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ROCK ON PRO

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ヤマハ 調音パネルの技術と音響効果


プロのクリエーターやエンジニアのための制作環境には、当然ながら音響的にも質の高い空間が求められます。アウトプットの質にも影響があるだけにおろそかにはできません。スタジオやモニター環境では特に、色づけのない素直な音が聴けること、ピュアで透明な音が録れることなどが求められますが、そのためには、フラッターエコーやブーミングなどの音響障害がないことはもちろんのこと、使い手の創造性を刺激する素直な反応を音場が返してくれるかどうかもとても重要です。ここでは、良い音空間を追求する長年の研究開発をベースとして、原音に忠実な音場の実現を目指して開発した調音パネルの技術とその効果、およびフィールドテストの結果をご紹介します。

1. 調音パネルTCHの特徴

調音パネルは比較的小さな空間の響きを、手軽に整えられることを目指して開発しました。小さな空間でも実用的にきちんと使える音響部材には、薄くて低音域までバランスよく効果がある性能が求られます。ここで紹介する調音パネルには、以下のような特徴があります。

  • わずか3cmと薄くて硬いのに低音域まで含めた広い帯域で”ほどよい吸音/散乱性能”をもつこと
  • “ほどよい吸音/散乱性能”により音響障害を抑制し、クリアでクセのない響きを得ることができること
  • カラーレーションなどの元になる強い反射音をソフトに整えること
  • 最後の反射音の微調整にも活用できるハンドリングのよいサイズ

このような特徴により、小さな空間でも使いやすい音響部材として仕上がりました。

2. 小空間特有の音響的な課題

音響性能が大事にされる空間としては、音楽ホールのような大空間からパーソナルスタジオのような小空間まで様々なタイプのものがあります。単純に考えると、規模が大きい空間の方が音響設計も難しいように思えますが、実はそうでもありません。小空間の音響設計は大空間に負けないくらい、いやそれ以上に難しい問題をはらんでいるのが現実なのです。

  • モードが強く影響する難しさ

楽器やスピーカーからの音の伝送特性や空間の残響特性は、その空間がもつ多数のモードが結合したものとして表現することができますが、小空間では特に低音をうまく扱うことが重要になります。ちょっと極端ではありますが、図1 は、大ホールクラスの空間と6畳間クラスの空間のモードの周波数の数を比較したものです。大ホールでは、ほとんど分離不可能なくらいにたくさんのモードがびっしりと詰まっており、個々のモードが目立つということはありません。一方、6畳間では特に低音域で一つ一つのモードが簡単にピックアップできるくらいにまばらです。それぞれのモードのクセが目立つ状態であり、伝送周波数特性に大きなピークやディップができやすい音場と言えます。つまり、大空間では低音まで含む全帯域をエネルギー論的にあるいは統計的に扱えば設計や予測ができるのに対して、小空間の低音域では個々のモードが部屋の音響的特性に直接寄与しているため、波動音響的な扱いが必要であり、現象も複雑です。周波数や場所によって音の応答が大きく変わってしまう要因のひとつです。
伝送周波数特性をフラット化したり、場所による音圧分布を平坦化するには、内装面での「適度な吸音」と「散乱」が有効です。
<図1>大空間/小空間のモード数の比較

  • 低音域の制御の難しさ

しかし、小さな空間では、特に制御したいのが低音域なのが問題です。吸音するにせよ散乱するにせよ、一般には対象とする音の波長λに応じたスペースが必要となりますから、低音ではより大きなスペースが必要となります。例えば、グラスウールやウレタンのような多孔質材料で吸音する場合、λ/4程度のスペースが必要といわれますから、対象を100Hzとしても85cmのスペースが必要となり、その分だけ、有効に使える空間が狭くなってしまいます。仮に対象周波数を170Hzまでとしても、(少々乱暴な例ですが…)6畳間は3畳間になってしまいます(図2)。新規設計するスタジオなどでは、低音の吸音のためにあらかじめスペースを確保することも不可能ではありませんが、貸しビルでの改修や自宅スタジオなどではスペースの確保が難しいことも多いと思います。そうなると低音の制御をあきらめざるを得ないことにもなります。薄型で低音域まで効果がある音響部材が求められる理由がここにあります。
<図2>低音を処理すると6 畳間が3 畳間になる?

  • 原音を乱す反射音

原音に忠実な音場を得るためには、カラーレーションの抑制にも配慮が必要です。短い時間遅れの強い反射音があると、元となる直接音との干渉により周期的なピークをもつ特性となります。物理的にコムフィルターができるのです(図3)。効果として利用することもあるかもしれませんが、そうでない場合にはできるだけ排除しておきたいものだと思います。もっともシンプルな対策は吸音することですが、部屋のすべての面を吸音するとデッドすぎる部屋となってしまい、とても色気の無い響きになってしまいます。音楽に必要な適切な響きを残しつつ対策するには吸音と散乱をうまくバランスさせることが必要です。例えば、モニタースピーカーの背後が平坦な反射面の場合、リスニングポイントでは物理的なコムフィルターができている可能性が高く、周波数特性の乱れだけでなく、定位を乱す可能性もありえます。ホールのような大空間では、音量感確保のために積極的に強い一次反射音を確保する設計をすることがよくありますが、小空間では強すぎる一次反射音は抑制しておいたほうが、原音に忠実な録音や再生ができるものと考えられます。
<図3> 強い初期反射音によるカラーレーション

3. 調音パネルTCHの構造と性能

良い音楽のためには、音源としての楽器と演奏者/聴き手であるヒトが大事なのはもちろんのこと、楽器とヒトとのより良いインタラクションのループを生み出すためにも”良い音場”が欠かせません。弊社ではこれまでにも、低音吸音パイプパネルなど、音場部材の提供を行ってきました。こうした、音そのものの研究と良い音空間を追求する長年の研究開発をベースに、小空間に応用すべく新しいコンセプトで開発したのが調音パネルTCHです。
<図4> 調音パネルの基本構造

  • 調音パネルTCHの構造と音響作用

調音パネルTCHは、図4のような構造となっています。音響的な基本要素は「音響共鳴管」と「バッフル面」です。1本の管の一部に開口部を設けて上下に長さの違う長短2本の共鳴管をつくると2種類の周波数列で共鳴する音響管ができます。これをパネル状に連結することで、開口部周りに硬い反射面(バッフル面)ができあがります。
この構成により、開口部とバッフル面の間に著しく大きな位相の不連続な状態を発生させることができます。つまり、パネルに共鳴周波数の音が入射した時、音響共鳴管の開口からの反射音は逆位相の音となりますが、バッフル面からの反射音は位相の変化はなく正相のままです。(図5)物理的にはこのような著しい不連続を解消するために激しい流れが発生すると考えられ、この早い流れに起因する損失が吸音効果となって現れることが期待できます。また、位相差のある反射音が隣接すると、反射音の伝搬方向を変化させ、これが散乱効果となると期待できます。この散乱メカニズムは、逆相接続のスピーカーと正相接続のスピーカーを二台隣接して設置したとき、正面方向にはほとんど放射できなくなり、横方向に放射する成分が増えることからも想像できます。少々乱暴に言えば、アレイスピーカーによる指向性の制御と似ています。このような作用により、わずか3cmの薄さで、低音域まで含めた「吸音性能」と「散乱性能」をあわせもつ調音パネルを実現しました。
<図5>調音パネルの吸音・散乱イメージ

  • 共鳴型吸音材の使いにくさを解消

調音パネルは、共鳴を利用した音響部材ならではの難しさも解決しています。例えば壁に埋込んだヘルムホルツレゾネータのように、共鳴を利用した吸音材は効果の得られる周波数範囲が比較的狭く、効果も限定的になりやすいのですが、調音パネルでは、共鳴をうまく制御し、位相変化の大きくなる帯域を広くする工夫を施すことで、共鳴型吸音材特有の使いにくさを解消しています。

  • 吸音率の測定結果

図6は、調音パネルTCHの残響室法吸音率の測定結果を示したものです。これは、部屋に実際に使用した状態に近い値を得るための測定方法により得られる吸音率です。調音パネルの吸音率は決して高くはないものの、広い周波数帯域で0.3~0.4程度のほぼフラットな特性となっており、”ほどよい吸音性能”をもっていることがわかります。例えば、グラスウールパネルの場合は、高音域はとても高い吸音性能がありますが、それにくらべて低音域の吸音性能は低く、部屋の響きの周波数バランスを整えるには、使い方に工夫が必要です。また、合板などの板状材料では基本的に吸音率は低めで、適切なライブネスを得るには何かしらの吸音材料を組み合わせることが必要です。調音パネルを使用すれば、そのようなわずらわしさから解放されます。
<図6> 調音パネルの吸音性能

4. 調音パネルの音響的な効果
  • モード抑制効果

音響的な効果として、まずは、調音パネルによる低音域のモード抑制効果を紹介します。対象としたのは完全な実験的な音場で、W2.0×H1.4×D1.2mのアクリル製の小型残響箱です。吸音材ゼロですから、見事に理論どおりのモードがたちます。一方のコーナーに音源スピーカーをおいて、その対角コーナーにマイクを置くと、この空間のもつすべてのモードを観測することができます。図7 は、この空間にグラスウールパネルあるいは調音パネルをそれぞれ14枚置いたときの、伝送周波数特性を示したものです。吸音材の全くない空室の時に鋭くピークになっている周波数がモードの周波数です。グラスウールでは十分に抑制できずピークが残るモードも、調音パネルではうまく抑制できています。
<図7> 伝送周波数特性の変化から見るモード抑制効果

また、図8は各周波数毎の残響減衰特性を可視化表現したもので、音源が停止した後のそれぞれの周波数のレベルの変化(残響減衰)の様子を一覧することができます。120、140、160Hz付近にみられる軸波によるモード(一次元モード)は、グラスウールパネルでは十分に抑制できず明確に残っていますが、調音パネルではほとんど目立たないほどに抑制されています。減衰の仕方が周波数によりばらつくことは、響きの濁りにつながると考えられますし、場合によってはブーミングとなって現れることもありますので、減衰の仕方にばらつきが少ないことは、”原音に忠実な音場”にとってもとても重要です。
<図8>時間応答特性からみるモード抑制効果

  • 音楽練習室での残響時間の変化

次に、楽器練習室への設置例を紹介します。ピアノとエレクトーンが設置された、個人レッスンのための部屋で、床面積10m2程度の小さな部屋です。もとは壁面にグラスウールパネルが設置されており、残響時間の周波数特性も低音域で長く高音域で短いというバランスの悪い状態となっていました。遮音性を得るために壁が重く厚くつくられており、ブーミーさを感じやすい空間です。このグラスウールパネルを調音パネルに置き換えたところ、残響時間の周波数特性はフラットに改善されました(図9)。聴感上もブーミーさが軽減され、クセのない響きが得られました。
<図9> 楽器練習室における残響時間測定結果

  • フラッターエコーの抑制

フラッターエコー対策には、部屋を不整形にしたり壁面を傾斜させたりすることが有効ですが、スペース効率がいいとは言えません。平行対向面に起因するフラッターエコーのある部屋でも、調音パネルを設置することで抑制することが可能です。

5. フィールドテストでの反応など…むすびにかえて

調音パネルの設置の考え方については、大きくわけて二つの考え方があります。ひとつは、部屋全体の響きが適切でない場合(ライブ過ぎる/デッドすぎる/響きのバランスが悪い/…など)に、部屋全体に分散配置することで音響的な障害を抑制し、響きを適切に整えること。もうひとつは、音源近傍などに設置し強すぎる一次反射音を抑制するなど、音色や定位の改善などの局所的な効果を得ることです。調音パネルは、90cm×60cmx3cmというパッケージなので、小空間でもスペースを無駄にすること無く、しかも比較的手軽に設置することが可能です。
これまでに、さまざまなフィールドテストをしてきましたが、「低音が引き締まる」「定位がバシッときまる様になる」「すっきりとした印象」「音の分離がよくなる」などのコメントをいただいています。また、バンドアンサンブルで試用した時にノリがよくなり音楽的な魅力が増す効果を生んだ例も経験しています。あとでメンバーに話を聞くと、他のメンバーの出す音が聴き取りやすく、タイミングなどがとりやすくなったことが要因の一つだったようです。
「よい音」のためには「音源」と「ヒト」が大事なのはもちろんですが、その間をつなぐ「空間の質」の重要さをあらためて実感しているところです。

TEXT by ヤマハ株式会社 研究開発センター(K’sLab) 本地由和、藤森潤一

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*記事中に掲載されている情報は2011年01月31日時点のものです。