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2024/09/06
日本初全館フルIP化!オールIP放送局が与えるインパクト〜テレビ大阪株式会社〜
この春、新局舎へと移転を行うテレビ大阪。旧局舎の隣の新築ビルという最高の条件での移転である。新局舎への移転ということもありマスターからすべての設備を一新、これを機に局内のオールIP化を行っている。副調整室のシステムを中心にオールIP化のメリット・デメリット、実際にシステム設計を行ってみての課題点、今後に向けた取り組みなど取り上げていきたい。
マスター、サブ、スタジオのすべてをIP化
在阪のテレビ局各局が新局舎への移転を完了させる中、大阪で一番古い局舎となっていたテレビ大阪。10年ほど前から移転の話は出ていたということだが、具体的なスタートは2020年ごろから、およそ4年をかけて移転更新が行われている。今回、IPソリューションとして採用されているST-2110の実製品のリリースが見られるようになってきたのが2019年ごろだと考えると、まさにST-2110が次世代のMoIPの盟主となることが見え始めたタイミングだと言える。数年早ければ、オールIP化へ踏み切ることはなかったのではないかとも想像してしまうような、絶好のタイミングで更新計画が始められたということになる。
今回の移転工事ではマスター、サブ、スタジオのすべてがMoIP ST-2110で接続されIP化。さらには、局内のいたるところにST-2110のポケットを設け、どこからでも中継が行えるように工夫が行われている。従来であれば、映像・音声・制御・インカムなど様々な回線を各所に引き回す必要があるため、なかなか多数の場所にポケットを設けることは難しかったが、1本のネットワークケーブルで複数回線、かつ双方向の伝送を行うことができるIPネットワークは、多くの場所への回線引き回しを容易にしている。
オールIPベースでの放送システムへ
📷天満橋側の大阪中心部に新しく誕生したテレビ大阪新社屋。幾何学模様を描くファサードが目を引く。エントランスにももちろん、ST-2110の回線が引かれておりここからの中継も行える。
今回のオールIP化の導入に至る経緯にはストーリーがある。TXN系列6局のうち4局合同でマスターの更新を行うという計画が同時期に立ち上がった。これは、系列局で同様のシステムを一括発注することで導入コストの削減と相互運用性の向上を目指すという大規模なプロジェクト。この計画のひとつのテーマとして「IP化されたマスター」というポイントがあった。いまの時代に更新をするのであれば、将来を見越してIPベースでのシステム更新を行うことは必然であったということだ。ちなみに、合同でIPマスター更新を行ったのは、テレビ北海道、テレビせとうち、テレビ九州、そしてテレビ大阪の4局である。すでに他3局ではIPマスターへの更新が完了しており実際に稼働もなされている。
テレビ大阪は、新局舎への移転タイミングでの導入ということもあり、運用は新局舎へのカットオーバーのタイミングからとなる。そして、テレビ大阪はサブ・スタジオなどを含めた一括更新となるため、オールIPの放送局となった点がサブなどは従来設備で運用し順次IP化への更新を待つ他の3局と異なるところ。実のところ、テレビ大阪では当初サブ・スタジオに関してはSDIベースの映像とアナログベースのオーディオを用いた従来システムでの導入を検討していたということだ。しかしながら、系列局合同でIPマスターを導入するというのは大きな契機。現場としては、いまだ実績の少ないIPベースのシステムに対して抵抗感がなかったわけではないが、このタイミングで従来システムを組んでしまうと「最後のベースバンドシステム」となってしまう恐れもある。マスターも含めたオールIP放送局として日本初の試みにチャレンジするのか?最後のレガシーとなるのか?社内での議論が続けられたことは想像に難くない。
IPベースのメリットを活かした制作体制
📷音声卓は36Fader の Calrec Argo-S。モジュール構成となるこの省スペースに機能が詰め込まれている。
今回の移転更新では、2室の同一システムを備えたサブと、大小2部屋のスタジオが新設された。旧局舎と比べると1部屋ずつコンパクトな体制にすることができている、IPベースとしたことの効能が現れた格好だ。まずは、スタジオをそれぞれのサブから共有したり、システムの変更もプリセットを呼び出すだけで完了したりと各部屋の稼働効率の向上が見込める。また、これまではパッチ盤で実際にケーブルを接続したりといった物理的な切り替え作業も多かったが、想定されるクロスポイントを事前にプリセット化しておけば、これまでとは比べ物にならないくらい素早く変更が確実に行えるようになる。IPベースであれば規模をとりまとめてしまったとしても充分に従来業務への対応可能であるという判断に至ったそうだ。
📷2部屋目となる副調整室。各コントローラーがひと回りずつ小さいものになっているが、システム構成は同一のシステムとなっている。片方のシステムを覚えれば両部屋とも使えるようになるよう工夫が随所に行われている。
IP化における最大の課題は「遅延」である。信号が機器を経由するたびに必ず発生するバッファー、IP伝送を行うにあたり避けては通れない必要悪のような存在だ。収録、ポストプロであれば遅延を吸収する余地もあるが、生放送のようなライブプロダクションにおいては問題となるケースも多い。わかりやすい部分で言えば、返しのモニターが挙げられる。ベースバンドであれば各機器の処理遅延のみで済んでいたものが、IPベースではバッファーによる遅延が加わり、最低でも2〜3フレームの遅延が生じてしまう。返しモニター専用にスタジオ内にベースバンドのサブシステム(PAでいうところのステージコンソールのような発想)もあったが、せっかくオールIPに踏み切るのにそれでは意味がないということになり、スイッチャーの一番遅延量の少ない経路での出力を戻しにするということでまずは運用を開始してみることとなった。お話をお聞きした時点では運用開始前であったため、まさに今後の運用の中で適切なワークフローを見つけていくべきポイントだと言える。
従来システムの柔軟性とIPベースの融合
それでは、サブに導入された音声ミックスのシステムを見ていきたい。放送局のシステムとしては驚くほど機材量が少ないということが一目でわかる。スタジオフロアからの回線は基本的にアナログで立ち上がってきており、ワイヤレスなどのレシーバーからはDanteが採用されている。フロアの回線はラックのCalrec AE5743(アナログIP Gateway)でAoIPへと変換されコンソールへと立ち上がる流れ。
ミキサーのミキシングエンジンは、Clarecの最新モデルであるImPulse1が採用されている。これはまさに導入ギリギリのタイミングでリリースとなったIPベースのミキシングエンジンで、たった1Uというコンパクトな筐体で標準で304chのプロセッシングパスという十分なパワーを持つ。ちなみに、ImPulse1は追加ライセンスの購入で最大672パスまで拡張が可能である。これにIOフレームを組み合わせDante、アナログIP Gateway、ST-2110-30それぞれの入出力を行っている。このミキシングエンジンは二重化され、同一仕様のモデルが2台導入された。フレーム自体が1Uとコンパクトなため、ハードウェア・リダンダンシーを取ったシステムとは思えないほどコンパクトにまとまっている。コンソールは、Clarecのこちらも最新モデルであるARGO Sが導入だ。モジュール構成のコンソールで、柔軟な拡張性と構築の自由度を持つ最新サーフェスである。
📷最上段でEthernetケーブルが接続されているのが、副調整室のシステムコアとなるCalrec ImPulse1。たった1Uの筐体で標準で304chもの信号を処理することができ、2台のコアで冗長化が図られている。その下の緑の3Uの機器がCalrec AE5743、Mic / Line 32in / outのIOボックスだ。やはり、オーディオの出入り口としてアナログ音声がなくなることはしばらくないだろう。コネクタの実装などの必然性もあるがコアと比べると大きな機器となる。
当初はDanteのステージボックスをフロアに置き、インプットの回線をすべてDanteで運用するというアイデアも出ていたということだが、バックアップの意味も含め最低限のアナログを残すということを念頭にシステムを構築、ミキシングコンソールでダイレクトにアナログ信号を受けたほうが使い勝手も良いという結論に至ったということだ。やはり、マイクプリのリモートなどのことを考えると理にかなっていると言える。アナログ、AES/EBUといった従来のシステムと同様の柔軟性とIPベースの融合。どこからIPベースの信号とするかというのはシステム設計者の腕の見せどころとなっていくだろう。その最終形態は入口から出口までのオールIPになるのであろうが、マイクやスピーカーというアナログ変換器が最初と最後に存在するオーディオの世界では、なかなかアナログを完全に排除するということは難しい。
📷音声のラックは2本だが詰めれば1本にまとまりそうな程の構成。これでシステムの2重化も達成しているのは驚きである。
ご覧の通り、非常にコンパクトにまとめられたシステム。実際、コンバーターIOフレームなどが主な機器で番組に合わせたシステムの変更を行おうと思い立ったら、Calrecのプリセットを読み替えるだけで大抵のことには対応できる。別スタジオの回線をインプットとして取るのも、IOシェアをしているので自由にアサイン可能だ。このようにシステムがコンパクトとなることで、その設定変更は今まで以上に簡単に素早く行えるようになる。サブを1部屋減らしてもこれまで通りの運用が可能と判断する理由もここにあるわけだ。
逆にIP化のデメリットとしては、信号が目に見えないということを挙げられていた。1本のEtherケーブルの中ではどこからの信号がどのような順番で流れているのか、誰かが知らないうちにクロスポイントを打ち替えたりしていないだろうか、確かに目に見えないところの設定が多いため、シグナルを追いかけるのが難しくなっている。慣れるという部分も大きいのだが、1本のケーブルにどのような信号が流れているのかを簡単に可視化する方法は早期に実現してもらいたい部分でもある。なお、テレビ大阪では事故防止としてクロスポイントの大部分をロックして変更不可とし、確実な運用を目指すとのことだ。
また、Dante とST-2110-30 を併用している理由としては、利便性を考慮してのこと。ワイヤレスマイクのレシーバーなど対応製品の多さでは、Danteに分がある。これまでも使われてきた機材の活用も含め、オーディオのインプット系統ではDanteを使うよう適材適所でのシステムアップが行われているということだ。実際のところとしてはST-2110-30(Audio)の遅延量は、Dante以下の値に設定することもできる。しかし、映像回線として使われているST-2110(Video)の遅延量が大きく、それに引っ張られてオーディオも大きな遅延量となってしまうということだ。
📷左)紫色の機器がPTP v1 のグランドマスター。この機器を入れることでPTP v1 のDante ネットワークの安定性を高めることに成功している。右)もう一部屋のラックがこちら。AE5743は無いが、モジュラーユニットにアナログIOを準備しさらにシンプルな構成。基本的なシステムアップは、同一であることが見て取れる。
SoundGrid Sever、新たな業界標準機へ
さらに収録用のPro Toolsも用意されている。CalrecにはSoundGridの入出力を行うI/Oが準備されている。外部エフェクターとして導入されたSoundGrid Serverとともに、Pro ToolsもCoreAudio用のSoundGrid Driverで信号を受取り収録が行えるようになっている。もちろん、Pro Toolsからの再生もミキシングコンソールへと立ち上がる。これもIPベースならではの柔軟性に富んだシステムである。Pro ToolsのシステムはMacBookで準備され、2部屋のサブの共有機材となっている。常に2部屋で必要でないものは共有する、IPベースならではの簡便な接続環境が成せる技である。
📷外部エフェクターとして導入されたWAVES SUPERRACK。低遅延でWAVESのプラグインを使うことができるこのシステム。Liveサウンド、Broadcastの現場では重宝されている。
ここで導入されたSoundGrid Severは外部エフェクターとしてWAVESのプラグインが使えるというスグレモノ。外部のマルチエフェクターが絶滅危惧種となっている今日において、まさに救世主的な存在。WAVESだけではなくVSTについても動作する製品の情報が届いているので、こちらも業界標準機となる予感がしているところだ。こだわりのあのリバーブを使いたい、などという要望はやはり多いもの。もちろんリコール機能もしっかり備えられており、安心して使用できるプロの現場ならではの製品となるのではないだろうか。
IPシステムでのリスクヘッジ
サブとしてのメイン回線はすべてST-2110に集約されているが、インカムの回線だけは別となっている。インカムはST-2110にも対応したClearCamの製品が導入され、ST-2110での運用を行っているのだが個別のネットワークとしている。これはトラブル時の切り分けや、従来型のシステムが導入されている中継車などとの相互運用性を考えてのことだという。すべて混ぜることもできるが、敢えて切り分ける。こういった工夫も今後のIPシステムでは考えていくべき課題のひとつ。集約することによるスケールメリット、トラブル時の切り分け、運用の可用性、多様なベクトルから判断を行い決定をしていく必要があると改めて考えさせられた。
今後についてもお話を伺った。オールIPとしたことで、今後は中継先との接続もIPベースへとシフトしていきたいということだ。まずは、今回導入のシステムを安定稼働させることが先決ではあるが、IPの持つメリットを最大限に活かしたIPベースでの中継システムの構築や、リモートプロダクションにもチャレンジしていきたいとのこと。また、1ヶ月単位でのスポーツイベントなど、ダークファイバーをレンタルしてリモートプロダクションを行ったりということも視野に入れているということだ。まずは、局内に張り巡らした中継ポイントからの受けからスタートし、徐々に規模を拡大していきたいとのこと。IP伝送による受けサブ、リモートプロダクションというのは今後の大きなトレンドとなることが予想される。こういった取り組みも本誌で取り上げていきたい。
📷左からお話を伺ったテレビ大阪株式会社 技術局 制作技術部 齊藤 智丈 氏、有限会社テーク・ワン オーディオ 代表取締役 岩井 佳明 氏
まさに次世代のシステムと言えるオールIPによるシステム構築の取り組み。課題点である「遅延」に対してどのように対応し、ワークフローを構築していくのか。実稼働後にもぜひともお話を伺いたいところだ。利便性と柔軟性、このポイントに関してIPは圧倒的に優位であることに異論はないだろう。スケールメリットを享受するためには、できうる限り大規模なシステムとするということもポイントのひとつ。これらを併せ持ったシステムがテレビ大阪にはあったということだ。この新局舎への移転というタイミングでの大規模なST-2110の導入は、今後を占う重要なモデルケースとなることだろう。すでに全国の放送局から見学の問い合わせも来ているということ。こういった注目度の高さからも今回導入のシステムが与える放送業界へのインパクトの強さが感じられた。
*ProceedMagazine2024号より転載
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2023/08/03
Waves Live SuperRack〜あらゆるミキシング・コンソールにアドオン可能なプラグイン・エフェクト・ラック
Dante、MADI、アナログ、AES/EBU…どんな入出力のコンソールにも接続可能で、最大128ch(64chステレオ)のトラックに大量のWavesプラグインをニアゼロ・レイテンシーで走らせることができる、ライブサウンドとブロードキャスト・コンソールのための最先端のプラグイン・エフェクト・ラック。それが「SuperRack SoundGrid」です。
プロセッシングをおこなう専用サーバー本体は2Uのハーフラック・サイズ。1Uまたは2Uハーフラックの専用Windows PCはマルチタッチ・ディスプレイに対応しており、プラグインのパラメータをすばやく直感的に操作することが可能です。
システム内の伝送はWavesが開発したレイヤー2のAoIP規格であるSoundGrid。汎用のネットワークハブを介してLANケーブルのみでシステム全体を接続します。
スタジオ・ミキシングやレコーディングはもちろん、省スペースなシステムでパワフルなデジタルエフェクト処理、冗長性、ニアゼロ・レイテンシーを実現するSuperRack SoundGridは、限られた機材で最高の結果を求められるライブサウンドや中継の現場などにはまさにうってつけのソリューションと言えるでしょう。
◎主な特徴
0.8msのネットワーク・レイテンシー
最大4台のアクティブDSPサーバーをサポートし、プラグインの処理能力をさらに向上
最大4台のリダンダントDSPサーバーをサポートし、冗長性を確保
複数のプラグインを同時に表示・プラグインの表示サイズの変更
マルチタッチ対応のグラフィック・インターフェイス
ワークスペースを最大4台のタッチディスプレイに表示
SoundGrid I/Oをネットワーク上でシェアすることで、大規模なシステムにも対応
Waves mRecallアプリ:保存したスナップショットを、Wi-fi経由でスマートフォン、タブレットから呼び出し可能
個別デモのご用命はROCK ON PRO営業担当、または、contactバナーからお気軽にお申し込みください。
番組や収録のマルチトラック音源をお持ち込みいただければ、Waves SuperRackシステムを使ったミックスを体験頂けます。
◎システム構成例1
図はSuperRack SoundGridを使用したシステムの基本的な構成。例としてMADI I/Oを持ったコンソールを記載しているが、アナログやAES/EBUなどの入出力を持ったコンソールにも対応可能だ。
中列にあるMADI-SoundGridインターフェイスを介して信号をSoundGridに変換、左上の専用PCでプラグインをコントロールし、左下の専用サーバーで実際のプロセスをおこなう。
アナログコンソールやデジタルコンソールと使用したい場合は、中列のSoundGridインターフェイスを、IOCなどのアナログ・AES/EBU入出力を備えたモデルに変更すればよい。
◎システム構成例2
YAMAHA、DiGiCo、Avid Venueなど、オプションカードとしてSoundGridインターフェイスが存在しているコンソールであれば、コンソールから直接ネットワーク・ハブに接続することでシステムをよりシンプルにすることも可能だ。
SuperRackシステムの構成と選択肢
図は前述「システム構成例」からコンソールを省いたSuperRackシステム部分の概念図。ユーザーの選択肢としては、大きく3ヶ所ということになる。
左下のオーディオ入出力部については、SuperRackを接続したいコンソールの仕様によって自ずと決まってくる。SoundGridオプションカードをラインナップしているモデルであれば該当のオプションカード、そうでなければ対応するI/Oを持ったDiGiGridデバイスといった感じだ。
DiGiGrid IOCやCalrec Hydra2のように複数の種類のI/Oを持ったインターフェイスを使用すれば、デジタルコンソールとアナログコンソールで同時にSuperRack SoundGridを使用するといった構成も可能になる。
左上のWindows PCは基本的にプラグインを操作するUI部分のため、求めるマシンパワーに応じて、1UハーフラックのAxis Scopeか2UハーフラックのAxis Protonから選択すればよい。
同時に使用したいWavesプラグインやタッチディスプレイの数、レコーディング用のDAWホストを兼ねるか否かなどが選定の基準になるのではないだろうか。
右上のSoundGrid DSP Serverが、実際にWavesプラグインのプロセッシングをおこなう部分となる。複数の選択肢があるが、ここも同時プロセスの量やリダンダントの有無によって決まってくる部分だろう。
その他、KVMやLANケーブルが別途必要になる。特にケーブルはCat6対応のものが必要である点には留意されたい。
参考価格と比較表
*表はCalrec用の構成例、コンソールに応じてI/Oを選択
**プラグインライセンスは別途購入が必要
渋谷Lush Hubにて個別デモンストレーション受付中!
ROCK ON PROでは、このSuperRackシステムの個別デモンストレーションを渋谷区神南のイベントスペースLUSH HUBで予約制にて受付中です。
LUSH HUBについての詳細はこちら>>
番組や収録のマルチトラック音源をお持ち込みいただければ、Waves SuperRackシステムを使ったミックスを体験頂けます。
デモご予約のご希望は、弊社営業担当、またはcontactバナーからお気軽にお問い合わせください。
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2022/02/18
株式会社CBCテレビ様 / 〜革新が従来の文化、ワークフロー、使い勝手と共存する〜
日本初の民間放送局として長い歴史を持つ株式会社CBCテレビ。1951年にわが国初の民間放送としてラジオ放送を開始し、1956年からはテレビ放送をスタートさせている。そのテレビ放送スタートとともに竣工し、幾多に渡る歴史の息吹を現代につなげているCBC会館(通称:本館)のリニューアルに伴い、館内にあるMAスタジオ改装工事のお手伝いをさせていただいた。
完全ファイルベース+イマーシブ対応
数多くの独自番組制作、全国ネット番組を抱えフル稼働を続けるCBCの制作セクション。3年前には新館に第3MA室を開設、同時に仕込み作業用のオープンMAを8ブース、さらにファイルベースワークフローを見越した共有サーバーの導入と、制作環境において大きな変革を行った。その当時は、本館を建て替えるのか?リニューアルするのか?という議論の決着がついていない時期であり、本館にある第1MA、第2MAに関しては最低限の更新にとどめていた。今回は、リニューアルの決まった本館で、将来に渡り第1MA、第2MAを活用すべく大規模なシステムの入れ替えが実施された。
📷 第1MA室
📷 第2MA室
📷 第3MA室
まずは、非常に大きな更新内容となった第1MAを見ていきたい。もともと、このスタジオにあったメインコンソールはSTUDER VISTA 7であったが、今回の更新ではミキサーをなくし、完全なファイルベースのシステムアップとするとともに、将来を見越したイマーシブ・オーディオの制作環境を導入した。基本のシステムは、前回の第3MA開設時と同等のシステムとし、実作業を行うスタッフの習熟への負荷を最低限としている。そこに、イマーシブ制作のためのシステムを加えていく、というのが基本路線である。
第3MAでの基本システムは、Avid Pro Tools HDXシステムとAvid MTRXの組み合わせ。すでに業界標準といっても良いこれらの製品にコントローラーとしてAvid S3を組み合わせている。モニターコントローラーとしてはTAC system VMC-102が採用されているが、スタンドアローンでのシステム運用を考えた際には、やはりこのVMC-102は外せない。Avid MTRXも、多機能なモニターコントロールを実現しているが、PC上でDADmanアプリケーションが起動していないと動作をしないという制約がある。この制約のために、他の事例ではDADmanを起動するためだけに電源を落とさずに運用するPCを1台加えたりといった工夫を行っているのが現状だ。VMC-102の場合、これが起動さえしていればモニターセクションは生きる。これはPCレスでのモニターコントロールができるという価値ある違いにつながっている。
第1MAも、システムの根幹となるこのAvid Pro Tools HDX、Avid MTRX、TAC system VMC-102という構成は同様だ。違いとしては、多チャンネルに対応したAD/DAとしてDirectOut Technologies PRODIGY.MCの採用、そして、イマーシブ・サウンド作りの心臓部としてDolby RMUが加わったということだ。モニターセクションのVMC-102は、Dolby Atmosのモニターコントロールも問題なくこなすことができる製品である。実際にシステムを組もうとすると直面する多チャンネルスピーカーの一括制御。これに対応できる数少ない製品の一つでもある。
📷 第1MAのデスク上はシンプルに纏められている。センターにAvid S3、PC Displayの裏にはVU計がある。右手側にはVMC-102があり、その奥には収録時のフェーダーとしても活用されるSSL SiXがある。SiXの1-2chにMic Preが接続され、InsertにTUBE-TECH LCA2Bがスタンバイ。ステレオフェーダーにはCDとMacProのLine Outが接続されている。
しっかりとしたイマーシブ・サウンドを制作するためにスピーカーはPSIで統一。サウンドキャラクターのばらつきを最小限に、繋がりの良いサウンドを実現している。CBCでは以前よりPSIのスピーカーを使用しており、他のスタジオとのサウンドキャラクターの統一を図ったという側面もある。作業量が一番多いステレオ作業のためのL,RchにはPSI A25-Mを導入し3-Wayの充実したサウンドでの作業を実現。サラウンドにはA17-MとA14-Mを採用している。改装での天井スピーカー設置となったためにここだけはひとサイズ小さなモデルとなるが、できる限りサイズのあるスピーカーを導入したということになる。
📷 上段)ステレオL,Rchに備えられた3WayのPSI A25-M。下段)サラウンドサイドのスピーカーとなるA14-M。特注の金具で取り付けられ、壁面を少しくぼませることでスピーカーの飛び出しを抑える工夫が見て取れる。天井のスピーカーも特注金具により角度の調整などAtmos環境に合わせた設置が可能となっている。
サウンドキャラクターに大きく影響するAD/DAコンバーター部分は、前述もしたDirectOut Technologies PRODIGY.MCを導入している。安定した評価を得ていた同社ANDIAMOの後継となるモジュール式の多機能なコンバーター。モジュール式で将来の拡張性も担保されたこのシステムは、今後の様々な展望を検討されているCBCにとってベストなチョイスとなるのではないかと感じている。IPベースでの室間回線がすぐそこまで来ている今だからこそ、どのような企画にも柔軟に対応できる製品を選択することは、導入検討におけるポイントとなるのではないだろうか。
📷 ラック上部に組み込まれたDirectOut Technologies PRODIGY.MC
イマーシブ対応のセットアップ
イマーシブ・サウンドに関してのシステムアップは、Avid MTRXとMADIで接続されるDolby RMUという構成。MADIでの接続のメリットは、Dolby Atmosの最大チャンネル数である128chをフルに使い切ることができるという点。Dante接続の構成も作ることはできるがDanteの場合には128ch目にLTCを流す関係から127chまでのチャンネル数となってしまう。フルスペックを求めるのであればMADIとなるということだ。
Windowsで構築されたDolby RMUの出力はVMC-102を通してスピーカーへと接続される。各スピーカーのレベル、ディレイ、EQの補正はAvid MTRXのSPQ moduleで行っている。すでにこれまでの事例紹介でも登場しているこのAvid MTRX SPQ moduleは、非常にパワフルな補正エンジンである。各チャンネルへのレベル、ディレイはもちろん、最大16band-EQも使えるプロセッサーモジュールである。また、Dolby RMUのバイノーラルアウトは、SSL SiXのEXT INへ接続されており、常にヘッドフォンアウトからバイノーラル出力を聴くことができるようになっている。SSL SiXへのセンドは、通常はPro Toolsのステレオアウトが接続されているが、VMC-102の制御によりRMUのバイノーラル出力とボタンひとつで切り替えられるようにしている。バイノーラルで視聴されることが多いと予想されるDolby Atmos。このようにすぐにバイノーラルアウトの確認をできるようにしておくことは効率的で重要なポイントだ。
📷 最下部には各スピーカーのレベル、ディレイ、EQの補正を行うSPQ moduleが組み込まれたAvid MTRXが見える。
放送局が蓄積したリソースをイマーシブへ
そもそも放送局にイマーシブ、Dolby Atmosは必要なのか?という問いかけもあるかもしれないが、すでに放送局ではネット配信など多角的なコンテンツの送出を始めている。YouTubeなど、ネット上の動画コンテンツは増え続け、Netflix、Huluなどのオンデマンドサービスが一般化してきているいま、放送局として電波という従来のメディアだけに固執するのではなく、新しい取り組みにチャレンジを始めるというのは自然な流れと感じる。もともと、放送局にはこれまでに積み重ねてきた多くのコンテンツ制作のノウハウ、人材、機材がすべて揃っている。数万再生でもてはやされるユーチューバーと違い、毎日数千万人のリアルタイム同時視聴者を抱えたメディアで戦ってきた実績がある。このノウハウを活かし、これからのコンテンツ制作のために様々な取り組みを行う必要がある。ネットならではの音響技術としてのイマーシブ。特に昨今大きな注目を集めているバイノーラル技術は、いち早く取り組む必要があるという考えだ。バイノーラルであれば電波にも乗せることができる。そして、ネットでの動画視聴者の多くがヘッドフォンや、イヤフォンで視聴をしていることを考えると、そのままの環境で楽しむことができる新しい技術ということも言える。
コンテンツ制作のノウハウ、技術。これまでに積み上げてきたものを発揮すれば内容的には間違いのないものが作れる。そこへ更なる魅力を与えるためにイマーシブ、バイノーラルといった最新の楽しみを加える。これがすぐにできるのは放送局が持ち得たパワーならではのことではないだろうか。技術、テクノロジーだけではなく、コンテンツの中身も伴ってはじめて魅力的なものになるということに異論はないはずだ。スポーツ中継における会場のサウンドのほか、音楽番組など様々なところでの活用が期待される。さらに言えば、その後の番組販売などの際にも付加価値が高まったコンテンツとして扱われることになるだろう。日々の業務に忙殺される中でも、このようなに新しいことへ目を向ける視野の余裕。それこそが次の時代につながるのではないかと、色々とお話を伺う中で強く感じた。
各スタジオ間にはIP伝送網が整備
他のMA室のシステムもご紹介したい。第2MAは、非常にシンプルなシステムアップだ。Avid Pro Tools HDXのシステムにAvid MTRXをI/Oとし、コントローラーにAvid S1、モニターコントローラーにはSPL MTCが採用されている。スピーカーはサウンドキャラクターを統一するためにPSI A17-Mが選ばれた。なお、第1MAの設備からはなくなっているものがある。VTRデッキを廃止し、完全なファイルベースのワークフローへと変貌を遂げている第1MA、VTRがないためにシステム自体もシンプルとなり、これまで設置されていたDigital Consol YAMAHA DM1000などがなくなり、機器類を収めていたラックも廃止されスッキリとしたレイアウトとなった。これは音響面、作業環境としても有利なことは言うまでもないだろう。
📷 第2MAのデスクは今回の更新に合わせて特注された。足元左右にラックが設けられ、左側はファンノイズが考えられる製品が納められ、蓋ができるように対策がなされている。デスク上にはAvid S1、SPL MTC、Umbrella Company Fader ControlがCDの収録用に用意されている。
3年前に更新された第3MAは、新館に新設の部屋として防音室工事からのシステム導入を行った。システムとしてはAvid Pro Tools HDX、Avid MTRX,Avid S3、TAC system VMC-102というコア・コンポーネントを用い、スピーカーにはNESが導入された。
📷 3年前に新設された第3MAがこちら。デスク上には、Avid S3、Avid Dock、VMC-102が並んでおり、第1MAとの共通部分を感じさせるセットアップとなっている。デスクは第2MAと同様に足元にラックスペースが設けられ、左側は蓋付きと同様の仕様になっている。また、I/OとしてAvid MTRXが導入されている。下段右は第3MAのブース。デスクの右にSTUDER Microが見える。これがリモートマイクプリ兼シグナルルーターとして活躍している。これにより、Open MA1,2からもこのブースを共有することができるようにセットアップされている。ブース内にも小型のラックがあり、そこにSTUDER Microの本体が収められている。
この際にポイントとなったのは、同時にシステムアップされたオープンMAと呼ばれる作業スペース。オープンMAは第3MAのすぐそばの隣り合うスペースに設置されている。高いパーテションで区切られた8つのブースにApple iMacでシステムアップが行われた。このオープンMAの2区画は、第3MAのブースを共有し、ナレーション収録ができるようにシステムが組まれ、STUDER MICROがリモートマイクプリとして導入されている。本来は、ラジオオンエア用のコンソールであるこの製品をリモートマイクプリ兼、シグナルルーターとして使っているわけだ。なお、デジタル・コンソールとなるためシグナルルーティングは自由自在である。
また、オープンMAにはAudio InterfaceとしてFocusrite RED 4 PREが導入された。これは将来のDante導入を見越した先行導入という側面もある。Native環境でもHD環境でも同一のInterfaceを使えるというのもこの製品が採用された理由の一つ。不具合時の入れ替えなどを考えると、同一機種で揃えることのメリットが大きいのは言うまでもないだろう。作業データはGBlabs FastNASで共有され、席を変わってもすぐに作業の続きが行える環境となっている。FastNASの音声データのネットワークは各サブへも接続され、音効席のPCへと接続されている。生放送枠の多いCBC、これらのシステムはフルに活用されているということだ。
📷 背の高いパーテションで区切られたこのスペースが、Open MAである。8席が準備され1,2は第3MAのブースを共有しナレーション収録に対応、ブースの様子は小型のLEDで見えるようになっている。それ以外の3~8も基本的なシステムは同等。すべてのブース共通でiMacにセカンドディスプレイが接続され、Audio I/OとしてFocusrite Red 4 Preが採用されている。この機種はDanteでの各所の接続を見越してのものである。
そして、前回の更新時に導入されたGBlabs FastNASへの接続はもちろん、本館のリニューアルに伴い各スタジオ間にはIP伝送網が整備された。このネットワークには、Danteが流れる予定である。取材時には事前工事までではあったが、各スタジオにはDanteの機器が導入され始めているとのこと。本館内の第7スタジオは今回のリニューアルでDanteをバックボーンとするSSL System-Tが導入されたということだ。そのままでも運用は可能だが、各スタジオにDante機器が多数導入され始めると回線の切り替えなどが煩雑になってしまう。それを回避するためにDante Domein Manager=DDMによるセットアップが行われるわけだが、このDDMは各スタジオをドメイン分けして個別に管理し、相互に接続を可能とする回線を絞ることができる。これは室間の回線を設定しておくことにより運用を行いやすくすることにつながっている。
もちろん、他の部屋のパッチを他所から設定変更してしまうといった事故防止にもなる。データの共有だけではなく、回線もIPで共有することによる運用の柔軟性が考えられているということになる。生放送を行っているスタジオの回線を他のスタジオで受け取ることもできるため、実際のオンエアの音声を他のスタジオで受けて、トレーニングのためのミックスを行うなど、これまでではなかなかできなかった運用が実際にテストケースも兼ねて行われているということだ。今後は、中継の受けやスタジオをまたいでのオンエアなど、様々な活用が期待されるシステムアップとなっている。これはサブだけではなくMA室も加わっているために、運用の柔軟性はかなり高いものとなる。
伝統ある放送局の文化にこれから先の放送局のあり方を重ね合わせた、これが現実のものとなっているのが今回のケースではないだろうか。バイノーラルを使ったコンテンツの新しい楽しみ方の提供。ファイルベースだけではなく、放送局の強みでもあるリアルタイムでの制作環境の強化、柔軟性の獲得。さまざまな新しい取り組みが従来のワークフロー、使い勝手と共存している。今後の放送局のシステムのあり方の一つの形がここに完成したのではないだろうか。
📷 株式会社CBCテレビ 技術局 放送技術部 名畑輝彦 氏
*ProceedMagazine2021-22号より転載
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2021/08/06
株式会社毎日放送様 / ~多様なアウトプットに対応する、正確な回答を導き出せる音環境~
以前にも本誌紙面でご紹介した毎日放送のMA室がリニューアルした。前回のご紹介時にはAvid S6とMTRXの導入を中心にお伝えしたが、今回はそれらの機材はそのままにして内装のブラッシュアップとシステムの大幅な組み換えを行っている。さらには、準備対応であったイマーシブ・オーディオへの対応も本格化するという更新となった。
システム内の役割を切り分けるということ
まずはシステムの更新の部分を見ていこう。今回の更新ではAvid S6はそのままに、モニター周り、Avid S6のマスターセクションをどのように構築するのかという部分に大きなメスが入った。これまでのシステムはスタジオに送られる全ての信号がMTRXに入り、Avid S6のMTMによるモニターセクションが構築されていた。その全ての信号の中にはPro Toolsからの信号も含まれDigiLinkで直接MTRXの入力ソースの一つとして扱われる仕様である。
このシステムをどのように変更したのかというと、まずはMTRXをPro ToolsとDigiLinkで接続し、Audio Interfaceとして使用しないこととした。昨今のシステムアップのトレンドとは逆の発想である。これにはもちろん理由があり、トラブルの要因の切り分けという点が大きい。従来は1台のPro Toolsのシステムであったものが、今回の更新で2台に増強されているのだが、こうなるとトラブル発生時の切り分けの際に、全てがMTRXにダイレクトに接続されていることの弊害が浮かび上がってくるわけだ。MTRXへダイレクトに接続した場合には、Pro ToolsのシステムからAudio Interface、モニターセクションといったスタジオ全体が一つの大きなシステムとなる。俯瞰するとシンプルであり、何でも柔軟に対応できるメリットはあるが、トラブル時にはどこが悪いのか何が問題なのかへたどり着くまで、システムを構成する機器が多いために手間がかかる。これを解決するために、2台に増強されたそれぞれのPro ToolsにAudio Interfaceを持たせ、スタジオのマスターセクションにあたるMTRXへ接続をするというシステムアップをとった。
これは、システムが大きくなった際には非常に有効な手法である。Avid S6以前のシステムを思い返せば、レコーダー / プレイヤー / 編集機としてのPro Tools、そしてミキシング、スタジオのシステムコアとしてのミキサー。このようにそれぞれの機器の役割がはっきりしていたため、トラブル時にどこが悪いのか、何に問題が生じているのかということが非常に明確であった。この役割分担を明確にするという考え方を改めて取り入れたAvid S6のシステムが今回の更新で実現している。
📷Audio Interface関係、VTR、パッチベイは、室内のディレクターデスクにラックマウントされている。手前の列から、映像の切替器、VTR、2台のPro Toolsに直結されたAvid純正のInterface。中央の列には、AntelopeのMasterClock OCX HD、RupertNeve Design 5012、Avid MTRXなど、システムのコアとなる製品が収まる。右列は、パッチベイとBDプレーヤーが収まっている。左から右へと信号の流れに沿ったレイアウトになっている。
MTRXをスタンドアローンで運用する
今回の更新により、MTRXは純粋にAvid S6のモニターセクション、マスターセクションとして独立し、Pro Toolsシステムとは縁が切れている状態となる。MTRXはどうしてもPro ToolsのAudio Interfaceという色合いが強いが、スタンドアローンでも利用できる非常に柔軟性の高い製品である。弊社ではこれまでにも、Artware Hubでの36.8chシステムのモニタープロセッサーとして、また松竹映像センターにおけるダビングシステムのマスターセクションとしてなど、様々な形でMTRXをスタンドアローンで活用していただいている。常にシステムに対しての理解が深い方が利用するのであれば、一つの大きなシステムとしたほうが様々なケースに対応でき、物理パッチからも解放されるなど様々なメリットを享受できるが、不特定多数の方が使用するシステムとなると、やはり従来型のミキサーとレコーダーが独立したシステムのほうが理解が早いというのは確かである。
ある意味逆説的な発想ではあるが、一つの大きく複雑なシステムになっていたものを、紐解いてシンプルな形に落とし込んだとも言えるだろう。この部分に関して、ミキサーとしてのマトリクス・ルーティングというものは、放送用のミキサーで慣れ親しんだものなので抵抗なく馴染める。今回のシステムは、そういったシステムとの整合性も高く、利用する技術者にとってはわかりやすいものとすることができたとお話をいただいている。MTRXをスタンドアローンで運用するため、今回の更新ではDADman を常に起動しておくための専用のPCとしてMac miniを導入いただいている。これにより、まさにAvid S6がMTRXをエンジンとした単体のコンソールのように振る舞うことを実現したわけだ。
📷もう一部屋のMA室でも採用した、コンソールを左右に移動させるという仕組みをこの部屋にも実装している。編集時にはキーボード・マウスなどがセンターに、MIXを行う際にはフェーダーがセンターに来る、という理想的な作業環境を実現するために、コンソール自体を左右に移動できるわけだ。これであれば、ミキサーは常にセンターポジションで作業を行うことができる。なお、専用に作られたミキサースタンドにはキャスターがあり、電動で左右に動く仕組みだ。これにより左右に動かした際、位置が変わることもなく常に理想的なポジションを維持できる。ちなみに一番右の写真はコンソールを動かすための専用リモコンとなっている。
イマーシブ・オーディオへの対応は、モニターセクションとしてスタンバイをする、ということとしている。5.1chサラウンドまでは常設のスピーカーですぐに作業が可能だが、ハイトスピーカーに関しては、もう一部屋のMA室との共有設備となる。これまでもトラスを組んで、仮設でのハイトチャンネル増設でイマーシブ・オーディオの制作を行ってきたが、モニターセクションのアウトとしても準備を行い、ハイト用のスピーカーをスタンドごと持ち込めば準備が完了するようにブラッシュアップが図られた。これにより、5.1.4chのシステム、もしくは7.1.2chのシステムにすぐに変更できるようになっている。地上波ではイマーシブ・オーディオを送り出すことはできない。とはいえ、インターネットの世界ではイマーシブ・オーディオを発信する環境は整いつつある。そしてこれらを見据えて研究、研鑽を積み重ねていくことにも大きな意味がある。まさにこれまでも積極的に5.1chサラウンド作品などを制作してきた毎日放送ならではの未来を見据えたビジョンが見える部分だ。
全てに対して正確な回答を導き出すための要素
📷一番作業としては多いステレオ用のラージスピーカーはMusik Electronic Geithain RL901KとBasis 14Kの組み合わせ。2本のSub Wooferを組み合わせ、2.1chではなく2.2chのシステムとしている。なお、サラウンド用には同社RL906が採用されており、こちらのスピーカースタンドは特注品となっている。
今回のシステム更新において、一番の更新点だと語っていただいたのが、スピーカーの入れ替え。古くなったから更新という既定路線の買い替えに留まらない、大きな含みを持った入れ替えとなっている。従来、この部屋のスピーカーはDynaudio Air6が導入されていたのだが、それをもう一つのMA室に導入されているMusik Electoronic Gaithin社の同一モデルへと更新。Musik社のスピーカーは、サブ(副調整室)にも採用されており、今回の更新で音声の固定設備としてのスピーカーをMusikに全て統一することができたわけだ。同じモデルなのでそのサウンドのキャラクターを揃え、毎日放送としてのリファレンスの音を作ることができたこととなる。
音質に対してのこだわりである、光城精機のAray MK Ⅱはコンソールの足元に設置されている。1台あたりで1000VAの出力を持つAray MK Ⅱが3台、スピーカーの電源及び最終段のアナログMTRX I/Oの電源が供給されている。
「Musikの音」という表現をされていたのが非常に印象的ではあるが、このメーカーのスピーカーは他社には真似のできない独自の世界観、サウンドを持っている。この意見には強く同意をするところである。同軸の正確な定位、ふくよかな低域、解像度の高い高域と言葉では伝えられない魅力を多く持つ製品である。お話を伺う中で、Musikに対してスピーカー界の「仙人」という言葉を使われていたのだが、たしかにMusikはオーディオエンジニアにとって「仙人」という存在なのかもしれない。いろいろなことを教えてくれる、また気づかせてくれる、そして、長時間音を聞いていても疲れない、まさに理想のスピーカーであるとのことだ。
放送局にとってMusikというスピーカーはハイクオリティではないかという意見も聞いたことがある。その意見は正しい部分もあるのかもしれないが、放送局だからこそ様々なアウトプットに対しての制作を求められ、どのような環境にも対応した音環境を持っていなければならない。そのためには、全てに対して正確な回答を導き出せる音環境が必要であり、ハイクオリティな環境であることは却って必要な要素であるというお話をいただいた。筆者もまさにその通りだと感じている。地上波だけではなく様々なアウトプットへの制作が求められるからこそ、ベストを尽くすことへの重要性が高まっているということは間違いない。
このハイクオリティな音環境を象徴するような機器が光城精工のArray 2の導入であろう。一見コンシューマ向け(オーディオマニア)の製品というイメージもあるかもしれないが、光城精工はスタジオ向け電源機器で一斉を風靡したシナノから独立された方が創業されたメーカー。もちろんプロフェッショナル業界のことも熟知した上での製品開発が行われている。Array 2は音響用のクリーン電源として高い評価を得ており、絶縁トランスでも単純なインバーターでもなくクリーン電源を突き詰めた、これも独自の世界を持った製品である。このArray 2が今回の更新ではスピーカー、モニタリングの最終アナログ段の電源として導入されている。アウトプットされるサウンドに対して絶対の信頼を持つため、また自信を持って作品を送り出すために、最高の音環境を整えようという強い意志がここからも読み取ることができる。
これらの更新により、音環境としては高さ方向を含めたマルチチャンネルへの対応、そしてハイレゾへの対応が行われ、スペックとして録音再生ができるということではなく、それらがしっかりと聴いて判断ができる環境というものが構築されている。Dolby Atmos、360 Reality Audio をはじめとするイマーシブ・オーディオ、これから登場するであろう様々なフォーマット、もちろん将来への実験、研鑽を積むためのシステムでもある。頻繁に更新することが難しいスタジオのシステム、今回の更新で未来を見据えたシステムアップが実現できたと強く感じるところである。そして、実験的な取り組みもすでにトライされているようで、これらの成果が実際に我々の環境へ届く日が早く来てほしいと願うばかりだ。この部屋で制作された新しい「音」、「仙人」モードでミックスされた音、非常に楽しみにして待つことにしたい。
(左)株式会社毎日放送 総合技術局 制作技術センター音声担当 部次長 田中 聖二 氏、(右)株式会社毎日放送 総合技術局 制作技術センター音声担当 大谷 紗代 氏
*ProceedMagazine2021号より転載
Broadcast
2021/02/16
テレビ愛知株式会社 様 / 〜従来の感覚をも引き継ぐ、Avid純正のコンソール更新〜
愛知県を放送エリアとするテレビ東京系列のテレビ愛知、MA室の更新が2020年初頭に行われた。10年以上に渡り使われてきたAvid ICON D-Control(導入当時はDigidesign社)から、Avid S6へと更新されている。同時にファイルベース対応など、最新のトレンドを念頭にシステムを設計、その詳細をレポートしていく。
D-Controlを継承するS6を
テレビ愛知では、MA室のメインコンソールとして10年以上に渡りAvid ICON D-Controlを使用してきた。テレビ局のIn The Box用のコンソールの導入としては、非常に早いタイミングから活用されてきたわけだが、当時、限られた予算の中でもMA室のシステムは今後DAWが主流になるということを予想し、先行して導入に踏み切っている。今回の更新では、逆説的な候補としてアナログコンソールなども挙がってはきたが、やはり、これまでの使い勝手の延長線上にあるAvid S6を導入することとなった。
すでに10年以上に渡りD-Controlを使ってきているため、導入に際してオペレート上の不安も少ないというメリットは大きかったようだ。Avid S6自体もバージョンアップを重ね、D-Controlを使用してきたユーザーからのフィードバックが多数反映されていることも背中を押した一因となっている。物理的なボタンの有無などの差異はもちろんあるが、すでに現在のAvid S6は、ほぼD-Controlで実現していた機能を網羅していると言っていいところまでブラッシュアップされている。
Avid S6の導入にあたりフェーダー数をどうするかは、かなり議論が行われたポイントだ。D-Controlは32 Faderであったが、Avid S6に更新を行うにあたり32Faderが本当に必要かどうか?ということが実機でのデモなどで検証された。Avid S6はLayout Mode、Spill Modeなど様々な工夫が行われており、最低限のFader数でミキシング作業を快適に行えるようになっている。これは、エンジニアが音響的にベストであるセンターの位置に座ったまま作業が行えるようにするという工夫でもあるが、これらの機能を実際に体験いただいて最終的には24 Faderという決着を見ている。メインエンジニアは最低16 Faderあればミキシングが行えるという判断をしていただいているが、やはり、効果担当を含めた2名体制でのミキシングもある。ここは16Faderではさすがに心もとない、ということもあり24 Faderがセレクトされた。
机上にS6が置いてあるようにも見えるが、一体となった専用設計のデスクとなる。センターポジションで、編集もミキシングも両方が行えるようにレイアウトされている。
D-ControlからAvid S6への更新を行ったことにより、コンソール自体のサイズはかなり小さくなった。特に奥行きが短くなり、部屋が広く使えるようになったのが使い勝手としては非常に大きなポイントとなっている。ディレクターのデスクに収められていたアウトボード関係も、必要なものはサイドラックへと移設され、足元の空間を十分に確保することができるようになっている。これはエンジニアだけではなく、ディレクターなどこの部屋を利用する方からも好評であるということだ。このレイアウト変更によりエンジニアは前を向いたまま、ほとんどの作業を手の届く範囲で行うことができるようになった。
Avid S6が収まるデスクも、作業を常に正面を向いて行うことができるように特注設計となっている。Avid S6を購入すると付属するFader手前の手を置く部分はBolsterと呼ばれるのだが、Keyborad、Mouseを置くには少し幅が狭い。Keybordトレイなども準備されているのだが、台本を置いたりということを考えると写真で確認していただけるような形状が望ましい。このデスクはAvid S6の各モジュールを収めるフレームを純正のカバーで仕上げるのではなく、そのままデスクに埋めることで手元のスペース拡大を実現している格好だ。
テレビ愛知株式会社 デジタルネットワーク局技術部 水野 正基 氏
株式会社アイプロ 技術部長 牟禮 康貴 氏
株式会社NAV 名古屋事務所長 高野 矢守至 氏
効率を実現したDAW環境
システム面では、Avid MTRXをAvid Pro ToolsのI/Oとしている。このMTRXで信号の集約を行い、モニターコントローラーとしてはTac System VMC-102を導入した。VMC-102を導入することでDAWのPCが起動していなくてもモニターセクションの切替が行える。一般的なコンソールで言うところのセンターセクションの機能を受け持っているわけだ。これはPCが不具合を起こした際にも最低限の作業は行えるようにという工夫の一つとなっている。また、VMC-102の最新バージョンアップで実装された、Blackmagic Design Smart Videohubのリモート機能も活用している。ブース、コントロールルームに映す映像の切替を、VMC-102での音声のモニターソース切替に連動させることで、オペレートの手順を削減することに成功している。たとえば、モニターソースとしてPro Toolsを選択すれば、各所のVideo MoniterにはPro ToolsのVideo出力が自動でパッチされる。同様にXDCAMを選択すると、音声映像ともにXDCAMに変更されるということだ。これは作業上オペーレートミスを減らすことにも直結しストレスフリーな環境を実現している。
ラックに収まったAVID MTRX。Analog 8IN/8OUT、64ch Danteがオプションとして加わっている。
モニターコントローラーとしてDAW PCが起動していなくてもコントロール可能なTAC SYSTEM VMC-102。映像モニターの切り替えもワンボタンで行えるように設定されている。
DAW環境周辺でのこだわりは、38inchのUltra-Wide Displayにある。多くの情報を見渡すことができるこのDisplayの導入はIn The Boxでのミキシングを前提とした環境においては非常に効果的。タイムラインの表示においては、前後長時間の表示が可能であるし、ミキサー表示においては多くのフェーダーを表示することができる。単純に言えば情報量が増えるということになるが、これは作業を行う上で非常に効果的だと言える。
広大な表示領域を提供する38-inch Ultra wide Display。解像度は3840x1600
予想外のマッチング、ATCとEVE
数多くの機種から選びぬかれたメインモニターのATC SCM25a。3-Wayのスピーカーでスタンドは日本音響エンジニアリングによる特注設計品
ミキサー席右に設置されているラック。元々、背面のディレクターデスクからの移設のSSL X-RACK、NEVE 33609、AJA KiPro GOが収まる
今回の更新ではモニター・スピーカーも一新している。様々な機種を持ち込ませていただき、比較試聴をしていただいた結果、ATC SCM25aが選択された。以前はDynaudio Air15を使われていたのだが、MA室を利用するエンジニアのほぼ全員がATCに好印象を持ったため、このスピーカーが選択されている。しっかりとしたボリューム感を持ちつつタイトに鳴るこのスピーカーは作業がやりやすいと好評であるということだ。スモールとしては、EVE AUDIO SC203を導入いただいている。不思議なことにATCとEVEのキャラクターが非常に似通っているため、切り替えた際の違和感も少なく、バランスを保ったままLarge/Smallの切り替えができるのでこちらも好評であるということ。ATCのスピーカースタンドは、内装工事を担当された日本音響エンジニアリングの特注設計品。また、コンソール背面には同社の特注AGS音響衝立が設置され、メインモニターとコンソール背面まわりの音場を整えることに一役買っている。
テレビ愛知ならではの導入機材としては、AJA KiPro GOが挙げられる。これまでは確認用のデータを民生のDVD Recorder、もしくはSDカードへ録画し、各所へ確認用として配布していたワークフローを更新した格好となる。複数のレコーダーの操作がKiPro GO 1台に集約することができ使い勝手が向上した部分とのことだ。また、機材もコンパクトなため機器の実装スペースの削減にもつながっている。AJA KiPro GOは同時に4系統のHD VideoをUSBメモリに録画できる製品。すでにDVDの需要は減っていたためデータでのワークフローとし、シンプルなこちらの製品へと更新された。
従来環境と違和感なく、効率的でコンパクト
トータルとして見ると放送局ということもあり突飛な選択は行わずに、最新の製品を組み合わせることで効率的でコンパクトなシステムが実現できている。ただし、コンパクトになっても機能面では妥協はなく、ブラッシュアップされた部分も多い。ファイルベース・ワークフローへの対応としてNon-Leathal Application Video Slave Pro 4の導入、VTRもSONY XDCAM Stationへの更新など編集システムの更新により、どのような変化が起こったとしても柔軟に対応できる準備が行われている。また、システムの中心であるPro Tools、およびMTRXに関しては、持ち出し収録用のシステムを同一の製品とすることでバックアップ体制をとっている。MA室のPC、MTRXが故障した際には、可搬のシステムとリプレイスが行えるように冗長化がなされている。
実際にオペレートを行っている方の感想としては、導入直後よりD-Controlに慣れていたこともあり、非常にスムーズにAvid S6へと移行することができたとのことだ。また、コンパクトなサイズになったことで、すべてのスイッチ、ノブへのアクセスが容易となり、作業環境としての使い勝手は間違いなく向上している。やはり手の届くところに様々な機器が実装されているのは便利だ、と非常に高い評価をいただいている。今後、映像含めたファイルサーバーの更新なども予定されているということだが、それらにも柔軟に追従し、使い勝手をキープしたまま作業を行っていただけるシステム更新となっている。
さすがはAvid純正同士のコンソール更新、という面目を保つことができた今回の更新。従来のシステムを知り尽くしたユーザーだからこその気付きも数々ありながら、実際の導入後に満足感の高いコメントをいただけたことは、Avid S6の完成度の高さを改めて証明しているのではないだろうか。
写真手前右から株式会社アイプロ 牟禮康貴氏、渡辺也寸志氏、株式会社NAV 高野矢守至氏、写真奥右からROCK ON PRO 前田洋介、テレビ愛知株式会社 水野正基氏、株式会社アイプロ 山本正博氏、テレビ愛知株式会社 安松侑哉氏、ROCK ON PRO 廣井敏孝
*ProceedMagazine2020-2021号より転載
Broadcast
2021/01/28
朝日放送テレビ株式会社 様 / 〜Immersive制作を実現する、放送局におけるMA室改修を読み解く〜
大阪のテレビ朝日系列の放送局、朝日放送テレビ株式会社のMA室の改修を行った。放送局のMA室ということで、色々なトラブルに対応するための工夫はもちろんのこと、様々なスタッフが利用する施設であるため、操作の簡便化などを念頭に置きつつ、イマーシブフォーマットのオーディオへ対応するため天井へ4本のスピーカーを増設し、5.1.4ch formatのDolby Atmos仕様での最新設備へとブラッシュアップが行われた。朝日放送テレビでは、Flux Spat Revolutionをすでに使用いいただいていたこともあり、このソフトウェアを活用することで、様々なフォーマットの視聴なども行うことを前提として設計が行われている。
AvantをS6 + MTRXで置き換える
朝日放送テレビのMA室はこれまで、SSL Avant 48faderがメインコンソールとして導入され、コンソールミックスを前提とした設備となっていた。そのためMA室には、多数のアウトボード・エフェクトが準備されたシステムが組まれていた格好となる。しかし昨今はDAW内部でのIn The Boxミキシングが主流となっているということもあり、コンソールの更新にあたりデジタルコンソールとともに、DAWコントローラーとして主流となっているAvid S6が並行して検討された。放送局の設備として、コンピューター(DAW)が無いと何もできない製品を採用すべきなのか?という議論が当初は行われた。この部分はAvid MTRXが登場し、これをメインDAWとは別のPCで制御することで、システムの二重化が行えることがわかり、少なくともデジタルコンソールのセンターセクション部分は、十分に代替可能であるという結論となった。他にも様々な側面より検討が進められ、今回の更新ではバックボーンとして広範なトラブルにも対応を可能とする大規模なAvid MTRXを活用したシステムとAvid S6の導入となった。
Avid S6は40 Fader仕様と、従来のAvantと同一の規模。5KnobにDisplay Moduleが組み合わされている。モニターセクションは、MTRXをDADmanでコントロール。この部分は、前述の通りDADman専用にMac miniが用意され、DAW PCを起動せずともモニターセクションが単体で動作するような設計となっている。モニターセクションのリモートにはDAD monが用意され、フィジカルでのコントロールの利便性を上げている。DADman部分を二重化するにあたり、同一のプリセットファイルをサーバー上にバックアップし、PCの不良の際にはそちらからDADmanを起動することで回避できるように工夫がなされている。
これまで使用してきたAvantにはかなり多くの回線が立ち上がっていた、それらを整理しMTRXに立ち上げてある。そのため3台のMTRXが導入されたのだが、その使い分けとしてMain/SubのPro Toolsにそれぞれアナログ入出力、メーター関連、VTR送りとしてほぼ同一の仕様が2台。3台目はMain Pro Toolsに接続され、AV Ampからのアナログ入力及び、外部エフェクトSystem 6000が立ち上がっている。ここもシステム二重化が考えられている部分で、Main Pro Toolsの不具合時には、パッチでSub Pro ToolsがMainの回線を取れるように、また、MainのMTRXが壊れた際にはSubのMTRXを差し替えることで復旧が行えるようになっている。
MTRX3台をブリッジするDante
3台のMTRXは128ch Dante Option Moduleを使用してDante Networkに接続されている。この128chの回線が3台のMTRXの信号のブリッジとして活躍している。Danteであれば信号を分配することが容易なため、例えばAV Ampからの信号は、Dante上でモニターセクションをコントロールしているMain1台目のMTRXとSub MTRXへと送られているということだ。一見ブラックボックスに見えるこのシステムだが、一歩引いて考えれば理にかなったシンプルなシステムであることがわかる。二重化を前提としたシステムではあるが、普段はパッチレスですべての信号がMain/Sub Pro Tools両者で受け取れるよう工夫が行われている。
文字で書いてしまうとたしかにシンプルではあるが、かなりの検討を重ねた結果たどり着いたシステムであることには変わりない。また、実際のハードウェアセットアップにあたっては別の役目(パケットの流れるNetworkの切り分け)にも苦心した。具体的には、実際の音声回線であるDante(Primary/Secandary2系統)、S6をコントロールするEuCon、MTRXを制御するDADman、Pro Tools同士/Media Composerを同期させるVideo Satellite、ファイルベースのワークフローに欠かせないファイルサーバー。これら5つの異なるパケットがNetworkを必要とする。どれとどれを混ぜても大丈夫なのか、分けなければいけないのか?そして、ややこしいことにこれらのほとんどが同じ機器に接続されるNetworkであるということだ。できる限り個別のNetworkとはしていたが、すべてを切り分けることは難しく、かなり苦労をして設計を行うこととなった。様々な機器がNetowork対応となるのは利便性の上で非常に好ましいが、機器の設計者はそれらが同一のNetwork上で安定して共存できるようにしてもらいたいと切に願うところである。せっかく便利なNetoworkを活用した機器も、使いづらくトラブルを引き起こすものとなってしまっては本末転倒である。
朝日放送テレビのMA室には4台のPCがセットアップされている。それぞれ役割としてはMain Pro Tools用、Sub Pro Tools兼Media Composer(Video Satellite)用、DADman用、Flux Spat Revolution用となっている。これらのKVMの切替はAdderView Pro AV4PROが使われている。この製品をコントロールルームに置かれた外部リモコンにより切り替えるシステムだ。切替器本体はマシンルームに置かれ、切替後の信号がコントロールルームまで延長され引き込まれている。これにより延長機の台数を減らすことに成功している。KVM Matrixを実現するシステムはまだまだ高価であり、それに近しい安価で安定したシステムを構築するのであれば、このアイデアは非常に優れていると言えるだろう。
FLUX Spat Revolution専用機、DADman専用機として運用されるMac mini。その上部には、KVM切替器であるAdderが見える。
高さ方向に2層のレイヤーを持つ
スピーカーシステムの話に移ろう。今回のMA室改修ではフロントバッフルを完全に解体し、TVモニターの更新、そしてLCR及びハイトLRの埋め込みが新しいフロントバッフルに対して行われた。サラウンドサイドのハイトスピーカーは、既設のサラウンドスピーカー設置用のパイプを使っている。そのため実際の増設分は、サラウンドLRの2本のスピーカーおよび、スピーカースタンドである。この改修により、Dolby Atmosフォーマットを参考とした5.1.4chのスピーカーシステムが構築された。なぜ7.1.4chにしなかったのか?という部分の疑問はもちろん浮かぶだろうが、朝日放送テレビにとって高さ方向に2層のレイヤーを持てたということの方が、後述するFlux Spat Revorutionの使用を考えると重大事である。スピーカーは元々5.1chのシステムで使用されていたMusik Electronicの同一の製品で4本が増設されている。
スピーカーレイアウトの平面図。L,R,Ls,Rs各スピーカーの上空にTOPスピーカーが配置されている。平面のスピーカーはMusik RL904が5本、上空はRL906が4本、これで5.1.4chのスピーカーレイアウトとなっている。フロントL,Rchはメインであるステレオ作業を考慮しラージスピーカーを理想位置である開き角30度に、Atmosはその内側22.5度に配置している。
スピーカーの補正用プロセッサーは、MTRXのSPQ Optionが活用された。SPQ Optionは、スピーカーの各出力に対して最大で16chのEQ及び、ディレイを掛けることができる強力なプロセッサーカードだ。これはMTRXのOption Moduleスロットを1つ専有してその機能が追加されることとなる。この機能を活用することにより、外部のプロセッサーを使わずにスピーカー補正を行うことができる。システムがシンプルになるというメリットも大きいが、クオリティーが高いMTRXのDA前段でプロセスが行われるため、そのアナログクオリティーをしっかりと享受できるというのも見逃せないポイントだ。
スピーカー正面図
リアハイトのスピーカーは2本のバーに専用金具でクランプ
フロントハイトのスピーカーは高さを得るため半埋め込みに
Ambisonics制作はスタートしている
Flux Spat Revolutionの操作画面(メーカーHPより抜粋)
これまで何度となく名前が挙がっているFlux Spat Revolution。このソフトウェアが何を行っているのかというと、3D空間に自由配置した音声をその一番近傍のスピーカーから再生するということになる。この機能を活用することで、各種イマーシブフォーマットを再現性高く再生することが可能となる。基本的なスピーカーの設置位置はDolby Atmosに倣ったものだが、Auro 3D、22.2ch、さらにAmbisonicsなども最適な環境で視聴することができるということになる。スピーカー数が多ければ多いほどその正確性は増すが、スピーカー数が限られた環境だとしてもその中でベストのパフォーマンスを得ることができるソリューションでもある。そして、このプロセッサーを通して作った(3D空間に配置した)音声は、ありとあらゆるフォーマットの音声として出力することができる。Dolby Atmos 5.1.4chの環境で制作したものを、スピーカーの設置角度の差異などを踏まえAuro 3D 13.1chとして出力できるということだ。
実際にこのFlux Spat Revolutionを使い、Ambisonicsの音声の制作は行われており、今後の配信サービスでの音声として耳にすることがあるかもしれない。直近では、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている人形浄瑠璃・文楽の配信動画のVR版の制作に活用されたということだ。都合により、最終の音声はSpat Revolution経由のものではないとのことだが、Ambisonics音声の制作への挑戦がすでに始まっているとのこと。各所に仕込んだマイクの音声をパンニングすることで3D空間に高い再現性を持たせる、つまり、実際に仕込んだマイクの位置をSpat上で再現して、そこで鳴っている空気感をも再現することができているということだ。すでに各所で話題となっている、3D音声を使ったライブ配信などにも活用可能なSpat Revolution。ポストプロダクションからライブ会場まで様々な分野に活躍の場を広げているが、このMA室のようにしっかりと調整された環境で確認をしながら作業が行えるということは、作品のクオリティーアップ、作業効率の向上など様々なメリットをもたらすことだろう。
放送でも広がるイマーシブコンテンツ
スタジオの全景。新しく作られたフロントバッフルには、従来より引き継がれたFostexのラージモニターとハイト方向を含む5本のMusik Electornicのスピーカーが見える。
放送局としては、強みでもあるスポーツ中継などにもこのソリューションの活躍の場を広げるべく様々な実験が行われているということだ。確かに、野球中継、サッカー中継などスタジアムで行われる音声であれば、会場の空気感をAmbisonicsで表現することは可能である。すでにスタジアムの様々な箇所に設置されている観客マイクを、Spat Revolution上に相対的な位置関係を再現することで、かなりクオリティーの高い現場の空気感の再現が可能となるのではないだろうか。これらの結果が早く楽しめるようになれば、現在の動画視聴の多くを占めるスマホ / タブレット+イヤホンの環境での視聴体験を拡張するものとなってくれるだろう。
少し脱線するが、この場合の配信音声はバイノーラルへと変換済みの2chの音声になると予想される。もちろん、一部のDolby Atmos Music、Sony 360 Reality Audioなどのようにマルチチャンネルデータのまま配信を行い、ユーザーの手元のデバイスでバイノーラルプロセスを行うものもあるが、映像配信においてはまだまだ2chが主流であると言える。バイノーラルの音声は、一般的なスピーカーで聞いても破綻のない音声であることは周知の事実である。もちろん、従来のステレオ音声に比べれば、音像が少し遠い、音の輪郭がぼやけるなどはあるものの、破綻をしているような音声ではない。そういったことを考えると、非常に今後に期待のできる技術ではあるし、放送局の持つノウハウを活かしたコンテンツの未来を感じさせるものであると言えるだろう。Spat Revolutionを使ってミキシングを行っていれば、バイノーラルでの出力はもちろんだがDolby Atmos、Auro 3Dなどの他のフォーマットでの出力も用意できることは大きなメリットであると言えるだろう。
スポーツ中継を想定して書き進めてしまったが、ほかにもクラシック・コンサート、オペラ、吹奏楽などの各種コンクール、新喜劇など劇場での公演にも非常に有効な手法であると言える。今回お話を伺った和三氏の2019年のInterBEEでのセミナーでもこれらの取り組みについて取り上げていたが、その中でもこのようにAmbisonicsで制作した会場音声のバイノーラル2chに対して、ナレーションを通常のステレオミックスであるように混ぜることで、会場音声は広がっていつつ、ナレーションは従来どおりの頭内定位を作ることができる、とご講演いただいている。これは大きなヒントであり、ヘッドフォン、イヤフォンでのコンテンツの視聴が増えているいまこそ、この手法が活きるのではないかと感じている。
Immersiveな音声でのコンテンツが今後の放送でも新たな価値を生み出すことになる。それに先駆けて改修対応を行い、多様な3Dサウンドへの最適環境を構築し、すでにコンテンツの制作もスタートしている朝日放送テレビの事例。まずは今回導入された高さ方向のレイヤーを持ったスピーカーレイアウトを活用して制作された音声が、様々なところで聴けるようになることを楽しみにしたいところ、そしてそのコンテンツをまた皆さんにご紹介する機会ができることを期待してやまない。
朝日放送テレビ株式会社 技術局員
出向 株式会社アイネックス
兼技術局制作技術部 設備担当
和三 晃章 氏
*ProceedMagazine2020-2021号より転載
Broadcast
2020/01/09
株式会社WOWOW様 / 現用の各3Dオーディオフォーマットに準拠した空間
2018年冬に完成したWOWOW様の試写室「オムニクロス」。当初よりDolby AtmosとAuro-3D®そして、DTS:Xの各フォーマットに完全対応した環境が構築されていたが、さらなる追加工事を行い22.2chサラウンド完全準拠のモニター環境を完成させた。当初からの構想にあった現在運用が行われている各3Dオーディオフォーマットに準拠したモニターシステムがついに完全な形として姿を現した。
最新のソリューションを携えた新たな空間
「新 4K8K 衛星放送」における4K放送開局に向け、同社辰巳放送センターのC館の建て替えが行われた。旧C館にあった試写室は、冒頭にも述べたように各種3D オーディオフォーマットへの対応、そして比較試聴が行える空間となり、4K完全対応の最新のソリューションを携えたまったく新しいものへと変革を遂げている。映画向けのフォーマットとして成長しているDolby AtmosとAuro-3D®の両方に対応した設備は、ハリウッドなどの映画制作向けダビングステージで見ることはできるが、ここではさらにDTS:Xそして22.2chの対応をしている設備へとリニューアルされている。
水平角度、仰角それぞれのスピーカ推奨位置に完全に準拠したモニター環境を備えたこの部屋は、世界でも非常に貴重な存在である。写真を見ていただければ分かる通り、天井のスピーカーに関しては移動させることが困難なため、それぞれのスピーカー推奨位置に合わせて固定されている。たとえば、Auro-3D® / 22.2chサラウンド用は、スイートスポットからの仰角30°、Dolby Atmos用は仰角45°に設置といった具合。水平方向に関してもしっかりと角度を測定し、理想的な位置へ設置が行われている。正三角形を理想とするステレオから、ITU-R BS.775-1準拠の5.1chサラウンド、それを拡張したDolby Atmos / Auro-3D®それぞれのスピーカー推奨位置にしっかりと準拠するように考えられたスピーカーの配置だ。最終的に設置されたスピーカは、サブウーファーも合わせるとなんと33本にもなる。水平位置には11本、天井に17本、ボトムにあたる床レベルに3本、サブウーファーは2本という配置となる。
そして、この部屋で制作作業も行えるようにAvid S6を中心とした音声のプロダクションシステムが導入されている。Dolby Atmos Renderer、Auro-3D® Authoring Tools、AURO-MATIC PRO、DTS:X Creater Suite、Flux Spat Revolutionをはじめとする現時点で最新のツールがインストールされているのもその特徴のひとつである。それらを駆使しての研究・制作の場として、また最高の環境での試写・視聴の場としても、様々な用途に対応できるように工夫が凝らされた。プロダクションレベルでの仕上がりの差異を確認できるというのは、作り手として制作ノウハウを獲得する上での重要なポイントだ。仕上がりの確認はもちろんではあるが、制作過程においてのワークフローも併せて学ぶことができる環境でもある。
ベストを見つける最高の比較環境
試写室「オムニクロス」・正面に設置されたスピーカー
それでは、なぜこのような環境を構築する必要があったのだろうか。現在メジャーなフォーマットであるDolby AtmosとAuro-3D®。それぞれに特徴があり、それぞれを相互に変換したらどのように聞こえるのか?コンテンツの種類によってベストな3Dオーディオフォーマットは?単純に比較をするといっても、できるだけイコールな環境で比較をしなければならない。それらを総合的に実現するのが、この試写室ということになる。ハリウッドのダビングステージはあくまでも映画向けの制作環境であり、ホーム・オーディオ向けの環境とはやはり差異がある。サラウンドが、ウォール・サラウンドなのか、ディスクリート・サラウンドなのかという根本的な違いも大きい。ホーム・オーディオ向けの環境として、フルディスクリートのスピーカーシステムで、ここまでの設備を備えた環境は、世界的に見ても貴重な存在である。
また、有料放送事業者にとってベストクオリティのエンターテインメント・メディアを作るということは非常に重要視されている。WOWOWでは「新鮮な驚きと感動を提供し続ける」ことを命題に掲げており、これを技術という側面から見れば「最新のソリューションに挑戦し、その中からベストを見つける」ということが必須になるわけだ。Audioの技術として何がベストなのか?ひとつのものを見るだけではなく、複数の視点からベストなものを探る、そのためには最高の環境で比較ができなければならない。さらには互換性の担保が重要で、Atmosのスピーカ推奨位置で作ったコンテンツが、Auro-3D®のスピーカ推奨位置で聴いたときに印象が大きく異なることは避けなければならない。同一の空間で比較を行える、さらには切り替えながら制作するということは、比較試聴してベストな方法を検討したり、どのフォーマットで聴いても制作意図が伝わる互換性を検討したりとするために重要なポイントである。つまり、この考えを実現するために、この試写室「オムニクロス」は非常に重要な設備となる。
試写室「オムニクロス」 左上方に設置されたスピーカー
その繊細な違いを、しっかりと確認するためにMaster ClockにはAntelope Audio Trinity、DAコンバーターにはAVID MTRX、SpeakerはMusik Electronic Gaithin(LCRはRL901K、それ以外はRL940、BotomとBCはRL906)と、高いクオリティーを持った製品がチョイスされている。192kHz、96kHzといったハイサンプリングレートにも対応し、各種3Dオーディオフォーマットを再生するためにMacProは12-Coreの最高スペックのモデルが導入された。Dolby Atmos Rendererや、Auro-3D® Encorder/Decorder、DTS:X Encorderなどを動作させても余裕をあるスペックとなっている。さらにインスタントに各種3Dオーディオフォーマットの変換を行うためにFlux Spat Revolutionも導入されている。フル・オブジェクトでのミキシングを実現するこのアプリケーション。Dolby Atmos 7.1.4chの出力をインスタントにAuro-3D® 13.1のスピーカー推奨位置で鳴らすということも実現可能である。もちろんその逆や、他の様々なオーディオフォーマットに対しての出力もできる。さらには、オーディオフォーマットの簡易的な変換ということだけではなく、このソフトウェアを使ってのミキシングを行うことで、各オーディオフォーマットでの視聴も行えるように設計されている。
今回のシステム構築にあたり、一番頭を悩ませたのが各オーディオフォーマットに対してのモニターコントローラーセクションの切り替えだ。この部分に関しては、AVID MTRXのモニターコントロール機能を活用してシステム構築を行っている。オープン当初に作成したモニターセクションは、ソース、スピーカーセット、FoldDown3個のボタンの組み合わせでそれらの切り替えを実現していた。今回の更新にあたっては、さらに操作をシンプルにできないか?というリクエストをいただき、Pro Toolsからの出力を整えるという前提に合わせて、いちから再設計を行った。やはり試写室という環境から、技術者が立ち会わずに作品を視聴するというケースもあるとのこと。この複雑なシステムをいかにシンプルにして営業系のスタッフが試写を行えるか?電源のON/OFFやシステムの自動的な切り替えはヒビノアークス様が担当し、AMXを活用してタブレットから用途に合わせたセッティングをGUIを使ったボタンより呼び出せるカスタマイズがなされた。その結果、できるだけ音声の切り替えも手数を減らしたシンプルな操作で間違いのないオペレーションが行えるようになっている。
導入された24FaderのAVID S6
株式会社WOWOW 技術ICT局技術企画部 シニアエキスパート 入交 英雄 氏
4K60Pを稼働させるプロダクトを
AVID ProTools / Media Composer / NEXIS などが納まる映写室のラック
4K対応の試写室ということで、プロジェクターをはじめとする各機器は4K60P対応の製品がセレクトされている。Videoの再生装置としては、AVID Media Composerが導入されPro ToolsのシステムとはVideo Satelliteで接続が行われている。4K60Pの映像出力のため、AVID DNxIQが設置されプロジェクターとはHDMIにより接続が行われている。4K60Pの広帯域なデータ転送速度を必要とするデータストレージにはAVID NEXIS PROが選ばれている。帯域を確保するために、Pro Tools、Media Composerともに10GbEで接続され、400MB/sの速度が担保されている。これにより、非圧縮以外のほとんどの4K60Pのファイルコーデックへの対応を可能としている。
すべてAVIDのシステムを選択することで、安定した運用を目指しているのはもちろんだが、AVID NEXISの持つ帯域保証の機能もこのようなハイエンドの環境を支える助けとなっている。この帯域保証とは、クライアントに対して設定した帯域を保証するという機能。一般的なサーバーであれば、負荷が大きくなった際にはイーサネットのルールに従いベストエフォートでの帯域となるのが普通であるが、AVID NEXISは専用のクライアント・アプリケーションと通信を行わせることでその広帯域を保証するソリューションとなっている。
このMedia ComposerのインストールされたPCはFlux Spat Revolutionを使った作業時には、Flux Spat Revolutionの専用PCとしても動作できるようにシステムアップが行われている。Pro Toolsの接続されたMTRXから出力された2系統のMADI信号をRME MADIFace XTが受け取り、Flux Spat Revolutionが処理をして、再度MADIを経由してMTRXへと信号が戻り、そのモニターコントロールセクションによりコントロールが行われる。スピーカー数も多く、処理負荷も高くなることが予測されるFlux Spat Revolutionは、別PCでの信号処理を前提とした運用が可能なシステムとなる。もうひとつ、こちらのPCへはMAGIX SEQUOIAもインストールされている。ドイツ生まれのクラシック制作・録音ツールとして評価を受けるこちらのソフトウェア、ハイサンプルレート、各種3Dオーディオフォーマットにも対応しておりこちらもこだわりのひとつと言えるだろう。
各3Dオーディオフォーマット対応の核心、モニターセクション設計
それでは、このシステムを設計する上で核心となる、モニターセクションの設計に関して少し解説を行いたい。文字だけではどうしても伝え切れないので、各図版を御覧いただきながら読み進めていただきたいところだ。まずは、Pro Toolsからの出力を整理するところから話を始めよう。これは今回の更新までに入交氏がトライしてきた様々な制作のノウハウの結晶とも言えるものである。各3Dオーディオフォーマットの共通部分を抽出し、統一されたアウトプットフォーマットとして並べる。言葉ではたったの一言であるが、実際に制作を行ってきたからこその、実に理論整然としたチャンネルの並びである。
入力と対になるのが33本のスピーカーへの出力。さきほどのPro ToolsからMTRXへInputされたシグナルは、各オーディオフォーマットに合わせてルーティングが組まれ、MTRX出力から物理スピーカーへと接続される。こちらを行うためには、AVID MTRXにプリセットされているスピーカーセットでは対応することができず、Custom Groupと呼ばれるユーザー任意のスピーカーセットを使ってそのアサインを行った。
こちらの表でRoleとなっている列がCustom Groupである。Custom GroupはAVID MTRXの内部バスとして捉えていただければ理解が早いのではないだろうか。今回のセットアップでは、物理スピーカーアウトプットとCustom Groupのバスを1対1の関係として、固定をすることで設定をシンプルにすることに成功した。アウトプットを固定するのか?インプットを固定するのか?ここはどちらが良いのか両方のセットアップを作成してみたのだが、このあとの話に出るFoldDownの活用を考えると、アウトプットを固定するという方法を取らなければ設計が行えないということが分かり、このような設計となっている。
MTRXのモニターセクションは、インプットソースを選択する際に物理入力とCustom GroupのRoleの組み合わせを設定することができる。これにより、Custom Groupへ流れ込むチャンネルを同時に切り替えるが可能となる。この機能を利用して入力された信号を任意の出力へとルーティングの変更を行っているわけだ。
一般的にはダウンミックスを視聴するために活用されるFoldDownだが、AVID MTRXのこの機能はアップミックスを行うことも可能だ。それをフルに活用し、スイートスポットを広げるためにデフューズ接続を多用したPreviewモードを構築している。特にDolby Atmos時にスクリーン上下のスピーカーを均等に鳴らすことで、スクリーンバックのような効果を出すことに成功している。それ以外にも、Auro-3D®のプレビューモードでは頭上のVOGチャンネルをDolby Atmos配置の上空4本で均等に鳴らすことで、頭上からのサウンドのフォローエリアを広げている。このような自由なシグナルマトリクスを構成できるということは、AVID MTRXのモニターセクションの持つ美点。ほかにプロセッサーを用意せずにここまでのことが行えるのはやはり驚異的と言えるだろう。
このように、スピーカーを増やすことでさらに多様なオーディオフォーマットの確認ができるようにするとともに、操作性に関してはさらにシンプルにするという一見して相反する目的が達成された。追加更新前の状況でも世界的に見て稀有な視聴環境を有していたこの試写室が、さらに機能を向上させて当初の構想を完全な形として完成を見ている。ここでの成果は、WOWOWのコンテンツに間違いなくフィードバックされていくことであろう。さらに、昨今ICTへの取り組みも積極的な同社。様々な形、コンテンツで我々に「新鮮な驚きと感動」を届けてくれることであろう。
(中左)株式会社WOWOW 技術ICT局技術企画部 シニアエキスパート 入交 英雄 氏 / (中右)株式会社WOWOW 技術ICT局制作技術部 エンジニア 栗原 里実 氏
(右端)ROCK ON PRO 岡田 詞朗 / (左端)ROCK ON PRO 前田 洋介
*ProceedMagazine2019-2020号より転載
Broadcast
2019/12/18
名古屋テレビ放送株式会社様 / ファイルベース、その波のすべてを受け入れられる懐の深いシステムを
局内のファイルベース化へ積極的な更新を行う名古屋テレビ。今年はMAシステムの更新にともない、これまで運用していたシステムの大幅な刷新が行われた。7年前の更新時にいち早く各部屋のシステム統一と作業の共有を実現するためにファイルサーバーを導入。それを活用してきた名古屋テレビの次のステップとなる今回の更新をご紹介したい。
7年間の変化の中にあっても陳腐化しなかった
まずは、これまでどのようなワークフローでの作業を行っていたかをご紹介したい。システムの中心となるファイルサーバーにはGBLabsのSPACE 32TBを採用し、6室あるMA室と、3つの仕込み室の端末それぞれからダイレクトにアクセスを行い、ローカルにファイルコピーを行うことなく作業を行っていた。VTRで持ち込まれたMA素材は、Telestream Pipelineによりインジェストし、ファイルとしてサーバへ取り込みワークビデオとするシステム。編集からファイルで投げ込まれた素材は、こちらもTelestream Episodeで自動的にワーク用のVideoFileへとTranscodeされるシステムを活用し運用を行っていた。
今回の更新までの間でも、HDCAMでの運用からXDCAMとの並行運用となったほか、編集システムの更新にともなうファイルベースでのワークフローの加速と、様々な変化はあった。MAのシステムとしては、当初よりファイルの受け渡しを前提としてNASベースのシステムであるGBlabs SPACEを採用していた。NASベースであるため、編集のシステムから簡単にアクセスでき、ファイルのコピーなどもOSの機能で実現できるという柔軟性が、この7年間の変化の中にあってもシステムが陳腐化しなかったポイントだと言える。
各部屋のMAシステムは、Pro ToolsにYAMAHA DM1000を組み合わせたシステムを運用してきたが、今回の更新ではシステムのさらなるブラッシュアップを目指し、AVID MTRXをシステムの中心としたシステムを構築している。これにより長らく使用してきたDM1000はMAのシステムから外れて非常にシンプルなシステムとなった。モニターコントロールもDADmanを使い、MTRXの機能を活かしている。音質に関しても、定評のあるAVID MTRXのDAを用いて、引き続きの使用となるmusikelectoric Geithain のスピーカーへと接続される。ファイルベースでの作業がメインとなるということでPro ToolsとMTRXが中心となったこのようなシンプルなシステムが成立している。もちろん、すべてのMA室(サラウンド対応の1MAは除く)は、同一のシステムとなっている。 このようなシンプルなシステムとすることで最小限の機材量となり、ワイヤリング量も減らすことができイニシャルコストの削減にもつながった。
各メディアを用いた作業はファイルベース化移行に伴い減っているがいまだに残るHDCAMの作業、現状のメインであるXDCAMの作業となる。こちらに関しては、Vikinxのルーターを活用し、最低限の台数のVTRを各部屋で共有するシステムがこれまで通り活躍している。MA作業に回ってきたVTRはVikinxのルーターでTelestream Pipelineへと接続、インジェストされてファイルベースでの作業を実現する。戻しの際には、Pro Toolsから任意のVTRへとパッチが行えるように設計されている。この部分はメンテナンスを行ったものの、従来通りのシステムが残された。
完全ファイルベースでのXDCAMワークフロー
今回の更新では、サーバー経由でのファイルベースのやり取りに加え、XDCAM Discを前提としたファイルベース化の追加更新が行われた。2台のMac miniがXDCAM Discに対してのファイルベースワーク用に新規導入されている。このMac miniにはSONY PDW-U2が接続され、直接XDCAM Discの中のファイルをサーバーへとコピーできるようになっている。これまでは、Pipelineで実時間を使ってファイルへの起こしを行っていたが、このシステムでファイルコピーを行うことで1/3程度まで高速化が期待できる。このサーバーへのコピーには、SONY Catalyst Browseが活用されている。
このワークフローで問題となるのが、Timecode Characterがないということ。VTRからの出力であれば、TCキャラがついたOUTを選ぶことでTCキャラ付きのファイルを起こすことができた。今回のXDCAM Discからの直接の読み込みでは、TCキャラ付きの素材を得ることはできない。これを解決するために今回の更新ではVideo Slave 4 ProをすべてのPro Tools端末へインストールすることになった。
これまでにも本誌等で紹介しているVideo Slaveは、XDCAM MXFファイルのTImecode情報を読み、TC Overlayとして画面へ表示を行うことができる。さらに、Pro Toolsで読み込むことができないXDCAM MXFファイルのAudio Tracksをエクスポートすることもできる。具体的には、Video SlaveでXDCAM MXFファイルを読み込み、そこからAudio TracksをWAVファイルとして書き出し、それをPro Toolsへ読み込ませる。このようなワークフローとなる。XDCAM MXFを前提としたPro Toolsのワークフローで問題となる部分がこれにより解消されている。
そして、MA作業後のAudio Insertもファイルベースで行うべく、CineDeck社のCineXtoolsが導入された。このソフトウェアは、Video FileをあたかもVTRのように取り扱うことができるソフトウェア。ソフトウェアベースながら、あえて破壊編集を行うことでVTRライクな挙動をする。ファイル全体のAudio Insertも、IN/OUT点を設定しての部分差し替えも設定次第で自由に行うことができる高機能な製品だ。インサートする素材はWAVファイルとなるが、それ以外に任意のトラックを無音にしたり、1Kを挿入したりといったことも可能だ。
XDCAM Discから読み込んだファイルに対し、MA上がりのWAVファイルをInsert編集し、XDCAM DISCへとコピーする。名古屋テレビのシステムは基本的にすべてのデータをサーバー上に置いたままで、というのが前提である。サーバーに接続されたこちらの2台のMac miniはXDCAM Discからコピーしたファイルへも、MA終わりのWAVファイルへも、ダイレクトにアクセスができる状況にある。ファイルコピーを一切行わず、マウントされたサーバー内のデータを参照することですべての作業が行えるということだ。これが、今回の更新で追加された完全ファイルベースでのXDCAMワークフローとなる。ついに、一切ベースバンドを介さないXDCAM Discを使ったMAワークフローの登場である。
ファイルベース・インジェストとcineXtoolsがインストールされた2セットのMacminiシステム。
3段構えのサーバーシステムを構築
もう一つの更新点であるサーバー関連はどうだろう。これまでメリットの大きかったGBLabsのシステムはそのままに、その周りを固めるシステムが大幅に更新されている。今回はさらに一歩踏み込み、アーカイブまで考えたシステムの更新を実施している。中心となるGBLabs SPACE 32TBは、その後継に同社 FastNAS F16 Nitro 96TBへと容量をアップさせての更新となった。そして、長期保存を前提としたニアライン・サーバーとしてSynology社の12Bay + 12Bay拡張シャーシのシステムが導入された。こちらの各ベイには、14TB HDDが収まりトータルで336TBという容量を実現している。これにより、長期間に渡りMAデータをオンラインの状態のまま保管することができるようになる。毎日増分のバックアップがFastNASからSynologyへと行われ、FastNASでデータを消してもSynologyには残っているという状況が構築されている。
今回導入となったSynology、XenData、FastNASが収められたマシンルームのラック。
さらに、長期間のアーカイブ用途にSONY ODA(Optical Disc Archive)が導入されている。そしてこのデータ管理用にXenDataが新たに導入された。XenDataはODAに書き込んだデータのメタを保持し、検索をするということを可能にする。何も準備をせずにODAに書き込むと、どこに何が入っているのかすぐにわからなくなってしまう。このようなメタ管理を実現する製品を導入することでアーカイブを行ったが、いざ使おうと思った際に見つけるのに非常に苦労をするので、結局保存だけして使わなくなってしまった、などということはなくなるのではないだろうか。
さらに、ODAは書き込めるファイル数の上限がある。Pro Toolsのセッションデータのように膨大なファイル数を持つデータをアーカイブしようとすると、Disc自体の容量は空いているのに書き込めなくなるということが起こってしまう。XenDataはセッションデータをフォルダごとにZip圧縮してから書き込むことができるため、ODAの容量いっぱいまで使うことができるシステムとなっている。 また、以前はGBLabs SPACE 32TBから直接ODAにファイルの移動を行っていたため、サーバーの負荷が増しMA作業に影響を与えていた。ニアライン・サーバー構築したことでアーカイブがMA作業に影響を及ぼすこともなくなった。
このように、サーバーシステムは、実運用のための高速な製品=GBLabs FastNAS、速度はほどほどで大容量のニアライン=Synology、長期保存用のアーカイブ=XenData & SONY ODAと3段構えのシステムが構築できた。こちらのワークフローはまさにいま始まったばかり。どれくらい番組の過去素材が必要となるのか?まさに変革のときである放送のあり方、そして各種メディア戦略、そういった部分に密接に関わる部分である。大前提として、消してしまうより保管できるのであればそのほうが良いのは間違いのないことである。今後このシステムがどう運用され、どれくらい活用されていくのかは非常に興味深い部分である。さらにアーカイブのワークフローを自動化することにより作業時間の短縮にもつなげている。
今回の更新では、MTRXの導入というサウンドクオリティーにも直結するブラッシュアップで順当なシステム自体の年次更新を行い、システムの中核となるサーバーに関しても後継のモデルへ更新された。そして、ファイルベース・ワークフローを加速するPDW-U2 & CineXtoolsの端末の導入で、あらゆるパターンのファイルベース運用に対応できるシステムの構築。さらにはニアライン、アーカイブという次の時代を見据えた、制作された後のデータ管理にまで踏み込んだ更新となっている。
VTR運用からファイルべースへ、その過渡期としてのXDCAM Discを介したワークフロー。未来に見える完全ファイルベースでのシステムへと将来性を担保しつつ、いま考えられる最大限の準備が行われ、まさにこれからのMAシステムのあり方を提示するかのようなシステムが完成した。間違いなくファイルベースの流れはとどまること無く様々なシステムを飲み込み、変化を続けるであろう。今回更新のシステムは、その波のすべてを受け入れられる懐の深いシステムといえる。だからこそ、このシステムが周りの状況に合わせてどのように変化するのか、どのような運用がこのシステムから生まれるのか。これからファイルベースワークフローの最新形をここで見ることができるはずだ。
名古屋テレビ放送、東海サウンドスタッフの皆さん
*ProceedMagazine2019-2020号より転載
Broadcast
2019/01/16
株式会社毎日放送 様 / 入念な検討で実現した2日間でのコンソール更新
大阪駅北側に位置する茶屋町に社屋を構える株式会社毎日放送。その社屋の4階にあるMAコンソールの更新工事が行われた。長年に渡り活躍をしてきたAMS NEVE MMC から、次の時代を睨んだAVID S6 + MTRXという最新の機材へと更新が行われている。
1:AVID S6 の構成をどう考えたか
なぜ、コンソールであるAMS NEVE MMCからコントローラーであるAVID S6へと舵を切ったのか?この点からレポートを始めるが、更新が行われた同社屋の7Fにあるもう一つのMAルームでAVID ICON D-Controlを使っていたということが一つの理由。すでにDAWとしてPro Toolsをメインに作業を行っているということで、AVID D-Controlの持つ専用コントローラーとしての完成度の高さはすでに実感済み。その作業効率の良さは十分に理解していた中で、もう一部屋の更新に際しては、Pro Toolsと親和性の高いAVID S6、もしくはS3という候補しか残らなかったということ。そのS3についてはもともとのコンソールが24フェーダーだったということもありスペック的に選択肢から外れ、必然的にAVID S6の構成をどうするかという一点に検討は集中することとなった。なかでも事前のデモンストレーションの段階から、AVID S6の武器であるVisual Feedbackの中心とも言えるDisplayモジュールに注目。Pro Toolsのトラック上を流れる波形データを表示できるという機能は、まさにAVID D-Controlから大きくブラッシュアップされている優れた点だと認識いただいた。まさに、設計者の意図とユーザーのニーズが噛み合った素晴らしいポイントと言える。
Displayモジュール導入、そしてフェーダー数はそれまでのAMS NEVE MMCと同等の24フェーダーということが決まり、次の懸案事項はノブの数。AVID D-Controlではフェーダー操作が中心で、あまりエンコーダーを触っての作業を行ってこなかったということもあり、ここは5-Knobという構成に決まった。この5-Knobに決まったもう一つの理由としては、5-knobの一番奥のエンコーダーはやはり座って操作することを考えると遠い、小柄な女性スタッフでも十分に全ての操作を座ったまま行えるべきだ、という判断もあったということだ。エルゴノミクス・デザインをキーワードのひとつとして設計されたコンパクトなAVID S6だが、すべてを手の届く範囲にと考えるとやはり5-Knobのほうに軍配が上がるということになる。
2:設置の当日まで悩んだレイアウト
モジュールのレイアウトに関しては、設置の当日まで担当の田中氏を悩ませることとなる。Producer Deskと呼ばれるPC Display / Keyboardを設置するスペース、そしてセンターセクションをどこに配置をするのか?ミキシングの際にはフェーダーがセンターに欲しいが、一番時間のかかる編集時にはPC Keyboardがセンターがいい。これを両立することは物理的に難しいため試行錯誤の上、写真に見られるようなモジュールのレイアウトとなっている。
工期が短いということで驚かれた方もいるかもしれないが、AMS NEVE MMCの撤去からシステムのセットアップまで含め、実際に2日間で工事を行っている。もちろん、Pro ToolsのIO関連などの更新は最小限ではあるが、スタジオの中心機器とも言えるコンソールの更新がこの時間内で行えたのは、AVID S6がコントローラーであるということに尽きる。既存のケーブル類を撤去した後に配線をする分量が非常に少なく済むため、このような工事も行えるということだ。そして、配線関係がシンプルになった部分を補うAVID MTRX とS6によるモニターコントロールセクション。複雑な制御を行っているが、AVID MTRX単体でモニターの切替を柔軟に行っている。ソフトウェア上の設定で完結出来るため、効率の良い更新工事が行えたことにも直結している。
3:MTRX のモニターセクションと高い解像度
もう一つの更新ポイントであるAVID MTRXの導入。この部分に関してはAVID S6との連携により、従来のコンソールのマスターセクションを置き換えることができるEuConによるコントロール機能をフル活用いただいている。柔軟な構築が可能なMTRXのモニターセクション。従来このMAルームで行われていた5.1chのサラウンドから、写真にも見えているDOLBY ATMOSに対応した作業など、未来を見据えた実験的な作業を行えるように準備が進められている。もちろん、放送波にDOLBY ATMOSが乗るということは近い将来では考えられないが、これからの放送局のあり方として配信をベースにしたコンテンツの販売などを考えれば、電波だけを考えるのではなく、新しい技術にニーズがあるのであれば積極的にチャレンジしたいということ。それに対して機器の更新なしに対応のできるMTRXはまさにベストチョイスであったということだ。
そして、MTRX にAD/DAを更新したことで音質が向上したのがはっきりと分かるという。取材時点ではブースの更新前ということでADに関しては試されていない状況ではあったが、DAに関してはこれまで使用してきたAVID HD I/Oに比べて明らかな音質向上を実感しているということだ。音質の傾向はクリアで、解像度の高いサウンド。7階のスタジオにあるHD I/OとRL901のほうがスピーカーの性能を考えても上位であることは間違いないのだが、DAでこれまで音質が向上するのは驚きだということだ。特に解像度の高さは誰にでもわかるレベルで向上をしているというコメントをいただいている。
これから、DOLBY ATMOS をはじめとしたイマーシブ・サウンドにも挑戦したいという田中氏。今後、このスタジオからどのような作品が生み出されていくのだろうか、放送局という場から生み出されるイマーシブ・サウンドにもぜひ注目をしていきたい。
株式会社 毎日放送 制作技術局 制作技術部
音声担当 田中 聖二 氏
*ProceedMagazine2018-2019号より転載
Broadcast
2017/11/14
株式会社テレビ静岡様
◎ファイルベースが導入された新システムがスタート
テレビ静岡は、フジテレビ系列の中部地区における基幹局。2017年の新局舎移転にあたり、2室あるMA室をお手伝いさせていただいた。旧局舎の隣に建てられた新局舎。2つのスタジオと、映像編集、MAと新規に設備の導入が行われた。
これまでは、Marging PyramixをメインDAWにYAMAHA DM2000とAV SmartのTANGOを使用していたテレビ静岡様。新局舎への移転を期に、Pro Toolsシステムへの変更を行なった。Pro Tools | HDをメインDAW、コントローラーにAvid S3とAvid Dockという組合せ。ステレオの作業がメインであるため、シンプルにまとまったシステムとなっている。Videoの再生にはVideo Slave 3 Proが導入されている。
これまでのMarging Pyramixでは同社のVQubeをVideo 再生として利用していたが、Video Slaveへと更新が行われた。これは、トータルのシステムアップの中で、編集との連携を考えた際に、Pro ToolsのもつVideo Trackでは実現できない幾つかの機能を持つことからこの選択となっている。特にタイムコード・キャラのオーバーレイ表示はVideo Slaveの特徴的な機能の一つだ。テレビ静岡の新局舎へ導入されたノンリニア編集機はEDIUSである。EDIUSでは従来コーデックであるCanopus HQXを利用しての運用が想定されている。その為、MAへファイルベースでデータを受け渡す際にも、そのままCanopus HQXでの運用ができないかということになった。Video Slaveではこのコーデックにも対応をしているということも、選択の一つの理由となった。
ファイルベースのシステムは、MAのシステム側に1台NASサーバーを設け、そのサーバーを介して編集とのデータの受け渡しを行っている。このNASサーバーはMAのDAWはもちろん、編集側のEDIUSからもマウントできるようになっている。これにより編集側からこのサーバーへ直接ファイルの書き出しが行えるように設定が行われている。MA側からも完パケのWAVデータをこのサーバー上に書き出すことで編集機から完パケ音声データを拾い上げることが出来るようになっている。テレビ静岡では、MA室にもEDIUSが用意されている。これは完パケデータ作成用の端末であり、映像編集済みのファイルを開き、MAで完成した音声を貼り込んで完パケデータを作成できるようになっている。ニュースなどリミットの厳しい作業時には、編集機の空きを待たずにMA室内で完パケデータが作成できるようにという仕掛けである。
本号の出版時には新局舎での運用が始まっているはずである。ファイルベースシステムが導入された新しいシステムの実稼働がまた一つスタートする。そのお手伝いをさせていただいたことをここに感謝し本レポートの締めくくりとさせていただく。
(左)株式会社テレビ静岡 技術局制作技術センター 佐野 亮 氏
(右) ROCK ON PRO Sales Engineer 廣井 敏孝
*ProceedMagazine2017-2018号より転載
Broadcast
2017/11/14
静岡放送株式会社様
◎Pro Tools+Video Slaveの構成で実現した効率的な作業環境
1952年に民放のAMラジオ局として全国17番目にオンエアを開始、その6年後の1958年に民放のアナログテレビ局として全国12番目に本放送をスタートした静岡放送。そのMA室の改修工事を担当させていただいた。県下最大のシェアを持つ地元新聞、静岡新聞の系列で、報道をはじめドキュメンタリーや情報系など自社制作に力を入れている放送局である。
MA室は2年前に内装の更新を行なったが、機材はそのままという状況であった。今回、機材の一新とともにミキサーデスクなどの什器の刷新、ブースとのコミュニケーション関連の機器の更新を行っている。これまでのPro Tools + Video Satelliteというシステムから、1台のPCによるPro Tools + Video Slaveというシンプルな構成に入替えが行われた。やはり、Video Slave導入の最大のポイントはタイムコードキャラクターのオーバーレイ表示。MAエンジニアには馴染みの無いノンリニアの編集機を利用するVideo Satelliteは、多機能すぎて操作の煩雑さを感じていたということ。ファンクション自体はフル機能のノンリニア編集ソリューションであるMedia Composerを使うVideo Satelliteには劣るものの、MA作業として欲しい機能が網羅されているVideo Slaveは、まさに静岡放送様のワークフローにジャストフィットするものであった。
今回の更新では、これまで使用してきたAVID C24からAVID S3への更新も行われている。フェーダー数は減ったものの、ロータリーエンコーダーは増えており、EuConの持つレイアウト機能を活用すればフェーダー数の減少はフォローできる。さらに、エンコーダーが増えていることによってプラグインの操作などでメリットが生まれることになる。また、サイズがコンパクトになった事により、デスク上が広く使えるようになったという点も作業上ではメリットがある。
また、VTRラックとの音声のやり取りをこれまではAESで行なっていたが、今回の更新ではSDI-Embeddedへとシステムを更新している。これによりVTRラックにあるSDI Routerを活用しての柔軟な運用を実現している。ちょっとした工夫ではあるが、使い勝手の向上した部分だ。
改装からそれほど時間のたっていない、このMA室に新しい什器、機器が導入されたことでまるで新設の部屋のようにフレッシュな環境となっている。PCの台数も1台となり、シンプルで効率の良い作業環境が実現できている。常設ではないが、サラウンド用のスピーカーセットもあり様々なコンテンツに対応ができる静岡放送のMA室。その更新をお手伝いできたことに感謝を述べ、本レポートの終わりとしたい。
*ProceedMagazine2017-2018号より転載
Broadcast
2017/08/07
ROCK ON PRO導入事例/中京テレビ 放送株式会社様~リニア・ノンリニアを融合し、更なる進化へのマージンをもったシステム~
東海3県(愛知、岐阜、三重)をエリアとする中京テレビ放送株式会社は新局舎への移転に伴い、その設備全てを一新する大規模な導入を行われた。放送局でよく見られる隣の敷地への新局舎への設備更新ではなく、これまでの名古屋市東部の八事に立地する旧局舎から名古屋駅前の笹島地区への完全移転となる。ROCK ON PROではその移転工事の制作音声に関わる工事、システムの導入をお手伝いさせていただいた。
◎大命題となったファイルベースワークフローの導入
旧局舎には2部屋のMA室と1部屋の簡易MA室、5部屋のレコード室と呼ばれる音声仕込み用の設備があった。MA室はコンソールにStuder Vista7、メインのDAWとしてMerging社のPyramix、サブDAWとしてAVID Pro Tools、レコード室にはAVID Pro Toolsがそれぞれ導入されていた。今回の更新に伴い、全てのシステム、ワークフローのファイルベース化が大命題としてあり、それに則ったソリューション、システムの導入を行っている。制作編集、報道編集それぞれとネットワークで接続され、ファイルでのやり取りを基本とし、さらに報道で起こりうるスピードに対応するVTRや、SONY XDCAM Station XDS-PD2000に対してのリニア作業まで、幅広いワークフローに対応することの出来るシステムが求められることとなった。
Broadcast
2016/07/01
ABC 朝日放送株式会社様/次世代のワークフローを見越した現実回答
大阪・ABC/朝日放送株式会社様のPro Toolsの更新、またそれに伴うファイルベースワークフローへの移行をROCK ON PRO UMEDAが中心となりお手伝いをさせていただいた。長期の計画として取り組むファイルベース化の一環として音声編集システムの更新が行われたわけだが、そのコンセプトや、将来像について導入を担当された技術局 制作技術センターの和三様と神田にお話を伺った。
◎ファイルベース移行の一環という前提
今回の更新は、8年前の新社屋移転時に導入を行なったPro ToolsシステムのPC老朽化が現実的な課題点。またPro Toolsシステム更新を主体としながら、ファイルベースワークフローへの移行の一環という位置づけも与えられている。ファイルベースへの移行は、新社屋の移転前からワーキンググループが社内に発足し、その実現に向けた取り組みが始まっていたということ。時勢として、今回の更新ではHDCAMの終了を見越した更新を行わなければならないということで、ファイルベースへの取り組みが機材選定からも行われている。
具体的には、1.Pro Tools systemのHDXへの更新、2.テープベース以外のワークフローに対応するためのVideo Satelliteの整備、3.ファイルベースフローを見越したファイルサーバーの整備、4.受入ファイルのコンバート用のEpisodeの導入この4点が柱となっている。それでは、一箇所づつその詳細を見ていきたい。
◎Pro Tools HDXへの更新で得た効果とは
それまでのTDMシステムはバージョンアップを重ねVer.9で運用を行なっていたが、Mac Proの修理対応終了など不安を抱えての運用となっていた。この部分を最新のMac ProとHDXのシステムに更新を行ったことが第一のポイント。
Pro Toolsでの運用に関してはこれまでの実績からも不安はなく、更新により実現したOffline Bounde、Clip Gainといった新機能は非常に評価され活用が始まっている。そして、スペックには現れない部分だが、音質面の向上もこのMA室で仕上げの行われる音楽番組、コンサート収録の仕上げなどでは大きなメリットになっている。以前のバージョンに比べ音ヌケが良くなっているため、SSL Avantへマルチで立ち上げてのミキシングに匹敵する音質での仕上げが行えるようになったということだ。ちなみに、Audio InterfaceはフロントエンドにSSL Alphalink MADI SXをそれまでのシステムからの引継ぎで利用していただいた。Pro Toolsとの接続はSSL DeltalinkからAVID HD MADIへと更新が行われている。SSL Alphalinkの音質をキープしつつ、今後の安定運用を見越しての更新である。
プラグインも増強している。中でもAUDIOEASE Altiverbはすでに無くてはならない存在とのこと。スタジオ収録番組の仕上げの際に、効果音として拍手や歓声を足すことがある。それを馴染ませるためにスタジオの響きに似せたプリセットを用意しているということだ。これは非常に良い結果が得られているために多くの番組で活用が始まっているということ。また、音ヌケが良くなった分を馴染ませるため、McDSPのAnalog Channelを導入している。分離が良いサウンドが気に入っているので、あまり活躍の場はないということだが、狙ったサウンドのコンセプトによって使い分けていきたいということ。併せて、DiGiGrid DLSの導入もトピックとなるポイント。プラグインパワーも十分に拡張され、サラウンド制作、そして今後のフォーマットなどにも対応できるスペックを与えられたシステムとなっている。
DiGiGrid DLS
◎Video SatelliteによるVideo Playback
今後編集と行われるファイルでのやり取りを見据え、より多くのVideo Fileの再生を実現するVideo Satelliteを導入いただいた。この更新にはもう一つの狙いがあり、既にテストケースがスタートしている4Kへの対応というのも大きな目的となっている。これまで4Kのワークフローではダウンコンバートしたファイルを都度書き出していたが、そのままのファイルがまずは再生できる機種である、ということが選定の大きな理由となったということ。数年以内にテレビ周りの更新も計画しているということなので、次世代のマルチチャンネル再生環境とともに整備を行いたいということだ。このマルチチャンネルへの展望に関してはこの後更に詳しく掘り下げたい。ここは、4Kへの取り組みを積極的に進めている朝日放送様の取り組みが感じられる部分だ。
◎ファイルサーバーとしてTerraBlock Facilisの導入
この選定は、神田様の意向が大きく関わっている。前部署は映像編集関係であったとのことで、そこで使っていたAVID Unityが比較対象としてあったということ。UnityはAVID製品で利用する上では非常に優れたソリューションではあったが、他のNLEで使おうとすると素材のファイル一つを見つけるにも苦労するような仕様。今回の更新ではどのクライアントからでも使い易く、汎用性の高い製品にしたいというのがコンセプトとしてあった。
また、Unityでは特定の管理者がメディアの管理を行う必要があったが、このサーバーを利用するユーザーが簡単に素材の管理を行う事のできるシステムがターゲットとなった。さらに、導入されるクライアントがPro ToolsとMedia ComposerとAVID製品であるためにそれらとの親和性ももちろん重視した部分。
そうなると、特殊なシステムを利用した製品ではなく、NASベースが候補として挙がる。NASベースであれば接続したクライアントはフラットな権限を持たせることが可能だからだ。そのような経緯から、エンタープライズサーバーとしてNASをベースとしてAVIDの互換モードの定評が高いTerraBlock Facilisが最終的に選考に残った。ROCK ON PROでの事前のPro Toolsとの運用チェックによる安心感と、サーバーメンテナンスを行うことの出来るスタッフが大阪にいる、という2点が大きな決め手となったということだ。実際に導入をしてみると速度的にも不満はなく、稼働開始からサーバーダウンしてしまうような大きなトラブルも起きていないとのこと。想定していたよりも早く安定運用が行えているということだ。
◎トランスコーダーとしてEpisodeを導入
今後のファイルでの受け渡しを考え、Telestream Episodeも同時に導入していただいた。EpisodeはVideo Fileの変換ソフト。常にサーバーを監視し、Pro Toolsに最適な形式への変換をバックグラウンドで行なっている。エンジンとなるPCはMac Miniを4台準備し、分散処理が行われている。一つのファイルを4分割しての処理を行なっているために高速性が期待できるシステムアップだ。4台のPCによりVideo Fileの実時間の半分以下の処理を実現している。受け取れるファイルの種類も多いため、将来的にも活躍が期待できるシステムだ。
◎現時点での具体的なワークフロー
制作編集はFinal Cut Pro 7を使用。ここで書き出されたファイルの受入が現時点では行われている。ファイナルのメディアは現時点ではHDCAMとなっているので白完パケの段階でファイルを貰い、完パケはHDCAMでもらうというワークフローだ。音戻しは完パケのHDCAMに対してリニアで行われ搬入となる。従来は白完パケのデータはリムーバブルメディアを利用していたが、システム更新後はサーバーへの直接の投げ込みと、トータルでのファイルベースワークフローへと歩みを進めている。今後の制作編集システムの更新により更なる効率化が期待できる部分である。HDCAMに関しても局全体のコンセプトとしてファイル化が命題として挙がっているためにテープレス化への流れへの一部ともなっている。
ここで命題とした「ファイル化」という言葉だが、テープレスという意味とメディアレスという意味の二面性があるという話があった。テープレスとはHDCAMというテープメディアから次世代のメディアへの更新という意味を持つ、具体的にはXDCAMのようなファイルそのものを格納しているメディアがこれに当たる。メディアレスに関してはそのデータを格納しているメディア=媒体からの脱却。サーバー上に全てのデータがあり、そのデータをそのまま最終段階まで活用するという事になる。
安定運用が最も求められる放送局という環境下ではやはり目に見える物理メディアの信頼性は絶大なものがあり、目に見えない不安定要素をはらむPCベースであるサーバーではその代替とならないという考え方が多数である。サーバーベースでの運用を前提とするメディアレスと専用ハードウェアVTRベースのメディア運用を比較した際に、やはり専用ハードの安定性が優れているという判断がどのタイミングで下され、次のステップへと移行がなされるのか、今後しっかりと見極めていきたい重要なポイントだ。
◎先進的な取り組みへのビジョン
朝日放送様はこれまでも映画祭へ出展するための映画作品の仕上げ、様々なサラウンド作品の制作など、先進的な取り組みを多く行なっている。今後のビジョンをお聞きしたところ、立体音響、オブジェクトベースの音声制作に対する強い意欲をお話いただいた。DTSが提唱するインタラクティブなDTS:Xのオブジェクト音声から、DOLBY ATMOSの持つ高臨場立体音響など様々なフォーマットを次世代のテレビ音声として検討を進めているということだ。
今後、モニター(スピーカーだけではなく映像も含めた)更新時には是非ともそれらを見越したDOLBY ATMOS対応の環境を整備したいとのこと。各分野に対して非常に造詣の深い朝日放送様の見識、今後の市場の動向、配信サービスなど次世代メディア、コンテンツのあり方などを多角的に判断した上での選定になることと思うが、そのような先進的な取り組みをROCK ON PROも共に学びお手伝いが出来ればと強く感じるインタビューとなった。
・左より、朝日放送株式会社 技術局 制作技術センター 和三晃彰 氏 / 神田雅之 氏 / ROCK ON PRO 前田洋介
*ProeedMagazine2016Summer号より転載
Broadcast
2015/12/18
ROCK ON PRO導入事例/名古屋テレビ放送株式会社様 ファイルベース更新第2弾。~実際の編集室とのデータ交換で生じた問題とその解決~
全てのデータをサーバー上からストリーム再生する。全てのMA設備の共通化を図り、作業効率の最大化を図る。VikinXのルーターにより、全MA室からのナレーションブースの共有、VTRデッキの共有という更新を2013年に行なった名古屋テレビ放送株式会社。ファイルベースの恩恵を最大限に享受する為という、大きな目標に基づき更新を行なったのだが、さらに2014年度の更新として映像編集の設備がファイルベース対応となったことで編集・音声間のファイルベースでのやり取りがスタートしている。今回はそのワークフローにおける更新作業の内容をレポートしたい。
◎ファイル受け渡し方法の確立
編集の設備もファイルベースに移行をしたということで、編集・音声間でのファイルの移動が発生することとなった。当初は、音声サーバーを拡張し編集サーバーとの共有を行うというプランもあったが、編集機の得意とするサーバーを導入することでストレスのない制作環境を整えるということを優先し、編集サーバーと音声サーバーとの間でのファイルの受け渡しが発生することとなった。
MA側のサーバーとしては、2013年にGB labs SPACEを導入していた。このサーバーは、高速なNASという特徴を持った製品。基本的にNASであるため、WindowsもMacOSもOSレベルで機能を持つCIFS、SMB、AFPといった汎用のファイル共有プロトコルでのドライブマウントが可能だ。今回の編集側との接続に際しても、その特徴から編集機側に特定のドライバーソフトのインストール無しに、SPACEに接続できるということになる。編集側のサーバーとしてはISISが選択されたが、こちらはドライバーソフトのインストールが必要。今後のメンテナンス、クライアントアプリのバージョンアップを考えるとSPACEを双方から共有した方が、長期的にもトラブルの可能性が少ないということで、SPACE内に編集とのファイルのやり取りを行う領域を確保するという方法を選択した。
実際のワークフローとしては、CIFSマウントされたSPACEの領域へ書き出したファイルのコピーを行うという非常にシンプルなもの。編集機側のOSはWindowsの為、SPACEの共有アクセスポイントにドライブレターを振り当てることで、起動時に自動的にマウントを行えるようにしている。
◎タイムコードキャラクターの表示問題
ファイルベースソリューションで問題となることの多いタイムコードキャラクター表示。VTRを利用していた際には、デッキにキャラクター・アウトが備わっているため顕在化しなかったが、ファイルベースでは書き出されたファイルにキャラが焼き込まれていなければ、その後の表示に関して何かしらの手段を取らなければならないということになる。その手法として考えられるのは大きく下記の3種類となる。
1)キャラクターインサーターの場合(津幡技研:HD SUPER2)
津幡技研:HD SUPER2
3種の手段それぞれの、メリット・デメリットを確認していこう。先ずはハードウェアを使用したパターン。MAのシステムのVideo Playback機器からHD-SDIの出力とLTCの出力を与えることで、LTCを元にしたタイムコードキャラクターをHD-SDI入力に対してオーバーレイして出力をするという機器がある。シンプルな機能ながらリアルタイムでの処理が必要なため定価で30万円以上という比較的高価な機器となっている。メリットとしては、シンプルなためトラブルが少ないという点。ハードウェアのスイッチひとつでキャラの表示/非表示が切り替えられる点。HD-SDI/LTC という汎用性の高い信号を与えるだけなので、一般的なMAのシステムであれば特に機器の追加無く導入が可能。編集室から受け取ったファイルに対しては手を加えないので変換待ちなどのロスタイムが生じない。逆にデメリットとしては名古屋テレビ様のように複数のMAシステムをお持ちの場合には必要な台数が増加しコストに直接跳ね返ってきてしまう。6室への導入を考えると200万円近いコストになってしまうのが痛いところ。まさに、シンプル・イズ・ベストというソリューション。2室程度のMAであれば投資効果は問題ないレベルだと言えるだろう。
2)トランスコーダーソフトウェアによるファイルベースでのキャラの焼き込み
telestream Vantage
telestream Episode
まさにファイルベースと言えるシステムがこちら。サーバー内を常時監視し、編集から新しいファイルがやって来る度にキャラクターを焼きこんだファイルを生成して、特定のフォルダに出力をする。候補となるソフトウェアはtelestream Episode、telestream Vantage、Omneon Carbonといったところであろう。メリットは、トランスコーダーソフトが読み取れるファイル形式であれば、MA側のシステムが確実に読み込めるファイル形式に変換を行いつつ、キャラの焼き込みが行えるという点。前述のシステムであれば、大抵のファイル形式へ実時間以内での変換が可能な点。システムをバックグラウンドに集約することができるので、現場スタッフのストレスを軽減できるという点。逆にデメリットは、バックグラウンドでのシステムの為、不具合時の発見が遅れることがある点、Vantage以外は冗長化が難しいためシステムダウン時のダウンタイムが伸びてしまう可能性を秘めている点である。また実時間以内とはいえ変換に時間が必要なため、ゼロにすることは出来ないという部分もポイントである。
3)タイムコードオーバーレイ出力が可能なVideo Playbackシステム
Avid社のVideo Satelliteシステムが先ずは思いつくと思うが、受け取ったファイルに対してタイムコードオーバーレイが可能なシステムで再生を行うという手法もある。候補としてはAVID Video Satellite、Non Lethal Applications Video Slave等のソフトウェアベースの製品、SONY XDCAM Stationのようなハードウェアベースのシステムがある。メリットは、使用するシステムによって変わる。Video Satelliteであれば、編集側がMedia Composerを利用している際にそのメリットが最大化される。プロジェクト単位でのシェアを行うことで編集側からの書き出し作業もスキップすることが可能となる。Video Slaveは国内では実績のないソフトウェアだが、シンプルに再生が可能な多機能な同期再生ソフトだ。コストを度外視すればXDCAM Stationという選択肢もある。このVTRデッキはSSDストレージを搭載しているので、CIFSでファイルの投げ込みが可能である。それを9Pinで同期を取りキャラアウト出力を映すということでも実現する。デメリットは、それぞれではあるが、コストが高いということだろう。また、個別のシステムを同期するということになるので、トラブル時の同期ズレの問題からも逃れられない。それぞれに多機能な部分は あるのだが、その部分に明確なメリットを見つけられるシステムであれば導入検討を進める価値があるのではないだろうか。
◎名古屋テレビ様での選択
既存システムへの変更を最小限とし、現場スタッフの混乱を減らすということを念頭に置き、また、編集とのファイルの投げ込み方のワークフローから逆引き的な検討を行なった結果、先ずは3:Video Playbackシステムでのキャラ焼きは候補から外れた。今回の検討ではVideo Satelliteシステムが候補に挙がったが、編集に導入されるISISに接続をしプロジェクトと共有を行うには、その導入コストと、帯域的にISISの筐体を追加しなければならないというコスト両面から見送りとなった。
ハードウェアと、ソフトウェアどちらを選択するかというところで、メリットとデメリットの精査を進めた結果、2:ソフトウェアのパターンが最終的には採用された。コストという判断が大きかったというのもあるが、将来的に、送り込まれるファイル形式の多様化にも対応でき、且つ実時間の半分以下の速度での変換を実現するということが実証されたため、ソフトウェアベースでのシステムを導入となった。選んでいただいたのは、terestream Episodeである。
今回導入していただいた terestream Episodeは複数PCでのクラスタリング処理を実現する最上位のEpisode Engineをコアとして4台のMac Miniでシステムを構築した。この4台のクラスタリングシステムでh.264への変換が実時間のおおよそ40%で完了する。ファイルベース運用初期ということもあり、同時に編集からのファイルの投げ込みは無いという想定でEpisodeという選択となっている。ちなみに、同時に複数ファイルの処理をしたいという場合には、同社のVantageの出番となる。
◎実際のワークフロー
編集からの投げ込み用のアクセスポイントと、編集側への音声データを投げ返す為のアクセスポイントがSPACE内に新たに用意された。前述のファイルトランスコードエンジンであるEpisodeは投げ込み用のアクセスポイントを常時監視していて、変換作業後には音声側のMAスタンバイ素材のフォルダに送り込まれる。変換完了後には、投げ込み用のフォルダからファイルは自動的に削除待ちのフォルダへと移動され、変換が完了したことがわかると同時に、削除してもよいファイルということで自動的にフォルダ分けが行えるようにしている。万が一Episodeがエラーを返し、正常に終了しなかった場合には、"Failed"というフォルダーを作成してあり、そこにファイルが転送される仕組みだ。このフォルダに素材がある場合には書き出されたファイルの不具合、もしくはEpisode自体の不具合を疑うという具合だ。
そして、MAが終わった完パケWAVデータは、SPACEの投げ返し用のアクセスポイントに置くことで、編集側との共有が可能というシステムだ。編集側からは、最低限のSPACE内の領域しか見ることが出来ない仕組みをとっているためにトラブル時の切り分けもし易いよう工夫を行なっている。
◎今後の課題
編集側とのファイルの受け渡しが本格化すると、今まで十分であったSPACEの容量が逼迫する可能性が大いにある。そのために、SPACEの容量拡張とともに、過去素材のアーカイブを検討する必要が生じている。一般的には、放送局様での実績が高いアーカイブソリューションとしてはLTOということになるが、1つのデータ量が少ないMAのデータ保存にはあまり向いていないように感じている。これは、LTOの容量が大きいため、数カ月分のデータが1巻のテープに収まってしまうため。MA向けとしては、100TB程度の容量を重視したストレージサーバー上でホット・アーカイブを行うというのがベストソリューションではないだろうか。ビッグデータも、クラウドサービスなど、データ資源の一極集中が始まっている。そのような中、HDDストレージの容量単価の低下から1PB程度を境に、LTOのコストとHDDを使用したストレージサーバーのコストの逆転が見られるようになってきている。長期保存という点ではLTOに軍配が上がると思うが、アーカイブデータへのアクセス性を考えれば、HDDストレージでのホット・アーカイブの方に理があることは一目瞭然である。
◎telestream Episode
今回、名古屋テレビ放送様で導入いただいたtelestream Episodeは非常に多くの機能をもったVideo Transcoder Software。限られた紙面ではあるがその機能の幾つかを紹介したい。今回の導入に当たり、キーとなった機能がSplit-and Stitch。これは、複数のPC(Win / Mac問わず)をクラスターとして並列処理を行うことで高速なトランスコードを実現する機能。通常であればクラスターを管理するSQL serverのような存在が必要となるが、Episodeでは同一のサブネット上に存在するPCであれば、簡単にクラスター化することが出来る。動作の原理は非常にシンプル。
まずは、変換元のファイルをSplitする。クラスターの参加台数に応じて切り分け、それを各PCで変換することとなる。変換が終わったら、ばらばらになったファイルをStitchする。つなぎ合わされたファイルは変換後の完成品となるという仕組みだ。これにより、CPUのパワーをフルに利用し、PCの台数に応じた高効率なファイル変換を行うことが可能となる。Splitする、Stitchするという工程で多少の時間は必要となるが、単純に2台PCがあれば約1/2、3台では約1/3と劇的に短時間での変換が出来るようになる。高価なCPUを搭載するよりも、低価格なPCを束ねたほうが早いという面白い現象がこの機能により生まれる。実際に、1台のハイスペックなMacProよりも、4台の標準構成のMac miniの方が高速に変換が行える。今後の処理の増大に対しても、別スペックのPCを接続することでの高速化が望めるのもメリットの高いシステムである。それこそ、Episodeのライセンスは必要ではあるが、余剰のPCを使うことも可能だ。
また、本文にもあるがEpisodeはフレームレートの変換、画角の変換などVideo Fileの主要な要素のほぼ全てを変換することが出来る。どのようなファイルがやってきたとしてもその後の作業で確実に処理の行えるファイルに変換を行うことが可能だ。名古屋テレビ様では、ファイルサイズの小さいh.264への変換作業をEpisodeで行っている。編集側での作業では時間のかかってしまい敬遠されがちなh.264への変換を、4台のMac miniにより実尺の1/2以下の時間で変換の行うことに成功している。そして、その後の作業で利用していただいているPro Toolsで確実に読めるファイルになっているというところも大きなメリットとなっている。もちろん変換の主目的は、キャラの焼きこみであるが、それ以外に複数のメリットを享受できていることとなる。
今後もROCK ON PROとしてより良いワークフロー、作業環境を名古屋テレビ様に使っていただくためにご要望からアイディアを生み出していきたいと考えている。順次ブラッシュアップ、定期的なメンテナンスが、アナログのソリューション以上に重要となるファイルベースのシステム。今後の名古屋テレビ様のシステムの発展も順次レポートできればと考えている。