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マスタークロックをみてみよう!!〜Chiba☆Labs 第4回!その1


連載第4回です。前回をwebにアップしてから実に一年以上経ってしまいましたが、番外編があったり、とあるものを開発したりと色々ありましたので、そこら辺は勘弁して下さい。で、久々の本編はやはりアナログチックな話に戻ってマスタークロックジェネレータです。どこがアナログなのかは以下の内容を読んでいただければ理解できると思います。では、いってみましょう。
文:ROCK ON PRO 千葉 高章

〜そもそもマスタークロックってなんだろね〜

マスタークロックとは何かを一言でいってしまうと、あるデジタル信号系における基準クロックです。マスタークロックジェネレータが存在しない環境では、システムの中で一番最初にデジタル信号を出力する機器がクロックマスターとなり、デジタル信号系における信号の精度は、その殆どがこのクロックマスターに支配されます。
マスタークロックがない状態の例として図1のシステムを考えてみましょう。FocusriteのA/D付きマイクプリISA828で取り込んだ音をProToolsで録音、再生しCRANE SONGのAvocetから出力するシステムです。
 
クロックの概念として、知っておかなければならないことはISA828からHD I/O、HD I/OからAvocetの間は全て同一のクロックで伝送がなされているということです(厳密には同一じゃないんですが、使用上同一と考えていただいても問題ありません)。そして、このシステムの基準クロックはシステムの中で最初にAES信号を出力するISA828によって与えられます。展開すると、ISA828のAES信号を受け取ったHD I/Oは、そのAES信号を元に自身のAES信号を出力し、AvocetはHD I/Oから出力されたAES信号に対しD/Aをかけます。この場合、ISA828のAESクロックにズレや揺らぎがあった場合(多かれ少なかれ、どの機材にも必ずあるのですが)、そのズレと揺らぎはシステムの最終段であるAvocetまで持ち越されます。
 
この、クロックの揺らぎをジッタと呼び、図1のシステムではAvocetでD/Aされた音を聞く際に音質の差異として認識されます。この差異は、ノイズフロアが高くなったというような印象を与えることは滅多にありませんが、主に高音域においてその印象を多大に変化させます。従って、奥行き感や、音の減衰の際の印象が聴感として変化します。これが、クロックによって音質が変化する原因です。原因がわかれば、それを取り除こうとするのが人の情で、当然ジッタをできる限り低く押さえ込もうということになります(ジッタを無くすことは現時点では不可能です。ジッタを無くす=完全に安定した発信器と回路を作成できるということで、現在の技術では無理なことです)。しかし残念ながら図1のシステムでは不可能です。理由は明白で、クロックマスターであるISA828には自身のクロック精度を上げる機構が内蔵されていないからです(…というか、そんな回路が載っている機械は多分無いのでは)。じゃあ、このシステムはここで終わっているかといえば、そうではありません。
 

図2はISA828のデジタル端子部です。今更説明するのも何ですが、WORD-CLOCK INという表記のBNC端子が付いています。このWORD-CLOCK INという端子に図1に表記されていない別の機器からクロックを入力することで、その機器がクロックマスターとなり、ISA828はクロックマスターの立場から解放され、本来のマイクプリ兼A/Dコンバータのみの機能で評価されるわけです。そして、そのクロックの揺らぎがISA828の1/1000であった場合、図1のシステム全体のクロックの揺らぎが1/1000となり、確実な音質向上が見込めます。この、より高い安定度を持ったクロックを供給するためだけの機械、それがクロックジェネレータです。

〜で、クロックジェネレータ登場〜

図1にクロックジェネレータを追加したシステムが図2です。追加したクロックジェネレータはAudio & DesignのSyncro Genius HD-Pro+です。図2のシステムは図1のシステムより遙かに高い安定度を誇ります。図2のクロック安定度は当然クロックジェネレータにより決定され、Syncro Genius HD-Pro+の安定度はISA828に限らず一般的なA/Dコンバータの1万倍程度はあると思われます。当然ジッタも図1に比べ激減します。クロックジェネレータ自体の安定度はクロックの元となる発信器、及びその発信器から目的のクロックを生成する回路、さらにはクロックジェネレータの置かれた環境の温度変化により決定されます。
 
発信器には様々な種類があり、発信器の種類によりそのクロックジェネレータの大枠の仕様が決まります。PCで例えるとCPUが決定されれば対応M/Bが決まり、それに付随してメモリ、ドライブが決定されるといった具合です。発信器の種類は水晶を用いたものと、ルビジウムやセシウムを用いた、所謂、原子周波数標準器に大別されます。水晶を用いた発信器はさらにその仕組みによって、ランクの低い方からXO(Xtal Oscillator=水晶発振器)、 TCXO(Temperature-Compensated Xtal Oscillator=温度補償型水晶発振器)、OCXO(Oven-Controlled Xtal oscillator=恒温槽付水晶発振器)とに大別され、単品の製品として発売されているクロックジェネレータではTCXO以上の発信器が採用されているのが普通です。

図3にXO、TCXO、OCXOの実物写真を載せました。写真のXO自体の大きさは3.5×2.5mm、TCXOは温度補償が付くのでXOよりは大きく7.0×5.0mm、OCXOは温度を高温にするためのオーブンと、その温度を一定に保つ恒温槽が内蔵されているために、さらに巨大で35.8×26.7mmです。TCXO、OCXOは回路の構成として中心周波数を微調整するための多回転型の半固定抵抗を実装するのが一般的で、メーカ、もしくは代理店出荷時の校正に用いられます。TCXO、OCXOのように校正回路が付いているものの出荷時の中心数は、数値上のズレはほぼ±1ppm(例えば出力周波数が48,000Hzだとすると0.0048Hz)に収まっているのが普通です。
 
XOの場合は調整するための回路が実装されていないのが一般的です。理由としては、発信器としてXOを選んでいる時点で、その機器はジッタに対してシビアな要求がないこと、調整用の半固定抵抗等の部品がちょっと高いこと等が挙げられます。ちなみに、クロックジェネレータ以外の機器に搭載されている発信器は、一部の高級機を除いてほぼXOです。XOを用いた機器の中心周波数のズレは千差万別ですが、±100ppm位までは大目に見てあげましょう (出力周波数が48,000Hzの場合 0.48Hz)。以上の説明で、XOとTCXO、OCXOを用いた機器では、その機器が出荷された時点の中心周波数のズレで100倍の差があることがわかります(実際にはOCXOの中でもデュアルオーブンを用いて精度を向上させているものもあったり、XOの中でもさらに悲惨な実装をされているものがあったりと差はもっと大きいと思われるので、平均的にという意味です)。原子周波数標準器を用いた機器の場合、さらに確度、精度ともに高いのが一般的です。ルビジウムやセシウム系のモジュールはRS232C経由でPCから校正をかけられるものが一般的なので、水晶ベースの発信器よりも、より詰めた校正ができるようになっているのが特徴です。
 
以上の流れから、XO<TCXO<OCXO<ルビジウム、セシウムの順でより正しい中心周波数が実現できることが理解できると思いますが、実はこの順位はもう一つさらに重要なパラメータにおいても成立します。そのパラメータとは温度の変動に対する耐性です。

〜温度の変動は力業でねじ伏せましょう〜

さて、なぜ温度変動に対する耐性が重要なのか?理由は簡単で、温度が変動すると出力周波数が変わるから、です。周波数カウンタで見てるとよくわかりますが、昼と夜ではそりゃ結構な差が出ます。前頁の順位付けでランクが上がるごとに発信器のモジュール自体が巨大化していったのは正しく対温度変動のためです。
 
具体的に見ていくと図3のTCXOは周波数温度特性が-40~85℃で±1×10-6、OCXOは-30~70℃で±5×10-10です。つまり、図3のTCXOのOCXOに対する温度変化による出力周波数の変動幅は2000倍です。XOに関しては温度変化に対して何の補償もありませんので、そもそも比べることすらできません。OCXOとTCXOの2000倍の性能差はオーブンと恒温槽によるものです。これまで、温度変化という曖昧な表現を用いてきたのは、モジュールの温度変化は外気温によってもたらされるもののみではないからです。発信器は単一部品ではなく複数の電子部品により構成されたモジュールになっています。電子回路である以上、部品自体の発熱が無視できない存在になります。そのため、OCXOではあらかじめオーブンによってモジュール自体を加熱し、その熱を逃がさないように恒温槽で水晶の周りを覆ってあります。オーブン自体は100℃、恒温槽で80℃、モジュールの側で大体60℃位です(@室温25℃)。TCXO、OCXOで対温度特性は2000倍に上がりましたが、当然モジュール自体の値段も上がります。TCXOは1個数百円で買えますが、OCXOは数万円です。性能が上がれば、値段も上がる、さらにもう一つ消費電力が上がります。
 
図3のTCXOは電源電圧5Vで20mA=0.1W、OCXOは電源電圧12Vで起動時1.05A=12.6W、安定時300mA=3.6Wです(OCXOで起動時と、安定時という表現が用いられているのは恒温槽が規定温度に達するまでと、規定温度に達している状態です。電源投入時は恒温槽が冷えているのでオーブンで恒温槽をガンガン熱しなければならないため消費電力が高くなり、一旦、規定温度に達してしまえばオーブン自体は頑張らなくても良いので消費電力が下がります)。モジュールの消費電力が上がると、当然その消費電力を供給する電源回路もごつくなります。実は、音響機器の中では電源回路は部品の値段でかなりの部分を占めます。アナログ電源で考えると供給電力を挙げるためには、まずトランスが大きくなり、ブリッジダイオードが大きくなり、バイパスコンデンサが大きくなり、レギュレータの放熱が大きくなるため、ヒートシンクが大きくなり、値段と実装面積が跳ね上がります。
 
これが、TCXOのクロックジェネレータとOCXOのクロックジェネレータの製品の値段の差として出てきます。個人的には差額の平均値は30万円位かなと思っています(最近は差額が縮まる傾向にあるようですので実際はもっと差が小さいかも)。さて、この「温度変化はモジュール自体の温度をそれ以上に上げればいいじゃない」という大艦巨砲主義な流れを更に推し進めたのが、次にお話しする原子周波数標準器です(発信の原理自体が違うっていう突っ込みはなしね)。

〜ルビジウム降臨〜

はい、そんなわけで原子周波数標準器属ちょっと貧乏仕様科(?)のルビジウムのモジュールです。外観が図4です。大きさの比較用にTelefunken V672とAPI 550Aと一緒に撮影しています(本当はV672のみとの比較だったんですけど若い人がわからないという突っ込みが入りました)。で、もうデカイわけですよ、これが。高さ的に1Uの筐体に納めるのがギリギリです。このでかいモジュールの中身が図5です。
 
右上の銀色の立方体がオーブンで、ウレタンちっくなのを挟んだ下にある銀色のごっついのが恒温槽です。さらに図4の外観を見るとケース全体が熱伝導重視な作りになっています。更にこのモジュールは図5のケースの裏側に当たる面にシリコングリスをべったり塗って、筐体と6箇所でネジ止めする仕様になっています。つまり、使うときは筐体全体が恒温槽になるように組み込みしてね、という意図だと思います。が、筐体設計をしたことのある人ならわかるのですが、熱設計が合わさると筐体の設計が超面倒なものになります。

(というより、これがちゃんとできる人は機械科のエネルギー系講座を出た人に限られると思います)。当然、有りものの筐体では無理があるため新規設計の筐体になり、当然値段が上がります(OCXOはそれ自体がプリント基板上に実装する作りになっていますので、筐体自体の要求はそれほどシビアではありません)。
その上、恒温槽自体がOCXOと比べて大きいため消費電力も上がります。図4,5のモジュールは電源電圧24Vで起動時1.7A=40.8W、安定時0.5A=12Wと、かなりでかいです。で、これまた値段が上がります。
 
個人的な相場ではルビジウムのモジュールを用いたクロックマスターは100万円スタートでも納得ですが、ここまでの説明でなかなかスペックからはわからないクロックジェネレータの値段の差の根拠を、値段にはそれなりの理由があるんだなぁ、と合点いただき、尚かつクロックマスターの購入時にはそこら辺の違いを念頭に置いて選定をする参考になったなら幸いです。さて、クロックジェネレータに関する説明が一通り終わったところで、次項はいよいよ実測です。

マスタークロックをみてみよう!!〜Chiba☆Labs 第4回!その2 <機材紹介と実測結果>


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*記事中に掲載されている情報は2010年12月29日時点のものです。