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前田 洋介

[ROCK ON PRO Product Specialist]レコーディングエンジニア、PAエンジニアの現場経験を活かしプロダクトスペシャリストとして様々な商品のデモンストレーションを行っている。映画音楽などの現場経験から、映像と音声を繋ぐワークフロー運用改善、現場で培った音の感性、実体験に基づく商品説明、技術解説、システム構築を行っている。

日本初全館フルIP化!オールIP放送局が与えるインパクト〜テレビ大阪株式会社〜

この春、新局舎へと移転を行うテレビ大阪。旧局舎の隣の新築ビルという最高の条件での移転である。新局舎への移転ということもありマスターからすべての設備を一新、これを機に局内のオールIP化を行っている。副調整室のシステムを中心にオールIP化のメリット・デメリット、実際にシステム設計を行ってみての課題点、今後に向けた取り組みなど取り上げていきたい。

マスター、サブ、スタジオのすべてをIP化

在阪のテレビ局各局が新局舎への移転を完了させる中、大阪で一番古い局舎となっていたテレビ大阪。10年ほど前から移転の話は出ていたということだが、具体的なスタートは2020年ごろから、およそ4年をかけて移転更新が行われている。今回、IPソリューションとして採用されているST-2110の実製品のリリースが見られるようになってきたのが2019年ごろだと考えると、まさにST-2110が次世代のMoIPの盟主となることが見え始めたタイミングだと言える。数年早ければ、オールIP化へ踏み切ることはなかったのではないかとも想像してしまうような、絶好のタイミングで更新計画が始められたということになる。

今回の移転工事ではマスター、サブ、スタジオのすべてがMoIP ST-2110で接続されIP化。さらには、局内のいたるところにST-2110のポケットを設け、どこからでも中継が行えるように工夫が行われている。従来であれば、映像・音声・制御・インカムなど様々な回線を各所に引き回す必要があるため、なかなか多数の場所にポケットを設けることは難しかったが、1本のネットワークケーブルで複数回線、かつ双方向の伝送を行うことができるIPネットワークは、多くの場所への回線引き回しを容易にしている。

オールIPベースでの放送システムへ

📷天満橋側の大阪中心部に新しく誕生したテレビ大阪新社屋。幾何学模様を描くファサードが目を引く。エントランスにももちろん、ST-2110の回線が引かれておりここからの中継も行える。

今回のオールIP化の導入に至る経緯にはストーリーがある。TXN系列6局のうち4局合同でマスターの更新を行うという計画が同時期に立ち上がった。これは、系列局で同様のシステムを一括発注することで導入コストの削減と相互運用性の向上を目指すという大規模なプロジェクト。この計画のひとつのテーマとして「IP化されたマスター」というポイントがあった。いまの時代に更新をするのであれば、将来を見越してIPベースでのシステム更新を行うことは必然であったということだ。ちなみに、合同でIPマスター更新を行ったのは、テレビ北海道、テレビせとうち、テレビ九州、そしてテレビ大阪の4局である。すでに他3局ではIPマスターへの更新が完了しており実際に稼働もなされている。

テレビ大阪は、新局舎への移転タイミングでの導入ということもあり、運用は新局舎へのカットオーバーのタイミングからとなる。そして、テレビ大阪はサブ・スタジオなどを含めた一括更新となるため、オールIPの放送局となった点がサブなどは従来設備で運用し順次IP化への更新を待つ他の3局と異なるところ。実のところ、テレビ大阪では当初サブ・スタジオに関してはSDIベースの映像とアナログベースのオーディオを用いた従来システムでの導入を検討していたということだ。しかしながら、系列局合同でIPマスターを導入するというのは大きな契機。現場としては、いまだ実績の少ないIPベースのシステムに対して抵抗感がなかったわけではないが、このタイミングで従来システムを組んでしまうと「最後のベースバンドシステム」となってしまう恐れもある。マスターも含めたオールIP放送局として日本初の試みにチャレンジするのか?最後のレガシーとなるのか?社内での議論が続けられたことは想像に難くない。

IPベースのメリットを活かした制作体制

📷音声卓は36Fader の Calrec Argo-S。モジュール構成となるこの省スペースに機能が詰め込まれている。

今回の移転更新では、2室の同一システムを備えたサブと、大小2部屋のスタジオが新設された。旧局舎と比べると1部屋ずつコンパクトな体制にすることができている、IPベースとしたことの効能が現れた格好だ。まずは、スタジオをそれぞれのサブから共有したり、システムの変更もプリセットを呼び出すだけで完了したりと各部屋の稼働効率の向上が見込める。また、これまではパッチ盤で実際にケーブルを接続したりといった物理的な切り替え作業も多かったが、想定されるクロスポイントを事前にプリセット化しておけば、これまでとは比べ物にならないくらい素早く変更が確実に行えるようになる。IPベースであれば規模をとりまとめてしまったとしても充分に従来業務への対応可能であるという判断に至ったそうだ。

📷2部屋目となる副調整室。各コントローラーがひと回りずつ小さいものになっているが、システム構成は同一のシステムとなっている。片方のシステムを覚えれば両部屋とも使えるようになるよう工夫が随所に行われている。


IP化における最大の課題は「遅延」である。信号が機器を経由するたびに必ず発生するバッファー、IP伝送を行うにあたり避けては通れない必要悪のような存在だ。収録、ポストプロであれば遅延を吸収する余地もあるが、生放送のようなライブプロダクションにおいては問題となるケースも多い。わかりやすい部分で言えば、返しのモニターが挙げられる。ベースバンドであれば各機器の処理遅延のみで済んでいたものが、IPベースではバッファーによる遅延が加わり、最低でも2〜3フレームの遅延が生じてしまう。返しモニター専用にスタジオ内にベースバンドのサブシステム(PAでいうところのステージコンソールのような発想)もあったが、せっかくオールIPに踏み切るのにそれでは意味がないということになり、スイッチャーの一番遅延量の少ない経路での出力を戻しにするということでまずは運用を開始してみることとなった。お話をお聞きした時点では運用開始前であったため、まさに今後の運用の中で適切なワークフローを見つけていくべきポイントだと言える。

従来システムの柔軟性とIPベースの融合

それでは、サブに導入された音声ミックスのシステムを見ていきたい。放送局のシステムとしては驚くほど機材量が少ないということが一目でわかる。スタジオフロアからの回線は基本的にアナログで立ち上がってきており、ワイヤレスなどのレシーバーからはDanteが採用されている。フロアの回線はラックのCalrec AE5743(アナログIP Gateway)でAoIPへと変換されコンソールへと立ち上がる流れ。

ミキサーのミキシングエンジンは、Clarecの最新モデルであるImPulse1が採用されている。これはまさに導入ギリギリのタイミングでリリースとなったIPベースのミキシングエンジンで、たった1Uというコンパクトな筐体で標準で304chのプロセッシングパスという十分なパワーを持つ。ちなみに、ImPulse1は追加ライセンスの購入で最大672パスまで拡張が可能である。これにIOフレームを組み合わせDante、アナログIP Gateway、ST-2110-30それぞれの入出力を行っている。このミキシングエンジンは二重化され、同一仕様のモデルが2台導入された。フレーム自体が1Uとコンパクトなため、ハードウェア・リダンダンシーを取ったシステムとは思えないほどコンパクトにまとまっている。コンソールは、Clarecのこちらも最新モデルであるARGO Sが導入だ。モジュール構成のコンソールで、柔軟な拡張性と構築の自由度を持つ最新サーフェスである。


📷最上段でEthernetケーブルが接続されているのが、副調整室のシステムコアとなるCalrec ImPulse1。たった1Uの筐体で標準で304chもの信号を処理することができ、2台のコアで冗長化が図られている。その下の緑の3Uの機器がCalrec AE5743、Mic / Line 32in / outのIOボックスだ。やはり、オーディオの出入り口としてアナログ音声がなくなることはしばらくないだろう。コネクタの実装などの必然性もあるがコアと比べると大きな機器となる。

当初はDanteのステージボックスをフロアに置き、インプットの回線をすべてDanteで運用するというアイデアも出ていたということだが、バックアップの意味も含め最低限のアナログを残すということを念頭にシステムを構築、ミキシングコンソールでダイレクトにアナログ信号を受けたほうが使い勝手も良いという結論に至ったということだ。やはり、マイクプリのリモートなどのことを考えると理にかなっていると言える。アナログ、AES/EBUといった従来のシステムと同様の柔軟性とIPベースの融合。どこからIPベースの信号とするかというのはシステム設計者の腕の見せどころとなっていくだろう。その最終形態は入口から出口までのオールIPになるのであろうが、マイクやスピーカーというアナログ変換器が最初と最後に存在するオーディオの世界では、なかなかアナログを完全に排除するということは難しい。


📷音声のラックは2本だが詰めれば1本にまとまりそうな程の構成。これでシステムの2重化も達成しているのは驚きである。

ご覧の通り、非常にコンパクトにまとめられたシステム。実際、コンバーターIOフレームなどが主な機器で番組に合わせたシステムの変更を行おうと思い立ったら、Calrecのプリセットを読み替えるだけで大抵のことには対応できる。別スタジオの回線をインプットとして取るのも、IOシェアをしているので自由にアサイン可能だ。このようにシステムがコンパクトとなることで、その設定変更は今まで以上に簡単に素早く行えるようになる。サブを1部屋減らしてもこれまで通りの運用が可能と判断する理由もここにあるわけだ。

逆にIP化のデメリットとしては、信号が目に見えないということを挙げられていた。1本のEtherケーブルの中ではどこからの信号がどのような順番で流れているのか、誰かが知らないうちにクロスポイントを打ち替えたりしていないだろうか、確かに目に見えないところの設定が多いため、シグナルを追いかけるのが難しくなっている。慣れるという部分も大きいのだが、1本のケーブルにどのような信号が流れているのかを簡単に可視化する方法は早期に実現してもらいたい部分でもある。なお、テレビ大阪では事故防止としてクロスポイントの大部分をロックして変更不可とし、確実な運用を目指すとのことだ。

また、Dante とST-2110-30 を併用している理由としては、利便性を考慮してのこと。ワイヤレスマイクのレシーバーなど対応製品の多さでは、Danteに分がある。これまでも使われてきた機材の活用も含め、オーディオのインプット系統ではDanteを使うよう適材適所でのシステムアップが行われているということだ。実際のところとしてはST-2110-30(Audio)の遅延量は、Dante以下の値に設定することもできる。しかし、映像回線として使われているST-2110(Video)の遅延量が大きく、それに引っ張られてオーディオも大きな遅延量となってしまうということだ。

📷左)紫色の機器がPTP v1 のグランドマスター。この機器を入れることでPTP v1 のDante ネットワークの安定性を高めることに成功している。右)もう一部屋のラックがこちら。AE5743は無いが、モジュラーユニットにアナログIOを準備しさらにシンプルな構成。基本的なシステムアップは、同一であることが見て取れる。

SoundGrid Sever、新たな業界標準機へ

さらに収録用のPro Toolsも用意されている。CalrecにはSoundGridの入出力を行うI/Oが準備されている。外部エフェクターとして導入されたSoundGrid Serverとともに、Pro ToolsもCoreAudio用のSoundGrid Driverで信号を受取り収録が行えるようになっている。もちろん、Pro Toolsからの再生もミキシングコンソールへと立ち上がる。これもIPベースならではの柔軟性に富んだシステムである。Pro ToolsのシステムはMacBookで準備され、2部屋のサブの共有機材となっている。常に2部屋で必要でないものは共有する、IPベースならではの簡便な接続環境が成せる技である。


📷外部エフェクターとして導入されたWAVES SUPERRACK。低遅延でWAVESのプラグインを使うことができるこのシステム。Liveサウンド、Broadcastの現場では重宝されている。

ここで導入されたSoundGrid Severは外部エフェクターとしてWAVESのプラグインが使えるというスグレモノ。外部のマルチエフェクターが絶滅危惧種となっている今日において、まさに救世主的な存在。WAVESだけではなくVSTについても動作する製品の情報が届いているので、こちらも業界標準機となる予感がしているところだ。こだわりのあのリバーブを使いたい、などという要望はやはり多いもの。もちろんリコール機能もしっかり備えられており、安心して使用できるプロの現場ならではの製品となるのではないだろうか。

IPシステムでのリスクヘッジ

サブとしてのメイン回線はすべてST-2110に集約されているが、インカムの回線だけは別となっている。インカムはST-2110にも対応したClearCamの製品が導入され、ST-2110での運用を行っているのだが個別のネットワークとしている。これはトラブル時の切り分けや、従来型のシステムが導入されている中継車などとの相互運用性を考えてのことだという。すべて混ぜることもできるが、敢えて切り分ける。こういった工夫も今後のIPシステムでは考えていくべき課題のひとつ。集約することによるスケールメリット、トラブル時の切り分け、運用の可用性、多様なベクトルから判断を行い決定をしていく必要があると改めて考えさせられた。

今後についてもお話を伺った。オールIPとしたことで、今後は中継先との接続もIPベースへとシフトしていきたいということだ。まずは、今回導入のシステムを安定稼働させることが先決ではあるが、IPの持つメリットを最大限に活かしたIPベースでの中継システムの構築や、リモートプロダクションにもチャレンジしていきたいとのこと。また、1ヶ月単位でのスポーツイベントなど、ダークファイバーをレンタルしてリモートプロダクションを行ったりということも視野に入れているということだ。まずは、局内に張り巡らした中継ポイントからの受けからスタートし、徐々に規模を拡大していきたいとのこと。IP伝送による受けサブ、リモートプロダクションというのは今後の大きなトレンドとなることが予想される。こういった取り組みも本誌で取り上げていきたい。

📷左からお話を伺ったテレビ大阪株式会社 技術局 制作技術部 齊藤 智丈 氏、有限会社テーク・ワン オーディオ 代表取締役 岩井 佳明 氏

まさに次世代のシステムと言えるオールIPによるシステム構築の取り組み。課題点である「遅延」に対してどのように対応し、ワークフローを構築していくのか。実稼働後にもぜひともお話を伺いたいところだ。利便性と柔軟性、このポイントに関してIPは圧倒的に優位であることに異論はないだろう。スケールメリットを享受するためには、できうる限り大規模なシステムとするということもポイントのひとつ。これらを併せ持ったシステムがテレビ大阪にはあったということだ。この新局舎への移転というタイミングでの大規模なST-2110の導入は、今後を占う重要なモデルケースとなることだろう。すでに全国の放送局から見学の問い合わせも来ているということ。こういった注目度の高さからも今回導入のシステムが与える放送業界へのインパクトの強さが感じられた。


 

*ProceedMagazine2024号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2024年09月06日時点のものです。