask Me Anything」セッションが会期中毎日行われていた模様。SVTの「Neo」(標準IT基盤上のソフトウェア定義制作。Milano Cortina 2026で実証され、今年のEBU Technology & Innovation Awardを受賞)の展示もここで行われていたようだ。

AWSブース(Nevion公式ではHall 14の14.B30と案内。AWSはメインスタンド5.C90とHall 14「AWS for Startups」14.B30の2か所に出展)では、Nevion MOXELAとSony M2L-Xを含むMXLマルチベンダー相互接続のデモが行われていたとのこと。ハイパースケーラー側もMXLを「クラウドと地上設備をつなぐ共通言語」として扱い始めていることが伺える。

さらに9月12日にはSMPTE主催で「Dynamic Media Facility: Why It Matters, and Why Now」(EBU Willem Vermost氏、Room E102・無料)のセッションが、14日にはLawo Academyと共同の有料ワークショップ「DMF in Practice: Design and Operation for Software-Defined Production」(Room G106)が開催された模様。仕様書を読むだけでなく、手を動かして試せる段階に入ったということだろう。

Qvest DMFショーケースのブース風景または構成図

MXL対応を表明したメーカーと、その製品

ここからが本題である。「対応します」という表明ではなく、具体的にどの製品にMXLが実装されたのかを、メーカーごとに見ていきたい。

◎ Grass Valley ── AMPPにMXL v1.1をネイティブ実装、SDI/ST2110との橋渡しに新ゲートウェイ

Grass Valley ACE-3901-GRID 製品画像

MXL実装で最も踏み込んだ姿勢を見せていたのがGrass Valleyだ。同社のクラウド/ソフトウェア制作基盤AMPPにMXL v1.1をネイティブ実装し、NMOSによるMXLフローの検出・制御まで実演していた模様。注目したいのは新製品のACE-3901-GRIDで、これは既存のSDI/ST2110インフラとMXLベースのソフトウェアワークフローを橋渡しするゲートウェイという位置付けだ。既存設備を一気に置き換えるのではなく、「入口と出口はSDI/ST2110のまま、処理だけをMXLの世界に持っていく」という段階移行の道具が用意されたことになる。

ブースでは、LDXカメラとAltairルーターを組み合わせ、Calrec、Lawo、Haivision、TVU、Zoomを含むマルチベンダー構成でリバースREMI/リモートOBのデモが行われていたとのこと。Lawo側のリリースでは、HOMEとAMPPの間での制御・メディア交換連携に向けた技術協業も発表されている。

なお、同社は会期中にAMPP技術ベースのオールインワン・ライブ制作システムAVORAも発表しており(TVBEurope Best of Show受賞)、こちらも同じソフトウェア基盤の上に載っている。MXLが「AMPPの中の配管」として、ユーザーが意識しないレイヤーに埋め込まれていく方向性が見て取れる。

◎ Lawo ── Edge OneとHOMEでDMFの「入口」と「制御」を押さえる

Lawo Edge One 製品画像

Lawoは今年、ST2110ネイティブの.edgeファミリー新機種Edge Oneを欧州初公開した。最大25Gbps、Audio/Video/A+Vの構成が選べ、JPEG XSエンコード/デコード、フレームシンク、MADI、DSPがオプションライセンスで追加できるという。MADI、USB-C、GPIO、交換式I/Oモジュールを備え、TVBEurope Best of Showを受賞している。

Lawoの立ち位置を整理すると、DMFの世界において「物理的なメディアの入口」がEdge、「全体の制御プレーン」がHOME、という二本柱でMXL時代の役割を確保しようとしているように見える。前述のGrass Valley AMPPとHOMEの技術協業は、まさにこの制御プレーン同士の連携であり、AMPP側のMXLフローをHOMEから扱えるようにするという話だと理解している。9月11日の公式リリースでは、mc²コンソールのRelease 12.4(HOME API経由でのDirectOut PRODIGY連携など)と12.6プレビュー(ブラウザベースのmxGUI)、Power Core 10.0(ソフトウェア版HOME Power Core)も案内されており、コンソール側もソフトウェア化・HOME統合の方向に進んでいる模様だ。

◎ Nevion/Sony ── MOXELAの最初のアプリケーションがGA、SRT→MXL変換を実装

Sonyグループ傘下のNevionは、IBC開幕直前の9月3日に、ソフトウェアベースの映像/音声処理基盤MOXELAの最初のアプリケーション群を正式提供開始(GA)したと発表している。公式リリースではその用途を「非管理ネットワーク経由のコントリビューション」と「Ground-to-Cloud転送」の2つと説明しており、IBCのブースではこれに加えてSRTファンアウト、モニタリング、そしてSRT→MXL変換がデモされていた模様だ。つまり、外部からSRTで受けたストリームをMXLに変換してソフトウェア処理系に渡す、という機能が製品として姿を現した段階にあるということだ。

Nevionはこの他にも、HEVC+SRT対応で未使用時パワーダウンにより最大80%省電力を謳うVirtuoso、VideoIPathの新External Driver API(9月1日)、eMerge SDNスイッチなどを展示していた模様。EBUブースでのNMOS BCP-008デモ、AWSブースでのMXLマルチベンダー相互接続の双方に参加している。Sony本体のM2L-XもAWSブースのMXL相互接続に含まれており、Sony×AWSではMediaConnect Routerで90系統以上をM2L-Xに流す構成が示されていたという現地報告もある。

◎ Solid State Logic ── Virtual Tempest EngineとMXL統合をプレビュー

オーディオメーカーの中でMXLへの言及が最も明確だったのがSSLだ。System Tのコアであるところの処理エンジンを、専用ハードウェアから切り離してCOTSサーバー上で動かすVirtual Tempest Engine(VTE)を発表し、最大256パス、オンプレ/パブリッククラウド/ハイブリッドのいずれでも展開可能とのこと。そしてこのVTEとMXLの統合をプレビューとして展示していた模様だ。音声処理エンジンがソフトウェアになり、それがMXLで他のソフトウェアとメディアをやり取りする。DMF構想をオーディオ側から素直に実装した形といえる。

イベント向けには、96パスの小型版µVTEに柔軟なライセンス形態を用意しているという。あわせてSystem T V4.3(OSC統合、Permanent Path Linking、SolidPitchボーカル処理)が発表され、Tempest Engineに最大2,048chのST2110-30を直接取り込むSystem T ST 2110 Card(NAB2025で発表済み)も引き続き展示されていた模様だ。なお同社のNet I/O ST 2110 Bridge(ST2110⇄Dante変換)については、Audio編の記事で改めて取り上げたい。

◎ Calrec ── ImPulseVをDMF対応で強化、短期ライセンスも新設

Calrec ImPulseV/Argo

同じくAudiotonixグループのCalrecも、EBUのDMF構想に沿ったIPネイティブエコシステムを前面に出していた模様だ。ブースでは4台のArgo(本社ヘブデンブリッジとも接続)をTrue Control 2.0で連携させるデモが行われていたとのこと。仮想化DSPのImPulseVには96/140処理パスの小型DSPパックが追加され、1年/12週/4週という短期ライセンスが新設された。さらにImPulseV 1.5ではAMPP制御SDKに対応し、Cloud-Init/Terraformによる自動デプロイができるようになったという。「Terraformで音声コンソールのDSPをデプロイする」という言葉が普通に出てくるあたり、DMFの世界観がどこまで来ているかが分かる。

なお、Calrecは会期中に卓上一体型コンソールType RTと1UのモジュラーI/OApex M6も新発表しているが、こちらはAudio編で詳しく紹介する。

◎ Techex ── tx darwinにMXLネイティブI/OとTAMS統合

Techex tx darwin

ソフトウェア定義処理プラットフォームtx darwinを展開するTechexは、IBC直前の9月7日付プレスリリースで、MXLネイティブの入出力・サービスディスカバリーと、BBC発のTAMS(Time-Addressable Media Store)統合を発表している。大手以外でここまで明確にMXLを製品仕様に組み込んだ例は、報道で確認できた限り多くない。Qvest DMFショーケースにも参加しており(FraunhoferのMPEG-Hクラウドネイティブ制作チェーンへの参加はFraunhofer側の資料に記載)、tx darwinはTVBEuropeとTV TechのBest of Showを受賞している。

◎ そのほかの対応・参画

Matrox Videoは次世代フレームワークMatrox ORIGINをMXL対応・ハードウェア非依存のDMFワークフロー基盤として訴求し、会期中にNVIDIA Holoscan for MediaとのKubernetesネイティブ統合を発表、EBUブースでデモを行っていた模様。Norsk(id3as)はSaaS型プレイアウトNorsk PlayoutでTAMS統合とMXLゼロコピーを謳っている。LiveUもEBU MXLへの参画を表明した。Riedelは直接MXLを掲げてはいないものの、COTSサーバークラスタ上の音声処理エンジンSAME(Smart Audio & Mixing Engine)やMediorNet HorizoN向けST2110ネイティブMultiViewer Appなど、処理のソフトウェア化という同じ方向に進んでいる。

併走するもう一つの標準化:NMOS BCP-008

MXLと並んで、EBUブース(10.D21)で目を引いていた模様なのがAMWA/EBU合同のNMOS BCP-008デモである。BCP-008は、IPシステムの「状態監視」を標準化する仕様で、パケットロス、リンク断、PTPの変化、ストリーム検証エラーといった事象を、ベンダーを問わず共通の形式で報告できるようにするもの。デモにはArkona、DirectOut、EVS、Leader、Nevion、Pebble、Providius、Riedel、SRF、Simplexity、Sonyの11社が参加していたとのことで、事前検証はEVSのベルギー拠点で行われたという。

ST2110の運用で現場が一番苦労するのは、実は「今どこがおかしいのか」を把握する部分である。IS-04/05で「つなぐ」ことは標準化されたが、「見守る」部分はこれまで各社独自だった。MXLがソフトウェア間のメディア交換を、BCP-008が監視を、それぞれ共通化していくことで、マルチベンダーのIP設備が「組める」から「運用できる」に変わっていくのではないかと期待している。

AMWA BCP-008 マルチベンダーデモの構成図

まとめ : 2027年以降、「MXL対応ロードマップ」がベンダー選定の項目になる

今年のIBCを振り返ると、MXLは「知っておくべき用語」から「製品仕様の一項目」に変わったといえる。Grass ValleyのACE-3901-GRIDのようなゲートウェイ製品が登場したことで、既存のSDI/ST2110設備を活かしながら処理系だけをソフトウェア化していく、という段階移行のシナリオが現実的になった。そして興味深いのは、SSL、Calrec、Lawoといったオーディオ系コンソールメーカーがMXL実装で先行している点である。音声は映像に比べてデータ量が小さく、ソフトウェア化・仮想化の恩恵を早く受けやすい。「まず音声から」というDMF導入の道筋は、日本の放送局やポストプロダクションにとっても現実的な選択肢になっていくだろう。

今すぐ国内の案件でMXLが必須になるわけではない。ただ、2027年以降の放送設備更新の提案において、「MXL対応のロードマップがあるか」がベンダー選定の項目として並ぶ可能性は高いと見ている。ROCK ON PROとしても、IP設備の提案言語としてDMF/MXLを引き続き追いかけていきたい。

◎ 出典・参考リンク

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*記事中に掲載されている情報は2026年09月16日時点のものです。