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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

360 WalkMix Creator™ Case Study / milet 「Parachute」Produced by Ryosuke “Dr.R” Sakai

昨年6月の国内サービスインより、業界各所で注目を集めるソニー360 Realty Audio。実際にその作品のミキシングを行った経験を持つRyosuke “Dr.R” Sakai氏にその制作に関してのお話をお伺いした。作曲、編曲、レコーディングからミキシング、さらにマスタリングと様々なことへ貪欲に挑戦を行うSakai氏の360 Reatily Audioへの挑戦はどのようなものであったのだろうか?


milet 「eyes」M2 / Parachute
*360 Reality Audoミックスは、Amazon Music UnlimitedやDeezerで配信中


Ryosuke “Dr.R” Sakai 氏
東京を拠点にワールドワイドに活動する音楽プロデューサー。2018 年にアジア人プロデューサーとして初めてアメリカの名門メジャーレーベルINTERSCOPE Records (Billie Eilish, Selena Gomez, Lady Gaga etc.) とマネージメント契約を結んだ。日本ではこれまでに250 曲以上の制作に携り、プロデュースしたアーティストの数は50 以上、累計400 万枚以上のセールスを誇り、これまでに国内外で手掛けた楽曲の総再生回数は1 億5000 万回をゆうに超える。

新世代ラップクイーンCHANMINAをはじめ、令和時代に突如現れた歌姫milet や日本のHipHop キングAK-69、SKY-HI やBE:FIRST など、Dr.R サウンドに信頼を寄せるアーティストは数知れない。アメリカではYouTube の世界から飛び出したPoppy のメインプロデューサーとして活躍。2017 年にリリースされたデビューアルバム“Poppy.Computer” でUS iTunes Charrt7位を獲得し、2018 年リリースのセカンドアルバム” Am I A Girl?” では4位を記録。“Poppy.Computer” はRolling Stone Magazine の選ぶ2017 年ベストポップアルバム20 にも取り上げられ、そのサウンドは世界から大きな評価を獲得した。

2021 年にはDr.Ryo 名義で自身のアーティストプロジェクトをスタート。第一弾シングル“Late Night Flex” の客演には、世界的大ヒットDJ SNAKE “Middle feat.Bipolar Sunshine” で知られるイギリス出身の有名アーティストBipolar Sunshine を、またREMIX にはPharrell Williams に見出されたUS のメジャーラッパーBuddy を客演に迎え、「日本発世界へ」をスローガンに掲げる自身主催のレーベルMNNFRCRDS( モノノフレコーズ) よりリリース。国内のみならず世界に向けた音楽発信を精力的に行っている。


360 Reatily Audioの広大なキャンバスに

今回制作の実例としてmilet「Parachute」の360 Reatily Audioミックスについてお話を伺った。2022冬季オリンピックでNHKの大会テーマソングを歌い、その名前を知る方も多いはず。ソングライターでもあり、独特の歌声と日本語を英語のように歌い上げる感性を持った注目のアーティストである。その彼女の楽曲の360 Reatily Audioミックスを、同曲の作曲家としてもクレジットされているSakai氏はどのようにミキシングを行ったのか。

まずお話を聞き始めて非常に驚いたのが、Sakai氏にとってこの「Parachute」は初めての3Dミキシングであったということだ。これまでサラウンド、立体音響などに興味はあったものの、仕事として向き合う機会はなかったそうで、5.1chサラウンドに関しても昨年映画のタイアップで再ミックスを行ったのが初めての経験だったという。しかしながら、一人のリスナーとして筆者が「Parachute」を聴いた際に感じたのは、「立体音響、サラウンドをよく知っている方のミックス」という印象だ。楽曲の各パート、メロディによってハードセンター、ファントムセンターなどボーカルの位置がコロコロと入れ替わり、まさに楽曲の世界観として適切な位置から再生される。コード楽器たちの空間への自然な広がりを持った定位。しっかりと重心を下げた低音楽器、リズム隊の配置。フィル、ブレイクなどでの立体的な展開。チャレンジングかつ、様々なギミックに彩られつつも安定したミキシングバランス、このような3D空間でのバランスを初めてのチャレンジで実現してしまっている。本記事を見て興味を持たれた方は、ぜひともこの「Parachute」のミックスをアナライズしてみてほしい。

お話を聞くにあたり、様々な立体音響、360 Reatily Audioならではの空間に対してのギミックなどの意図をお聞きしようと考えていたのだが、「せっかく初めての360 Reatily Audioミキシングなので、思いついたことを色々と試してみようと思った」という一言で大幅な方向転換を余儀なくされてしまった。楽曲が生まれるところから携わっているSakai氏、アーティストとしてすでにどのように表現したいか?というところは考えるまでもなく、もともとやりたかったことを360 Reatily Audioの広大なキャンバスに展開しただけ、ということなのだ。360 Reatily Audioの持つ4π空間、その高い自由度で、楽曲が持つ様々な可能性、表現が花開いた結果ということだ。

360 Reatily Audio空間に展開される表現方法

ボーカルを例に挙げると、少し距離をもたせ存在感を和らげるためにファントムセンターを使う。ソリッドにピントの合った存在として聴かせるためにハードセンターを使う。浮遊感、一種の神々しさなどを表現するために少しだけ上空にシフトする。現実感をブレイクするために真横左右2本のスピーカーからのファントム音像で目前に音像を持ってくる。これらの音像定位が、楽曲の世界観を広げている。そして、Sakai氏はボーカルに対してのリバーブタイムが非常に長いのが特徴的。お話を聞くと平均して7秒以上のリバーブタイムで使っているということ。ただ、そのままではさすがに使っておらず、フィルターで帯域を絞り、基音から3次倍音くらいまでの帯域だけを響かせているということだ。

楽器類に関してSakai氏のアレンジでは音数が非常に少ない。いろいろな音色を重ねて一つの音を作ることはあまりせず、理想の位置に音を置いて磨き上げている。必要最低限の音数にすることにより、明瞭度も迫力も増す。このような考えで作曲、アレンジを行っているということだ。むしろ、360 Reatily Audioにおいては空間が埋まらずにスカスカになってしまうのでは?とも心配になってしまうところだが、メインリフを担当するエレピをパンニングさせることでその隙間を感じさせないバランスを獲得している。

そして、作曲家の特権として2ミックスのアレンジから2つほど音を足しているということだ。よくよく聴き比べると分かる音なのだが、360 Reatily Audioでは立体音響ならではの隠し味としてその音色を聴くことができる。360 Reatily Audioは、というよりも立体音響全てにおいてなのだが、とにかく音の分離が良い。キャンバスが広大なので、よくも悪くも「混ざらない」のだ。そこを四方に配置したリバーブとオートパンによりクリアしている。

●Point 1 / Vocal ポジション

メインで使用されているオブジェクトだけに色を残してみたのだが、基本はファントムセンターとなるようL,Rchの位置からの再生となっていることがわかる。左右の赤、黄が、要所要所で効果的に使われている左右からの定位だ。ヘッドホンでの再生時にこの左右真横の定位は耳に一番近くなる。スピーカーでの視聴時もスイートスポットで聴いていれば、左右真横からの同相成分は擬似的に頭内で鳴っているかのような感覚だ。正面に配置したVocalも高さを変えたりと工夫が見て取れる。ブレイク中のVocalはあえて下方向に配置することで重心を下げているのだろうか、左右少し下の青がそれにあたる。リバーブは前後にステレオ・リバーブが配置されていた、高さ方向に無理に広げようとせずリア側のリバーブが少し強い印象。これにより正面はドライな質感を保ちつつ、空間を使って響かせている。

●Point 2 必要最低限の楽器

トラック名が付けられている楽器は驚くほど少なく、ドラム・ベースを除くとPf・Bell・Synthこの3つとなる。しかもSynthはサビで登場するストリングスだ。ベーシックはAutoPan的に左右に流れるBellがこの楽曲の柱、サビに向けての盛り上がりを演出しているPfとなる。残りのIPは一瞬の登場で楽曲に彩りを加えている格好。ドラムの配置は、上下を使い切った配置となる。真下にBD、下30度にBs(水色)、水平面に楽器はなくVocalの専用ゾーンになっている。上30度にはSN(橙)、45度にCR(緑)という配置。紫のBellは左右にAutoPanしている。Pf(黃)は左右情報30度だ。Synth(黄緑)は下から上にAutoPanという作り、左右にAutoPanするBellに対してサビで上下の動きをSynthが行うことで空間的にダイナミックな動きを作っている。

●Point 3 空間カバーリング

リバーブの配置はステレオリバーブを複数組み合わせている。前後、左右、上下に別々のリバーブを用意して空間をまとめ上げている。Inst用とVo用に別々のリバーブを用意しているのがみてとれる。ここでの注目は、ステレオリバーブを使っているがそれほど間隔を開いて使っていないということ。間隔を開いたほうが、空間的には埋まっていくのだが、あえて通常のステレオ幅(開き角60度)以内で使っている箇所が多い。同じ色の玉がステレオセットだ。特に左右は、ステレオリバーブを同じ位置に配置している。リバーブに対してフィルターを効果的に使用して、必要な響きだけを抽出して使うというお話をされていたこととリンクする部分ではないだろうか。

こういった様々な仕掛けは、これまでのサラウンドミキシングの経験則から生み出されたものではなく、アーティストとしての表現から自然に出てきたものというのが、本当に驚かされるところ。もちろん、かなりのステレオミックスも行っているSakai氏だが、360 Reatily Audioのミキシングはそれとは全く異なったものだと言える。ところが、Sakai氏は思い描いていた音をもともと思い描いていた位置に配置しただけだという。エンジニアリングが難しい、苦手だ、と感じている方こそ360 Reatily Audioを始めとする立体音響をいち早く始めたほうが良いのではないだろうか。音色ごとのマスキング効果、縦方向の配置を行うための様々な仕掛け、というようなエンジニアリングのスキルは必要ない。ただ鳴らしたい方向にその音を配置するだけ、Sakai氏のお話を聞いて、より一層立体音響の技術はアーティスト向きのものだと感じるようになった。少しでもDAWを触れる方は是非とも挑戦してもらいたい。

アーティストならではのミックスにドキッとする

改めてSakai氏の「Parachute」に戻そう。ミックスバランスに関しては、先に完成していたStereoミックスを尊重し、基本としたということだ。ステレオの世界の中で表現していた高さ方向の表現はそのままパンニングに置き換え、左右方向に関しては更にワイドにするということが方針としてはあったということ。その中で、さらなる表現ができる箇所は360 Reatily Audioならではのミックスへ拡張していったということだ。

このように文字にすると、至って平凡な作業のように感じられるかもしれないが、milet「Parachute」の360 Reatily Audioミックスはこの中に感性に基づいたさまざまなギミックが仕込まれた、まさにアーティストならではのミックス。エンジニア目線ではここまで大胆にできなかったかもしれない、また空間バランスを入れ替えるようなブレイクも作れなかったかもしれない。アーティストの作った荒削りなミックスのバランスにドキッとする、磨き上げたスタジオの音色ではどうしてもそのデモテープの持つ高みにたどり着かない、サウンドエンジニアリングをかじった方ならば経験があるかもしれない。やはり音楽とはクリエイティブな作品であるという本質は360 Reatily Audioになっても同じなのだとも感じた。Sakai氏は360 Reatily Audioのミックスに対して、操作面での苦労はあったものの作業自体はとても楽しかったとのこと。また機会があればどんどん挑戦していきたいと今後の抱負をいただいた。まだまだ仕事としてはステレオでのオファーが多いとのことだが、次なるSakai氏の360 Reatily Audioミックスのリリースに期待したい。


360 WalkMix Creator™ ¥64,900(税込)
ソニー 360 Reality Audioを制作するためのツールがこの「360 WalkMix Creator™」。AAXはもちろん、VST / AUにも対応しているため、ホストDAWを選ばずに360 Reality Audioのミキシングを行うことができる。

製品購入ページ(RockoN eStore)
製品紹介ページ
クリエーター向け 360 Reality Audio HP


 

*ProceedMagazine2022号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2022年08月02日時点のものです。