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ROCK ON PRO

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よくわかるAoIP臨時特別講座!「AES67ってなに?」〜AoIPのいま、未来を知る。〜

AoIP、ネットワークオーディオを採用した放送局やレコーディング現場では、従来の(メタル)ケーブルからイーサネットケーブルに取って代わり、IPパケットで音声信号を伝送することで大きなメリットを実現していますが、ご存知のとおりでいくつもの仕様やプロトコルが存在していて、一般ユーザーには若干わかりにくい状況であることは確かです。そして、購入したばかりだというAoIPであるAES67対応の機材を手に「これをしっかり知り尽くしたい!」と意気込んでいるのが今回の講座にやってきたMクン。そんなMクンにROCK ON PRO 洋介がネットワークオーディオの世界を紐解きます。

まずは、AoIPってなに?

Mクン:Dante、RAVENNA、AVB、いくつものオーディオネットワーク規格があって制作現場でも目にすることが多くなってきたんですが、その中でもAES67についてお話を伺いたいんです。

ROCK ON PRO 洋介:なるほど。ところでなんでまた今日はAES67?

Mクン:実はNeumannのスピーカー KH 150 AES67モデルとオーディオインターフェースのMT 48を購入したんです。AES67に対応した製品なんでせっかくなら使いこなしてAES67の恩恵に授かりたいな、と。まずは「AoIPってなに?」というところから教えてもらえませんか?

洋介:了解しました! AoIPは「Audio over Internet Protocol」の略で、TCP/IPベースのイーサネットを使ってオーディオ信号をやりとりする規格です。AoIPのメリットとしてどういうことがあるかというと、信号分配の際に分配器を必要とせず、汎用のイーサネットハブで1対多数のオーディオを含む信号を簡単に送れることです。もうひとつは、1本のケーブルで多チャンネルを送れることですが、多チャンネルオーディオ転送規格に関してはMADIがありますし、またずっと以前からはADATがありますよね。その中でもAES67が優れている点は、回線の通信速度が現在主流となっている1ギガビットイーサネットであれば256ものチャンネルを転送可能だということです。

Mクン:少ないケーブルで多チャンネル送れるというのは、経済的にも、設定や設置の労力的にもメリットですよね。

洋介:実は挙げられるメリットはまだあって、1本のケーブルで「双方向」の通信を行えるのも大きいメリットです。イーサネットケーブル1本に対し、In / Outの概念がなくなるので繋ぎ間違えもなくなりますよね。あとDante Connectが登場して、クラウドネットワークを介した世界中からの接続ができるようになってきているので、遠隔地とのやりとりも特殊な環境を必要とせず汎用の製品やネットワークを使えることでコストの削減を図ることができます。少し未来の話をすると、ダークファイバー(NTTが保有する光回線のうち使用されていない回線)を使えば、汎用のインターネット回線の速度を超えたデータ転送が遠隔地間でもローカルエリア上として行える可能性があります。例えば、東京と地方のオフィスを繋ぐ場合に物理的に離れていても両拠点は同じネットワーク上にいる状態にすることができてしまうんです。

Mクン:ダークファイバーを使って遠隔運用しているところはあるんですか?

洋介:ありますよ。放送業界が先行していて、離れた支局間でダークファイバーを引いている事例があります。例を挙げると、F1の放送では鈴鹿サーキットなど世界中のサーキットとドイツのデータセンター間でダークファイバーを繋げ、世界規模で実況放送を実現しています。では、ここからはAES67制定の経緯について話していきましょう。

📷身近な存在のオーディオi/FやスピーカーでもAES67対応製品がリリースされている。Mクンが購入したというこのKHシリーズ(右)とMT 48(左)の接続ではDAコンバーターも不要となるためシンプルなシステム構成に。

AES67策定の経緯

洋介:AES67の元になった規格は、2010年にMerging Technologies社とLAWO社が立ち上げた「RAVENNA」です。このRAVENNAをベースにして、AES(Audio Engineering Society)がAoIPの規格として制定したのがAES67です。AES67の規格はRAVENNAの仕様により汎用性を持たせる方向で策定されています。例えば、レイテンシーの最小値を大きくしたり、ストリーム数に関してはRAVENNAが最大128chに対し、AES67は8chまでといったように仕様を緩い方向に制定して汎用性を持たせています。

その後、SMPTE ST2110-30(ST2110は映画テレビ技術者協会(SMPTE)によって開発されたメディアをIP経由で移動させるための規格)という規格のオーディオパケット部分としてAES67が採用されます。SMPTE ST2110は、映像パケットとオーディオパケットを別々に送信するのが大きな特徴です。もうひとつ前のVoIP規格にSMPTE ST2022というものがあるのですが、これはSDIの信号をそのままパケットにして送信します。そこからより現代的な新しいテクノロジーを組み込んだIP転送を実現しようという目的で策定されたのがSMPTE ST2110です。オーディオ部分に関していうと、ST2110-30が非圧縮での基本的なAES67互換規格であり、さらにST2110-31になるとメタデータまで含めた通信ができるようになりました。こういったST2110の拡張とともにAES67も今後拡大していくと予想されてます。

Mクン:AES67のサンプリングレートは48kHz固定となっていますが、これは今後変わっていくのでしょうか?

洋介:恐らくですが、48kHzという仕様で一旦固定されたままになるのではないでしょうか。放送業界においては、現時点で一般的に多く使われているのが24Bit / 48kHで、ハイサンプルの需要がほぼなく、それ以上のスペックは必要ないと判断されているようです。このようにRAVENNAから派生したAES67ですが、放送業界、映像業界をバックボーンにして成長を続けています。一方、RAVENNAとDanteの違いを話すと、TCP/IPの規格としてDanteの方が1つジェネレーションが古い規格を一部使用しています。その代表がPTPで、DanteはPTP(Precision Time Protocol)のバージョン1を用いていて、RAVENNAやST2110の基礎技術はPTPのバージョン2です。このバージョン1と2には下位互換がなく、実際は別物というくらい違います。同一ネットワーク上にお互いを流しても問題ないのですが、上位バージョンが下位バージョンの信号を受けることができません。現在の普及具合でいうとDanteのほうが多いのですが、こういったことからDanteを採用しているメーカーは将来性に関して危惧を始めているところがあると聞いています。

PTPバージョン1と2の違い

Mクン:そのバージョン1とバージョン2の違いとは何でしょう?

洋介:ネットワークプロトコルの技術的に複雑な話になるので、ここでは深く立ち入りませんが、単純に互換性がないということだけ覚えておいてください。このPTPですが、TCP/IP通信プロトコルとしてそもそもの大きな役割はクロック同期です。AoIPもVoIPも動作原理上バッファーが必要であり、それによりレイテンシーが必ず発生します。これはIP伝送のデメリットのひとつとして必ず話題に挙がることです。なぜバッファーが必要かというと、ネットワーク経路上にはネットワークインターフェイス、イーサネットスイッチなど多くのデバイスが挟まり、遅延が発生するのは避けることができません。

その事実への対処法として、バッファーへパケットデータを溜め込み、各パケットが送出されるタイミングの同期を行なってデータを出す、という同期のためのタイムスタンプの役割を行うのがPTPです。これは、ワードクロックやビデオクロックといった動作とは異なります。PTPでは各々のパケットに番号札を振って順番を決めるようなイメージで、そのバッファー分の遅延が必ず発生することになります。

Mクン:なるほど。では、オーディオのワードクロックでは精度が高い製品を使えば、一般的に音も良くなると思うんですが、PTPに関しては音質に対して影響するものなのでしょうか?

洋介:音質に影響しないというのが一般的な解釈です。RAVENNAの信号を受け、出力はアナログオーディオの場合の機材にもワードクロックが搭載されているわけで、AD/DAプロセッサーの動作はワードクロックで制御されています。つまり、IPデータの部分とワードクロックが作用する部分は完全に分離されていることになるので音質には影響しない、というのが設計上からの帰結です。現在の主流は、PTPとワードクロックを同時に出力するグランドマスター機能を持った機材を用いてシステム全体の整合性を取っています。

少し話が脱線しますが、AoIPにおけるレイテンシーの問題はグローバルなインターネットを越えても、依然存在し続けることになります。ただし、どれだけレイテンシーが大きくなったとしても、送信順が入れ違いになったとしても、届いたパケットの順番はPTPのタイムスタンプの順に並べられ、順番は変わらないわけです。

長遅延、インターネットを超えての伝送などの際には、このPTPのマスタークロックの上位の存在として、皆さんがカーナビなどでも恩恵を授かっているGPS衛星の信号を活用します。GPS衛星は地球の上空20,000kmに、常時24機(プラス予備7機)が飛行しています。GPS衛星は地球上どこにいても、遮蔽物がない限り6機が視界に入るように運用されています。そして、運用されているGPS衛星はお互いに時刻の同期が取られています。ということは、このGPSの衛星信号を受けられれば、世界中どこにいても同期された同一タイミングを得ることができるわけです。普段、何気なく車のカーナビを使っていますが、同期に関しては壮大な動作が背後にあるんです(笑)。

Mクン:宇宙から同期信号が届いているんですね!そういった先進技術は、今後私たちのような音声技術を扱う業界にも恩恵があるんでしょうか?

洋介:例えば、現在話題のイーロン・マスクが率いるスターリンク社(アメリカの民間企業スペースXが運用している衛星インターネットアクセスサービス)からのデータをPTPマスターとして受け取れるようになれば、もっと面白いことが起こるかもしれないですね。一方でデメリットを挙げるとすれば、やはりどこまでもレイテンシーがつきまとうという点ですね。オーディオの世界ではマイクやスピーカーといったアナログ領域で動作する製品がまだ大部分を占めるので、「信号の経路上、どのタイミングでAoIPにするか」というのはひとつの課題です。マイク自体でDante接続する製品も出てきていますが、ハイエンド製品はまだ市場に出てきてないですよね。これから期待したいところです。

AoIP、レコーディング現場への導入状況は?

Mクン:AoIPの導入は放送業界が先行しているそうですが、レコーディング環境への導入状況はどうなんでしょうか?

洋介:レコーディングスタジオに関してはこれから普及が始まるかどうかといった状況です。大きなスタジオになると設備が建設時に固定されているものが多く、変更する機会がなかなかないということが関係していそうです。また、別の理由としてパッチベイの存在もあるかもしれません。現状使っているレコーディング機器の接続を繋ぎ変えるにあたって、これまで慣れ親しんだパッチベイから離れたくない、という心理もありそうです。まあ、パッチケーブルを抜き差しするだけですからね。

スタジオにはアナログ機器がたくさん存在しますが、AoIPが本当にパワーを発揮するのは端から端までをIPベースにした場合で、ここで初めてメリットが生まれます。一部にでも従来のアナログ機器が存在すると、そこには必然的にAD/DAコンバーター(アナログとAoIPの変換機)が必要になるので、コンバーターの分だけコストが必要になってしまいますよね。Dolby Atmosをはじめとするイマーシブオーディオのような多チャンネルを前提としたシステム設計が必要スタジオには需要があると思います。

Mクン:AoIPでシステムを組む場合、Danteを採用するにしろ、ST2110を採用するにしろ、それに対応した機材更新が必要ですが、どのプロトコルを採用しても対応できるように冗長性を持たせたシステムの組み方は可能ですか?

洋介:システム設計は個別のネットワークとして組まれているケースが多いですね。本誌でも事例として紹介しているテレビ大阪様ではオーディオのフロントエンド(インプット側)はDanteですが、コンソールのアウトや映像のスイッチャーはST2110という構成です。従来の銅線ベースの環境に比べるとシステム図が驚くほどシンプルで、機材数もとても少なくて済みます。放送業界ではフルVoIP化の流れが来ていて、新局舎など施設を一新するタイミングで、副調整室やマスターなど、全設備オールIP化の設計が始まっています。SMPTE ST2110のイーサネットのコンセントを至るところに設置し、局内どこからでも中継ができるシステムが組まれています。

Mクン:そういった大規模な更新のタイミングであれば、既存のアナログ機器を一新したシステムにリニューアルできるメリットがありますね。

洋介:そうですね。未来を見据えてAoIPやVoIPシステムでリニューアルできる大きなチャンスですね。

AES67のメリット

Mクン:話をAES67に戻すと、Danteに比べてAES67のメリットはどんなことがあるんでしょうか? また、対応した製品がますます普及していきそうですが、今後のAoIPはどうなっていくのでしょう?

洋介:まず、Danteについては普及が進んでいるものの、先ほど話したPTPバージョン1の問題が依然として残ります。DanteにもAES67互換モードがすでに搭載されているのですが、Dante Network上のすべての機器をAES67互換モードで動作させることはできず、ネットワーク上の1台のみをAES67互換モードで動作させてゲートウェイとして使うということになります。言い換えると、AoIP / VoIPのメリットであるすべての機器が常に接続されているという状況を作ることが難しいということでもあります。これは、先にもお話したPTPのバージョンの違いにより生じている問題であり、一朝一夕で解決できる問題ではないでしょう。一方、RAVENNAはAES67の上位互換であり、SMPTE ST2110の一部でもあります。放送局など映像業界でのSMPTE ST2110の普及とともに今後導入が進むことが予想されます。音声のみの現場ではDanteが活用され、映像も絡んだ現場ではRAVENNA、というように棲み分けが進むかもしれませんね。

Mクン:私は「AES67 ニアイコール RAVENNA」という認識だったので、ST2110という存在がその先にあるというのは知りませんでした。

洋介:ST2110があってのAES67なんですよね。逆に言うと、ST2110を採用している映像メーカーはAES67対応だったりしますね。

Mクン:なるほど。私が購入したNeumannのオーディオインターフェイスMT 48はAES67に対応しているんですが、「RAVENNAベースのAES67」という表記がされていて納得がいきました。同じく購入したNeumannのスピーカー、KHシリーズもAES67に対応しているんですが、そのメリットはどんなことでしょう?

洋介:RAVENNAはAES67の上位互換なので、RAVENNAと書かれているものはすべてAES67だと考えていいです。一番大きいのはレイテンシーの問題で、AES67は最低1msでそれ以下は難しいんですけど、RAVENNAはもっと短くできます。KHシリーズとMT 48を組み合わせればDAコンバーターいらずになる、というのが大きなメリットです。システム的にもシンプルで気持ちいい構成ですよね。最近の製品の多くは、スピーカー自体でADしDSP処理してアンプ部分に送るという動作なんですが、それなら「デジタルのまんまで良くない?」って思うんですよね(笑)。シグナルとしてシンプルなので。

AoIP普及のこれから

Mクン:これからサウンド・エンジニアの方は音の知識だけでなく、ネットワークの知識も必要になってきそうな感じですね。

洋介:うーん、どうでしょう? まずはブラウザ上で設定するルーティングの仕方、クロスポイントを打つということに慣れるということで良さそうです。そこから先は我々のようなシステム設計、導入を担当する側が受け持ちさせていただきますので。実際、DanteでもRAVENNAやAES67でも基本的に設定項目は全部一緒なので、もちろんGUIの見た目は異なりますが、汎用のTCP/IPベースのイーサネットの世界なのでひとつ覚えれば他にも通じる汎用性があります。

今後、AoIPの普及はさらに進むでしょう。現在はまだシステムの範囲が1部屋で完結しているスケールなのでAoIPを用いるスケールメリットはあまりないのですが、これからさらに外へと繋がっていくと大きく変わっていくはずです。すにで汎用のインターネットで映像や音声がやりとりできる世界になり、グローバルなインターネットで放送クオリティーの伝送が可能となっています。

放送局の場合だと、これまでサブでしか受けられなかった中継回線などが、イーサネットケーブルを引けばMA室でも受けられるようになります。こうなれば受けサブとしてMA室を活用するという使用用途の拡張が見込めます。従来は音声信号に加え、同期信号もすべてケーブルを引っ張らなければいけなかったものが、イーサネットケーブル1本で対応できるようになるのは革新的です。さらに、光ファイバーを導入できれば、同じケーブル設備を使って通信速度、使用可能帯域をアップグレードしていくこともできます、従来のメタル銅線では実現できないことですよね。

Mクン:今日は色々と興味深い話をありがとうございました!


いかがだったでしょうか、「なるほど〜!」連発となったMクンはAES67がどのようなものなのか、そしてAoIPのメリットや抱えている課題点など、オーディオのIP伝送がいま置かれている現状もしっかりと把握できたようです。これからの制作システム設計における大きなキーワードとなるAoIP。もちろんそのメリットは従来のワークフローを大幅に塗り替えていくでしょう、そしてそのシステムが与えるインパクトたるや如何なるものか!?その進展から目が離せませんね!


 

*ProceedMagazine2024号より転載

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*記事中に掲載されている情報は2024年09月03日時点のものです。